ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯261 修羅乙女

 一度どこかに降りるべきだ、とゴロウよりの声が飛んで鉄菜はようやく、息をついていた。

 

「……今の敵は……」

 

 墜とされてもおかしくはなかった。それほどの密度の戦いが繰り広げられたのだ。操主ならばいざ知らず、一般人である瑞葉は限界を超えているだろう。

 

 岩礁へと一時的に降り立ち、鉄菜は《クリオネルディバイダー》の操縦席より這い出た瑞葉を目にしていた。

 

 如何に操主としての経験あがあったとは言え、それはもう六年も前。ほとんどただの人間に等しい瑞葉は息を荒立たせ、びっしょりと汗を掻いていた。

 

 比して自分は少し息が上がった程度。やはり人造血続は別種なのだ、と痛感させられる。

 

『鉄菜。瑞葉へと言葉をかけるといい』

 

「言葉……。だがゴロウ、今のミズハに何を言えば……」

 

『それは君が考えるんだな』

 

 分かった風な事を言う。鉄菜は頚部コックピットより外に出ていた。汚染外気の濃度は低い。ヘルメットを脱ぎ捨て、鉄菜は岩礁へと跳躍する。

 

「クロ、ナ……。すまない……。格好がつかないな……。出られる時は出ると、茉莉花に息巻いておきながら……」

 

 瑞葉は胃の中のものを吐き出す。その背中をさすり、鉄菜は声にしていた。

 

「いい。喋るな。もうお前は、強化実験兵じゃない。その証明だろう」

 

「……ありがとう。クロナ」

 

 まさか礼を言われるとは思っても見なかった。何か言え、とゴロウに促されたなど、ここでは言えないな、と継ぎかけた台詞を呑み込む。

 

「……いい。先ほどの敵は驚異的だった。私単騎でも、前回は負けたほどだ」

 

「さっきの……は……」

 

『情報としては出来上がっている』

 

 不意に通信を繋いだゴロウに鉄菜は眉根を寄せた。

 

「ならば、何故警告しなかった?」

 

『あれの所属コードが書き換わっていたからだ。しかも一度ではない、二度、だ。戦闘中に人機の固有コードが書き換わるなんて現象はこの《モリビトシンス》以外に見た事がない』

 

 そのような暇はなかった。確認するような隙を生じさせれば相手には確実に取られただろう。ゆえに、鉄菜はほとんど本能で戦っていた。

 

 ファントムも、エクステンドチャージも必要だから使ったまで。乗っている瑞葉の事を忘れていたのは自分の落ち度だ。

 

「……どうなったって言うんだ?」

 

『あとで確認してもらいたい。瑞葉、無理ならば《クリオネルディバイダー》のみでの《ゴフェル》との合流ルートを辿る。自動操縦でも問題なければ』

 

 思わぬ言葉に鉄菜は目を見開いていた。

 

「《クリオネルディバイダー》だけの単独だと? それは危険だ。推奨出来ない」

 

『だが《モリビトシンス》として動けば動くほどに、瑞葉の肉体は蝕まれていく。これは合理的な判断だ』

 

「合理的? 迎撃されるぞ」

 

『その心配はほとんどない。今しがたキャッチした情報だが、《ゴフェル》はラヴァーズと行動を共にしているのだという。敵陣が攻めてくるとすればそれは動かない《ゴフェル》を優先してだろう。こちらは二手に分かれ、別ルートを取る。この場合、撃墜される確率は下がる』

 

「どこの試算だ、それは。《モリビトシンス》でのオペレーションを念頭に置いているはずだ。それ以外でトウジャと会敵すれば、どうなる?」

 

『鉄菜、君ならば《スロウストウジャ弐式》の一体や二体いなせるだろう。問題なのは瑞葉だ』

 

 そう言われて、鉄菜は今も身体を折り曲げている瑞葉を見やった。苦しげに呻きつつ、瑞葉は立ち上がる。

 

「大丈、夫だ……。まだ、やれる……」

 

 大丈夫でないのは見るに明らか。戦闘続行などさせるべきではない。

 

「ミズハ……そこまで無茶を……」

 

「クロナ……ゴロウを説得する。無茶なんかじゃない、と。わたしは、まだ……」

 

 その足取りがおぼつかない事に、鉄菜は気づいていた。気づいていながら、その言葉を口に出来ない。決定的な断絶に思えて。何よりも、理性的な判断は《クリオネルディバイダー》との合同オペレーションを推奨している。

 

 だが、今は理性に抗った。

 

 鉄菜は前に歩み出て《モリビトシンス》を睨み上げる。

 

「……やれるんだな? ゴロウ」

 

『無論だとも。出来ない勝負をけしかけるような性格だと思うか?』

 

「クロナ……、何を……」

 

 鉄菜は身を翻し様、瑞葉の鳩尾へと拳を打ち込んでいた。瑞葉から意識の糸が手離される。

 

「クロ、ナ……」

 

 完全に脱力した瑞葉を抱え、鉄菜は言い放つ。

 

「これでいいんだろう?」

 

『感謝する。実のところ……《クリオネルディバイダー》のコックピットの中で彼女をずっと見ていたんだが……見るに堪えなくてね。無理もない。彼女は一般人だ。六年前にはたとえ最上級の操主だったとしても一線を退いて久しい人間には、《モリビトシンス》の高機動は毒にしかならないだろう』

 

「エクステンドチャージも、ファントムも、か……。私は何て事を……」

 

『責めるな、鉄菜。致し方なかった。それでいい』

 

「《ゴフェル》には、無事に送り届けてくれ」

 

《クリオネルディバイダー》のコックピットに乗せた際、ゴロウをさする。彼は回転して前足を突き出した。

 

 まるでサムズアップのように。

 

『任せてくれ。ただその間……《モリビトシンス》は不完全に逆戻り。茉莉花のプランでは想定していない事態になるだろう』

 

「構わないさ。《モリビトシン》に戻ったとしても、私は勝ち抜いてみせる。《ゴフェル》のみんなには……必ず合流すると伝えてくれ」

 

『まるで死にに行くような物言いだな』

 

 ゴロウの皮肉に鉄菜は言い返す事も出来なかった。実際、先の戦闘では撃たれても何一つおかしくはなかった。あのレベルの敵が依然として星に存在するとなれば、警戒は解くべきではないだろう。

 

『……安心するといい。《ゴフェル》には出来るだけ早くの合流を言いつけておく。《モリビトシン》の現在地ならばこちらからでも逆探知が可能だ』

 

「……感謝する。ゴロウ」

 

『君から感謝とは。天地がひっくり返るな』

 

 その言葉を潮にして鉄菜は岩礁へと降り立つ。《クリオネルディバイダー》が分離され、戦闘機として浮遊した。

 

 逆巻く風に黒髪をなびかせ、鉄菜はその姿を見据える。きっとゴロウの事だ。確実に《ゴフェル》と合流出来るだけの手はずが整ったから、こういう提案をしてきたのだろう。

 

 裏を返せばこれ以上の瑞葉への負荷は彼女を殺しかねないという警告。

 

 自分の手で大切な人を手にかける前にゴロウは押さえ込んでくれたのだ。その事だけでも感謝してもし切れない。

 

《クリオネルディバイダー》が東の空へと離れていく。黎明の輝きを受けた盾の威容を持つ機体は即座に空域を突っ切っていった。

 

 自分という鎖がないだけで、《クリオネルディバイダー》も瑞葉も、どこまでも行ける。

 

 鉄菜は己の掌へと視線を落としていた。畢竟、人殺しにのみ意味が集約される手。何かを掴もうとしても、壊してしまう破壊者の腕。

 

 救えるものなんてないのかもしれない。それでも――諦めたくはなかった。

 

《クリオネルディバイダー》が離れても不思議と《モリビトシン》の色は変わらなかった。青と銀の自分に馴染んだ色に落ち着いている。

 

「……行こうか。《モリビトシン》」

 

 ここから先は自分一人の戦い。

 

《ゴフェル》と無事合流出来れば御の字。そうでなければ――。

 

 最悪の想定を浮かべた刹那、熱源反応に鉄菜は反射的に機体を退かせていた。

 

「……プレッシャーライフルの一撃。上か!」

 

 青く染まった雲間を引き裂き、降りてきた影に鉄菜は息を呑む。

 

 衛星軌道を越えてきた敵機は高熱を遮断する防御皮膜を解除していた。

 

 三機の編隊がそれぞれリバウンドの虹の防御膜に包まれている。シャボン玉のようにも映るそれを相手は引き剥がした。

 

 照合データに機体参照名が現れる。

 

「《ラーストウジャカルマ》……? いや、違う……! この機体は!」

 

 打ち下ろされた一撃に鉄菜は咄嗟にRシェルソードを掲げさせる。火花が舞い散り、強靭な一撃を前に後ずさる結果となった。

 

 先ほどまで自分達のいた岩礁地帯を踏みしだく。

 

《ラーストウジャカルマ》と大きく異なるのは異常発達した片腕だろう。それそのものが命を刈り取る鉤の形状をしていた。

 

 加えて追加武装も施されている。背筋が割れ、引き出されたのは――。

 

「尻尾、だと……」

 

 新たに出現した武装に驚愕している場合でもない。一機の《スロウストウジャ弐式》がプレッシャーライフルの光条を放ち、こちらを追い詰める間に《ラーストウジャカルマ》の発展機は降り立っていた。

 

 四肢を今までは全て蛇腹剣にしていたのと違い、右腕のみが逆立った刃であった。尻尾を有するその機体は前傾姿勢を取って威嚇する。

 

 驚くべき事にそのトウジャのX字の眼窩の下には口腔部が存在した。

 

 罅割れた口角を晒し、新たな息吹を灯されたトウジャが吼え立てる。

 

「この……人機は……」

 

 現実を直視する前に新たに発信された警報に鉄菜は習い性の身体を動かす。右手より攻め立てたトウジャは《スロウストウジャ弐式》の肩口に大出力バーニアを増設した新型機であった。

 

 色彩は白銀。まるでその身に纏った正義を体現するかのごとき機体は実体剣を伴わせていた。

 

 接触回線が開き、敵操主の声が響き渡る。

 

『零式抜刀術……壱の陣』

 

 まさか、と鉄菜は後退し様に銃撃で弾幕を張っていた。そのお陰か、敵の発した斬撃の射程外へと離脱する。

 

 一瞬でも判断が遅れていれば首を刈られていただろう。白銀の一閃には迷いも何もない。

 

 純粋に、討つという信念が見え隠れする。

 

「……《スロウストウジャ弐式》と《ラーストウジャカルマ》の発展機。それに別の新型機か……」

 

『モリビト……、あれもモリビトだって言うのなら……あたしは』

 

 漏れ聞こえた通信に鉄菜は驚愕を露にする。

 

「乗っていると言うのか……、燐華・クサカベ!」

 

『その名前は――捨てたァッ!』

 

 獣のトウジャが襲いかかる。片腕の刃節を開放し、辺り一面を刃の渦に叩き込んだ。まるで螺旋する剣術の只中。

 

 以前までに装備していた蛇腹剣の射程の比ではない。

 

「射程距離が三倍……いや、五倍近くに……」

 

『お前を撃墜するためなら、あたしは! 鉄菜に約束したんだから!』

 

 獣のトウジャが全方位より斬撃を見舞う。飛翔して逃れた鉄菜はその軌道を読んだかの如く空中展開していた新型機に上を塞がれた。

 

「……《モリビトシン》の上を行く?」

 

『あえて名乗ろう。この機体は! 《スロウストウジャ是式》!』

 

 白銀の機体が実体剣を打ち下ろす。Rシェルソードで受け止めて、鉄菜はその刃の発する圧力に言葉をなくしていた。

 

 先刻のトウジャとは違う。あのトウジャの操主は恩讐の討ち手であった。だがこの機体の操主は、義で戦っている。

 

 義を貫き通すために、何もかもを投げ打った剣筋であった。

 

「どうして……こうも強敵ばかりが」

 

 弾き返した《モリビトシン》の退路をプレッシャーライフルの光線が塞ぐ。

 

『退かせるかよっ! ここでお前は墜ちるんだ!』

 

 この三機はどれも自分に因縁を持っている様子。しかし、鉄菜の集中は一機の攻撃に注がれていた。

 

 燐華の声が漏れ聞こえる獣のトウジャ。どうして戦場で燐華の声が聞こえるのか。それを問い質さなければならない。

 

「どうして……! どうしてなんだ! 燐華・クサカベ!」

 

『気安く……人の名前を呼ぶなァッ! モリビトォッ!』

 

 獣の人機が姿勢を沈め、一気に跳躍する。推進剤を用いずに高空の飛翔距離まで上昇したその機動性に、鉄菜は息を呑んだ。

 

「その機体に……乗っているのか。そんな、機体に……!」

 

『鉄菜の声で……これ以上あたしの思い出を穢すな! 薄汚いモリビトが!』

 

 獣の人機が瞬時に肉迫する。両盾を前面に展開し、リバウンドの皮膜を張らせた。通常ならば一回程度は退かせられるはず。

 

 だが、その機体が生んだ執念か。あるいは単純なる性能か。

 

 獣の人機は、牙を軋らせリバウンドフィールドを――。

 

「噛み切った……だと……?」

 

 千切られたリバウンドフィールドの向こう側で獣の人機が吼える。

 

『散れェッ! モリビトォッ!』

 

 歯噛みし、鉄菜はフットペダルを踏み込んだ。

 

「――ファントム!」

 

 超加速に身を置いた機体が敵機を押し返し、一撃を無効化させる。剥がれた獣のトウジャを視野に入れつつ、《モリビトシン》は高空へと逃げおおせようとしていた。

 

「このまま……離脱を……」

 

『悪いな。うちのエースが、お前を墜とせって、叫んでいるからよ。だったら! 応えるのが強い奴の勤めってもんだ!』

 

 一瞬のうちに《モリビトシン》の加速距離を追い越されていた。その事実を認識する前に激震がコックピットを揺さぶる。

 

《モリビトシン》が海面に激突しかけて咄嗟に盾を背部へと移動させていた。

 

 リバウンド力場が発生し、直撃は免れたものの、機体が海上を跳ねる。

 

 その衝撃だけで脳震とうは免れないほどの。ブラックアウトが意識を包み込んだのを関知したその時には、前方に位置した《スロウストウジャ弐式》の銃口がこちらを捉えていた。

 

『墜ちろォッ!』

 

 プレッシャーライフルの光条を紙一重で回避し、鉄菜はRシェルソードの剣先を整える。まずは一機、と敵人機を睨み据えた瞬間、横合いからの接近警告が耳朶を打った。

 

『墜とさせない! あたしの前で! 二度と誰かを死なせたりするもんかぁっ!』

 

 獣のトウジャがこちらへと猪突する。そのあまりの勢いに鉄菜は機体制御へと全神経を研ぎ澄ませる。

 

 もつれ合った機体同士がぶつかり合い、鋼鉄の巨躯を震わせた。

 

 獣のトウジャが大きく右腕を引く。

 

 ファントムを使った直後だ。機体はほとんど硬直している。そんな中で刃の嵐を受ければ、確実に撃墜されるだろう。

 

「……エクステンドっ!」

 

 黄金に《モリビトシン》が染まっていく。赤い眼窩をぎらつかせ、《モリビトシン》は空間を飛び越えていた。

 

 刹那、強化された蛇腹剣が全方位より空間を引き裂く。暴風に近い刃の応酬を鉄菜は急加速で抜けていた。

 

 直角上昇したせいで作り物とは言え、身体から血の気が失せる感覚に支配される。虚脱した指先はほとんど体温を感じなかった。

 

 萎えかけた全身に、鉄菜は奥歯を強く噛み締めて今一度、と火を灯させる。

 

「まだ……やるべき事が……!」

 

 Rシェルソードをライフルモードに可変させ、リバウンドエネルギーを充填した。流転した三位一体血塊炉の高熱波が銃口へと寄り集まっていく。

 

「だから……死ねない……!」

 

 つぅ、と唇に血の味を感じる。鼻の血管が切れたのだろう。その程度で止まるわけにはいかない。

 

 高充填したリバウンドの砲弾を、鉄菜は放出していた。

 

「死ねないんだァッ!」

 

 発射されたリバウンドの砲撃を獣の人機は避ける事はなかった。それどころか、右手を突き上げて蛇腹剣を展開させる。

 

『……Rジャミングガーデン……展開』

 

 刃節が分割され、獣の人機の周囲へと一つ一つが位置していく。それらから青い電磁場が迸ったかと思うと、こちらの放ったリバウンドの熱線が完全に霧散した。

 

 何も生まれなかったかのように、ぱったりと途絶えたのだ。その事象に鉄菜は瞠目する。

 

「……リバウンドのエネルギーを……無効化しただと」

 

 敵機は尻尾を引き出し、割れた背筋からは背びれを生じさせていた。濃紺に染まった背びれからエネルギーフィールドが発生し、全方位に放った刃がその電磁を拡散させている。

 

 まさしく、刃の庭。

 

 息を荒立たせた燐華の声が、通信網を震わせる。

 

『……行く、よ……。――《ラーストウジャイザナミ》』

 

 紡がれた知らぬ名称に戦慄いたその時、割って入った機体の剣術が《モリビトシン》を追い詰める。

 

『零式抜刀術! 参の陣!』

 

「お前の相手をしている暇は!」

 

 Rシェルソードでさばき切ろうとするが今しがたの攻撃による磨耗で、可変時に異常を来たしたのだろう。その堅牢なはずの刃が砕け散る。

 

 衝撃をまともに受けた機体が海面を滑走する。後退した《モリビトシン》に追従するプレッシャーライフルの一撃があった。

 

『これが! 新生第三小隊の、力だ!』

 

《モリビトシン》の左肩へと光線が突き刺さる。仰け反った機体に大写しになったのは跳躍した《ラーストウジャイザナミ》の、その姿であった。

 

「……燐華……」

 

『これで、終わるんだね……。悪夢は終わる。……ああ、鉄菜。あたしの傍にいて……』

 

 突き出されたその刃が胸元を叩き割り、内蔵された血塊炉を打ち砕いたのを、鉄菜は伝導したコックピットの衝撃で関知する。

 

《モリビトシン》のコックピットが赤色光に塗り固められた。明滅するのは血塊炉不全の表示。

 

 海面に叩きつけられ、《モリビトシン》はその機体を漂泊させた。

 

 激突の直後に粉砕したのだろう、盾が波間に浮かび上がっている。

 

「……燐華。お前は……」

 

 降り立った獣のトウジャが赤く染まったX字の眼窩をぎらつかせ、けたたましい哄笑を上げた。

 

『勝った! あたしが勝ったんだ!』

 

 それは在りし日の燐華とは比べ物にならない、戦場の狂気に染まった声であった。

 

 鉄菜は死が静かな足音を立てて歩み寄ってくるのを感じる。

 

 ――ああ、終わりはこんなにも呆気なく。

 

 幾たびの戦場を潜り抜けて、自分は不敗だと思い込んでいた。そう結論付けたかった。

 

 だが、どれほどに弱い。敗北と死は同時に突きつけられるものなのだ。

 

《スロウストウジャ是式》が率先して歩み出る。恐らくはこの部隊の指揮官機。最後の足掻きまで計算しての行動だろう。

 

『近づくなよ。おれがケリをつける。……モリビト。悪く思うな』

 

 実体剣が高く掲げられる。その切っ先が鋭く輝いたのを鉄菜は目にしていた。

 

 今まで何度も他人に打ち下ろしてきた断罪の刃が自分に下ろされる番になったか。

 

 その感慨だけが妙に浮いて発露していた。

 

 音もなく、刃は下ろされた――はずであった。

 

 刹那、空域に割って入った謎の機動物体が光条を発するまでは。

 

『何だこれは……! ヘイル中尉! ヒイラギ准尉! この武装は……まさか!』

 

 真っ先に退いた《スロウストウジャ是式》の動きに、他の二機は追従出来なかった様子であった。

 

 もろに機関部へと攻撃を受けた獣のトウジャともう一機がシステムダウンする。

 

『……何者だ。なんて事を問うのは無粋か。なら、ここではどう挨拶すべきなのかな……。シーザー家の!』

 

 吐き捨てられた声音に視界に入った機影が四基の自律稼動兵器を背筋へと収納する。

 

 鉤十字の形状を持つそれは……紛れもなく。

 

「……《モリビトサマエル》、だと……?」

 

 漆黒の人機はこちらへと一瞥を向けた後に、興味が失せたかのように敵へと向かい合った。

 

 ――戦わなければ。

 

 相手は極悪非道。人を人とも思わない残虐な操主と人機。

 

 ここで立ち上がらなくては、と思う反面、意識は鉛のように重く、直後には闇に溶けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……熱源が引きやがったな。完全にお寝んね、か。戦場で呑気なこって」

 

 言い捨てたガエルは周囲を取り囲む三機を視野に入れていた。

 

「てめぇらもそうだろ! わざわざ宇宙からお出でなすったにしちゃ! 随分とまぁ、妙な人機を引き連れて! そいつぁ、《ラーストウジャカルマ》の改造機か?」

 

 挑発するガエルに獣のトウジャが吼え立てた。驚くべき事に、操主の声は少女であった。

 

『お前も……モリビトか……!』

 

「おーっ、おーっ。お前さんら、変な操主を仕立て上げたもんだな。ハイアルファーか? それとも洗脳か? どっちにせよ、面白ぇ! 面白ぇぞ! その獣のトウジャの操主!」

 

『《ラーストウジャイザナミ》だ……、モリビトは……生かしはしない。ここで破壊する! そうじゃなくっちゃ……鉄菜が……死んじゃったの……。鉄菜ぁ……っ』

 

「アンヘルってのは非人道的とは聞いちゃいたが、ここまでとはな。壊れかけの玩具を愛するのは楽しいかよ! どうなんだよ、てめぇら! アブノーマルなプレイに感じてんのか!」

 

 こちらの挑発に一機の《スロウストウジャ弐式》が乗った。プレッシャーライフルを引き絞り、敵機が接近する。

 

『よくも……よくもヒイラギのプライドを……コケにしたなぁ!』

 

 ガエルは舌打ち混じりに戦場を俯瞰する。

 

「……ンだよ。オレはそこのお嬢ちゃんとヤり合いたかったんだがな。案外、つまんねぇ獲物が釣れちまうもんだ。それも――こんな安い挑発に乗る、駄目操主じゃあなぁ!」

 

 Rブリューナクを一基、接近してくる敵に放出する。自律兵器に慣れていないのか、《スロウストウジャ弐式》が足を止めたのを見計らい、《モリビトサマエル》を上昇させていた。

 

 見た限りこの三機は連携が取れているようでてんでバラバラ。即席のチームワークでモリビトに勝利した程度だろう。

 

 ガエルは指先で放ったRブリューナクを操りつつ、この戦場を支配する一機へと通信を繋いでいた。

 

「よぉ、久しぶりか? C連合の色男。いや、もうアンヘルか?」

 

『ガエル・シーザー……。貴様、何でここにいる! どうして、そんな人機に乗っているんだ!』

 

「そいつは、とんだ災難よ。《モリビトサマエル》の事をご存知ねぇとは。まぁ、知らねぇうちに、世界は回っているってこった。学習しろよ、そのちっこい脳みそにな」

 

 こめかみを突いたガエルに敵機が急上昇して襲い掛かろうとする。だが、既に布石は打った。

 

 海面に潜ませていたもう一基のRブリューナクが新型機の高推進を確約するバーニアを根元から引き裂く。

 

 すぐさまパージさせて誘爆は防いだ形であったが、《モリビトサマエル》の機動力に追いつく事は出来ないだろう。

 

『……貴様』

 

「ちっとは頭ぁ、冷えたかよ、おい。勝ち目のねぇ戦いに部下二人を赴かせるか? それとも、リックベイ・サカグチの術理をそれなりに受け継ぐんだ。退き際って奴は心得てるはずだろ?」

 

 新型機が中空へと撤退信号の弾頭を発射する。その命令に納得がいかなかったのだろう。二機の操主が食い下がった。

 

『しかし! みすみす……!』

 

『鉄菜が、まだ傍にいないのに!』

 

『……駄目だ。二人とも、少しは落ち着け。相手はモリビトの……しかも新型機。三機でかかったところで勝てる目算は薄い。それに……個人的にあの相手は、容易く勝てる操主じゃないと分かっている』

 

「理解があって助かるよ、クソッタレ。で? 撤退してくれんのかよ」

 

《スロウストウジャ是式》がハンドサインを送る。二機はそのまま後ずさっていった。

 通信網にタカフミの苦渋が混じる。

 

『……覚えておけよ』

 

 ガエルは離脱した敵を見据えてから、血塊炉を砕かれたモリビトへと視線を向ける。

 

「……どうにも、厄介な事になったもんだな。なぁ、モリビトよォ」

 

 その言葉振りに相手は返答しなかった。

 

 

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