発振したRソードの剣筋が捉えたのは《ナナツー》の胴体であった。
胴を割られた《ナナツー》がよろめくのと、地面を噴射剤が巻き上げたのは同時。《ナナツー》の操主がキャノピー越しに叫んだのが伝わった。
その叫びさえも掻き消すのは《シルヴァリンク》の駆動音である。
《ナナツー弐式》が機銃を掃射し《シルヴァリンク》を標的とするも、左腕の盾がリバウンド効果を発揮し、ことごとくを弾いていく。
表面に吸着した弾丸が青く染まった。
「リバウンドフォール」
鉄菜の声に呼応し、跳ね返った弾丸が《ナナツー》を薙ぎ払っていく。
そこいらで戦火の燻る前線基地を見やり、鉄菜は既に切り伏せた《ナナツー》を眼下に入れていた。
生き延びた操主が命からがらキャノピーを空気噴射させ、千切れた片腕を押さえながら《シルヴァリンク》を見やる。
遁走する操主が罵声を口走ったのが集音器に捉えられた。
神を罵る声音に鉄菜は呟く。
「……なら、お前らの信じる神をせいぜい冒涜しながら、死ぬといい」
《シルヴァリンク》のRソードが足元の操主のすぐ脇の地面を払った。灼熱に震えた大気に、操主が腰を抜かしている。
殺しまではしない。だが、戦意は奪わせてもらう。
次の標的へと《シルヴァリンク》が跳ね上がった。
火線が咲き、中空の《シルヴァリンク》を撃墜しようとするが、豆鉄砲のような銃火器の威力では《シルヴァリンク》の青と銀の装甲に傷一つつけられない。
「《モリビトシルヴァリンク》、《ナナツー》の編成部隊を撃退行動に入る」
着地した途端、その軌跡さえも感じさせない挙動で《シルヴァリンク》が懐に入り、《ナナツー》の腕を両断する。
至近距離で弾けた機銃の閃きに、対応したRソードの剣閃が空間を震わせ、銃弾ごとその腕を引き裂いた。
溶断した腕を垂れ下がらせて《ナナツー》部隊が後退していく。ようやく部隊を撤退させる気になったようだ。
『鉄菜? こっちは基地の主用ポイントを潰した。後始末は大丈夫よ』
「彩芽・サギサカ。これで少しばかりはマシになるのだろうか。潰しても潰してもわらわらと出てくる」
『《ナナツー》は量産体制が整っているからね。こっちとは大違い』
モリビトを何機も造れないのは歴史が証明している。鉄菜は《シルヴァリンク》を後退させつつ、この戦場を後にしようとした。
その時、不意に照準警告がコックピットを揺さぶった。
鉄菜は咄嗟に操縦桿を引き、第六感で飛び退らせる。先ほどまで《シルヴァリンク》のいた空間を射抜いたのはピンク色の光条であった。
エネルギー波も、その出力も含めて間違いない。
仰ぎ見た鉄菜は忌々しげに口走る。
「……三号機の」
遥か高空に三号機――《モリビトノエルカルテット》が両腕を組んで佇んでいた。
超越者のようなその風体に鉄菜は直感的に警戒する。
開いた回線には前回と同じくワンピース姿の桃が現れた。
『元気してた? クロ』
「何をしている? 余計な事をするな。もう敵は撤退を始めているんだぞ」
『あのさぁ、クロ。ちょっと手緩いよ。こんなんじゃ、モリビトを世界の脅威に位置づける第二フェイズは完遂されない。基地を手当たり次第に潰しているだけじゃ、ね。お手本を見せてあげる』
「手本だと……」
《ノエルカルテット》が音もなく降り立つ。戦場が沸き立ったのが伝わった。撤退し始めていた《ナナツー》部隊が色めき立ち、銃口を《ノエルカルテット》に据える。
『し、新型のモリビト……!』
「桃・リップバーン。何をしている? 三号機は普段は動かないんじゃなかったのか?」
『気が変わったの。三号機だけ高みの見物ってのもつまらないじゃない? モモにもやらせてよ。あんた達の戦いってのを』
『撃て! 撃てーっ!』
火線が瞬き、《ノエルカルテット》へと銃弾が命中する。
しかし、モリビトの複合装甲がただの実体弾など徹すわけがない。加えて、《ノエルカルテット》には自分でさえも窺えない奥の手がある。
『……つまらない鉄砲玉ね。そんなの向けたって意味ないのに。ロプロス!』
《ノエルカルテット》の背面に装備されていた両翼が取り外され、推進剤を焚きつつ機械竜がいななき声を上げた。
ロプロス、と呼ばれた背部スラスターユニットが両翼を広げ《ナナツー》を翼で薙ぎ払う。
表面にRソードと同じ、リバウンド加工が施されているのか、翼に触れた箇所が溶解し、《ナナツー》の頭部が削げ落とされた。
『こ、こいつ……何だって言うんだ!』
ロプロスへと照準を定めた《ナナツー》へと地上から襲いかかったのは胴体部が分離した機獣であった。
獣型のマシンが《ナナツー》へと飛びかかり、電磁を纏い付かせた牙でキャノピーを噛み砕いていく。
凄惨な殺戮と化した戦場で、《ノエルカルテット》が逆関節の脚部と合体し、機銃の火線を咲かせていた。
撤退の進路を遮られた形になる《ナナツー》部隊がたたらを踏んだ途端、ロプロスの刃の翼がその機体を切り落としていく。
一つ、二つと瞬く間に戦闘続行不能な人機の山が出来上がっていく。
鉄菜の通信網を震わせたのは哄笑であった。コックピットの中で力の意思に酔いしれる桃が嗤っているのである。
『こんな雑魚! モモの敵じゃないわ! ロプロス! ロデム! せいぜい刻み付けてあげなさい! あんた達の実力を!』
ロプロスが空を舞い、ロデムが地上を粉塵の中に血飛沫を散らせる。
撤退行為さえも許さない《ノエルカルテット》の死の四重奏に抱かれた戦場の至るところで、悲鳴と怨嗟の声が響き渡った。
それこそが《ノエルカルテット》の奏でる戦場音楽とでも言うように。
モリビトが三機いるだけでも充分に脅威だというのに、彼らは地獄に落とされたも同義だろう。
一機の《ナナツー》へとロプロスの刃が見舞われ、腕を切り落とされる。ロデムが地上から飛びかかってその足を引き千切った。
達磨状態の《ナナツー》へとロプロスがとどめの刃を高空から見舞おうと急下降する。
劈く悲鳴が迸りかけたその瞬間、鉄菜は前に出ていた。
《シルヴァリンク》を走らせ、《ナナツー》へとかかりかけたロプロスの凶刃をRソードで受け止める。干渉波のスパークが散る中、《ナナツー》の操主がキャノピー越しに呆然とした視線を送っていた。
「逃げろ。今なら間に合う」
自分でも何故、そのような声を振ったのかは分からない。ただ、目の前の破壊に対して無感情ではいられなかった。
この感情の行方も、行く当ても分からないのに、どうしてだかこの場でロプロスの刃を止める事に一切の躊躇はなかった。
ロプロスへとRソードを払った途端、相手が引き剥がされる。
《ナナツー》の操主がコックピットから這い出て鋼鉄の巨人達の戦いを眺めていた。
鉄菜は合成音声に切り替え、今一度宣告する。
「逃げろ。相手の飛翔人機は今ならば止められる」
相手も解せないのが窺えた。自分も解せないのだから他人が分かるはずもない。
《ノエルカルテット》に収まる桃から胡乱そうな声が漏れた。
『……クロ? 何やってるの?』
「見て分からないか。行動を中断させた」
『違う、理由を聞いているの。何で、そんなゴミみたいな操主を生かしておくの? モモのロプロスの攻撃をわざわざ塞いでまで。それを、いちいち聞かなくなって分かるでしょ』
「だったら、そっちもいちいち問い質すまでもない。無意味な行動を重ねるな。モリビトの価値を損なう」
自分の声にはいささかのてらいもない。真実そう思っているようであった。自分でもどこからこの感触が湧いてくるのかも不明だ。それでも、言わずにはいられなかった。
《シルヴァリンク》越しの敵意に、桃が一拍、呼吸を置く。
『……クロ。意味が分からない。それは、まぁ頷いてあげましょう。確かに、意味は分からないでしょうね。だってモモのやってきた戦いとクロのやってきた戦いは違うもの。でも、それならばなおの事、理解は出来るでしょ? 質の違う戦いでやってきた相手、その流儀くらいは心得ておくべきだって』
桃はそれで承認は取れたと思ったのだろう。確かに、モリビトの操主として、惑星への報復を誓うのならば何も間違いはない。その言葉にも疑問すら挟む余地はない。
何も、問題はない。
そう返せばいいだけだったのだが、鉄菜は返答の代わりにRソードを発振させる。リバウンドの刃の切っ先が、《ノエルカルテット》へと突きつけられた。
「知らない。私は私の流儀に従うまで。お前のやり方がどれほど高尚であろうと、あるいはどれほど下賤に塗れていようと、私は知らない。ただ……一言で言うのならば、不愉快だ」
それしかなかった。相手の論拠を否定するわけでもない。引っくり返すだけの論法もない。
ただ――気に入らないだけ。
その些細なすれ違いを、桃は看過しなかった。
『……そう』
ロプロスが直上から《シルヴァリンク》へと刃を振るい落とす。
後ずらせた《シルヴァリンク》へとロデムの牙が咲いた。左腕の盾を背面に翳し、即席のリバウンドフィールドを張る事でロデムを退けるも、正面からの《ノエルカルテット》本体と、逆関節の機体による火線が瞬く。
機銃程度は牽制に過ぎない。だが、それは敵意の表れでもある。
『よぉく、理解したわ。クロ、あんたやっぱり一度、教育してあげる。モモなりに、調教を施してから、もう一度だけチャンスをあげるわ。イエスというチャンスをね』
「何度も言わせるな。私に是と言わせたければ不愉快でない行いをしろ」
『その言い草そのものが、モモからしてみれば不愉快なのよ! この分からず屋が!』
駆け抜けたのはロプロスの翼であった。
一閃をかわすその刹那に翼が折り畳まれ、至近距離でR兵装の砲門が迫る。《シルヴァリンク》を機動させる鉄菜は咄嗟に蹴り上げさせた。
機体がもつれ合い、砲身から放たれたピンク色の光軸が地面を抉っていく。巻き起こる粉塵の中で《シルヴァリンク》の銀翼が展開された。
瞬時に飛翔し、ロプロスの上を取ろうとしたのだが、その時にはロプロスが離脱機動の只中であった。
代わりにこちらを捉えようとしたのは地上のロデムだ。
前足を払い《シルヴァリンク》へと飛びかかる。その足先をリバウンドの盾で防ぎかけて、予測していた軌道よりも遥かに高速で迫る爪に圧倒された。
視認するまでもない。
ロプロスとロデムが合体し、合成獣のような装いとなった新たな機獣が《シルヴァリンク》を蹴りつけたのである。
よろめいた機体を叩き起こそうとして背面に警告音を感じ取る。
迫った火線が《シルヴァリンク》に楽な死を与えようとしない。背筋から叩き起こる振動に鉄菜は無理やりにでも《シルヴァリンク》の姿勢を制御せねばならなくなった。
襲いかかるのは胃の腑にかかる強烈なGである。
姿勢制御システム――俗に言うバランサーの調節は機体ごとにばらつきはあるものの、一度調節した領域から逸脱するようには出来ていない。
重力下で設定した規定値では、今の《シルヴァリンク》を支えるのには足りなかった。
まるで人がそうするように、《シルヴァリンク》は前につんのめる。その鼻先を刈り取ろうとロデムの前足が薙ぎ払われた。
鉄菜はぐっと奥歯を噛んで封印武装のロックを解く。
拡張された《シルヴァリンク》の銀翼から放たれたオレンジ色の力場が肥大し、ロデムの牙を防ぎ切った。
しかしそれは一面では完全に隙を晒したようなもの。
遠距離から策敵を続ける相手にさえも、鉄菜はアンシーリーコートを見せてしまったという事実に繋がるのだ。
『見せたわね。その武装。一度食らった時は、あれは場所が悪かった。空中だったし、様子見のつもりだった。でも今は違う。衆人環視の中、あんたは封印武装を使った。封印武装を惑星の人間に見せるのは第四フェイズ以降と定まっている。今、クロ、あんたはモリビトの、ブルブラッドキャリアの禁を破ったのよ。こんな戦場の只中で! つまらない諍い程度で!』
勝った、とでも言わんばかりの声音に鉄菜は落ち着き払って言い返す。
「それならばそちらも随分と晒している。合体人機の形態がいくつあるかは知らないが、そのうち数パターンを見せている。自分の手を晒さずして、相手の手だけを明かさせたとでも? それほど賢い手だとは思えない」
鉄菜の冷静さが、桃には挑発に聞こえたらしい。その声に怒りを滲ませ、桃は叫ぶ。
『それが、ナマイキだって言ってるのよ! クロ、あんたはモモよりも遥かに下なの! あんた程度がモモに口ごたえなんて……!』
「そうか。言い返されるのが嫌ならば、それに見合う力を示す事だな」
怨嗟の響きで桃がこちらの名を呼ぶ。鉄菜は操縦桿を握り締めていた腕に痺れを感じていた。
地上でのアンシーリーコートの発現は限界がある。
空中戦において相手を制する事の出来る武装となるアンシーリーコートは空中に力を分散し、物理エネルギーに転化させる事で相手へと衝撃波をぶつける事の出来る代物だ。
それを地上で、しかも姿勢制御の傍らに使ったとなれば機体の損耗も激しい。
《シルヴァリンク》の機体のあちこちから注意喚起の黄色に塗られた警告が響き渡る。
重力下、しかも上昇でも下降でもなく、自分の姿勢を保つためだけに使ったアンシーリーコートは予想以上の結果を《シルヴァリンク》にもたらしていた。
機体がこのままでは分解する。
元々、地上では軽業師めいた動きを実現するため、機体の中に宿る血塊炉の循環チューブは細めに設定されている。
その毛細血管が根こそぎ千切れたようなものであった。
臨界点を迎えれば、機体中から青い血を噴き出し、《シルヴァリンク》は大破するであろう。
だが、それでも戦い抜かなければならない。相手は本気だ。《ノエルカルテット》を――桃・リップバーンの考えを覆すのにはこの程度ではまだ足りない。
――このまま性能限界まで貫き通す。
内奥で生じた意地に衝き動かされ、鉄菜はRソードを発振させようとした、その時である。
銃弾の雨が《シルヴァリンク》とロデムの間に降り立った。
ハッと振り仰いだ視線の先にいたのはこちらを睥睨する《インペルベイン》の姿であった。
全身の武装を開放し、それぞれの照準が全方位から《シルヴァリンク》とロデムを標的に要れている。
逃げられない。そう感じたのは鉄菜だけではないようだ。
『一号機操主……? 何で。止める権限ないでしょ』
『そうはいかないのよね。だってわたくし、鉄菜には借りがあるし。それにここでモリビト二機で潰し合ってどうするの? 兵は撤退したわ。もう追撃の必要もなし。これでも戦う?』
『関係ないもの……。だって、クロはモモと戦っているの! 余計な茶々を入れないで! メイワクよ!』
桃の言葉にその側面だけは同意であった。
「その通りだ。一号機操主、ここで私達の戦いに口を出さないでもらおう」
ここまでくればもう意地だ。絶対に白黒をつけてやる。
そう断じていた精神に、冷水を浴びせかけられたような怖気が走った。
『――そう。二人とも、そういうつもりなんだ』
習い性の身体を飛び退らせる。《シルヴァリンク》とロデムのいた空間を引き裂いたのは今までの比にならないほどの熱量の豪雨であった。
銃弾を全て、塊にしてもそれには及ばないほどの灼熱。
まさしく「点」ではなく「面」の一撃がロデムと《シルヴァリンク》の間に降り立つ。
空間そのものが鳴動し、地面が深く抉れ、地層が根こそぎ砕け散っていた。
その場所だけが局地的な重力の投網にかけられたが如く全ての現象が遅れて発生する。現象から切り離されたかのように最初、地面から紺碧の大気が振動した。
直後には迸ったブルブラッド大気が血潮のように噴き出す。
一面を青に染めたその一撃の威力に桃も唖然としている様子だ。
鉄菜も一歩でさえも踏み出せない。
一歩でも動けば死に繋がるのだと直感で分かる。
『じゃあ、ここで命は要らないわよね?』
いやに冷たく響き渡った彩芽の口調に鉄菜と桃はお互いの武装を彷徨わせた。
一号機からの照準警告は鳴らない。これはただの攻撃ではない。――封印武装だ。
相手を照準した事さえも関知させず、瞬時の後に消滅させる破壊の引き金。
それを引かせてしまった事にようやく気づいたところで、彩芽の平時の通信が開いた。
『鉄菜。頭冷えた?』
その段になって息苦しさを感じ、鉄菜は激しく咳き込んだ。呼吸さえも忘れていたのだ。
『一号機操主……あんたも、封印武装を使って――』
『だったら何? ここで殺す? でも、分離した三号機に、満身創痍の二号機。これら両方を照準に入れている一号機を前にして、返答がいくつもあるとは思えないんだけれど』
舌打ちの音が残響する前に、《ノエルカルテット》は合体軌道に入っていた。その間は隙だらけなのだが、《インペルベイン》も手を出す様子はない。
無論、《シルヴァリンク》にも、手を出させる余裕はなかった。
《ノエルカルテット》が合体を果たし、両翼を広げて飛翔する。
『……言う通りね。冷静になるべきだったわ。クロ、あんたがそういうのだって事は前から分かっていたし』
その時になるまで鉄菜は以前交わした停戦協定と共闘の約束を完全に失念していた。
ハッとして声にする。
「名前で呼ぶと……」
『意味ないって、それ。だってモモ、こっちの一号機とも同じ交渉したもの』
その言葉に鉄菜は少なからず衝撃を受けていたが、どこかで予定調和だとも感じていた。
その判断が正しい、と合理的に理解する思考があったのだ。
『あら? 言っちゃうの?』
『もう隠していたってしょうがないでしょ。クロがここまで意固地なのはびっくりしたけれど……、同時に分かったわ。二枚舌を使い分けられるほど、モモもオトナじゃないって事ね』
『それが分かるだけ、大人よ』
彩芽の口調にはどこか穏やかさが垣間見える。裏切られていた事への怒りや憤懣よりも、自分でもそう判断しただろうと言う合理性が先に立った。
「……一杯食わされたわけか」
『怒らないでね、鉄菜。これも交渉術なの』
『あーあ! モモが一番を取るつもりだったのになぁ。これじゃダイナシ。まさかクロがここまで向こう見ずだとは。でも、これもまた一つの結論か』
『分かったでしょう? モリビト三機でいがみ合いや騙し合いをしていたところで限界が来るって事』
『痛み入ったわ。じゃあ、ここから先は本当の交渉術。三分後に、敵の増援が来る。こっちのデータを背負ってね。さっきの部隊、ただ闇雲に撤退したわけじゃないわ。封印武装のデータは取られている。どうする? クロ、それに一号機の……』
『彩芽。彩芽・サギサカ。彩芽お姉様でもいいわよ?』
桃は通信回線の向こう側で肩を竦めた。
『……変わり者揃いね。じゃあ、アヤ姉』
『アヤ姉、ね。まぁ、微妙だけれど、鉄菜よりかは素直と見た』
その返答に鉄菜がまごついている間に桃は《ノエルカルテット》から情報をもたらす。三分後に敵の大隊がくるのはどうやら真実のようだ。熱源反応センサーと血塊炉関知センサーが膨大な数の《ナナツー》をモニターしている。
『ここから離脱するのに、アヤ姉はまだ手があるとして、今のクロは分が悪いわ。《シルヴァリンク》は限界に近いはず。そこで、どう?』
まさか、手を切ろうというのか。受けて立つ、と鉄菜が《シルヴァリンク》にRソードを振り翳そうとして、人機の神経系統に異常が見られた。
ブルブラッド反応炉が全身に行き渡らせるべき血流を滞らせている。俗に言う「貧血」状態だ。
「……返答の選択肢はあまりないようだ」
『分かるようになってきたじゃない。クロ、ロプロスを貸すわ』
「貸す……?」
意味が分からずに聞き返すと、《ノエルカルテット》の両翼部が分離し、怪鳥ロプロスが《シルヴァリンク》の背を取った。
まさか攻撃してくるつもりか、と色めき立った鉄菜に対してモニターに表示されたのは、「ドッキング準備」の指示であった。
「ドッキング……、ロプロスは、他のモリビトともドッキング出来ると言うのか」
『それが強みだもの。三号機は一号機、二号機を補佐する役目も帯びている。三号機からのドッキング指示には逆らえないけれどあえて、今はクロに判断を任せたわ。どうする?』
ここで拒否したところで押し寄せてくる《ナナツー》部隊を退けられるほどの馬力があるわけでもない。
大人しく引き下がるべきところは引き下がるほうがいい。
「……ジロウ。このドッキング指示を断った場合の想定」
『さすがに、今の《シルヴァリンク》で《ナナツー》十機近くを退けるのは無理マジ……。それに、《ノエルカルテット》からは血塊炉への供給も行われる事が勧告されているマジよ。つまり、今まで無駄に使ってきた部分をここで補給出来るという事マジ』
補給手段は不明のまま降りてきたのであったが、《ノエルカルテット》が代行するというのがその答えか。
第二フェイズを執行するのにもし、至らなかった場合も含めて三号機は建造されたのだろう。
「……ドッキング指示を許可する」
『了解っ! クロ、素直なあんたは好きよ』
「そうか。私はちっとも好んでいない」
言い返している間に背面の翼が収納され、ロプロスとのドッキングのために指示アームが伸長した。
抱え込むような形でロプロスが《シルヴァリンク》の背に合体する。
途端、消失しかけていた《シルヴァリンク》の鼓動が復活の兆しを見せた。血塊炉本体へと血が供給され、全身を巡る新鮮な血流にモリビトが共鳴する。
『さて。これで《シルヴァリンク》は逃げ切れるわね。で? 桃だっけ。貴女はどうするの? 翼がないんじゃ、結局お荷物にならない?』
『ロプロスの翼はあくまで補助用だもの。ポセイドンとロデムが合体した状態なら、充分に逃げ切れる余裕があるわ。ま、もっと言っちゃうと《ナナツー》十機編隊くらいモモならわけないんだけれど、それも含めて話し合いでしょ?』
『分かるじゃない。わたくし達は一度、顔を合わせて話をしないといけなさそうだからね』
『不合理な事ね。モモは完全に出し抜けると思っていたのに、クロ、あんたのせいよ』
言われても自分の行動の軽率さは自分が一番よく分かっている。
「……好きなだけ言えばいい」
『可愛くないの。ロプロス、《シルヴァリンク》を持ち上げて、撤退するわよ。一号機のアヤ姉も。高速機動術を晒すまでもなく逃げ切れるんでしょ?』
『それも、鉄菜には秘密だったんだけれどね。まぁ、話し合いは長くなりそうだわ……』
振り仰いだ《インペルベイン》が身を翻し、リバウンドの反射靴で地面を蹴って疾走する。
《ノエルカルテット》がその後ろに続き、最後にロプロスの補助を得た《シルヴァリンク》が飛翔した。
《ナナツー》十機編隊が勇み足で辿り着いた頃にはもう、モリビト三機は身を隠している事だろう。
抱えられている形の《シルヴァリンク》共々、鉄菜は疲弊した身を任せていた。
リニアシートに体重を預けて息をつく。
「これも、計画のうちだったのか」
『それまでは分からないマジ。ただ、三人が一同に会するのは、どちらにせよ避けられなかったみたいマジねぇ』
ジロウの返答に鉄菜は操縦桿から手を離す。その状態でも《シルヴァリンク》のステータスに問題はなく、むしろ安定してエネルギーを得ている状態であった。
「私は……間違っていたのか」
『AIサポーターマジ。そこまでは判断しかねるマジよ。ただ、鉄菜も三号機の桃も、少しばかり素直になったほうがいいのは本音マジ』
「素直、か。私からは一番縁遠いような言葉だ」
自分は冷徹になり、惑星の人々へと報復の刃を向けるのみだと思っていただけに、素直という言葉には浮いた印象しか受けない。
『随分と距離を稼いだわね。一号機が先導するわ。落ち合う場所をマッピングしておくから、全員、散開して別ルートで集合、いいわね?』
年長者らしい声音で言いやる彩芽に鉄菜は覚えず愚痴をこぼしていた。
「……裏切っていたとは思わなかった」
『敵を欺くのには味方から、よ。まぁ、どうせ貴女の不信を買ってもいい話とも思えなかったし、いずれ破綻するのは目に見えていたけれど』
「……私が隠し事をしている事も」
『ある程度は。でも、三号機と会っていた事を隠していたのはブルブラッドキャリアのモリビト操主としては合格よ。そっちのほうがどう考えても合理的だもの』
操主としては、か。皮肉めいた声音に鉄菜は嘆息を漏らす。
「私は、お前達をどうせ信用していない」
『結構。鉄菜の強情なのは今に始まった事じゃないし。それでも、信じざるを得ないのが、わたくし達モリビトの操主同士だと、思っているけれど』
信じなくては恐らく前にも進めないだろう。鉄菜は抱えられた《シルヴァリンク》のステータス画面を呼び出し、面を伏せていた。
「ごめん、《シルヴァリンク》。私、操主らしい事、何も出来ていない」
回線を切って漏らした悔恨に愛機は答えのようにステータス画面から黄色い注意色を消していった。
モリビトなりの励ましなのだろう。
鉄菜は全天候周モニターをさすって口にしていた。
「……いい子」
《インペルベイン》が離脱コースに入り、《ノエルカルテット》も与えられたコースに入っていった。
ロプロスに抱えられた《シルヴァリンク》も間もなく、指示されたコースを疾走する。
紺碧に霞んだ空の下、三機のモリビトが、この地上に入って始めて三つの軌道を描いていった。