ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯265 騎士再臨

 

『何だって言うんだ! モリビトよりよっぽど厄介だぞ! あんなの……あんなのって……』

 

 バーゴイルの操主の声が焼きつく中、クリーチャーは人機を華麗に乗りこなし、一機、また一機と撃墜していった。その立ち振る舞い、流麗さはただの化け物のそれにしては一流を極めている。否、元の木阿弥だと言うべきだろうか。

 

 ベルは覚えず絶句していた。

 

「クリーチャーさん。あなた、本当は騎士だったの?」

 

 クリーチャーは応じない。ただ単純に敵を撃ち、その憎しみを吸い上げる。ハイアルファーの苗床となった身体はもう二度と元には戻るまい。それでも、守るべきものはある。六年も乗っていなかった愛機はすぐに馴染んだ。守るべきと信じた心が、悪魔の餌となって、再び扉を開いたのだ。

 

「……皮肉な。今の僕に、祖国を撃てというのか」

 

『撃て! あんな化け物の機体! 墜としてしまえェッ!』

 

「化け物じゃ……ないわ! クリーチャーさんは化け物なんかじゃ……!」

 

 通信機に叫び返したベルの声に兵士達が困惑する。

 

『少女の、声……。貴様……見損なったぞ! 化け物とは言え人の子を人質にするなど!』 

 

 その声の主のバーゴイルが猪突してくる。さながら騎士の心持ちであろう。《グラトニートウジャフリークス》はその無様で不格好な騎士の矜持を叩き壊す。

 

「……リバウンドエネルギーキャノン。連鎖砲撃……」

 

 黄色い光軸がバーゴイルの上半身と下半身を生き別れにさせた。それに留まらず、掃射されたリバウンドのエネルギーは一機の人機を破壊するだけで終息はしなかった。

 

「僕は……守り抜く……。今度こそ……全てをだ……!」

 

 クリーチャーの言葉振りにベルが目を見開く。

 

「すごいわ! クリーチャーさん! やっつけちゃって……! みんなみんな……こんな世界なんて」

 

「ベル……。本当に君の……」

 

 そこから先は聞けなかった。本当にベルの父親はガエルなのか。未だに信じられない。

 

 あの――自分の叔父を騙り、全てを奪い取った男がこの純粋無垢な少女の父親など。その血が流れているなど思うだけで吐き気がする。

 

「クリーチャーさん! 前を!」

 

 ベルが指差した地点よりプレッシャーライフルの一斉射が行われる。しかしクリーチャーは一顧だにしない。

 

「大丈夫……だ」

 

 機体表面にかかりかけたリバウンドの銃撃は反射膜として展開させたRトリガーフィールドが引き受けた。

 

 虹の皮膜に包まれ、エネルギーが霧散していく。

 

『こんな……! こんな機体があっていいはずが……!』

 

 敵兵のうろたえを通信越しに聞きつつ、クリーチャーが《グラトニートウジャフリークス》を駆け抜けさせた。

 

 その荷重は重力下ではあまりにも緩慢な動きへと直結する。だが、後ずさる事も出来ない敵からしてみれば驚異的であろう。

 

 顎の腕に噛み付かれたバーゴイルが火花を散らして軋みを上げる。

 

『い、嫌だ! 殺さないでくれぇ!』

 

「何よ! 今までクリーチャーさんを化け物扱いしたくせに命乞いなんて! 騎士にあるまじき事だとは思わないの!」

 

 ベルの叱責に今際の際の兵隊が侮蔑の言葉を投げる。聞いていられず、クリーチャーは敵人機を叩き潰した。

 

 その威容に、隊列がたじろぐ。

 

『あ、あれは……。隊長、我々だけではどうにも……』

 

『……バーゴイルを下がらせるしかないのか』

 

 敵が諦めるのならば自分はこのままコミューンを抜けて脱出すればいい。この箱庭から出れば、少しはマシかもしれない。

 

「……ベル。この……閉ざされた場所から出る。僕は。だが君まで……一緒に来る事は……ない」

 

 道連れは必要ないと断じた声にベルはこちらの手を包み込んだ。

 

 その双眸が濡れている。

 

「いや……。もう、何も信じられなくなったの。世界も、何もかも……。でもあなたは……! あたしの物語だった。何もないあたしに、物語を紡がせてくれた……恩人だもの。それに、何度も言ったでしょう? ……クリーチャーさん。あなたは綺麗。だから、あたしは最後まで見ていたい。一緒に……いたいの」

 

「……だが血濡れの……道だ。君は知らなくて……いい世界を知る……事になるだろう」

 

「それでもっ! あたしはあなたの物語を……もっと知りたい! もっと……傍にいて欲しい……」

 

 それがたとえ彼女に間違いを犯させるとしても。自分はその道を否定する事は出来ないのだろう。

 

 かつての自分のように全てに裏切られて、何もかもを失わせるわけにはいかない。もうあのような悲劇はうんざりであった。

 

「……分かった。行こう……」

 

《グラトニートウジャフリークス》が天蓋を睨む。推進システムに火を通し、上昇しようとした矢先であった。

 

「……高熱源。……来る」

 

 何が、という主語を欠いたままクリーチャーは機体を横滑りさせる。掃射されたミサイルが爆発の光を拡散させる間に、うろたえ気味であった隊列を引き裂いて新たな部隊がこちらへと接近してきた。

 

「金色の……バーゴイル?」

 

 黒カラス部隊とはまるで違う、金色の装甲を持ったバーゴイルがあり得ない速度で迫ってくる。超スピードの機体はバーゴイルを、旧機体を凌駕していた。

 

 先陣を切る機体の腰には二本の刀がマウントされていた。

 

 瞬時に鯉口が切られ、クリーチャーは顎の腕で受け止める。火花が激しく散り、こちらの装甲を敵の刃が引き裂くのが感触で伝わった。

 

 ベルが悲鳴を上げる。

 

「しっかり……掴まっていて!」

 

 クリーチャーがもう片方の腕に砲撃を充填させる間にも、敵機は滑り込むようにこちらの懐へと入り、即座に抜刀する。

 

 その居合い、その速度、全てが並大抵ではない。

 

 切断の銀糸が空間を射抜き、《グラトニートウジャフリークス》を圧倒する。機動力で劣るこちらでは相手の格闘戦術を上回る事は出来ない。

 

 逃げの一手に徹するしかないクリーチャーへと不意に接触回線が開かれた。

 

『……問う。貴様を殺せば、ゾル国が……祖国が蘇ると我々は聞かされている。その心持はどうか』

 

「何を……」

 

 言っているのだ、というのが正直な感想であったが、矢継ぎ早にコックピットを狙い澄ます敵の熟練度にクリーチャーは今までのような一コミューンの憲兵レベルの敵ではない事だけは察知した。

 

 ――この部隊は本物だ。本物の、強者が並び立つ戦場。

 

 ゆえに、たとえ一時でも気を緩められない。一斉掃射のプレッシャーライフルの光条を回避するために《グラトニートウジャフリークス》を後退させたが、機体重量が仇となった。

 

 その重さがために、飛翔高度に至れない機体が無様に大地を踏み締める。

 

 隙を逃す相手ではない。居合いの太刀が翻り、コックピットごと寸断する勢いが見舞われた。

 

 習い性で掲げた顎の腕が防御するも、実体兵器との対決においては無双を誇るはずの装甲が悲鳴を上げる。

 

「まさか……それほどまでの剣戟だとでも……」

 

『名乗っていなかったな。《バーゴイルフェネクス》。旧ゾル国……いいや、これから先の時代を牽引する新たなる国家の礎となる……人機だ!』

 

 敵兵の声が迸り、その剣閃の鋭さにクリーチャーは何度かRトリガーフィールドの実行を模索しかけるが、隙が大き過ぎるために断念していた。

 

 何よりも……と隣を窺う。

 

 ベルを危険に晒すような機動は避けたほうがいいだろう。現状でも彼女は人機酔いを起こしかけている。

 

 人機酔いは重症化すれば痙攣、失神を引き起こす。

 

 少女の身には苦痛でしかないだろう。

 

 機体に急上昇も、急加速もかけられないのはそれも起因している。

 

『そしてこの《フェネクス》は! 今までにない剣術を操る。覚えておけ。二天一流を!』

 

「二天……一流……」

 

 聞き覚えのない剣術が奔り、《グラトニートウジャフリークス》の関節部を狙う。この機体は関節を潰されれば即座に沈黙してしまう。

 

 すぐにでも対策を練らなければ打ち負けるのは明白であったが、事ここに至ってクリーチャーは覚悟出来なかった。

 

 覚悟して敵を討つと決めてもその先に待つのはベルを危険に晒す事のみ。大切な人だと決めた、守り通すのだと誓った。だからこそ、《グラトニートウジャフリークス》の真の力を発揮は出来ない。

 

 その先に待ち受けるのは……。

 

「……いいよ。クリーチャーさん」

 

 不意に弾けた言葉にクリーチャーは瞠目する。ベルはぎゅっと拳を握り締めて頷いていた。

 

「あたしが邪魔なら……気にしなくっていい。クリーチャーさんの信じる戦いをして。だって、どんな物語だってそうだもの。逆境がないのは、物語じゃない」

 

「だが……」

 

 困惑している間にも敵人機は的確にこちらの弱点を把握していた。懐からの抜刀。血塊炉への集中攻撃。格闘戦術に意識を割けば他の《フェネクス》からの援護射撃の餌食となる。かといって、速度をこれ以上落とす事も出来ない。

 

 逆も然り、であった。

 

 加速をかければ自分ならばまだしも、ベルの身の安全が……。

 

「あたし……逃げないよ。だからお願い。あたし達の物語を! ここで終わらせないで! クリーチャーさん!」

 

『終わりだ。その頭蓋、叩き割ってやろう!』

 

 振るい上げられた剣に、傍で咲いた小さな決意に――クリーチャーは覚悟を決めていた。

 

《グラトニートウジャフリークス》が発達した末端装甲に火を灯らせ、急加速する。

 

《フェネクス》をその体躯で打ち破り、その重量がかけられた体当たりは敵をうろたえさせた。

 

『貴様……っ』

 

「逃げない、逃げられない……、逃げちゃ、いけないんだ……!」

 

 遠吠えが《グラトニートウジャフリークス》と同期し、赤く染まったX字の眼窩がぎらつく。片腕を重量に任せて振るい、《フェネクス》を引き剥がした。

 

 瞬時に両腕を背面へと向ける。顎の内側から引き出された砲門からリバウンドエネルギーの瀑布が注ぎ込まれ、地表が赤く焼け爛れた。

 

 推進剤を追加点灯させ禁忌に染まった機体が急上昇する。

 

『嘗めるな! 《フェネクス》の速度は、かつてのモリビトの金色の力を限りなく再現したもの! 当然、その最大瞬間速度は――!』

 

《フェネクス》が瞬時に掻き消えた。どう見ても瞬間移動にしか映らないほどの急加速で《フェネクス》が背後を取る。

 

 勝った、と敵には確信させられただろう。

 

 そう錯覚するように、こちらは動いていた。

 

 背面が引き裂け、内側に充填された砲門が一斉に敵人機を狙い澄ます。

 

『まさか背後を取るのを最初から……』

 

「機体の……特性から、加速が、持ち味……なのは理解……出来ていた。バーゴイルに……乗っていたんだ。嫌でも、……分かる。粗雑なのは……戦闘……経験が、少ない、からか。トウジャと渡り合うのには……足りて、いない」

 

『ふざけるなァーッ!』

 

 刃が装甲の継ぎ目に入る。注意色に染まった一部を除き、全ての照準は敵機を捉えていた。

 

「ここで……墜ちろ」

 

 引き金を絞ろうとした、その時である。

 

 不意打ち気味の熱源警告がコックピットを劈く。白銀の槍の穂がこちらに向けて一目散に向かってきた。

 

 クリーチャーは面を上げてその一撃を回避する。次いでさらに熱源警告。

 

「……全方位攻撃……」

 

《グラトニートウジャフリークス》の新たに発達した部位が点火し、その装甲を犠牲にして制動をかけた。

 

 銀色の槍が一部を射抜いていく。

 

『この……攻撃は……』

 

《フェネクス》の操主も想定外であったようだ。しかし、クリーチャーには、この男が来る事はある程度予期されていた。

 

 かつてのモリビトタナトス、その発展機である漆黒のモリビトが赤い眼窩でこちらを睥睨する。

 

『……達す。旧ゾル国陣営に告ぐ。こちらの所属はガエル・シーザー。シーザー家の命により、その機体を断罪する』

 

「聞き間違えようがない……。その声……その口ぶり……六年前と……!」

 

 憤怒に染まったクリーチャーへとベルが声をかける。

 

「クリーチャー……さん?」

 

「殺す……コロ、ス……、コロス!」

 

 怒りで白熱化した脳内には傍にベルがいる、という事さえも関知の外であった。急加速を得た《グラトニートウジャフリークス》が操主への負荷を無視して敵機へと猪突する。

 

 その勢いを敵は殺そうと全方位より自律兵器を引き絞った。だがその軌道、その軌跡……。

 

「全てが……遅い!」

 

 Rトリガーフィールドのエネルギー球が自律兵器を絡め取る。虹の皮膜に包まれた自律兵器は自らの放出した銀色の光線の反射で自壊した。

 

 漆黒のモリビトが鎌の武装を振るい上げる。顎の腕を突き上げてその一閃を受け止めさせた。

 

『……再三告げるぞ。シーザー家の意向により、その機体は破壊する。破壊せねばならない』

 

「いつまで……いつまで三文芝居を続ける……つもりなんだ……。叔父……さん。いや、ガエル!」

 

 その怒号に敵は悟ったのか、声を弾ませた。

 

『……何だァ? オレの過去を知ってやがるのか。ともすれば、と思っていたがやっぱりだとはな。ええ? てめぇも生き意地が汚ぇと見えるぜ! せっかくバーゴイルの剣で両断してやったのによ!』

 

「あの時……僕は死んだ。死ぬはずだった。……だが運命は……簡単な終結を、望ませてくれなかった。この因縁を……そそぐべきだと! 僕に苦難を与えてくれた! 貴様を倒せと……! 運命の声が……聞こえたんだ!」

 

『ケッ……どっちが三文芝居だよ、クソッタレが。てめぇその姿形になってもまだ、広告塔を続けている気分らしいな。運命だァ? それに、オレを倒すだと? 笑わせてくれるぜ! てめぇはオレに、殺されるんだよ! カイル!』

 

 鉤十字の翼を構築していた自律兵器が宙を舞い、《グラトニートウジャフリークス》を包囲する。しかし相手はたったの二基。回避するのはそれほど難しくはないはずであった。

 

「嘗めて……Rトリガー……」

 

『おいおい! そう簡単に潰させるワケ、ねぇだろうが!』

 

 打ち下ろされた鎌の一閃に機体が震える。激震がコックピットを揺るがす中でクリーチャーは顎の腕を突き上げた。鎌を食い破ろうとするのを、敵機から射出されたワイヤーが遮断する。

 

「――いけない! ベル……」

 

『逝っちまいな!』

 

 プラズマの電磁がコックピットを伝導し、操主を焼き切ろうとする。クリーチャーは電子部品からベルを遠ざけ、自らその電撃の餌食となった。

 

 全身を貫く激痛に呻きが漏れる。

 

「クリーチャーさん!」

 

「来ちゃ……駄目だ、ベル……。君は、もう……」

 

『色ボケに首突っ込んだ怪物の気分はどうよ! どうせてめぇなんざ、あの時死ぬはずだったのによォ……何で生き残って旧ゾル国のコミューンに封印されたんだか、そういう経緯はどうだっていい。上が勝手に決めた事だろうからなァ。だが、てめぇは死ぬべきだ、色男。いや……もう怪物と言ったほうがいいか! その醜悪な姿じゃ、誰も愛しちゃくれねぇよ!』

 

 哄笑が通信網を満たす。クリーチャー自身もそれは予感していた。誰にも愛されはしない。この姿を愛する人間など、この世にいるものか。

 

 諦観の只中にある思考へと、声が割り込む。

 

「……違うわ。あたしは……あたしはクリーチャーさんの事が、大好きだもの! 愛されないだなんて、そんな事はあり得ないのよ! 誰だって愛される権利を持っているんだから!」

 

 ベルの張り上げた声にガエルは胡乱そうに返す。

 

『……どういうカラクリを使った? ハイアルファーによる洗脳か? 真っ当な人間がどうやったら、てめぇみたいなのを好きになるって言うんだよ』

 

「あたしは! ……愛されていなかった。誰にも! お父様、あなたにも! ……だから愛されなかった者同士……愛し合うの! それが間違っているって言うの?」

 

 ベルの必死の訴えにガエルは舌打ちを寄越す。

 

『おい、カイル。その脳みそまで色ボケに染まったガキぃ、どうにかしろ。絞め殺すなり何なり、な。この戦いには邪魔だ。てめぇの手で殺せ。分かってんだろ? この《モリビトサマエル》とやり合うのには、ガキは邪魔だって事くらいはよ』

 

 これ以上の戦闘を続けるのならば、ベルは逃がすべきだ。その声音にベルは頭を振る。

 

「いや……クリーチャーさん。傍に……居させて」

 

 決意を秘めた眼差しに何も言えなくなる。

 

 自分がどれほどまでに穢れて、どれほどまでに身勝手に成り下がっても、それでも愛してくれる人がいる。

 

 その現実はクリーチャーに操縦桿を握らせるのには充分な理由であった。

 

「……ガエル・シーザー。ここでは退けない。それにベルも……、ここからは退かせない」

 

『てめぇのエゴでガキを殺すかよ』

 

「違う! ……僕のエゴは確かだろうさ。だが、それでも! ……譲れないたった一つの……愛そのもののために、……僕は再び剣を取る!」

 

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