「つまらねぇ仕事を引き受けちまったもんだ」
頭蓋を射抜かれて即死した兵士を眼下に、一服を吹かしていた。部下が清算を終えたのか、こちらに歩み寄ってくる。
「ガエル隊長、こいつらてんで素人です。軍人って言っても僻地軍人じゃないですかね」
その報告に刺青男――ガエルは毒づいた。
「なんて事はねぇ、消耗品同士の戦いだったってわけか」
「女の居所は三つだけ明らかになりました。祝勝会に行きましょう」
三つか、とガエルは舌打ちする。あまりにも益のない戦場はつまらなくって仕方がない。
「殺し甲斐もねぇ連中だ。旧式の《ナナツー》なんて持ってくるまでもなかったな」
「この先に地雷原があります。そこに誘い込む算段だったのでしょう」
浅はかな作戦にガエルは心底うんざりする。
「つまらねぇ戦場につまらねぇ戦術。こんな場所でしか生きていけねぇオレ……どこまで行っても戦場ってのは当たりハズレが酷いな」
「ハズレの戦場を引いた場合、とんだ貧乏くじですからね」
ガエルは紫煙をくゆらせつつ今しがた撃ち殺した兵士のIDを読み取った。端末に表示された情報を基に兵士達の残存戦力と雇い主を明らかにする。
早速通話に持ち込んだ。通常の通信機器ではブルブラッド大気の濃さが邪魔をする。わざわざ《ナナツー》に飛び乗り専用の通信回線を開いた。
投射画面に映し出されたのはデスクに座る男である。C連合の一等地が背後に見え隠れしていた。
「ハロー、ミスター。あんたの雇った兵士は全滅したよ」
その言葉に相手は震撼するよりも先にこちらに問い返してきた。
『お前達は……』
「戦争屋だ。あんたに連絡を取ったのは他でもない。オレらを雇ってみねぇか、って相談をするためだ」
『相談……わたしの軍を潰しておいてか』
「おいおい! よく言うぜ。お前ら一流商社に務めている人間が戯れに戦場に金を流す。その戯れの金で動く兵士をオレらが狩る。んなもん、出来上がって随分と経つルールだろうが。代理戦争システムが構築されて久しいってのに、今さら傍観者気取るつもりかよ」
男は周囲を見渡し、潜めた声で言いやった。
『……分かった。雇用条件は』
「後でメールで纏めて送ってやるよ。エントリーシートだ。ただし! オレは高いぜ? 気ぃつけな」
一方的に通話を切り、ガエルは紺碧の大気に煙い息を混ざらせた。不思議な事にブルブラッド大気下では煙草の煙は赤く発光する。
その様子が可笑しく、ガエルは笑みを浮かべた。
「とんでもねぇ戦場ってのはどこかにないもんかねぇ。惑星の隅っこで戦っていても、どうせ木っ端役人とそいつらがけしかけた敗残兵との残飯戦だ。どうにも食ったってつまらねぇ戦場ばっかり」
「そいつは仕方ありませんよ、隊長。冷戦ですから」
「戦争がしてぇなぁ。こんなつまんねぇ隅っこ戦場じゃねぇ、もっとでけぇ戦場で、だ。命のやり取りもこれじゃ飽き飽きするぜ」
コインを手にガエルは《ナナツー》のコックピットでふんぞり返る。
その時、不意に通信を震わせた着信があった。先ほどの商社マンか、と通話先を見ると暗号化通信になっている。
胡乱そうに見やりながらガエルは通話を取った。
「……さっきのサラリーマンじゃねぇのか?」
『君らに個人的に依頼を頼みたくってね。……今、仕事中か?』
「ちょうど終わったところだ。だが、どうしてこの位置が分かった?」
ブルブラッド大気濃度は七十パーセント以上。コミューンからの通信でこちらの位置取りを掴むのはほとんど不可能だというのに。
通話先の相手は顔も見せぬまま「音声のみ」の表示の向こう側で笑ったようであった。
『君らは思っているよりも有名人だ。だから、それを見込んでの依頼なんだがね』
「戦争屋に依頼を吹っかけるってのは、意味が分かっていってるのかい?」
『無論だとも。報酬は約束するし、何よりも満足させよう。それが条件だろう?』
こちらの事をある程度理解している。ガエルは逆探知システムを使用し相手の位置を掴もうとした。
「随分と買ってくれるじゃねぇの。だっていうんなら、分かってんだろうなぁ? 戦場じゃ、金も命も、何もかもが等価だ。オレらに吹っかけた時点で、てめぇの足元もズブズブだよ。分かってなきゃこんな場所まで通信を繋げてこないよなぁ?」
『戦争屋、何よりも報酬と依頼内容できっちり働いてくれる、真摯な人間だと思っているよ。ガエル・ローレンツ』
フルネームを掴まれている。ガエルは警戒を解かずに出来るだけ通信を長引かせるように務めた。
「そりゃ、こっちだって商売だからよ。当たり前に報酬くらいは約束してもらいたいねぇ。あんた、オレらがどれくらい戦場を渡り歩いてきたかも分かってんのか?」
『データベース上にある限りでは……』
読み上げられたのはこちらでさえも忘れていたほどの膨大な戦場のデータであった。ガエルは煙草の火をもみ消し、通信に集中する。
「……何者だ、てめぇ。伊達や酔狂じゃねぇな? オレに、何を望んでいる?」
『何を? 相応しい仕事だよ』
「相応しい? どこの戦場だ? どこで野たれ死ねって言ってる?」
『……こちらと君との間には微妙に考えの差異があるようだ。だからあえて言っておこう。君に頼みたいのは他でもない。正義の味方だよ』
正義の味方。そのあまりに浮いた言葉にガエルは眉根を寄せた。
「おい、湧いてんのか、あんた。正義も何も、オレ達は戦場を練り歩く悪人だぜ? 人の負の側面が大好きな純粋悪だ。だって言うのに何だ? ヒーローにでもなれってか?」
冗談めかして放った言葉に相手は真剣に応じていた。
『そうだな、その通りだ。君にはヒーローになってもらう。世界を救ったヒーローに』
「そいつは無理な話だぜ、ミスター。オレらは天国に行くのにはちょっとばかし手が汚れ過ぎちまってる」
『天国なんて要らないだろう? 君はこの地上で、英雄になるんだ』
どうにも話が胡散臭くなってきた。ガエルはいつでも打ち切れるように通信ボタンに手をかける。
「……あのな、冷やかしなら他所を当たりな。オレらはマジに命の取り合いをしてるんだぜ? コミューンの中なんか目じゃねぇほどにな。虚栄心やサディスト気取りたいのなら、風俗にでも行って女に一発抜いてもらえ。それじゃねぇならオレはお断りだ」
こちらの言葉に相手は笑い声を上げた。
『思ったよりも手厳しい。そうだな、ビジネスの交渉なのにちょっと夢見がちだったか。だが、案外夢でもないのだよ。ガエル・ローレンツ。詳細は後で送ろう。それこそエントリーシートでね』
通信はそこで一方的に切られた。逆探知システムは途中で焼き切られている。さすがに気づかれたか、とガエルは歯噛みする。
「正義の味方ねぇ……。役割どころとしちゃ、面白ぇが、どうすっかなぁ」
その時、《ナナツー》の通信ウィンドウに先ほどのサラリーマンが繋いできた。料金交渉だろう。
ガエルはそれを一方的に打ち切る。
「すまねぇな、ミスター。あんたよりもよっぽど魅力的な提携先が見つかった。なんであんたの仕事は断らせてもらう」
通信ウィンドウを切り、ガエルは二本目の煙草に火をつけた。
「……さぁて、どんなヤツかねぇ。オレをヒーローにしたい、なんざ」
その口元には愉悦が滲んでいた。