ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯276 怨念の少女

 北方警護隊に伝令が下ったのは夜半の出来事で、誰もが寝ぼけ頭を叩き起こされた形となった。

 

「何だ? ゾル国の攻撃かよ」

 

「いや、つい数時間前から実は本国とも連絡が取れなくって……、その言い訳だろ、どうせ」

 

 非常召集の段になっても、誰もが欠伸をかみ殺したのはやはりこの場所の特異性もあったのかもしれない。

 

 かつてのブルーガーデン国土。現在は汚染地帯の青い焦土と化している場所を見張る、死に最も近い部門。集められたのが荒れくれ者ばかりなのも拍車をかける。

 

 全員が全員、本国での出世レースから外れたどこかいわゆる「キレた」者達。アンヘルにもなれず、かといって正規軍の役職を追われた先にあったのは短い命をさらに短くすり減らせという命令に等しい極地防衛任務。

 

 青い地平を毎日眺めていれば気も狂う。精神点滴と呼ばれる代物は常設であったし、アンヘルの使用している安定剤「ジュークボックス」の平常使用も許されていた。

 

 事情を知らぬ他者が見れば、薬物に染まり切った軍隊とも呼べない統率力。だからか、召集場所に全員揃ったのは命令がかかって二十分も経った頃合であった。

 

 隊長は帽子を目深に被った軍人であった。横顔に裂傷があり、その面持ちを険しくしている。この非常召集をかけた人物そのものだというのに、彼の手にはブルブラッドの葉巻が握られていた。

 

 毒の呼吸を吸い込んで一拍、隊長が口にする。

 

「揃ったか? ……アァ、まぁ揃っていなくても構わん。貴様らに伝令が下った。つい十分前の出来事だ」

 

 時間の齟齬に誰も突っ込まないのはこの部隊では時間など律儀に守る人間は一人もいないからであった。

 

 投射画面に映し出された映像資料は古いもので、明らかに直近のものではないのだと窺い知れる磨耗具合である。

 

「北方のこの地に連中が来る。貴様らもよく知っているだろう。ブルブラッドキャリアだ」

 

 青いモリビトが街頭を駆け抜け、バーゴイルの紛い物を破壊する映像は隊員達もよく知っている。六年前のオラクル独立宣言の際に全世界中継された代物だったからだ。

 

 そんなもので危機感を煽ろうとしても無駄の一言。このモリビトが攻めてくるわけではないのだから。

 

「隊長、俺達だって暇してるんじゃないんです。冷やかしなら酒の席にしてもらえますか?」

 

 そんな、上官を上官とも思わない言葉が漏れたのも当然と言えば当然。この地では全てが意味を成さない。

 

 ブルブラッド汚染大気によって外気を十秒も吸えば死に至り、リバウンドフィールドによる重力反転現象で内地はヒトが生存出来る条件ではないのだと窺い知っている。

 

 この青い土壌を見張る事しか出来ない自分達には失うものなど少ない。ならば、有事の際に国家にかけるべき信念もない兵士に何を期待するというのか。

 

 今さらの疑念に隊長は手を払った。

 

「貴様らに死んでまでモリビトを破壊しろなんて言うかよ。そこまで期待していないだろう、本国は。これを言っておいたのは、アンヘル連中がここに来るからだ。……後から聞いてませんでした、なんて言われたら堪らんからな」

 

「虐殺天使ですか?」

 

 誰もうろたえなかったのは、この罪の丘において虐殺天使程度、児戯に等しいのだと理解していたからだ。何が来ようともこの場所ほどの地獄ではあるまい。

 

「モリビト討伐に手を貸せ、とのお達しだ。アンヘルの編成部隊は、確か今頃……」

 

 その言葉から先を羽音が消し去った。胡乱そうに空を仰いだ隊長と部隊員達の目に飛び込んできたのは、物々しい輸送機である。

 

 隊長が舌打ちを漏らす。

 

「……もうおいでなすったか。と、言うわけで貴様ら。アンヘルの方々には失礼のないように、な」

 

 隊長は葉巻を足で踏み消して輸送機へと歩み寄っていく。

 

 ドーム型コミューンの形式を取るこの警戒地では何重にも機能する隔壁によって外気が遮断され、浄化されて取り込まれてくる。

 

 輸送機が基地に降りてきたその時には、まだ全員、寝ぼけ眼を擦っていた。

 

「どういう経緯かと思ったら……。お偉いさんが来るから行儀よく、だとよ」

 

 味方が肩を突きあって笑いを交わす。ここは正気ではいられない場所。ゆえに、上官への敬意などまるで存在しない。

 

 輸送機から運ばれて来たのはなかなかに見ない代物であった。それだけでも、感嘆の息が漏れる。

 

「ブルーガーデン製の……コンテナか」

 

 光波、磁場、赤外線など何もかもを通さない鋼鉄の檻。どうしてそのようなものに封印する必要性があるのかを問い返す前に、赤い詰襟服の三人が昇降機より降りてきた。

 

 その佇まいに、冗談だろ、という声が上がった。

 

「女、だと?」

 

 銀髪の少女に、目を煌々とさせた青年仕官。その二人をつき従える人物に、さすがの末端兵もざわめいた。

 

「おい、あれ……。タカフミ・アイザワじゃないか?」

 

 さすがに堕ちた指揮とは言っても伝説の誉れ高い噂は聞き及んでいる。六年前のブルブラッドキャリア殲滅戦において、先読みのサカグチと共に戦端を切り拓いた、勇者そのもの。その武勇伝は時間だけはあり余っている兵士達にとって暇潰しにはちょうどよかった。

 

 彼の眼差しが兵士達を見据えた時、反射的に敬礼をした者が数名。残りは眼前で起こっている現実が理解出来ないでいた。

 

「アンヘル……虐殺天使に女の兵士? それを従えているのが歴戦の勇者なんて……おいおい、どういう冗談だこいつは」

 

「聞こえているぞ。……こんな僻地までよく……」

 

 隊長がタカフミと握手を交わす。タカフミは全員を見渡した後に尋ねていた。

 

「これで全員か?」

 

「末端兵でしてねぇ……。このブルーガーデン跡地を守るのには、これくらいでちょうどいいって話でさぁ」

 

「そう、か。最新情報を同期したい。ブリーフィングを開いても」

 

「ご自由に。……して、そこのお嬢さんは?」

 

 赤い詰襟服に身を包んでいてもまさかアンヘルの仕官だとは思えない。それよりも、捕虜だといわれたほうがマシであった。

 

 タカフミは視線を振り向ける。

 

「今回の作戦の要です。彼女がモリビトを抑える」

 

 その言葉にさしもの怖い者知らずの隊長でも口をあんぐりと開けていた。少女仕官は線も細く、今にも折れそうなほどに華奢だ。

 

「……失礼ながら、その方、例の……」

 

「ああ。血続だ」

 

 アンヘルは構成員全員が人機を動かすのに特別な適性を持つ兵士――血続なのだという。その噂は本当であったのか、と兵士達は息を詰める。

 

「俺も血続だ。何か文句でも?」

 

 挑発的な青年仕官の言葉にタカフミが諌める。

 

「ヘイル中尉。ここでは彼らのほうが上手だ。流儀には従う義務がある」

 

「そうですかい。にしたって……全員が全員、ヤクでもキめてるみたいに目ぇばっかり、煌々として。本当に大丈夫なんですか?」

 

 隊長は咳払いし、その言葉を制する。

 

「その辺にしたほうがよろしいかと」

 

「ああ、こちらも失礼を。これがこの基地に置いていただきたい、機体の仕様書だ」

 

 端末に送信されていく機体名称は直後には全員に同期されている。その中の一人が、声を上ずらせた。

 

「嘘だろ……。《ラーストウジャカルマ》だって?」

 

 その機体名に全員がざわつく。《ラーストウジャカルマ》、その悪名はこのような僻地でも轟いている。

 

 かつてのブルーガーデンが建造した機体であり、トウジャタイプの先駆け、ハイアルファー人機なのだという事を。

 

 全員の了承を取るようにタカフミは見渡す。

 

「古い名称ログで設定されているから混乱しないで欲しい。今は《ラーストウジャイザナミ》だ」

 

 それでも、トウジャの……最初期ロットには変わらない。アンヘルの兵士達が伊達や酔狂でこの場所を訪れたわけではない事を全員が思い知った。

 

「整備班はこちらのスタッフで対応する。その方の整備班と混同になるが構わないか?」

 

 タカフミの問いかけに隊長がうろたえ気味に応じる。

 

「そりゃ、構わんですが……、ハイアルファー人機だっていうんでしょう?」

 

「中身まで弄れとは言っていない。外装パーツの予備は既に用意してある。単純チェックだけでいい」

 

 ハイアルファー人機である事は否定をしないのか。その事実に辟易する前に、少女仕官が歩み出ていた。

 

 コンテナに入った人機へとまるで語りかけるように手をついている。

 

「……何をやっているんだ?」

 

 聞き耳を立てようとした矢先、隊長の怒声が飛んだ。

 

「貴様ら! アンヘルの名に泥を塗るような警戒をするな! モリビトは絶対にやってくる!」

 

 その声にびくついたのは兵士達だけではない。手をついていた少女仕官も、であった。

 

 彼女は振り返るなり、その双眸に憤怒を宿す。その身に不釣合いなほどの殺気に数人が中てられたのだろう。よろめいた兵士もいた。

 

「モリビトは……敵」

 

「ヒイラギ准尉。今は待て。戦いはそう遠くない」

 

 タカフミの言葉に一度は冷静さを取り戻したようであったが、まるで抜き身の刀のような声音に兵士達は怯え切っていた。

 

「……何てェ……殺気なんだ。あれ……絶対にヤベェ奴だろ」

 

 汗を拭った兵士へと、タカフミは呼び止めていた。

 

「我々が滞在出来るだけのスペースが欲しい。モリビトとの決戦になった場合、長期戦の構えもある」

 

「ああ、それなら空き部屋がいくつか。……案内してやってくれ」

 

 隊長の眼差しに浮かんだ無言の了承に、兵士達は三人をそれぞれ、別に案内した。

 

「スイマセンね、アンヘルの将校さん。うちは男衆ばっかりなんで、女に宛がう部屋がなかなかないんですよ。こっちまで来てもらえますか?」

 

 ヒイラギと呼ばれた仕官だけ別の道へと案内する。そこから先は言わずもがなであった。如何に言葉振りだけで威圧されたとはいえ所詮は女。飢えた兵士達にとって格好の獲物であるのには変わらない。

 

「……ホットケーキはみんなで選り分けるもんだぜ」

 

 言い置いた兵士に誘導を担当する兵士は手を払って応じていた。

 

 楽しみはまず自分が、という腹であろう。

 

「……あいつ、クズだからな。一人で何もかもをやった後に回してくるんだろ」

 

「勿体ないよなー。せっかくの正気の女だろ?」

 

「……いや、どうだかな」

 

 正気かどうかまでは、誰も判断を下せなかった。

 

 タカフミともう一人の青年仕官を連れて行く隊長に、数名の兵士が続いた。

 

「……物々しいな」

 

「すいませんね。ここんところ、厄介な事ばかりなもんで」

 

「存じている。各国コミューンで通信が途絶した」

 

「ご存知で? そうでさぁ。地上はてんてこまい。コミューン同士の連絡手段なんて確立されていない今では難しいんですよ。ネットが一つでも綻びが出ると。それも大規模コミューンにも影響が出てるって言うんですから、なおさらです」

 

「……大規模ジャミングの線でも捜査を進めている」

 

 それが言葉振りの意味だけではないのは、彼らも理解していた。

 

 エホバを名乗る男による全世界同時ハッキング。信じたわけではないが、神の名を取るだけのものならば、出来なくもない、というのが大方の判断であった。

 

「しかし、大尉殿がまさかこんな辺境地にやってくるとは思っても見ませんでした。それほどにブルブラッドキャリアはヤバイんで?」

 

「……相当な力をつけているのは疑いようがない。それに……我が方が警戒すべきなのはブルブラッドキャリアばかりではないのもな」

 

「分かりませんねぇ、どんな時代でも。敵の敵は味方理論ですか?」

 

 隊長ののらりくらりとした言葉繰りにタカフミは毅然として応じていた。

 

「おれ達は勝つ。そのためだけに今、ここにいる」

 

 まるでこの場所に留まるのが下策とでも言うような口調であった。普段は昼行灯の隊長もその言葉には一家言あったらしい。珍しく声音を沈ませる。

 

「……しかしですね、ここは我々の領分なんです。来るって言うんなら、別段アンヘルの力を借りなくてもいいんですよ。統率が出来ていないわけでもないですし、アンヘルに劣るとも思っていません」

 

「それは貴君らを見ればよく分かる。旧式機でよく、踏ん張ってくれているとも」

 

「監視しているだけの腰の引けた連中ばかりだとは、思わないで欲しいんですよ。いざとなればモリビトと事を構えるくらいは出来る」

 

「期待はしている。おれ達だって何も万能とまでは言わない」

 

 タカフミの言い草はしかし、どこかエリートと自分達は違うとでも言いたいようであった。さすがの隊長でも看過出来ないのか、再三言いつける。

 

「気をつけてくださいよ? 敵は、目に見える分だけじゃない」

 

 気を抜けば後ろから撃つ、という警句にも英雄の操主は動じない。

 

「気を引き締めよう」

 

 こちらの挑発にことごとく乗らない相手に業を煮やしたのか、隊長はそれ以上の会話を打ち切った。

 

「ここが、居住スペースです。用があればローカル通信で」

 

「ああ。助かる」

 

 居住区から出た隊長は、まずブルブラッドの葉巻に火を点けていた。鬱憤の表れのように、青い息を吐き出す。

 

「……なかなかに食わせ者の二人だ。下手な挑発に乗るのは下策だと分かってやがる」

 

「隊長。嘗められてるんならこっちから」

 

「いや、やめておけ。あの二人はガチの実力者だろう。……もう一人の女は、知らないがな」

 

「そういや、戻ってきませんね。ケーキは取り分けるって言っておいたのに……」

 

「独り占めかァ? おい、出ろよ」

 

 通信を繋いだ隊長は通信先で漏れ聞こえた物音に胡乱そうに眉をひそめた。

 

 何かが割れるような音。次いで、暴力の音が連鎖する。

 

「……おい。まだヤれって言ってないだろうが。気が早いにもほどが……」

 

『違う……、違うんです! 隊長! 助け……』

 

 そこから先の言葉が途切れた。何が起こったのか、全員が理解出来ない間に、通信網から怨嗟の声が漏れ聞こえる。

 

 地獄の底から発せられたような、声であった。

 

『モリビトは……敵』

 

 ブツン、と通信が切れる。胸を占めて行く嫌な予感に、焦燥に駆られた兵士達が一斉に、少女仕官の待っているであろう居住区へと駆けていった。

 

 居住区の前で、ぼろきれのように項垂れた仲間を見つけた時、疑念は確信に変わった。

 

 何が起こったのか、と隊長が問いかける。

 

 肩を揺さぶった時、仲間はもう虫の息であった。

 

「隊長……、それにお前ら……。あの女……イカレてる……」

 

 全身に裂傷を作った仲間に隊長は医務室へ、と言付ける。兵士達全員が、まるで巨獣の穴倉を凝視するかのように、少女仕官の待っているであろう居住区を声もなく眺めていた。

 

 

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