ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯142 力とぬくもり

 順当な場所を見つけ出す事も出来ず、《シルヴァリンク》は合流地点である離れ小島のブルブラッド大気濃度が六十パーセント以下である事に僥倖を見出した。

 

 あのまま敗走し、モリビトを追跡されていれば確実に見つかる場所であったが、この時、モリビトを追い立てようなどという命知らずはいない。

 

《シルヴァリンク》が小島に辿りついた時には《ノエルカルテット》が雲間を裂いて現れた。

 

 平時と違うのは、その能力があまりに桁違いである事を知ってしまった鉄菜の胸中にある。《ノエルカルテット》は波間を立ててリバウンドの反重力波を浮かび上がらせた。

 

 桃がコックピットから這い出てくる。ブルブラッド大気濃度が低いため簡易マスク程度で済んでいた。

 

『鉄菜……どうするつもりマジ?』

 

「どうするも何も、問い質す」

 

『でも、桃だって多分、傷ついているマジよ』

 

 ジロウの言い草に鉄菜は嘆息をついた。

 

「……ではお互いに傷を舐め合うように何も言うな、と?」

 

『そうは言わないマジが……出来るだけ言葉には気をつけたほうがいいマジ。これから先、《ノエルカルテット》の補助なしでは重力圏を抜けられないマジよ』

 

 ジロウは自分と桃が仲違いをするとでも思っているのだろうか。今までの行動を顧みれば、なるほど浮かばない懸念ではない。しかし、今はそのような瑣末事、気を遣っている時間もない。

 

「私の流儀でやる。口を挟むな」

 

 コックピットブロックから出た鉄菜は青く煤けた風に黒髪をなびかせる。桃は《ノエルカルテット》からなかなか離れようとしなかった。

 

 仕方なく、鉄菜は声を張り上げる。

 

「桃・リップバーン! 聞きたい事がある!」

 

 通信回線を使えばいい。そのような合理性もかなぐり捨てて、鉄菜は問い質すべきであった。

 

 桃の力の事。《ノエルカルテット》に隠された能力の全てを。

 

 肩をびくつかせた桃に鉄菜は言葉を重ねる。

 

「あの力は何だ! どうして、あの力の事を予め言わなかった!」

 

 コックピット内部の通信回線が開き、桃の小声が残響する。

 

『……クロ、怒ってるの?』

 

「怒っていない! ただ、ハッキリしておくべきだと感じたまでだ!」

 

『……やっぱり、怒ってるじゃない』

 

 桃は《ノエルカルテット》より砂浜へと降り立つ。鉄菜も一足飛びで砂浜に着地した。

 

「あの力は何だ? どうして、黙っていた」

 

「言ったところでどうにかなるものじゃないと思ったから……」

 

 歩み寄った鉄菜は覚えず、手を掲げていた。張り手の予感に桃が縮こまる。振り上げた手を、鉄菜は彷徨わせる。

 

「……黙っていたのは理由があるからか?」

 

「ろくな理由じゃない。モモの身勝手。二人にはこの力の事、知って欲しくなかった」

 

「あれは何だ? どういう武装だ」

 

「武装とかじゃない。モモの、生まれ持った力を拡張しただけのものなの。《ノエルカルテット》にはその能力を対人機相手に行使する権限が与えられている」

 

「……敵の自律武装が反転し、装甲が剥離した。あれほどの性能の能力、私は知らない」

 

「……クロ、サイコキネシス、って言えば分かる?」

 

 サイコキネシス。知識としてはあったが、言われてもピンと来ない。

 

「超能力の一種か。念動力とも言われる領域だな」

 

「モモには、それがある」

 

 目の前にしても鉄菜には全く、その意図するところが分からない。桃にサイコキネシスがあると言われても、それがイコールあの現象の証明とは思えなかった。

 

「……今、出来るのか」

 

「そこに、ブルブラッドで出来た鉱物がある。それを見ていて」

 

 ブルブラッド鉱石で構築された木の幹に亀裂が走る。直後、人機の装甲ほどの堅牢さを誇るブルブラッドの樹が折れ曲がり、支点から引き千切られていった。

 

 瞠目する鉄菜は桃の瞳が赤く染まっているのを目にする。桃はどこか息を切らしつつ面を伏せる。

 

「……これが証明か」

 

「悪かった、とは思っている」

 

「では何故、今まで明かさなかったか、という部分だな。どうして、言わなかった」

 

「クロ、こんなモモを、気味が悪いと思うでしょう?」

 

 突然の問いかけに鉄菜は困惑する。言葉を返す前に桃が自嘲した。

 

「当然よね。だって、こんなの、ヒトが持っていい力じゃないもの。この能力の解明のためにどれほどブルブラッドキャリアが奔走したのか、今のモモには分かる。見方一つで制御不能な、敵にもなる力だもん。誰だって傍に置きたくはないよ……」

 

「……担当官は」

 

「知っている。でも、一言も追及してこない。きっと、あの人はモモの事が邪魔なの。だから、何も言ってこないし、何も切り出さない。何も期待していないのかもしれない。モモが、こんな力で自滅しちゃえばいいんだって、どこかで思っているのかもしれない。ブルブラッドキャリアに貢献するしか、モモには先がないの。クロ、あんたには分からないかもしれない。だって、そっちは、ブルブラッドキャリアが威信をかけて造り上げた血続だもんね。廃棄処分なんて勿体無くて出来ないと思う。でも、モモは? こんな力を生まれながらにして持ってしまった、モモみたいな悪魔は? ……きっと、戦場で惨たらしく死ぬのがお似合いなんだよ。だからモリビトの操主に選ばれた。自分達の関知しないところで死んで欲しいから」

 

 桃の能力は本物だ。本物の超能力者である。

 

 だがそれゆえに、今まで組織で信じられるものがなかったのだろう。執行者として戦い抜いてきたのも全て、己の有用性を示すため。組織に見捨てられないため。

 

 ――自分と似たようなものだ。

 

《シルヴァリンク》から降ろされるのだけが許せなくて、これまでしがみついてきた自分と。血続という特殊な事情を組み込まれても勝利を掴む事の出来なかった自分自身と。

 

 誰も信じられないのだろう。鉄菜もそうであった。だから組織の命令は絶対だった。

 

 組織の言う通りに戦っていれば何の迷いも差し挟まなくっていいから。だが、それが逃げではないと誰が言えよう。

 

 彩芽ならばこういう時、どうするのか。鉄菜は一歩、桃へと歩み寄った。桃が肩をびくつかせる。

 

 きっと張り手か、あるいは拒絶の意思が来ると感じたのだろう。

 

 しかし、次の瞬間、鉄菜は桃を抱き締めていた。

 

 自分でもどうしてこのような行動に至ったのか分からない。ただ、ここで相手を拒絶するのは違うと感じたのだ。ここにいない彩芽ならばきっと、突き放すような事はしないだろう。

 

 桃の体温が自分の体温と混じり合う。

 

 渾然一体となった桃の身体は小さな命の灯火であった。

 

「……どうして。モモなんて、クロからしてみれば邪魔でしょう?」

 

「邪魔ではない。私は、それこそ作戦遂行に桃・リップバーンと三号機の力が必要と判断する」

 

「こんな力、持っていたって何の得でもないよ……! こんなの、モモ自体、いないほうがいいに決まって――!」

 

「いないほうがいい人間なんてこの世にはいない」

 

 どこから口にしたのか分からない言葉であった。自分の中に今までは生まれなかった感情が芽生え始めている。その感情が桃を包み込み、ここで彼女を一人にしてはならないのだと告げている。

 

「クロ……?」

 

「都合の悪い力だから、なかったほうがいい、この世にいないほうがいいと思うのは勝手だ。だが、お前は、自分一人で立っているのか? 違うだろう。私達モリビトの操主は、三人でようやく一人前だ。何のために三人いると思っている。それは、お互いを牽制するためだけではない。お互いを……多分、支え合うためにあるのだろう」

 

「支え、合う……。クロも、そう思っているの?」

 

 分からない。まだ自分には何一つ。この言葉も、ともすれば彩芽からの受け売りだ。しかし、鉄菜はここで桃を手離してはいけないのだと感じていた。

 

「ああ。きっと、その通りなんだろう」

 

 桃は茫然自失の表情のまま、鉄菜の体温に身を任せた。その口元が綻ぶ。

 

「あったかいんだね。クロは」

 

「ああ。私も温かいのだとは、思わなかった」

 

 これほどまでに、人は一人では生きられないように出来ているのだと、誰が教えてくれたのだろう。

 

 それは自分の基になった人間であるのかもしれないし、彩芽の存在であったのかもしれない。

 

 胸中に灯した心の明かり一つで、世界の見え方は変わる。

 

 悪意しかないように思えた世界でも、きっとよく出来る。これから先、変える事が出来るのだと思える。

 

 鉄菜は自分には今まで見えていなかったのだと再認識した。

 

 一人で報復作戦を行っていたのならばきっと、このような気持ちとは無縁であっただろう。ブルブラッドキャリアの戦闘兵士として、何も感じず、ただ黙々と任務を遂行するだけの、ヒトの姿を模した人形。

 

 誰に命じられるわけでもなく、人殺しと破壊に全てを見出すだけの存在であったに違いない。

 

 しかし、今この手には、自分の命一つでは購えないものがある。桃の命、彩芽の命、ブルブラッドキャリアの、皆の命。

 

 数多の出会いの末に、鉄菜は自分がただのパーツではない事を感じ取っていた。

 

《シルヴァリンク》の付属品ではない。「鉄菜・ノヴァリス」として、この世界を感じる必要がある。そのための戦いを自分は行っているのだ。

 

 自分が自分として在るために。自分らしく、生きていくために。

 

「クロ、もう……大丈夫。大丈夫だから」

 

 浮かんだ涙の粒を拭って桃は言葉に力を込めようとした。大丈夫と何度も言い聞かせる。

 

「クロやアヤ姉にばかり、甘えてはいられないもの。モモも、自分で自分を、誇れるようになりたい。この力がどれほど忌むべきものでも、……好きにはなれなくっても、付き合い方を見つけていきたい」

 

「そう、か」

 

 自分は半分も分かっていない。桃の事も、彩芽の事も、ましてや自分の事なんて。

 

 ほとんど暗中模索に近いのに、このような軽薄さで桃の道筋を決めてよかったのだろうか。彼女にはモリビトから降りる、という選択肢もあったのかもしれない。

 

 そのような後悔が胸を掠める前に、手首に装着された通信端末から緊急通信が入った。

 

『鉄菜! 大変マジ! 宇宙に駐在していたゾル国がまた……!』

 

 慌てるジロウに鉄菜は冷静に問い質す。

 

「まさか、ブルブラッドキャリア本隊に?」

 

 一拍挟んで、ジロウは口にしていた。

 

『今度は、《インペルベイン》だけマジ。現状、攻め込まれればまずいマジよ』

 

 ならばすぐにでも宇宙に出なければ。しかし、《ノエルカルテット》と《シルヴァリンク》がどれほど性能を引き出したところで、今すぐは不可能だ。

 

 先の戦闘で二機とも貧血に近い状態である。

 

 ステータスを呼び出すと一日は休息しなければ使い物にならないとあった。

 

「このままでは……ブルブラッドキャリアが全滅する」

 

 しかし急造品のモリビトでは戦力にもならない。鉄菜は歯噛みする。

 

「重力圏を抜けようと思えば抜けられるけれど、そんな状態じゃ、多分助けにもならないと思う。悔しいけれど、今は信じるしかない」

 

 彩芽とブルブラッドキャリア本隊を。せめてもの幸運を祈るしかなかった。

 

 


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