ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯55 怨嗟

 

「さて、いいニュースと悪いニュースがあるけれど、どっちから先に聞きたい?」

 

 ごてごてと六基ものコンテナを合体させた《ノエルカルテット》は、その重責から逃れたかのように重力に抱かれていた。

 

 鉄菜はブルブラッド大気の下、桃の口振りに胡乱なものを感じ取る。

 

「悪いニュースがあるのか? 第三フェイズの要を手に入れたのに」

 

「まぁ、モモだって言いたくないけれど、言わなきゃどうしようもないでしょ」

 

「吉報から教えろ」

 

 出来れば悪いニュースは遠ざけたい。コミューンへのテロ攻撃の根源をみすみす逃し、ただの《バーゴイル》の改修機に遅れを取った自分からしてみれば少しの吉報でもいい兆しにはなりそうであった。

 

「まず一つは、モモ達の下にこの装備が届いた事。それ自体がいいニュースよ」

 

「情報としてならば持っている、モリビトのセカンドステージ案か。しかし、《インペルベイン》はいないようだ」

 

 周囲を見渡すも彩芽と《インペルベイン》は見受けられない。桃は腰に手をやって首を振った。

 

「どうにも、アヤ姉もOL業が板についちゃったみたいで。今日も深夜過ぎまで残業だってさ」

 

「本業を優先しろと言っておけ」

 

「言いたいけれど、ま、仕方ないカンジ。それに、クロだって着の身着のままじゃない」

 

 肩を竦めた桃に鉄菜は嘆息をつく。

 

「着替える時間がなかった」

 

「なかなかに笑えるわよ、実際に見ると破壊力違うわね」

 

「……彩芽・サギサカが来る前に着替えておく」

 

「ちょっとだけカメラに収めさせてくれない?」

 

 鉄菜は制服を引き千切り、中に着込んだRスーツ姿になった。桃が肩を落とす。

 

「怒ったの?」

 

「……何でもない。少しだけ、不愉快なだけだ」

 

 この制服を着込んでいると自分の愚かさが先に立つようで胸の中がもやもやする。鉄菜は制服の断片を海に捨て去った。

 

「ま、モモも忙しかったからね。他人の事は言えないけれど」

 

 その眼差しがどこか遠くを望んでいるのが窺えた。空間戦闘で何か問題でもあったのだろうか。

 

 しかし、ここにコンテナがある。その結果だけを評価するべきだろう。

 

「セカンドステージ案が実行されるとは思わなかった」

 

「事前情報の三割程度らしいけれどね。モリビトのフルスペックモード実現って言うのは、宇宙の常闇じゃ現実的じゃないんでしょ」

 

 鉄菜は星空を仰ぎ見ようとして虹の皮膜に邪魔をされた。この星そのものを覆っている天蓋。支配の象徴。

 

「血塊炉が僅かに貧血気味だ。一機貸してくれると助かる」

 

「ロデムでいい?」

 

《ノエルカルテット》の胴体部が分離し、獣型の人機が《シルヴァリンク》へと接続した。供給モードになったのを確認してから、鉄菜は先を促す。

 

「で? 悪いニュースとは何だ?」

 

「さっき仕入れたばかりなんだけれど、二つ。ブルブラッド大気汚染テロはクロの言う通り、モモ達の仕業として報道されたわ。相手側の情報操作を侮っていたわけじゃないけれど、中継データは確かにモリビトのシグナルを示していた。つまり、敵はモリビトに全ての罪をなすりつけて、悪名を着せようってわけ」

 

 耳にこびりつくかのような男の哄笑が思い起こされる。戦争屋、とうそぶいていたあの男はいずれ決着をつけねばならないだろう。

 

 拳を固く握り締めた鉄菜は打ち漏らした雪辱に震えた。あの男は直感的ではあるが、これから先の計画において弊害となる。それが分かっていながらの敗北は二度と許されない。

 

「モリビトを……必要以上の敵に設定するのには、不愉快以上に憎悪を感じる」

 

「モモも、それは同意。モリビトだってそれなりに気を遣っているのに、これじゃダイナシよね。でも、あまりにも根回しが早いわ。まるで最初から用意されていたみたいな動きだから、この情報を牽制する方法がない」

 

 つまり、打つ手のない情報だという事だ。オラクルの一件とは違い、こちらの脆さが露呈した形となった。

 

「悪いニュースはそれだけか?」

 

 桃はしかし、頭を振る。

 

「もう一つ、ね。C連合がキャッチした情報の一部なんだけれど、これが作戦指示書」

 

《シルヴァリンク》のコックピットに表示された情報を読み取る。暗号化されているが、解読プログラムによってすぐさま解凍された。

 

「ゾル国辺境地への攻撃命令?」

 

 ゾル国の辺ぴな基地へと、C連合の大部隊が攻撃するよう指示書が出されている。

 

 鉄菜はすぐさまマップを呼び起こしてその地形を見やったが、それほどの重要拠点だとは思えない。

 

「それ、謎なのよね。でも、ちょうど一日前にこういう航空写真が撮られている。多分、これが動く理由なんだと思う」

 

 航空写真に写った機影は《バーゴイル》であったが、頭部形状が異なる。オラクルで敵にした《デミバーゴイル》であった。

 

「まだ生き残りが?」

 

「残党集団がゾル国辺境地に攻撃、C連合はその後始末のために動く、と言えば聞こえはいいけれど、実際の作戦指示書に書かれているのは新たな人機の実戦投入計画」

 

 機体参照データが浮かび上がる。《ナナツーゼクウ》と表記された機体はまだ実戦データが取られていない。

 

 しかし該当操主に連ねられている名前に鉄菜は息を呑んだ。

 

「リックベイ・サカグチ……」

 

「前回、C連合の基地を襲撃した時に、クロと戦った相手ね。地上の白兵戦で《シルヴァリンク》と同等の戦いを繰り広げた時点で相当な脅威なのは分かるけれど、その操主が新型に乗るとなれば」

 

「一度仕掛けるのも、悪くはない、か」

 

「フルスペックモードの実戦データを取る機会でもある」

 

 渡りに船というわけだ。鉄菜は《ノエルカルテット》の装備しているコンテナに目をやった。

 

「中身は。まだ見ていないのか?」

 

「今開封するわ」

 

 桃が指を鳴らすと重々しい音を立ててコンテナの一面がせり上がっていく。出現したのは外付け型の武装であった。

 

「《シルヴァリンク》に二基分、《インペルベイン》に二基、《ノエルカルテット》に二基、か。本当にセカンドステージ以降の装備なんだろうな」

 

「ま、その辺りは開発部門の仕事だし。モモ達、執行者には関知出来ないけれどね」

 

「当てにならない事だ」

 

 鉄菜はコンテナの奥に眠る新たなる装備の鼓動に身を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大気循環システムが復活した、という報告がもたらされたのは明朝早くで、シェルターに収まっていた大半の人々が眠気まなこを擦っていた。

 

 眠れた人間は少数で、ほとんどが不安に苛まれて眠れなかったらしい。シェルターを出てもいい、という通達にも誰も応じない。

 

 そう容易く修復するとは思えなかったからであるが、燐華は真っ先に駆け出していた。

 

 鉄菜はシェルターに避難していなかった。彼女から預かった鉄片を胸に燐華は周囲を見渡す。

 

「鉄菜……どこに行っちゃったの?」

 

 追いかけてきたヒイラギが燐華に言葉を投げた。

 

「無理しないで! 君はそうでなくとも身体が弱い。循環システムが修復したところで、まだ残りカスのような大気汚染はあるんだ」

 

 その証拠にヒイラギはマスクをしていたが、燐華はマスクの存在を忘れていた。

 

 しかし呼吸に支障はない。薄まった青の大気が循環システムで急速に奪われていたが、それでもまだ汚染警戒レベルなのだ。

 

「先生……みんなは? みんなはどうなったんです?」

 

 逃げ遅れた人々もいるはずだ。不意打ち気味の外壁への破壊行為にすぐさま対応出来た人間は少ないはずである。

 

 ヒイラギは沈痛に面を伏せ、首を横に振る。

 

「……情報が錯綜しているが、僕に言える事は、みんながみんな、助かったわけじゃないって事だろう」

 

 ブルブラッド大気汚染は免疫の弱いコミューン育ちの人間に対しては強烈な毒である。ヒイラギの口振りには死傷者もいるであろうという予想がありありと窺えた。

 

『現時点で、コミューン内部の大気汚染濃度は四十パーセントを下回りました。外出は可能ですが、マスクを着用してください』

 

 アナウンスに燐華はマスクをつけようとした。だが、マスクをつけていれば大声を出せない。最後に、と燐華は精一杯、声を張り上げた。

 

「鉄菜ー!」

 

 残響する声音が霧散していく。鉄菜はどこへ行ってしまったのだろう。もしかすると、逃げ遅れて青い大気に抱かれた可能性もある。

 

 こんな場所で燻ってもいられなかった。今すぐに鉄菜を助けに行かなくては、と駆け出しかけた肩をヒイラギが止める。

 

「行っちゃ駄目だ! 今はまだ警戒レベル。軍部に任せて、救助が行き渡るのをシェルターで待機するのが一番にいいはずだ」

 

「でも、鉄菜が……!」

 

「彼女はどうにかしたはずだろう。あのテロに真っ先に対応したのは彼女だ。逃げ遅れている事はないと思う」

 

 希望的観測も混じっている声音に、燐華は目をきつく瞑った。胸の中を焦燥が占めている。鉄菜だけは失いたくなかった。

 

 自分のたった一人の味方。ただ一人の、友達。

 

 地獄のような連鎖の中で出会えた奇跡の絆を、このような形で失うなど。

 

「鉄菜……あたし、もう一人は嫌なのに……」

 

「シェルターへ。軍の安全宣言を待とう」

 

 ヒイラギに手を引かれ、燐華はシェルターへの道を戻っていく。その道中、道の端で蹲っている人影を無数に見つけた。

 

 救助隊がそれぞれの人々へと救命措置を取っているが、すぐさま諦めて次へ、次へと移っているのが見て取れる。

 

「……本当に、テロだったんですね」

 

「ああ、事態は悪化の一途を辿っているらしい。ブルブラッド大気に人体が耐えられるのはほんの数分と言われている。コミューンの浄化大気で慣れていれば、余計にだろうね」

 

 しかし、と燐華は先ほどから平時の息苦しさがない事に気づいた。

 

「でも、いつもより体調が悪くありません。こんな空間だから、神経が昂っているんでしょうか?」

 

「……君の疾病は遺伝子性のものだと聞いていたが、……まさか、ね」

 

 何を予感したのだろう。ヒイラギの眼差しに燐華は目を白黒させていた。

 

「でも、こんな酷い事を。実行した人機を、あたしは許せません」

 

「それに関しては情報が入ってきている。どうにも、これは……」

 

 端末を覗き込んだヒイラギに燐華は自身の端末をアクティブにする。舞い込んできたのは「モリビト、コミューンへのブルブラッドテロ敢行か」という見出しであった。

 

「モリビト……? あれはモリビトだったの?」

 

「現状では未確認の情報だが、政府筋の確定情報らしい。どこから漏れたのか分からないが、あの機体の識別信号がモリビトだったって……」

 

 燐華は覚えず唇を噛んでいた。モリビト。兄から権威を失わせ、自分の居場所を奪い、あまつさえ唯一の親友である鉄菜も奪った元凶。全ての因縁はモリビトへと通じていた。

 

「モリビト……あたしの人生を、どこまで狂わせれば気が済むの……!」

 

 黒々とした憎悪の念が胸中に渦巻いていく。

 

「……今は、戻ろう。モリビトに関する情報も錯綜している。静観するのが一番だ」

 

 ヒイラギの声に従いながら、燐華は胸の中に湧いた決心を握り締めていた。

 

 ――モリビトだけは、許さない。

 

 

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