「……ブルブラッドキャリアの操主を保護しただと?」
レジーナはその報に問い質す。サカグチは淡々と返していた。
『見殺しにするのは惜しいと判断した』
額に手をやり、現状での戦力と数えるべきか、と思案する。
「……分かった。ライブラへと招いてくれ」
『言われずとも』
通信が切られ、部下へと言葉を返す。
「状況は?」
「芳しくありませんね……。連邦の全てのシステムがこちらからの介入を拒んでいます。それだけじゃありません。ちょっとでも手を緩めればバベルからの逆探知からのハッキングが……」
また一つの端末がショートした。無理やりファイアウォールを確立させ、浸食される前に物理切断を行っているのだが、もう五台目の筐体が音を上げている。相手はそれだけ本気なのだろう。
レジーナはこの状況に歯噛みする。
「敵は……いや、ここでは暫定的に敵と評するが……バベルを逆利用し、世界各地の情報網を麻痺させている。しかし、実際に情報を使っている者達からしてみれば、麻痺させられた、と言うよりも情報のかく乱だ。意図的な情報の偏向。それだけではない。連邦軍の起こした友軍機の撃墜映像を流し、民衆に血続排除を扇動している。……だがどうして今なんだ? 血続の情報は?」
部下はキーを叩きつつ、情報開示された血続反応を持つ者達の所在を確認する。
「どうしてだか、民間レベルまで開示が下がっています。人々に魔女狩りでもさせるつもりなんでしょうか?」
「魔女狩りか。さもありなんだな。血続の排除運動を促進したいのならば。だが、分からないのはタイミングだ。血続排除、その目的を実行させるのに、こうも一斉に民衆が賛同しているのは奇妙なんだ。加えて議会承認を得ない形でのコミューンへの攻撃作戦。どれもこれも異常なのに、誰もそれを異常だとは思っていない……。まるではかるべくして、この機を狙っていたかのように」
「狙っていた……。血続を排除して、でもどうするんです? 新しい戦乱の種を生むだけじゃないですか。血続至上主義が説かれているわけでもないですし、血続は今のところ、地上認識では少し人機操縦に長けた人種としか……」
そう、それが共通認識であるはずなのに、急に民衆の敵として設定されるのが不気味なのだ。新連邦は融和政策を取っていたはずなのに、先の作戦が少しでも民間に露見すれば一気に失墜する。
あまりにもずさん。そして、タイミングがおかしい。
レジーナは顎に手を添えて考慮する。この状況、誰が一番に得をするのか。
「得にならない行動を可能にするとすれば、それは前後を全く気にしていない場合だろう。だが、そんな相手が今の地上に存在するとは思えない。新連邦の政策に反対していても血続の虐殺など民よりの反感を買うだけだ。だから誰も得しない戦いを繰り広げられるのは単純に……」
「どうかしている、ですよね。誰も得しない戦場なんてあり得ないって言うのは、局長の言葉振りじゃ説得力ありますよ」
そこまで口にして、あっと部下は口を噤む。自分が旧ゾル国陣営に所属し、エホバに味方していたのを知っている部下だ。失言だと感じたのだろう。レジーナはあえて追求しなかった。
「……いずれにしたところで、敵がはっきりしない。何が、何のためにこの戦いを起こしている? ブルブラッドキャリアが動いているのはミスターサカグチの言動からして明らかだろう。彼らはこの状況に胡乱なものを感じ、介入してきたのは疑いようもない」
「ブルブラッドキャリア側に通信でも繋いでみますか?」
その提言にレジーナは、いやと熟考する。
「ネットワークを使って逆探知されるのは旨味がない。ここは直接、ブルブラッドキャリアの操主と会う。面会の後、身の振り方を決めるのが現実的だ」
今の地上で少しでも迂闊な動きをすればすぐにでも連邦の正規軍が飛んでくると思っていいだろう。そうでなくともサカグチを使って軍の作戦を潰した。相手からしてみれば攻撃する理由は充分にある。
「……了解。しかし煮え切らないですね。敵が誰なのかも分からないなんて」
まさしく、である。レジーナは思案を浮かべていた。
「この地上で、私達は何を信じればいいんだ……」
桃の《ナインライヴス》の帰投に、真っ先に格納庫に出払ったのはニナイであった。
格納区画にてニナイは気密服に身を包み、桃へと無重力空間で言葉を振っていた。
「桃、作戦行動お疲れ様。地上の胡乱な動きを察知したって聞いていたけれど……」
《ナインライヴス》のコックピットより這い出た桃はヘルメットのロックを外し、一つに結い上げた髪を揺らす。
「どうやら……思ったよりも厄介な事になっているみたい。茉莉花に説明しないと」
『それには及ばない。ここで聞く』
不意に開いた《ナインライヴス》の通信ウィンドウに桃は嘆息をついていた。
「プライバシーってないの?」
『報告が先だ。情報統制室に来い。ニナイも、だ。場合によっては《ゴフェル》を発艦させる』
「月面から? でもブルブラッドキャリアの動きが活発になれば融和政策への協力と言うスタンスが……」
『そうも言ってはいられないらしい。鉄菜からの定期連絡が途絶えた。サブロウに自動送信させるようにしているシステムに異常が発生した、という事だ。サブロウがこの状態に陥るとすれば、ネットワークを鉄菜自ら絶った事になる』
「クロが……ネットをあえて絶ち切った?」
現状の地上の状態を正確にモニター出来ないのは痛い。しかし、茉莉花からしてみれば反証材料を得るのには役立ったらしい。
『これは想定し得る最悪のケースの一つだ。《ゴフェル》にはモリビトのサードステージ案である三機と、《モリビトシンス》を積載し、地上への介入行為を開始させる』
「でも、茉莉花。まだどうなっているのか分からないんじゃ……」
『それが問題なんだ。吾と美雨が全力で調査しても、何も分からない。それが一番の問題なんだ』
調停者と同じ能力を持つ二人が血眼になっても「何も分からない」。それがどれほどの脅威なのかは容易に判断出来る。
「……モモの新型は」
『既に準備は出来ている。しかし、こうも早く使う事になるとはな』
新たなるモリビト――《モリビトノクターンテスタメント》。出来得る事ならば乗らないのが一番にいいと判断していた機体に搭乗する事になるなど。
「そっちに向かうわ。ローカル通信で先に情報だけ送っておくから解析しておいて」
《ナインライヴス》を離れ、桃はニナイと共に無重力区画を漂う。ニナイはどこから話題の穂を継げば、と困惑しているところで桃の声が入っていた。
「やり切れないわね。地上であれだけ隠密行動を取っていて察知されるなんて」
「あなたのせいじゃないわ。地上が暗雲に包まれつつあるのは事実でしょう」
「でも……敵が見えないのは普通に不気味。それに、情報取得中に襲ってきたあの男も……。刺客にしては全く敵意がなかった」
敵意のない敵。それは今までの常識を覆す相手だろう。
「新連邦の放った、新しい敵の可能性は……」
その言葉に桃は頭を振る。
「ゼロじゃないけれど、可能性は薄い。それに、茉莉花にも同期を頼んだけれど、どうしてだか連邦内と民間で、新連邦政府が推し進めていた血続による新型人機の開発と、その実験映像が流出している。まるで全ての元凶は血続だって言うかのように」
血続が敵。その最悪のシナリオは恐らく地上を混迷に押し包むだろう。
地上の民同士が銃を向け合えば、その状況に介入するのがブルブラッドキャリアの役目だ。
そのためにモリビトを開発してきた。だがニナイからしてみれば、《ゴフェル》の解放とモリビトの出撃は最終手段だと思っていただけに、こうも急かされる状況そのものが不本意である。
面を伏せたニナイに桃が声を搾る。
「……血続は決して少なくはないはず。それに、もしその血続を敵に据える思想がブルブラッドキャリアにも及べば、否が応でも戦わなければいけないかもしれない。また、モモ達は望まない戦いを強いられる」
「桃、蜜柑はしっかりやってくれているわ。あなたの役目であった教官身分を」
そこまで話すと、桃はどうやら悟ったらしい。漂っていた身を止め、そうと静かに声にする。
「蜜柑には……だいぶ苦労をかけているわね」
「鉄菜も地上に向かってくれている。私達に出来る事は、そりゃ少ないけれどでも……やれるはずよ。二年前に勝ち取った未来、無駄にしたくないもの」
散っていった命に報いるためには、戦うしかない。銃を取る事で掴み取れる未来があるのならば、自分達は喜んで泥を被ろう。
「それがブルブラッドキャリア……ね。クロには即座に合流する。茉莉花の解読が、うまく行っていればいいけれど……」
情報統制室には既に呼ばれていたのか蜜柑が同席していた。隣には候補生身分の少女が佇んでいる。桃を見かけるなり、少女は目を見開いていた。彼女からしてみれば、教本で教えられるだけの存在であろう。
「あの……あなたはもしかして……」
「ええ、モリビトの執行者。桃・リップバーン」
「やっぱり……! その、いつも訓練の時に、データを観させていただいていて……。血続じゃないのに撃墜成績がトップクラスなのはその……憧れで……」
「そこまでだ。いちいち絡むんじゃない。今、一つだけ重要な事が分かった」
制した茉莉花に少女がおどおどする。蜜柑が歩み出ていた。
「何が分かったの?」
「一つは、桃を襲ったという男に関して。状況と市民IDを照合したが完全な民間人だ。軍籍もない。つまり、新連邦の陰謀と言う線は極めて薄くなった。それにお前が覚えた違和感……。男の所持していたという物品から抽出されたものに、一つだけ、外部との交信を可能にする端末があった。その端末に入っていたのは、別段珍しくない。通常の端末だ。諜報員の持つような特別製じゃない」
「特別な端末でも、ましてや諜報員でもない……? じゃあ桃の居所がどうして分かったって言うの?」
ニナイの質問に茉莉花は解析画像をスクリーンに出す。桃の過去六時間のログが抽出された。
「これは、バベルによる管理ログだ。だが暗号化されている。これを解読するのには、月面と同じ、バベルが必要になってくるだろう。桃の足跡を追うのにはバベルは必須であったと言える」
「……地上のバベルを使った何者か?」
「厳密には、それも違うだろうな。地上のバベルは奥深くに封印され、惑星の人々が使えるのは一部機能のみ。レギオンや元老院が使用していたほどの深度の使用が許されているのは軍部レベルだろう。それでもエクステンドチャージ実用機を量産は難しいと判断しているという事は、軍事利用には向かない、という側面を理解している。星の人々はバベルネットワークに関与する術を持たない。……ただ一つの例外を除いて」
「例外、って?」
茉莉花はコンソールを操作し、投射映像に映し出されたOSを睨む。
「……地上の者達はバベルネットワークをブルブラッド濃霧に左右されない、画期的な通信方式として採用した。通称、バベルの詩篇。これはほとんど、惑星全土を覆うシステムネットワークとなり、今日の産業、人々の営みを支えている基盤だ。このバベルの詩篇を組み込んだ端末を、桃を襲った男は持っていた」
「バベルの詩篇……、ブルブラッドキャリアからの調査対象には挙がっていないの?」
その質問に茉莉花は頭を振る。
「必要最小限の干渉、という我々のスタンスが仇となった形だったな。バベルの詩篇に関しての情報は意図的に拾わないようにしている。今、二時間前よりバベルの詩篇の疑似ネットワークをローカル通信域で拡張させているが……これがどうにも胡散臭い」
眉根を寄せた茉莉花にニナイが端末を取り出す。
「私達の使用する端末や制御基板は、全て月のものを使っている。バベルの詩篇のモデルケースがない」
「だが、それ故にこの現象を客観的に分析出来る。バベルの詩篇とはバベルネットワークのどの部位を使用し、そしてどこをどう利用しているのか。それを観測するのに惑星の中ではほとんど不可能だ。だが吾ら月面ならば出来る」
惑星の外ならではの目線か。ニナイはしかし歯噛みしていた。
「……こうして順番に物事を進めていくしかないってのは」
「それも致し方なし、だろう。美雨、バベルの詩篇の解析状況を」
「うん、現在、六十パーセント解析済み。でも、何かこのOS……変」
美雨が唇をすぼめ、その間にもキーを打つ手を休める事はない。
「変とは何だ。名言化しろ」
「変なんだよ……。これはローカル通信域だから惑星側にあるバベルの詩篇に察知される事はないんだけれど……何かが仕込まれている」
「何か、か。それが何なのかは」
「ネットに繋がないと絶対に反証出来ない。でも、ネットに繋ぐのは危険だって、ノヴァリスさんが証明した」
茉莉花はそこで作業を一旦打ち止め、肘掛けを握り締める。
「ある意味では……星に降り立った鉄菜の判断が全ての答え、か。鉄菜がどう動くか如何で、我々も行動を考えなければならないかもしれない」
「でも、クロを助けないと! 何が起こっているのかモニター出来ないのは下策でしょう」
声を張り上げた桃に茉莉花は手を払う。
「何年戦い抜いていると思っている。あれも充分に戦士だ。状況判断では吾よりも数段階上。殊に戦場では研ぎ澄まされているはず。その鉄菜が、完全に接触を絶った。これはそれ自体に意味があると見るべきだな」
「ネットに繋ぐのは、危険だって事……?」
「分からない。分からないが、美雨の所感で妙だと言うのならば、このOSにはウイルスでも仕込まれている可能性はある」
「抗生防壁は?」
「常に厳だ。しかし、その抗生防壁を突破されれば今度は月面を手中に置かれる。今、こちらに分かっている事は、惑星の価値観を一変させるほどのシステムが存在し、その容疑者と思しきものが、バベルの詩篇である事」
桃は一拍挟み、尋ねていた。
「開発者は誰なの? 開発した人間から、OSの目的を探り当てる」
その方針に茉莉花は肩を竦めていた。
「それが、な……。開発支援に携わった人間はみんな墓の下だ。ある意味ではこの期を狙っていたかのように。だが一人だけ存命の人物がいる」
「それは誰? その人物を確保し、月で尋問する」
「強引だな。それほど鉄菜の現状が心配か?」
問い返した茉莉花に桃は無言を是とする。ニナイは二人の間に流れる緊張感に、焦燥を声にしていた。
「慌てたほうがいいのは分かるわ。《ゴフェル》を動かそうにも、鉄菜がいないんじゃ、完全なモリビト三機の介入も出来ない。それに、もし……人類がまた道を踏み誤った時に発動させるはずだった、切り札のモリビトも」
ニナイが浮かべた懸念に茉莉花は開発チームへと声を振っていた。
「《モリビトザルヴァートルシンス》は? 出せそうか?」
繋がった相手先から慎重な声が返ってくる。
『難しいですね……。ザルヴァートルシステムの実用化には反証材料が要るんですが、現状の政権には融和政策を取っていた以上、大規模戦闘におけるパフォーマンスは机上の空論めいていて……』
「要するに、鉄菜がいないと出せないし、それに出したとしても《ザルヴァートルシンス》が想定通りに動くかは不明なんだな?」
問い質されて相手は困ったらしいが、すぐに応じていた。
『手厳しいですが、そうとしか言えません』
「……だ、そうだ。これでも《ザルヴァートルシンス》の可能性に賭けるとでも?」
ニナイは言葉を仕舞う。現状、三機の新型機で仕掛けたとしても、それそのものが罠の可能性もある。むざむざ死にに行かせるような真似は推奨出来ないだろう。
「……《ゴフェル》も先行し過ぎないほうがいいかもしれないわね。隠密に長けた機体での調査、それが望ましいんじゃ?」
「とは言ってもな。《ナインライヴス》と《イドラオルガノン》は既に惑星が識別コードを振っている。すぐに察知されるぞ」
こう着状態か。全員が面を伏せたその時、不意に美雨が短く悲鳴を上げていた。
「どうした、美雨」
「……通信域を確認。バベルの詩篇を調査しているところに枝をつけられたみたい。強制接続の通信……遮断してもいいけれど……」
目線で窺った美雨に茉莉花は首肯していた。
「繋いでやれ。何か、意味のある事かもしれない」
美雨は一拍の逡巡の後、頷いていた。
「通信ウィンドウ、出すよ」
投射画面に映し出された物体に皆が息を呑んでいた。それは、紛れもなく――。
「……アルマジロ型サポートAIの……躯体?」
ブルブラッドキャリアが用いる戦闘AIの躯体がどうしてだか接続先からこちらを見据えている。どうして、と総員からざわめきが上がる前に、声が発せられた。
『……ようやく、繋がってくれたか』