張り手を見舞われた理由が分からない、と林檎は食い下がる。
桃は身を翻しかけて問い返していた。
「本当に分からない? どうして、怒られているのかも」
「そりゃあさ! 勝手やったとは思ってるよ! でも、そんなのあいつだって同じじゃんか! 何であいつはよくって、ボクはダメなのさ!」
林檎を納得させる言葉は多くはないだろう。桃は上官としてしっかりと言い聞かせる必要があると思っていた。
「《ゴフェル》を危険に晒した。それだけじゃない。味方への誤射も。ここが軍部かブルブラッドキャリア本隊ならばもっと厳しいはず」
「ここは軍じゃない! それに、本隊でも! だっていうのに桃姉がそこまで怒るのは……理解は出来る。でも、何で旧式のあいつはいいのに、ボクら最新の血続が我慢しなくっちゃいけないの? それが分からないって言ってるんだよ!」
林檎も蜜柑も、まだ操主としては未熟もいいところ。それでも腕が立つから最前線に送っている。自分達の至らなさのしわ寄せが来ている世代であった。呪うのならば自分も呪えばいいのに、林檎の矛先は鉄菜へと向いているらしい。
諌めなければ、と桃は慎重に言葉を繰る。
「林檎、旧式なんて言わないで。クロは六年もの間、たった独りで戦ってきた。ブルブラッドキャリアによって世界が変わったかの是非を問うために。それでも、剣を取る事を選んだのはクロなのよ。世界や組織が強制したわけじゃない。あの子は、六年前とは違う……人間として選び取ろうとしている」
「だから偉いって……? 反吐が出る理論だ」
踵を返した林檎を呼び止めようかと思ったが、彼女にこれ以上強いても仕方がないだろう。不平等を感じているのは窺える。蜜柑が頭を下げて林檎についていった。この操主姉妹と鉄菜の仲をどうにかして取り持つのも自分の役割。
「辛いところだね、ストレスの溜まる役目を選んだものだ」
嘆息をついた自分にタキザワは言いやる。桃は目頭を揉んだ。
「放っておいてください。それに、あの子達だってまだまだなんです。……六年前の……昔の自分達を見ているみたいで」
「そういえば反目していたんだったか、最初は。何がきっかけでどうなるか分からないものだ」
「……三機のステータスは?」
『どの機体も推力が落ちている。ブルブラッド活性機をつけて今、血塊炉を休ませつつ調整を行っている最中だ』
ゴロウの声に三機それぞれに尻尾のように装着された血塊炉補助活性機を見やる。円環を描いて内部へと熱が通る仕組みになっていた。
これで平時の血塊炉の様子をモニターしつつ、最低限の稼働率で最大効率の状態を予見出来る。
「《イドラオルガノン》はS型装備だった。次はD型で出すとしよう。ただ《ナインライヴス》は……随分と無茶をしたものだ」
ゼロ距離砲撃はそうでなくとも機体に損耗をもたらす。桃はパイプにもたれかかっていた。
「……よくないですか、やっぱり」
『《ナインライヴス》は可変人機だ。通常は中距離よりの敵への砲撃、及び陸戦における強襲がメインとなる。ゼロ距離射撃など誰が推奨するものか』
「けどああしないと、二人とも納得しなかった」
林檎と蜜柑に言い聞かせるのには少しばかりでも自分が責任を負わなければならないだろう。そのための無茶なら喜んで買って出る。
「鉄菜は意固地になっているような気もするけれどね。自分が助けた瑞葉君を、僕らには任せられないって事かな」
「そうでもないと思いますよ。クロはきっと……自分で守れるものは守りたいだけなんだと思います。その手で守れるものが限られているんだって、嫌でも分かっているはずですから」
六年前に痛感した。彩芽を失い、ブルブラッドキャリアの大半を失ったあの戦いで。自分達は弱いのだと。まだまだ世界に突きつけるのには足らなかったのだと分かってしまったのだ。
だからこそ、強くあろうとした。
鉄菜は独力で世界の戦場を見て回り、自分はブルブラッドキャリア本隊での上官任務。
どちらが楽であったかという話ではない。どちらについていても、きっと今は戦うしかないのだろう。
「しかし僕らはブルブラッドキャリア本隊に唾を吐いたも同然。上がどう判断してくるかにもよるが、《ゴフェル》を沈ませられるわけにはいかない。この舟は文字通り、最後の希望なんだ。それをむざむざやられて堪るか」
「その気持ちだけは同意ですよ。こっちだって、ただ闇雲に強くなったわけじゃないですから」
己の掌を眺める。六年間で獲得した強さは世界に再び是非を問いかけるのには充分であろう。問題なのは、自分が強くなったからと言って状況がついて来るわけでもない事。
『三機の中で最も安定率が高いのは《ナインライヴス》だ。これを無茶な戦いで失うのは手痛い事になるくらいは分かるな?』
ゴロウに問い質されるまでもない。三機のうち一機でも撃墜されればお終いなのだ。
「……慎重になればいいんでしょう? なるわよ。でも、クロにはあまり言ってあげないで。そうじゃなくても瑞葉さんの事で神経を尖らせているはずだから」
「ミキタカ姉妹があそこまで反発してくるとは意外だったなぁ」
「そうですか? モモは、別に意外だとも思っていませんよ。あの子……林檎は特にそうだったですし。他の操主候補生と並べても一番に……努力家でした。陰に隠れて努力するタイプだから実力面を否定されるのが何よりも嫌なんでしょう。勝ち取った操主の座に、容易くクロが位置するのも」
『分かっていても言えない、か。しかし、歪を抱えればいずれ自壊するぞ。瑞葉という一人の人間を匿っただけでこの有り様では、これから先が思いやられる。それにアンヘルはまだ本領を発揮していないと思ったほうがいい』
「バベル、か……」
六年前には自分のものであった代物。世界を見渡せる万能の器、バベル。それを奪取されてから惑星は様変わりした。
アンヘル――C連邦の一強へと転がったこの星の駒を進めるのは容易い事だ。誰かが汚れ役を買って出ればいい。その共通の敵に向けて、という名目でバベルを一時でも最大活用すれば、世界はその骨の髄まで見透かせる事だろう。
今のところは利権争いでも発展しているのか、バベルの個人による最大活用は行われていない様子であったが。
「バベルを敵が臆面もなく使ってくれば《ゴフェル》の位置なんて一発だろう。たとえ瑞葉君に枝なんてなかったとしてもね」
「それを分かっていないはずもないのに……言葉で言うほど容易くないですね。他人に教えるのって」
「もう泣き言かい? あの二人を引き受けたのは君の発案だろう?」
「……泣き言も言いたくなりますよ。最初は何でも言う事を聞く子達だと思っていたのに、そうでもなかったんだってなると」
「それこそ、六年前の君達じゃないか。鉄菜が最初から言う事を聞いたか?」
そう言われてしまえば立つ瀬もない。自分だって最初は組織の意向を無視した動きで実力をはかっていた。
『……《モリビトシン》の内部ストレージに入った。ファントムの使用による血塊炉の損耗は認められない。あれだけ強引な機動をしたのに、頑強なものだ』
「操主に似ている、な。三基の血塊炉の現在の実数値を」
タキザワの端末に振られていく数値表を目にして、桃はため息をついた。
「また、落ちたり上がったり……」
「これさえ安定させられれば《モリビトシン》は本来の性能を発揮するはずなんだが……、今のところ打開案はなし。難しいところだが戦闘を重ねつつ様子見、しかないな」
顎に手を添えて考え込むタキザワに桃は言いやっていた。
「無責任過ぎやしませんか? メカニックの人達は必死なのに、決定的な事は何も出来ないって」
「いつだって技術分野は案外いい加減なものだ。先進になると特に、ね。ファントムで人機が停止しなかっただけマシだと思うしかない。……そういえば君はファントムを?」
「使えませんよ。《ナインライヴス》の重量を見れば分かるでしょう?」
不貞腐れた桃にタキザワは笑みを浮かべる。
「どうかな? 重さだけならほとんど《モリビトシン》と変わらない。使い手のせいかも……」
そこまで言ってこちらの視線が鋭くなったのを関知したのだろう。彼は口笛を吹かせた。
『だが性能面では《ゼノスロウストウジャ》の安定性には及ばない。地上には確認出来るだけで三機。それぞれ配備されている隊長機クラスが全部向かってくれば、それこそ厄介だぞ』
「トウジャタイプのサンプルが欲しいところなんだけれど、さすがに残骸も残っていなければ、ね。前回のは上半身ごと吹き飛ばしたから血塊炉も残っていないし」
苦言を受けつつも、桃は手を払っていた。
「トウジャのサンプルは手に入りませんから。こっちだって必死です。やられないように立ち回っていれば、自然と敵の残骸なんて」
『だが地上の国家は少しずつではあるが国力を増している。その上で《ゴフェル》とブルブラッドキャリアの立ち回りを考えれば、トウジャ一機分程度のサンプルは欲しいところだ』
実際問題、惑星産の血塊炉に頼らなくなって久しい。ブルブラッドキャリアは自給自足が可能となったが、それは強力な人機を扱えるわけでは決してない。
コスモブルブラッドエンジンではやはり出力面での無理が強い。打開策は、とタキザワを見やったが彼は肩を竦めた。
「何もないところからはさすがに生み出せなくってね。その点で言えば、我々は実に無力だ」
攻勢に移ろうとしても、どこかで弊害がある。《ゴフェル》が現状、敵に打って出るほどの戦力ではないのと同じだ。
ブルブラッドキャリアが上層部と離反した事さえも機密事項。これが割れれば《ゴフェル》を叩けばいいという判断に落ち着いても何ら不思議ではない。
「内々の問題を抱えつつ、どうにかして地上とは対等以上に戦い抜かなければならない……。これほどまでに辛いとは思いませんでしたよ」
「加えて操主姉妹の教育が君にはついて回る。鉄菜の事を心配している場合でもないかもしれないな」
ため息を漏らすと、ゴロウがデータを参照し始めた。
『待て、……タキザワ技術主任。C連邦からアンヘルへの命令書だ。抜き出せたわけではないが、今次作戦の方向性として、やはり《ゴフェル》への攻撃が予定されているのだという』
「連邦政府との合同作戦、か……」
投射画面に浮き上がった作戦指示書にゴロウは慎重な声を発する。
『あくまで仮定ではあるが……艦隊レベルの攻撃が待っているとすれば、こちらはたったの三機。打ち合えるかどうかさえも怪しい』
「C連邦艦隊が総力を持って駆逐にかかれば、確かにね。だがそうなってくると国内の守りが手薄になる」
「今さらなんじゃ? だってもう連合側なんてほとんど権限なんてないでしょう?」
『連邦国家編成計画に入っていないコミューンは打ち捨てられたも同義。加えて少しでも妙な真似をすればアンヘルによる強攻策が入ってくる。……まさしく独裁か』
「それを独裁とも思わないように情報が操作されているのだとすれば……」
帰結する先にタキザワは首肯する。
「バベルの使用もそう遠くはない、か。使われれば一気に追い込まれる。その前にどうにかこちらの戦力だけは揃えたいところだけれどね。うまく立ち回れるかは……」
自分達次第、という事なのだろう。桃は、ええ、と声にしていた。
「それがモリビトの、執行者に与えられた使命ならば」