ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯308 綺麗ごとの戦地

「酷い状態ですよ」

 

 そうこぼした整備班に、桃は回収された《モリビトシンス》を仰いでいた。

 

 機体装甲がほとんど全て黒ずんでおり、青と銀の美しさは見る影もない。煤けた装甲版が熱で捲れ上がり、分解寸前であった。

 

「よくもまぁ、これで降りてきたわね」

 

「ログをチェックしました。……驚きましたよ。エクステンドチャージを使って無理やりリバウンドフィールドを超えてきたって言うんですから。そりゃ、機体もガタが来る」

 

「……もう、無理なの?」

 

「抜本的な改修作業が必要ですね。《クリオネルディバイダー》一基では逆に過負荷になる。新しい強化プランがないと」

 

「……正直なところ、それ《ナインライヴス》も、《イドラオルガノン》も、なのよね?」

 

「ええ、嘘は言わないでおくと、そうなりますね。《ナインライヴス》はもうほとんど予備パーツもない。次に《ラーストウジャイザナミ》相手と立ち会えばもう危ないですよ。それに、《イドラオルガノン》も。……《イドラオルガノンジェミニ》だけじゃ、通常人機にも劣る」

 

「……やっぱり、あの機体は本体がないと……」

 

 しかし、《イドラオルガノン》本体はもう永遠に失われたに等しいだろう。林檎が戻ってくる確率はゼロに近い。

 

「……他の戦力は? 《カエルムロンド》と《ジーク》、だっけ?」

 

 歩きながら、桃はその二機の下へと案内される。二機の下で整備班長とタカフミが言い争いをしていた。

 

 何を、と耳を傾けると、タカフミが怒鳴る。

 

「だから! 分かんない人だな、あんたも! 《ジーク》はこのままでいいって! 直すところなんてないだろ?」

 

「あんまし、俺らの流儀に口出さないでもらえますかね、仕官殿! 《ジーク》だってほとんど性能限界なんだ! 改修するに決まっているでしょう!」

 

「使いにくくなったらどうするんだよ!」

 

「使いにくく? 少なくともアンヘルや連邦よりかは使いやすくする自信がありますよ!」

 

「だったら! どうとでも直せよ! ただし、おれの零式を活かすようにしてくれよな!」

 

「ええ! 直しますとも!」

 

 売り言葉に買い言葉とはこの事か。一しきり言い合った二人は離れ際、こちらに気づいたようであった。

 

「……ああ、ピンクのモリビトの」

 

「……アイザワ大尉、でしたっけ」

 

「もう士官階級なんて意味ないだろ。タメ口でいいって」

 

「……では。《ジーク》、まだ乗られるんですか?」

 

「だからタメでいいって。ああ、うん。せっかく部隊が取り計らってくれた《スロウストウジャ是式》を、そう簡単に乗り換えたくないってのもあるんだ。おれの機体だからな」

 

 自分の機体。それに誇りを持っている口調であった。

 

「瑞葉さんは……」

 

「瑞葉はクロナとか言うのと一緒だろ? ……おれ、びっくりしちまったよ。六年前の青いモリビトに乗っていたのってあのクロナなのか?」

 

「ええ……はい。《シルヴァリンク》の操主でした」

 

「マジか……。こんな事言うと不服かもしれないけれど、おれ、何度かあれと戦ったんだ」

 

 それは、当たり前だろう。六年前は世界全てが自分達の敵であった。連邦勢力に今は属しているタカフミが当時、どの陣営であったのかは不明だが、それでもモリビトと矛を交えなかった理由はない。

 

「それは……そうでしょうけれど」

 

「でも、一度も勝てなかったなぁ。それが今じゃ……まるでこのブルブラッドキャリアの中心だろ? すげぇよな。剣の立ち振る舞い自体は未熟って少佐は言っていたけれど、人間としちゃ充分だよ」

 

「人間としては……ですか」

 

 含むような言い草になっていたからだろう。タカフミは明らかに怪訝そうになった。

 

「……何だ、その微妙な感じ。あいつは人間だろ?」

 

 事情を、鉄菜のいないところで話すべきだろうか。逡巡したのも一瞬、桃は口火を切っていた。

 

「クロは……人造血続なんです。造られた人間、と言えば分かりやすいかと」

 

「血続なんて、アンヘルの面子はみんな血続だ。別段、珍しくもない」

 

「でも、人造種で……」

 

「あのさ、あんまし綺麗事も言いたくはないんだけれど、人造種だとか、自然だとか、そういうのって意味あるのか? おれは正直なところ、ないと思うんだよな。クロナ、とかいうのは人造血続だから強いわけじゃないだろ? あの戦い振りですぐ分かったよ。こいつは、ここが強いんだって」

 

 タカフミが拳を左胸に当てる。その佇まいを、桃は真似た。

 

「ハートが……?」

 

「そう、ハートが強い。だから、《イザナギ》相手にも劣らない戦いが出来た。正直、さ。おれ、ビビッちまっていたんだ。怖かったんだよ。あの機体が……」

 

 思わぬ発言であった。タカフミは恐れ知らずだとばかり思っていたからだ。

 

「……意外、ですね」

 

「そうか? でも、あいつは……また戦わなくっちゃいけないんだろうな。零式抜刀術を受け継いだ、使命って奴だ」

 

「使命……ですか」

 

「ああ! せっかく少佐から引き継いだ。……でもその少佐も、何だってアンヘル側に……。分からない事だらけだな。でも今はいいんだ。瑞葉がいる。それだけでいいと思える」

 

 どこか、桃はこの男の精神をはかりかねていた。不安を口にしたかと思えば、次の瞬間には戦士の面持ちで自信を口にする。

 

 どちらが彼の本当の顔なのか、まるで分からない。

 

「……瑞葉さんとは、どこで?」

 

「えっ……それは……まぁ、戦場だよな。嫌な話、そうでもしないとあいつとは会えなかった。でも今はそれでいいと思っているんだ。戦場でも、舞踏会でもいい。どこで会っても、おれは瑞葉を好きになっていただろうからさ」

 

 どうして、そこまで一途なのだろう。桃はふとこぼしていた。

 

「……羨ましいな」

 

「何がだ? お前らだってなりふり構っていないし、前を向いているだろ。別に他人の色恋沙汰にいちいち首突っ込んでいる時間もないだろうし」

 

「……そりゃ、そうですけれど」

 

 それでも、瑞葉は元々、生態兵器であった。鉄菜も同じような境遇だ。

 

 その二人が、道さえ違えば全く別の先を見据えられた。その因果に桃は歯噛みする。

 

 自分では、鉄菜を真っ当な道に戻す事は出来ないのだろうか。

 

 それに、今もまた傷ついているであろう、蜜柑にかける言葉も見つからない。何を言っても空回りしそうで怖いのだ。

 

「なに? 雁首揃えて、珍しい事もあるものね」

 

 訪れたのは茉莉花であった。彼女はニナイとタキザワを引き連れている。丸まった状態のゴロウがタキザワに抱かれていた。

 

「……タカフミ・アイザワだっけ?」

 

「そうだけれど。おチビちゃん、ここは君のような女の子が来るところじゃ――」

 

 屈んで目線を合わせたタカフミへと、遠慮のない目つぶしが放たれる。転がって呻くタカフミを他所に茉莉花は状況を伝えた。

 

「……蜜柑・ミキタカより、戦意があるかどうかはもう尋ねておいたわ。桃、あなたの仕事は一つ減った。いえ、これは喜ぶべき事ではないのかもしれないけれど」

 

 意外であった。茉莉花は精神面に関しては頓着しないとばかり思っていたのだ。

 

 それを読まれたのか、茉莉花は不貞腐れたように目を背ける。

 

「なに? そんなに吾が気にかけたのが珍しい? ……操主姉妹が一人欠けたのよ。心配もする」

 

「それは……そうかもしれないけれど」

 

「《イドラオルガノンジェミニ》は待機。《モリビトシンス》と《ナインライヴスピューパ》で迎撃する。補助に《カエルムロンド》を重武装で甲板警護。そこに転がっている馬鹿男。あんたは《ジーク》で敵陣に突っ込みなさい。出来るだけ派手に、ね」

 

「お、おう……」

 

 言葉もないのか、タカフミも気圧されているようであった。

 

「でも、敵も総力戦の構えなのよ? どうやって突破するって言うの?」

 

「……当てがある、という言い方には語弊があるけれど、ここはラヴァーズの戦力を借りましょう。敵は相当に疲弊しているはず。加えて、敵は吾らだけではない」

 

「……エホバ、ね」

 

 首肯した茉莉花は、端末を取り出して先を続ける。

 

「エホバの位置情報も未だに不明。バベルを相手も使っているのだから位置情報なんて当てにならないかもね。まぁ、そもそもの問題、我が方はどれだけうまく立ち回ってもエホバを追撃する余裕なんてないんだけれど」

 

「……まずは目の前の敵を払う」

 

「分かっているじゃない。生存率を上げるのが、目下の目標ね」

 

「でもよ、アンヘルとC連邦艦隊ってやっぱり、驚異的じゃないのか?」

 

 口を挟んだタカフミに茉莉花は舌打ちする。

 

「……そうね。元アンヘル兵士の言葉なら、素直に受け止めましょう」

 

「あんまし腐ってると、嫌われるぞ、ガキ」

 

「喧しいわね、馬鹿男。あなたはこの《ゴフェル》の何たるかを理解していないのよ。それでよく吼えられたものね」

 

 ニナイが歩み出て、ゴロウを端末に繋がせる。浮かび上がったのは敵艦隊勢力の予想合流図であった。

 

『敵艦は密集陣形を取って一点突破を狙ってくるだろう。ラヴァーズをほとんど無視し、《ゴフェル》のみに注力する形だ』

 

「これに、前の機体が前に出てくれば……」

 

 浮かべた思案に茉莉花は手を振る。

 

「いえ、その心配は要らないんじゃない? あの機体は出ないわよ」

 

「どうして言い切れるの?」

 

「それは――」

 

「あの黄金の力……多分機体に相当な負荷がかかっているはずだ。そんな数時間の休息だけでは冷却装置でさえも用意出来ないだろうし、それに元のガワは結局トウジャタイプ。多分、耐えられるようには出来ていない」

 

 台詞を奪ったタカフミがニヤリと笑う。茉莉花は彼女には珍しく地団駄を踏んだ。

 

「……とまぁ、そういう理屈よ。こちらでさえ運用に慎重を期すエクステンドチャージをそうそう連発されたら堪らないわ」

 

「つまり、突破すべきは連邦とアンヘルの集合艦隊。今までのような《スロウストウジャ弐式》部隊というわけ」

 

「……希望的観測も混じっているけれどね。でも《スロウストウジャ弐式》ならば、まだ勝機は見える。《モリビトシンス》のサードステージ案を実行させるわ。それで我々は行く」

 

 天井を指差した茉莉花にタカフミが呆然とした。

 

「上……宇宙か」

 

「月面に戻り、かねてより開発していたモリビトを受け取るわ。完全なる新型機、三機の新しいモリビトをね」

 

「新しい……モリビト……」

 

 それは《モリビトルナティック》落着時に月面で練られた計画であった。離反兵の半数は月に残る。その上で茉莉花の提示したモリビトの最新鋭機を開発する、という案だ。しかし、宇宙との交信は途絶えていたはず。

 

「開発が……間に合っていなかったら?」

 

「そういう時の事は考えない。そうでしょ? あなた達は」

 

 にべもない。桃は嘆息をついた。

 

「そうね。……今までもそうやって戦ってきた」

 

「それまでの間に合わせとして、サードステージ案を《モリビトシンス》に実行。不幸中の幸いとでも言うべきかしらね。《イドラオルガノン》の離反により予備パーツが余っている。これで《モリビトシンス》を強化するわ」

 

『実装可能なのは本当だ。その前に、敵が試算上の戦力かどうかが不明ではあるが』

 

「おれが出りゃいいんだろ?」

 

 片腕を捲り上げたタカフミに茉莉花は冷徹に告げる。

 

「そうね。精一杯、敵を引き寄せて、盛大に自爆でもしてもらえれば」

 

「かわいくないガキだぜ。でも、まぁ、最悪そうでもするさ」

 

 お互いに冗談とも呼べぬ言葉を吐きつつ、茉莉花は桃へと言葉を振った。

 

「敵は待ってくれない。すぐにでも迎撃準備に取り掛かる」

 

 身を翻しかけた茉莉花を、桃は呼び止めていた。

 

「待って! ……林檎に関しては、もう考えるな、と言いたいの?」

 

「……考えたって無駄でしょう? もう味方じゃないのよ」

 

「それでも! 蜜柑は心に傷を負ったわ。今の彼女を、どうにかしないと……!」

 

「じゃあどうにかして戦力になるの? ……戦えない兵士を慰撫している間にも敵は来るのよ。今は、戦う事だけ考えて」

 

 冷徹ながら現状を的確に捉えた言葉であった。立ち去り間際、ニナイは声にしていた。

 

「桃、分かって。これも何とかして生き延びるため。エホバとアンヘルを私達は決して過小評価していない。連邦だってそう。だから、今は、一秒でも生きる事を考えて。林檎と蜜柑の事は……後でどうにかしましょう」

 

「後で……そうやってアヤ姉を失ったんでしょ」

 

 言ってはならぬ事だと分かっていても、そう言わざるを得なかった。しかし、今は自分がかつてのニナイの立ち位置。彼女を責めるよりも、それは手痛い言葉となって自分に跳ね返ってきた。

 

「……失いたくない。それは分かるわ。争いたくないのも。でも、あの時はそうするしかなかった。今も、そうなのかもしれない。でも、六年前とは違う。鉄菜が、私達を引っ張ってくれている。あり得ないはずの出会いまで、生んでくれた」

 

 目線を向けられたタカフミが後頭部を掻く。

 

「いやぁ、まぁ、これも因縁って奴でしょ」

 

「そう、因縁なのかもね。憎んでも、憎しみは結局、虚しいだけ。恨んでも同じ事よ。負の感情は自分の足を竦ませるだけのもの」

 

「でも……だからって林檎の事を忘れられない。忘れられるわけないでしょ! そんな都合のいい話……!」

 

「そう、それは都合のいいだけの話。だから桃、あなたも見つけて。自分を責めなくてもいい、条件を」

 

「責めなくてもいい……条件」

 

「私は今のブルブラッドキャリアを継続させる、その認識を持って、彩芽を失った自責の念から、少しばかり逃れているわ。でも咎はいずれ受ける。そういう風に、自分を逃がしてあげればいい」

 

「……逃げたくないよ」

 

「桃は真面目だからね。だからと言って、背負い込み過ぎないで。私達はもう、一人一人がこの《ゴフェル》のクルーなんだから。欠いていい人員なんていないのよ」

 

 立ち去ったニナイの背中に、桃は言葉をかけ損ねていた。六年もの間、彩芽を失った後悔を抱えてきた背中。それを目の当たりにして、では自分はと問いかけても答えはまるで出なかったからだ。

 

 桃は拳を硬く握り締める。

 

「欠いていい人員なんていない。その綺麗事を、もっと早くに……言って欲しかった」

 

 

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