……転生してしまった。
そう、してしまった。別に俺の意思じゃないのに、転生してしまったのだ。
だがしかし、その転生先が普通に元いた世界であればなんの文句もない。
でも、転生させてくれちゃった神様は俺に優しくなかった。
「五体、六体、七体っと」
人も寝静まった夜。
人気のない空き地で敵を狩る。
俺たちエクソシストの敵、AKUMA。人の魂を内蔵し縛り付ける、人に擬態する胸糞悪い兵器。AKUMAの放つ弾丸に当たってしまえば、ウイルスに犯されすぐに死す。そんな危険な兵器とほぼ生身で戦うのが俺たちエクソシストだ。まぁ一部には盾型のイノセンスとかもあるけど。
七体破壊したところでマガジンを取り替え、再び狙い撃つ。
「八、九、十――――――って、多いなぁオイ」
見ればワラワラと、まるで黒いアレみたいに出てくるAKUMA達。所詮レベル1とザコではあるが、その数は敵対者のやる気を削ぐ。……ソカロ元帥とかは喜びそうだけどさ。
仕方なくコートの懐をあさって、楕円形の物体を幾つか取り出す。
そしてピンを抜き投擲。手榴弾だ。
ソレはすぐに炸裂し、AKUMAの数を一気に減らす。
後は残った数体のAKUMAに鉛玉を撃ち込んで終わり。
残りの弾数を把握しながら少しだけ警戒し、ホルスターへ。
その瞬間――――――
「そぉーい♪」
可愛らしくも無邪気な声が背後から聞こえてくる。
しかし、声とは裏腹に放たれている殺気は洒落にならない。冷や汗を流しつつも、大きく横に飛ぶ事で距離をとる。そして直後に聞こえてくる地を抉る音。しかも複数回だ。
やめてーとキリキリ痛み出す胃を誤魔化しながらゆっくりと後ろを振り向く。俺のいたところには、様々な色のロウソクが突き立っていた。色々突っ込みたいところもあったが、それよりもこれを俺に向けて放ってきた奴が問題である。
「ヤッホー、遊びにきたよぉ?」
「はっはっ、遊びで殺されても困るんだけど?」
クスクスと笑いながら俺の周りをぴょこぴょこ歩く。
正直気が気じゃない。空間移動に精神汚染的な技が使えるノアの長女だ、マジ怖い。
「それくらいじゃぁ死なない癖に。千年公がボヤいてたよ、あの狸めェ♥って」
胃の痛みが増した!!
ぐぅ、余計な心労を与えんなッ!!
「まぁ、なんだ? 俺を殺したいならもうちょい痩せろって話だ」
「ダメだよぉ。あのぷにぷにがいいんだからさ」
「ならそのままでいいんじゃないか? 俺もやりやすいし。……というかさロード、一応聞いておくけどなんの用だよ?」
「前から言ってるじゃん。遊びにきたんだよ。それと、ランスロット卿の話も聞きたいなぁ~」
「ヤメイ! その名前で呼ぶな恥ずかしい! 俺の羞恥心が刺激されるだろうが!!」
神様が俺に優しくない例1。
名前がランスロット・デュ・ラックであったこと。
俺を恥ずかしさで悶えさせて殺すつもりなのだろう、有り得ない。
「はははッ♪ 恥ずかしがってる恥ずかしがってる♪」
「つうか、俺は円卓とは全くもって関係がない。……せめてラックと呼んでくださいお願いします」
「ホント、エクソシストっぽくないよね。というか、何でランスじゃないの?」
「……俺、鬼畜王目指してるわけじゃないし」
コテンと首を傾げるロード。
意味が分からないって感じだな。それでいい。
「まぁ、どうせ俺のイノセンスが気になってるんだろ?」
「ピンポンピンポーン! せいか~い♪」
俺に神様が優しくない例2。
ノアに目を付けられるような厄介なイノセンスをくれちゃったこと。
能力は強いのに、対価として胃がマッハとか有り得ない。
「とぉ言うわけでぇ~実験開始~」
ロードがヒラヒラと手を振ると、出現する大量のロウソク。
きっとあのロウソクは鉄で出来ている。コンクリに穴開けるとか、有り得ない。
というかそもそも、アレが全部俺に向かってくるとか有り得ないッ!!
「こなくそっ!!」
数的に銃では迎撃できない。
ならば剣だ。腰にかけてある何処にでもあるような無骨な剣を鞘から抜き取り、振るう。
出来るだけ一撃で多くのロウソクを落とせるように、出来るだけ、攻撃回数を少なくやり過ごせるように動く。
「はっ、これくらいなら朝飯前――」
「――じゃあもっと行ってみよ~♪」
ふざけんなっ!
バン! と増えたロウソク。数は数えるだけ無駄じゃねと思うほどに。
しかも何かギュンギュン言ってる。ねぇアレ回転してない? よく見るとロウソクに螺旋状の溝とかない?
「なぁロード」
「な・ぁ・に♪」
「……飴やるから手打ちにしねぇ?」
「……ぷっはははは! あははは! お腹、痛いよぉぷくく」
「俺割と本気よ? あの回転してるロウソクとか絶対トラウマもんじゃん、有り得ない」
「アハハ♪ あぁー本当に面白いなぁラックわぁ。それじゃあ、ほい」
にゅっと突き出される手。
どうやら俺の提案は飲まれたらしい。
「ん、ちょっと待ってろ……ほれ、好きなの選べ」
ゴソッと飴の入った袋を取り出す。
そんなサイズの袋どこに入ってた的な視線が送られてくるがノーコメントです。ロードはうずうずしていたが、すぐに飴の入った袋に目をずらし覗き込む。
「わぁお、ドロリアの最新作だ。それじゃぁこれとこれとこれとこれ~後は……」
「待てコラ。お土産用はコッチだ。あのぽっちゃり伯爵にはやめとけ、きっと太るから」」
「ラックって地味ぃに千年公をけなすよねぇ。それじゃあこの飴に免じて帰ってあげるよぉ。バイバ~イ、ラック」
するとバタンとロードの後ろに扉が出現し、開かれる。
トンとバックステップをとったロードは、ゆっくりと扉に吸い込まれていき消える。同時に扉が閉まり消失。俺の胃が復調し始める。女の子一人相手するのにこの胃痛とか、有り得ない。
「くそ、全部あのぽっちゃり伯爵のせいだ。……頼むから、早いとこアレンとかが倒してくれないかな」
他人任せ? 大いに結構だ。
あ、俺に任せるのとか無しね。俺、例外。
「……はぁ、帰ろ」
剣を鞘に納め、イノセンスの発動を止める。それからファインダー部隊に一報入れてからその場を後にした。別にファインダー部隊と合流してもいいんだけど、不良師匠にバレたら撲殺されそうだ。居場所特定されんの嫌がってるし。
「宿、どっちだっけか。……まぁ帰ったら帰ったで酒瓶飛んできそうだし、アレンに任せて別に宿とるか。すまんアレン、俺は弟弟子を売り渡すよ」
神様が俺に優しくない例3。
転生してから、イノセンスを受け取る際の元帥がクロス・マリアンだったこと。俺まだ小学生にもなってないですよ? って時にバッタリ出くわした。有り得ない。
まぁ、アレンがいるから大丈夫さ。俺は一足先に独り立ちするよ。
悪魔!鬼! とか聞こえた気がするが、実際聞こえる訳もないと無視。
だって、考えてみればソロソロ原作開始の時期だし。教団を離れてたほうが安全だよね!
「そうと決まれば、取り敢えず中東の方に――」
――ガチャン。
「行かせると思ってたのか馬鹿弟子?」
「……ガチャン? あれ、しかもこの声はッ!?」
「丁度いい。お前、コレ持って本部に帰れ。ああ、俺は優しいからな。行きの金くらい払ってやる」
「は、ははは。えっと、師匠? ちなみに、幾らくらい貰えるのかなーって」
「ジャッジメント一発。どうだ、破格だろ?」
「死ぬわ! って待ったまった、どうして酒瓶振りかぶってるん? それ高級ワインのですよかさ増しで分厚いのですよ!?」
「ああ、スマンスマン訂正だ。高い酒を頭からぶっかけてやる。なに、気づけば教団行きの船の上だ。それじゃあ……逝ってらっしゃい」
降り下ろされる酒瓶。
迫りくる脅威から逃げようと足を動かそうとしたが、何か手錠かかってた。ガチャンってコレか! 逃げ足封じるためかっ! 鬼、悪魔! 髭不良――――――!!
なんつう展開の速さですか!
そして襲い来る激痛と衝撃。
俺は抗うことも出来ずに、あっけなく意識を手放した。
目を覚ますと暗かった。
ジメジメしてるし揺れてるし、ああ懐かしいなこの感覚と思いながら拳を天井に向けて放つ。すると案の定手応えがあり、天井は吹き飛び光りが差し込んでくる。ノソリと起き上がれば貨物置き場の中。
「何ヶ月ぶりだ、密入国。……てか、俺教団に戻るんだしエンブレム出して乗せて貰えば良かったんじゃね?」
痛む頭を抑えながら呟く。
何時も国と国の間を移動するときは密入国が当たり前だった。……俺とアレンは。師匠は一人優雅に女を自室に連れ込んで豪遊してた。遊ぶ金あるなら俺らを普通に入国させろやと何度思ったことか。
コッソリと貨物室を後にして甲板に出る。どうやら時間帯は正午。お腹も空いた気がする。何かないかと懐を漁る。
「ん、何だこれ……」
俺の知らない茶封筒があった。
少し迷うが開けてみると、中からは銃弾が一発と手紙が二枚入っていた。
「なになに、ああ、これはアレンの紹介状か。俺が届ける事になったのな。それと二枚目は……」
ピラリと捲る。
そこに書いてあったのは数字の羅列。
0がひいふうみいよ……と続いたあと、下には請求書と書かれている。見れば血印が押してある。つまるところ、借金である。
「あ、ああ、あの馬鹿師匠――! またやりやがったっ!! 俺の気絶してる間に血印まで押しやがって!!」
もう言い逃れは出来ない。契約してしまっているのだから。そう、例え俺が気絶していたとしても! ていうか俺に対する手紙とかないんかい! まぁ元々期待してないけどさ!
「ちくせう、次あったら覚えとけよ……まぁ、負けるビジョンしか浮かばねえけど」
こういうのは反骨精神が大事なんだ。
そして一つ、虚しさからくるため息をついて、最後に入っていた弾丸へと視線をずらす。
銀色で、十字架の入った特殊な弾丸。
師匠の持つジャッチメントで無ければ使えない、イノセンスの弾丸だ。見れば少し血に染まり、形が歪んでいる。ついでに言えば、何故か弾丸の後ろの部分に小さな穴が。ちょっとしたチェーンなら通りそうな穴だ。
「……もしかしてこれって――――――くそ、少しうるってきた。人心掌握術まで覚えてる神父ってなんだよ」
懐を探り、合いそうなチェーンを取り出し穴に通す。
それを首にかけて終わりだ。
今は感傷なんていらない。ただ、少しだけ師匠に感謝してもいい。
……三日くらいはな!!
「さてと、そろそろ行くか」
前に見えてきた断崖絶壁。原作アレンはよじ登っていたが、教団のコートを着ている俺ならば普通に隠し通路を通してもらえる。見張りと思われる団員に話をつけて、数年ぶりに戻ってきた教団の土地を踏みしめた。
『レントゲンチェック! って、アアアアー! 帰ってきたーァ!! 元帥の弟子が帰ってきたァー!?』
ぎゃあぎゃあうるさい門番も久しぶりだ。
師匠、この門番が嫌いだから戻ってこないんじゃないか? ……いや、なくても戻ってこないか。基本、豪遊が好きだから仕事とかしない人だし。にしても、大丈夫かなアレン。俺が抜けた分生活費は軽くなるが、二人で金稼いで何とかなってた師匠との生活に暗雲が立ち込めてるんじゃないだろうか。……定期的に仕送りしようかな?
『開門ー!』
開く門から中を覗く。
するとパチクリと中にいた団員が瞬きしている。
「「「いっ……」」」
「いっ?」
「「「「生きてた――――――!!!???」」」」
「!?」
ドタドタと団員達が動き始め、数人が俺の両腕を確保――って何で確保?
「ラ、ラスロが帰ってきたぞ! 室長の所へ連れて行け! 絶対に逃すなッ」
ラスロとは偽名です。
ランスロット→ラスロ。教団には賢い人が多いから、俺のイノセンスとラックという名で本名が露見しそうなので偽名である。嫌だよ、ランスロット! とか呼ばれるの。恥ずかしすぎる!
「クロス元帥について何か知ってるはずだ。なんとしてでも室長のところへ!」
「え、いや、俺も師匠の居場所とかについては――って待って待って! もう手錠は嫌! 後棒状のものは俺に見せんな! 頭の痛みがッ!!」
「確保成功! 連行します!」
「お前ら、俺の扱いあんまりだろが――――――!」
連行された俺は室長室に下ろされ椅子に縛られた。
流石に泣けてきた。なんで俺がこんな扱いうけなきゃならないのだろうか。うん、間違いなく師匠のせいですね。マジ覚えてろエセ神父。
「さて、と。久しぶりだねラスロくん」
「お久しぶり、コムイ室長。早速で悪いんだけど、この拘束解いてくれません? 放置してたら十秒ごとに強化されてる気がするんだけど」
周りにはロープ、手錠、虫網をもった科学班。
交代交代に縄やら手錠をかけていく。そんなに信用ないか俺。
「少し我慢してくれるかな。いや~滅多にないクロス元帥に関する情報を得るチャンスだからね。話せることを話してくれれば開放するよ」
それからは渋々と話し始めるしか無かった。
これまでの経緯、どんな国に行ってどんな事をしてきたか。最終的にはどうして俺が戻ってきたか。
「つまり、元帥から逃げようとしたら逆に捕まって気絶させられて、気づいたら教団行きの船の中と。……相変わらず刺激の多い生活を送ってるね~。分かった、開放しよう」
「ったく、信用ないな。まぁ師匠に関してはそれくらいでいいと思うけどさ」
「あはは! まぁそれよりも、だ。ラスロくん」
室長たちは俺に向かって言った。
「「「おかえり!!」」」
それに対し、俺は何を言うまでもなくただ苦笑で返した。
おかえり、帰るべき場所に帰ってきた際にかけられる言葉。本来なら返す言葉は、ただいま。ただ、俺にはその言葉は中々重い。なまじ、本来住んでいた世界を覚えている分には。
「ラスロくんも疲れただろうから、部屋でゆっくり休むといいよ。部屋はそのままにしてあるからね」
「ども。ああ、それとコレ師匠からの手紙ですんでよろしく。……渡しましたからね?」
ようやく椅子から開放された。
体が痛いぜ畜生め。痛む場所をさすりながら、自室への道を辿る。
「……あ、れ?」
道中、一人の少女とすれ違う。
黒いツインテを持つ、室長の宝物。手を出そうとして室長に沈められた愚か者は数知らず。エクソシストでありながら科学班の給仕までやっている心優しい少女である。
そう言えば彼女を見たのも数年ぶりだ。
「もしかして、ラスロ?」
「ん、久しぶりリナリー。それじゃあ俺は自室に戻る」
「ちょ、ちょっと待って。えと、何時帰ってきたの? それに、クロス元帥は?」
「帰ってきたのは今さっき。ちょっと前まで科学班に拘束されてた。それと師匠は俺を殴ってアレンと逃亡、行方は分からん」
「拘束って、兄さんたちね。まったくもう。それにしても、本当に久しぶり。よかった、元気みたいで」
そう言ってニコリと笑うリナリー。
ホント、あの兄と血がつながっているのか疑わしい。
「まぁ、師匠と一緒に旅してれば嫌でも丈夫になる。もう数年は風邪引いてない」
「あ、あはは。クロス元帥も相変わらずだね。って、ごめんね、疲れてたでしょ?」
「いや、平気だ。貨物と化してずっと寝てたし。俺が気づいたのだって教団近くに来てからだから、ずっと寝てたと言っても過言じゃない」
事実、さっきまで寝てましたから。
疲れたってよりは体が痛い。主に頭、部分は後頭部。
「そう? でもちゃんと休まないとダメだよ? ……じゃあ私は今から任務だから行くね。それと、おかえり、ラスロ!」
「……おう。それじゃ気を付けてな。怪我して帰ってきたら室長が仕事しなくなるからな」
「うん。それじゃ行ってきます」
「頑張ってこい」
そう返すと、ほんの少し寂しそうな顔をして去っていく。
何故とも思ったが、一つ心当たりが。
「あー、行ってらっしゃいって言うべきだったか」
でもなぁ、今の俺が行ってらっしゃいという言葉を思い浮かべると連鎖的にあの酒瓶振り下ろす師匠の顔が……。やめよ、打たれたところがまた痛み出した。マジ遠慮ない。
まぁ、行ってらっしゃいくらいなら別にいいんだけどさ。行ってらっしゃいは、宿とかに泊まったときにでも言う言葉だ。家だけで言うことではない。おかえりもまた、同じかもしれないが俺の中での比重が違う。帰るべき場所、帰れる場所は、いつだって……。
「さぁてと。折角の休日だ、今日くらいはゆっくりと休もう」
懐を漁り、暫く使っていない鍵を取り出す。少し錆びたその鍵は、ピッタリと扉に差し込まれる。回せば鍵が開き、濁った空気が内側から流れ出てくる。
「ゲホッ!? ぬ、放置しすぎて埃が溜まってたか。……先ずは掃除から始めないとダメか」
息を止めて室内の窓を開ける。
濁った空気を入れ替えつつ、懐に手を入れて取り出したるは箒とちりとりに埃叩き。何故出てきたか? これが俺の武器だからだ。師匠との生活では掃除は大切。埃が落ちてると酒瓶飛んでくるから。
「んじゃ、頑張りますか!」
埃と俺の戦いの幕が上がる。
――――当面の目標 本名がバレないように隠蔽すること。
修正です。