夢を見た後に   作:デラウェア

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第7話 2度ある事は……

 ドアを開けて、恐怖に染まる心を叱咤しながら、俺は駆け出した。

「脱走者だ!」

「逃がすな! 追え、捕まえるんだ!」

 そんな声を背に聞きながら、ただひたすら走り続けた。逃げなければ、後ろから追いかけてくる白衣を着た男たちに捕まってしまう。だから走り続けるしかないのだ。

 だが、一体何処に逃げればいいのか? 前も右も左も、後ろでさえ白衣の男たちが見える以外、全てが暗闇だ。何処までも闇が広がっている。

 俺は本当に生きているのだろうか? 風も無い、光も射さない、音も聞こえないこの世界で。

 その事で、更に恐怖が募り。俺は叫び声を上げるが、それも闇の中に消えていく。

 どれくらい俺は走り続けたのだろう。ペースも考えずに走り続けたせいで、すでに息も上がり、体が重い。それでも、視線は先を見据えて走り続ける。いつか、何処かへ辿り着けると信じて。

 そして、その時はやって来た。前方に扉が出現したのだ。いきなり出現した事を怪しく警戒すべきなのだろうが。俺はそれでも、何か進展がある事を祈って扉を開ける。

「なっ!?」

 扉を開けた瞬間、闇の塊の様なモノとしか言いようがないものが、扉の先から飛び出し、俺に纏わり付いてきた。俺も必死の抵抗を試みるが、闇を掴む事も、振り払う事も出来ない。

「ゴッ!?」

 塊の一部が、俺の口から体の中に進入してきた。何か得体の知れないものが全身を、体の中の血管を。細胞の一つ一つさえも侵食していく。

 そんなおぞましい感覚が、全身を駆け抜けた。体中に痛みが広がっている間に、俺の体は塊に取り込まれたような気がするが、もう目も見えない。

 そうして、俺の意識は闇の中に沈んでいった。

 

 

 

「ガハッ! ハアッ、ハアッ、ハアッ――」

 俺は、ベッドから飛び起きた。何故か呼吸が荒く、体中汗だくになり。吐き気に襲われた――な、何だ? 何でこんなに体調が悪化している?

 周りを見回しても。誰もいないし、気配も感じない。誰かに何かされた訳ではなさそうだ。なら、原因は自分自身にあるのだろう。だが、風邪をひいた感じもしないし、熱もない。

「もしや……悪夢を見てしまったのか?」

 考えた末。俺はそう結論付け、気分が滅入りそうになった――実は、師範でいう予知夢のようなものを俺は持っている。悪夢を見た日は高確率で、自身の周りで何らかの厄災が起きるのだ。

 悪夢を見たと、判断するのは。起きた直後は息が荒く。何処かしら、体調が不安定になっている事……何より、見た夢の内容が全く思い出せない時である。

 いい夢でも、悪い夢でも。比較的、何か1つは夢の中の内容を覚えている事が、多い俺ではあるが。悪夢を見たと思われる日だけは、絶対に記憶に残らない――まあ、暑い夏に。寝苦しさで起きる事もあったりするし。夢の内容を覚えていなくても、不幸な事が起きるとは限らないため。絶対ではなく、高確率で起きると考えているのだが。

こっちの世界でも、効力はあるのだろうか? そして、やばい事だとしたら。どんな事が起きるのか?

 正直、そこが一番の問題点である。もし効果があるなら、今日1日は相当気を配ったほうがいい。ただでさえ、こっちに来てから色々と厄介事に巻き込まれているのだ。そんな状況で、これ以上危ない事件が起きる筈が無いと楽観視するのは。ただの馬鹿だ。

 と、言っても。何が起きるか全く分からないので、残念ながら打てる手も限られている。

「取りあえず、外に出るときは。刀を持って歩くか……ああ、それと。あれも必要だな」

 俺はそう呟きながら。机の上に置いておいた、唯一日本から持ってこれた持ち物である鞄を手にして中を漁り、大切にしているペンダントを取り出した。そのペンダントは写真を入れる事が出来る、所謂ロケットペンダントという代物で。俺たちが高校入学する時に。仲の良いメンバー5人で、集って撮った記念の写真が入っている。普段は身につけているのだが、召喚される前に道場で稽古を行っていた為に。一旦外して鞄の中に入れておいたままだった。召喚されて鞄を返された日に、部屋で荷物を確認した所。ペンダントや薬にノートや筆箱――まあ、召喚された日に、鞄に入れておいた物が全て入っていた。特にペンダントと薬はとても大事な物だったので。無事が確認出来た時に、心の底から安堵したのは。1週間経った今でも、よく覚えている。

 今まで、こっちの世界が危険かもしれないと思い。取りあえず外したままで、大切に保管していたが。今日までの騒動や、恐らく見たであろう悪夢の事も考えて。お守り代わりとして持っていたかったので。首にかけた。

 ペンダントを付けたあたりで、漸く体調も落ち着いてきたので。窓を開けて外の様子を確認すると、外はちょうど朝の時間帯だったようで、陽の光が村を優しく照らしている。

「いつ見ても。この景色は素晴らしいな。それに起きた時間としては、ちょうどよさそうだ」

 いまなら、朝食を頂けるだろう。そう思った俺は、部屋を出て居間に向かうと、予想道理、アメルが朝食のパンをテーブルに置いている所だった。

「イツキさん、おはようございます。今日は早く起きてこられたんですね」

「おはよう、アメル。まあ、流石に毎日寝過ごしたりはしないさ」

 居間に入ってきた俺を見て、笑顔を浮かべて挨拶するアメルに。こちらも挨拶しながら椅子に座る。

「いつもすまないな、飯を作って貰ってさ」

 日本にいた時は料理を作らず、レンジと電気ケトルを使った料理が主だった俺には、調理の手伝いはとてもじゃないが出来ない。その為、いつも家にいるときに作ってくれるアメルには、申し訳ない気持ちで一杯になる。

「別に構わないですよ。お料理するのは好きですし、イツキさんは片付けとか手伝って貰っていますから。寧ろこっちからお礼を言いたいですよ」

「いや、料理は出来ないからな。その分別の所で頑張らなきゃな」

「そう思ってくれるだけでも、嬉しいものなんですよ……あ、でも。今日の夕食なんですけど。私は帰れないと思うので、おじいさんたちと昨日の残りを食べちゃってください」

 そこまで言って、今度はアメルが申し訳ない顔をした。アメルが帰れないと言う事は、聖女の仕事関係だろうか?それを聞いてみると。

「はい、そうです。今日は向こうの家に泊まろうと思っています」

 何でも、外から来た人が多すぎて。泊まれる施設がもう限界らしい。施設の増設も間に合っていないらしく、少しでも多くの人を癒せるように。今日は泊り込みで治療を行うらしい。

「しかし、アメルの体は大丈夫なのか?」

 力を使う度に、アメルだって消耗している筈である。いくら多く休憩をはさんだとしても、アメルに相当負担がかかるのは間違いない。

「ええ、大丈夫ですよ。この数日は早く帰ってこれたおかげで、元気いっぱいですから!」

 そうは言っても、実際には辛いだろうに。笑顔を見せている裏で、どれだけ苦しい事があるのだろうかと心配になるが。アメルが大丈夫と言っている以上。止めるのはよそうと、レルムの村に襲撃者が出た事件以降、考えている。

 それに、今日は悪夢を見たので、俺は何か危ない目に遭うかもしれないのだ。俺の近くにいないのは、逆にいい事かもしれないと内心で思う。

「そう言うと思ったよ。まあ、それでも。体調に気をつけて、頑張ってな」

「はい、ありがとうございます。もちろん頑張っていきますよ――あ、おはよう、おじいさん!」

「ああ、おはようアメル。イツキもおはよう、今日は早いんじゃな」

「おはようじいさん。それ、アメルにも言われたよ。まあ、こういう日もあるって」

「あはは。でも、イツキさん。多分みんな同じ事を言うと思いますよ?」

「マジかよ……」

 笑いながら言ったアメルの言葉に、嫌な予感を感じながらもそう返したが……嫌な予感とは当たるもので、アメルの言った通り。その後も、居間に誰かが入ってくる度に、同じような内容の事を言われ。その度に説明するのが、おっくうでしょうがなく、これも悪夢のせいだと八つ当たりせずにはいられなかった

 

 

 朝食を終えた後、今日は俺たち3人とも休みを貰った。働いてばかりだったから、偶にはゆっくり休めとアグラバインが提案し、俺たちがその好意を受け取ったからだ。そう言ってアグラバインは、木こりの仕事で外に出て行き。ロッカとリューグも自警団の仕事で外へ。アメルは聖女の仕事をする為、仕事場に向かっていった。俺はというと、午前中は家の中で椎名と共に読書をして過ごし。昼食を食べ終えた後、外へと散歩することにした。椎名は読書を続け、渚は何処かへ出かけたらしい。

「しかし、相変わらず人混みの多い列だな」

 外へ出た時に見る癖が付いてしまった、聖女の力を求める人の列を眺めながら考える。

 アメルの力は怪我や病気を治すそうだが。先天性の病気や障害も直せるのだろうか? もし、そういう患者が現れて。アメルの力でも直す事が出来ずに、それでアメルが責められるような事があったら、とても辛いのではないだろうか。生まれ持ってしまったどうしようも出来ない事で、アメルを責めるのは明らかにおかしい事だとしても。アメルの性格なら、自分の力の無さを責める筈だからだ。

「それを、俺が心配しても詮無き事か。そもそも実際にどうなっているのか知らない訳だしな」

 そう呟いた後。本人にでも聞いてみないと分からない事や、何処が最後尾か分からない列を見るのをやめにして、今日は村の西側にある、アメルが聖女として仕事をしている屋敷の方にと、足を進めてみる事にした。

「そう言えば、ここら辺に来るのは初めてだなぁ――ん?」

 列も屋敷も素通りして、裏の方に回ってみると。屋敷と外に続いている森との間に、何故か1人で不安そうな顔でおろおろしているおばさんが「聖女様~!聖女様~!」などと森の方に向かって言っている――聖女って、アメルの事だよな。もしかしてこれは厄介事か? 

ちょっと興味が沸いたので、近づいて聞いてみる事にした。

「なあ、あんた。アメルがどうかしたのか?」

 おばさんは、俺にいきなり呼びかけられて少々驚いた様子だったが。俺の顔を見て、

「ああ、誰かと思えばイツキさんかい。実は聖女様が中々帰って来ないから、呼び掛けていたんですよ」

 何で俺の名前を知っているのかと、突っ込みたい所だったが。それよりも、不安にさせる事を言ったおばさんに事情を聞く事にした。

「呼ぶ? 屋敷にいるんじゃないのか?」

 俺の疑問に、首を横に振りながらおばさんは答えてくれた。

「昼食の後に少しの間ですけど、休憩時間が入るんですよ。それでこの先にある森の中に入って気分転換するのが聖女様の日課なのですが。いつもなら戻ってくる時間になっても――」

「戻ってこないと?」

「はい、それで呼び掛けてみたんですが。返事が返ってこないので、段々不安になっていたんですよ」

「ふーん、なるほどね」

 そう思いながらアメルが向かった森を見て、この後の散歩のコースを森の中に変更するのも悪くはないなと思った俺は、おばさんに提案してみた。

「じゃあ、俺が呼びに行って来るよ」

「え!? いいんですか?」

「いつもの時間に戻ってこないって事は、何かあったかもしれないって事でしょ?」

「はい、おそらくは」

「なら俺が行った方がいい、危険な事があっても、対処出来るし」

 今朝の悪夢関連で、護身の為に刀を持ってきているのが功を奏した様だ。それに、何でもなかったなら。それはそれで、暇を潰せるのでいい事だろうと思う。

「危険な事って――それじゃあ!」

「例え話だよ、まあ任せておけ」

 だが、俺の言葉を不味い方に捉えたおばさんが。青い顔をして落ち着きがなくなりだした為、口元を緩めて笑みを作り落ち着かせる。自分の言い方が不安を余計に煽ってしまったと、少し反省する。

「はい、どうか、よろしくお願いします」

「ああ」

 そう言って、頭を下げたおばさんに答えた後。俺はアメルが入っていった森の中へと入る。

 さっそく森に入ってみたが、いったいどの辺りにいるんだろうか? 辺りはゼラムに行った時や、流砂の谷に向かった時とは違い、人が基本的に通らない場所な為か殆ど獣道だ。こんな所を気分転換に散歩していると言っていたが、これでは盗賊たちに簡単に誘拐されるのではないかと不安になる。

「いかんな、あの人からおおよその場所だけでも聞くべきだったな」

 などとボヤキながら、アメルを探して歩いていると。

「きゃぁぁぁぁー!」

 タイミングが良いのか悪いのか。どこか遠くから、女性の悲鳴が聞こえた――聞き覚えのある声、アメルに間違いない。

「今の声は、向こうか!? ――ちっ、悪い予感が的中かよ!」

 どうやら何かあったらしいアメルの悲鳴から、間に合わないかもしれないと嫌な予感を覚えつつ。俺は声の聞こえた方へと駆け出した。

 

 

 草木を掻き分け、声のした場所にたどり着いた俺が目にしたのは。怪我をしている様子の見えないアメルと、休憩所で出会い、流砂の谷で再開した青年――マグナが、護衛獣と呼んでいたハサハとバルレルを連れてアメルの横に立って、上を見上げながら話をしている光景だった。

「あ……おにいちゃんだ」

「あれ? イツキさんじゃないですか」

「え――ホントだ、イツキだ!」

 何故か上を見ていたアメルたちは、俺が現れた事に驚いている様だったが、正直俺だってこんな所でマグナたちと再会するなんて思わなかったので、ビックリしている。

「お前ら、なんで此処にいるんだ?」

「ケッ、こいつらがフラフラしてたら此処に来ちまったんだよ」

 俺がマグナたちに近づきながら聞いてみると。挨拶してこなかった、悪魔のバルレルがそんな事を言うが――その説明だけだと、何が何なのか分からない。

「イツキさんはどうして此処に?」

「ああ、アメルが戻って来るのが遅くて、お前の付き人が心配していたから代わりに呼びに来たんだ」

「あ!? ごめんなさい、もうそんな時間だったんですね」

「いや、別に謝る程ではないが、それよりさっきの悲鳴はどうしたんだ?」

 悲鳴が聞こえた割には、どこから見ても元気そうに見えるので、聞いてみたところ。

「ああ、多分それは木から落ちた時だと思います」

「……木?」

 何とも予想外な答えが返ってきた――いや、木って。盗賊とかはぐれ召喚獣に襲われたとかじゃなかったのか?

「ほら、あそこに子猫がいるんだ。今はトリスが捕まえようとして、木に登っている最中なんだ」

 内心で疑問を浮かべていた俺を置いて、そう説明するマグナの指差した方向を見る為に首を上に向けると――確かに木に登って降りられなくなったのか、一本の枝の先で震えている子猫がいる。そして、そこを目指して登り続けているトリスの姿も確認出来た。木登りが上手いようで、猫がいる所まで危なげなく登っている。

「……なるほど、アメルは子猫を助けようとして木から落ちたと」

「はい、そうなんです――てへへ」

 そう言いながら照れ笑いを浮かべるアメル。

「てへへ、じゃないだろまったく。無事だったから良いものの、あんま無茶するなよ」

「は~い、気を付けます」

 そう言って笑顔でアメルは謝る――本当に反省しているのか、こいつは?

 もう一度、子猫の方に視線を移すと、トリスはもう手の届く所まで近づいていた。

「ほう、もうあんな所に。随分手慣れているんだな」

「上手だろ! 俺たちこういう事は昔から得意なんだぜ!」

 そういって胸を張るマグナを見て、個人的には微妙な自慢だと感じた俺は上手く流して――気になる事を呟きながら、子猫の方に視線を戻す。

「あれさ、雲行き怪しくないか?」

「え?」

「雲行き?」

 アメルとマグナが俺に続いて視線を上げる。トリスは子猫の所に既に辿り着いていた。しかし、子猫がトリスを敵だと思っているのか、毛を逆立てて威嚇している――状況はあまり宜しくないな。

「ど、どうしよう、あのままじゃ!」

「まあ落ち着けアメル。ああいうのは、時間をかけて猫の警戒心を解いていけば――って!?」

 そんな説明をしている最中に、業を煮やしたのかトリスは無理矢理自分の胸元に子猫を引き寄せた。

「なっ!? それは不味い!」

 俺の予想道理。子猫は突然の事に慌てたからか、胸の中から外に逃げようと体全体を使って暴れ出す。

「うわっとっと……え――キャァァァァァー!」

 嫌な予想がさらに当たり、その事でバランスを崩したトリスが木から落ちる。

「おねえちゃん!」

「オイオイオイ!」

「トリス!」

「危ない!」

 マグナたちが叫び声を上げる中、俺はトリスが落ちると思われる場所を目指して駆け出した。

「クッ、世話を掛ける!」

 そう愚痴を零しながらも、子猫だけは守ろうとしているのか、しっかり抱え直して体を小さく丸めたトリスに向かって両腕を伸ばす。

 子猫を強引に掴んだ瞬間に、ある程度予想が出来ていたのですぐ動けたのが功を奏して。地面に叩き付けられる直前に何とか両手で受け止める事が出来た……が、

「グッ!?」

 トリスを掴んだ瞬間、俺の両腕に激痛が走り、痛みに顔が歪む。おそらく彼女自体は軽いのだろうが、そこに落下の衝撃が加わり、しかも受け止め方が不十分な体勢だったので、両腕を痛めたようだ――これなら、スライディングキャッチの体勢で捕まえればよかったのかもしれない。まあ、一瞬でその判断が出来なかった俺が悪いのだが。

「だ……大丈夫か?」

 しかし、ここは意地を見せて、トリスが顔をこちらに向ける前に表情を普段通りに戻し。抱えたままトリスに怪我は無いか聞く。痛みは引かず冷や汗は止まらないが、こればかりはどうしようもない。

「あ――あれ? イ……ツキ?」

「ああ、樹だ。で、大丈夫か?」

「……」

「トリス?」

 返事しても心此処にあらずという感じで、こっちを見ているトリスに、もう一度呼びかけると――、

「あ、ありがとうイツキ!」

 そう言って俺が抱えたままの状態で、両腕を広げて首元に抱きついてきた。

「グウッ!? ちょっ、ちょっと待て!? 猫が潰れるって!?」

 突然の行動に動揺と腕の痛みの両方からによる攻撃を浴びた俺は、悲鳴を上げたい所だったが、それを我慢して子猫の事を注意する。

「あ、つい嬉しくって――ゴメンね子猫さん。はい、もう危ない所まで昇らないでね」

 トリスはすぐに気が付いて、俺から離れて地面に降りた後。子猫を解放しながら声を掛ける。子猫は礼でも言うかのように一声鳴いた後、何処かへ走り去っていった。

「イツキ、また助けてくれてありがとう! でも、どうしてここに?」

「まあ、そこにいる彼女にちょっとした用があってな」

 そんな事を説明すると同時に、残りのメンバーもこちらに駆け寄ってきた。

「大丈夫かトリス!」

「怪我はありませんか?」

「おねえちゃん、だいじょうぶ?」

「うん、平気だよ! イツキが助けてくれたからね」

 トリスはそう言って笑顔を見せながら、腕を振って無事な所を皆に見せる。

「猫も大丈夫だったようでよかったよ」

 走り去っていった方向を見ながら、去り際の動きを見て、おそらく大丈夫だろうと俺も当たりを付けた。

「イツキ! 本当にありがとね」

 トリスが礼を述べながら、こちらに笑顔で話しかけてくる。正直この2日で散々礼を言われているので、内心うんざりしている俺としては話を変える事にする。

「いや、あの状況でも猫を庇おうとしたトリスの方が偉いさ」

「え――そ、そんなことないよ」

 少し顔を赤くしたトリスがそう言いながら、慌てだす。どうやら照れているようだ。これでお礼攻撃から無事に退避できただろう。

「イツキさん、腕の方は大丈夫ですか?」

 アメルが俺の表情と腕を見ながら聞いてくる。普段より出ている汗のせいか誤魔化せなかったようだ。

「まあ、ちょっと痛いが大丈夫だろう」

 実際は触られたりすると、相当痛いのだが――まあ今日寝れば、ある程度痛みは引くだろうし、余計な心配をかけたくないので、なんでもない風に装った。

「でも痛いのでしたら――」

 そう言ってアメルは勝手に、俺の左腕を触ってきた。流石に触れてくるとは思っていなかった俺は慌ててしまい。

「え? ち、ちょっと――痛っ!?」

 急に腕を動かしてしまったので、両腕の激痛によって声を出してしまった。

「イツキさん!? 少しって、凄く腫れているじゃないですか!?」

「ほ、本当だ――大丈夫イツキ!?」

 アメルが俺の声に驚きながらも腕を捲くり、俺の腕が酷い事になっているのを見て声を荒げる。トリスも他のみんなも俺の腕の状況を見て、顔を青ざめている。あっさりと嘘がばれてしまった俺としては。そんな顔をさせてしまって申し訳なくなった。

「あ、ああ、そうだな」

「どうして嘘を吐くんですか?」

 急に低い声を出すアメル。一昨日帰ってきた時の様な、プレッシャーをひしひしと感じる、俺は別の汗をかきながらも理由を述べる。

「不安を与えたくなかったからだ」

「全くもう。ちょっと動かさないで下さいよ……ふうー」

 頬を膨らませながら不満そうに言った後、アメルは一度深呼吸をして、俺の両腕に優しく両手を置き。

「痛くない――痛くないから」

 などと、訳の分からない事を言い出した。

「アメル? 何を――え!?」

 俺が何をしているのか聞こうとしたその時、驚く事にアメルの手――いや、体から何か光が発せられ、俺の痛めた両腕を覆う。

「なっ、腕の痛みが!?」

 両腕に今まで感じていた痛みがどんどん引いていく。一体何が起きているのか分からず、唖然としたが。

「ん?」

 その時、アメルが何かに驚愕しているような顔をしている事に俺は気づき。そっちに意識が向いた。

「どうしたアメル?」

「あ――い、いえ何でもないです」

「……そうか」

 どうみても怪しかったが、言わないのなら、仕方がない。無理に聞きたいほどでもないし。

「ふう、もう大丈夫ですよ」

 落ち着きを取り戻したアメルの言う通り、完全ではないが殆ど痛みが引いている。これなら明日には完治している事だろう――しかし、これが聖女の力なのか。こうして目に触れるのは初めてだったが、俺たちの世界にはなかった凄い力に驚く。聖女の名は伊達ではないようだ。

「済まなかったな、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 俺の礼に笑顔でアメルは答えるが、アメルの笑顔は何処か固く、さっきより落ち着きがない。

「そう言えば、おばさんたちが私を待っているんですよね? そろそろ行かなくちゃ」

 そう言いながら、俺たちが何か言う前に俺の来た道をアメルは走り出し、途中で振り向いて、

「みなさん、今日はありがとう。イツキさん無茶しないで下さいね! それとマグナさんはいらない人じゃありませんよ。大丈夫、自信を持って良いですから!」

 などと、よくわからない事を言いながら手を振って、アメルは村へと戻って行ってしまった。見えなくなるまでマグナたちは手を振っていたが。マグナたちも首を傾げていて意味がよく分かっていないようだった。

「でも、いらない人間じゃないって、どういう事なんだろう?」

「うーん、あたしもよく分かんないな――ねえイツキ、本当に大丈夫?」

「ああ、アメルのおかげで何とかな。だからもう気にするな。所で、さっき聞きそびれたが、お前たちは何でここにいるんだ?」

 考えている時に失礼だと思ったが、それでも聞いてみると。嬉しそうな顔をしながら、2人が俺に説明をしてくれた。

 何でも流砂の谷で知り合った、巫女服を着ていたケイナは、実は記憶をなくしているらしく。聖女の力でそれを取り戻せないかという事で、この村に来ていたそうだ。

「で、ケイナが治療されている間、お前たちは暇だから、この辺りをぶらついていたという訳か?」

「別に暇って訳じゃないんだよ。あたしたちも用事を頼まれ――て、ああ!?」

 俺の言葉に反論したトリスが突然、声をあげる。

「急にどうしたんだ?」

「あたしたち、ネスから頼まれていたんだった!」

「あっ!? そ、そうだった! 用事を済ませないと!」

「ケッ。だから、最初に言ったのにヨォ――」

「はやく、みつけないとね」

 そう言って四人だけで勝手に盛り上がり始められても、全く事情が分からない。

「で、どんな用事なんだ?」

「ネスに、今日泊まる宿屋を見つけて来るように頼まれていたんだ」

 取りあえず、聞いてみると。慌てながらもマグナが答えてくれた。

「そうか、それなら早く探したほうが良いんじゃないのか?」

 正直、この村の宿泊施設では入りきらないレベルの人の多さだけに、今から探しても見つかるのか不安ではあったが、やるしかないだろう。

「うん、そうするよ。イツキはどうするの?」

「俺は――もう少し、この辺りを散歩してるよ」

「そう、じゃあまたね! 宿を見つけたらまた話そうね」

「じゃあな、イツキ!」

 そう言って4人は、村の方に走っていった。俺はその場で走り去った彼らを、見えなくなるまで見送った後。ここにあえて残った本当の目的を果たす事にする。

「さて、何が出てくるやら」

 そう呟きながら俺は、マグナたちが去っていった方向とは反対側に体を向けて、警戒しながら声を上げる。

「おい! 隠れてないで、そろそろ出てきたらどうだ?」

 傍から見れば、誰もいない所に向かって俺は言っている様に見えるが、これには訳がある……実はここに来ていた時から、何人かは特定出来ないが、こちらを窺う何者かの気配を感じてはいたのだ。今まで殺気の類の気配を感じてはいなかったから放置していたが、いまだにこちらを窺う気配を感じるのだ。マグナたちがいなくなっても消えないので、こちらからコンタクトをとる事にした。

「出てこないのなら、こちらから行こうか?」

 そう言って挑発すると、向こうからようやく3人――偵察する為なのか、目立たない服にそれぞれ剣を身につけた男女の3人組で、年は俺とそれ程変わらない印象を受ける――が姿を見せた。こちらを警戒している視線をよく見ると、3人は顔がよく似ている……兄弟なのかもしれない。

「あんたら顔が似てるな、兄弟か?」

「そんな事はどうでも良いだろ。それよりよく分かったな」

 3人の中で1番年長そうで、落ち着いた印象を受ける男が俺の問いに答える。まあ、流石にそんなどうでもいい事は答えないか。

「隠しているつもりだったんだろうが、随分と分かりやすかったぞ」

「へえ、言うじゃない」

 3人の中で唯一の女が、気の強そうな視線を向けたまま答え。

「へへへ、あんたバカだねぇ。俺たちを無視すれば良かったのにさぁ」

 そう言ってニヤリとしながらこっちに話しかけてきたのは、好戦的な雰囲気を持ち、3人の中で1番若そうに見える男だ。口ぶりといい、俺という獲物を見る獰猛な目といい、結構血の気の多そうな男である。

「ずっとこっちを見ているんだ、放ってはおけまい」

「ほう、そこまで気がついていたのか」

 表情を少し歪ませながら、落ち着いた男が言う。

「まあな」

「じゃあ、やっぱり」

「死んで貰うとするか!」

 そう言って、残りの2人が得物の剣を抜いて、こちらに向かって走り出した。

「いきなりだな」

 俺もそう呟きながら刀を抜く。

「ふっ!」

「おりゃあ!」

 男が右から胴体を斬り付けようとしてきたので、左に回避しながら攻撃しようとするも、その左側から攻撃するタイミングを潰すように女が剣を横に振るう。体をかがめてかわし、男の追撃を予想して女の後ろ側に前転する。案の定、起き上がった俺の視界に、俺がかがんでいた場所に剣を振るっていた男の姿が入る。

 その後も、2人はなかなか息のあったコンビネーションで攻撃してくる。剣の太刀筋を見ても、経験を積んでいる者の動きだという事は分かる。おそらく今の椎名や渚では歯が立たない程の強さは持っている。

 そんな事を考えながら、2人の連携攻撃をいなして反撃の隙を窺っていたが、ある事に気が付き、2人と1度離れて警戒しながら聞いてみる事にした。。

「お前ら、何が目的だ?」

「はあ?」

「何の事かしら?」

「惚けるなよ。殺すと言っておきながら、殺気を感じない剣をそれだけ振るい続けていたら、俺を殺す事を第一に考えていない事など分かりきった話だ」

「なっ!?」

 俺の言葉に剣を持った2人の男女は驚愕に目を開く。感じた事を口に出したが予想道理だったらしい。そして2人の後方でさっきからその場所を動かず、こちらを静観している男を見て、あえて挑発してみる。

「お前も、俺を観察しているようだが。意味があるとは思えないな。いっそ3人でかかってきたらどうだ?」

「野郎!」

 血の気が多そうな男が、俺の挑発に乗って漸く殺気を出してきたが。

「やめておけ!」

 攻撃に参加しなかった男が、それを止める。

「だけどよ兄貴!」

「我々の目的は殺す事ではないはずだ」

「何だ、本当に様子見だったのか? あんたらは」

「さあな――目的は果たした。ここは退くぞ2人とも」

 男のその声に、2人はじりじりと後退していく。追撃するべきか一瞬考えたが。こっちは1人で向こうは3人だ。何が起きるか分からない要素もまだあるので、無理はしない方がいいと判断した。

「おい、本当に逃げる気なら、見逃してやる。だからとっとと消えろ」

「いいのか?」

 動いていない男が驚いたように言う。予想していなかった言葉を聞いたからだろうが、俺はそんな事を聞いてくる男に呆れた顔をする。

「それをこっちに聞くか普通? なら、何でこんな事を仕出かしたのか聞いたら、答えてくれるのか?」

 その問いに男は首を横に振る。まあ、普通はそうなるだろう。

「なら、俺の目の前からさっさと消えろ。気分が変わらんうちにな」

「クッ――撤退だ」

 その声を引き金に3人は背を向けて森の中に走り出し、直ぐに見えなくなった。

「いったい何だったんだ、あいつら?」

 俺を観察していたのが気になるが、果たして本当にそれだけが目的だったのだろうか? まあ、考えても詮無き事なのだが。今日見た悪夢の事もあってか、ついつい余計な事まで考えてしまい、すぐに気持ちが切り替えるのは難しそうだ。

「もう少し、散歩でもして気分転換するか」

 そう考えた俺は、少し森の中を散策してから、村に戻る事にしたのであった。

 

 

森の中での一騒動のあと。あちこち散策してアグラバインの家に戻ってきた時には、すでに日が傾きつつある夕方の時間帯になっていた。

「ただいま――って、ん?」

 玄関のドアを開けて、中に入ると。何だかいつもより居間の方が騒がしい。客でもいるのだろうか?

「ただい……ま?」

 返事も返ってこなかったので、声が聞こえていないのかと思い、居間に入りながらもう1度声を上げた俺がそこで見たのは。いつものメンバーの他に、さっき森で出会ったばかりである、マグナやトリスを筆頭に流砂の谷で出会った連中が、揃ってテーブルに座っていたのである。

「あ、やっと帰ってきやがった。おかえり樹」

 最初に気が付いた渚の言葉に、全員がこちらを見た。

「イツキ~!」

「おかえりイツキ!」

 俺に気がついたマグナとトリスの2人が、こちらに目掛けて何故か飛びついて来た。避けたら逆に危ないかもなどと考えてしまったが為に、2人のタックルの様な飛込みに対処できず、背中を地面に打ちつけながら倒れこんだ。

「ぐおっ!?」

「やっと帰ってきたねイツキ!」

「ずいぶん遅かったな」

 俺に覆い被さりながら、本当に嬉しそうに俺を待ちわびていたらしい2人がはしゃぐ。

「おやおや、樹君は人気者だねぇ~」

 その光景に、にやけた顔をしながら渚が俺を見て笑う。

「渚、それくらいにしておけよ。あとで何されるかわからんぞ」

「それもそうだな」

 そう言って忠告している椎名も、笑いながら渚に話しているので、全く説得力がない。周りもにやけているか、微笑ましいものを見ている視線を感じるだけで、助けてくれそうにない――2人の兄弟子であるネスティだけが例外で、2人の行動に怒りをあらわにしている。

 こんな所で怒鳴られるのも面倒だし、俺は直ぐに2人を引きはがして、何故ここにいるのか話を聞く。

「何で此処に? 宿の方はどうしたんだ?」

「ああ、誰かさんたちのせいで宿はもう一杯でね、ロッカに、此処を紹介して貰ったのさ」

 そう言ってネスティが2人に嫌みを言いつつ、ロッカに此処を紹介された事を告げる。なるほど、どうやらマグナたちは間に合わなかったらしい。

「ネ、ネス~」

「事実だろう?」

「でもさ、今回はそれのおかげでイツキたちともこうして会えたし」

「君はバカか!? この家の迷惑も考えるんだ。そもそも君たちは――」

 そう言ってネスティが2人に説教をし始めた……その間に俺は椅子に座り、じいさんから夕食を貰って頂く事にする。

「話はこいつらから聞いたぜ、何でもあんたら[名もなき世界]から来たらしいな」

 食事に手をつけ始めた俺に、向かい側に座っていた、フォルテが尋ねてきた。渚の方に視線を向けると頷いている。どうやら本当に話したらしい。

「ん、ああ。どうやらこっちの世界では、俺たちの世界の事をそう呼んでいるらしいな」

 フォルテに向かって俺が答えた所で、横にいた椎名と渚の口から、とんでもない事実を聞かされる事になった。

「樹、ヤバイ話なんだがな、どうやら俺たちは簡単に帰れないらしい」

「って言うか、今の所は無理に近いそうだ」

「なに! そうなのか!?」

「ああ、彼らにも説明したんだが。召喚された者は、呼び出した召喚師じゃないと元の世界に戻す事は出来ないんだ」

 俺がその事実に驚愕している所で、説教し終わったネスティが会話に混ざってきた。

「そ、そうなのか……」

 召喚師であるネスティがそう言うのだから、間違いはないのだろう。そうなると、俺たちは顔も名前も知らない召喚師を見つけ出さなくてはならないらしい。それはどう考えても不可能に近い。

「役に立てなくて済まない」

 俺の表情を見たネスティが、申し訳なさそうな顔をして、頭を下げてきた。

「いや、ネスティが頭を下げる事はない。ネスティのせいではないのだからな」

「だが」

「いいって、いいって。その気持ちだけでも、嬉しいものだよ。なあ?」

 そう言って椎名たちにも聞くと2人とも笑顔で頷いた。

「けど、他にも方法があるかも知れないからさ、諦めないで。一緒に探すのを手伝うからさ」

「そうそう、俺たちが知らない方法があるかもしれないし、きっと元の世界に帰る方法がある筈だよ」

 そう言ってトリスとマグナが励ましてくれる。2人の優しさにも感謝の気持ちが高まり。

「ああ、そうだな。よろしく頼む――マグナもトリスも、ありがとうな」

「うん!」

「任せてよ!」

 俺は気持ちを込めて礼をすると、2人は少し照れながら力強い返事をしてくれた。

「しかし、アンタたちの世界って、どんな感じなんだ? やっぱり見た目は俺たちと一緒な訳だし、俺たちの世界や人が住んでいる鬼妖界シルターンの世界に似ているのか?」

 話に一区切りが付いたところで、フォルテが俺たちの世界の事を興味津々といった感じに目を輝かせながら聞いてくる――このフォルテという男は、陽気な人物でその体の大きさに負けない度量を持ち、人柄の良さがその笑顔から垣間見える。会話をしていてとても話しやすい人物だ。

「そうね、私もどんな感じなのかも聞きたいわね」

 ケイナが横で頷きながら、こちらを見て微笑んでいる――ケイナという女性も、記憶が無いと話に聞いているから辛いだろうと思っていたが。そんな事をおくびにも出さずに、穏やかに微笑んでいられるのは心が強いからだろう。それにフォルテへの裏拳ツッコミの鋭さはかなりのものであれだけは食らいたくない。まあ、何にせよフォルテ共々頼りになりそうな2人である。

「あ、それ俺たちも聞きたいな。そうだろトリス」

「うんうん、あたしたちにも聞かせてよ!」

「それに関しては僕も興味があるな」

「イヒヒ……美味い酒とかあったら教えろよ」

 そう言って、召喚師組みも椅子に座り直して、こちらを見つめてくる。

「そう言えば、僕らもあまり聞いてないですね」

「そうじゃな、ワシらにも話して欲しいの」

「へ、どっちでもいいけどよ」

 ロッカやアグラバインも賛同し、どっちでもいいと言っておきながら、結局は聞きたそうな顔をするリューグ。どいつもこいつも聞きたそうな顔をこれだけ並べられると、うっとうしくて非常に面倒だという気持ちが湧いてくる。

「まあ、そう言うのは、次の機――?」

 次の機会にと言おうとした所で、ズボンを引っ張られたのでそっちを見ると、いつの間にか俺の席に近づいて来ていたハサハがズボンを掴んでいて。

「おはなし……ききたいな」

 と、その無垢な瞳を上目遣いにして、こちらを見ながら話しかけてきた――か、可愛いなこれ。油断していたらあっさりと考えを改める所だったぞ。危ない危な――。

「お、おう! ハサハちゃんの為だ。この渚様に任せとけ!」

「フフ、そこまでお願いされたら断れないよな」

「――」

 どうやら渚と椎名の城は、先ほどの攻撃で陥落したらしい。ハサハの方に綺麗な笑顔を向けて、応じる事を約束している――まあ、大人にやられてもくるものがあるのに、自然にそれをやってのけてしまうまだ子供のハサハにそれをやられてしまっては。一溜まりもないのも頷ける。

「はあ、分かった。俺が飯を食っている間だけな」

 結局俺は逃げる事も出来ずにその場の流れに乗っかって、自分たちの世界の話をする事になった。

 

 

「ああ、やっと戻って来れたな……」

 飯を食べ終わるまでと言った筈だったが、地球にいた時の事や向こうの話、召喚師の事や冒険者の事、アグラバインたちの過去など様々な方向に話が広がっていき、優に3時間は話をしていたと思う。その後、今やっと解放されて、自分のあてがわれている部屋に戻って来た。

 話の中で聖女の事も話題に上がったので、ついでにじいさんにアメルが元気だった事も伝えておいた。

「そうか、元気でいるなら何よりじゃ」

 まあ、昨日夕食を囲ったばかりなのでそこまで大きな心配はしていないようではあったが、俺たちの話を聞いて喜んでくれていたので、話して良かったのだろう。

「しかし――夢を見たが、大きな事件は起きなかったな」

 俺はベッドに横たわりながら今朝の覚えてもいない夢の事を考える。今日はそれほどの事件が起きなかった。しいて言うなら、突然襲いかかってきた不思議な3人組位だ。

「もしや、あの3人組の事なのか?」

 確かに襲っては来たが、大事にはならなかった。他にも気になる事と言えば、森で治療してもらった時に見せたアメルのあの表情や、自分たちを召喚した者でないと元の世界に帰れない事、食後の話の中で疑問に思った事など細かい事なら色々あるが、自分の身に何か危険が迫るような事はない。――もしかしたら、こっちの世界ではあまり効力がないのかもしれない。

「それなら嬉しいんだがな」

 まあ、今日も色々あって疲れたし、明日からまたアグラバインの手伝いだ。マグナたちが泊まっていくので、明日からさらに賑やかにもなるのだろう。

 俺は、そんな事を考えながらも、徐々に意識は薄れていき。目を閉じた所で睡魔が襲ってきて意識は闇の中に落ちていった。

 

 

 しかし、樹は忘れていた。今日という日は、まだ終わっていない事を。そして、今からがある意味本番なのだと。そしてその事を知るのは、村に爆発音が響き、その音で目を覚ました後である事を。

 その音をもたらす使者たちが、闇の中から現れる時間は、すぐそこまで迫っていた。

 

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