「おい、樹! 朝だぞ起きろ!」
誰かに揺すられながら呼びかけられて、俺は目を覚ます。
目を開けた先にいたのは渚だった。昨日の影響がもうないのか、元気そうな顔をしている。
「……おお、渚。おはようさん」
「おはようさんじゃねえよ。もうすぐ昼だぞ?」
そう渚に言われて外を見ると、確かに太陽は――いや、あれが太陽という名前じゃないかもしれないが――空高く昇っている。
どうやら昼ごろの時間帯というのは、間違いないらしい。だいぶ寝過ごしたようだ。
「おお、もう昼だったのか」
「相変わらず、朝が駄目な奴だが樹は。こっちの生活に慣れてきて、緩んだ証拠じゃないか?」
そんな事を言いながら、渚が空気の入れ替えを行うため、窓を開けた。
昨日の寝る直前に、渚に対して思っていた事を。まさかその渚から言われるとは思っていなかった。まあ、渚の言う事はもっともなので、何も言い返さずにベッドから起き上がる。
外から入ってくる、気持ちのいい新鮮な風を感じながら、体を伸ばすストレッチをして体調の確認をする。昨日、少し力を解放した反動を恐れたが、想像していたよりも大分少なかった。それに今日に引きずる様なダルさも無く、万全な状態である事に満足する――やはり、この世界に来て身体が強化された影響がいい方向に働いているようだ。
「その事はさておいて。昼飯食ったら、アグラじいさんが俺たちに仕事を頼みたいってさ」
「仕事? 何の仕事をするんだ?」
一体今度は何をするのだろうか? 何か知っている素振りの渚に、聞いてみると。
「薬草摘みらしいぞ」
「へ? 薬草?」
予想していたのと違い、簡単そうな気がする仕事だった。だが、アグラバインが俺たちに頼みたいという事は、昨日のように、何かやっかいな仕事になるかもしれない。
「まあ、詳しい事は飯を食べながら聞こうや」
「そうだな、それじゃあ居間に行くか」
そう言って、俺たちは居間に向かうため、部屋を後にした。
「ある薬草を、ワシと共に取ってきてもらいたい。正確には葉っぱと言うべきなのじゃが」
居間で、アグラバインや椎名も交えて昼食を頂き、仕事の話を聞いてみると。薬草取りで間違いないようだった。
「葉っぱですか?」
「そうじゃ。名前は[ゲドッグーの葉]と呼ばれているもので、解毒の効果がある」
椎名の疑問にアグラバインが答えてくれたが。その名を聞いて、俺達は一瞬戸惑った――解毒とゲドッグー。それは洒落でも言っているのかと、突っ込みたくなるのを抑えてなのだが。アグラバインの表情を見る限り、冗談を言っている風には見えない。
「随分、安直なんだな」
「ん? おお、名前の事か。まあ、ワシが生まれた時には、もうこの名前じゃったからな。気にしないでくれ」
渚の言葉に苦笑しながら答えたアグラバインに、俺たちは頷いた。確かにアグラバインに言ってもしょうがない事だ。それに分かりやすい名前なのは、こちらとしても大歓迎なので、特に問題はない。
「それにしても、何でそのゲドッグーの葉が必要なんです? 解毒薬に使う材料の確保って事ですか?」
椎名が事情を聞くと、アグラバインは首を横に振る。
「いや、その葉が解毒薬としてこの世界では使われている。実は今回の事には事情があってな……」
そう言うアグラバインから、事情を説明して貰う。
何でも今日の午前中に、村の子供が毒持ちの蛇に噛まれたらしく。その時に、治療に必要な枚数が足りない事態に陥ったらしい。
その場は、ロッカの迅速な対応で緊急招集された、アメルによる聖女の力で毒は取り除かれたらしい。だが、今後このような事態を回避するために、備蓄を増やしておくという話になったそうだ――まあ、アメルが毎回間に合うと思っているのは、楽観的なので判断に間違いはない。
それにしても、怪我とかだけじゃなく。毒も直せるとは。アメルの力は本当に凄いものだと感心させられた。
話を戻す。ゲドッグーの葉が採取出来る場所は、ある程度把握しているらしく。村の中で動員できる者たちで取りにいく事になったのだが……ここで、何処の場所を誰が取りに行くのかという問題を、話し合ったらしい。
何でも1つ危険な場所があるらしく。そのある場所とは、レルムの村から東に行った所に[流砂の谷]と呼ばれる、ほとんど砂と岩で構成された、荒涼としている谷の事らしい。その谷からレルムの村側の森の近くにゲドッグーの葉が生えた木があるそうだ。
しかし。その流砂の谷は、レルムの村や休憩所で襲い掛かって来た盗賊たちの根城らしく。その近くに行くのは危ないとの事らしい。だがそちらの方にも手を伸ばさないと、量が足りないそうで、困っていたそうだ。
そこで、アグラバインが決心したらしく、提案したそうだ。
「その提案を要約すると。村の者には、比較的安全な所を探して貰い。俺たちには、少しばかり危ない谷の辺りで探す。という事ですね?」
「ああ、椎名の言う通りだ。すまんが頼まれてくれないか?」
「わかった。じいさんと一緒に手伝うよ」
「まあ、盗賊は怖いけど何とかなるだろうよ」
「それに、会うと決まった訳じゃないからな」
事情が分かれば全く問題なかったので、手伝う旨を伝える。2人も不安はあっても、不満はないようで了承した。
「ありがとうな。ワシも、細心の注意を払って探索するからよろしく頼む」
「おう」
「あいよ!」
「任された」
じいさんの言葉に答えた俺たちは、準備をするため一旦解散し。5分後には家を出て、流砂の谷の方に向かって歩き出した。
「此処が流砂の谷か」
行動を開始してから1時間後、俺たちは目的地である流砂の谷の入口辺りに到着した。
「話に聞いていた通り、砂と岩しかない殺風景な谷だな」
「でも、広いよなー! 何かロマンを感じるぜ」
流砂の谷を見て、そんな事を言っている椎名に渚。そう言えば2人にとって、意識のある状態で村の外に出たのが初めてだった為か、綺麗な自然の光景に目を輝かせながら辺りを見回し、興奮しているようだった。
「谷を見るのもいいが、俺達はゲドッグーの葉を取りに来たんだ。さっさと済ませようぜ」
「まあ、それもそうだな。後でもじっくり見られる訳だし」
「よーし、さっさと始めて。ちゃちゃっと終わらせようぜ!」
俺のそんな言葉で、ゲドッグーの葉を捜し始めた。
居間で説明を受けた時に、アグラバインの家にあった本の絵で現物を見ていたので、見つけるのにそんなに苦労がかからない。次々と、見つけては用意してあった籠に入れていく。
「これなら簡単に終われそうだから、すぐに帰れそうだな。まあ、取りすぎて無くならない様にだけ、気をつけるか」
そんな事を呟いてしまったのが、いけなかったのか。30分くらい時間が経った後、険しい顔をしたアグラバインに集まるよう声を掛けられた。
「いきなり、どうしたんです?」
全員集まってから、俺が聞いてみると、
「さっき森の中で、盗賊たちを見つけた」
その言葉に、この場が緊張感で包まれた。
「それで、そいつらは何処へ? まさか、性懲りもなく。またレルムの村ですか?」
「いや、連中は谷の方へと戻っていった」
「だったら、大丈夫だな!」
それを聞いて、渚の言う通りひとまず安心する。状況次第では、作業を切り上げねばならなかったからだ――この時、俺はそう考えたが。
「いや、話は終わりではない。確かに谷に戻っていったのだが、話している内容も聞こえたのだ」
「どんな内容なんです?」
俺の考えは、甘かった事に気付かされた。
「根城の近くで、召喚師の一行を捕まえたという話をしておった」
「え――召喚師だって!?」
召喚師という言葉を聞いた途端、昨日の連中が頭の中に浮かんだ。ロボットとそれを従えていたネスティ。おかしな格好の子供2人に、その目が印象的だったトリスとその兄マグナ。
世界は広く、人口もそれなりにいるはずだ。だからきっと、別の召喚師が捕まった可能性だってあるだろう。それでも、昨日出会ったばかりの者たちの印象が強くて。彼らが捕まっているのではないかという、不安が離れてくれない。
「お……イ……キ……おい! イツキ!」
「つっ!?」
俺の耳元で俺を呼ぶ大きな声に、驚いて肩が震えた。視線を声の方に向けると、椎名が心配そうにこちらを見ていた。
「何回か呼んだのに、気が付いていないようだったが。大丈夫か?」
「あ、ああ。済まない、考え事をしてしまった」
どうやら、あの一瞬で冷静さを失っていたらしい。現に今でも頭の片隅では、あいつらが捕まっている嫌な想像が浮かんでいる。
取りあえず、召喚師を助けなくてはならない。その思いに動かされ、アグラバインに向かって話しかける。
「なあ、じいさん。申し訳ない事を言わなきゃならないんだが――」
「奴らを追いたいのじゃな?」
どうやら、俺の言いたかった事はすでに分かっていた様だ。だったら話は早い。
「ああ、そうだ。こっちの仕事が手伝えなくなるから申し訳ないんだが。俺に行かせてくれ」
「何故焦っておるのだイツキ? アメルを助けた時、ワシに落ち着けといったのを忘れたのか?」
俺を落ち着かせようとしているのか、アグラバインがゆっくりと、心を落ち着かせるような声色で話しかけてくる。
「ああ、じいさんの言う通り。俺はいま焦っている。理由も上手く説明出来る自信がない」
そんな事は、アグラバインに注意されなくても自覚をしている。だが、それでも焦ってしまう自分がいた――理由は分かっている。召喚師が捕まっていると聞いて、何故かトリスたちが捕まっていると思えてしまったからだ。
普通に考えれば誰が聞いても、考えすぎと言われるかもしれない。だが、俺は止まるつもりは無い。最悪、違うなら違ってもいい。どちらにしても人助けになる筈だ。
「だが。いま行かないと、俺は絶対に後悔する。それだけは分かるんだ! もちろん、俺1人で行く。じいさんたちには迷惑はかけない」
世の中、甘くはない事は自分自身よく分かっている。それに自分の言っている事が、どれだけ危険な事かもよく分かっている。
「頼む、じいさん」
それにじいさんには、命を助けて貰った大きな借りがあり、それが返しきれていない状態で我が儘を言うのも苦しかったが。それでも俺は頭を下げた。
「イツキ、顔を上げろ。ワシは頭を下げてもらいたくて、注意したのではない」
そう言われては、頭を上げるしかない。言われた通りにすると、優しい目をしたアグラバインが頭を撫でてきて。
「それにイツキは、勘違いをしている」
「勘違い……ですか?」
頭を撫でられた事など、殆どなかった俺には、いきなりの事で戸惑いを隠せなかったが。アグラバインの言った言葉を何とか聞き返す。
「ワシはいつ、イツキに1人で行けと言った? ワシもお前と共に助けに向かうぞ?」
「し、しかし。危険な事に首を突っ込ませる訳には!」
「その事を分かっているのならいい。お主には人を助ける事が出来る力がある。冷静に物事の判断も出来ている様だから問題なかろう……それに」
「それに?」
「お前さんの友人たちが、1人で行かせる事を納得すると思ったか?」
頭から手を離しながら、そう言い放つアグラバインの言葉を聞いて、視線を2人に向けると。力強い目をした2人に睨まれた。
「おいおい、樹。勝手に話を進めるなよな」
「俺たちにも手伝わせろって」
「だが、レルムの村の時のようには多分いかないぞ。最悪の場合、お前達に人を殺す覚悟があるのか?」
俺がそれを聞くと、2人とも流石に怯んだ様子を見せたが、
「その事については、凄く怖いけどさ……」
「お前を1人で行かせた事に後悔する方が、嫌なんでな――まあ、何とかなるなる!」
「と、2人は言っておるが……どうする、イツキよ?」
表向きはそう言っているが、本当は恐ろしい事だと感じているだろう。2人は人を殺した経験などないのだ。いくら世界が変わり、価値観や常識の違いにいずれ慣れていくにしても。人を殺した感覚はずっと付き纏うはずだ。まあ、2人は俺と一緒で何処か歪んでいる人間だ。慣れてしまいさえすれば、大丈夫かもしれない。
それでも、俺のために渚は満面の笑みで、椎名は口だけ笑みを浮かべて言ってくれた。アグラバイン含めた3人の好意に感謝の気持ちを込めながら、もう一度頭を下げた。
「……済まない」
「気にするなって、それより急ごうぜ」
「そうだな、助けに行くのが手遅れになったら意味がないからな。アグラおじいさん、案内を頼むよ」
「ああ、任せておけ」
「それじゃあ、行こう!」
そう言って、俺たちはアグラバインを先頭に歩き出した。捕まっているという人たちを案じながら……。
「おいおい、本当にあいつらだったとは……」
盗賊を追って、流砂の谷を進んでいると。遠くから何か争っている音と、前に休憩所で見かけた、首元に刃をつけたロボットが、俺の目の見える範囲に飛び込んできた。
その光景に、あの連中だと確信しつつ、その音のした方に進んでみると……案の定、トリスたちが盗賊と戦っていた。盗賊たちに捕まっていると聞いていたので、不安だったのだが。どうやら今の所は大丈夫そうだ。
「え? まさかあそこで戦っているのが、昨日樹が言っていた連中なのか?」
「ああ、間違いない」
流石に昨日の今日で間違えるほど、記憶が悪い訳じゃない。それに2足歩行のロボットや、あの奇抜な格好の子供2人を、見間違える奴などいないだろう。
「でも、話に聞いていた人数と違うよな?」
渚の言う通り、昨日は6人だったが。大剣を持って盗賊を蹴散らしている緑髪の大男と。巫女服姿で、弓を使って盗賊を牽制している黒髪の女性の2人が増えていた――はて? 彼らはマグナたちの仲間なのだろうか? まあ、どちらにしろ。一緒に盗賊たちと戦っているのだ、味方である事に間違いはあるまい。
そう思いながら、状況を確認する。俺たちの正面に盗賊たちがいて俺たちに背を向けている。盗賊たちのリーダーと思われる、少し格好が派手な男もそこにいた。マグナたちは、俺たちから最も離れた所にいて、近くにいる盗賊たちを蹴散らしながら、俺たちの方に近づいて来ている。このまま俺たちが動けば、挟撃の形を取る事ができる為、かなり有利な状況だ……よく見てみると、リーダーの男が仕掛けている罠なのか。男の近くにある段差の高い所に、弓を持った盗賊が4人。上手く身を隠してマグナたちを待ち構えている。しきりにリーダーの男の方を見ているので、合図でも待っているのだろう。
作戦としては悪くない。だが、相手に見つかっていない事が前提の作戦だ。まあ、弓を持った盗賊たちも、まさか自分たちの後ろに敵がいるとは想像していないのだろう。様子を窺っても、後ろに警戒など全くしていない。
だから、俺がアグラバインたちに手で合図して。まず4人を音も立てずに近づいて気絶させた。弓を持った4人の盗賊はこちらに気付いて声を上げる前に昏倒させる事が出来たし、リーダーらしき男もこちらに気が付いた様子はない。そればかりか、獲物であるマグナたちが弓の射程圏に入りかけているからか、口元に笑みを浮かべている。どうやら完全に油断しているようだ。
「さて、後はあんたらだけだなぁ!」
「もう貴方たちに勝ち目はないわよ。覚悟しなさい!」
大剣を持った緑髪の男と巫女服の女性が、盗賊のリーダーらしき男に向けて、大きな声で話しかけた。既に20人程の盗賊が地面に倒れており、リーダーらしき男の周りには、あと5人しかいない。観察した結果から、人数の差でも実力の差でも、圧倒的にマグナたちの方が有利である。
「ハッハッハ! 確かに、このままじゃワシ等の負けだな!」
「何がおかしい!」
しかし、この状況でも男は余裕の姿勢を崩さない。その男の態度にマグナが不審に思ったのか声を上げる。
「お前たちは、ワシを追い詰めたと思っているようだが……逆だよ、ワシが追い詰めたのさ!」
「なに!?」
「おい! お前ら出て来い!」
そう言って、男がこちらの方を見ながら右手を上げた。どうやらあれが弓兵への合図だったのだろう……が、俺たちがすでに気絶させたので、こいつらが反応する筈がない。
「なあなあ、樹。代わりに俺たちが答えてやろうぜ」
俺の右で、事の成り行きを見ている渚が。悪戯を楽しむ嫌らしい顔で、俺たちにだけ聞こえる様に話しかけてきた。
「お前もあくどい奴だな」
「俺と同じ顔をしている、樹に言われたくないぜ」
渚に言われて、驚きながら左にいる椎名やアグラバインがいる方を見ると、2人とも苦笑しながら頷いている。どうやら笑っていた顔をしていた事に気付いていなかったのは、俺だけらしい。
「まあ、そうだな。あの男をどん底に叩き落してやろうか」
ちょっとショックだったが顔には出さず、気にしてない振りをしながら。そう言って、男の方を見る。
「ど、どうした。お前ら早く出て来い! 何をモタモタしてやがる!?」
どうやら合図をしたのに出てこない事に、男は焦りと苛立ちの混じった声を上げはじめる。俺たちが登場するタイミングとしては丁度いいのかもしれない。俺が3人に合図を送り、同時に立ち上がった。俺たちの登場に、マグナたちはすぐに気が付きこちらを見て、驚いた顔をする。
「よーし、出てきたな。遅いぞ、お前た――だ、誰だテメエらは!」
男も俺たちの姿を見て、驚きの声を上げる。それはそうだろう、切り札として隠していた仲間ではなく。見ず知らずの男が4人、そこに立っているのだから。
「イ……イツキなの!?」
「よお、トリス。助けに来たぜ」
自分で名乗る前に、俺の名前を読んだトリスに挨拶を返し。男の方に向き直す。
「いま呼ばれた通り、俺の名前は樹。知り合いと戦っている盗賊を捕まえるのに、協力しようって言う連中の1人さ」
「ふ、ふざけた事を抜かしやがって! 俺の仲間はどうした!?」
「お前の仲間なら、ここで伸びているよ」
そう言うと。横にいる3人が、伸びている男を担ぎ上げて男に見せ付けた。アグラバインはわざわざ2人も担ぎ上げてみせた――椎名と渚が1人でも大変そうなのを見て分かるが、相も変わらぬ恐ろしい筋力だ。
「な!?」
「さて、お前の切り札であるこいつらが倒れたいま。ここにいるのはお前たちだけな訳だが――他にも手札はあるのかな?」
「グググ……」
自分が分かる範囲で調べた限り、こいつら以外に気配を感じない。それでも、伏兵の存在を考慮して、男を挑発して鎌をかけたが――男の反応を見る限り、取り越し苦労に終わりそうだ。
「マグナたちに、そっちのお二人さん! 俺たちも手助けさせてもらうが構わないよな!」
断られる事はないだろうが、一応声を掛ける。
「もちろんだよ!」
「イツキが加わってくれれば、心強いよ!」
「こっちとしても、文句はねえ。強力感謝するぜ!」
「了解した! 行こうぜみんな!」
マグナとトリス、緑髪の男が代表で声を上げ。それを聞いた俺たちは、得物を抜いて斜面を駆け下りる。マグナたちも、俺たちの登場で意気を上げ。男たちに向かって走り始めた――勝利は決まっただろうが、最後まで油断しない。
俺たちの登場と、挟撃する形になった事で。うろたえ、戦意を失くしかけている盗賊たちを見ながら、俺はそれだけは守ろうと誓った。
両手が動かない――いや、動かしたくないというべきなのか。とにかく俺の両腕がマグナとトリスに掴まれて、面倒な事になっている。
時に想像もしなかった事に直面すると。避けられないのは目に見えているのに、一時でもいいから目を背けて、無かった事にしてしまおうと考えてしまうのは、俺だけでないと思いたい。
「済まない、また助けて貰ったな。感謝するよ」
「いや、こっちも偶々出くわした様なものだからな。そこまでの事はしてないさ」
そんな何の益もない事を考えている俺に向かって。眼鏡をかけた召喚師、ネスティ・バスクが昨日のように頭を下げた。取りあえず、問題を先送りにして。ネスティに対応する事にする。
あれから俺たちは、彼らに加勢して見事賊を撃退することに成功した。切り札を事前に打ち破り、さらに挟撃して混乱させ。相手がこちらに対応できていないうちに、緑髪の男がリーダーである男を気絶させて指揮系統も乱した。終始こちらが主導権を握ったままでいられた為、驚くほど苦労しなかった。
「いや~そんな事はねえよ。あそこに弓使いがいたら、俺たちは上から蜂の巣にされている所だったからな」
昨日見かけなかった男――緑色の髪に190近い身長で、アグラバインに劣るものの、これまた体格のいい体をしている。年は20半ばだろうか? 大剣を右手に持ち、服の上から革製品の装備を手と足の辺りにつけマントを羽織っている見た目から。レルムの村でも見かけた冒険者の類の人間なのだろう――が、俺たちに近づいてきて。カラッとした笑みを浮かべて俺たちの会話に混ざりこんだ。
「そうよ。この子たちを助ける為に加勢したっていうのに。このバカが先頭になって突っ走ったばかりに、危ない目に遭う所だったんだもの。貴方たちには感謝しているわ」
そう言ってもう1人の女性――弓を右手に持ち、巫女服に弓道のときに使う胸当てをつけた格好の。20代前半位の黒髪長髪の女性――が、男を軽く睨んだあと。こちらに微笑みかけてきた。
「……面目ねぇ。まあ、何にせよ助かったぜ。ありがとな! 俺の名前はフォルテ。そんで、このこわーい姉ちゃんがケイナって名前で――グヘッ!」
巫女服姿の女性の一言が図星だったのか。視線を逸らしながら指で頬をかいたあと。改めて礼を述べながら、男はフォルテという名を名乗り。ついでに横にいる女性の事を、余計な言葉をつけて紹介した瞬間。ケイナと紹介された女性が、怒った表情でフォルテの顔に鉄拳を叩き付けた。その行為に俺たちは呆気に取られた。
「誰が怖いですって、誰が! あ……ご、ごめんなさいね。恥ずかしい所を見せちゃって……私はケイナ。こいつの相棒で、一緒に旅をしているの。よろしくね」
フォルテに怒鳴った後。俺たちがいる事を思い出したのか。頬を赤くして恥ずかしそうな顔をしながら、ケイナも自分の名を名乗った――俺の予想道理、2人はやはり冒険者であったようだ。まあ、ケイナの拳の威力は予想していなかったが。
まあ、予想出来ない事など世の中多いもの。今だって、反応してくれない俺に不満があるのか。両腕を掴んでいる4本の手が。こっちを見ろといわんばかりに、掴んだ両腕ごと上下に揺らされ始めて、少し視界がぶれた。それに耐えながら俺も自己紹介するべく声を上げる。
「俺は樹。後は横から、渚に椎名にアグラバイン。レルムの村のアグラバインの家に厄介になっている」
「イツキの紹介にあった通り、アグラバインだ。皆からはアグラじいさんと呼ばれておる。まあ、好きに呼んでくれ」
「俺の名前は渚だ! よろしくな!」
「椎名です。どうもよろしく」
そう言って3人が俺に続き。その後、ネスティたちともお互いに名乗りあった。
それで分かった事があるのだが、なんと2人の子供と2足歩行のロボットは、召喚師である3人の護衛獣として別の世界から召喚された者たちらしい。
「ハサハのなまえは……ハサハだよ。あの時はたすけてくれてありがとね……」
ハサハと名乗った、着物を着たまだ小さい女の子は。最初に見たとき、ウサギの耳だと思っていたので、てっきりウサギだと思っていたが。話を聞くとキツネの妖怪だそうだ。人見知りする性格なのか、名乗ったあと、マグナの後ろに隠れてしまった。因みにそのマグナが[鬼妖界シルターン]から召喚したそうだ。
「ケッ、何で俺がテメエらなんかに名前を名乗らなくちゃいけねえんだよ」
「こら、バルレル! ちゃんと名乗らなきゃ駄目でしょ! ……ごめんね、あいつの名はバルレル、あたしが召喚した護衛獣なの」
「おいこらニンゲン! 何勝手に人の名前を教えていやがる」
「あんたが言わないからでしょ!」
そう言って、俺の横にいるトリスと言い合いを始めた。生意気な事を言っている少年は、どうやらバルレルというらしい。ネスティの補足を聞くと、なんと[霊界サプレス]出身の悪魔であるとの事で驚いた。確かに、腰から生えている羽といい、お尻から伸びている尻尾といい。日本でもよく話に聞く悪魔の姿にそっくりである。好戦的な目をして槍を振り回していたのが印象的だった。名前を代わりに教えてくれたトリスが召喚したそうだ。
「自分ノ名前ハ、れおるどト言イマス。以後ヨロシクオ願イシマス」
そう言って、丁寧に挨拶してくれたのが。[機界ロレイラル]からネスティに召喚されたレオルドと言う名の機械兵士だ。俺たち含めたメンバーで一番身長が大きい事と。赤と黒で纏められた装甲に、背中から見えるコードを三つ編みにしているのが特徴的だ。
「ふむ、ロボットに悪魔に妖怪か。一気にファンタジーっぽくなったな」
「相変わらずだな、椎名は。それにしてもハサハちゃん可愛いなぁ――癒されるぜ」
横で椎名と渚がそんな事を言いながら、また目を輝かせていた。椎名は好きなものに目が行くと、いつもこうなるので、無視する事にする。
「渚、手は出すなよ?」
だが渚は一言言っておかないと不味いだろうと、思い釘を刺しておく。
「いや、ハサハちゃんは年齢的に範囲外だから安心しろ……それよりも、そろそろ何か言ってやった方がいいんじゃないか?」
前半の渚の言葉に安堵する。流石に、見た目が10歳程の年齢は対象外だったらしい――と、いっても。彼女はキツネの妖怪なのだから。見た目が10歳前後ほどに見えても、年は俺たちの倍以上なのかもしれない。これは悪魔であるバルレルにも言える事だが。
そして、俺は後半の内容には顔をしかめる。指摘されたという事は、遂に目の前の現実と、向き合う時が来たという事らしい。
「やっぱ、無視じゃ駄目だと思うか?」
「いや、流石に無理だろ? 皆だって空気読んで触れてないんだからさ。まず樹が反応してやれよ。俺としては、何か微笑ましいのを通り越して不憫になってきたぞ」
「そうだぜイツキ。こっちは笑うのを堪えてるんだ、早くしてくれねえと腹が捩れちま――ぶはっ!?」
「アンタは黙ってなさい!」
渚に続いて、フォルテがニヤニヤしながら俺を煽り、その事でケイナに裏拳を浴びた。それを見て1つため息を吐いたあと。さっきから問題送りにしてきた、両腕の方に視線を向ける。
そこには、ネスティに礼を言われる直前に、こちらに飛びつき。話をしたいのか、未だに両腕を掴んで放さないマグナとトリスの姿があった。
まさか、いきなり飛びついて来て手を掴まれるとは予想できず。飛びついてきた時の表情を見ても、嬉しさ一杯の笑顔で。そこに邪なものは含まれていない。その表情や行動に、以前夢に出たあの少女の面影がよぎり。余計に混乱が広がったせいで、すぐに対応出来なかった。
2人に、対処する前にネスティが話しかけてきたので。それを利用して問題を先送りにしたが、話しかけてくれなかった事に不満だったのか、無言で腕を振り始めた。視界がぶれる程揺らされても、無視していると。元気がなくなってきたのか、腕を振るのも止めて腕を掴んだ状態に戻った……バルレルの説明をするときに口を開いたのだから、その流れで話しかけてきてもよかっただろうに――俺が無視したせいで頑なになってしまったのだろうか?
他のメンバーは。俺たちのやり取りを見て、早く反応してやれと俺に目で訴えてくる。ネスティに視線を向けても、諦めてくれと言わんばかりの表情をされた。神経質そうに見えるネスティが、こいつらには手を焼いているらしいというのがよくわかる。
仕方がないので、俺から話を振る事にした。
「それにしても、お前たちとこんな場所で会うとは思わなかったな……元気そうでよかったよ、2人とも」
まあ、心配だった事は確かなのだから。思っていた事を告げると。
「う、うん! 俺もこんな所でイツキに会えるとは思ってなかったよ!」
「また、助けて貰っちゃったね。ありがとうイツキ! でも、どうしてここに?」
案の定、さっきまでの不満顔は何処へやら。2人はすぐに嬉しそうな顔をしながら俺に答える。何か見ていると、まるで言葉を掛けて貰えるのを待っていた、犬の様である。尻尾があれば全力で左右に振られている事だろう――って、なにくだらない事を考えているんだ俺は。それより、ここに来た事を説明しないとな。
そう思い、ここに来た理由を説明すると。向こうも、此処にいる理由を説明してくれた。
何でも、昨日休憩所で捕まえた盗賊が口を割ったおかげで、親玉である男の情報が判明したらしく。それがゼラムの城門の所に、男の情報や賞金額が掲載された看板が、張り出されたらしい。
それをトリスが発見し。俺たちの村に行く前に、その親玉を捕まえようという提案をしたそうだ。ネスティが危険だからと反対したらしいが、止める事が出来ずに流砂の谷にやって来てしまい。そこで、盗賊の親玉たちに襲撃され、危機に陥った。だが、賞金狙いの目的で親玉を捕まえにやってきた、冒険者のフォルテとケイナのコンビに助けられて、そのまま戦いに入ったのだという。
その後は、俺たちが戦いの最中に到着し。隠れていた弓兵を倒して、援護に入った所に戻るらしい。どうやら、アグラバインが見つけた盗賊たちは。最初にマグナたちを見つけた報告を受けて、襲撃を掛けるために戻っていたのだろうと当たりを付けた。
「そうか、本当に危ない所だったんだな。間に合って良かったよ」
説明を聞いた椎名が、そう言って胸を撫で下ろしている。
「本当にありがとうね、何度感謝しても足りないわ」
「気にしないで下さいよ、ケイナ姉さん。それに……礼を言うなら樹にだけで十分ですよ」
「お、おい! 何を言ってるんだ、渚!?」
「あん? だって本当の事じゃんよ」
ケイナの何度目になるか分からないお礼に、渚は余計な一言を付けて返した。俺は慌てて渚を止めようとするが。時すでに遅く。
「え? イツキだけって?」
「それはどういう事だ?」
トリスやフォルテが、渚の言葉に食いついて話を続けようとする。俺は渚の口を封じようと動いたが、アグラバインに何故か羽交い絞めにされて身動きが取れなくなる。
「なっ!? じ、じいさん。何をするんだ」
「イツキ。ナギサは嘘を言うつもりはないのだから、話をさせてやれ」
俺の文句に、アグラバインは穏やかな笑みを浮かべながら言う。
「だ、だが。別に彼らに伝える必要は」
「イツキ」
「……何だ? じいさん」
それでも文句を言う俺の言葉を、アグラバインが名前を呼んで遮ってきたので、俺は用件を聞く。本当なら、俺だって文句を止めるつもりはなかった。だが、さっきまでの穏やかなだけではない、真剣な表情と声の響きに俺は耳を傾けたくなった。
「お主は、礼を言われる事に慣れるべきだと思う」
「慣れる事に? 何故そう思う?」
アグラバインの言葉に、俺は怪訝な顔をする。そんな事くらい、自分の好きにさせてはもらえないのだろうか?
「イツキ、この世界に来てまだ1週間だ。その間に、イツキの周りで様々な事がどれだけ起きた?」
「盗賊によるレルム村の襲撃。ゼラムでの事件や休憩所の盗賊、それにここでの事……これくらい、ああ。そもそも俺たちが召喚された事も大きな事件か」
「それだけではない。実を言うと、毒をもった蛇に襲われたのも実に数ヶ月ぶりだ」
「はあ? あんな森に囲まれているあの村でか?」
偏見かもしれないが。緑豊かで綺麗な自然に囲まれた、こんな山奥にあって。虫や動物の被害……今回で言うなら、蛇に襲われていなかったというのも不思議な感じがした。
「アメルが聖女の力に目覚めてから。自警団が強化されて、見回り等が増えた影響があるからかもしれん。じゃが、事実なのだ」
「もしかして。それでゲドッグーの葉の備蓄を疎かにしていたのに、気が付いていなかったのか?」
俺がその疑問を口にすると、アグラバインは苦笑しながら、とんでもない事を口に出した。
「それは、イツキの言う通りでもあり。他にも様々な要因があるが……ワシが言いたかったのは、蛇の事も含めて。イツキがいたから起きた事件かもしれないという事だ。イツキたちがおらなかったら、この場所に来る事もなかったかもしれんのでな」
「おいおい、流石にそれは話が飛躍していないか? それじゃあ、俺たちはある意味疫病神じゃないか」
「そうではない――いや、ワシの言い方が悪かったな、済まない。ワシはイツキが心配になってきたのだ」
「心配、ね」
「ああ。イツキがこの世界に来てから、事件が立て続けに起きたのは事実じゃ。これは何か大きな事件が起きる前触れかもしれない」
「今でも、十分大きな事件だと思うんだがな」
「まあ、それは否定しないが――なんにしても、事件が起きるたびに。お主はその問題を上手く片付けている。これからは、感謝される事も増えるであろうし」
「だから、今の内に慣れておけと?」
「そう言う事じゃ。実際にそういう事は苦手じゃろ?」
「まあな……確かに苦手だ」
別に感謝されたくて、手助けをしているわけではない。困っている人がいれば、極力助けてやる事を。ある人と約束しているから実行しているだけであって。俺自身はアグラバインが考えているような人間ではないと自覚している。だからこそ、感謝して貰うのも気が引けるのだが……アグラバインの言う通りに、これから増えるのであれば。それは非常に面倒な事だ。
しかし、先の事を考えるよりも。渚の話を聞いて、笑顔でこちらに近づいてくるマグナとトリスや他のメンバーを見て、これから行う事になりそうなやり取りに、ため息を吐いた。
「ならば、まずはあの子らと話をして、少しずつ慣れてもらおうではないか」
「心配しすぎだろ? まるで、本当のじいさんみたいだな。アグラバインは」
「忘れたのか? ワシはお前たちの家族と言ったはずだがな」
「大きな餓鬼が、3人も増えたんだぞ?」
「賑やかになって、ワシは嬉しいがな」
「くくく、これは参った。とてもじいさんには敵いそうにない」
「おお、ようやくイツキの綺麗な笑い顔が見れたな。ワシは嬉しいぞ」
「……」
そう言って。羽交い絞めの態勢を解きながら、俺の顔を見て笑顔で言ってのけるアグラバインを1度睨んだ後、前を向いた。色々言いたい事があったが、それを言っている時間は無さそうだ。
彼らが、すぐ傍まで近づいて来ている。逃げる事は出来ないだろうと、俺は諦めた。
あれから時間が過ぎて夜になった。夕食も食べ終わり、外で一通り訓練したあと。風呂を借りて汗を流す。正直、この世界に風呂に入る文化があって大いに助かった。
マグナたちは俺に礼を言ったあと。捕らえた盗賊を、聖王都ゼラムへ連行するため。警察の仕事も兼ねている騎士団を呼びに、フォルテとケイナがゼラムに向かい。盗賊が逃げないように見張る役目を召喚師組が引き受けた。俺たちは、盗賊たちをロープで縛るのを手伝ったあと。俺はアグラバインたちが遅れて帰ってくる理由を、他の人に説明するためにレルムの村に戻り。残りの3人にはフォルテたちが戻るまで、召喚師組と一緒に残る事になった。まだ盗賊が残っているかもしれないし、もしもの用心の為である。
マグナやトリスは、俺が離れる事に少し寂しそうな顔をしたが、そこは我慢して貰う事にする。
それと何故か。名乗った辺りから、ハサハやバルレルがこちらをちょくちょく窺う視線を感じたが。そちらに振り向くと、顔を逸らされる。何か言いたい事があるのかもしれないが、取りあえずよく分からなかったので、こちらも放置する事にした。
すぐにレルムの村に戻り。自警団やゲドッグーの葉を収穫しに行った連中に事情を説明して、家に戻る。今度は仕事を終えて、家に戻ってきたアメルにも説明した。盗賊の話になった時は、流石に不安な顔をしたが。冒険者や召喚師の方も無事だと告げると、安心した顔をしたので大丈夫だろう。
しかし、アグラバインとのあの会話で。1つ気になる事がある……というより思い出した。
「あの、召喚された時のあの声。もしや本当に何か起きるのか?」
選ばれし者である俺に、リンカーやクレスメント、ライルの一族と協力して、このリィンバウムという世界の危機を救え。
要約すると、こんな内容であったはずだ。その後も、何か言っていたような気がするが。召喚されるときの痛みのせいか、よく覚えていない。どちらにせよ、話の通りなら。世界を救わねばならないそうだ。
「俺が選ばれし者で、世界を救え? 何を馬鹿な。そんな事があってたまるか」
ついつい、独り言を呟いてしまう程におかしな話だ。それにもし起きたとしても、それはもっと適した奴がいるだろう。俺は環境や訓練によって、偶々人より大きな力を手に入れる事ができただけの存在だ。世界は広いのだ、俺より強い奴や、正義感の強い奴などごまんといるはずである。
そう思っても、アグラバインの言葉が頭から離れない。俺は窓を開けて静かになった村を見つめる。その静けさを感じて、心を落ち着かせようとしたが。不安は心の中から離れる事はなかった。
「明日、じいさんにでも相談してみるか」
正直な所、リンカーとかクレスメントと言われてもさっぱりである。なので、知り合いで最年長のアグラバインに、その事も含めて聞く事にしようと決めた。
「明日こそ、何もない1日が来る事を祈るとしよう」
多分それは来ないだろうと、心の何処かで俺は感じている。それでも俺は、明日の無事を祈った。
だが、樹の願いは。自身が予感した通り破られる。
そして、明日こそが樹にとって大きな戦いの始まりだという事を……この時の彼は知る由もなかったのである。