ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯177 始まりの物語

 家族が丸ごと引っ越すのには少しばかり手狭で、かといって独りでは持て余すほどの空間が広がっている。

 

 執事であるセバスチャンが契約書へと目を通している間、ベルはすぐにでも次の家を見ておきたいとわがままを垂れていた。

 

「お嬢様、暫しお待ちを。このトリアナ城は元々、旧ゾル国の所有地です。我々が移り住むのには、いくつかの契約条件に目を通さなければ……」

 

「待てないわ! そんなの!」

 

 ベルはドレスを着たまま城の中へと駆け出す。その背中をセバスチャンが止めようとしたが、契約会社の男に邪魔される形となった。

 

「ベルお嬢様! あまり奥には行きませんよう!」

 

「口うるさいセバスチャン……。あたしはこのお城が気に入ったから引越しに賛成したのに……」

 

 使用人達が周囲の安全装置を確認する中、ベルは薄緑色のドレスのスカートを摘んで廊下を抜けていく。

 

「お嬢様。あまりセバスチャン様を困らせぬよう」

 

 給仕役達が微笑ましく見守る。彼ら彼女らの目線にベルは手を払っていた。

 

「子供じゃないのよ!」

 

 今年十三になったばかりだが、もう充分に大人のつもりであった。世の中の大抵の事は知ったつもりだったし、舞踏会の礼節は頭に入っている。大人のレディなのだ、と彼らに言うと、どこか困惑したように使用人達は言いやるのだ。

 

「まぁ! ちょっと前まで夜に一人でお手洗いにも行けなかったベルお嬢様が?」

 

 その言葉にはさすがに言い返せない。事実を覆すのは難しいのだと、ベルは感じていた。

 

 だが孤独には慣れたつもりだ。母親はC連邦所属コミューンの女優。父親は同じくC連邦の上級仕官。いつだってベルは孤独な夜が待ち構えていたが、もうどれだけ通り過ぎて行ったのか分からない。

 

 だから、ちょっとくらい独りでも寂しくはない。

 

 泣きそうな夜もあったが、もう十三才なのだ。社交界に出れば、華麗に踊って見せる自信はあった。

 

 紳士にエスコートさせて、誰もいない場所で愛を囁かれても、うろたえないだけの令嬢にはなったつもりだ。

 

 しかし、ベルの心の中には冒険心がある。

 

 まだ見ぬもの、まだ知らぬものへの好奇心が。

 

 だから、見てはならないと言われると見たくなるし、聞いてはいけないと言われると耳をそばだてる。こればっかりは仕方ない。家庭環境のせいだ、とベルは結論付けていた。

 

 この旧ゾル国コミューン、トリアナの最たる象徴、トリアナ城の所有権を得た時、ベルは真っ先にこの城の秘密を自分だけのものにしたいとかねてより思っていた。

 

 ベルの周りはほとんど監視の目で固められている。生まれてから、今までずっと。自分の知らない事は使用人達が知っているし、自分が知っている事ならばなおさらだ。

 

 だから一つくらいは胸の中に秘密が欲しかった。

 

 十三才の小娘の戯れ言だと蔑まれても、一つや二つの秘密を抱えるのが一人前のレディというものだ。

 

 豊かな金髪を揺らしながら、ベルは城の奥深くまで潜入していた。父親が何度かしてくれた軍の通信の真似事をする。

 

「こちらベル。トリアナ城の深部に到着。周囲に敵影はなし」

 

 うふふ、と笑いが漏れてくる。独りでも寂しくない。くるくると舞い踊りつつ、ベルは歌を口ずさんだ。

 

 母親が何度かブロードウェイで歌った世界を魅了する歌。それを幼いながらの声で歌いつつ、ベルは自分の手を引いてくれる誰かを夢想した。

 

 誰かはきっと、この手を導いてくれる。

 

 誰かはきっと、自分の知らない世界に連れて行ってくれるはず。

 

 小うるさいセバスチャンや、何でも知った風な使用人達でも知らない、本物の世界へと。

 

 鼻歌混じりに踊っていたベルは不意に手をついた壁の文様に小首を傾げた。

 

「変だわ、この壁……。ここだけ模様が違う……」

 

 そっと手で押し出してみると、真横の雑居棚がスライドした。

 

 まさか、とベルは不意に空いた謎の空間を覗き込む。

 

 地下へと続く階段が伸びており、ベルは一瞬にして物語の主役になったかのような間隔を覚えた。

 

「素敵! 見ず知らずのお城で、誰も知らない小道があるなんて!」

 

 歩み出すと僅かに湿っている。その感触が余計にベルの好奇心を駆り立たせた。明かりさえも差さない地下への階段を駆け降り、ベルは歌う。

 

「誰も知らない、古城の地下階段! ワクワクしちゃう!」

 

 壁に手をつきつつも、階段を駆け降りる足は止めない。螺旋状になっている階段を降り切ると、不意にクレーターのような広大な地下領域に足を踏み入れた。

 

 地上から僅かに日が差し込んでいる。

 

 足元を這う爬虫類も、ベルからしてみれば物珍しいファンタジーの世界の装飾物。

 

「ヘビやカエル、それに虫さん! ここは物語の世界かしら!」

 

 地上ではほとんど滅菌され切っており、爬虫類も滅多に見なくなった。カエル達が鳴き声を上げながら跳ね回っていく。

 

 それらを追っていると不意に屹立する壁に行き当たった。

 

 手をつくと、酷く苔むしている。

 

 虫達の苗床になっている何かから視線を感じてベルは宙を仰ぐ。

 

 壁と思われた何かは白亜の色をところどころに晒しており、よく目を凝らして後ずさると、それが巨大な神像である事が分かった。

 

 神像の頭部にはX字の切れ込みがある。

 

「どこの神様かしら……? 見た事のない神像だわ」

 

 呆然と見つめていると不意に背後の空間が蠢動する。

 

 また虫か爬虫類かと思われたが、明らかに動きが速い。加えてその存在感は羽虫やヘビなどでは決してなかった。

 

 何かは自分を仔細に観察しているようであった。

 

 暗がりの中、出来るだけ明かりから身体を離し、自分に悟られぬようこちらを見据えているのが伝わる。

 

 ベルはむっとして叫んでいた。

 

「出てきなさいっ! こそこそするのは駄目なんだからっ!」

 

 ベルの声音に何かが背後へと降り立つ。振り返った瞬間、その何かが顔をベルへと近づけていた。

 

 独特の臭気が鼻をつく。獣の臭いに、ベルは覚えず後ずさっていた。

 

 土色の毛に覆われた何かがベルをじっと見つめている。背筋が折れ曲がっており、猫背でありながら大人の体躯の倍近くはあった。

 

 通常ならば叫んで逃げ出すであろう。

 

 しかし、ベルはこのけだものとの出会いさえもどこか物語の中の出来事のように思われていた。

 

 目を輝かせてベルは尋ねる。

 

「もしかして……このお城の亡霊さん?」

 

 何かは喉で呻り声を上げてベルを威嚇しようとする。

 

 乱杭歯が覗いており、両手の爪は容易く皮膚を引き裂くであろう。それでもベルが恐れ知らずであったのは、このような運命的な出会いをどこかで夢見ているからであった。

 

 誰も知らない地下空洞に棲む、誰も知らないけだもの。

 

 自分はさしずめ運命の王女。

 

 その物語に陶酔したベルは芝居がかった仕草で尋ねる。

 

「あなた、お名前は?」

 

 何かは激しく吼え立てた。雄々しい叫びが地下空間に木霊する。それでも、ベルは臆さなかった。このような拒絶も物語ではよくある事だからだ。

 

「お名前が分からないの? あたしはベル。このお城を買い取ったのよ」

 

 何かはベルへと警戒の眼差しを注いでいる。暗闇の中でも金色に輝く瞳にベルはすっかり惹き込まれていた。

 

「あなたの目、まるで宝石みたいね! ダイヤよりも輝いている!」

 

 その言葉にけだものは気圧された様子であった。自分の事を恐れないばかりか、まさか賞賛してくるとは思ってもみなかったのだろう。

 

 けだものが叫び、神像へと飛び移る。その軽やかさにベルは感心していた。

 

「とっても身軽なのね! 本当に物語みたい!」

 

 けだものが神像に張り付いたまま、こちらへと注視する。ベルは次の言葉を紡ぎかけて、手にしていた端末が激しく鳴った事で現実に引き戻された。

 

 あの小うるさい執事のセバスチャンが、痺れを切らして電話してきたのだろう。

 

「ごめんなさい、今日はここまでみたい。でも、あなたずっとここにいるの? お名前は?」

 

 尋ねてもけだものは答えようともしない。それでも、ベルは収穫があったと感じていた。

 

 古城の隠された主。秘めやかな邂逅。それだけで物語の始まりには充分だ。

 

「あたし、また来るから! ごめんなさいね! 次からはもっとお話しましょう!」

 

 地下階段を駆け上がったベルは隠し扉を閉ざし、元の調子を装う。

 

 物語の始まりを知っているのは自分だけ。高鳴る胸を抑えながら、ベルはセバスチャンの下へと駆けていった。

 

 モノクル越しに鋭い一瞥を向けたセバスチャンは開口一番に怒鳴る。

 

「お嬢様! あまりお戯れが過ぎますと……!」

 

「分かっているわ、セバスチャン。でもあたし、すっかりこのお城の虜になっちゃった! ねぇ、早く買い取りましょう!」

 

「……ご主人様の道楽趣味にも困ったものです。いくらコミューン一個分を買い取れば居城がついてくるとはいえ、まさかこの時代に古城なんて買い取ったところで……」

 

「お父様への陰口?」

 

 ふんと胸を反らすとセバスチャンは取り成した。

 

「いえ、そのようなわけでは……。ただ、管理が大変という話です」

 

 セバスチャンは端末を手に使用人達に声をかけていく。

 

「管理が大変でも、あたし、気に入っちゃったから。買い戻しなんて許さないわよ?」

 

「……困ったお嬢様だ。管理区域をブロックごとに管轄しても、まだあり余る……。前時代の遺物ですよ、この城は。解析に回したほうが無駄な金食い虫というもの」

 

「じゃあ、管理なんてなぁなぁでいいんじゃないの? そのほうがきっと楽しいわ!」

 

 ベルの言葉にセバスチャンは苦い顔をした。

 

「しかし……管理出来ないのは困るのです。前の所有主がほとんど所有権を放棄しているから、どのような場所に何があるのかも不明というのは……」

 

「命令出来ないから? でも、そのほうがいいに決まっている!」

 

「……お嬢様はよくっても我々が困るのです。管理ブロックの解析は後回しにするしかないようですね」

 

 モノクルの奥の瞳を憔悴させたセバスチャンに、ベルはくるくると舞い踊る。

 

「あたし、このお城、気に入っちゃった! ここに住みましょう!」

 

 セバスチャンは咳払いをして、仲介業者に声をかける。

 

「買い取りは……ああ、例の値段で。トゥリス家がこの古城の所有権を得る、という話で。……ええ、大丈夫です」

 

「小難しい事言っていないで! 舞踏会を開くのよ! そうすればきっとみんな幸せだわ!」

 

 ベルは夢想する。黄金に彩られた舞踏会で自分が主役になるのを。きっとこの世の誰よりも祝福されているに違いない。

 

「……困ったものですね。お父上は予算の範囲内ならばお嬢様のお好きに、とは仰いましたが」

 

「だったらここにしましょう! ここが好きになったわ!」

 

 自分しか知らない地下空洞。自分しか知らない地下の怪物。

 

 ――ああ、ワクワクする。まるで夢の中だ。

 

 高鳴る鼓動はきっと、幸福な物語への導入なのだろう。

 

 ベルはこの世界の誰よりも、自分が幸せなのだと感じていた。

 

 セバスチャンは困り果てた様子であったが、やがて書類管理を一任する。

 

「いずれにせよ、使用人達にはここの管理を一括させねばなりません。お嬢様、少しの間、過ごし難いかもしれませんが……」

 

「過ごし難いくらいがちょうどいいのよ! きっとそうに違いないわ!」

 

 やれやれ、とセバスチャンが頭を振る。

 

「旧ゾル国陣営の所有地、コミューン、トリアナ。その古城管理ですか。なかなかに骨の折れるものだ」

 

 トリアナ城は自分にとって物語の一ページ。これから先、綴られる物語にベルは目を輝かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈痛に顔を伏せた上官は、まずは、と書類を差し出した。

 

 リックベイはそれを受け取り、正式な辞令かどうかを確かめる。

 

「この通りで?」

 

「ああ。我々連合陣営が肩身を狭くしている一方で、連邦陣営は少しずつ発言力を増している。……全く忌々しい事だ。モリビトの出現も、ブルブラッドキャリアの再起も、彼らからしてみれば都合のいい軍備拡大の文句の一つ」

 

「アンヘルの非常事態宣言下におけるスクランブル出撃の容認。まさかこれに判を押せと?」

 

 上官は憔悴し切った面持ちで頷く。

 

「お歴々は自分達の蹴落とし合いで躍起だ。下がどのような苦労を背負っているのかなど考えもしない。アンヘルがこれ以上に発言力を増し、どのような事態でも有事となれば出撃許可が容易に下りれば、我々はより動きにくくなる」

 

「ブルブラッドキャリアの駆逐任務が正式に下れば、それは有事を示します。アンヘルが地上を席巻する」

 

「そうなれば、こちらも難しいだろう。少佐、君をこの地位に縛り付けているのは何をどう繕ってもこちら側のエゴに過ぎない。……正直なところ、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。連邦陣営に下れば大佐……いや、准将は軽いだろうに」

 

「いえ、自分にはこの階級が性に合っています」

 

「さらりと言ってのける辺り、さすがだとしか言いようがないよ。だが、銀狼の腕でも鈍る事はある」

 

「軍人が闇雲に前線に出ないのは理想です。平和に繋がる」

 

「偽りに糊塗された平和でも、かね? アンヘルが弱小コミューンを襲撃しているのは歴然とした事実だ」

 

「しかし彼らにも否がある以上、アンヘルの介入を非人道的だと非難するわけにもいきません。実際に連邦に下らないとした弱小コミューンは大小、四十近くあるのです」

 

「管理、管轄をよしとせず、自活のみでコミューンを回す、か。理想論だが、ここまで極まってくると性質が悪い。元々連合傘下にあったコミューンまで反抗している。曰く、連合の言い分には従うが連邦の……アンヘルには下らない、か。これも説得が厄介だな」

 

 目頭を揉んだ上官にリックベイは口にしていた。

 

「連邦と連合は言ってしまえば命令系統が少し違うだけでほとんど同じです。問題なのは、上がどう判断するか、でしょう」

 

「そこに集約される分、下々には負担をかけている。現状、連邦傘下のコミューンのほうが遥かに平和的だと国際社会が判断しているのは皮肉としか言いようがない。虐殺天使とあだ名される彼らとて、平和に向けて邁進していないわけでもないというのは」

 

「基本的に、C連邦の主張は平和主義です。我々と違うところなど、それこそ上の都合の一事」

 

「平和、平和、か。……少佐。君の所見を聞こう。この六年、世界は平和になったと思うかね?」

 

 その疑問にリックベイは六年間で起こった出来事を脳内で反芻する。アンヘルの発足、トウジャタイプのスタンダード化。戦場の隔離、厳重な地上管理――。

 

「……一言で言うのならば、一国家の独占状態に近いかと。六年前に危惧されていた陣営の一極化。それが急速に成されたのが、この六年」

 

 その解答に上官は満足気に頷く。

 

「六年前にはブルーガーデンの強化兵を憎み、《バーゴイル》を駆るゾル国との緊張状態を維持する。それが平和であった。……平和というのは時代と共に意味が移り変わる。モリビトがそれを変えた。否、我々に見えるように分かりやすくした。戦場を、もっと言えば国家のしがらみを」

 

「ブルーガーデンの滅亡、ゾル国の衰退……。どれも歴史の一ピースには違いありません。ただ、そのしがらみに囚われるのが正しいのか、正しくないのかの違いのみ」

 

「少佐。C連邦がほとんど世界警察と言っても過言ではないこの時代。民草は生きやすくなったと思うか?」

 

 生きやすく、か。随分と難しい質問だ。民の視点に立たなければ国家は成り立たない。それでも、市民の視点だけでは国家の眼差しは内に向くばかり。外交手段と共に国家の繁栄はある。

 

 その手段の多様化、軍国主義に傾倒する事によって他国との緊張状態の加速、という意味においては、現状、市民は飼い殺しも同然。

 

「……情報統制が敷かれていたブルーガーデンのほうが、ともすればまだ人間であったかもしれません。今の市民は考えを棄却し、国家の眼差しを依拠している。これでは外交も何もない」

 

「正しい、正しくないを選択するのは常に国民であるはずだ。上に立つ人間はその代表者、代弁者に過ぎない。しかし、アンヘルという組織の台頭はその動きを鈍らせる。市民は平和を享受するだろう。それがどれほどまでの犠牲の上に成り立っているのかも知らぬまま」

 

 しかし、民からしてみれば、弱小コミューンの明日よりも自分達の明日だろう。

 

 この星のどこかでコミューンが一つ地図から消えたから、だからどうだと言うのだ。それで平和になるのならばいいのではないか、という思考停止が市民の目を翳らせている。

 

「しかし、アンヘルの主義主張を否定し尽くすのは難しい。アンヘルがあるからこそ、未然に防がれたテロもいくつかあるはずです」

 

「まさしく、転ばぬ先の、というわけだ。アンヘルがその芽を摘んだ悪は確かに存在するだろう。しかし、それでもこのままでは、C連邦国家の軍国主義に、何もかもを任せてしまいそうになる」

 

「ですが、選択するのは民草のはずです。アンヘルが正義だというのならば、それは市民が選んだ結果」

 

 リックベイの言葉振りに上官は微笑む。

 

「悔しいながら、それを認めざる得ないのが、世界の情勢か。ブルブラッドキャリアがどれほど吼えようとも、世界は変わらないだろう。アンヘルと一騎討ちを仕掛けたところで、この星の運命を変えるほどのうねりにはならないのだ。ブルブラッドキャリアがモリビトをけしかけ、アンヘルがトウジャで応戦する。その図式に、誰も異議を挟まないのがこの惑星の原罪だ」

 

 ともすれば自分達はそのうねりを加速させた側かもしれない。トウジャタイプの今日における隆盛を形作ったのは元はと言えば、六年前の自分達の行いだ。

 

 だから、何の責任も負えないというのはただの無責任なだけである。

 

「わたしは時代の目撃者として、責務を果たすべきだと思っています。たとえ、その行き着く先が国家の先鋭化であっても」

 

「うねりのまま、か。少佐、すまなかったな。ほとんど愚痴を聞かせてしまって」

 

 いえ、と謙遜したリックベイへと上官は真新しいニュースを放つ。

 

「アイザワ大尉、よくやってくれている。彼の操る《スロウストウジャ参式》のデータは間もなく反映されるだろう」

 

 タカフミの名前にもう随分と会っていないとリックベイは回顧する。かつての部下は遠い場所に行ってしまった。

 

「零式を継がせたのです。それなりに働いてくれるでしょう」

 

「君の理念そのものだからな。彼はいい兵士だ。ただ……」

 

 ただ、兵士であってもそれがいい将校になるかは別の話。彼は抜き身の刃であろう。だからこそ、政には一切干渉出来ない。

 

 自分が背負うべきなのは、刃の鞘の部分だ。鞘がない刀ばかりで、合戦は出来まい。

 

「もし……問題があれば報告を。対処します」

 

「対処すると言っても彼は連邦側の兵士だ。干渉に、向こうはいい顔をしないだろうな」

 

「それでも、彼は兵士以前にわたしの受け持った弟子です。責任は負うべきでしょう」

 

「いい返答だ。少佐、職務に戻りたまえ」

 

 挙手敬礼し、踵を返したリックベイの背に、上官は静かにこぼしていた。

 

「君のように、物分りのいい輩ばかりならば、何も苦労はせんのにな」

 

 恐らく、それは一生ついて回るだろう。誰もが物分りのいい兵士ならば、それは軍とは呼ばない。ただの機械と同じだ。

 

 自分は機械であるつもりはなかったが、いつしか上官の言葉に異議を挟むよりも、是と答えるほうが得意なだけの士官に成り果てていたのかもしれない。

 

「……非を唱えるだけが部下ではないとは言え、是非を問えない兵士は、最早それは……」

 

 兵士ではない。そう言いかけてそれが決定的な断絶に思われた。

 

 

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