ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯350 盤面は揺らぐ

「現宙域より、無数の機体がシグナルロスト……、いえ……これは、跳躍しました! エホバの持つモリビトが、この宙域の人機を……ワープさせた……」

 

 絶句する司令艦隊のクルーに、ブリッジに佇む宇宙駐在軍の司令は苛立ちを募らせていた。

 

 元々、勝ち筋があったからこそ乗った賭けなのに、これではほとんど負け戦だ。声を張り上げ、シグナルを拾い上げるように命令する。

 

「消えたなんて馬鹿な事があるか! 荒唐無稽でもカラクリがあるはず! シグナルの存在する機体を拾え! 一機でも戦線に復帰させろ!」

 

「駄目です! 全機、シグナル消失! 残存兵がまるで不明で……これでは先んじて月面へと赴いていた、イクシオンフレーム部隊にも……」

 

 合流出来ない。その不手際に司令は無線機を握り潰す。

 

「あり得ない! 神を気取った男が神であったのなど、あり得てはならないのだ! 一機でもいい! 呼び戻して連邦艦隊を整える! だから……」

 

 探せ、と叫びを発する前に、艦隊の直上に人機の反応が蘇る。

 

「し、シグナル確認! 人機、我が艦隊の真上に……」

 

 その言葉にホッと安堵の息をつく。宇宙駐在軍さえ取り戻せれば御の字。後はコネでも何でも使ってアンヘル上層部へと取り次ぎ、次の栄光を探すまでの事。

 

 アムニス――渡良瀬は当てにならなかったが、地上の者達ならばどうにか丸め込めそうだ。そう思った矢先であった。

 

 シグナルが変異し、そのコードを呼び起こす。

 

「人機認証コードを確認! 宙域に位置するのは……エホバ陣営です!」

 

 まさか、と司令官は呆然と直上に現れた人機の群れを見渡す。その中に黄金の装甲を煌めかせる《フェネクス》の姿を認め、彼は縋るようにへたり込んでいた。

 

「か、神様ぁ……」

 

『貴様らが祈る神は死んだ。あとに残るのは、罰だけである』

 

《フェネクス》がブレードを引き出し、艦隊司令部へと特攻を仕掛ける。そのあまりの至近距離に防衛の認証はあまりにも遅かった。

 

 奔った剣筋と雄叫びが宙域を割り、艦隊司令部を一機の人機が貫いたのは、もう間もなくであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エホバ……。自分に強いるのか。こんな道を……」

 

 焼け爛れた《フェネクス》と艦隊が横たわっている。両腕を失った《フェネクス》が縦穴の空いた艦を睨んでいた。殺到した人機の一個小隊はアンヘル艦隊を蹂躙し、そして粉砕している。

 

 しかし、どれもが玉砕覚悟。生き残る事を重視していない彼らは、どこかやけっぱちに、艦隊へと突撃する。

 

『……ご武運を』

 

 また一機、操主の命が散った。レジーナは割れたヘルメットから伝い落ちる涙の粒を目にしていた。

 

「どうして……分かり合えないこんな場所に堕としたのだろうな。神は、自分達を……」

 

 その問いは霧散し、黎明の輝きが人機の躯へと降り注いでいた。

 

 明日が始まろうとする途上にある地上を他所に、宇宙はかくも分かり合えないのだと、茫漠とした闇に告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空間跳躍に巻き込まれたのだと、白波瀬は直感する。この能力は、と息を呑んでいた。

 

「……エホバ。我々を概念宇宙の向こう側まで飛ばすつもりか……」

 

 確かにそれが実行されればエホバの勝利だ。《キリビトイザナミ》ごと、この宇宙の果ての果てまで跳躍させられれば。

 

 しかし、脳内ネットワークの編み出したのは、もっとシンプルな答えであった。

 

「……そこまで飛ばすだけのエネルギーがない? では、どこに……」

 

 直後、無重力でありながら実体宇宙へと放り出された司令艦は現在位置を捕捉していた。

 

「現在地の割り出し! 急げ!」

 

「ここは……。宙域マップを割り出し! 現在地は――月面衛星軌道上!」

 

 まさか、と白波瀬を含むアンヘルの高官が絶句する。

 

「敵の直上……? これもエホバの読みだと言うのかね?」

 

 尋ねた高官の声に、知るものか、と言い返したい衝動を抑え、白波瀬は冷静を装う。

 

「……恐らくは」

 

「しかし何のために……?」

 

「混乱に乗じ、我々を破滅させようと言う魂胆でしょう。そういう男なのです、あれは」

 

 その言葉はさすがに嘘くさかったのか、アンヘル高官は胡乱そうな眼差しを注ぐ。

 

「……貴殿の特別権限は《キリビトイザナミ》の接収にこそある。あれが撃墜されれば、その胸の勲章をいくつか剥奪してもいい」

 

「墜ちませんよ、《キリビトイザナミ》は。特別製ですから」

 

 それだけは織り込み済みだ。白波瀬は航空管制システムに割り込み、《キリビトイザナミ》の無事をいち早く確かめていた。

 

《キリビトイザナミ》は硬直している。脳内ネットワークで直接、燐華へと繋いでいた。

 

 ――何をやっている? すぐに敵を墜とすんだ。

 

 その声に燐華はああ、と呻く。

 

 ――だって、ヘイル中尉が……。またあたしは死なせてしまった。にいにい様……!

 

「……動転しているな。白波瀬。何かまずい事にでも?」

 

 こちらの胸中を読んだかのような高官の声に、白波瀬は言葉を返す。

 

「何の事だか」

 

「貴様らの秘密主義はもう、うんざりだ。情報の共有化も出来んのなら、アンヘルの特別権限はなしにしてもいい」

 

「……この土壇場で仲違いですか。そんなに権力が欲しいのですか」

 

「言葉を慎め! 《キリビトイザナミ》は墜ちたのか?」

 

「だから墜ちていないと……。見てください! 動き出した!」

 

《キリビトイザナミ》が身じろぎし、その巨躯を月面へと降下させる。不思議な事に、月面からの抵抗はほとんど見られなかった。

 

「……銃座の応戦銃撃もない……? 何が起こっている?」

 

 全く不明の現状の中で《キリビトイザナミ》が圧倒的な暴力の顕現として、月面から砂塵を生み出す。その時、一機の人機が《キリビトイザナミ》の目線から、墜落していた。

 

 その人機の機体照合に、全員が息を呑む。

 

「あれは……《クォヴァディス》……?」

 

 世界をたばかった男はこの時、無音の世界で撃墜されていた。

 

 焼け爛れた装甲を晒すまでもなく、《モリビトクォヴァディス》が月面に落下する。少しの砂礫だけであった。

 

 それだけで、神を気取り、この混乱を生み出した諸悪の権化は消え失せていた。

 

 あまりにも呆気ない幕切れにアンヘル艦は沈黙する。

 

「……あれが間違いなく《クォヴァディス》であるのならば、我が方の勝利……」

 

 その瞬間、言葉尻を裂くように高速熱源が関知される。直後には二機の人機がもつれ合うようにして、大写しになっていた。

 

 誰もが諦めたその刹那、R兵装の光軸がアンヘル艦のすぐ傍を射抜く。高出力の兵装に主砲が焼け落ちる。

 

 爆発の光が連鎖した時になって、ようやく報告の声が追いついていた。

 

「……照合データ確認。あれは、《イクシオンアルファ》と、……新型のモリビト……?」

 

 疑問形の声に、復誦が返る。

 

「不明人機を検知! あの熱源反応は……モリビトです!」

 

 だがどうしてモリビトが《イクシオンアルファ》と攻防を繰り広げているのか。誰も解する術を持たず、瞬間、発せられた別の信号に上塗りされていた。

 

「《イクシオンオメガ》! 軌道上にて我が方の人機と……交戦? ……出ました! 交戦している機体は《ナナツーゼクウ》!」

 

 思わぬ、とはこの事だろう。まさか渡良瀬が伝説の操主と打ち合っているなど、想定もしていない。

 

 言葉を失ったブリッジの中で、高官は白波瀬へと探る目線を寄越していた。

 

「……この局面、誰が勝つのだね?」

 

 今までならば、それは自分達だ、と言い張れた男はこの時、とてつもなく無力であった。

 

 

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