ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯266 ただ愛のために

《グラトニートウジャフリークス》の眼窩が赤く煌く。その輝きを目にして、ガエルは興ざめだと声を投げた。

 

『いつまで正義気取りでいやがるんだか。……あの時死んで、清々したんだぜ? ああ、ようやく重石が消えてくれたってな。他の連中だってそうだ。ただの広告塔の優男一人、実戦で墜ちたところで誰が気にした? 誰かてめぇの安否を気遣ったヤツはいたか? 一人もいなかっただろうさ。そういう事なんだよ、カイル! いい加減に分かれよ。誰も! てめぇを望んじゃいねぇ! 誰もが! てめぇの代わりなんていくらでもいるって思ってるんだぜ。必要とされてねぇのさ。それでもやるか? それでも、もう正義の執行者に等しいこの《モリビトサマエル》に、楯突くって言うのか?』

 

 その通りかもしれない。自分は所詮、替えの利く広告塔。ただの優男であった。

 

 何一つ、戦場で取り戻せるものなんてなかった。誰かのために生きてきたつもりが、ただのわがままと自分勝手に糊塗した偽りとで固めた評価を拠り所にして生きてきた、醜い男の末路。

 

 全天候周モニターに醜悪な姿が反射している。

 

 ある意味では、この姿こそが自分の心を映し出した真の鏡。この醜い獣は自分がずっと飼っていたエゴそのもの。

 

 だがだからこそ――。

 

「……飼い慣らす。僕は……この醜さを……自分の持つ醜悪な側面を、飼い慣らしてみせる! 今度こそ……! 自分を見誤らない! そうでなければ……どうするって言うんだ! 誰が守るって言うんだ、自分の! 本当に守りたい……大切なものを!」

 

 自分以外で誰も守れまい。本当に守りたいものを胸に抱いた男の覚悟を通すのには、自分勝手に成り下がっても構わない。

 

 ただ退けない意地を胸に刻め。戦いの中でのみ輝く鋼鉄の信念を貫き通せ。

 

 その心根が伝わったのか、ベルが自分の手を握り返す。

 

「クリーチャーさん。……あたしも……信じたい」

 

 彼女も全てに裏切られた。自分を構築する全てに。だからこそ、この世界へと真に報復する権利がある。

 

 偽りと虚飾に塗れた世界へと吼え立てるだけの抗いを、心のど真ん中に持てるはずなのだ。

 

『……似た者同士だって言いてぇのか? そのガキとてめぇが? ……都合のいい解釈してんじゃねぇよ、ゴミクズが。自分を慰めるだけの戦いなんざ、他所でやれ! 行けよ、Rブリューナク!』

 

 空間を奔ったRブリューナクの光線を拡張したバーニアに点火させて回避させる。前面に張ったRトリガーフィールドの皮膜がリバウンド兵装を反射し、荷重の機体が《モリビトサマエル》へと襲いかかった。

 

 最早、野性を隠す必要性もない。

 

 雄叫びと共に《モリビトサマエル》と《グラトニートウジャフリークス》はもつれ合う。だが相手のほうが機動力は遥かに上であった。

 

 上方に逃れた敵機が頭上より拡散した白銀の槍の散弾を見舞う。雨のように降り注ぐ敵意の刃を愛機は受け止めた。

 

 命中する攻撃のみを判別し、的確にさばく。

 

『一端の兵隊で居たいのなら! 最初から正気気取ってんじゃねぇぞ!』

 

「気取りじゃ……ない! 僕は……怪物だ! クリーチャーだ! だがそれでも! 譲れぬ意地はある!」

 

『正義はこっちにあるって言うのによ……! 邪魔なんだよ、その考え! 墜ちろ、過去の残りカスが!』

 

「墜ちるのは……貴様だ……!」

 

 顎の腕が《モリビトサマエル》の一撃を捉え、直後に放出したリバウンドの砲撃が鎌を融かした。すぐさま武器を持ち替える事は出来なかったのだろう。

 

《モリビトサマエル》へと機体が圧し掛かる。単純な重量では負ける気がしない。

 

 機動力を削いだ《モリビトサマエル》から罵声が迸った。

 

『生意気なんだよ……、今も昔も! 目の前を飛び回るだけのハエが! 墜ちろ! Rブリューナク!』

 

 Rブリューナクが背面よりこちらを照準する。背筋が割れ、背面機関に装備された砲撃網がRブリューナクを迎撃しようとした。

 

 しかし、その光条は不意に宙へと踊り上がった金色のバーゴイルが阻止する。

 

「……《フェネクス》が?」

 

『上からの命令を受けた。ここでの優先順位は明らかに謎のトウジャタイプ。ゆえに助太刀する』

 

 防御装備を展開した《フェネクス》がRブリューナクを守り通す。

 

 ガエルが笑みの形に口角を吊り上げたのが見えてなくとも分かった。

 

『応援、感謝する。……カイル、これが世界だ』

 

 こんなものが世界だと言うのか。悪意が流転し、自分の正義のために殉じる者達が利用され続ける。

 

 こんなものが、世界だと断言していいのか。

 

 クリーチャーは奥歯を軋ませる。

 

 ――否。断じて否のはず。

 

「こんなところで……終われない! お前もそうだろう! 《グラトニートウジャフリークス》!」

 

 愛機の名前を叫んだ途端、オォン、と咆哮が漏れ聞こえた気がした。

 

 コックピット内部が赤く染まり、ハイアルファー【バアル・ゼブル】の血脈が全身へと至る。

 

 ハイアルファーの加護か、今までにない膂力を発揮した機体が《モリビトサマエル》を投げ飛ばした。

 

 制動用の推進剤を焚いて必死に持ち堪えようとする敵機へと、《グラトニートウジャフリークス》が追いすがる。

 

 その速度が黄金を纏い、瞬時に空間を駆け抜けた。

 

 空間跳躍にしか見えないほどの速度にガエルが歯噛みする。

 

『ファントム……! 最後の足掻きかよ、しゃらくせぇ! 潰れろ!』

 

《モリビトサマエル》が腰にマウントした刃を取り出し、こちらの眼窩へと押し込んだ。頭部コックピットが割れ、すぐ脇を刃が掠める。

 

 皮肉にも六年前の再現に、クリーチャーは吼え立てた。

 

「ここで……貴様は!」

 

『墜ちるのはてめぇだろうが!』

 

 Rブリューナクが降り立つ。懐へと潜り込んだ自律兵器が血塊炉を狙い澄ました。回避する術はない。

 

 だがそれでも。諦めを踏み越え、最後まで足掻き続けるのならば。

 

 血塊炉を打ち砕かされたところで、それは死ではない。

 

 明日へと続く希望の道の始まりだ。

 

「《グラトニートウジャフリークス》……! カイル・シーザー! 敵機を撃墜する!」

 

『化け物風情が! 騎士道気取ってんじゃねぇ!』

 

《モリビトサマエル》の装甲パーツが裏返り、内側から引き出されたのはプレッシャーソードを持った支持アームであった。支持アームが愛機の腹腔を引き裂く。

 

 レッドゾーンに達した機体だったが、クリーチャーは退かなかった。ここで退けば敗北する。

 

 敗北するだけの人生など、もう真っ平であった。

 

「僕は……ここで、勝利者に……なる!」

 

『クソ食らえだ! 敗北者が! 《モリビトサマエル》! 全身の隠し腕を展開! こいつを八つ裂きにしちまえ!』

 

 肩口に隠されていた新たなる武装が閃き、《グラトニートウジャフリークス》を掻っ切っていく。青い血が迸り、モニターが次々と暗黒に沈んでいった。

 

 それでも押し潰そうとする力を緩める事はない。

 

 顎の腕で《モリビトサマエル》の血塊炉を圧迫する。敵機も恐らくは警戒色に塗り固められているはずだ。それでも退けないのは相手も同じ。

 

 ここで自分を潰す以外の選択肢が与えられていないのだろう。

 

 脚部に隠されたプレッシャーソードが閃き、重厚な装甲の内側に存在する継ぎ目を切りさばく。分解寸前のアラートに、クリーチャーは操縦桿を押し込んでいた。

 

《モリビトサマエル》を顎の腕が持ち上げ、挟み込んだ部分から粉砕しようとする。

 

 軋みを上げる鋼鉄に《モリビトサマエル》が片手を払った。

 

 まだ生き延びていたRブリューナクが眼前に迫る。

 

 白銀の槍が攻撃性能を帯び、コックピットへと突き刺さろうとした。

 

『焼け死ね! 化け物が!』

 

 咄嗟の判断は自分でも信じ難かった。クリーチャーは攻撃でも回避でもなく、迫り来る死の感覚に、ベルを抱き留めていた。

 

 禁断でもいい。

 

 許されなくっても構わない。

 

 ただ最後に、愛しい人と触れ合えるだけの時間が欲しかった。

 

「ベル……」

 

「クリーチャー……さん」

 

 この罪に塗れた身体を煉獄の灼熱が射抜く――そのはずであった。

 

 割って入った《フェネクス》の剣がRブリューナクを叩き割るまでは。

 

 一機の《フェネクス》が断罪の刃を振るい、二基のRブリューナクを打ち落とす。その光景に、クリーチャーは茫然自失の状態であった。

 

 ガエルも信じられないような声を発する。

 

『……味方機のはずだが』

 

『……やはり自分は。何かを犠牲にしなければならない平和なんて、甘受出来ない。たとえ! たとえこの人機を撃墜すれば絶対に! ゾル国が復興したとしても! 守るべきものくらいは自分で信じ抜きたい! それだけなんだ!』

 

 感情の堰を切ったかのような声音に《モリビトサマエル》を操るガエルは、機体を上昇させた。他の《フェネクス》は事態を飲み込めていないのか、狙撃位置から動けないでいる。

 

 自分達を守ったのはたった一機の《フェネクス》だ。先ほど二天一流を示した《フェネクス》が刃を払い、《モリビトサマエル》へと攻撃を見舞う。

 

 敵機の隠し腕による斬撃を物ともせず、《フェネクス》はその懐へと入った。滑り込むように刃を沿わせる。

 

『やらせるかよ!』

 

 隠し腕よりプレッシャーソードを受け取った《モリビトサマエル》がその剣筋を番えた。干渉波のスパークが散り、二機を照らし出す。

 

『こちら、ガエル・シーザー。どういう事か。こちらはゾル国の意向で動いている。その御許に反逆の刃を向けるとなれば、その意味くらいは分かるはず』

 

 ガエルが声音を整えて口にする。虚飾だ、と口にしようとして、通信が割って入った。

 

『……自分達は祖国のために戦ってきた。たとえ、それがもうこの世に存在しなくとも。望んでいはいけないものなのだと! 誰かに幾度となく諭されてきたとしても! それでも! 自分達には心の故郷が必要だった。だが……心の故郷を求め続けた果てに誰かのふるさとを破壊するのは……それは間違っている。蹂躙者ではないはずなんだ! この金色のバーゴイル《フェネクス》は!』

 

『理想論だ。それで国家は形成出来ない』

 

『それは……』

 

 声を詰まらせた《フェネクス》の操主にガエルは促す。

 

『見ろ。あの醜く、肥え太ったトウジャを。あんなものに、我々の居場所を奪われていいのか? あんなもののために、これまで培ってきた不死鳥隊列の経歴に泥を塗ってもいいのか? シーザー家の威光ならばすぐにでも国家機密重要案件を取り付けられる。その方法は、分かっているだろう?』

 

 クリーチャーは歯噛みする。そう、簡単な事なのだ。ここで自分達に切っ先を向け、《モリビトサマエル》に味方するだけでいい。

 

 それだけで罪は帳消しになる。

 

 しかし《フェネクス》の操主は譲らなかった。それどころか、推力を上げて《モリビトサマエル》を押し込もうとする。

 

『……理屈と、理想は違うものなのです。自分は! 理想に生きたい! 理想の中で、この黄金の人機と共に羽ばたきたいんです! その羽ばたくべき場所は、その方の傍ではない!』

 

 発せられた言葉にガエルでさえも暫時、押し黙ったのが伝わる。しかし、このような手合い、彼は慣れているはずだ。

 

『そう、か……。残念だ。聴こえているな? 各員。不死鳥隊列の切り込み役、レジーナ・シーア中尉は地に堕ちた。貴公らのやるべき事は分かるな?』

 

 問われるまでもないのだろう。一機の《フェネクス》がプレッシャーライフルを引き絞る。

 

 光条を回避した隊長機の《フェネクス》へと隊列の二機が炸薬を浴びせかけた。煙る視界を引き裂いて《モリビトサマエル》が肉薄する。

 

『賢いのは部下のほうであったようだ。それで? どうしてこちらに反抗する?』

 

『知れた事……、モリビトは……敵だ』

 

 その言葉にガエルはいつもの調子ならば哄笑を返していたのだろうが、局面が局面のためか、静かな声が返答に用いられた。

 

『モリビトの一部は我が方に下った。ブルブラッドキャリアの一部組織の離反、その技術をオープンソースに。六年前のノウハウが生きた、というだけの話』

 

『だが自分は! モリビトを破壊しろと命じられた! 他でもない、あの人に! ブルーガーデン跡地で切り詰めるだけの戦場を歩んでいた自分達を拾ってくれたのは……レミィ殿だ! そうだろう!』

 

 隊長の張り上げた声に他の機体が僅かにうろたえたのが伝わった。

 

『……隊長。ですがこれは国家の命令です』

 

『それがどうした? 自分達は使命を授かった! 不死鳥隊列の名の通り、死しても灰から蘇ってみせる! それくらいの気概であったはずだろう?』

 

 隊長機の《フェネクス》の説得はこの戦場に虚しく残響するのみであった。

 

『……全機に告ぐ。やるべき事は分かるな? 《フェネクス》指揮官機、及び眼前のトウジャタイプを駆逐する。こちらのサインに従え』

 

《モリビトサマエル》が指揮棒を振るうかのように指示すると、《フェネクス》が一斉に動き出した。クリーチャーは覚えず声を吹き込む。

 

「……よかったのか」

 

『もとより、疑問はあった。それを解消するためには一度、問い質さなければならない。その理由付けをしただけだ。部下達に志が伝わっていなかったのだけは、悔恨の一言だが』

 

 プレッシャーライフルの照準警告が《フェネクス》を狙い澄ます。クリーチャーは《グラトニートウジャフリークス》を前に出させてリバウンドの光線を受け止めた。突飛な行動に映ったのだろう。

 

『どうして……。助ける義理はないはずだ。先ほどまでは殺し合いの関係だった』

 

「確かに、……そうかもしれない。だが、……もう共闘だ。理由なんて、目指す方向次第なんじゃないか? きっと、それが見えただけでも、よかったんだ」

 

『目指す……自分の目指したい、方向は……』

 

 急降下した《フェネクス》が実体剣を引き抜く。だが、隊長機のそれと比べれば雲泥の差であった。あまりに遅い太刀筋に浅く踏み込んだだけのこちらが勝ってしまう。

 

 顎の腕で距離を突き上げて距離を取らせた刹那、背面に装填されたリバウンドビーム砲が網のように空間を奔る。

 

《フェネクス》の血塊炉を狙った一撃であったが、敵機の離脱速度はあまりにも素早い。

 

 こちらが照準した時にはもう離脱に入っている。

 

「余裕が……ある。冷静になれば……これほどやりにくい相手もない……か」

 

『そこは尽力してくれ。こちらとて慣れない相手だ』

 

 鯉口を切った《フェネクス》が見据えた先には《モリビトサマエル》の姿があった。超然とした佇まいで飛翔する《モリビトサマエル》を《フェネクス》は突きつけた刃と共に声にする。

 

『モリビト! 貴様が踏みにじったのは自分だけではない。我が方全ての自尊心と誇りだ! 不死鳥隊列を、よくも穢したな』

 

『穢した、だァ? 吼えられるねェ、三下。てめぇの部下は従順だぜ? 分不相応ってヤツを分かってる』

 

 突然に声音が変わったから混乱しているのだろう。《フェネクス》の操主にクリーチャーは語りかけていた。

 

「あれが……奴のやり方なんだ。僕も昔、死にかけた……。奴を妄信した……ばかりに」

 

『その末路がその声か……?』

 

 問い質された現実に言葉を返せないでいると、相手が謝罪した。

 

『……いや、そんな些事にこだわっている場合でもないな。今は、目的は一つ』

 

「《モリビトサマエル》……。シーザー家の威光を絞り取るハイエナめ。ここで破壊する!」

 

『出来るのかねぇ。こっちにゃ、頼んでもいねぇのに最新鋭の人機が一個小隊。さらに言えば、そこにいる太っちょのトウジャはお荷物だぜ? オレとタイマンするにはよォ!』

 

『……どうかな。二天一流――閃くぞ!』

 

《モリビトサマエル》の剣筋を受け止めた《フェネクス》が一気に血塊炉を叩き割ろうとする。だがその動きは読めないほどの巧妙さでない。むしろ稚拙をにおわせた。

 

 相手の言葉をねじ伏せるためだけの反撃は見えやすい。

 

 見透かされた一閃を跳躍し、《モリビトサマエル》が自律兵器を放つ。

 

『行けよ! Rブリューナク!』

 

 白銀の槍の穂が《フェネクス》の肩口へと突き刺さりかけた。だが、変幻自在のその動きを、まるで掌握しているかのように《フェネクス》は機動する。

 

『存外、全方位攻撃というのは見えやすい。焦っているのはお互い様のようだな』

 

 クリーチャーはあちらの戦いを気にする必要はないと判じ、刃を打ち下ろしてきた《フェネクス》一機と組み合う。

 

 顎の腕が開き、砲門からリバウンドのエネルギー波が充填されるが、チャージを邪魔したのは背後からのプレッシャーライフルの一撃であった。ベルが悲鳴を上げる。

 

「ひどいっ! 寄ってたかって……」

 

「だが……これが戦場だ」

 

 クリーチャーは実質的に稼動している敵の数を反芻する。数名かは隊長とガエルの板ばさみで苦しんでいるはず。その兵士の隙をつければ、突破口は開けるだろう。

 

 ――だが問題なのは。

 

「増援……、これ以上《フェネクス》を増やされればさしもの《グラトニートウジャフリークス》でも……」

 

『その心配はない。《フェネクス》はこれで全機だ。元々、殲滅戦の構えだったのだからな』

 

 その声音にはどこか憔悴の色が窺えた。部下に裏切られた相手操主としてみれば、せっかくの理念、大義を果たす場を台無しにしたことになる。

 

「……その、すまなかった」

 

『何故、謝る? ……いずれにしたところで自分達の舵を取れない時点で、我々として終わりは見えていたさ。それに、倒すべき悪を見据えられた。それだけでも充分だ』

 

 その切っ先が《モリビトサマエル》へと突き刺さりかける。しかし、ガエルは鎌を突き上げてその一閃を弾き返した。

 

『戦闘経験値って言うのは分かりやすいもんだ。素人童貞じゃ、どうしようもねぇのと同じでなァ!』

 

『……口を閉じていろ。英雄に化けた人間のカスが』

 

 Rブリューナクの白銀の輝きを回避し、《フェネクス》が《モリビトサマエル》へと王手をかけるべく挙動する。

 

 今はこちらの戦闘だ、とクリーチャーは切り替えた。

 

 取り囲んでいる敵機を振り払えるような推進力は残っていない。指揮官機《フェネクス》共々、どうにか出来そうな時間は限られている。

 

「……突破口はないのか……」

 

 操縦桿を握り、悔恨に歯噛みするクリーチャーへと《フェネクス》が攻撃を仕掛ける。二天一流の剣術は指揮官機だけの特権なのか、他の《フェネクス》が接近戦に打って出ないのは、こちらの高出力R兵装を理解しているからだろう。

 

 あるいは、指揮官の唐突な裏切りに頭がついてきていないのか。いずれにせよ、好機ではあった。

 

「……指揮官機に告ぐ。僕らは……何とかしてこのコミューンを突破したい。……だが、……逃がしてくれるほどの悠長な相手ではないのは……」

 

『ああ、折り紙つきだろう。獲物を逃がすな、と教え込んでいる』

 

 クリーチャーは次の一手を判じかねる。《フェネクス》部隊を振り切ってコミューンの外に出たところで、あるのは汚染大気とどこまでも広がる茫漠とした砂漠地帯。それが旧ゾル国コミューン、トリアナに残された資産そのものだろう。

 

 だがどこへ逃げたところで、今の兵力ならば容易に追いつけるはず。六年前の骨董品の機体では、逃げ切る事さえも難しいかもしれない。

 

 何よりも――、とクリーチャーはベルを視野に入れる。

 

 彼女をこれ以上の地獄へと道連れにさせるわけにはいかない。

 

 自分の因縁は自分でそそぐべきだ。

 

「……ベル。最後の……警告だ。この……トリアナを、出るしかない。このコミューンにいれば、僕は逃れられない。……だがここから出ても、待っているのは分かりやすい形の地獄だけだ。空気は汚染され、青に染まった大地と大気がどこまでも広がる不毛地帯……。君にこれ以上、辛い目を見せたくは……」

 

 そこから先を遮ったのはベルの張り手であった。

 

 クリーチャーは目を白黒させる。涙目のベルが声を張り上げた。

 

「バカっ! バカバカバカ! クリーチャーさんのバカぁーっ! あたしは! 物語が始まる事を予感してここまで来たの! それに……もう籠の鳥は嫌……。ここから連れ出してくれるのは……あなたの手だけなのに……」

 

 そうであった、とクリーチャーは頭を振る。

 

 彼女を失望させてはならない。自分も男だ。腹に決めた信念くらいは貫き通したい。

 

「……ゴメンよ。また君を……傷つけた……」

 

 その答えにベルは微笑む。

 

「クリーチャーさんは……本当はとても優しいから。ねぇ、聞かせて。逃げている途中でもいい。あなたの物語を」

 

 これから先に紡ぐための物語を言葉にするのには、幾星霜の時間が必要だろう。

 

 自分が人間を捨てていた時間、決して戻らないのだと思い込んで、悲観して、何もかもを絶望の果てに置いていた諦めの時間。

 

 それらが戻ってくる。清算出来る。誰かのためではなく、自分のために。未来のために、戦えるのだと。再び選び取れるのだと知ったのだから。

 

 だから、この爪は。この化け物の手は、騎士の剣へと変わるはずだ。

 

 クリーチャーは飛翔する《フェネクス》を睨み据えた。

 

「……ありがとう。これで後腐れなく……戦い抜ける。そうだ、逃げちゃ、いけないんだ」

 

《フェネクス》の引き絞ったプレッシャーライフルの光条に、《グラトニートウジャフリークス》が吼える。

 

 ここで退いて何になる? ここで敗北すれば全てが水泡に帰す。

 

 今は戦い抜くしかない。たとえこの先の未来が闇に閉ざされていても、それでもしゃにむに前を向く事だけが、戦い続ける条件だ。

 

「……行くぞ」

 

 

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