ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯FINAL 星を継ぐもの

『正午のニュースをお伝えします。昨日付けでC連邦上層部は特別自治組織アンヘルの解体を宣言しました。その非人道的な活動が明るみに出て、一年。少しずつ変わろうとしていく世界情勢について、今日は専門家を招いています』

 

 その言葉に老練のコメンテーターへとテロップが流れていた。

 

『では、人機研究の第一人者として、タチバナ博士。あのおぞましい、アンヘルの実情をお願いします』

 

『タチバナです。あの時、皆さんは決断した。それは大いなる一歩であったと感じています。ヒトは、決断し、罪を直視する。それに対してあまりに遠大なる時間がかかってしまった。ですが、わたしはこうも思うのです。時間がかかってもいい。どれほどの永劫なる時間、無限に等しい時間をかけても、人類は学ぶべきだと。ヒトは、罪を直視するようには出来ていない、それは一面では真理でしょう。ですが、そこには心がない。真実ではないのです。わたしは改めて、こう言いたい。――ヒトは、心ある人間には、罪を直視出来る、その権利があると。だからこの星で誰もが罪人でありながら、誰もが贖う事が出来るのです。忘れないでいただきたいのは、その権利を、あなた方は持っている。百五十年前、人機を量産し、この星を棲めなくした手と同じ手で、平和を描けるのです。ならば、それを、全員が持つ可能性を、信じてみたいではないですか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビが映し出す日常に、別段気に留める事はない。

 

 ただ、彼女はその時、風が吹き抜けたのを感じていた。コミューンの中では珍しい、爽やかな旋風が。

 

「どうした、燐華」

 

 二階より歩み出ていた相手に、燐華は微笑みを向ける。

 

「何でもない。今日のメールの内容はどうしよっかなぁ……って」

 

「コーヒーを淹れるよ。ミルクは」

 

「多い目で」

 

「……了解。ヒイラギ准尉殿」

 

「……その呼び名はやめてよ。軍籍はもうないんだからっ」

 

 頬をむくれさせて言いやると、相手も笑みを浮かべた。ブラックコーヒーを淹れた相手は、ふぅと息をつく。

 

「時間だけは……残酷だよな。アンヘル解体がこうして合意されるまで、一年か。この一年間、あいつらは……」

 

「みんな、無事だよ。いっつも、返事をくれる。だから分かる。みんな無事だって」

 

 確信を持って口にした燐華は、今までのメールメッセージを確認する。どれも替え難い、宝物だ。

 

 デスクの傍らに置かれたコーヒーに自分も皮肉を返してやる。

 

「任務ご苦労。ヘイル中尉」

 

「名前で呼べ。……さっきの仕返しか? 燐華」

 

 殴りかかる真似をして、ヘイルは息をつく。燐華はくすっと笑って、ふぅと胸の中に風を取り込んだ。

 

「……書き出しが決まった。今日も、いい風が吹いている事から、始めようと思う」

 

「いいんじゃないか? ここは風だけは一級品だ」

 

 ヘイルが開いた窓の外は白亜の建築物に繋がっていた。コミューン内壁でありながら、疑似的な河のせせらぎが聞こえてくる。

 

 まだ人造物だがいずれは本物になるであろう。

 

 燐華はメールメッセージを打っていた。

 

「鉄菜。この場所はとてもいい風が吹いてくる。あの時、あなたが見せてくれたあの白銀の風と、同じように……」

 

 穏やかな時間が流れる昼下がりに、ニュースキャスターの声だけが響いていた。

 

『世界は変わったのでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう容易く変わるわけがないだろう」

 

 ヒトがそこまで簡単に出来ているのならば、誰も苦労するまい。レジーナは書類に視線を落とし、雑務処理に追われていた。

 

 あの戦いから一年――世界を変えるための壮絶なる戦局の向こうにあったのは、書類整理など笑えるものか。

 

 棚にあるライブラリシステムにチェックを入れ、レジーナはこの膨大な図書館を巡る。

 

 どうして、エホバは最後の最後、自分へと兵士としての死よりも、こうして書籍と共に生きろと命じたのか、今でも答えは出ない。

 

 それでも、日常は回る。日々は、行き過ぎる。

 

 答えの出ない問答はいくつもあるが、今は眼前の事務処理だ。

 

『シーア大尉。来客です』

 

 腕時計型の端末が予定を告げる。レジーナは予めつけていた来客予定にチェックを入れ、ふぅと息をついていた。

 

「この仕事はチェックを入れてばかりだな」

 

 ともすれば、世の中とはそういうものなのかもしれない。チェックを入れ、それが完了した事を示す。

 

 今は、一年前の戦場が完了し完全に過去のものとなったと言うのには、少しばかり時間がかかる。

 

 費やせない過去だってあるからだ。自分はまだ、林檎の死に納得したわけではないのだから。

 

「……林檎。お前も見ているだろうか。同じ空を――」

 

 図書館の窓より覗く虹色の空に、レジーナは目を細める。

 

 いつか、望めるはずであった空はまだ答えの出ないまま。保留の一事を自分へと向けていた。

 

 応接室へと書類を置いて歩み出る。

 

 相手は待ち望んでいたのか、連邦のスーツに身を包んだまま、佇んでいた。

 

 その立ち振る舞いに、レジーナは柔らかく微笑む。

 

「……戦士の休息というものを知らないのか?」

 

「……まだ下士官身分なのでね。その辺りは教えてもらう事にする」

 

 相手の敬礼に自分も返礼する。

 

「まだ構築の途上だが……C連邦の直属ではない組織を編成しようと思っている。その編成案の第一草案に興味がある士官とは、そちらの事か」

 

「興味がある……というわけでもない。ただ純粋に……やり直すのには最適な場所だと、思っただけだ」

 

 正直な相手にレジーナは辟易する。

 

「その姿勢は上層部には嫌われるであろう。……その顔の傷は? 消す気はないのか?」

 

 相手の顔には深い傷跡があるが再生治療で消せないレベルではないはずだ。それを相手はなぞり、そして声にする。

 

「……この世には、なかった事にしてはいけない傷跡もある」

 

 それに関しては同意だ。レジーナは首肯する。

 

「なるほどな。しかし、貴君一人だけの意見でこの組織は編成出来ない。それは覚えておいてくれ」

 

「しかし、俺が一人目ならば、運用に支障はあるまい」

 

 どこまでも読めない男だ。レジーナは差し出した書類にペンを置く。

 

「サインを。一応は名前を聞いてはいたし、チェックはしていたが、こういう旧態然としたものはまだあるのでね」

 

 その言葉に相手はサインしていた。レジーナは手を差し出す。

 

「歓迎しよう。……ミスターサカグチ」

 

 書類に綴られた名前は「K・サカグチ」――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……いや、まだ途上でしょう。そう容易く変わるのなら、百五十年の静謐など必要なかった。世界は、少しずつ変わる。我々の行動次第で』

 

 街頭スクリーンに映し出される日常に、足を止める人間は少ない。

 

 それでもなお、タチバナは語る口を止める事はなかった。

 

 その光景を、公園のベンチに座り込んだ一人の女性は眺めていた。

 

 桃色の髪を一つに括り、流れゆく世界を見据えているその瞳に迷いはない。

 

「……人々の営みは永久に、か……。それも真理なのかもね」

 

 彼女へと一人の少女が駆け寄っていく。栗色の髪を短く切り揃えた少女に、女性は手を振っていた。

 

「行きましょうか。蜜柑」

 

「うん。桃お姉ちゃん」

 

「……あんたももうすぐお姉ちゃんなんだから、いつまでもその呼び方じゃ、張り合いないわよ?」

 

「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん。ミィにとっては、それは絶対」

 

 栗色の髪の少女の髪留めは赤い果実の文様が刻まれている。その名を持っていた少女の事を、二人は絶対に忘れないだろう。

 

 二人は空を仰ぐ。閉ざされたコミューンの空を、不意に巨大な影が行き過ぎていた。

 

「連邦の戦艦か?」

 

 足を止める者も少なからずいる。それでも、その戦艦に収まる者達の事まで、気に留める人間はほとんどいなくなった。

 

 二人はコミューンの壁越しに旋風を感じる。それは、白銀の色を伴わせて、この地上の罪を祓う、浄罪の風――。

 

 青き閃光が、虹の空を駆ける。

 

「――おかえり、鉄菜」

 

 銀翼を広げた人機が、コミューン上空を飛翔する。

 

 コミューン外壁を青い戦艦が飛び立っていった。

 

 その戦艦のブリッジに収まるクルー達が声にする。

 

「《モリビトシルヴァリンク》、先行していきます」

 

「了解。茉莉花、防壁は?」

 

『出来ているわ。滞りなく』

 

『こっちも大変だったねぇ。整えるまでざっと一年』

 

 ぼやいたタキザワにニナイは言いやる。

 

「仕方ないわよ。世界が完全に立ち直るまで、私達は見守る責務がある。そう、私達はだって……」

 

 その時、艦内の投射スクリーンに青いRスーツを着込んだ操主が大写しになる。

 

『ああ、私達は、見守らなければならない。世界は、どう決断するのか。それを最後の最後まで』

 

 バイザーを上げ、操主はヘルメットを解除する。

 

 黒髪が、ここではない白銀の風になびいていた。

 

「ええ。鉄菜。これまでも、そしてこれからも変わらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言葉を受け、鉄菜は地上を俯瞰する。

 

 空は虹色に爛れ、星の土は茶褐色に染まっている。

 

 ある場所では罪の青い花が咲き、ある場所ではそれを見下ろす鍵穴の巨躯が身じろぎする。

 

 それでも、自分は決して目を背けるまい。目を逸らしてはならない。

 

「私達はブルブラッドキャリア。星へと報復の剣を向ける、守り人達。星の罪を、私達は直視する。直視し続ける」

 

 きっと、それだけが自分達に出来る最大の罪滅ぼしであろう。

 

 鉄菜はフットペダルを踏み込んでいた。脇を閉め、操縦桿を握り締める。

 

 青いモリビトが、銀翼を拡張させる。

 

 緑色の眼窩に光が宿り、推進剤を焚かせた。

 

「行こう。モリビト。私達は、罪の執行者。そして私は、鉄菜・ノヴァリス。一人の人間であり、モリビトの操主だ」

 

 青い軌跡が星を駆ける。

 

 赴くのはこの先に待つであろう未来。屹立するそれに、しかし恐れはない。恐れずに、立ち向かっていこう。

 

 銀翼の人機は、空を駆け抜け、世界の果てを目指していた。

 

 果てに待つのがどれほどに残酷な未来だとしても――。

 

 罪を見据え続ける事だけが、生き延びた人類の、その勤めならば。

 

 鉄菜は恐れない。この心は、最後の最後まで、恐れはしないだろう。

 

《鋼鉄の絆》は、白銀の風を巻き上げ、世界を巡る。

 

 星の罪と共に、この穢れた世界を行く一陣の風は、今日も明日も、永遠に――。

 

 

 

 

 

 

 

ジンキ・エクステンドSins 完

 




あとがきを続いて上げます。ここまでありがとうございました。
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