ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯360 辿り着く先へ

「……梨朱・アイアス。私は、それほどの価値がないのかもしれない。もう、分からなくなってしまった」

 

『貴様など、ただの出来損ないだ。ただ私に踏み潰されるだけの羽虫に過ぎない。こいつらと同じように』

 

 内部骨格が剥き出しのまま、浮かび上がった人機達。青い血飛沫の痕跡を刻み、彼らは沈黙している。

 

「……私は、希望の打ち手などでは断じてない。私は、ただ自分のために刃を振るってきた。それは今も昔も、多分間違いない」

 

『希望を見た側が馬鹿を見る。それは貴様にも分かるはずだ。終焉は、こうも容易い。無尽蔵のエネルギーを持つ《トガビトザイ》のエクステンドチャージを、打ち崩す手段はない。たった一機の人機で何が出来る?』

 

 分かっている。何も出来ないかもしれない。こんな足掻きはただ醜いだけだ。ただの醜悪。ただの、愚者。ただの――たった一人の人間。

 

 そう、自分は、無力な人間なのだ。

 

 ――こんな事に土壇場で気づく。

 

 彩芽やジロウ、ゴロウが紡いでくれた。

 

 自分は破壊者ではない。ただの人間なのだと。心ある、人間だと。

 

 瑞葉が、桃が、蜜柑が、《ゴフェル》のクルーの者達が、何度も分からせてくれた。

 

 ここにいるだけの自分。ここで息づいているだけの命。

 

《イザナギ》との最終局面、あの涅槃の宇宙に。あたたかいあの場所に、誰もが還っていく。穏やかなあの領域。緩やかに、魂は導かれていく。

 

 その吐息を、美しいと思えるのならば。

 

 その瞬きを、綺麗だと言えるのならば。

 

 自分は、何にでもなれる。何にでも――立ち向かえる。

 

 面を上げた鉄菜の双眸には最早、迷いはなかった。《トガビトザイ》を見据え、喉から言葉を発する。自分だけではない、皆の導いてくれた言葉を。

 

「私は、私なんだ。鉄菜・ノヴァリスと言う、小さな一人。だが! この私は、みんなと繋がっている。心が! 魂が! 叫んでいるんだ! この永劫の繋がりを! 誰にも砕けない、鋼鉄の絆を! ならば、私は全力で応えよう! 最後の最後、命燃え尽きるその時まで! 《モリビトシンス》、鉄菜・ノヴァリス! 最後の戦いに赴く!」

 

《モリビトシンス》が右側に構築していた《クリオネルディバイダー》を掲げる。黄金に染まった色彩から一転、灼熱の赤が煮え滾る。

 

 発せられたのは命の灯火。真っ赤に燃える光芒が常闇を貫く。

 

『……面白い。そんなもので砕けるか! 私の、絶対の怨嗟を! 恨みの代行者、滅びの声を! そんな一振りの刃で! 《トガビトザイ》! オールレンジ攻撃だ!』

 

 Rブリューナクが放出され、十字の側面より灼熱の砲撃が幾何学軌道を描いて見舞われる。

 

 鉄菜は逃げなかった。ここで退いて何になる。ここで逃れて、何になる。

 

 何よりも――ここで、潰えて、何になると言う。

 

 ここまで来た。押し上げてくれた。皆が、誰もが、これまで出会った数多の邂逅が。これまで導いてくれた無数の魂が。

 

 ここに至るまでの絶対の孤独を掻き消してくれる。ならば自分は迷わない。

 

 アームレイカーに通した命一つの腕を、鉄菜は雄叫びと共に振るい落とす。

 

「エクステンド――ッ! ディバイダー!」

 

 暗礁の宇宙を割る黄金の剣。閉ざされた静謐を粉砕する咆哮が、《トガビトザイ》へと放たれる。

 

《トガビトザイ》は虹色の皮膜を張り、防御陣を敷いていた。Rブリューナクと放った砲撃網が《モリビトシンス》へと殺到する。

 

 それらは正確に、《モリビトシンス》と鉄菜の命を打ち砕くかに思われた。

 

 しかし、消え失せるはずの黄金の刃は勢いを増し、《トガビトザイ》へと振り落とされる。月面軌道を引き裂く絶対の剣閃は、この時リバウンドフィールドを打ち砕き、《トガビトザイ》に衝撃波をもたらしていた。

 

 中枢に位置する《トガビトコア》に収まる梨朱が離脱を一瞬でも脳裏に浮かべるほどの激震。

 

 それでも、消え失せてしまえばそこまでだ。

 

 そこまでの現実でしかない。そこまでの領域でしかない。――そう断じていた梨朱は直後に吹雪いた白銀の風にハッとしていた。

 

『何だ、この風は……。どこから吹いてくる?』

 

 白銀の旋風の集中する場所。銀翼を羽ばたかせた一機の人機が、眼光を煌めかせ、《トガビトザイ》を睥睨する。

 

 その眩い輝きに梨朱は圧倒されていた。白銀の突風が空虚なはずの宇宙へと吹き抜け、月面より破壊と焦土をさらっていく。その風の持つあたたかさに、梨朱は絶句する。

 

『何が……この風は何なんだ! 嫌な風を!』

 

 爆風を巻き上げ、白銀の旋風の主は羽ばたいていた。

 

 宇宙に白羽を広げ、銀色の躯体が今、《トガビトザイ》へと接近する。

 

「これが、私のモリビト……《モリビトシンス》だ!」

 

 銀幕が降り立ち、世界を染める。それは恨みや憎しみ、そして怨嗟でさえも掻き消す浄罪の瞬き。

 

 その輝きに梨朱が忌々しげに声を放つ。

 

『……そんな風一つで、世界が変えられると言うのか! 今さら堕ちていくだけのこの星と世界を、変えてみせると言うのか!』

 

「ああ、変えてやる。私達は、そのために降り立った。私達はブルブラッドキャリア――モリビトを操り、世界へと守り人の剣を向ける、報復の徒だ!」

 

『小賢しいッ! 消え去れ、《モリビトシンス》! そして鉄菜・ノヴァリスよ!』

 

 放たれようとエネルギーを充填した《トガビトザイ》はリバウンドフィールド発生装置が完全に砕かれたのを自覚したのか、エネルギーを中枢に位置する《トガビトコア》に集約させる。

 

 残った腕を振るい上げ、《トガビトコア》が放とうとした災厄の漆黒に、声が残響した。

 

『……そう、ね……。クロ、モモ達は、そのために惑星へと、弓を引いた……。ここで、退いたらっ! アヤ姉に顔向け出来ないもの!』

 

 漂っていた《ナインライヴス》の眼窩に力が宿り、その拳が《トガビトザイ》の破損したリバウンドフィールド発生装置へと突き立てられる。

 

 鋼鉄の腕が粉砕し、リバウンドのエネルギーの集約を阻害する。

 

『邪魔立てをぉ……っ!』

 

 放ちかけたリバウンドの灼熱規模の光条を、浮遊した《イドラオルガノン》がアンチブルブラッドミサイルで阻んでいた。青い濃霧の中より、《イドラオルガノン》がその躯体より半身を分かち、新たなる躯体の眼差しに生命の息吹が顕現する。

 

『……そう、林檎もきっと……そう言うはず。意味がなかったなんて許さない。ミィ達が! そうはさせない! 《イドラオルガノンジェミニ》!』

 

 疾駆した《イドラオルガノンジェミニ》が《ナインライヴス》の塞いでいる発生装置とは反対側に位置する発生装置へと鉄拳を打ち込んでいた。殴りかかると共にゼロ距離リバウンド射撃が行われ、発生装置よりエネルギーを奪っていく。

 

 中枢部の《トガビトコア》に集約するエネルギーの大部分が霧散するが、まだ決定打には至っていない。

 

 白銀の輝きの中で、《モリビトシンス》が大剣を掲げる。その姿へと《トガビトコア》が漆黒の瘴気を撃ち放っていた。リバウンドプレッシャーが《モリビトシンス》の保持する《クリオネルディバイダー》の剣を薙ぎ払っていく。

 

『愚かしいッ! このまま潰えると言うのに、まだやるか! 貴様らは堕ちるだけの存在だ! この世界に必要のない、ただの誤算だと言っている!』

 

「……誤算でも、生まれ落ちた。その意味を、問いただしたい。だから私は、前に進む! 進んで行きたい! そのための追い風だ! そのための旋風を! 《モリビトシンス》!」

 

 両肩の《クリオネルディバイダー》より構築された銀色の皮膜が翼を成し、《モリビトシンス》を舞い上げさせる。梨朱は《トガビトザイ》の全出力を搾っていた。

 

『ならば! それを私は否定する! 《トガビトザイ》! エクステンドチャージ!』

 

 生命力を否定する漆黒が《トガビトザイ》の躯体へと注ぎ込まれ、十字の側面の砲身部が全展開する。

 

 恐らくは血塊炉の負荷を無視した、最大の一撃。

 

 それを鉄菜は真正面から受け止めようとしていた。《モリビトシンス》の腕を振るい上げ、その掌を前に翳す。

 

 瞬間、残存する《クリオネルディバイダー》の盾が前面に展開された。背部マウントされた一枚と、脚部に装備された二枚が三角形を構成し、極大化された敵の殺意を真なる輝きが反射しようとする。

 

 梨朱の殺意が決壊し、暗礁の宇宙をさらなる憎悪で染め上げる。

 

『砕けろ! 鉄菜・ノヴァリス! リバウンド――プレッシャー滅!』

 

 真なる黒を体現した破壊の砲撃が全方位より放たれ、《モリビトシンス》を打ち砕かんとする。

 

 鉄菜はしかし、惑う事はなかった。退く気もなければ、ここで逃げ出す愚を犯す事もない。

 

 自分は真正面から、罪を直視する。

 

 白銀の閃光が瞬き、三角の護りがこの世界に顕現する。

 

「みんなが私を信じてくれるのなら! 私もこれまでの絆を信じる! 邪悪なるその思惟を跳ね返せ! 真エクステンド――フォール!」

 

 回転し、流転した白銀が《トガビトザイ》の放った拒絶の魔を受け止める。それは人一人で受けるのにはあまりにも重々しい憎悪。だが、鉄菜は自分一人でこの場にいるわけではないと、これまでの者達の姿を見ていた。

 

 アームレイカーを握り締める手に、そっと光が添えられる。

 

 彩芽・サギサカ。林檎・ミキタカ。ジロウ、ゴロウ――、皆が応じてくれる。応えてくれる。その光の赴く先に待つ、未来へと。そこで待っていてくれるのならば、自分は。この小さな「鉄菜・ノヴァリス」という個は、決して、絶望しない。するものか。

 

 だから――。

 

「だから応えろ! 《モリビトシンス》! その眩さの先にある未来へと!」

 

《モリビトシンス》の眼窩に緑色の輝きが宿る。押されていた「真エクステンドフォール」が力を取り戻し、そしてリバウンドの反重力が青く瞬いた刹那――全てが裏返っていた。

 

 反射された漆黒の憎悪が眩い銀へと変位し、《トガビトザイ》へと降り注ぐ。それは浄罪の輝き。

 

 ヒトの罪を贖う、そのための光。

 

『《トガビトザイ》……全システムダウンだと……! まさか、そんな事が……!』

 

 鉄菜はフットペダルを踏み込み、そのまま《モリビトシンス》を進めさせていた。跳ね返ったリバウンド斥力磁場が《トガビトザイ》へと迫る。

 

『やめろ、来るな……。来るなァッ!』

 

《トガビトザイ》が最後の足掻きのように全ての武器を開放させ、《モリビトシンス》へと火線が咲く。それらを受けつつ、鉄菜は決して振り向かなかった。前だけを目にし、そのまま双眸に力を込め、超越させる。

 

 雄叫びが宇宙の静謐を震わせ、超然たる世界の旋律を奏でていた。

 

 直後、全ての白銀と漆黒は相克し、そして世界に白と黒と言う形で分かたれた。

 

 

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