ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯371 新世代たち

「血続の研究は、惑星内部ではそれほどに活発ではありません。その理由としてはやはり発現条件が限りなく絞られる事。そして、発現したとしても惑星内部……コミューンでの生活に支障を来たすからでしょう。彼ら彼女らのような潜在的な血続は無数にいながら、先天性の疾病だと判断され、多くは知られもせずに放置されてきました。それが変わったのが六年前」

 

 そこまで電子黒板に白いチョークで書き付けてから、次のページへと生徒達が目を通す。机の上に直接投射された教科書には、独立治安維持部隊の発足が記されている。

 

 統率された動き。統一された思考回路。

 

「アンヘル……C連邦の擁する独立治安維持部隊が発足し、その構成員には多く、血続反応を持つ人々が徴用されました。理由は明白。人機を動かすのに適任であったからです。しかし、血続は人機操縦に長けた者達の事だけを言うのではありません。それは、次のページで」

 

 手繰ったページの先にあったのは血続の特性である。

 

 短く切り揃えた栗色の髪を揺らし、黄色い縁の眼鏡のブリッジを上げる。再びチョークで電子黒板を叩いていた。

 

「我々、ブルブラッドキャリアにはノウハウがありました。血続、という存在に対する理解が惑星側より進んでいたのです。ゆえに、人機操縦だけに留まらず、惑星環境への適応も含め、血続は重要なファクターと考えられてきました」

 

 はい、と一人の生徒が手を挙げる。振り返ってそれを当てていた。

 

「どうしました? 質問でも?」

 

「教官は……血続としての適性はやはり、操主としての強さに結び付くとお思いですか?」

 

 その質問に教官としての答えを与える。

 

「そうね。血続適性の高さは確かに操主としての強靭な能力を引き出すのに貢献する。……でも、それだけじゃない。血続でなくとも操主として人機の青い血に感応する能力を持つ人々もいる。それは惑星とブルブラッドキャリアで分かたれた教訓ね。お互いのノウハウを知らないから、そこでは平行線であったけれど」

 

「では、現状は違うと?」

 

 一拍置いてから、それに首肯する。

 

「ええ。きっと血続であっても、そうでなくともお互いを尊重し、そして力を出し合えれば関係がないのだと、何度か戦いの中で実感したわ」

 

「それはミキタカ教官の《イドラオルガノン》による戦歴ですか?」

 

 尋ねられて、困ったように彼女――蜜柑は笑っていた。この二年で視界に加わった黄色いフレームの眼鏡をかけ直す。

 

「私はそこまでの適性ではないから。《イドラオルガノン》はとてもいい人機だったけれどね」

 

「血続とは言っても、ここにいるみんながそうではないですか。そうじゃない人間のほうが、ブルブラッドキャリアでは珍しいんじゃ?」

 

 開校されたこの教室にいる全員が、操主候補生――いわば執行者のタマゴだ。彼らに対して自分は毅然とした態度で、そして客観的に物事を教え込まなければならない。

 

 桃がそうしてくれたように。蜜柑は息をついて、言葉の穂を継いでいた。

 

「それでも、戦歴を挙げたのは何も血続の操主だけじゃないわ。現にあなた達よりも前の執行者である桃・リップバーン教官は血続ではないものの多くの撃墜スコアを残している」

 

 桃の操主としての能力データにアクセスした生徒達は口々に感嘆の声を漏らしていた。

 

「高出力R兵装を主軸に置いた人機で、この生存率……」

 

「言ったでしょう? 血続であるのは別段、条件ではないと。ただし、血続と一般的な人間を分けるものは一つだけ存在するわ」

 

 はい、と一人が挙手する。当ててやると、少女候補生は自信満々に答えていた。

 

「有害大気への耐性です」

 

「その通り。血続にはブルブラッド濃霧への耐性がある。もちろん、個人差はあるけれど、それでもこの一点で血続は一般的な人類よりも生存率が高いのは間違いようのない事実」

 

「では、血続至上主義が勃発するのでは? 地上でもアンヘルが優生学を説いていたのならば」

 

 その疑問に蜜柑はいいえ、と頭を振る。

 

「そこまでではなかった。地上ではやはりと言うべきか、ブルブラッド濃霧に対する畏怖の念がある。血続にその耐性があったとしても、それを実験するまでには至らなかったのでしょう。地上では、血続は少しばかり人機操縦に長けただけの存在だった」

 

「ですが、変容するのでは? 血続の在り方を問う団体が発足しないのもおかしいです」

 

「そういう考えが蔓延する前に、アンヘルによる情報統制とそして実力行使があった。血続が優れているという考えよりも、アンヘルが優れているという思想に落ち着いたのよ」

 

 そこでベルが鳴る。今日の授業はここまで、と蜜柑は電子黒板をシャットダウンさせていた。

 

「各自、操主訓練を怠らないように。訓練レポートの提出は明後日までにね」

 

 めいめいに生徒達が教室を出ていく中で、蜜柑は一人の少女がおずおずと歩み寄ってきたのを認めていた。

 

「あの……教官」

 

「どうかした?」

 

「いえ、その……。操主の記録にモリビトの交戦データがありますよね? 《モリビトシンス》、《イドラオルガノン》、《ナインライヴス》……その前の型式のモリビト三機も」

 

「ええ、あるわね。それがどうかした?」

 

 少女はどこか気後れ気味に口にしていた。

 

「どうして……もうモリビトを使わないんですか? モリビトを使えば、もっと分かりやすく世界に示せるのでは? 血続の有用性も、それに私達、ブルブラッドキャリアの意義も……。何で、月面から、あの星を眺めるばかりなんです?」

 

 それは生まれた時からずっと、この月面都市ゴモラで訓練の日々を受けていれば疑問にも思わない事だろう。時が来れば、彼ら彼女らは執行者権限が与えられる。その時まで学ぶべき事を学ぶ――。

 

 それが、次世代のブルブラッドキャリアに継ぐべき意志だと全員が決めたのだ。

 

 次の世代に与えるべきは戦いではなく教訓。何を感じ、何を思い知ったのか。それを教え継げば、きっと過ちは犯さないはずだ。

 

 そうと決めたのは自分一人ではないのだが、こうして問い質されると時折、足場がぐらついてしまう。

 

 彼ら彼女らは純粋がゆえに、どうして自分達が月から惑星を眺め、何もしないのか、という問いに突き当たる。それはある種当たり前で、研がれても使う当てのない刃など意味がないのだとどこかで感じ取っているのだろう。

 

 蜜柑は穏やかに応じていた。

 

「……ある意味では、約束なのよ。あの星で、もう争い事をしないって言う。だから、ここで静かに見守るのが一番に正しいはずなの」

 

「ですが……、教官達は戦ったんですよね? モリビトの執行者として」

 

「……そうね。戦い抜いて、勝ち取ったのかな。この平和を」

 

 今でも思い返す事がある。失ったものと得たもの。自分は替え難い半身の命を失い、そしてこの月面における安息を得た。それはきっと、犠牲の上にしか成り立たない平穏だ。だから、今は噛み締めたい。

 

 こうやって得たものが間違いではないのだと。

 

 少女候補生は黄色のリボンで横に結った茶髪をいじりながら、問いかけていた。

 

「モリビトに、乗せてもらえるんですよね? 私達も」

 

「それは……」

 

 口ごもってしまう。そんな未来、来ないほうがいいと分かっていてもハッキリ言う事が出来ない。

 

 彼らは生まれたその時からブルブラッドキャリアの流儀で言えば戦うためだけの存在だ。自分達がそうであったのと同じように。

 

 しかし、戦うだけではない。争いの中に見出す事も出来るのだと、あらゆる人達が教えてくれた。その教えを次世代に繋がなくては何のために生き永らえたと言うのだ。

 

 あのような……失うばかりの戦地で、それでも生き意地汚く、戦い抜いたのはその末にある未来のために違いないのに。

 

 それでも蜜柑は、綺麗ごとだけで応じられない質問であるのは感じ取っていた。

 

 モリビトに乗る、それは誉れ高い――。ブルブラッドキャリアの血続操主ならば、誰でも思い描く未来。

 

 だが、もうそのような事をしなくともよくなったのだ。モリビトになんて乗らなくっていい。戦わなくても未来は掴めるはずなのだ。

 

 そう応じかけて、蜜柑は腕時計型の端末が鳴ったのを聞いていた。

 

「ちょっと、ゴメン……」

 

 通信機より声が発せられる。

 

『蜜柑・ミキタカ。ちょっと来なさい。スクランブル要請よ』

 

「……まだ授業中……」

 

『早くなさい。鉄菜も呼んでいる』

 

 茉莉花の有無を言わせぬ命令に、ぷつっと声が途切れる。いつものようにこちらの意見は挟ませないというわけか。蜜柑が歩み出しかけてその袖を少女候補生が引いていた。

 

「教官……私は知りたいんです。モリビトに乗る、それがどういう意味なのか。他の子達は……漫然とどこかで悟っています。でも、私は……。簡単な事じゃないっていつも言う教官の言葉に重みを感じているんです。それが何なのか……知らなくっちゃいけない気がして……」

 

 焦燥感に駆られたような少女候補生に蜜柑は振り払う事が出来なかった。無慈悲に断る事も出来ずに、蜜柑は声にする。

 

「……嫌な事が待っているかもしれないのよ。まだ知らなくっていい事も」

 

「それでも……なんです」


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