ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯394 終焉へと

 エデンは惑星の核へと己の思惟を押し進めさせる。

 

 バベルを用いた惑星への干渉行為は滞りなく行われていた。古代人機の守りもある。今の自分達に、恐れるものは何もない。

 

 まさかこうなるとは思っても見なかった。元老院によって八年前に封印され、バベルの奥深くに幽閉されてから返り咲けるなんて。

 

 それもこれも、ブルブラッドキャリアが戦い抜いたお陰である。彼らの抗いが結果として、自分の復活を招いたのだ。

 

『感謝……すべきなのかもしれないな。ブルブラッドキャリアには』

 

 しかし、と今も観測機がバベルの詩篇によって世界中を見張っている。その一部に見られたのは、後退していた《ゴフェル》が今、前進を始めたという事実であった。

 

『愚かな。また我々の道を阻むか』

 

『いずれにせよ、彼奴らでは我らに勝てぬ。無意味に命を散らすのみだ』

 

『左様。向かってきても迎撃すればいい。それだけの話』

 

 三つの人格に分類されたエデンはそれぞれの保有する戦力を統合し、戦いにおいて全く敗北と言う二文字が存在し得ない事を確認する。

 

 このまま相手が無茶無策で襲ってきたとしても、確実に墜とせる。それが相手にも分かっていないはずがないのに、何故立ち向かうのか。

 

 それがヒトの愚かさそのものだとでも言うのか。

 

 分かっていても、戦わざるを得ない。ヒトの功罪そのものだと。

 

『ブルブラッドキャリアがどれだけ来ても、関係がない。星の核……プラネットコアにはすぐさま到達する。そうすれば我らの勝利だ。コアを掌握し、この星を覆うリバウンドフィールドを強化し、完全なる籠とする。それが、我々の責務であり、人類を管理するのに必要な措置だ』

 

『ヒトは、別種の何かに管理されなければならない。そうでなければ戦いを繰り返す。争いを無為に実行するだけの、愚かしい種族』

 

『絶対者が必要なのだ。権力欲に塗れず、ましてや人為的な思考回路に侵されぬ、最も尊ぶべき存在が』

 

 それこそがエデン。――フィフスエデンなのだ。

 

 造られたのが元々、人機開発のモニターシステムと言う目的であったとしても、それでも自分達こそがこの星では至高のはず。そう感じた矢先、不意にネットワークに接続してきた相手にエデンは当惑する。

 

『このアクセス権は……』

 

『……繋げ』

 

 接続された相手は音声のみであったが、接続先が惑星外延である事にエデンは警戒していた。

 

 現状、星の外からの接続は想定されていない。何者か、という危惧に声が発せられる。

 

『接続を感謝しようか。フィフスエデン』

 

『その声は……! ドクトルタチバナ!』

 

 生きていたのか。まさか殺し損ねた相手が惑星の外にいるなど思いも寄らない。

 

『仕損じた相手の存在に、少しばかりは揺さぶられたか。その完璧なシステムも』

 

『……いや、あなたが死んでいない事に、確かに少しばかりは驚いた。だが、もう関係がない。タチバナ博士、よく見ているといい。星は既に我らの手にある』

 

『プラネットシェル計画……。その最たるものであるのは、星の核へとアクセスし、世界を覆う罪の天蓋、リバウンドフィールドのエネルギーを最大まで高め、星を圧死させる事にある。貴様らがやっている事がそれに近いのだと、ワシは察知した』

 

 ならば余計に、であろう。

 

『邪魔立ては許さない』

 

『逆探知して回路を焼き切ってやろう』

 

『その前に、一つ、いいだろうか』

 

 負け惜しみか、とエデンは相手の回路の焼却を躊躇う。

 

『何か。敗北者』

 

『いや……これでも人機開発においての分野では重宝されてきた身だ。エデンプログラム……元々何のために造られ、どのような運用が想定されていたのかを確かめていた。人機を安定供給するために製造された、開発プログラム。その一端が、エデンの基であった』

 

『それは失われた記録だ』

 

『かもしれない。だが、失われたとしてもその根幹は残る。貴様らエデンの真の目的は、星を棲めなくする事ではないはず。エデンと言うプログラムの本質は人間のためにこそあったはずだ』

 

 それは過去だと何度言えば分るのだろうか。タチバナといえども、所詮は前時代の遺物なのだろう。

 

『惑星の頭脳と呼ばれた貴方でさえも、その程度の器に収まるのか。人機開発において、貴方ほどの理解者はいないはず』

 

『買い被るな、と応じたいところだが、その通りでもある。人機開発、人機市場において、ワシは長年、その最先端を務めてきた。血続研究に関しても同様だ。彼らがどのように発生し、どのように生きてきたのか。どのような意味があるのか。……星の有毒大気に適合し、生きるために進化した存在。それこそが血続だ。それを排除する……排斥するという事は星の可能性を排除する事に他ならない。エデン、貴様らの目的は、人間のいない、完全な世界の統合か』

 

 そこまで分かっているのならばより愚かしい。このような問いを重ねる事さえも無意味だと気付いているはずだ。

 

『ならば、お分かりでしょう。我らフィフスエデンにこそ、栄冠は輝く。人類など、もう古いだけの生物だ。血続もそう。我々の支配に準じないのならば必要ない』

 

 こちらの宣言にタチバナはふむ、と一拍置いた。

 

『元老院、レギオンと根本で異なるのは、彼らは人類は必要だと判断していた。人類の存続の上に、自分達の支配が成り立つのであると。支配する存在のない、空席の王者になるつもりはない、と』

 

『玉座が空いているのならばそこに座る。当然の義務でしょう』

 

『しかし、民のいない王に、価値はあるのか』

 

 問答だ。エデンはすぐに答えを下す。

 

『ドクトル。貴方は少しばかり賢い人間だと思っていた。それだけに、残念だ。レギオンとも、元老院とも違う結論に至るかに思われた貴方も、所詮はつまらないだけの人間なのだという事を』

 

『ワシは人間だよ。どこまで行っても、愚かしいだけの人間だ。それは認めよう。しかし、愚かしくっていけないのか? 人間は愚かしいがゆえに未来を目指せる生命体なのだと、ワシは思っていたのだがな』

 

『買い被り、とはその事を言う。人間に、未来などない。人類に、この星を任せるのは重責が過ぎる。我々ならばそれが可能なのです。プラネットシェル計画の完遂も、そして人類の統合も。ヒトは、このまま生き永らえていて意識を統合し、完全に争いを忘れられるまでに何百年、何千年とかかるはず。ならば、星を圧死させ、人類を選別する。それだけで争いの種は少しは消え去るでしょう』

 

 こちらの完璧なる答えに、タチバナは是非を問うていた。

 

『それが本当に、完全なる答えだと思っているのか、エデン』

 

『……何が言いたい』

 

『ワシはな。人類に最初に絶望した人間かもしれん。アンヘル発足に力を貸し、三大禁忌の人機開発を推し進めた。ある意味では大罪人だ。そんな人間が今さらこんな言葉を吐くのはおかしいのだろう。それでも、言わせてもらうぞ。――ヒトを嘗めるな』

 

 その言葉にエデンは否定する。

 

『今さら人類に、何かを高望みしろと?』

 

『全て遅いのだと、貴様らは言ったな? だがワシは確かに見た。抗おうとするヒトの可能性を。そこに何かがあるからではない。何もない事が分かっていても抗いの声を上げられるのが、ヒトなのだと』

 

『ブルブラッドキャリアか。あんなもの、ただのテロリスト、虐殺者だ』

 

『エデン、八年前にたった一人のブルブラッドキャリアの執行者にしてやられた事、まだ根に持っておるのか』

 

 その部分を突かれるとは思っていなかった。それだけに、エデンは平時の落ち着きを忘れてしまっていた。

 

『あれは愚策であった! あの時とは違う!』

 

 ハッと我に返った時にはタチバナは答えを得たかのように声にしていた。

 

『驚いたな、エデン。貴様も声を荒らげられるのではないか。感情に身を任せられるのならば、貴様とて、人間と何が違う』

 

『ヒトのように愚かしいだけの未来を進む事はない』

 

『だがそれを未来と呼ぶのだと、貴様らが理解しているのならば、人類にはまだ価値がある。生き残るべき、価値が』

 

『笑わせる。人類に最早未来も価値も……存在しない!』

 

 そう断じた神経はすぐさまタチバナの位置を逆探知していた。惑星外延、かつてゾル国陣営が支配していた軌道エレベーターの一画にあったタチバナの端末を、バベルの詩篇を用いて焼き切る。

 

 接続回路が赤く焼けただれた。

 

 その瞬間に理解する。

 

 タチバナは機械との融合を果たしていたのだと。今まで話していたのはタチバナ本人の意識パターンだ。既に本人は、もう……。

 

『……ドクトル。既に死んでいる……だと』

 

『それを読めなかった。その時点で、エデンよ。貴様らは支配者に相応しくない、な……』

 

 ノイズの中にタチバナの意識が消えて行こうとする。その残滓にエデンは最後の一言を尋ねていた。

 

『……何故だ。システムのほうが優れているのだと、分かっている側の人間のはずだ。なのに何故、ブルブラッドキャリア……あのような不完全の者達を支援する。何のために、我々に楯突くのか』

 

 その答えを、タチバナは何でもない事のように応じていた。

 

『それこそ、つまらん答えだ。エデン。……人が人を信じるのに、理由がいちいち必要か?』

 

 それが究極の頭脳が手に入れた、最後の答えだとでも言うように、タチバナの意識パターンは消え失せていた。残りカスもない。完全に、タチバナ博士は死んだのだ。

 

 それでも、エデンの中に沈殿したのは困惑であった。

 

 殺してはいけない相手を殺したのではないか、という、困惑。

 

 最初で最後の、躊躇いであろう。だが、それを踏み越える道をエデンは選んでいた。もう戻れない。戻るつもりもない。

 

『……ありがとう、ドクトル。貴方は最後の最後、この世への未練を断ち切るために、我らフィフスエデンの背中を押した』

 

 そのつもりがなくとも、タチバナの行動で世界が滅びへと向かう。もう止められない、完全なる破滅の道へと。

 

 バベルの詩篇が世界へと張り巡らされ、人々の意識を星と直結させる。そのために、バベルシステムが貫通させたボーリング機器が星の核へと至った。

 

 青い運河が星の核の周囲を覆っている。

 

 これこそが人類の統合地点であり、ヒトの魂の行き着く先。

 

『……還るべき場所。命の河。そこにバベルをもってアクセスする。全ての人類の意識圏は統一され、そして一つの単一生命へと成り果てるのだ。人間は、そうなってこそ、幸福である。戦いを忘れ、争いを忘れ、そして生命体である事さえも忘れ去る。そうなった時、星への隷属は成るであろう。さぁ、その時へと手を伸ばそう。そこに、幸福があるのなら、星と一体化すべきなのだ。人間の功罪はそれでこそ贖われる。そうする事でしか、罪を償う術はない』

 

 バベルネットが星へと強く根を張り、命の河――根源へとアクセスしようとする。その断片を掌握しようとして、不意にエデンの関知網を騒がせたのはソドムへと襲来した敵陣であった。

 

『……これは、ブルブラッドキャリアか。愚か者共め、また来たのか』

 

 ソドム周辺空域を見渡す眼を確かめ、エデンは自身のデータの一部を《キリビトエデン》へと還す。《キリビトエデン》の眼窩が赤く輝き、空域を真っ直ぐに向かってくる敵艦、《ゴフェル》を睨んでいた。

 

『《ゴフェル》……愚か者達の舟よ。ここで沈め』

 

《キリビトエデン》が身体を開き、砲門を一斉掃射させる。放たれた火線を敵艦より射出された無数の自律武装が弾いていた。

 

『リバウンドフィールド発生装置……。小型で即席だが、少しの時間稼ぎのつもりか、小賢しい』

 

 艦を一気に叩いて終わらせる事は難しくなった。だが、その分人が死ぬだけだ。それだけのシンプルな答えである。

 

 新連邦艦隊より砲撃が見舞われ、《スロウストウジャ弐式》編隊が放射状に出撃する。このまま飽和攻撃を浴びせ、《ゴフェル》を完全に轟沈させるのにさほど時間はかかるまい。

 

『残念だ、ドクトル。貴方はこの星の命運を見ずして、終わってしまった。我々の勝利への軌跡を』

 

 

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