《インペルベイン》の示した座標は今まで通り、ブルブラッド大気汚染の濃い場所である。
ロデムと共に海上を滑走する《シルヴァリンク》は海面に映し出された機体の影を視野に入れていた。
頭部からもたらされる映像情報を全天候周モニター越しに鉄菜は目にする。
海は汚染されて久しいと聞くがそれでも青い色を湛えたままであった。見た限りでは命の息吹があっても何らおかしくない場所。
だが、汚染大気はまず海中の生物を根絶した。
眼前に広がるのは人類の原罪を一番に背負わされたただの水溜りである。
既に日は落ちていた。《シルヴァリンク》を先導するロデムが灯火のように光信号を放つ。シグナルに導かれて《シルヴァリンク》の辿り着いたのはほとんど海中に没した孤島であった。
小山のようにうず高く積まれているのは汚染によって生み出されたゴミ溜めである。コミューンを建造する際に発生したゴミは全て流されて行き場をなくし、結果として同じようなゴミが集積する場所へと辿り着く。
自分達の集合場所がゴミ溜めとは皮肉にもほどがあった。
『鉄菜。今回も散々だったみたいね』
完全に気配を絶っていた《インペルベイン》が光学迷彩を解いて《シルヴァリンク》の背後に立ち現れる。
熱光学センサーさえもかく乱するほど精度が高い偽装を施された《インペルベイン》に、上空から月光を抱いてもう一機のモリビトが舞い降りた。直後、ロデムが変形し、空中の《ノエルカルテット》の胴体部に収まる。両腕を得た《ノエルカルテット》が水面に着水した。その大質量のために水柱が上がる。
コックピットブロックから顔を出した桃と彩芽は既に心得ている様子であった。
二人ともマスクを着用しており、自分だけがRスーツのみで姿を現す。
「クロ、第二フェイズは滞りなく進んだわ。後は、結果を待つだけね」
「結果? 何を待つというんだ」
「そろそろ来るわよ」
彩芽の言葉に突然、緊急通信回線が開いた。全世界に向けての宣言である。モリビトの中で浮かび上がったウィンドウに触れると回線から音声が漏れた。
『独立国家オラクルは現時刻をもってゾル国に吸収される運びとなりました。現地より中継が繋がっています』
キャスターが読み上げ、現地の興奮を伝えている。オラクルの政治家達が集い、ゾル国の高官達と握手を交わしていた。
「やっぱ、こうなったか」
桃のこぼした声音に鉄菜は問い返す。
「やっぱり、というのは」
「C連合を切って独立したんだからそりゃゾル国に亡命するでしょ。モモ達が介入したから完全独立は難しくなった。だからゾル国への亡命が早まった形になる」
「……つまり、遅かれ早かれこうなった、と言いたいのか」
「そうならなくては、わたくし達の介入の意味がないのよ、鉄菜。モリビトが世界の脅威を引き受けたという事はつまり、オラクルのような小国の独立でさえも許さないという事。これ以上脅威が増える前に、わたくし達は対象を根絶する。そのスタンスが明確になっただけでも充分な収穫よ」
鉄菜はしかし、オラクルで戦闘をしたバーゴイルもどきの事を思い返していた。あれの存在が公になればそれこそゾル国への亡命など自演行為に繋がるのではないのか。
その懸念を読み取った彩芽が口にする。
「鉄菜、貴女の破壊したバーゴイルの製造元が割れたわ。第三国経由であったのは間違いないけれど、やっぱり大元はゾル国だった。ゾル国の小さなコミューンよ。随分と本国からは離れているけれど、その場所で製造されたのは間違いない」
「その場所は?」
「クロ、焦らないで。まさかいきなり仕掛けるとでも?」
「だが、バーゴイルの存在が公になれば、それこそ……」
「戦争、ね。C連合がオラクルを吸収すれば、自作自演になった。でもゾル国に吸収合併されても、あのバーゴイルの存在が引っかかる。いずれにせよ、二国間の緊張状態を高める事になった」
彩芽も桃も分かっていてオラクルへの軍事介入を行ったのだ。鉄菜は二人を睨み据える。
「ゾル国のどこで開発されたんだ。あのバーゴイルのカスタム型はオラクルの独自技術ではないのか」
「小国に改造の技術なんてないわよ。大方最初から改造を施したバーゴイルを輸入し、コックピットブロックだけ偽装した。色も変えたかもね」
つまりあのバーゴイルの輸入がされた時点で、ここまでの戦局を操っている何者かがいる、という事か。
「だが、ゾル国がそんな事をする旨みがない」
「そんな事を言い出したらC連合だって痛くもない横腹を晒す意味はないわよ。最初から、オラクルの独立支援のためにバーゴイルを派遣させた。まぁ、モリビトとブルブラッドキャリアがいなければ何も起こらずスムーズに関係を修復出来たかもしれないけれど、今回、一番に厄介なのはゾル国が暗躍したかもしれない事実と、C連合は分かっていてオラクルを泳がせた可能性ね」
「元々はC連合の作戦の一部だった、か」
「オラクル独立自体がC連合において戦争の火種作りの体のいい材料だったのかも。あるいは、それを仕掛けたのはゾル国だったかもしれないけれど。どっちにしたって、オラクルは生贄の子羊だったわけね」
鉄菜はあの場において自分達の戦いがどちらにせよ、ゾル国とC連合のシナリオに組み込まれるための戦いであった事を感じ取った。モリビトが動かなくとも、情勢は動いただろう。
「モリビトは利用された、というわけか」
「まぁ体よく利用したつもりなんだろうけれど、わたくし達がバーゴイルを完全に叩き潰さなかったせいでこんなのが出回っている」
彩芽から手首の端末に送られてきたのはオラクル市街における戦いであった。《シルヴァリンク》が大剣を振るって《デミバーゴイル》を撃破する一部始終が映し出されている。
「これはネットに?」
「まだデマの域を出ない、ってのが大多数だけれど、それでもこれを信じればゾル国における小国コミューンの自演を疑わざるを得ない。世界は、少しずつ変わっていっているのよ」
それがいい方向なのか、悪い方向なのかは不明、か。
鉄菜は端末に表示された次の任務を見やった。
「ようやく第三フェイズ、か」
呟いた桃に鉄菜は視線を投げる。
「お前が作戦指揮を司っていたんじゃないのか?」
「勘違いしないで、クロ。モモは第二フェイズまでの概要しか聞いていないわ。そこから先はブルブラッドキャリア本部の指示に従うまでよ」
「ようやく動くって事。本部も思い腰を上げるみたいね」
ブルブラッドキャリア本部、と聞いて鉄菜は自然と空を仰いでいた。リバウンドフィールドの虹が空を覆っている。
虹の果てからやってきた自分達はこの惑星において異端であろう。異端のモリビトを操り、業火の中で戦い続けるしかない。
「第三フェイズは――」
元老院にもたらされた情報に、彼らは困惑していた。
地下ネットワークを探り出し、元老院の義体達が電子音声を響き渡らせる。
『達す。元老院、コード2045を発令。モリビトに関する情報開示を求む』
『承認。モリビトタイプの戦力を判定する』
義体達の頭上にオラクルにおいてのモリビトの戦闘状況が映し出された。投射画面を巻き戻し、元老院は決定を下す。
『青いモリビトの武装に一致する部分を発見。三大禁忌へのアクセスを許可されたし』
『許可する。三大禁忌のうち、この武装はトウジャ、に分類される』
トウジャの機体データがすぐに全員の脳内を同期した。細身の疾駆と青のモリビトとの合致率を弾き出す。
『合致したのは四十パーセント未満。よってこれはトウジャではない』
『トウジャの技術を流用した機体と推定。しかしながらトウジャの技術内容は完全に秘匿されており、持ち出す事は不可能のはず』
『やはり百五十年前の大罪か。あの時、情報が散逸した。元老院設立はあの後である』
つまり元老院がまだ現在のようにシステムとして纏っていない時代における前時代的な情報処理で弾き出された機体がモリビトである、という判定であった。
『モリビトは前時代的な技術領域で造り出された機体……だとすれば現時点での《ナナツー》やロンドが勝利出来ないのもおかしいのであるが』
『《ナナツー》やロンド、バーゴイルの技術を封印しなかったのは第四十二期元老院における議会判断だ。それは全ての技術を封印したところで人は繰り返すものであるという決定から来ている』
人間の知的好奇心を侮ってはいない。その領域を間違えれば人は容易く過去の遺物を掘り返す。
『我々は慎重に慎重を期して、人間の情報網を操り、今日までの平和を築いてきた。その平和を脅かすというのならばモリビトの戦力は軽視出来ない』
『モリビトに関する情報は、他には?』
『残念ながら、もう二機に関してはデータが乏しい。青いモリビトがほとんど矢面に立っている。これは意図的な手段だと思われる』
意図的に青いモリビト一機に世界の敵意を集約させているのだ。それは政治的手腕に近かった。
『分かりやすい敵としてのモリビトのイメージを集める、というわけか。ブルブラッドキャリアのやり口はやはり、我々への復讐か』
『だが元老院議事堂は秘中の秘である。この場所が割れるはずもあるまい』
『何者かが裏切らなければ、の話ではあるが』
お互いを疑ったところで元老院のメンバーは全員、脳髄さえも同調している。何を考えていたとしてもたちどころに分かるのだ。相手を陥れる事さえも不可能な領域である。
『……やはり外部に協力者のある者が、この場にいるようだ』
『外部、とは言っても前時代的な人間の肉体を得たところでどうする? 情報処理では圧倒的に劣る人間の躯体など今さら持ち出したところで』
『だが思考は読めないだろう。どれほど人間の肉体に意味がないと言っても』
現時点のような相手への牽制すらも出来ない領域からは脱する事が出来る。人間の肉体には不備が生じるものだが、それがイコール意味のない、というわけでは決してない。
『……元老院の誰かが、人間体を別に持っているとでも?』
『腹の探り合いなど意味があるまい。我々は既に総体なのだ』
『総体が騙し合いをしたところで決着がつかないのは目に見えているだろう。今は、ブルブラッドキャリア排斥のために動くべきだ』
『その意見には同意するが、ではモリビトを倒すのにはどう動く? 三大禁忌を、人間の前に晒すわけにもいくまい』
『何のために百五十年も封じてきたと思っている。モリビト、トウジャ、キリビトはかつて星を滅ぼしかけた大罪の徒だ。それらを民草に与えれば、人間は何度でも繰り返す。愚かしいほどの罪を』
『だが少しでも情報を開示しなければ、モリビトへは永遠に届くまい』
沈黙が流れた。今までモリビト討伐を思索していた者達が一斉に一つの考えへと集約されていく。
『……部分的な開示に留まるのはどうだろう』
その提案は全員のものであったが、一人の発言として捉えられた。
『部分開示……トウジャ、モリビトの武装を開示し、国家に再現してもらうというのか』
『それならば民衆には伝わるまい。安全な形だとは思うが』
『異議あり。部分開示であっても、人間にそれを与えるのは危険過ぎる』
『ではどうするというのだ。今のままではモリビトに煮え湯を飲まされるだけだ』
『タチバナ博士、という人物がいる』
一人の人物の経歴を即座に呼び出し、元老院は思案を浮かべた。
『人機研究の第一人者か』
『彼に真実に至ってもらおう』
『危険が伴うのでは?』
『だが彼のような人間に少しでも張り合ってもらわなくては、大国がどれほどの時間を費やしてもモリビトには勝てない』
その結論は全員の総意であった。
『タチバナ博士にコンタクトを取る。人間体が必要だ』
『不死の元老院の命令権において、人間体を操るのは誰か』
『私が行こう』
一人の判断に元老院の決定が集約される。
『ではコード031を発令。元老院の記憶データを伴った人間型端末を作成する。作成時間は1200秒ほど』
『了承した。1200秒後に人間体を生成。人間体はそのままタチバナ博士との接触に移る』
『しかし、もしタチバナ博士が我々に勘付いたらどうするか』
『その場合は仕方あるまい。死んでもらう』
その決定に誰も異議は挟まなかった。