ジンキ・エクステンドSins   作:オンドゥル大使

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♯8 苦渋

 コミューンを電波ジャックしたその放送に、目を奪われていたのは群集ばかりではない。

 

 偶然、テレビを目にしていた少女もそうであった。幼さを残した顔立ちに、くりくりと大きなエメラルドの瞳が突然にテレビに映し出された禿頭の男性と、三機の人機を見つめている。

 

「モリビト……それは、にいにい様の称号じゃなかったの?」

 

 問いかけた少女に侍女はテレビの電源を静かに切った。

 

「お身体に障ります」

 

「にいにい様がモリビトなんでしょう? この放送って変よ」

 

「燐華お嬢様」

 

 侍女の諌める声に燐華はむくれてベッドに横たわる。

 

「機動兵器って、モリビトってたくさんの人を守る、そういう存在の事を言うんでしょう? 何で、それがよく分からない人達の持っている兵器になるの? 全然理解出来ないわ」

 

「桐哉様は立派なお仕事をなさっているのです。このモリビトとは何ら関係のない、ご立派な称号を」

 

「でも、モリビトって言っていたわ。どういう意味なの?」

 

 侍女は押し黙る事しか出来ないようだ。燐華は顎でしゃくる。

 

「テレビ、点けてよ。あたしだけ本当の事を知っちゃいけないの?」

 

 仕方がない、とでもいうように侍女はテレビの電源を点けた。その時には、電波ジャックは終了しており、先ほどの放送に関して、キャスターが釈明している。

 

『謎の放送電波であり、市民の皆様におかれましては、どうか混乱せず、落ち着いて対応なさってください』

 

「桐哉様とは関係のない話のようですが」

 

 燐華は後頭部に手をやって訳知り顔で呟いた。

 

「でも、モリビトって、それはにいにい様の事でしょう? 国から与えられた、とても名誉な称号だって……」

 

「ですから、お嬢様にも関係のない事なのです」

 

 慌しく書類を受け取るキャスターが羅列された事柄を読み進める。

 

『どうかゾル国市民の皆様においては冷静な判断をなさるよう。政府は緊急特例会議を開き、一時間後にはメディア向けの会見を行う予定です』

 

「モリビト、ってあたしも、みんなも守ってくれる、特別な存在なんでしょう? にいにい様は古代人機を倒して、あたしの治療費までまかなってくれているし」

 

 国家から撃墜王の称号を得た桐哉は自分の誉れのはずであった。しかし、先刻の放送通りならば、モリビトの意味は違ってくるのではないか。

 

「ねぇ、モリビトは世界の味方よね? あたし達を守ってくれる、そういう人の事を言うのよね?」

 

 疑問に駆られた燐華を侍女は優しく諭す。

 

「桐哉様は立派に職務を全うなさっておられます。この放送はきっと、何かの間違いでしょう」

 

 その言葉が仮初めのものであるのは直感的に分かった。侍女もまだ理解が追いついていないのだろう。ただ、燐華にモリビトの名を疑問視させてはいけないのだと、それだけを考えているのだ。

 

「……うん。にいにい様は、だってすごいんだもん」

 

 胸元で拳をぎゅっと握り締める。兄の事を心配して何が悪いのだろう。侍女はテレビを消して眠るように告げた。

 

「情報が錯綜するだけです。今は、お眠りを」

 

 首肯して、燐華は掛け布団を頭から被る。侍女が部屋を去ったのを確認してから、燐華は手持ちの端末をベッドの中で起動させた。

 

 モリビト、に関するホットワードを検索すると、様々な人々がSNSで議論している。

 

 ――モリビトって撃墜王の事じゃなかったの?

 

 ――裏切られた気分だ。モリビトって敵の事だったのか。

 

 ――何だかよく分からないけれど、国家に騙されていたって事?

 

 それらの言葉を眺めるのが辛く、燐華は端末から桐哉に通話をかけた。

 

 予測はされていたが、兄は通話に出る事はなかった。

 

「にいにい様……、モリビトは味方なのよね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唾をつけられた気分だ。

 

 そう切り出した高官に桐哉を含めたスカーレット隊は通信を受け取っていた。

 

 搭乗機の《バーゴイルスカーレット》は左腕を根元から切り裂かれ、右手にも損傷を与えられている。

 

 衛星軌道上に戻るのは不可能と判断し、近場のゾル国傘下のコミューンにて、桐哉は《バーゴイル》の整備と情報の整理をしている最中であった。

 

 整備班の人々は先ほどから大型モニターに繰り返し表示される宣戦布告に釘付けになっている。

 

「モリビトって、これ……」

 

 濁した先に桐哉の姿を認め、そそくさと去っていく者が先ほどから後を絶たない。

 

 何なのだ、と桐哉は拳を握り締めた。

 

 モリビトの名を冠する機体とテロリスト。それらがどうして、自分達のような地上で善良に棲む人間達に牙を剥く?

 

 理解出来ない事柄に際した桐哉は、さらに理解し難い高官の苛立ちをぶつけられていた。

 

『桐哉・クサカベ准尉。ゾル国の人々からサーバーがパンクしかねないほどの問い合わせが来ている。モリビトと名乗った相手と、君は全くの無関係、そうなのだね?』

 

 問うまでもないだろう。モリビトの名を賜ったのは自分だ。それを授けたのは国家である。その国家が、どうして疑問を個人にぶつける。

 

「当たり前です。そもそもモリビトの名前は、古代人機をある一定数撃墜した人間に与えられるもので、相手側の……しかもテロリストの機体コードと同一なんて分かるわけが……」

 

『しかし、今も問い合わせは来ているんだよ。一国を背負うエースの名前に泥を塗られたも同義だ。モリビトの名前を持つ君が先導しているのではないか、という陰謀論さえ出ている』

 

「そんな……! 自分はただ、古代人機からの防衛任務に……!」

 

『無論、そのような事実はないのだと分かっているのだがね。モリビトとブルブラッドキャリアを名乗る相手に、君が交戦した謎の敵性人機。うまく事が転がり過ぎている、と怪しむ人間も多い』

 

「……自分が手引きしたと仰りたいのですか」

 

『それはない、とはっきり言えないのが現状でね。モリビトの名前はゾル国にとって祝福そのものであったはずなのだが、こうして敵側に利用されている現状、何も痛い腹はない、と言い切れないのが、どうにもね』

 

「自分は……スカーレット隊のうち一名を失いました。まさか、仲間を裏切ってまで相手に与したとでも?」

 

 後続援護の彼はモリビトの名を冠する機体に撃墜された。自分も死にかけたのだ。これほど身体を張ってまで相手に寝返る意味がない。

 

 それは高官も理解しているはずなのだが、彼の言葉には煮え切らないものが宿った。

 

『我々としても策は練っているのだが……メディアというのは身勝手でね。自分達の持ち上げたモリビト……英雄の名前に疑問視をする恩知らずも多い。全くの無関係、を決め込むのにも限界が生じる、と言っているんだ』

 

「……ではどうしろというのです。まさか、自分にここで死ねと!」

 

 胡乱な語調に数人の整備士が立ち止まった。桐哉は彼らの視線を受け止めながら、冷静に言葉を繰る。

 

「……無関係です。そうとしか言えない」

 

『君の言いたい事は分かるし出来うる限りバックアップはしていくつもりだ。だが、人々の抑圧された疑念というのは大きい。英雄の転落劇を面白がる人間も数多いというのを忘れないでくれたまえ』

 

 その言葉を潮にして通信は切れた。だが、大型モニターには相変わらず、モリビトタイプと言われている三機と、禿頭の男性の継ぐ怨嗟の言葉が繰り返されている。

 

 コメンテーターが身勝手な言葉を発していた。

 

『モリビト……というとゾル国の撃墜王の称号ですよね。ともすると、彼が手引きした可能性というのもゼロではないのでは? テロリスト側もそれを加味して、わざわざモリビトなどという名前をつけた可能性も――』

 

 桐哉は手にしていた缶コーヒーを投げ捨てていた。ここまでコケにされて黙っていられるわけがない。

 

「……俺の事が気に入らないだけなら、それでいい。でも、モリビトの名前にケチをつけた事、後悔させてやる」

 

 それは自分だけの栄光ではないのだ。桐哉は両腕を取り外された搭乗機へと振り仰ぐ。

 

 愛機である《バーゴイルスカーレット》は真紅の装甲を塗り直されていた。いつでも出られる状態に仕上げてくれる事だろう。

 

 ――雪辱は晴らす。

 

 桐哉は好奇の眼差しを注ぐ整備班を抜け、自身のセーフルームへと入った。

 

 首元を開けた操主服からネックレスを取り出す。開くと、笑顔を向ける愛しい妹の姿があった。

 

「燐華……俺はお前を傷つけてしまうかもしれないのが、一番に悔しい」

 

 拳を握り締め、桐哉はエアロックの扉を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『有識者会議において、モリビトと呼称される兵器を、世界規模の危機として情報の共有化をはかる事が議決されました。国家間の情報共有が公に決定されたのは、ブルブラッド汚染が確認されてここ二百年の歴史で始めての事です』

 

「二百年……いいじゃない。よーやく歴史が動き出すんだし。モモは楽しみっ」

 

 コックピットで飴を齧っていた少女はコンソールに裸足を乗せて、ふふんと笑みを浮かべていた。

 

 コミューンの傍受電波を全て無効化するのは巨大な翼を有する《モリビトノエルカルテット》である。

 

 逆関節の重量級機体が重力下でありながら、まるで無重力のように空間を漂っている。

 

 全身から発生するリバウンド兵装の白い力場がその冗談のような駆動を可能にしているのだ。

 

 赤と白に彩られたモリビトはコミューンを俯瞰し、そのコックピットに収まる少女は純粋無垢にこの騒動を楽しんでいた。

 

 モリビトの名前が世界に轟く。計画の第一フェイズがようやく終了の時を迎えようとしていた。

 

「今まで散々、根回しばっかりさせられてきたもんねー。ロデム、ロプロス、ポセイドン。今度はモモのターンだよっ」

 

 その巨躯に収まる三つの機獣が呻る。凶悪な牙を隠した《ノエルカルテット》は見据えるべき標的をそのコンソールに浮かべていた。

 

「にしたって、この子、最後に来たくせに勝手過ぎ! モモの苦労なんて知ったこっちゃないって感じで気に入らないなぁ。まずはこの子に、挨拶でもしようかな。ブルブラッドキャリアの新人に。だってモモのほうが先輩だもんねー」

 

 レーザーが捕捉したのは数時間前に《バーゴイルスカーレット》と戦闘し、そのまま海上を悠然と失踪する青と銀のモリビトであった。

 

「《モリビトシルヴァリンク》……楽しみだよ」

 

 少女は甘味を取り出し、口の中に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界は確かに、変わろうとしているみたいね。でもわたくしのやる事は変わらない。第二フェイズ進行に滞りはなく、このまま遂行するのに、何の疑問もないんだけれど」

 

《モリビトインペルベイン》は黎明の光を受けてその機体表面を照り輝かせた。偽装のためにECMを展開し、光学迷彩で衛星写真も騙している。

 

 コックピットの中でリニアシートに背を預け、伸びをするのは茶髪の女性であった。ボブカットの髪をさすり、ふとぼやく。

 

「短く切り過ぎたかしら……今度から美容院に行くとしますか」

 

 もっとも、自分達がそのような身分ではないのは明らかなのであるが。女は先ほどから《インペルベイン》の拾い上げるニュース映像を目に留めていた。

 

「映り悪いわね。わざわざ品評会に顔を出してあげたのに。これじゃ台無しじゃない。でもまぁ、いい宣伝にはなったか。ブルブラッドキャリアの強さを知らしめる、ね。……でも、気に入らないわね、この子。最後に来たくせに、《バーゴイル》に見つかってどうするわけ?」

 

 定点カメラが映し出しているのは銀と青のモリビトだ。衛星映像の一部をもらい受け、《インペルベイン》専用のカメラと化している。

 

「ろくな偽装も施さないでよく抜け抜けと降りてこられたものよね。オマケに《バーゴイル》と交戦、これじゃ計画の前倒しも已む無し、かな。わたくしが、指導してあげなくちゃね。この新人ちゃんに。あなたもそう思うでしょう? 《インペルベイン》」

 

 相棒の機体は静かに水色の眼窩を煌かせた。

 

 

 

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