ロケットエンジンを取り外し、補助推進剤を解除した《モリビトシンス》が惑星の重力圏より離れる。
「《モリビトシンス》、重力の網を抜けた。このまま《モリビトルナティック》を、撃滅する!」
大質量兵器へと《モリビトシンス》が左肩よりRシェルソードを抜き放つ。刃が灼熱を帯びた瞬間、熱源がレーダー網を震わせた。
緊急照準警告に《モリビトシンス》が後退する。先ほどまで機体があった暗礁空間をオレンジ色の光条が貫いていた。
「あれは……イクシオンフレームか」
二機のイクシオンフレームが急接近してくる。《イクシオンアルファ》、と名称が振られた機体がプレッシャーソードを発振させた。
「ここで邪魔を!」
Rシェルソードとプレッシャーソードが干渉波のスパークを広げる。
『邪魔はさせませんよ! 今度こそは撃墜します! その人機!』
「それは……こちらの台詞だ! 邪魔はさせない。《モリビトルナティック》は破壊する!」
『そんな事――させるわけないでしょ!』
もう一機が棍棒を赤く滾らせて振るい落とす。ゴロウが《クリオネルディバイダー》を稼働させ、その一撃を防御した。
一撃の重さに機体が傾ぐ。
「二機がかりで……!」
『それくらい、今の局面は大事なんですよ。モリビト程度に後れを取るわけにはいかない!』
「何故だ! 貴様らとて、地上が火の海になれば終わりのはず!」
『それが認識不足なんですよ。天使には! 地上の災いは無縁なのですから! むしろその時こそ、導きの時は訪れる!』
「傲慢な……」
『ねぇっ! 熱いのよ! 身体がねぇっ! 応えてよ、モリビトがさぁッ!』
《イクシオンガンマ》の間断のない攻撃に《モリビトシンス》を下がらせようとしてゴロウが警告する。
『いけない。このままイクシオンフレーム二機にこだわり過ぎれば、阻止限界点を超えるぞ』
「そうならないために……ここまで来た! 私達は、潰えるために戦っているわけではない!」
《モリビトルナティック》が着々と迫ってくる。鉄菜は推進装置を全開に設定して、上方へと逃れた。
その一瞬の隙を突き、《モリビトルナティック》へと照準する。
「エクステンドチャージ、起動!」
黄金に染まった《モリビトシンス》が右側の盾を突きつける。燐光を棚引かせた機体が、高出力の刃を向けた。
「エクステンド――ディバイダー!」
《クリオネルディバイダー》が赤く煮え滾り、灼熱の光刃が《モリビトルナティック》へと突き刺さりかけた。
しかし、その刃の切っ先は僅かに逸れる。
『《イクシオンガンマ》が……! データにあった雷撃のファントムか……』
忌々しげに口にしたゴロウの言葉が消える前に、格段の速度で跳ね上がった《イクシオンガンマ》が棍棒を振るい上げる。
『墜ちろぉッ!』
「させるわけには……私は! ここで消えるような覚悟はしていない! 潰えるのは、私ではないはずだ!」
棍棒とRシェルソードが打ち合い、衝撃に双方が砕け散る。
『鉄菜、これ以上時間はかけられないぞ。《モリビトルナティック》の機関部へと照準しなければ……』
「破壊は難しい、か。だがそれでも! 私は!」
『ライジング――ファントム!』
跳ね上がった《イクシオンガンマ》が熱した棍棒を《モリビトシンス》へと叩き込もうとする。鉄菜は咄嗟に《クリオネルディバイダー》の接続を解除した。
『何を……、鉄菜?』
「……こんなところで、立ち止まっていられない。私は! 生き残ると決めた! 約束したんだ! なら、応えるのがモリビトの執行者だ!」
《クリオネルディバイダー》よりグリップが伸長する。接続を解除された盾をそのまま剣のように振るい上げる。
《イクシオンアルファ》が急速に射程圏より逃れていく。
『いけません! アルマロス! 近づき過ぎれば……!』
『ここで! だって序列五位なのよ! アムニスの天使がァっ!』
《イクシオンガンマ》の棍棒とぶつかり合ったのは灼熱の剣閃。エクステンドディバイダーの剣が装甲を融かし、《イクシオンガンマ》の両腕を溶断する。
『負ける? こっちが押し負けるって?』
鉄菜が腹腔から雄叫びを上げる。
「エクステンド、ディバイダーソード!」
打ち下ろした勢いをそのままに巨大な光芒が《モリビトルナティック》ごと《イクシオンガンマ》を引き剥がしていく。
《イクシオンガンマ》の頭部が緊急射出され、操主が逃れたのを確認するのも惜しい。
そのまま振り抜いた《モリビトシンス》が剣閃を薙ぎ払う。
十字の断絶が《モリビトルナティック》を打ち砕いていた。機関部に引火した大質量兵器が内側より爆ぜた。
粉砕された機体が拡散する輝きに呑まれ、暗礁の宇宙に溶けていく。
鉄菜は打ち下ろした姿勢のまま肩を荒立たせていた。
「……倒した、か」
『待て。大質量兵器の落下物の軌道を計算する。物によっては破壊しなければならないかもしれない……、鉄菜! 直上だ!』
ゴロウの声に鉄菜は慌ててアームレイカーを引く。常闇を掻っ切ったのは巨大なリバウンドの太刀であった。
巨大人機がその体躯に似合わぬ速度で肉迫し、《モリビトシンス》を押し退けていく。
「この機体は! ゴロウ、照合データは?」
『なんて事だ……。相手はキリビトタイプ……、《キリビトアカシャ》であったか……』
『覚えてもらって光栄だな、モリビトの操主!』
《キリビトアカシャ》が中央に収まる制圧モジュールから片腕を突き上げ、鉤爪から雷撃が放たれる。緑色のリバウンド力場に鉄菜は《クリオネルディバイダー》を右腕に接続し直そうとしてエラーが眼前に現れた。
「エラー? まさか、《クリオネルディバイダー》が……」
『待ってくれ。接続エラーは一時的なもののはず。鉄菜、今は逃げ切れば……』
『遅い! その機体、どこまでも!』
リバウンドの稲光が緑色の檻となる。《モリビトシンス》は絡め取られた形だ。
アームレイカーを引く鉄菜は《キリビトアカシャ》から伝達された通信に震撼する。
『どう出る? モリビトの最新型と言っても、キリビトには敵うまい!』
「そのキリビト……どこで造り上げた!」
『まだだ……安定接続まで残り三分……』
あまりに時間がかかり過ぎてしまう。鉄菜は《モリビトシンス》が完全に拘束されたのを目にしていた。緑色の電磁が四肢を縛る。
軋む機体が今にも空中分解寸前なのを伝えた。
『気になる、か。だが、《キリビトアカシャ》は別次元だよ。六年前の《キリビトエルダー》などとは物が違う。その域、既に神域と知れ!』
「まだなのか……、《クリオネルディバイダー》の接続は?」
『もう少しだが……このままでは分解するぞ!』
『墜ちろ、モリビト!』
電撃の拘束具が機体の内側まで沁み込んでくる。痺れた機体が震え、《モリビトシンス》が悲鳴を上げた。
――ここで潰えるのか?
疑念が脳裏を過ぎる。
せっかく《モリビトルナティック》を撃墜したのに、ここで終わるのか? 何も成せずに、何者にも成れずに。
何かのために、誰かのためにでもない。自分自身のための人生を描けずに――。
「……私は、今まで何かのために生きてきたつもりだった……」
『鉄菜? 何を言っている?』
「だが、それは真の意味で、生きているのとは違ったんだ。使命に生き、何者かに成ろうとした。鉄菜・ノヴァリスと言う名の楔に繋がれていたのは私自身だ。私は……何にも成れないまま終わりたくない。私は……こんな私でも、人並みになりたい。そうだ……人間に……成りたかった……」
どうして、こんな時に望みが、願いが鎌首をもたげるのか。
自分の真の望みなんてないほうがいいのに。この身はただの破壊者。何者にも成れぬまま、壊していくしか出来ないと思い込んでいたのに。
桃が、瑞葉が、ニナイが、茉莉花が、《ゴフェル》のみんなが……自分に生きる価値をくれた。自分がただの破壊者ではないのだと教えてくれた。
ならば、それに報いたい。戦いだけではない。その先の未来を生き延びるのが、正しいのならば。
「私は……未来に生きたいんだ! だから、そのためだろう! 《モリビトシンス》、お願いだ! 応えてくれ!」
緑色の眼窩が煌めき、《モリビトシンス》が両腕を引き込む。拘束の電撃が膂力に引っ張られた。
『まさか? モリビトの性能なんて、《キリビトアカシャ》に比べれば……』
「そうだとも……確かに塵芥かもしれない。だが! 私と《モリビトシンス》は! ここだけにしかいない。ここだけなんだ! だから、モリビト!」
再び黄金の息吹が宿り、エクステンドチャージが閾値に達した機体を更なる高みへと導こうとする。
『させると思っているのか! ハイリバウンドプレッシャー、発射準備!』
緑色の雷光が中央に寄り集まり、中心モジュールが手を繰った。それに従い、雷撃の光芒が集約されていく。
『鉄菜! 接続完了! 行けるぞ!』
弾けた声音に鉄菜はアームレイカーを払う。片腕の拘束を引き千切り、《モリビトシンス》が振り返り様の斬撃を見舞っていた。
「断ち切る。Rディバイダー、ソード!」
《クリオネルディバイダー》より引き抜いた剣がリバウンドの光刃を発生させ、《キリビトアカシャ》へと突き刺さる。
その剣閃を敵は皮膜で弾き返した。
『馬鹿が! レベルが違う!』
Rディバイダーソードの切っ先が霧散するかに思われた一瞬。エクステンドチャージの輝きが凝縮し、再接続した《クリオネルディバイダー》が赤く煮え滾った。
「……エクステンド――」
『まずい……。急速離脱する! 分離機動!』
中央の構築モジュールが分離した瞬間、ハイリバウンドの波が押し寄せた。それと同時に《クリオネルディバイダー》が灼熱を放出する。
「ディバイダー!」
放出されたリバウンドの光線が一振りの刃となりハイリバウンドの瀑布を引き裂く。
《キリビトアカシャ》の鉤爪の四肢が砕け散り、中央部へと突き刺さった。打ち砕かれた機体が爆散に抱かれる。
『……撃ち過ぎた、な。瑞葉が乗っていなかったのは不幸中の幸いか……』
ゴロウの口にした通り、《クリオネルディバイダー》は過負荷で灰色に煤けていた。内側に操主がいれば余剰熱で死んでいただろう。
放った余波で《モリビトシンス》が流れていく。鉄菜はゴロウへと問い返した。
「……あとどれくらいだ?」
『《クリオネルディバイダー》の機能を復元させるのには、三十分はかかる。この状態で仕掛けられれば……』
まずい、と口走った途端、急速熱源が無数に迫った。
息を呑んだ鉄菜はこちらへと編隊を組む《スロウストウジャ弐式》部隊を視野に入れる。
「……応戦は」
『Rシェルソードも、Rディバイダーソードも捨てた。勝てる手立てはない』
「……大人しく拘束されろとでも」
『落ち着くんだ、鉄菜。手立てを探している。今、必死に』
「無駄だ。ここで敵を打ち倒す。《モリビトシンス》!」
だが、火器もほとんど積まれていないこの人機で如何にするというのか。急接近した《スロウストウジャ弐式》に唾を飲み下した直後、相手の編隊は驚くべき挙動に出た。
なんと、息がかかるほどの至近にまで迫りながら、そのまま通り過ぎたのである。
その接触回線が耳朶を打った。
『《スロウストウジャ弐式》編隊! 逃げ回るモリビトを追うぞ!』
「逃げ回る……? 私は……一瞬も逃げていないのに……」
敵人機編隊が抜けていく中、秘匿回線が接続された。その回線の暗号コードにゴロウが絶句する。
『まさか……これはバベルの……』
バベルの暗号化コード。六年前には幾度となく使用したそのコードの接続要請に、鉄菜は怯えながら接続した。
直後、世界に是非を問うた男の顔が映し出される。
『……貴様は』
「エホバ……、いいや。ヒイラギ」
『覚えていたか。鉄菜・ノヴァリス。いいや……こう言ったほうがいいか。モリビトの執行者』
「分かっていたのか」
『六年前から分かっていたわけでもないさ。だが、あの日……コミューンを襲ったテロで死んだわけではないのは確信していたよ』
「お前は……燐華・クサカベをけしかけた」
『誤解だ……と言い切れないな。彼女は望んで軍属になった』
「貴様……」
エホバは通信の向こう側で頭を振る。
『今は、そのような場合でもないだろう。《モリビトシンス》……なるほど、いい機体だ』
一瞬にして機体情報を照合された事に、鉄菜は息を呑む。
「バベルか……」
『恐ろしいとは思わないかな? バベル……地下都市、ソドムでレギオンの中枢がこの六年間の支配のために使い尽くした。全ては群体が、支配を完全なものとするために。彼らは無数であるがゆえに強靭であり、そして無敵であった。だが……その多くは非常に傲慢であり、結局は支配特権層の頭を挿げ替えただけであった』
「それは……この状態で必要な演説か?」
『理解してはもらいたいんだ。バベルがなければ《モリビトシンス》は今頃、宇宙の藻屑だよ』
優位は保ちたいという方便か。鉄菜はエホバを睨み据える。
「……何がしたい? 何のために、世界を敵に回した?」
『……君らと同じ理由だよ。この世界に、僕はもう絶望したんだ。僕はね、死なないように造られた……いわば君達の試作型、不老不死の身体を戯れで与えられ、そしてこの世界の行く末を直視させられた。僕は全てを見据えるために神を気取った者達によってこの肉体を与えられたんだ。バベルへの接続優先権と共に』
「世界に絶望した、と言ったな? だがそれは、どうして百五十年の静謐になったんだ」
問いかけにエホバは冷静に返す。
『どうして、かな。多分、どこかで期待もしていたんだと思う。人間には救いようもある、とでも。だが、結局はなかった。燐華……彼女は苦しみ、足掻き、その末に何もかもを信じられなくなった。一人の少女も救えないで、何が神か。何が……万能の存在か。僕なりの贖罪なんだ、これは』
「贖罪……贖罪だと? だったら何故! アンヘルの跳梁跋扈を許した! 今の世界の混沌を作り上げたのは、お前も同じだ。傍観者を気取って、誰かのせいにしたいだけだ! お前は、世界を見守る事に絶望したんじゃない! 世界をこれ以上、観続ける事に怯えた臆病者だ!」
自分でもどうしてここまで吼えられたのか分からない。だが、ここで言わなければ。間違っているのだと言い続けなければ、それは意味を持たないのだと。
どうしてだか、この確信めいた声を響かせられたのは、自分だけの力ではない。ここまで来られたのは、決して独りの能力ではないのだ。
『……言うね。確かに、一面ではその通りなのかもしれない。僕は結局、怯えた負け犬。だが負け犬なりの矜持はある。世界を変えたいんだ。協力してもらえるかな? 鉄菜・ノヴァリス。ブルブラッドキャリアに』
『まさか……、ブルブラッドキャリアでさえも利用すると言うのか、貴様は』
ゴロウのうろたえ気味の声音にエホバは微笑む。
『世界全てを愛するというのを標榜したラヴァーズでさえも君達は仲間にしてのけた。ならば、これくらい、呑めない要求ではないと思うのだが』
ここでの選択肢は自分に振られているのだろうか。鉄菜は考えかけて、否、とアームレイカーを握り締める。
「だったら今まで何で、世界をよくしようと思わなかった? ちょっとでも世界を変えてやろうと思えば出来たはずだ。バベルの事も、アンヘルも、ブルブラッドキャリアも! 静観してきたのは何でなんだ! ヒイラギ!」
『よりよい道を選ぼうとするのならば、それには代償が付き纏う。それを選り分けるだけの審美眼も。僕は、あえて黙っていた。あえて、静観をよしとしたんだ。理由は分かるかな? それは君達そのものの自浄作用を期待していた。ヒトは、ヒト同士で分かり合えるのだと、どこかで過大評価していたんだ。それが……どれほどに愚かしい道を作り出してしまったのか、今は後悔しているとも』
「後悔? 後悔だって? そんなもの、だから何だって言うんだ! 懺悔が許されるのはヒトだけだ! お前は、ヒトですらない!」
『……鉄菜・ノヴァリス。愚かしいとは言わない。だが話を聞くといい。今の君を、ちょっとばかし敵兵の眼から逃れさせているのは僕の力だ。熱源関知センサーにモリビトを晒してもいい』
「そういう器量だろう、貴様は。私は戦っても構わない。最後の一滴になるまで、戦い、生き延びてみせる!」
こちらの強い語調にエホバは一拍挟み、やがて乾いた拍手を浮かべた。
『……合格だよ。試して悪かったね。ここで僕の言葉振りに乗るかどうか、ちょっとだけ見てみたかったんだ。世界を変えるのだと豪語したブルブラッドキャリアの、覚悟、というものを』
「生憎だな。私の姿勢は変わらない」
『そのようだ。六年前と変わらぬ精神性。だが、どこかで君は人らしくなったね。あの時になかった眼差しになっている』
「おべっかはいい。本題に入れ」
エホバはマップデータを送信する。受信したゴロウが疑問符を浮かべた。
『これは……どういう事だ? 大陸のど真ん中に何が……』
『そこに地下都市ソドムがある』
思わぬ言葉に鉄菜は絶句する。
「何、だって……」
『僕はエホバだ。既にレギオンの中枢は掴んでいる。このマップデータを、僕は戦士達に譲渡するつもりだ』
「戦士? アンヘルか……」
その疑問にエホバはやんわりと首を横に振る。
『いや、アンヘルではない。既に、この世界より取りこぼされた者達の居場所は掴んでいる。彼らに立ち上がってもらう』
『鉄菜。マップデータを同期した他の機体の情報が流されてきている。これは……旧ゾル国のコミューンに、……それに反抗コミューンのレジスタンスにも』
世界中のあらゆる地点にエホバは闘争の芽を撒いた。それだけでも相当な事実だが、この情報はある一面を示していた。
――エホバは自由自在に情報を操れる。それも自分の都合のいいように偽装して。
自分が矢面に立って《ゴフェル》より早くこの情報を得なければ、ともすればまかり間違った方向に進んでいたかもしれない。
そう考えるだけで怖気が走る。
『協力を。してもらえると助かる。これは純粋なお願いだ。モリビト……特にその両盾の機体はこれから先の戦局を切り拓く糧となるだろう。充分にこちらでは吟味している』
『それは我々が決める事だ』
応じたゴロウに鉄菜は言葉を相乗させる。
「私も、同じ考えだ。情報があるからと言って踊らされたのでは結局変わらない」
『いいとも。君達の好きなように解釈するといい。ただし、情報を与えたという事はそれ相応の見返りを要求しているという事。分かってもらいたいものだね』
「変わらないのか、お前は。結局、他者に……、誰かの戦いに期待して」
『……変わるのならば、こんな百五十年の静寂をよしとしていない。君達は変わらなかった。それが事実だ』
「ゴロウ。《モリビトシンス》で地上へと降りる! 旧ゾル国とレジスタンスコミューンがレギオンを掃討する前に、私がレギオンを倒す!」
《モリビトシンス》を駆動させかけて、鉄菜は息を呑んだ。
惑星を覆う虹の皮膜が先ほどまでよりも強化されている。虹の上に虹が塗り固められ、唯一空いていた穴でさえも塞がれてしまった。
『させると思っているのか? リバウンドフィールド発生装置に働きかけ、プラネットシェルを実行に移した。元々、プラネットシェル計画は君達、追放者を二度と星に戻さないためにあったんだが、こうして利用出来る』
「……ヒイラギ、お前は! 何を求めている! 何のために、ここまでやってのけた!」
『……僕は僕だ。言ったろ? 絶望したって。なら、見せてくれよ。人間がどこまで汚くなれるのか。どこまで醜悪な本性を晒すのか。悲劇は止まない。苦しみは終わらない。ヒトは、これから贖罪の道を歩む。そのための、大きな痛手だ』
「それを決めるのは、お前じゃない!」
『さよならだ、鉄菜・ノヴァリス。君は二度と、仲間達には会えない』
エホバの通信が切られる。ゴロウに問いかける眼差しを振ったが、彼は残念そうに目を伏せた。
『逆探知はやはり無理だったな。だが、示された地点に本当に、地下都市ソドムがあるのだとすれば、一気呵成に攻め立てれば陥落は可能かもしれない』
「レギオンの支配からの脱却。……だがヒイラギは、私達だけではないと言っていた」
『そこが気にかかるポイントだな。我々だけではなく……いや、ともすれば我々以上にレギオン崩壊へのシナリオを描けるだけの存在がいるというのか。この星に……』
ゴロウの呟きに、鉄菜は《クリオネルディバイダー》との接続を確かめる。
「いずれにせよ、再突入するまでには時間が必要だ。リバウンドフィールドを本気で破るのなら、エクステンドディバイダー何回分か……。この情報、《ゴフェル》には……」
『暗号通信で送ったが……敵の大隊との交戦中だ。何人が気づくかは……』
濁された答えに、これも賭けのようなものか、と諦観する。
争いを続ける人類に絶望し、遂にその手を振るう事を決めた男――エホバ。彼は何を見てきたのだろう。
何のために、今まで生きてきたというのだろうか。
その生には無意味ではないという証明のために、彼は生き永らえ、悠久の時を超えて反逆した。
造物主達の傲慢さもそのままに、彼は神を気取り、世界を変えようとしている。それが正しい正しくないの議論は棚上げして。
「……こんな事が正しいのだと、思いたくないだけなのかもしれないな。私は」
呟いた鉄菜は星の向こう側で黎明の輝きが浮かび上がったのを目にしていた。