あの事件以来、村人たちの態度が友好的になった……まあ、元々接点が少なかったので、酷いも何もあったものではないが。特に、俺に対して子供がよく寄ってくるようになった。
「やっぱ、あの活躍見れば。ヒーロみたいに思えて憧れるんじゃねえの?」
と、渚が言っていたが。案外そんな理由なのかもしれない……何にせよ、今日もレルムの村は、聖女の件も含めて平常運転。いい天気にも恵まれ、気持ちのいい朝を迎える事が出来た。
「買い物だと?」
「ああ、そうじゃ」
山賊の襲来から2日経った朝食の後。じいさんから、俺に頼みがあると言われたので、どんな事かと聞いてみると……何でも仕事で使うロープと鉄が足りないらしい。
「ワシは仕事が忙しくて行けぬから、お主に頼みたいのだ」
「また唐突な話だな。まあ、別に構わないが、この村の何処にそれを売っている店があるんだ?」
買い物自体別に構わなかったのだが。正直この村の何処に何があるのかをまだ把握出来ていない為、店の場所も分からないのだ。
「いや、この村ではなく。聖王都ゼラムに行って貰いたい」
「聖王都……ゼラム?」
いきなりそんな場所を言われても、いったい何処だか分からない。取り敢えず、聞かない事には始まらないので。場所を聞いてみると、
「ここから東の方角にあるリィンバウム最大の勢力を誇る国、[聖王国]の首都じゃ。こことは比べ物にならない程、栄えておって規模も大きい。道を外れず歩いていけば、遠くからでも見えるだろう」
アグラバインはそう言いながら、地図を使って説明してくれる。道なりに進んで行けるのならば、迷う事は無さそうだ。
「そんなに凄いのか?」
「ああ。人の数も、レルムの村とは雲泥の差じゃし、船を使って貿易もしているから、物流も盛んじゃよ」
「なるほど」
まあ、首都だから栄えていて当然か。寧ろ、そこが栄えていなかったら、世界全体がヤバいだろうしな。かりにもリィンバウム最大の勢力らしいのだから。
「ゼラムへの行き方と、必要な物を売っている店への地図を渡そう。それがあれば行けるはずだ」
「しかし……俺より、この村の人間に行って貰ったらどうなんだ? わざわざ俺に説明しなくても、道を知っているだろうし」
「いや、村の外にはこの前の様な山賊やはぐれ召喚獣がおるからな。戦える者でなければ安全ではない。戦える者は主に自警団として働いておるが、ワシと同じく忙しい。そうなると、お主たちにしか頼めんのじゃ」
はぐれ召喚獣の話は聞いていたが……どうやら、思っていたより物騒な状況のようだ。そんな物騒な森に俺たちは倒れていたのだから、アグラバインたちに助けて貰ったのは、幸運以外の何物でもない。目を覚ます事なく、襲われてあの世行きだなんてたまったもんじゃなかっただろう。
と、そう言えば。朝起きてから、今日は一度も見ていない2人についてアグラバインに尋ねてみると、
「椎名は別の要件を、渚は「樹に任せた」と言って何処かに行ってしまった」
どうやら、2人とも家にいないらしい……渚には後で制裁を加えるとしても、やはり一番遅くに起きるから、こういう貧乏くじを引かされるのだろうか?
「そうか、俺しかいない事はよく分かった」
「そうか、行ってくれるか?」
「ああ、構わないよ。まあ、外を見るのもいい経験だろうしな」
「では、地図と代金とこれを渡そう」
アグラバインから、必要なお金と地図と旅人用のマントを渡された。俺は、その準備の速さに苦笑する。もはや、俺が首を縦に振ってくれると想定していたのだろう。
「ずいぶん準備がいいんだな?」
「お主が引き受けてくれると思っていたからな」
全く嬉しくない信頼と笑みを見せるアグラバインに、俺は溜息を吐いた。
「買いかぶりすぎだよ……所であいつはやっぱり捕まっていないのか?」
「いや……まだらしい」
俺の質問に、じいさんは首を横に振る。あいつとは、この間アメルを人質に取ったあの山賊である。2人の仲間に抱えられて、森の中に消えていったのを最後に確認が取れていないらしい。捕まえた連中は、聖女の噂でやって来た旅人の中にいた冒険者なる人たちに任せ、聖王国の騎士団に引き渡すために連れて行ってもらったそうだ。どうやら、この世界では警察の役目を騎士団がやっているらしい。
「早く見つかるといいな、将来的に禍根を残す事になるかもしれないし」
「全くじゃ――おお、そうじゃ忘れる所だった」
そう言って、じいさんは席を外した。自分の部屋にでも向かっただけだったのか、すぐに戻って来て袋を手渡された。
「これは?」
「鉄を買う店の主人は、2年程前に知り合って以来、なかなか馬が合って今でも交流が続いているんじゃ。せっかく行くのだから土産に渡してやってくれ」
「ふうん。まあ、了解したよ」
「ゼラムへはここから3、4時間ほどでたどり着けるだろうが、道中気を付けてくれ」
「3、4時間ね、分かった。夜までには帰れる様に努力する――それじゃあ行ってくる」
「頼んだぞ」
俺はその声の返事代わりに手を上げて答え、家を出た。
「あれ? イツキさんじゃないですか?」
「本当だ、イツキ兄ちゃんだ!」
村の出口へ向かう途中、俺を呼んだ声の方を見ると、ロッカとそれに群がっている子供たちがいた。
「よお、ロッカ。子供の相手もしているなんて、自警団の仕事も大変なんだな」
「そんな事ないですよ、子供と一緒にいるのは嫌いじゃないですから。それより何処かへ行くんですか?」
俺の持っている物を見て、不思議そうに聞いてきた。
「ああ、用事で行けないじいさんの代わりに、ちょっとゼラムまでな」
「……そこはちょっととは言わない場所ですよ」
「む……確かにそうだな、まあ気にするな」
「本当なら、僕かリューグが一緒に行ければいいんですけど」
「そっちも仕事で忙しいだろ? 気にするな、村の方は頼んだよ」
「ええ、任されました」
そういった時、子供の1人が俺の服の裾を引っ張りながら、
「イツキは遊べないの? 一緒に遊ぼうよ!」
そんな事を聞いてくる――今までの話を聞いてないのかこいつら……。
「済まないな。今から用事があるから、そんな時間がないんだ」
「えー!」
あちこちから、子供たちが不満の声を上げるが。こちらも用事を優先したいのだから、こればっかりは諦めて貰うしかない。
「また今度遊んでやるから、今日は我慢してくれ」
「みんな、イツキさんを困らせちゃ駄目ですよ」
「はぁーい」
ロッカの一声もあり、それで子供たちはしぶしぶ了承してくれた。
「済まないな」
「いえいえ、イツキさんなら大丈夫でしょうけど。外には盗賊の他にはぐれもいますし、気を付けて下さいね」
「ああ、気を付けさせてもらうよ。じゃあ行ってくるな」
「行ってらっしゃい」
「バイバーイ!」
そう言って、ロッカと子供たちのいる場所を離れて、村の外へ出る事にした。
「此処か……ようやく着いたな」
森の中にあるレルム村を離れて、道なりに山を降りて街道にたどり着き、街道の分かれ道で地図を確認して北上していった先に、目的地である聖王都ゼラムと思われる場所にたどり着いた。分かれ道の反対側に休憩所の様な施設があったが、ゼラムの位置とは反対方向だったので、一旦置いておく事にした。
あれから何時間経ったのか正確には分からないが、別段はぐれ召喚獣や山賊に出会う事もなく、何とかゼラムと思える町の入口まで来る事が出来たので一安心だ。
それにしても、道中の自然は綺麗だった。木々の間からの木漏れ日に心が癒され。街道の先に広がる雄大な草原に心が沸き立った。リィンバウムの自然は美しいと、強く感じる事が出来たのだ。これも買い物をしに行くからこそ見れた、いい経験の1つだろう。
そう言えば道中気になる事があった。聖女の奇跡を頼りにする者たちと何人かすれ違ったのだが、やはり山賊たちに備えて複数人で行動していた。その中で、俺の様に1人で行動していた者が1人いた。大きな荷物を背負った20代の商人の様な身なりをした男だ。一度だけ目が合った時に、俺の方を見て何故か驚いた顔をした。その後もこちらを窺う瞳が何故か気になったが、先を急いでいたので話はしないで無視をした。だが……あれは一体何だったのだろうか?
まあ、考えても埒が明かないので。今は用事を優先しようと目の前に広がる、威圧感と偉大さを感じさせる大きな城門を見上げる。横に続く城壁を見渡して思うが、もしこの都市に攻撃を仕掛ける無謀な奴がいても、これを突破するのは至難の技だろう。
「しかし、本当に大きな門だな……生で見た事ないが、西洋に出てくる城門とはこういう感じなのだろうな」
そんな事をボヤキながら正門を潜る。てっきり検問でもあるのかと思ったが、特にそんな事もなく通過できた。意外と自由な事に驚きながらも、楽で助かったと安堵のため息を吐く。
「取り敢えず、先にロープだな」
門を潜った先で、地図を見て店の確認をすると。繁華街と書いてある通り……門を潜って右手の方に広がっている、商業区にある大きな通りにあるらしいので、一先ずそれを買いに行く。
それにしても……
「いらっしゃーい! 今日もおいしい野菜がそろっているよ!」
「アベル~置いていかないでよ!」
「お前が遅いんだよ、クリフト」
「今日も一杯行くか! 相棒」
「昼間から飲むのかよ? いいご身分だなお前も」
「おおー! あんなに剣をクルクル回転させて……器用だなぁー」
「ネスー! 何か珍しい物が置いてあるよここ!」
「こらマグナ、大道芸より先に見るべき物があるだろ。トリスも、僕たちが行く店は違う所だ!」
「まあ、奥様いい服着ていらっしゃいますわね」
「あらぁ、分かります? サイジェント産の素材による一品なんですのよ」
アグラバインの言っていた通り、歩いている人の数が雲泥の差であった。客を呼び込む店主の声、走り回っている子供たち、大きな剣を持った冒険者たち、大道芸や露店を覗き込んでいる男女に、何やら服の話をしている女性など様々な人が、この繁華街を歩いていたり、話し込んでいる。
これだけいれば、召喚士が何処かにいるんじゃないかと、レルムの村の時の様に考えたが。これまたレルムの村の時の様にすぐに諦めた。はっきり言って、人数が多すぎる。それに関しては、次の機会を待つ事にしよう。
「しかし、簡単に手に入ったな」
繁華街の通りに入って、5分もしない内に目的の店に入りロープを購入する――まあ、非常に大きい店を選んでくれたみたいだから、見つけ出すのが簡単だったんだけどな。
「この調子なら、すぐに用件は片付きそうだな……」
そう呟きながら、俺はもう1つの鉄を売っている、じいさんの知り合いの店に向かう事にした。
「うーん……こ、ここか。ここだよな? さっきの店と違って、随分と分かりにくい所にあったな」
そう言いながら、目的の店を見上げる。大きさは、まあ普通の2階建ての店の様だ。取り敢えず入ってみようとドアに手をかけたその時……ドアが俺の意思に関係なく開かれ、中から男が吹っ飛んできた。
「うお! な、何だ!?」
ドアの取っ手を掴もうとする所まで近づいていた為に避けられず、俺も男と一緒に吹き飛ばされた。取り敢えず、邪魔だったので男を上からどかし、状況の把握に努めようとしたが。店の入り口から女の子が出てきて、こちらを……いや、正確には飛んできた男に向けて、両手を腰において怒っているとはっきり分かる表情で睨み付けている。
それを見るに、どうやらこの2人の間に何かが起きて、俺が巻き込まれたようだ。
「こ、このアマァ……」
しかし、この上背のある厳つい30代位の男が、
「これに懲りたら、2度と私たちの店に来ないでよね!」
本当に、こんな奴にやられたのか? 俺と同い年位で体格も年相応な普通の女の子だぞ?
「畜生が! 覚えてやがれ!」
「覚えなくていいわよ、バカ!」
男は情けない捨て台詞を吐きながら、繁華街の方に走り去っていった。まあ、興味があったのは彼女の方だったので、いまだに怒りを抑えられていない彼女の方を見る。
見た目は10代後半で身長は160程。茶色の髪のショートカット。白いブラウスに青いケープを羽織り、これまた青いスカートを穿いた格好でスラッとした綺麗なスタイルをしている。腰に剣を佩いており、あれを使って吹き飛ばしたのだろうか?
「……」
彼女を見続けた為視線に気が付いたのか、彼女も俺を見て目が合う。こっちに向かって近づいて来て、手を伸ばす。
「ごめん、巻き込んじゃったみたいだね」
その伸ばされた手を見て、座り込んだままだと言う事に俺は今更気が付いた。俺は素直に彼女の手を掴み、立ち上がらせて貰った。
「別に構わないさ」
「店に用?」
「ああ」
「じゃあ、中に入ってきなよ」
そう言いつつ、掴んだままの俺の手を強引に引っ張り始めた――って、何をしてるんだこいつは!
「お、おい! 手を放してくれ! 1人で入れる」
「何で? 別に一緒に入る事に変わりはないじゃない?」
「いや、確かにそうなんだが……」
そもそも、手を引っ張って入るのはおかしい話であり、恥ずかしいんだが。
「つべこべ言ってないで入るよ!」
結局腕を掴まれたまま、店に入った――何と言う行動力であろうか。
「父さん! 新しいお客さんが来たよ!」
俺の手を掴みながら、彼女が大声で店内にいる男性に話しかける。
「リラ! また客を引っ張って来たのか!?」
少女に父さんと呼ばれた男が、俺と俺を掴んでいる手を見て、少女に怒鳴りつける。少女は俺から手を放して、男の元へ小走りで駆け寄り、
「今日は違うよ、本当のお客さんだよ! ね?」
「ああ……レルム村のアグラバインさんから頼まれました」
「おお! あいつからか!」
俺の説明に、店主は顔を綻ばせた。話の流れからどうもこの2人は親子らしい。目の前の男性も40は超えているように見えるが、アグラバインに負けず劣らずのいかつさで、筋肉が盛り上がっている。顔を綻ばせる前の、鋭い視線をみて、この日本より厳しそうな世界を生き延びてきたのだと感じる事が出来た。
「鉄を……」
「分かっておるよ、いつもの量でいいんじゃな?」
「ああ、そうだと思う」
特に言われなかったので、問題ないだろうと判断して肯定する。アグラバインの名を出してから、親しみやすい顔に変貌した店主が嬉しそうに頷いてから、
「分かった。よし、ちょっとまっとれ」
そう言って、店の奥の方に引っ込んでいった。そこに残されたのは、人懐っこい目で俺に興味を示している、リラと呼ばれていた少女と、その視線を浴びている俺の2人だけであった。
「あのおじいさんと知り合いなんだ?」
「ん、ああまあな。ちょっと世話になってる」
「そうなんだ、おじいさんが来ないのなんて初めてだ……あ、まだ名前言ってなかったね。私の名前はリラって言うんだ、よろしくね!」
そう言って、破顔した少女を見て、先程の男性と面影が重なる。流石に親子だからかそっくりだなと考えながら、こちらも自己紹介するため口を開く。
「ああ、俺の名前は五十嵐樹。こちらこそよろしく」
「イガラシイツキ?」
そう言ってちょっと戸惑った少女――リラを見て、そう言えば名字は余計だったなと、アメルたちの時と同じ過ちを犯した事に気が付いた。その首を傾げている姿も、どこか愛嬌のあるリラに苦笑しながら説明する。
「済まない、名字は五十嵐で、名前が樹だ。みんなは樹と呼んでいるから、それで構わないぞ」
「うん、じゃあイツキって呼ぶね。それで、イツキはこの町に来るのは初めて?」
「ああ、そうだけど……初めてだと何かあるのか?」
「いや、単純にここを見つけるのに苦労しなかったのかなぁって思ってね。この店、裏路地のちょっと入り組んだ所にあるからさ」
確かに表の大通りとは違い、裏路地に一歩足を踏み入れたら、昼が過ぎたばかりなのに、道は薄暗くの道が入り組んでいた。何の用意もなければリラの言う通り、道に迷っていたのかもしれない。
「まあ、確かに苦労したけど。アグラバインのじいさんから地図を借りていたから、大体は把握出来ていた。言うほど時間はかからなかったよ」
「へぇー、そうなんだ。じゃあさ……」
その後も、何故か色々話しかけてきたので。程々に相手をしながら、店主が来るのを俺は待ち続けた。
「此処を抜ければ、出口の門まで一直線だよ!」
リラの父……ダイコクから鉄を貰った俺はリラの好意に甘える形で、帰りの道案内を受けていた。外出用の鞄を背負ったリラが何も迷いもなく裏路地を歩く姿を見て、店に行くまでの苦労が何だったのかと思う程、スムーズに進んだ。持つべき者は土地勘のある人間である。
「ああ、済まなかったな。助かったよ」
「いいよ別に、お得意のお客様だし。さっき迷惑かけたお詫びだよ」
「そうは言っても、何か礼をしないとな」
「気にしなくていいって」
「師範と約束しているんだ「恩には必ず礼で尽くすべし」ってな。出来る限りはその約束を破りたくない……俺個人としても感謝しているから、何かで返したいと思うし」
「うーん。いきなりそう言われてもねぇ……」
腕を組んで考え始めたリラを見た時。俺たちの後方から、4つの気配がこちらを窺っている事に気が付いた。その中には殺気も感じられる。
「どうやら、すぐに返せそうだな――おい! いるのは分かっているんだ、出てきたらどうだ?」
「え? イツキ、一体何を……!?」
俺が後ろに振り返り気配がある方に声を出す。リラが俺の言葉に不思議がりながら後ろを向いた途端、言葉を失った。4人の男がそれぞれ何かしらの得物を持って姿を現したからだ。
「へえ、よく気が付いたな。兄ちゃん」
「あれだけ、隠す気のない殺気を出しておいてよく言うよ」
「あ! あんたは、さっきの」
「そうだよ嬢ちゃん、さっきはよくもコケにしてくれたな。あんだけの事をしてくれたんだ、殺されても文句は言えないよな」
そう言ってこっちを見る視線が更に鋭くなる。
「おい、あいつ中々危ない事を言っているが――何をしたんだ?」
あれだけ殺気をぶつけて来るのだ。あの時、余程の事があったのだと思ってリラに聞いたが、
「何って――もっと安くしろって絡んできて、拒否したら暴れだしたから。返り討ちにして店から叩き出しただけだけど……駄目だった?」
途轍もなく、しょっぱい理由だった――ただの自業自得じゃねえか。
「それだけであれか。お前はすぐにキレる不良かよ?」
どう見ても、30代の男にしか見えないが……ああ、でもこういう奴に年齢は関係ないかと、呆れた顔をすると、
「うるせえ! 俺は、今まで納得出来ねえ事はいつもこうしてきたんだ。だから今回もそうするだけよ」
そう言って息巻いている男に、俺は更に呆れて見せた。それで生き残っているのだから、あいつは自分より弱い人間しか選んでこなかったのかもしれない。
「やれやれ、何と言う。余程、今までの相手に恵まれていたんだな」
「何だと!」
「今回はいつもの様には行かないぜ。何せこの俺がいるんだからな」
そう言いながら、刀の柄に手をかけようとした時、何故か腕をリラに捉まれた。
「待ってイツキ。こいつらは私に任せてよ」
「お前1人でか?」
俺も流石に驚いた。一緒に戦うのではなく、1人でいいと言っているのだ。余程の自信があるのだろう。
「この騒動の原因は私にあるからね」
「いや、しかしだな……」
「いいから、任せといてよ。私の実力をイツキに見せてあげる。それに……」
「それに?」
「何か、こんな事で礼を返されるのは勿体無いじゃない! どうせなら、もっといい事に使いたいし」
そう言って満面の笑みで微笑むリラを見てしまっては、俺はこれ以上言う事は出来ない。気持ちよく送り出してやろう。もしもの時の為に、すぐに助けに行けるように準備だけしておけばいいのだから。
「そこまで言うのなら、頼んだよ。リラの実力を見せて貰うよ」
「まっかせなさい!」
腕を回しながらリラは前に出で、男と対峙する。右手には鞄から取り出したドリルを構えている。ドリルを使った戦い等見る事はなかったので、楽しみが増えた。
「1人とは舐めやがって、やっちまえ」
男の指示で、取り巻きの男たち3人が剣を持って動き出した。リラも3人に向かって走り出し、戦闘の男の攻撃を避けながら脇に一撃、続いてきた男を足払いで転ばせ、立ち上がる前に3人目の男の攻撃もドリルで防いでからの反撃で沈め、起き上がった男の首に手刀を当てて気絶させた。
「ほう……やるもんだな」
「父さんに鍛えられたからね」
俺の言葉に、リラが嬉しそうな声で反応をした。どうやら最初に思った通り、ダイコクは相当の使い手らしい。
「ば、馬鹿な!」
向こうの男は、あっさり取り巻きの連中がやられた事が信じられないといった様子で、ショックを受けているようだ。さっき店の前で吹き飛ばされた事から、少しはリラの強さが分かっていただろうに、油断しすぎだろう。
「さて、後はあんただけだね」
「この野郎! 舐めんじゃねぇ!」
そう言って、激昂したらしい男は。持っていた剣を振りかざして、正面から突っ込んできた――野郎って、さっきは嬢ちゃんとちゃんと言っていたくせに。どれだけうろたえているんだよ……っていうか、そもそも自分が腹を立てていたのに3人に先を任せる辺り、色々と駄目な奴のようだ。
「甘いよ!」
リラはドリルを回転させ始め、そのまま剣を受け止める。3度に渡る鉄と鉄のぶつかり合いの後、回転するドリルの刃によって、剣が砕け男は体勢を崩す。その隙を見逃さずリラは男の急所に蹴りを叩き込んだ。
「!?」
男は声に鳴らない悲鳴を上げて地面に突っ伏した。両手で股間を押さえたまま、口から泡を吹いて気絶している。
「うわぁ……あれは痛いなんてもんじゃないな」
その痛みを想像してしまい、身震いしている俺を他所に。4人を縛り上げて、近くで偶々見ていた人に騎士団を呼ぶように言い。こっちに戻ってきた。
「うん、リラは想像以上に強いんだな」
「えっへん! さっきも言ったけど、小さい頃から父さんに鍛えられて来たからね。そんじょそこらの奴には負けない自身はあるよ」
「強気だねぇ」
「何なら今度来た時にでも、手合わせしようよ! 腰に差している刀は飾りじゃないでしょ? 立ち振る舞い見てても隙を感じなかったし、一度やってみたいんだよね」
リラは興奮した様子でそんな提案をしてくるが、また出会うかどうか分からない相手に、易々と約束するのは如何なものか……取りあえず濁す事にする。
「ああ、別に構わないよ。まあ、次に来る時があったらな」
「本当に! じゃあ、約束だよ!」
「いや、来る時があったらなって言ったばかりなんだが……話を聞いてたよな?」
「聞いてたけど、何かイツキとはまた会う気がするんだよね。だから今の内にちゃんと予約を入れておかないとね」
「気がすると思う根拠は?」
「乙女の勘」
「……そ、そうか」
どうやら、これ以上この話は議論しても無駄の様だ。精々勘が外れてくれる事を祈っていよう。
「まあ、何だ。道案内助かったよ。これで思っていたより早く帰れそうだ」
「うん、早く帰っておじいさんや友達に無事を伝えなよ」
「そうするよ。それじゃあな、ダイコクさんにもよろしく言っておいてくれ」
「ええ、道中気をつけてね。アグラおじいさんたちにもね」
「ああ、言っておく……じゃあな」
俺はそう言って、別れを告げ。ゼラムに入った時と同じ門に向かって歩き出した。
「約束したからねぇ! また来てよぉ!」
俺はそれに手を振って答えて、ゼラムを後にした。
「ふう、騒がしい奴だったが、本当に助かったな。何とか日が暮れるまでには帰れそうだ……ん?」
レルムの村に向かって歩き出して、分岐点のある所まで戻ろうとした時。俺は来る時に見かけた休憩所と思える施設に目がいく。
「時間もあるし、せっかくだから、どんなもんかちょっと覗いてみるか」
そう考えた俺は分岐点で森の方には行かずに、休憩所に向かって歩き始めた。
それが新たな。そして俺の人生にとって、とても大きな出会いになる事を、この時の俺はまだ、理解していなかったのである……。
同時刻、とある屋敷にて。
「カーツ様」
仕事の合間に紅茶を飲む為、休憩を入れていたカーツであったが、自分を呼ぶ声の方に視線を向けると。金で雇っているシノビが音もなく現れ、片膝をついた状態でこちらを見ていた。
「シノですか、どうかしましたか?」
右手に持っていたカップを机に戻し、扇子を持ちながらシノがいる方向に体を向ける。
「デグレアに潜入していた、部隊の行方不明の件で進展がありましたので」
「ああ、デグレアに裏工作を頼んだ彼等の件ですか……確かその件に関しては、ランスロー殿に調査を一任させていましたね」
デグレア――[聖王国]に反発していた王国の軍人達が、王様の庶子を担ぎ上げて作った[旧王国]と言う名の国家に属する最大の軍事都市の名前である。今は色々とあって庶子は別の勢力と共に[帝国]を作り、元老院が実行支配しているが。
カーツは、その元老院に目を付けた。[聖王国]打倒を長年の悲願としている元老院の多くは高齢で、裏から操れれば自分達の計画に有効的に利用できる存在になるだろう。
その為、情報を収集するため部隊を送り込んだが、揃って行方不明になるという不思議な事が起きた。事態を重く見たカーツは、八武衆――8人いる幹部たちの総称――の1人であるランスローを差し向けた。地味ながら石橋を叩いて渡る程の慎重な性格から、堅実に任務をこなすランスローに任せておけば問題ないであろうという判断である。カーツの進言に他の八武衆も同意し、リーダーからも許可を貰った。潜入から1週間、後は報告を待つばかりであった……が、しかし。
「申し上げにくいのですが……」
「どうしたのですか?」
珍しく、シノの顔が曇っている。その表情に、ランスローでも中々に難しいのかとカーツは判断したが、
「その[聡明たるランスロー]殿……討ち死にございます」
それを聞いたカーツは扇子を落とした。シノも無念の表情を浮かべている。2人にとってそれ程の衝撃を与える人物の死であった。
「……その情報、間違いないのですか?」
「はい、部下からの間違いのない報告です」
「状況は?」
「城下町のある屋根の上で……刺し殺された様です」
「フム……」
考え込みながらもカーツは、落とした扇子を拾う。取りあえず落ち着いて、情報の整理をしなければならない。
「まずは、死体の確認といきますか。何かあるかも知れませんからね」
「いえ、それが」
「どうしました?」
「死体は、回収できませんでした」
「何故です? 確認したのでしょ――もしや、敵に?」
「はい、死体を持ち去っていきました」
やはり、ランスローは何かを掴んだという事だろう。そうでなければ死体を持ってなどいかない筈だ。
「申し訳ありません」
カーツが考える為に口を閉ざしたのを、無言の叱責と勘違いしたからかシノが頭を下げる。
「いえ、まあ仕方がない事でしょう。無理をして犠牲を増やす訳にはいきませんし。取りあえず、残りの八武衆に伝えなくてはなりませんねぇ……シノ、頼みましたよ」
「心得ました」
そう言って、シノは立ち上がろうとしたが。カーツは言い忘れていた事を思い出し、シノを止める。
「いえ、待って下さい。ランスロー殿が亡くなったとは言え、緊急召集する事はしません。持ち場を動かず、それぞれの仕事をする様に伝えて下さい」
「はあ、宜しいのですか? 少なくともケニー殿はこちらに来られると思うのですが」
カーツの言葉に怪訝に思いながらも、シノは思った事を告げる。ケニーとランスローは幹部同士以前に親友でもあったのだ。黙っていられるとは思えない。
「それは計算の内です、こちらで何とかしましょう」
「分かりました、それではこれで」
それだけ言うと。来た時の様に、音もなく静かにシノは消えた。
「少しばかり想定外の事態が起きましたが――まあ、問題ないでしょう」
そう言いながら扇子を開き、シノの前で見せなかった笑みを浮かべる。
「ランスローを殺ったのは恐らく悪魔の方々。あの方の語った[物語]通りなら、ランスローはただ間が悪かったと言うだけの事。私が作ったこの計画が、破綻する様な事ではありません。この先どうなるのか楽しみにするとしましょうか」
そう言って立ち上がり、仕事をする部屋に戻る事にする。少しずつ慌しくなって来た、それは悪い事ではないとカーツは笑みを深くした。