ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯326 願い、彼方へ

『何だ……。この白銀の瞬きは……。新たなる武装を顕現させたとでも言うのか! モリビト!』

 

「私はまだ……諦めるわけにはいかない。そのためならば! 何度だって刃を取る! だから、《モリビトシンスクリアディフェンダー》!」

 

 Rパイルソードを掲げた《モリビトシンス》が《イザナギ》を見下ろす。《イザナギ》はたじろいだかのように刀身を一旦下がらせた。

 

《モリビトシンス》の眼窩に青い輝きが宿り、打ち下ろされた一閃が白銀を帯びて《イザナギ》へと斜に突き刺さる。

 

 直撃を僅かに免れたのは相手の操主の技量か。血塊炉すれすれを引き裂いた一撃に敵操主の声が滲む。

 

『モリビトォッ!』

 

「私は、まだ死ねない。死ねないからこその意地だ。唸れ! 銀翼の――!」

 

 白銀の輝きが瞬時に黄昏色のエネルギー力場へと変位し、《イザナギ》へと狙いがつけられる。その照準に《イザナギ》が剣を払った。

 

『南無三!』

 

「アンシーリーコート!」

 

 射出されたRパイルソードそれそのものが質量の兵器となって《イザナギ》へと突き刺さる。《イザナギ》は刀で受けたものの、すぐにこちらを追いすがるほどの余力はない様子であった。

 

『クロ! 《キマイラ》がもう上昇に入る! 早く戻ってきて!』

 

 桃の叫びに鉄菜は機体を翻しかけて、不意の殺気を感じた。《モリビトシンス》に海面ギリギリを疾走させる。

 

 意思が宿ったかのようにこちらを狙い澄ますのは《キリビトイザナミ》のRブリューナクだ。

 

「まだ……追って来るか……」

 

《キリビトイザナミ》本体はダメージを負っていて追いすがれないがRブリューナクならばこちらの行動をギリギリまで制せるという判断だろう。

 

 そこまでの執着。そこまでの執念。そこまでの――憎悪。

 

 怨念が形となったかのように、リバウンドの軌跡が《モリビトシンス》へと追いすがる。

 

 視界の端で《ゴフェル》が浮遊する。エクステンドチャージの輝きに至った《キマイラ》による牽引はうまくいっているようだ。徐々に、重力の投網を無視して浮かび上がっていくその艦艇へと何とかして合流しかけて、幾度も自律兵装が遮る。

 

 そこには何としてでもここで潰えさせんとする怨念があった。

 

「……燐華・クサカベ。私は……」

 

 眼前に迫ったRブリューナクをピンク色の光軸が打ち破る。桃の《ナインライヴス》がRランチャーを構え、こちらへと手を伸ばした。

 

『クロっ! 手を!』

 

 ああ、ここで手を伸ばさなければ、何のために。

 

 鉄菜は《モリビトシンス》の左手でその腕を掴もうとして、残響する声を聞いていた。

 

 ――逃がさない。モリビト!

 

 一基のRブリューナクが加速度を得て《モリビトシンス》の脇腹へと突っ込んだ。血塊炉に直撃し、青い血が迸る。

 

 ステータスが危険域へと引き上げられ、鉄菜は激震するコックピットで奥歯を噛み締めた。

 

 ここで宇宙に上がったところで、因果を先送りにするだけ。

 

 それでも、希望が宇宙にあるというのならば。自分が見据えるべき場所は決まっている。

 

「Rパイル……!」

 

 最後のパイルを使用し、突き刺さったRブリューナクを叩き潰した。《ナインライヴス》の力で、《モリビトシンス》は甲板へとようやく帰投する。

 

『これより高高度へと上昇する! 《キマイラ》の牽引は?』

 

『試算通りに。鉄菜、それに桃。格納庫へと戻りなさい。エクステンドチャージで無理やり重力を振り払うわ。そこにいたら無事では済まないわよ』

 

 茉莉花の指示に従い、桃が格納デッキへと入る。鉄菜もボロボロな愛機を戻そうとして、不意に耳朶を打った炸裂音に目を向けていた。

 

 牽引部のコネクターに亀裂が走っている。

 

 その原因は、と視線を振り向けた先にいたのは最後の力を振り絞ったRブリューナクであった。

 

 すぐさま勢いをなくして下降していくRブリューナクの致命的な一撃に、《ゴフェル》のブリッジから悲鳴が劈いた。

 

『コネクター部に異変発生! ……最後っ屁って奴かよ……』

 

 忌々しげに言い放った声に、鉄菜は《キマイラ》を振り仰ぐ。《キマイラ》側からのサポートは期待出来そうにない。

 

 ならば、と自然と《モリビトシンス》を歩み進めていた。

 

『クロ? 何をやっているの? 《モリビトシンス》を格納デッキに!』

 

「いや、桃。ここで《キマイラ》の助けを失えば、二度と《ゴフェル》は宇宙に上がれない。月面に向かい、ブルブラッドキャリア本隊と決着をつける事も。ならば、私は」

 

 迷いは不思議となかった。恐れも、である。

 

 残った左手でコネクター部を掴み、Rパイルソードで《ゴフェル》の装甲へと自機を打ち付ける。

 

 まさか、とニナイの声が響き渡った。

 

『艦を人機一機で、抑え込もうと言うの? 自殺行為よ! やめなさい! 鉄菜!』

 

「自殺行為でも……。やらなければ希望は潰える……。それだけは……」

 

 それだけはあってはならない。ここまで繋いでくれた人々がいる。ここまで繋がった想いがある。それを無駄には出来ない。絶対に無駄にしてはならない。

 

 コネクター部にかかった力が《モリビトシンス》を引き裂きかねない重圧となる。重力圏を無理やり抜けていく黄金の燐光をその目に焼き付けながら、鉄菜は《モリビトシンス》のステータスが赤を超え、完全に沈黙していくのを横目にしていた。

 

 このままでは血塊炉はオーバーヒートするだろう。それでも、己を曲げられない。曲げるものか、と決めた精神が《モリビトシンス》に力を込めさせた。

 

「エクステンド……チャージ」

 

 起動した切り札が僅かに二隻を安定挙動まで持っていこうとするも、やはり微力だ。人機一機程度で二隻の艦を宇宙に上げる事などまともな考えならば出来るわけがない。

 

 それでも、諦めてなるものかという意地。諦められない願い。

 

 その最果てが《モリビトシンス》の大破と言う形となったとしても。それでも、前に進むのに、一度だって後悔するものか。

 

「私は……ブルブラッドキャリアの、モリビトの執行者だ!」

 

 その時、黄金の瞬きが反転し、急速に色相を塗り替えた。白銀に瞬いた《モリビトシンス》がコネクター部を不明な力で引き寄せる。

 

 操主である鉄菜本人でさえも分からぬ力。どこから溢れて来るのか、《モリビトシンス》は全てのステータスが黒塗りの状態にもかかわらず、《キマイラ》をコネクター部から離さなかった。

 

 赤く煮え滾ったような熱と虹の皮膜を超え、コックピットの中で、鉄菜はようやく静謐な無重力に抱かれていた。

 

 もう《モリビトシンス》には光の残滓はない。

 

 それでも先ほどの戦いと言い、今と言い、不明な何かが《モリビトシンス》を衝き動かしていた。

 

「……私は……」

 

『重力圏を突破! これより《ゴフェル》、及び《キマイラ》は通常航行に入る』

 

 ブリッジからの通信を得て、鉄菜は虚脱する。

 

『お疲れ様、鉄菜。……何をしたの?』

 

「何を……と言われても」

 

 自分でも分からない。だが、悪い力ではない。その妙な確信を手にする前に、劈いたのは敵襲のアラートであった。

 

「読まれていた?」

 

『敵が外延軌道から……。旧ゾル国の軌道エレベーターか! 残存兵力はあるとは思っていたが、こういう形で……』

 

 口惜しげな茉莉花に、鉄菜は《モリビトシンス》を機動させようとして、機体がつんのめり、全身が警戒色に包まれているのを関知する。

 

『……《モリビトシンス》は一度戻すしかない。《ナインライヴス》! 行けるか?』

 

『やるけれど……どれだけ追い払ったって、敵は際限なく出てくるんじゃ……』

 

《ナインライヴス》がRランチャーを構えるが、その挙動にはどこか自信はない。モリビト一機で退けられる限界を超えているはずだ。

 

 軌道エレベーターより放たれたのはバーゴイルを含め、《スロウストウジャ弐式》編隊。何があっても絶対に逃がさない布陣であった。プレッシャー兵器で固めた相手を前に満身創痍のモリビトではどう足掻いても勝利はないだろう。

 

 それでも、ここで歩みを緩めるわけにはいかない。ここで前に出なければ、何のための戦いか。何のための今までの犠牲か。

 

「……私は……」

 

 歩み出しかけた鉄菜は直後、コネクターが排除されたのを関知する。

 

《キマイラ》が《ゴフェル》の前へと推進力を全開にして突き進んでいく。

 

「何を……、グリフィス!」

 

『なに、アタシらなりのケジメですよ。ブルブラッドキャリアの皆さん、ここから先はあなた方の領分です。古い価値観や、既存の考えなんかで歩みを止めないでください。世界を導くのは、きっとそういう……誰かの希望なんでしょう』

 

《キマイラ》より《ブラックロンド》が出撃する。バーゴイルと《スロウストウジャ弐式》編隊が散開し、艦を包囲した。

 

 瞬く間にプレッシャー兵器の火線が閃き、互いの銃撃が交わされ合う。

 

「何を……、犠牲になるなんて……!」

 

『犠牲なんてつもりはありませんよ。言ったでしょう? ケジメだって。戦うのに、ただただ水先案内人だけじゃ務まらないんですよ。アタシらグリフィスは黄金を守る者。黄金、それは即ち――あなた方です。ブルブラッドキャリアの皆さま。未来は任せましたよ』

 

《キマイラ》の主砲がトウジャ部隊を吹き飛ばさんとする。包囲陣形より放たれた銃撃網が《キマイラ》艦を瞬く間に炎で包んでいく。

 

『……こんな事で、借りを返されたつもりでも……』

 

 茉莉花の苦渋の声にユヤマは軽く返した。

 

『なに、いつだって世の中、貸しは返したようで返せていないもの。ですがあなた方は誠実だった。……彩芽さん。彼女の願いでもある』

 

「彩芽の……」

 

 茫然とした鉄菜は軌道エレベーターへと真っ直ぐに突き進んでいく《キマイラ》の艦影を目に焼き付けていた。

 

『次へと繋げるため……彼女はただただ憎しみと復讐心だけで戦ってきたわけじゃないんですよ。未来を引き渡すのに相応しいのならば、それを全力で補助する。それが、我々グリフィスの……あるべき姿なんです』

 

「だが……それはお前達にとっての……」

 

 終わりではないのか。問いかけたその声音にユヤマは快活に笑った。

 

『なに、いつだって笑って眠りたいものですなぁ! それが永遠の眠りであったとしても、笑っていれば、それは勝ちなんです。だから、ご覧なさい。この終着点、このどん詰まりの戦場でも、笑っていられる。笑って、明日を信じられる』

 

「明日を……」

 

『お別れです。ブルブラッドキャリアの皆様方。それに、鉄菜・ノヴァリス。未来を頼みますよ。時代の良心として』

 

 最後のスラスターが点火し、軌道エレベーターへと火達磨になった《キマイラ》が突っ込もうと迫る。散開した編隊がプレッシャーの銃撃網を交差させるが、それら全てが逆効果だ。

 

 全翼型の《キマイラ》は炎の灼熱と噴煙を棚引かせ、バーゴイル部隊を退けていく。

 

 彼らは怖気づいたのか、あるいはその執念を前に止めるだけのものがないのか、ほとんど棒立ちの状態で《キマイラ》を目にしている。

 

「……グリフィスの頭目。お前は……」

 

『アタシらに出来るのなんて、せいぜいこの程度です。では、お元気で』

 

 エクステンドチャージの燐光をなびかせ、《キマイラ》が軌道エレベーターを粉砕すべく直進した。

 

 その刹那、黄色の光軸が十字に《キマイラ》を切り裂く。

 

 何が起こったのか、鉄菜には一瞬分からなかった。

 

《キマイラ》の全翼型の艦影が十字に溶断され、その断面を晒した瞬間、爆発の光輪が内側から《キマイラ》を吹き飛ばす。

 

『これは……、新型……?』

 

 茉莉花の声に鉄菜は咄嗟に前に出ていた。《モリビトシンス》へとアラートが劈き、上下から同時に奇襲がかけられる。

 

 差し迫った敵機の瞬きに、《モリビトシンス》はもつれ合いながらもRパイルソードを突き立てていた。

 

『……やりますね。腐っても執行者か』

 

 その声と、眼前に迫った機体の識別信号は間違いようもない。

 

「イクシオンフレーム……」

 

『アムニスの序列三位! シェムハザ! 報復させてもらいますよ!』

 

『……消し飛べ。モリビト』

 

 冷たい声音と共に《イクシオンガンマ》がその体躯の倍ほどもある棍棒を振るい上げる。

 

 確実に叩き潰されたのを予見した瞬間、Rランチャーの一射がその攻撃を中断させる。

 

『……獣のモリビトォッ!』

 

『……イクシオンフレーム。という事は、まさか!』

 

『そのまさか、と言わせてもらおう』

 

 軌道エレベーターを背にして、群青色の機体が腕を組んで屹立する。

 

 両腕に円筒型の自律兵装を有し、機体の眼窩はX字にモリビトのアイサイトを模している。

 

 その立ち姿からは超然としたものを予感させた。

 

『まさか、グリフィス。特攻なんて無様な真似を見せつけてくれるとは。最後の最後でがっかりだ。こんなものか。人間風情では』

 

『その声……、渡良瀬!』

 

 桃の言葉に不明人機が手を払う。

 

『もう既にその名では収まらない。わたしはアムニスの序列最上位。大天使、ミカエル。そしてこの機体は、わたしに相応しい最上の機体。《イクシオンオメガ》!』

 

《イクシオンオメガ》と名乗った機体が円筒型の自律兵器を《ゴフェル》へ向けて射出する。

 

 その軌跡を遮ったのは《キマイラ》から噴煙を引き裂いて現れた機体だった。

 

 錫杖で自律兵器のR兵装を中断させる。

 

『……サンゾウ』

 

《ダグラーガ》が錫杖を払い、印を結ぶ。

 

『我が命、ここに費やすべきだと感じた』

 

『無駄に散るか。いいだろう。宇宙まで上がって来た事だけは褒めてあげよう。だが、君達はここで潰える。ブルブラッドキャリア、それに最後の中立。わたし達、アムニス。天使の軍勢に、貴様ら人間の刃が届くと思ったか?』

 

 イクシオンフレームが軌道エレベーターと軍勢を率いて並び立つ。

 

 鉄菜は倒すべき敵を目にして、唾を飲み下していた。

 

 

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