ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯286 愚かでも

 

 緑色の稲光が天地を縫い止める。

 

 一部の重量子爆弾に引火し、青い爆風が押し広がった。

 

『瑞葉!』

 

《カエルムロンド》が傾ぎ、風圧に吹き飛ばされかける。人機から離れた身体を受け止めたのは、タカフミの《スロウストウジャ是式》であった。

 

 減殺フィルターでも殺し切れない光の瀑布がヘルメットに焼き付く。

 

「こんな事が……こんな事が……!」

 

 起爆するブルブラッド重量子爆弾に《スロウストウジャ是式》が直上の敵を睨む。

 

『……あれは……キリビト?』

 

 キリビトタイプが片腕を開き、緑色の雷光を球体に練り上げる。

 

『《キリビトアカシャ》、コアモード。ブルブラッドキャリアのモリビトと合見えるかと思えば……、何だ、アンヘルの人機に、ロンドモドキか』

 

 その腕が雷撃を纏ったのを目にし、《スロウストウジャ是式》が直下に抜ける。

 

『ゴルゴダを用意出来ないのは惜しいが、我々アムニスの考えは少し違ってね。重要な爆弾は、一個だけでいい。我が方には切り札が一個だけある。それでこそ、意味を成すんだ。消えてもらおうか、世界に仇成す敵は』

 

《スロウストウジャ是式》が《キリビトアカシャ》へとプレッシャーライフルを引き絞る。相手はリバウンドの皮膜で弾き返した。

 

『……どういうつもりかな? 確か……アイザワ大尉と言ったか』

 

「アイザワ……」

 

《スロウストウジャ是式》が眼光を煌めかせる。

 

『悪いが……この爆弾の栽培地は決して、正義だとは思えない。おれは……昔から馬鹿だからさ。何が正しいとか、何が間違っているとか、そういうの、頭悪いから分からないんだよ。少佐なら、こういう時、何に従えって言うのは分かり切っているんだけれどな』

 

『リックベイ・サカグチ少佐の事かい? そうだね、彼ならば、賢明な判断をするだろう』

 

『ああ、少佐なら、こうするはずだ』

 

 プレッシャーライフルの一射が爆弾の栽培地へと撃ち込まれかける。それを《キリビトアカシャ》が命中寸前で吸収させた。

 

『……失礼。何の真似かな』

 

『言ったろ。少佐ならこうするって。あの人は分かっている。正義とか、大義とか、そういう事じゃない。自分の中の、心に従うんだって。心の赴く先にあるものに従えっていうんなら、おれはこの景色を是と言えない。《キリビトアカシャ》、だったか。お前が阻むって言うんなら、全力で立ち向かうまでだ!』

 

『……理解出来ないな。君は軍属のはずだ。その手にいる……ブルブラッドキャリアの手先を握りつぶすほうがよっぽど賢明だと思うが』

 

『悪いな。惚れた女を殺すような外道、おれは成れないからよ』

 

「アイザワ……お前は……」

 

『瑞葉……お前がどうして、ブルブラッドキャリアにいるのか、そのロンドはどうしたのかだとか、そんな事はどうだっていい。……ああ、どうだっていいんだ。もう一度会えた。きっと、それだけで……』

 

 タカフミの感じ入ったかのような言葉に《キリビトアカシャ》が稲光を放つ。拡散した緑色の閃光が《スロウストウジャ是式》を阻んだ。

 

『人間風情が! 意気ってからに!』

 

『いくらでも吼えられるもんだ。男ってのはよ!』

 

《スロウストウジャ是式》が銀の実体剣を振るい上げ、《キリビトアカシャ》へと突き刺そうとする。敵機は上方へと逃れ、青い闇の中を漂った。

 

『嘗めるな! キリビトタイプだぞ……、こっちは!』

 

『だから何だって言うんだ? キリビトだろうがモリビトだろうが、今のおれを止められると思うなよ!』

 

 タカフミが片腕で自分を守りつつ、もう片方の腕で《キリビトアカシャ》へと間断のない斬撃を浴びせかける。《キリビトアカシャ》はこの空間に割って入った事でエネルギーを使い尽くしているのか、応戦の勢いは萎えていた。

 

『……上で戦いさえしなければ……、こんな雑魚……』

 

『そいつぁ、災難だったな。雑魚で結構!』

 

『ほざけ!』

 

《キリビトアカシャ》と《スロウストウジャ是式》がもつれ合い、相手人機の袖口からリバウンドの剣が出現する。

 

『太刀筋が甘いぜ! 零式抜刀術、壱の陣!』

 

 駆け抜けた刃が一瞬にして辻風を作り出し、《キリビトアカシャ》の鉄壁の装甲に爪痕をつけた。

 

『瑞葉!』

 

 相手が退いたほんの一瞬。《スロウストウジャ是式》のコックピットが開く。

 

 まさか迎えてもらえるとは思っていなかった。瑞葉は何日振りかの恋人の面持ちに覚えず頬を伝う熱を止められなかった。

 

「アイザワぁっ!」

 

「瑞葉……ようやく……ようやく会えた……。ゴメンな、遅くなっちまって……」

 

「まったくだ……。時間に遅れるのはいっつもだな。アイザワは」

 

「言うなよ。ほら! 手を!」

 

 伸ばされた手に瑞葉は飛び込もうとして、プレッシャーの雷光が空間を満たしたのを視野に入れた。

 

 敵機が全身から稲妻を放出し、燻る緑の輝きを片腕に凝縮する。

 

『ふざけるな……よ、人間が! 我が名はメタトロン! アムニスが序列一位の天使!』

 

《キリビトアカシャ》の片腕が黒々とした球体を編み出す。その兵器に、瑞葉は見覚えがあった。

 

「あれは……、《キリビトプロト》の質量吸収兵器と同じ……!」

 

「何だって言うんだ!」

 

『断罪だ。愚民よ。ここで貴様らは断ち切られる。《キリビトアカシャ》、Rアナイアレイター――』

 

「いけない! 離れろ! アイザワ!」

 

 この戦闘域から離れなくては。自分もタカフミも諸共、爆発に巻き込まれて死に絶えるであろう。いや、それならばまだいい。キリビトの禁断の兵器が生み出す破壊力は予測不能だ。

 

 何が起こるのかまるで分からない恐怖に、タカフミが応じる声を出していた。

 

「大丈夫だ。愛する人にまた会えた。それでいい。……おれの人生は、きっとそれでいいんだ」

 

「……アイザワ?」

 

 タカフミが人機の腰に提げた脱出用のコンテナへと自分を入れる。このコンテナはブルーガーデンの強固な代物であった。どのような熱も、攻撃も通さない、鉄壁。その代わりに、こちらの言葉は届かない。

 

 瑞葉は必死にコンテナを叩いた。

 

「アイザワ! アイザワっ! せっかく……せっかくまた会えたのに……こんな……」

 

 人並みになれると思っていた。だというのに、誓った愛情でさえも、世界の残酷さの前では無意味なのか。

 

 どれほどヒトであろうと、焦がれても機械天使は機械天使のままだというのか。

 

『ブレード!』

 

《キリビトアカシャ》の放ったのは赤黒いリバウンド刃であった。瞬く間に膨張した質量が一点に凝縮され、《スロウストウジャ是式》の肩口を貫く。

 

『取ったァっ!』

 

 着弾点から収縮が始まる。ブラックホールのように命中した箇所から《スロウストウジャ是式》が吸い込まれていく。

 

 全ての質量を灰塵に帰そうとする《キリビトアカシャ》に、《スロウストウジャ是式》はその刃を掴み取った。

 

『取ったのは……こっちの台詞だぜ。キリビト野郎!』

 

『何だと!』

 

 タカフミの考えている事は分かる。自分でもそうするであろう選択だ。だからこそ、コンテナを叩いて止めたかった。それは、だって……。

 

「アイザワ! 行かないでくれ! 傍に……いて欲しいんだ」

 

 声が届かないのは分かっている。もう、彼の声を聞く事が恐らくはない事も。

 

『《キリビトアカシャ》、因果は終わりにしようぜ。零式抜刀術、奥義!』

 

 銀色の太刀が拡張し、内側から押し広がったのはリバウンドの波であった。オレンジ色のリバウンド刃を帯びた剣を《スロウストウジャ是式》は振るう。

 

 下段に構えた姿勢のまま、機体が突き進んだ。

 

 当然、相手の吸収攻撃も続行されている。片腕が削がれ、遂には機体中心部までその切っ先が迫った。

 

『お前がおれを吸い尽くす前に、この一太刀で決める! 零の禊!』

 

 打ち上げた一閃が《キリビトアカシャ》を掻っ切った。その太刀筋へともう一閃、重ねる。さらに突き上げた一撃が《キリビトアカシャ》を追い込んでいく。

 

『人間、風情がァッ!』

 

『そうさ! 人間風情だとも。だがな、言っておくぜ。だからこそ――強い!』

 

 二の太刀、三の太刀が《キリビトアカシャ》をバラバラに打ち砕く。敵は剣閃を受け止めようとしたが、その速度はあまりにも緩慢。《スロウストウジャ是式》が推進剤を全開に設定し、《キリビトアカシャ》を質量で突き飛ばす。

 

 迫った機体頭部で、何とヘッドバットを決めてみせた。

 

 人機同士の鋼鉄の頭部がぶつかり合い、火花が一瞬だけ散る。

 

 亀裂の走った《スロウストウジャ是式》がアイカメラを煌かせた。《キリビトアカシャ》がもう一方の腕にリバウンドエネルギーを凝縮し、そのまま幾何学の軌道を描かせる。

 

『貫け!』

 

『それは……こっちの台詞だ!』

 

《キリビトアカシャ》の弾道を《スロウストウジャ是式》は打ち落としていく。しかし、その間にも侵食は止まらない。次々にブラックホールに吸い込まれ、塵に還っていく《スロウストウジャ是式》が刃を打ち下ろし、《キリビトアカシャ》の腕を寸断する。

 

 最早、半身は消え失せた。

 

 それでも止まらぬ意地に、敵操主が吼える。

 

『何がある? そこまでして、何が貴様にはあると言うんだ! アンヘルの人間だろうに! 誉れは逆賊の死ではないのか!』

 

『逆賊ぅ? ……そうさな。逆賊を殺し、追い詰め、その末に勝利を掴み取る。それがアンヘルの流儀だろうさ』

 

『ならば何故! 何故、象徴たるキリビトに刃を向ける』

 

 その問いに《スロウストウジャ是式》は切っ先を突きつけた。

 

『勘違いすんなよ、天使野郎。神様だか仏様だか知らないが、おれには今! 知ったこっちゃねぇっ! 愛した女一人守れないで、何が虐殺天使だよ、笑わせる。百を殺すより、おれは愛する一を生かす! そう決めただけの、愚か者だって話だ!』

 

 

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