ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯74 名はレギオン

 

 現実的ではない、と一蹴する。

 

 その言葉に将校は、おや、と思索顔を浮かべた。

 

「さしもの戦争屋でも、彼にはつけ込めないか?」

 

「違ぇよ、マヌケ。逆だ、逆。やりやすくって、不安になるほどなんだよ。てめぇら、何を吹き込みやがった? あんな純粋なヤツ見た事ねぇ」

 

 ガエルはホテルの一室でようやく堅苦しいスーツから解放され、将校に愚痴を垂れていた。

 

 今の今までゾル国の中枢と顔を突き合わせてきたのだ。さすがに消耗する。

 

「カイル・シーザーは適任だと思ったが」

 

 ソファに身体を預けたガエルは毒づいた。

 

「よくあんな傑物を見つけ出したな。権力だけ持っていて、後は隙だらけ。てめぇら都合のいい人間を造ってるんじゃねぇの? オレからしてみれば、もっと他人を疑えってアドバイスしたいくらいだ。叔父さんだってのを何の確証もなく信じ込む上に、オレの判断に迷いすら挟まねぇ。あんなもん、どうかしてる」

 

「どうかしている相手を手玉に取るのが君の役割のはずだが」

 

 この将校はどこまで分かっているのか、ガエルには依然として読めない。

 

「何を引き出したい? ゾル国のアキレス腱か? それとも、将来の立場かよ。どっちにしたって簡単だと思うぜ。あんなもんがゾル国のど真ん中だってのが笑えてくる」

 

「権力とは、案外に回す人間は頭が足りていないものだ。振り翳される人間からしてみれば、その猛威から逃れる手段で必死なのに、振るう側が何も考えていないなど歴史を紐解けばあり得る話だよ」

 

「何にも考えていないのなら、まだいいさ。ありゃ、何でも吹き込める。何色にでも染められる。……てめぇら何がしたい? あいつを悪にでも染める気か?」

 

「悪? それは可笑しな事を言う。君はこれから成るのだよ。正義の味方に」

 

「ああ、そうだった、そうだった。てめぇらにいいように扱われて、正義の味方ってヤツに成るはずだったな。んで? その現実的なプランはいつよ? 今のままじゃ、非現実を味わわされている気分だぜ? 真っ白なキャンバスの青年将校をどうにでも出来るポジション。おいしいっちゃおいしいな。だが、その旨みが今一つ発揮されない気がするのはオレの考え過ぎかねぇ? てめぇら、オレを張子の虎か何かだと勘違いしている風だ」

 

 手にしていたのは拳銃であった。将校をいつでも撃ち殺せる位置にいる。

 

 しかし将校は怯えるわけでもまして恐れる風でもない。その銃口の先を当然の帰結のように見据えている。

 

「……何か不満でも?」

 

「不満はねぇさ。驚くくらいにな。だが不満がねぇのがイコール満足かと言われればそうじゃねぇだろ?」

 

「怖い、のかな?」

 

「ああ。ビビリだからよ。怖ぇもんは怖ぇんだよ。眉一つ動かさずに人を殺せるのはお互い様だが、てめぇのはどうかしているレベルだ。大国の中枢に血なまぐさい戦争屋一人放り込むなんざ正気の沙汰じゃねぇぜ? 獣が勝手に動いたらどうするつもりだったんだよ」

 

「その時はその時だ、と応じるつもりであったが」

 

 予測通りなのが余計に癇に障る。ガエルは奥歯を噛み締めた。

 

「てめぇの人形遊びに付き合う気はねぇんだよ」

 

「それは変だな。君は《バーゴイルシザー》を手渡されて何も文句は言わなかった。その時の報酬もきっちり支払った。何一つ問題あるまい。君の行動は全て、適切だ」

 

 セーフティを解除する。ガエルの怒りの矛先はその部分でもあった。この男に支配されているというのが我慢ならないのだ。

 

「てめぇ、戦争屋は駄賃でどうにでもなるってママにでも教わったのか? 《バーゴイルシザー》はいい機体さ。馴染むからな。だがよ、てめぇのやり口がどうにもきな臭ぇ。何かいちもつ抱えてるって感じだ。それを話してもらえねぇと、オレは引き金を引くほうが随分と賢いと思えちまうんだよ」

 

 指をかける。脅しではない、という最後通告のつもりであったが、将校は一つ頷いたのみであった。

 

「なるほど。正しいな。搾取、だと考えているのか。分からなくもない。我々が君から一方的に搾取しているのだと感じるのは何も間違いではないが、その方向性が違うな。君に求めているのは堅実な仕事と、それに見合う対価だよ。我々は何も理想論者ではない。理想ならば誰でも掲げられる。その人間の境遇に関わりなく、だ。だが、理想論では世界を回せない」

 

「分かった風な口を利くじゃねぇの」

 

「分かった風な、ではない。分かっているのだよ。我々多数派はね」

 

「その多数派の名前も明かされないんじゃ、オレは捨て駒か?」

 

 突きつけた銃口にも臆する事もない。将校は納得したように鼻を鳴らした。

 

「そうか、言っていなかったな。我々の名前を。我々は多数であるがゆえに――その名前をレギオン。覚えておくといい。我々の組織の名前はレギオンだ」

 

「レギオン、ね。随分と年季の入った名前じゃねぇの」

 

 その返しに将校は笑みを浮かべる。

 

「君のそういう教養、嫌いではないよ。戦争屋にしておくのには勿体ないくらいだ」

 

「あんがとよ。ただまぁ、これからドタマ撃ち抜こうってヤツに褒められても、何も嬉しくねぇな」

 

「やはり、殺す気でいるのかね?」

 

「たりめぇだろ。このままてめぇのいいように扱われるとでも思ってんのか?」

 

「だがカイル・シーザーを動かすのに君以上の適任はいない」

 

「あんなもん、誰だって――」

 

「いや、戦争屋ガエル・ローレンツ。君だけだ。君しかあの人間を的確に動かすことは出来ないだろう。それは確定事項だ」

 

 異様なまでにハッキリと口にされるのでガエルは一瞬、狼狽したがすぐに持ち直す。

 

「……何だ、てめぇ。死ぬのが怖くねぇのか?」

 

「二度目の質問だな、それは。怖いとも。だが、こちらは君の依頼人。当然の事ながら、命令する義務がある。それを果たすのがこちらの役目だ」

 

「それ以外の人間の感情なんて、捨て切ったみたいな言い草だな」

 

「そうだな。捨てても何ら支障はないと、考えているよ」

 

 抑揚もなく話す将校にガエルは心底うんざりしていた。

 

「イカレが。てめぇら、マジにイカレだぜ。色んな戦場を転々としてきたが、自分以上のイカレに出会えるとはな。命あっての、ってのはマジな話みたいだ」

 

「ほう、殺すかね」

 

「殺したほうが得ならな。損なら殺さねぇよ? ただ、今までてめぇらの見えないシナリオに宙吊りにされるのも疲れてきたって話だ」

 

 今のままでは足取りも見えない。こんな道を辿らされて納得だけしろ、というのは無茶である。

 

 将校は一考した後、頷いていた。

 

「君の気持ちも分かる」

 

「分かるんなら、この先のシナリオくらい、提示してもらいたいもんだ。戦場には喜んで赴くぜ? ただ、前から撃たれるならまだしも、後ろから撃たれるかもしれねぇってのだけは勘弁願いたいな」

 

 ガエルの言い回しに将校は笑みを浮かべた。

 

「戦争屋らしい皮肉だ」

 

「あんがとよ。だが、ここでお別れなら礼も要らねぇよな? 手切りにするのなら早いほうがいい」

 

 それが今まで戦争を潜り抜けてきた人間の判断であった。将校は突きつけられた銃口に怯える事もなく応じる。

 

「確かに、前も後ろも見えぬ戦場に放り込まれるのは恐怖でしかないだろう。いいとも。君の意見を通そう」

 

「それはレギオンとやらの上に掛け合ってもらえると思っていいのかねぇ」

 

「いや、判断はこちらだ。ここで保留する。レギオンに、上も下もないのだからな」

 

 上も下もない組織など存在するものか。胡乱な眼差しを注ぎつつケッと毒づく。

 

「……信用ならない事ばっかり吹いていて、ホエヅラ掻くのはてめぇらだぜ。いくらなんでもゾル国の中枢連中を騙して何の代償も支払わずに帰ってこられると思っちゃいねぇ」

 

「慎重だな、君は」

 

「てめぇらが軽薄なステップでこっちに寄ってくるのが悪いんだよ、愚図が。いいか? 戦争屋には戦争屋としてのルールがある。それを守れないのなら契約関係はご破算でもいいんだぜ」

 

 ここに来て契約に亀裂を走らせる事は相手からしてみても都合が悪いはず。こちらが上に立てるか、とガエルが身構えたその時、将校は顎に手を添える。

 

「惜しいね」

 

「何がだ。ここで死ぬ自分が、か」

 

「いや、今の会話、君を叔父と慕ったカイル・シーザーに聞かせる事になるかもしれない事が、だよ」

 

 将校が握っていたのは端末である。キーが押された際、先ほどまでの会話が再生された。

 

 いつの間に、とガエルが色めき立つ前に将校が提案する。

 

「どうだろう? もう少しだけ、我々の指揮下で戦うつもりはないだろうか? ただで、とは言わない。しかしながらこれは最も生存率の高い交換条件だ。ゾル国の大衆の中で首を刎ねられるのは嫌だろう?」

 

 最初からその腹積もりか。ガエルは舌打ち混じりに銃口を上げた。

 

「どこまでも汚くなれるってわけかい」

 

「逆に考えるといい。汚い部分は我々が背負う。君は栄光のみを背負って立つんだ。正義の味方として」

 

「またそれかよ。てめぇらの言う正義の味方っての、あの純粋な坊ちゃんを騙してつけるポストの事だろ?」

 

 ガエルの推測に将校は微笑んだ。

 

「その程度で終わらせるつもりはないよ。君は将来的にはまさしく人類の希望として、正義を気取る事が出来るだろう。それを加味しての条件だ」

 

 どうにも胡散臭さからは逃れられないものの、相手からまだ自分を捨て駒として扱う気はないのが窺えた。

 

「……なるほどね。てめぇら、案外悪くねぇ道かもしれない」

 

「そうだろう。だから――」

 

「だが、それとこれとは話が別だよ、たわけ」

 

 引き金が絞られる。銃弾が壁に備え付けのテレビのモニターを撃ち抜いた。どうにも我慢ならなかったものもある。その憤懣をぶつけたつもりであったが、将校は冷静であった。

 

「銃弾一発くらいなら防音してくれる」

 

「親切設計で助かったな。跳弾していればもしかしたら、だったぜ?」

 

「生憎だが、それはあり得ない」

 

 ガエルは立ち上がっていた。この部屋で将校と話しているだけで胸がモヤモヤとする。その不満をここ以外で消費しなければ消せそうにもない。

 

「燻ってるんだ。歓楽街くらいは行かせてくれるよな?」

 

「ご自由に。金は我々持ちでいい。充分に楽しんできたまえ」

 

「……言われなくっても」

 

 何人か女を壊す事になるかもしれない。それでも金でどうにかなるというのならば、それに越した事はなかった。

 

 

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