ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯104 暴食の悪鬼

 

 本隊が掴んだ、とされた位置情報を今一度呼び起こす。

 

 端末上、何もないとされている重力均衡地点――資源採掘衛星が存在する空間の中で、そこに位置するとポインタが表示されていなければ確実に見落とす宙域にあった。

 

 もたらされた情報はやはりというべきか、秘匿回線が用いられておりこちらからの逆探知が不可能であった事、さらに言えば情報を漏らしてきた相手の意図も不明。

 

 そうなってしまえば畢竟、ここで伸るか反るかの賭けに出るしかない、というのがゾル国の現状であった。

 

 ブルーガーデン滅亡のニュースは飛び交ったものの一時的に馬鹿騒ぎするような民度の低さもない平和な国家であるところのゾル国には目立ったデモもない。

 

 あまりに能天気だ、とガエルは面を上げた。

 

「あんたもそう思わないか? 水無瀬、とか言ったヤツ」

 

 眼前の水無瀬は先ほどから歯の根が合わないのかガクガクと震えている。ガエルは全ての権限が委譲された監禁部屋で水無瀬との面会を行っていた。

 

 無論、組織が手を回し録画情報には水無瀬へと真摯な言葉を投げかける自分が偽装映像として流されている。

 

「……お、お前らは何なんだ。どうしてわたしの位置が分かった?」

 

「たわけた事言ってんじゃねぇよ、罪人。今のてめぇに、開く口があると思っているのか?」

 

 あまりに確保の時と態度が違ったからだろう。水無瀬が監視カメラを気にし始める。

 

「心配すんな。てめぇらに益のない話ってわけでもねぇ。ブルブラッドキャリアの……一応は幹部の確保って事になっている」

 

「なっている? わたしの内情は、何も」

 

「分かっていないに等しい。トカゲの尻尾切りさ。誰かが生贄にならなきゃならなかった局面でミスったてめぇにお鉢が回っただけ。大方、青いモリビトを動かしているガキにでも貧乏くじを引かせるつもりだったんだろうが、外したんだろうな」

 

 そこまで分かっていて何故、という面持ちにガエルは確信を新たにする。ブルブラッドキャリア内部で軋轢があった事。さらに言えばその派閥競争にはつけ入る隙がある事実も。

 

「わたしは……陥れられたんだ」

 

「この情報の持ち主かい? オレらが血眼になって探し回ったって出て来やしねぇ。どうにもてめぇら、きな臭い通信手段を持っていやがるな」

 

 ガエルの脅しつけるかのような物言いに水無瀬は慌てて首を横に振った。

 

「さ、さすがに教えられるものか」

 

「どうかな? てめぇはもう死んだものとして扱われているかも知れねぇぜ? 何たってモリビトの操主をハメようとして逆にハメられたんだからな。それがどれほどの重罪かは別にしてよ、取引する気はないかい? 水無瀬さんよ」

 

「取引……お前は一体、何なんだ。あれは、カイル・シーザーだった。ゾル国の象徴、若々しい誉れある軍人のはずだ。……だというのに、わたしに向けられた殺意は本物だった。あれが、あの若者の本性だというのか」

 

「そこまでは、な。オレもはかりかねているところだ」

 

 肩を竦めてやったガエルは笑みを浮かべる。水無瀬は頭を抱え込んだ。

 

「地獄だ……ブルーガーデンの、プラント設備だけを破壊するつもりだった。そうすれば、血塊炉供給はストップし、ブルブラッドキャリアに優位に働く。そのための生贄には、今までの計画遂行に難があった二号機操主が望ましいと、多数決で決まったはずであった。だが、キリビトなる不明人機に、ブルーガーデンのクーデター。あるはずのない事象が二つも三つも重なれば計算が破綻するのは目に見えていた事。それでも組織はわたしに計画遂行を求めた。二号機操主も頭の足りないガキだと思っていたのに、まさかアルファーによる遠隔操作で二号機を呼び寄せるなんて……!」

 

 忌々しい、とでも言うように水無瀬が歯を軋らせる。ガエルは冷静に観察をしながら、この男には野心があると悟った。

 

 野心は人間を失墜させるのに最も適した感情である。

 

「ブルブラッドキャリア。一枚岩じゃねぇのはよく分かったぜ。どうだ? 賭けてみねぇか?」

 

 ガエルがコインを取り出す。水無瀬は呆然としていた。

 

「賭ける、だと……」

 

「表が出れば、てめぇはオレにつけ。そうすりゃ拝ませてやるよ。テッペンの景色をな。だが裏が出れば、逆だ。てめぇはここの位置情報をバラしてもいい。それこそブルブラッドキャリアのモリビトにでも教えてオレらを駆逐してもらいな」

 

 本気で言っているのか、という戦慄いた眼にガエルは囁く。

 

「本気か、って眼だが、マジ以外で誰がこんな事を言い出せる?」

 

 水無瀬はコインを凝視する。トリックがないか、という探りにその手へとコインを差し出した。

 

「どれだけ見てもいいぜ。トリックなんてない」

 

 水無瀬は一通り確認し終えてからガエルの手に渡す。ガエルは親指で弾く前にもう一度確認した。

 

「この賭けに、乗るか? それとも尻尾巻いて逃げ出すか? その場合、一生ここで軟禁生活だ。不味い飯を食うか、高みを目指すかの二つに一つだ」

 

 水無瀬が唾を飲み下す。そのまま静かに首肯した。

 

 ガエルは口角が吊り上がりそうになるのを抑えながら、コインを弾き手の甲に落とす。

 

 表か裏か――自分だけはこの確率を操作出来る。

 

 出たのは目論見通り、表であった。

 

 水無瀬が張り詰めていた息をつく。ガエルはコインを翳した。

 

「オレの下、って言うと言い方が悪いか。オレと一緒に、テッペン見てみたくなったか?」

 

 その言葉に水無瀬は自嘲気味に応じる。

 

「少し……ね。だが、可能なのか? ブルブラッドキャリアはそう容易く機密を割らない」

 

「なに、こっちにゃ二重三重の奥の手がある。それにてめぇも気になっていた通り、あの象徴、カイル・シーザーもな」

 

「君の甥、という事に、そういう事になっている、のか」

 

 察しがいい、とガエルは笑みを浮かべる。

 

「そういうこった。オレにはそれ相応のバックがついてる」

 

「なるほどね。どこかでそぐわないと思っていたが、何を求めている? 地位か、名誉か?」

 

「どっちも要らねぇよ。オレが求めるのは、刺激だ。ただそれだけさ」

 

「まるで野獣のような事を言う」

 

「そっちこそ、ブルブラッドキャリアっていう世界を回そうとする輩の下っ端にしては、随分と情けねぇ風体だ。脚に空けてやった風穴はどうよ?」

 

「……上々の感覚だよ」

 

 鎮痛剤を打ったとはいえ、銃弾による傷だ。その痛みさえも今はお互いに共犯の証明であった。

 

「しかしてめぇも運がねぇな。オレみたいなのに、行き遭っちまった」

 

「逆だろう。君のような存在がいなければ、わたしはとうに死んでいる」

 

 ここで開くべき口は弁えているらしい。ガエルは悪くない感覚だと思っていた。少なくとも、カイルの前で叔父を演じている三文役者よりかは。

 

「で? オレの下につくんだからそれなりに情報はもらえるんだろうな?」

 

「ブルブラッドキャリアの、かね? わたしはしかし今、リンクが切れている」

 

「リンク?」

 

 水無瀬はこめかみを示し、言いやった。

 

「世界には自分と同じような人間が二人か三人はいる、というゴシップは聞いた事があるかな?」

 

「……話の種か、そりゃ。だからどうした?」

 

「わたしは、その妄言そのものだ。わたし自身が三人いる」

 

 意味が分からず、ガエルは問い返していた。

 

「滑稽なジョークなら他でやりな。ここはコメディアンの宴席じゃねぇんだ」

 

「冗談でこのような事、言えるものか。わたしは人間型端末だ」

 

 発せられた言葉にガエルは絶句していた。人間型端末。そのような存在がまさかこの世界にいるなど信じられるものか。

 

「……あのよ、自分の命が保証されたからっていきなり賭けに出るのはおススメしないぜ?」

 

「だから、リンクが切れているから証明は出来ないが、わたしは他の人間型端末二人と同期している。ブルーガーデンの兵士の噂は聞かないのかね? 強化実験兵、人造天使。常に整備モジュールを片翼のように展開し、精神点滴なる薬物投与で成り立っている兵士の事を」

 

「……戦場練り歩いてりゃ、そういう怪談にはしょっちゅう会ってきたが、そいつはマジなヤツか?」

 

「まるで戦争屋のような言い草だな」

 

 事実、その通りなのだが今は伏せておく事にした。

 

「なるほどな。そのブルーガーデンの技術の申し子って言いたいのか?」

 

「正確にはブルーガーデンの尖兵ではないのだが、同じような技術だと言ってもいい。脳内でネットワークを張り、常に情報端末として稼動する。もう一人のわたし……渡良瀬は何を隠そう、世界の頭脳と言われているタチバナ博士の助手だ」

 

 調べればすぐに分かる事実を言ってきた辺りそれは本当だろう。問題なのは人間型端末を認めるとして、ではどうして水無瀬はリンクを解かれたのか、である。

 

「どうして、てめぇはリンクを今、張れない?」

 

「完全にオフラインにされてしまった。スタンドアローンの端末の状態だ。だが、それでも蓄積してきた情報網は使える。ガエル、とか言ったか。他のブルブラッドキャリアに露見しない程度ならば、君の情報端末になってもいい」

 

 つまり、これから先の自分の眼となると言っているのか。その提案は素直に魅力的であった。今のままでは一寸先は闇のまま、綱渡りをさせられているようなものだ。

 

 レギオンの真意の解明も水無瀬の力添えがあれば可能かもしれない。

 

 ガエルはフッと笑みをこぼす。

 

「……いいぜ、乗った。だが、主従は忘れるなよ」

 

「無論だとも。拾ってもらったような命だからね」

 

 しかし今の今までブルブラッドキャリアに繋がっていたと自称する端末をどう扱うべきか、ガエルの中ではまだ判断が保留であった。

 

「どっちにせよ、今のままじゃてめぇはオフライン状態。何も出来ないわけか」

 

「しかもわたしが幽閉されている事はすぐさまC連合にも伝わる事だろう。それほどまでに迂闊な行動であった、と思うべきだ」

 

「こっから先は、騙し騙され合い。……いいねぇ。実に、オレらしくなってきた」

 

 地獄を行くのに道連れが出来ただけでも僥倖だ。さらに言えばこの男はまだブルブラッドキャリアから裏切られた事を根に持っている。必ず復讐の機会を狙ってくるはずだ。切り時も心得られている。カイルよりかはずっと使いやすい。単純な野心のみで動く輩は容易く篭絡出来る。

 

「で? スタンドアローン端末であるところのてめぇに出来る事を並べ立てな。そうしないと命は長くねぇぞ」

 

「だろうね。わたしを捕まえたのが君一人であったのならばまだどうにか出来たのだろうが、国家の諜報部門か、あるいは軍部が嗅ぎつけたとなれば必ずわたしを消しに誰かがやってくる。選択肢は多くはない」

 

「トチりたくなかったらてめぇが生き延びる手段を全力で講じろ。どうせオレはこの身分から堕ちる事はねぇが、他の連中の尻拭いまでは出来ないからよ」

 

 水無瀬は顎に手を添え、思案する。この人間型端末を如何に利用出来るかに自分の価値がかかっていると言っても過言ではない。

 

「ネットワークへの接続端末を脳内ニューロンで繋ぎ、こちらだけの独自ネットワーク回線を開く事は可能だ。その場合、人間型端末であるわたしが情報の集積地点に行くことになるが」

 

「つまりはここから出せって寸法かい」

 

「そうなるな」

 

 ガエルはどこまでこの水無瀬という人間を信用すべきか迷うものの、こちらも選択肢は多くはない。水無瀬の性能を発揮出来る場所に連れていく事は何も不利益ばかりではないだろう。

 

「……いいぜ。こっちから手を回す」

 

 立ち上がったガエルに水無瀬が皮肉る。

 

「また、ゾル国の象徴の叔父の任務かね?」

 

「そっちは随分と板についてきたつもりだったが、やっぱり他人から見ると妙な取り合わせか」

 

「カイル・シーザーに叔父は存在するが既に故人だ。調べれば分かる情報をゾル国はわざと調べていないのか、あるいは調べ損ねているのか。いずれにせよ、破綻は目に見えている」

 

「そうかい? オレはこの身分、せいぜい絞れるだけ絞らせてもらうぜ」

 

 面会室を去り際に水無瀬が背中に声を投げる。

 

「その本性、悪人だと考えたが、どうなんだ? 君は何者なんだ?」

 

 ガエルは振り向かずに応じていた。

 

「オレはオレだよ」

 

 面会室を出たところで数人のメカニックとすれ違う。彼らはどうやら自分を待ち構えていたらしい。

 

「何か?」

 

 カイルの叔父の声音で尋ねる。整備士達はタブレットを手に新型のデータをこちらに手渡してきた。

 

「特務大尉が搭乗予定の新型機の反映データですが……凄まじいですね。これほどの能力を約束するのが、その、封印された人機だとは」

 

「トウジャだったか」

 

 前回の戦地で持ち帰ったデータを整備班と諜報班が解析し、既に新型への反映作業を行っていた。

 

 それが滞りなく行われたのは何もゾル国のメカニックが優秀だからだけではない。

 

 どこからもたらされたのか、トウジャの骨格基盤がゾル国のオープンソースとなり、軍部が推し進めてきた新型のロールアウト計画に沿う形で実現したまでの事。

 

 しかし、とガエルはその新型トウジャの様相を目にして懸念を浮かべる。

 

「あまりに……違い過ぎる」

 

 それは戦場で本物を見たからこそ出る発言であった。あの戦いの最中、目にしたのは細身のトウジャ二機である。

 

 投射画面が映し出しているのはそれではない。

 

 両腕と全身にまるで鎧武者のように装甲を着込ませた寸胴の機体であった。

 

 両腕の武装はそれそのものが龍の顎のように形成され、敵人機を噛み砕く絶対の暴力と化している。

 

「C連合の人機開発と同じものと造っても仕方がない、という判断からです。それに、この人機は過積載ですし」

 

 赤く塗られた文字には「過積載」「熱暴走」という異常なステータスを示している。つまりこの人機は重力下で稼動するようには出来ていないのだ。

 

「次の任務は、宇宙だと聞いた」

 

「我々メカニックには詳細は知らされていませんが、この《グラトニートウジャ》の初陣には相応しい舞台でしょうね。空間戦闘でこそ、この機体は輝く」

 

《グラトニートウジャ》と呼称された機体へと案内される。整備デッキにてまだリアクティブアーマーを装備させられているトウジャタイプはどこか過保護なほどにも映る。

 

 どこまで武器を積み込み、どこまで装甲を堅く出来るのか。その臨界点に挑戦しているかのような機体であった。

 

 眼前で佇むのはどこか憔悴し切ったカイルである。

 

 ガエルは歩み寄り、これがと声にしていた。カイルは首肯する。

 

「ええ、叔父さん。僕の、新しい機体だそうです」

 

「《バーゴイルアルビノ》は……」

 

「置いていくのがいいだろうと言われましたけれど、一応は作戦上、予備のつもりで配置するとの事で……。僕の、トウジャ……」

 

 カイルはあの戦場でトウジャタイプと張り合った。それだけに因縁を感じているのだろう。

 

「カイル、怖ければ引き受けるが……」

 

「いえ、叔父さん。これも、僕が背負うべき責務なんだと思います。国家の象徴として、立ち続けるために。何よりも、この手でモリビトを……倒す」

 

 拳を固く握り締めたカイルに冷ややかな目線を自分は送っていた。

 

《グラトニートウジャ》。眼前で組み上げられていく暴食の罪は膨れ上がり、その白亜の機体は次の戦場を待ち望んでいるように思えた。

 

 何人も、その罪からはやはり逃れられないのか。

 

 トウジャという新たなる力は躍進を求めてカイルを取り込もうとしている。罪は人を抱いて完璧なものとなる。

 

 最終的に必要なパーツは優秀な操主であろう。

 

 その点で言えばカイルは打ってつけだ。国家の象徴、希望たる存在が乗り込むのにこれほど相応しいものもあるまい。

 

「次の戦いは……」

 

「聞きました。宇宙にある廃棄資源衛星。そこにブルブラッドキャリアの本隊が位置していると」

 

 カイルの眼に燃えているのは闘争心だ。獣に転がりかねないその殺意が宿っている。

 

「これで駆逐出来ればそれに越した事はないんだが」

 

「必ず、ブルブラッドキャリアを殲滅してみせます。僕は、そのために」

 

《グラトニートウジャ》のX字の眼窩がこちらを睥睨している。

 

 罪の結晶たる人機だけが自分の本心を見透かしているような気がしていた。

 

 ――空間戦闘。うまく行けば、このお荷物を外す事が出来る。

 

 水無瀬という切り札も手に入れた。レギオンの真意に近づく事も難しくはあるまい。

 

 ここから先が正念場だ。一手間違えれば、しくじるだけではない。与えられるのは安らかではない死であろう。

 

 暴食の罪が惑星の原罪を食い破るか。

 

 全ては星の海の果てでの戦いに委ねられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五章 了


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