ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯65 破滅への引き金

 一人が銃弾の前に倒れてようやく、大人達は近づいてきた。

 

 今まで近づこうとさえも思わなかったくせに、たった一人になった途端、白衣の人々はこぞって歩み寄り自分の手を取ったのだ。

 

「おめでとう。君が一号機の操主だ」

 

 口々に賞賛の言葉が送られ、拍手が響き渡る。

 

 自分はそれよりも、今撃ち殺した人間が再び動き出さないか不安だった。致命傷を与えていない。殺し切っていないのにこの大人達は何と無防備なのだろう。

 

 いつ、今殺し損ねた相手が動き出すとも知れないのに。

 

 銃弾一発では人が死ぬかどうかは運任せなのだ。

 

 それを嫌というほど知ってきた。嫌というほど学習した。嫌というほど、この手にこびりついてしまった。

 

「誉れ高い、モリビト一号機。これを君が動かすんだよ」

 

 切り替わった風景に周囲を見渡す。先ほどの死体は動かなかったのか、と大人達とは違う事ばかり考えていた。

 

 仰ぎ見ると人の形を模した巨大機械が自分を睥睨している。

 

 鋼鉄の巨神。鉄の塊。

 

 灰色の機体色は無骨さを際立たせていた。

 

「機体名称は《インペルベイン》。開発コードは〝破滅への引き金〟だ。その引き金を引くための試験に合格した君は大変に優秀だよ。あの罪なる惑星から来たにしては、君の適性はずば抜けている」

 

 浮かび上がったのは虹色に輝く星であった。宝石か、あるいは結晶のようで触れれば砕けてしまいそうだ。

 

「引き金を引けばいいの?」

 

 尋ねた声音に大人は満足そうに頷いた。

 

「そうだ。引き金を引き絞り、敵を討て。それが操主の務めだ」

 

 そのようなもの、操主でなくとも出来る。今までだってそうしてきたではないか。

 

 銃弾を頭に撃てば死ぬ。心臓でも死ぬ。運が悪ければ他の部位でも簡単に人は死ぬ。

 

 確率論の世界を行き来する悪魔が他人の頭上に覆い被さった時を狙って引き金を引いてやればいい。

 

 悪魔の影が差すのが自分には見える。

 

 その瞬間に弾丸を撃ち込んでやれば案外呆気なく、人は死ぬ。

 

 右手に握り締めた銃は否が応でもその認識を強くした。

 

 馴染んでいる重量だ。もう身体の一部と言ってもいい。

 

 衣服とも呼べない布切れ一枚を着せられ、自分達は殺し合った。

 

 どこから来たのか、何のためにこの場所に呼ばれたのか、それらは一切伏せられたまま、最後の一人になるまで殺し合えと言われただけだ。

 

 感情のある子供は泣きじゃくった。

 

 感情のない子供は淡々と人を殺した。

 

 どちらでもない自分は泣きながら一番多く人を殺した。

 

 罪なるは感情の過多ではない。罰せられるのは感情のあるなしでは断じてないのだ。

 

 本当に罪があるのは、それを知りつつ手だけは止めないような人間。

 

 意味を知って、それでも歩みを止めない人間が一番に罪だ。

 

 方法論の分からない猿が銃弾を引くのと、意味を知っていて銃弾を引く人間とではまるで異なる。

 

 前者に罪の意識はない。後者に罪の意識はある。

 

 ならば罰が与えられるのは後者のほうであろう。

 

 自分はこれが罪悪だと分かっていて引き金を引き続けた。殺し続けた。

 

 一つ、頭を射抜けば人は死ぬ。二つ、心臓を貫けばもっと確実。三つ、どこを撃っても、人は案外、呆気ない。

 

 痛みに呻くか、呻かないかの差異に過ぎない。

 

 その時間を短縮してやるのがせめてもの情けだと感じて、途中からは確実に死ぬであろう心臓を狙うようにした。

 

 だから破滅への引き金は自分に相応しいのかもしれない。誰を破滅させるのか、など聞かなかった。

 

 何故ならば、破滅するのは最後に残った自分だからだと明確に分かっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が数発分、響き渡った。

 

 いつの間にかコックピットで眠りこけていたらしい。ここ数日のハードワークが押し寄せてきた形だ。

 

 頭を振って頬を張るとホログラムの少女が飛び出してきた。

 

『彩芽、疲れてる?』

 

「ううん……って言うと嘘か。だって貴女には、わたくしのバイタルが常にモニターされているのだものね、ルイ」

 

 見知った白髪の少女の像はコックピットのコンソールを周回する。

 

『疲れているのならば、こっちに任せて休めばいいじゃない。《インペルベイン》の偽装迷彩は起動したままにしてあるし』

 

「でも、そういうわけにもいかないでしょ。この基地は……」

 

 全天候周モニターに映し出されたのは紺碧の大気に包まれた前線基地であった。

 

 整備班と基地のスタッフを黙らせるために鉄菜がコックピットから踏み出て銃声を鳴らしたのだ。

 

 その音で飛び起きたのだから我ながら迂闊である。

 

《ノエルカルテット》に搭乗する桃が通信回線を開いていた。

 

『アヤ姉、クロが……。あれ、寝てた?』

 

「ちょっとだけ、ね。でも今起きた。鉄菜、一応ヘルメットはつけているけれどあの体型じゃバレバレよ。女だって」

 

 ブルブラッドキャリアの構成員は今の今まで謎のままだったのに、鉄菜の軽率な行動一つで瓦解しては堪ったものではないだろう。

 

 秘匿回線に切り替えて彩芽は鉄菜に呼びかけていた。

 

「鉄菜。操主が女だってバレる。そうじゃなくっても、わたくし達は警戒されているのよ。穏便に」

 

『時間がない。ここで整備をした連中に尋ねなければならない』

 

 彩芽は嘆息をついた。この基地を占拠して今、五時間が経とうとしている。モリビトの恐怖に皆が怯え切っているものだとばかり考えていたが、基地に残ったスタッフ達は知恵を搾って対人機作戦を実行した。

 

 結果として、基地への攻撃は最小限に留まらなかった。

 

《シルヴァリンク》が先行する形で《インペルベイン》の銃弾がいくつも穴を開け、《ノエルカルテット》のR兵装の強大な一撃でようやく決着がついた形だ。

 

 それでもこちらに抵抗するスタッフにやきもきしたのは何も鉄菜だけではない。

 

 桃が何度もR兵装による分かりやすい形での決着を要求した。

 

 だが彩芽は首を縦に振らなかった。

 

 R兵装を持つ《ノエルカルテット》は確かに拠点制圧には向いている。しかしそれを操る桃がまだ子供だ。

 

 子供の意地で貴重な人材を減らす必要はない。

 

 人機の整備経験のあるスタッフは生かすべきだと彩芽は進言していた。

 

 当然の事ながら、二人からは反発の声は凄まじかった。

 

『人機をなまじいじった事のある人間など生かしておいても邪魔なだけだ』

 

『そうよ。それにモリビトに爆弾でもつけられたらどうするの?』

 

 二人の意見が揃うとは珍しい。彩芽とてその可能性を脳裏に留めないわけではなかったが、この現状を分からせれば自ずと答えは出るものだと思っていた。

 

 本国からの補給も途絶え、モリビトが割って入らなければC連合に蹂躙されるだけの基地であった。現実を直視させればまともな大人ならば言う事を聞く。だが、相手はまともな大人ではなかったのだろう。

 

 その結果が鉄菜の発砲であった。

 

「鉄菜、落ち着きなさい。今、貴女のしている事は幾つもの秘匿義務に抵触しているわ。モリビトを操る執行者は決して相手に気取られてはならない。それにモリビトの操縦システムも。相手からしてみればオーバーテクノロジーの塊よ。それを易々見せ付けるようなもの。コックピットから出るなんて、弱点を晒したのと同じ」

 

 モリビトの操縦の核はどこにあるのか分からないはずだ。殊に人機の規格では頭部にあるものだと相場が決まっているが、《シルヴァリンク》はその固定観念を揺さぶるために造られた胸部コックピット型の機体。

 

 無論、胸部にコックピットがあるのは《シルヴァリンク》の駆動を最大限に活かすという建造理由もあるのだが、鉄菜の行動はそれら全てに背いている。

 

 本人は自覚しているのかしていないのか、声音だけでは判別出来ない。

 

『人機など相手は用意していない。ここの基地にある人機は全て確認した。その上で問いかける。――あの人機は何だ?』

 

 鉄菜の言うあの人機、というのは戦場に割って入った謎の黒い人機の事を言っているのだろう。

 

《シルヴァリンク》と同等かあるいはそれ以上の格闘技術であったと聞く。《インペルベイン》はナナツー部隊に目を注いでいたため見逃したのだが、《シルヴァリンク》から録画映像が転送されてきていた。

 

 数分の出来事だ。

 

 実際に組み合ったというほどの白兵戦でもない。だが、相手の速さと正確さ、何よりもその人機が今までのどの機体とも違うのは一目瞭然。鉄菜でも脅威に挙げるほどだ。相当な機体であるのは疑いようもない。

 

《ノエルカルテット》の大型識別照合にかけても時間のかかった機体の正式名称に彩芽は爪を噛んでいた。

 

「トウジャ……これが伝え聞いていた禁断の人機なのね」

 

『アヤ姉、驚かないのね』

 

「そりゃ、知っていたもの。惑星に降りる時に、ね。知らなかったのは鉄菜だけでしょ」

 

『そうよね。一番遅く来たクロには多分、知らされる余裕もなかったんだと思う。《シルヴァリンク》はそれほどまでに、対人機戦における切り札だと認識されていた』

 

 それは同時に、同朋であるモリビト同士の裏切りさえも視野に入れた計画であったのだろう。

 

 二号機が三号機よりも遅くに惑星に降り立ったのはカウンターを探り当てたからに他ならない。

 

 鉄菜自身はそれを知らないのかもしれないが、自分達二人は気が気ではなかった。

 

 モリビトタイプ、あるいはそれに類する機体を殺すために建造された機体が降りてきたなど。

 

 ただ、あまりにも操主である鉄菜が最初にミスを仕出かしたために、その優位性はほとんど消え去ったかに思われていたのだが。

 

 鉄菜は形こそ違えど今、モリビト三機全てに直結する危うさを漂わせている。

 

 鉄菜は戦闘でこそ、意義を発すると思い込んでいるタイプだ。だから、知らされもしていない人機の存在を誰よりも敏感に察知し、その大元を断とうとしている。

 

 正しいといえば正しいが、禁断の人機の事を知っている人間からしてみればその行動そのものが危うい綱渡りなのである。

 

「鉄菜、落ち着いて聞いて。あの人機はトウジャと言って、わたくし達のモリビトに近い存在なのよ。貴女は……計画の遅延の問題で多分教えられていなかったのだろうけれど」

 

『近い? だがあれは敵だ』

 

 鉄菜の状況判断はシンプルだ。敵か、そうではないかだけの違い。相手がモリビトに近い戦力でなおかつ敵となれば、彼女の取る行動は決まり切っている。

 

『もう、クロったら分からず屋なんだから。《バーゴイル》とロンドとナナツーだけなら、三機もモリビトは要らないでしょう』

 

『……お前達は、知っていて黙っていたのか?』

 

 やはりそうなってくるか。鉄菜は戦闘になれば迷いはない。たとえ相手が一号機であろうが三号機であろうが関係がないと思っている節がある。

 

 ――自分に理解出来ない相手は敵だ。

 

 どこか刺々しい考えだが、鉄菜のように実直ならばその精神構造でも充分に通用する。惑星の人間へと報復攻撃するために送り込まれた自分達が争うのは間違っている、という仲間意識など微塵にもないのだ。

 

 道を阻む相手は関係なく潰す。

 

《シルヴァリンク》の設計思想と相まって鉄菜の力はいつ暴走してもおかしくはない。

 

 慎重に、と桃の声がかかった。

 

『アヤ姉、怒らせないでよ』

 

「分かってるわよ。鉄菜、銃を仕舞いなさい。《インペルベイン》で充分でしょ?」

 

『その銃口がこちらに向いていないとも限らない』

 

「断言するわよ、鉄菜。もう絶対に、貴女を裏切らないから」

 

『前科がある』

 

「あれは仕方がなかった」

 

『では今回も、仕方がないで済ませればいい』

 

 納得しないのは分かっている。彩芽は嘆息をついてコックピットブロックを開け放った。

 

 戸惑ったのはシステムAIであるルイだ。

 

『彩芽? どうするの?』

 

「鉄菜に直接呼びかける」

 

『無茶よ! だってあの子、絶対に言う事なんか――』

 

「聞かないかもね。でも、わたくしも誠意を見せればいい」

 

 ルイの制止の声がかかる前に彩芽はヘルメットを脱ぎ捨てた。その行動に鉄菜だけではない、基地の人々も瞠目したのが窺える。

 

「何をやっている! ヘルメットをつけろ!」

 

「貴女だって、同じような事をしているじゃない」

 

「意味が違う! 顔を晒すなど、馬鹿な真似を……!」

 

「それを言い返せるの? 二号機操主」

 

 ぐっと鉄菜が歯噛みしたのが伝わった。基地の人々は手を上げたままこちらの顔を覗き込んでくる。

 

 いいだろう。これがモリビトを操る人間の顔だと言う事を思い知ればいい。

 

「一号機操主! それはブルブラッドキャリアへの背信行為だ!」

 

 銃口はこちらを見据えた。しかし、彩芽は身じろぎもしなかった。

 

「貴女、それを言えた義理? 落ち着きなさいってさっきから言っているでしょう」

 

 肩を荒立たせていた鉄菜は彩芽の言葉に耳を傾けている。怯えながらも、こちらに寄り添おうとしている。

 

「……どうする気だ。こいつら全員が目撃者だぞ。目撃者は消さなくてはならない」

 

「そういうわけでもないんじゃない? 聞いてください、ゾル国の基地の方々。貴方達を害するつもりはありません」

 

 繋いだ通信に全員が色めき立ったのが伝わった。

 

「何を……!」

 

「わたくし達はC連合の脅威を払ったまで。それ以上の事を仕出かすつもりはない、という事です」

 

「う、嘘だ! モリビトで武装して、こんな場所まで来て……!」

 

「では逆に問いますが、こんな場所まで来て、五時間。五時間も誰一人として殺していない事実を、どう受け止めますか?」

 

 言い返そうとした整備士が返事に窮する。

 

 そうとも。戦いに来たわけではない。少なくとも自分は対話の意義があると感じてここに来たのだ。

 

『アヤ姉。どうするの? 後に退けないわよ』

 

「退くつもりもないわ。銃を下ろして、二号機操主」

 

 切り詰めた声音に鉄菜がようやく、と言った様子で銃口を下ろした。

 

 彩芽は息をついて拡声器で呼びかける。

 

「貴方達がどういう運命にあるのか、一度きっちり話し合いたい。責任者を」

 

 歩み出たのは一人の男性であった。疲弊し切った面持ちの男性はモリビトを仰ぎ見る事もない。

 

 彼へと通信が繋がれた。

 

『ゾル国シーア分隊、分隊長のシーアだ。要求を聞こう』

 

「こちらも同じような事よ。まずは会談の場を。その後で詳しい事を連絡し合う。当然の事でしょう」

 

 彩芽の言葉にシーアはうろたえたようだ。

 

『……驚いたな。惑星圏の人間は全て、敵ではなかったのか?』

 

「報復対象ではあるけれど、何も一辺通りに排除せよとは言われていないわ」

 

 対応にシーアは理解を示そうとしてくれたようであった。

 

『……では、二時間後にそちらの責任者と話し合いたい。こちらも、失ったものが大き過ぎてね。今は皆、見失っているのだ。これから先を。いや、これからなどあるのかどうかを』

 

「それも込みで話し合いたい」

 

 彩芽の声音にシーアは首肯する。

 

『了解した。基地のものの反抗はわたしの名にかけて全力で阻止する』

 

「理解が早くて助かるわ」

 

 シーアの返答に基地の人々が詰めかけたが、彼は一言二言で全員を納得させたらしい。人格者はどこの世界にもいるものだ。

 

 鉄菜は下ろしたままの拳銃の収めどころを見失っているようであった。彩芽は呼びかける。

 

「二号機操主、戻って。無用な心配は与えるものじゃないわ」

 

「……どうしてだ。殺すほうが簡単だろうに」

 

「きっと、貴方が感じているのと同じ疑念を、向こうも感じているのかもね。トウジャタイプに関しての説明は桃から受けて。わたくしは会合の準備をする」

 

「話し合ったところできっと無駄だ。どうせ帰結する先は見えている」

 

「……かもね。でも、話し合わないよりかはマシでしょう」

 

 鉄菜はようやく折れたのかコックピットへと戻っていった。それを見届けてから彩芽はようやくヘルメットをつける。浄化システムを全開にしたところで激しく咳き込んだ。

 

 少しばかりは頑丈に鍛えたつもりであるが、やはり猛毒大気の中で話し合いなどするものではない。

 

『何やってるの! モリビトと、専用のスーツじゃなければ今頃……!』

 

「今頃、肺に穴が空いてるって? でも、よかったじゃない。誰も死なずに済んだ」

 

『彩芽が死んだら、意味ないでしょ!』

 

 このシステムAIは自分以上に人間らしい。彩芽はヘルメットの内側でクスッと笑う。

 

「酷い顔よ、ルイ」

 

 ルイは自分のためを思って怒ってくれているのだ。それだけでも感謝せねばならなかった。彼女は顔を背けて口走る。

 

『……一号機が今潰えたって得をするのは相手だけよ。他意はない』

 

 このAIも素直ではないな、と彩芽は浄化装置を起動させる。気密が保たれ、外気を遮断したコックピットでようやく息をつけた。

 

「《インペルベイン》一機でも、この拠点は容易く制圧出来る。ただ、そうさせてくれないだけの理由が向こうにはありそうね」

 

『例の、不明人機?』

 

「取り越し苦労ならいいんだけれど、鉄菜の直感は当たるから」

 

 鉄菜が敵だと断じたのならばそれは脅威なのだろう。戦闘において鉄菜の感覚を決して過小評価しているわけではない。

 

 何せ、一号機と三号機が組んでいるのなら両方を潰してみせると豪語してみたほどだ。鉄菜には先天的に恐怖という感覚が欠如している。

 

 だからこそ、戦いにおいては誰よりも素早く判断を下せる。

 

 しかし、それは同時に人間としての欠陥だ。

 

「……鉄菜、貴女あまりにも、人間離れしてるわ。それを直さないとこの先、どうしようもなくなるわよ」

 

 あえて通信は繋がずに彩芽は独りごちる。その時、開いた通信回線は桃の《ノエルカルテット》からであった。

 

『アヤ姉、やっぱりここの基地から不明人機は出撃したみたい。高空映像で確認済みの情報よ。ただ、その人機の情報はやっぱり……』

 

「トウジャ、でしょ」

 

 桃は鉛を呑んだかのように沈黙する。

 

『……モモが説明するの?』

 

「鉄菜を納得させてあげて」

 

『いいけれど、それでもモモ達が何で先に知っているのかってクロは噛み付いてくる』

 

「じゃあせいぜい噛み付かれないように慎重に。そうじゃないと鉄菜はずっと不信感を抱き続ける」

 

『……嫌われ役を買って出るのはいいけれど、クロはまるで子供。モモよりも』

 

「それは仕方ないわ。あの子はまだ世界の広さを知らないもの」

 

『《ノエルカルテット》の分析データで納得してもらえるように尽力するわ』

 

「桃、警戒は怠っていない?」

 

『その点に関しては大丈夫。バベルを起動させて情報は誰よりも速く掻き集めているし、上空にはロプロスを待機させている』

 

《ノエルカルテット》は今、背面の怪鳥型人機を分離していた。ロプロスは高高度に位置取って周辺警戒に当っている。

 

 この基地に強襲を仕掛けてくる相手がいないかどうか。

 

 しかし何の事前情報もなしにモリビトが制圧した場所を再征服などしようとはどの国家も思わないであろうが。

 

「情報面で上を行かれる事はないと思うけれど、一応研ぎ澄ましておいて」

 

『了解。でも、アヤ姉だけで大丈夫? だって基地の人間が自爆なんてはかったら』

 

「そんな後先を考えない真似をする指揮ならもうとっくに全滅しているわ。彼らにも言い分があるのよ」

 

『言い分、ね。それが建設的であるのを祈るばかりだわ』

 

「本当に……そうね」

 

 通信を切り、彩芽はあと二時間と時計を見やった。

 

 その先に何が待っているのかは予測出来ない。C連合のナナツー部隊を下したモリビト三機に立ち向かってくる国家など想定していないが、負け戦でも実行する事そのものに意味がある場合はある。

 

『彩芽、疲れているんなら眠れば』

 

「疲れているけれど、眠ったらまた鉄菜を止められなくなる」

 

『いざとなれば《インペルベイン》を動かして《シルヴァリンク》を無力化すればいい』

 

「そう無理な喧嘩をするまでもないわ。今は落ち着いて、状況が好転するのを待ちましょう」

 

『好転? これ以上よくなるって言うの?』

 

「少なくとも悪くなるよりかはマシな方法はあるわ」

 

 仮眠を取ろうとは思わなかった。戦場で眠ればまた悪夢を見る。それは誰よりも分かっていたからだ。

 

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