「オラクル軍部に動きあり」との報告を受け、リックベイは上官の部屋を訪れていた。
先日のオラクル武装蜂起の際、C連合はまるで動けなかった。その責務を問われるのかと思っていたが、沈痛に面を伏せた上官はまず投射画面に注目させる。
オラクルから離陸した機体が三機分、静止衛星の画像で映し出されていた。
「どう思う?」
問われたリックベイは写真の撮影日時を確認する。
「オラクルがゾル国に下った後の時刻です。つまりこれは、オラクル軍部とは関係のない写真なのでは?」
「そう思いたいのだが、拡大してみると、この三機は」
最大望遠の画素には立方体の頭部を持つ《バーゴイル》が克明に刻み込まれている。
「オラクルの偽装《バーゴイル》ですか」
「ゾル国が噛んだ、という証拠でもある。連中にとって今、このバーゴイルもどきを動かすのは全く理にかなっていない。この機体の存在はすぐにでも抹消したいはずだ」
「しかし、ゾル国の考えとは裏腹に、この機体が独自に動いている。さしずめ、オラクルの真の目的のために、と言ったところでしょうか」
その言葉に上官が口元を綻ばせる。
「さすがだな。そうだ。軍上層部はこの機体――《デミバーゴイル》部隊をオラクルにおける軍属の上層機関。つまるところ特殊部隊の類だと判断している」
「オラクルの特殊部隊が国家の危機に瀕して出撃せず、どうして今」
「分からん事だらけだが、一番に分からんのはこの部隊のコース」
示された先にあったのはゾル国の軍部基地である。しかし、あまりに僻地で、本国からは遠く離れた場所であった。
「ゾル国に仕掛けるにしては、この距離は」
「解せんだろう? ゾル国への牽制が目的ではないと見ている」
「では、この特殊部隊は何のために……?」
「それを調査して欲しい、というのが今回の命令だ」
上官の言葉にリックベイは返事に窮する。
「しかし……オラクルは既にゾル国の一部です。内政干渉と思われるのでは?」
「隠密部隊を使用する。C連合も何も手をこまねいていただけではないよ。最新鋭の《ナナツー参式》の量産体制には既に入っている。さらに、君にはこれを見てもらいたい」
チャンネルが切り替わり、映し出されたのは整備デッキに収まる《ナナツー》であった。
しかし、現行の《ナナツー》とは機体各所の装備が違う。
バーニアが増設され、さらに高機動を実現するためにか、丸太のように太かった腕や脚に軽量化が見られた。
武装はまだ施されていないが、性能を格段に上げたのは一見して理解出来る。
「新型、ですか……」
「《ナナツーゼクウ》と言う。ロールアウト間際の新型だ。これを君に与えたい」
「自分には、弐式の抜刀術が合っています」
「安心するといい。君のために白兵戦仕様に仕上げる事くらいは朝飯前だ」
しかし、とリックベイは進言する。
「全体の指揮を上げるのならば、軍部全体に参式をもたらすほうがいいでしょう。自分だけのワンオフの機体などもったいないだけです」
その言葉は出過ぎた忠告とも取れるだろう。しかし上官は嫌な顔一つしない。
「全体を俯瞰出来るのも君をその地位に据えている理由だ。その意見は呑める。だが……これは上官ではなく、古くから君を見てきたある種の友人としての贈り物だ。弐式では、モリビトには追いつけない」
その事実にはさすがに言い返せなかった。モリビトを前に敗北したのは事実である。
「ゼクウ、でしたか。この機体がモリビトに比肩するとでも?」
「装甲強度は弐式の倍近くある。特殊装甲はあらゆる実体弾を弾き返す。よしんばR兵装を使われたとしても一発二発ならば耐えられるはずだ。ゼクウは我が方が威信をかけて開発した機体だと思ってくれていい」
「しかし、それならばなおさら……」
なおさら自分だけのというのが納得行かない。上官は嘆息をついてゼクウの性能を読み上げた。
「なかなかに強情だな。与えられればそれを甘受すればいいのに。《ナナツーゼクウ》は参式を軽く超える性能の持ち主だ。そして何よりも、君に合っている。銀狼には最新の機体が似合うという、一種のプロパガンダの意味もある」
「自分は英雄に祀り上げられたつもりはありません」
「謙遜するな。ゾル国のような分かりやすい英雄ではなくとも、君は間違いなくエース級だ。それに《デミバーゴイル》の性能が分からぬのもある。性能試験を兼ねて、エースに搭乗してもらうのは何の不利益もない」
C連合とゾル国の蜜月を示す《デミバーゴイル》を撃墜するのに、新型機は充分な箔がつくと言いたいのだろう。
加えて参式の量産体制が整うという事は、これまでの第三国に遅れを取っていたC連合の軍編成が見直される契機でもある。
その旗印として、《ナナツーゼクウ》は格好の対象だ。
「機体のロールアウトは……」
「すぐにでも出せる。君の要望があるのならば通しておこう」
これは断れない命令か。リックベイは挙手敬礼し、辞令を受け取った。
「了解しました。リックベイ・サカグチ少佐はその任務、喜んで引き受けさせてもらいます」
改まった様子のリックベイに上官は微笑みを向ける。
「堅くなるな、と言っても無駄か。君はそういう性質だったな。紫電に装備されていた実体剣をそのまま移しておこう。OSも紫電のものを流用させてもらう。戦いやすいだろう?」
「感謝します」
「世事はいい。この任務を受けてくれた事自体、随分と譲歩してくれているのが分かる。すまないな、露払いに君のような軍人を遣わすなど」
「いえ、自分は軍属です。命令には従いますので」
フッと笑みを浮かべた上官は頷いた。
「誰も彼もが君のようにはなれないだろうが、わたしは個人的にはいい部下を持ったと思っている」
下がってよしの命を受けて、リックベイは部屋を後にした。
弐式紫電がもう使えないのは少しばかり悔やまれたが、新しい息吹が必要となればその流れには沿おう。
廊下を抜けていくリックベイに部下達が敬礼する。もう辞令は降りているのか、声を弾ませる部下もいた。
「少佐、参式の乗り心地ってどのようなものなのでしょうか?」
「弐式のコックピットが狭いくらいらしいな」
淡白に返して部屋の扉を開けると、甘菓子を頬張っているタカフミと鉢合わせた。
リックベイは目頭を揉む。
「……どうして君はわたしの許可なくこの部屋に出入りする?」
「許可なくって、一応おれも仕官なんで許されてはいますよ」
「心象的な問題だな。ここは職場ではあるが、パーソナルスペースでもある」
「まずったですか?」
「今さらだ。何も咎めまい」
「さっすが少佐! お心が広い!」
今さらごまを擦ったところで無駄だ、と言い返そうとしたが、タカフミにはそのような気もないのだろう。リックベイ宛に贈られてくる甘菓子を頬張りつつモニターを凝視している。チャンネルはゾル国の報道に繋がっていた。
「なんか、大変な事が起こったみたいですよ」
リックベイは席についてから興奮した様子の報道陣を目にする。ゾル国のコミューンの一つに救急車や救命用の人機が殺到していた。
『ご覧ください! 今でもコミューン外壁の修復は間に合わず、復旧作業が難航しています! これはテロなのでしょうか? 外壁に空いた痛々しいまでの損害に救命用の人機が今、到着しました。外壁復旧は現地時間の三時間後には完了するようですが、今も慌しい様子です!』
「何が起こった?」
「テロ、みたいっすねぇ」
「テロだと?」
卓上の端末に最新のニュースを呼び出す。ゾル国の一コミューンで外壁を破壊するテロが実行された事、さらに循環用の浄化槽が攻撃を受け、数万市民に汚染大気が降り注いだ事を示している。
「テロだとして、どこの国なんすかねぇ」
「ゾル国にテロだと? そんな事をして何の得がある? ゾル国の軍事力を知っていれば、容易にテロなど起こすはずもない」
「あの国はカラス部隊を動かさせれば一級ですから。加味してもどこの国も旨味はないですねぇ」
カラス部隊とあだ名されるのはゾル国のバーゴイル部隊の事だ。熟練度の高い《バーゴイル》に対し、第三国やC連合が《ナナツー》や型落ち人機で立ち向かうのはどう考えても無理がある。
ゾル国に仕掛けるとしても、大気汚染テロなど真っ先に不可能なのだ。足の遅い《ナナツー》ではすぐに追いつかれてしまう上に、機体照合で報復攻撃が来るのは確実である。
「どこの国だ? ブルーガーデンか?」
「あの国はそんな簡単にぼろを出さないでしょ。何か、噂では機体照合番号は不明機ってなっていますよ」
「不明機? 現状のこの惑星で不明機など……」
そこまで言いかけてリックベイはある想像に達した。まさか、不明機というのは――。
現地キャスターが昂った声を出す。
『今、情報が来ました! 外壁に穴を開けた機体は照合データから不明人機であるとの事です。調査中ですが、極めて高い可能性として、ブルブラッドキャリアのモリビト系列であるとの情報がもたらされています!』
「モリビト……あの機体がそれをやってのけただと?」
にわかには信じられない。だが、現状で不明機となればモリビトの名前が真っ先に挙がるのは何も不自然ではなかった。
「モリビト……確かにあの人機は外壁くらい簡単に穴を開けられますね」
タカフミは襲撃を受けた経歴がある。モリビトの脅威を分かっている人間の一人だ。
だがリックベイはどこか納得出来なかった。
――モリビト。あの刃を交えたモリビトには、そのような姑息な手を使うような相手だとは思えなかった。
個人的な意見に過ぎないが、自分の直感は当たる。モリビトが多数を巻き込んだテロを起こすのはどこか信じ難い。
「軍部や基地にばかり標的を絞ってきたモリビトが民間に仇を成すなど、あり得るのか?」
「あり得るんじゃないですか? だって相手の思想なんてこの惑星の人間への報復攻撃でしょ? 一番ありそうじゃないですか」
オガワラ博士の声明から鑑みれば確かに得心はいく。だが、モリビトはそんな卑怯な手を尽くしてまでこの惑星への復讐を行おうというのか。
それではまるで標的を選ばない無差別攻撃ではないか。
「いや、しかし……あの刃に、濁りはなかった」
リックベイの言葉の真意が分からないのか、タカフミは怪訝そうにする。
「まぁ、少佐はあのモリビトと戦ったほどですから分かるものもあるのかもしれないですけれど、でも客観的に見ればモリビトも、ブルブラッドキャリアも敵ですよ? 忘れないでくださいよ」
失念したつもりはない。青いモリビトに執心しているだけなのかもしれない。だが、リックベイは一度戦った相手の太刀筋に宿ったものを違えるほど、戦士として熟練していないわけではない。
「あの域の太刀の持ち主が、姑息な真似をするとは思えないだけだ」
「じゃあ他のモリビトでしょ? 三機もいるんですから」
確かに言われてしまえばそこまで。リックベイはこれ以上の益のない思考を打ち切り、チャンネルを切り替えさせた。
「今は、無用な情報は逆に混乱を招く」
「無用って、まだ待機でしょう?」
「いや、辞令が下った」
その言葉にタカフミは気合を入れる。
「よっしゃ! 遂に雪辱を晴らせるってわけですか!」
「いや、対象はモリビトじゃない。ゾル国辺境地だ」
示した地図の先にタカフミは目に見えてやる気を萎えさせた。
「何だ、そんな辺ぴなところに仕掛けてどうするんです?」
「オラクルの軍事蜂起、その後の顛末くらいは頭に入っているな?」
さすがの君でも、と言外に付け加える。タカフミは胸を逸らせて言いやった。
「当たり前でしょう? ゾル国に下ったってだけで、その後は特に何にもなし」
「だが、そのゾル国にバーゴイルもどきが三機、オラクルが国家としての敗北を喫してから出撃した形跡がある」
「……どういう意味なんです?」
「分からん。だが、調査任務だ。迎撃しろ、とは言われていない」
そう、調査だけのはずだ。迎撃命令が出ていないところを見るに、今は《ナナツー参式》のテストと《ナナツーゼクウ》のテストを兼ねての部分だろう。
「そういや、参式がおれのだけじゃなくなるって噂、マジなんですか?」
耳聡いな、とリックベイは首肯する。
「ああ。C連合軍部におけるこれからのスタンダードとして参式は配備される予定だ」
タカフミは声に出してため息をつく。
「あーあ……! マジかぁ……。おれだけの参式だったはずなのに」
「新型機と呼ばれるものはいずれ全員に行き渡る。分かっていたはずだろう?」
「いや、そうですけれどもね? ホラ、あるじゃないですか。撃墜王として! みたいな」
「君の成績は買っている。参式は弐式よりも改良の余地は充分にある。自分の意見を通したければ実績を上げろ」
「少佐の紫電みたいにですか」
「わたしのは特殊だ。君は自分の強みを活かせばいい」
タカフミは腕を組んで、うぅむと呻る。
「おれの強みって……何ですかね?」
「知らんよ」
言いやってリックベイは調査任務の先であるゾル国辺境地を視界に入れていた。