翌朝、綺麗になった自室を出て軽く身だしなみを整える。
その後迷うことなく食堂へと向かい朝食を摂る。
「あら~久しぶりねん! 帰ってきたって聞いてたけど本当だったのね! たっぷりサービスしちゃう!」
オネエが現れた。
うんジェリーさんだ。相変わらずすぎて安心した。
「それじゃあ適当に和食を。飲み物は緑茶で」
任せて! と言って厨房に消える。
それから数分後、出来立てホヤホヤの美味しそうな和食が出てきた。久しぶりの白米に心が躍る。きっと、後にアレンがやってくるから頑張って。奴は俺の数倍は食べるから。
一言礼を言って適当な席に座って白米を頬張る。ホカホカテカテカ素晴らしい。箸が止まらない。続いてサケの切り身に手をつける。箸を入れて少し裂けば、じゅわりと肉汁が溢れてくる。肉厚だ。口に含めば絶妙な塩味が白米とマッチ。これまた箸が止まらない。そうやって漬物、味噌汁とあっという間に至福の時間が終わる。
最後に熱い緑茶を飲んで一息。ホロリと涙がでた。
「うぜぇ、何で泣いてやがる」
「いや、師匠との旅では飯も碌なの食えなかったからな。ああ、幸せだ」
「ち、食い終わったならさっさと帰れ」
「急くな急くな。余韻を楽しまないと」
師匠との旅、食事は摂れたには摂れたがあんまりだった。何せ大食いのアレンがいるのだ。食費パナイ。一ヶ月で日本で言う諭吉さんが数枚飛ぶとか、有り得ない。御陰で俺は質素な食事。アレンは遠慮していたが、彼には沢山食べて頑張ってもらわないといけないのでしっかり食べてもらった。
……にしても殺気が痛い。
鋭い眼光とチラチラと刀が見える。
「それにしても久しぶり、神田。元気してたか?」
「話しかけんな狸。さっさと帰れ」
「いや、六幻ちらつかせんなよ。……冗談だろ?」
「もう一度言う、話しかけんな。飯が不味くなる」
あんまりだ。まぁ彼は普段からこれがデフォなので気にしないが。久しぶりにあったが、俺を覚えていてくれただけマシだと思う。それにしても、やっぱり蕎麦か。
「っと、そうだ。これやるよ」
取り出したのは髪紐。
生活費を稼ぐために賭博してたら貰った物だ。全部中古だが、使い古されておらず新品同様。長年貯めてきたので結構な量がある。神田は少し逡巡したが、フンと言って髪紐を持っていく。なに、気にするな。神田にも頑張ってもらわないといけないからな! 俺の分まで頼む。
「んじゃ俺は行く。邪魔したなー」
ギン、と一段と強い視線で睨まれたが気にしなーい。借金取りに比べれば……いや、神田の殺気の方が強い。え、そこまで嫌われてます? ま、まぁいいさ。
食堂を後にした俺はやることもないので自室に戻る。
それから荷物の荷解きをして数個の植木鉢を取り出す。中に土と肥料を入れてしっかり混ぜてから、指で穴を開けて種を放り込む。種は全て、日本産の花がメインである。コッチだと江戸だが、咲いている花は変わりなかった。これくらいしか、日本を連想させてくれるものはない。着物などもあるにはあるが、俺には縁が薄いものだったし。
「ホント、考えてみれば凄い女々しいな俺」
故郷が恋しすぎて花を育てる男。
うん、師匠に見られたら爆笑される。とはいえ、今まで種を集めるだけだったから育てるのが楽しみだ。
「それと、コイツを植えてっと」
一段と大きい植木鉢。
そこには苗木を植える。
日本に咲き乱れる、桜。
まだ小さいが、花をつけることは出来る。時期になれば、きっと綺麗な花を咲かせてくれるだろう。本来なら温度差とか大事だが、俺のイノセンスで作り出した神秘の肥料が使われてるから相当強くなってるので問題はない。きっと神田に言ったら『馬鹿にしてんのか』とぶった斬られる。
「後は陽の光が入ればな……。ここって日当たり悪いし、一日数時間くらいしか差し込まないんだよな」
呟きながら、植木鉢を窓際に寄せておく。
これで荷解き終了。部屋に増えたのは植木鉢のみ。いや、師匠っていきなり旅立つから荷物とか持っていけない。それに置いておくと何時の間にか売り払われていることもあるので持たないことにしている。
「これで終わりと。……やべぇ、暇すぎる」
やることが無い。
……あれ、もしかして師匠たちとの旅って充実してた? いやいや、そんなことは……あれ……え?
「不毛だな。うん、何かやること探しに行こう。最悪、鍛錬でもすればいいよな」
そう決めた俺は適当に歩き回る。食堂だったり科学班のところだったり。どうやら室長はリナリーの安否が気になりすぎて仕事が手につかない状況らしく、ぐったりとしていた。リーバー班長ファイト。
少しだけ書類整理を手伝った後、その場を後にした。
「はぁ、ここまで暇だとはなぁー」
誰もいない廊下で一人呟く。
……師匠が帰りたがらない理由が分かるかもしれない。
「食堂でお茶するか。緑茶と饅頭だな」
結局食堂に戻りお茶と饅頭を食す。
うむ、美味。
そうやってもしゃもしゃと饅頭を食べていると、俺の正面に赤毛で眼帯をつけた――っていうかラビがやって来た。正直言って驚いた。何せ、未だ会合したことのない重要人物だったからだ。ゴクンと饅頭を飲み干して、緑茶で口の中を潤す。するとタイミングを見計らっていたのか、ラビが俺に声をかけてくる。
「ども、オレはラビ! 初めましてさ」
「ん、初めまして。俺はラスロ、よろしく」
「ふぅん。滅多に帰ってこないっていうからどんな不良かと思ったけど、案外普通だったさ」
「不良は師匠だけだ。俺は意外と普通で真面目な人間だぞ?」
ラビの目が一瞬細まる。何かを探るような目。
そんなんで揺らぐほど、伊達にノアの襲撃を受けてないのさ。ロード相手にしてれば、こういう状況で本心を隠すのは簡単だ。ラビは無駄だと感じたのか肩をすくめてニカッと笑った。
探り合いはもうおしまいと言うことだろう。
するとラビの背後にパン――ではなくてブックマンが現れラビの脳天に拳を落とす。
「ぐえっ!? なにするさジジイ!!」
「こっちのセリフじゃボケ! 初対面でいきなり警戒し警戒させる馬鹿がおるか未熟者め! ……君がラスロか。私はブックマン。気軽にブックマンと呼んでくれ。この度はこの阿呆が失礼した。行くぞラビ、まだ早計じゃ」
「って放せジジイ! 引きずってる引きずってるって!!」
引きずられていくラビ。
取り残された俺は、なんかやるせなさに襲われていた。
「……部屋に戻ろ。明日からは任務あるみたいだし」
色々と消化不良のまま、自室でゆっくりと休養をとった俺だった。
翌日、ファインダーの一人も連れずに任務へと赴く。
とある街で奇怪な現象が起きているというので調査をしにきた。本来ならエクソシストはファインダーを連れていくべきなんだろうが、ノアに目を付けられている以上、言い方は悪いがファインダーは足でまといでしかない。とは言ったものの、俺は教団にノアの事を
やりすぎではとも思ったが、よく考えれば正しい。黒の教団自体に知られるのはいいが、教団が知れば確実にヴァチカンまで知らせが届いてしまう。そうなるとルベリエとか面倒なのが俺や師匠、アレンに群がってくるだろう。信用ならない相手、しかも便宜上の味方である上層部は不味い。
「それに、コッチが知らない以上はまだ手を出してこないだろうしな……」
知らせてエクソシストを強化する? 否、その前に潰される。では知らせず、ほのかに存在を漂わせてエクソシストの強化を促す? 俺が選ぶなら後者だ。取り敢えず今から頑張って、そういう風に勧めてみる。まぁ不良の弟子の言葉を信じてくれるか分からないが。
そうして悩んでいると遂に目標の場所に辿り着く。
「この街か。確か、外れの教会付近でおかしなことが起きてるんだったか?」
ファインダーによる調査書に目を通しながら、教会があるであろう方向に歩いていく。ある程度近づいた時点でイノセンスを発動させ、左手をコートのポケットへと入れる。右手には資料を携えたままだ。
そして後数歩で教会の敷地だと言うときに、目の前に野次馬らしき人々が現れる。
「おや、アンタも噂を聞いて見に来たのかい?」
「ああ。確か、教会に入ろうとすると気づかぬ内に知らない所に立っているだっけか?」
書類から得た情報を会話に織り交ぜる。
「そうさ! さっきも挑戦する奴がいたんだが、教会に入った瞬間消えちまった! そしたらソイツ、何処にいたと思う?」
「さぁ、見当もつかない。何処にいたんだ?」
「はは! それが公園の噴水の中さ! ビショビショになりながら帰ってきやがった!」
「それは大変だな。風邪は引いてなかったか?」
「平気さ平気! なんたってそれは俺の事だからな!」
ガッハッハと笑う野次馬の男性。
チャレンジャーだなと思いながら、教会の方へと足を進める。
「お、アンタも挑戦するのか。精々いいとこに出るといいな!」
「俺もそう思う。何処かの屋根上なんて考えるとゾッとする」
そして、足は教会の敷地内へと入った。
同時に俺の団服がほのかに揺れる。ちょっとした干渉が外部からあったらしい。きっとイノセンスだ。同類であると判断されたからその程度の干渉ですんだのだろう。軽く後ろを振り返れば、ポカンとした表情で野次馬達が俺を見ている。
「見ろ、何ともない。きっと酒の飲みすぎだ」
カァッと顔を赤くするのが数人。
笑い出したのが数人。
つまらなそうに帰っていくのが数人。
残っていた前者の二つの野次馬もまた、俺を一瞥して帰っていった。
「さてと。何処にあるのやら」
まぁこう言う場合、メインの物は中央にあるパターンだろうなと建物の中へ。念の為にちょっとした仕掛けを置いておく。
講堂内に入れば、すぐにそれは見つかった。
「まぁここにあるイノセンスなら妥当だな」
それは十字架だった。
シンプルながら、神聖な雰囲気を持つ、一線を画した十字架だ。ぎゅっと握ってみるがなんの問題もない。少しビビリながらも、飾られた十字架を祭壇から外して懐に入れる。その後、何かアクションがあるかと警戒していると教会の正面がバンと開かれ数人の
それは直ぐ様人の皮を捨て、醜く変貌していく。
基本は丸く砲台がたくさん付いたレベル1だが、見れば数体、各々独特な形を持ったレベル2まで存在した。
『感謝するぜエクソシストォ! お前の御陰で中に入れた、後はお前を殺してクソイノセンスを持って帰るだけだ。クッヒヒ♪』
代表するかのようにペラペラ喋り出すレベル2。
それを傍目に、入口に仕掛けておいた仕掛けを起動させる。
その瞬間、火薬の炸裂音が響きわたり入口が崩れAKUMAを下敷きにする。
『テメェエクソシスト! これくらいで俺達をやれると思ってんじゃネェゾ!!』
ググッと瓦礫を押しのけ立ち上がろうとする。
そんなことは知っている。破壊できるのはイノセンスだけ。しかし、結界装置などであれば十分に足止めは出来る。使用するイノセンスが銃であれば尚更足止めは効率を上げる。
「これだけあれば十分だ」
その隙に、俺は自身の武器を取り出す。
それは鉄の塊。ソレから吐き出される弾丸は、人体に軽く穴を穿つ。
本来なかったハズのソレは、飛び抜けた頭脳を持つ科学班によって生み出された唯一の短機関銃。世界中の誰も持っていない、俺だけのもの。
全長僅か27cmのサブマシンガン。別名の方が知ってる人が多いかもしれない「スコーピオン」と呼ばれる銃だ。それが二つ、左右の手に握られている。
これはイノセンスではなく、鉄の塊だ。AKUMAにはダメージなんて殆ど与えられないような物。しかし、使うのが俺であれば話は別だ。スコーピオンを握る俺の手は、黒い鎧の腕に包まれている。そこから伸びた線とスコーピオンは繋がっている。そう、これが俺のイノセンスの力。三つある内でも最も多用するイノセンス。
寄生型イノセンス、『ランスロット』の能力の一つ、『
腕は隠している御陰で、ヘブさんと室長と他数名を除いた団員には装備型のこの黒い鎧の腕がイノセンスだと認知されている。ノアでさえ、俺のイノセンスが寄生型だとは知らないはずだ。まぁ、腕がアレンみたいになってないことも起因するだろうけど。
ふはは、これで不意打ちが可能になる! 装備型だと思って腕に何も装備されていないと油断してくれた時など絶好のチャンスだ。
「まぁ何にせよ、銃火器でAKUMAを倒せるって事って楽だよな?」
戸惑うことなく引き金を引く。
そして吐き出される弾丸の嵐は、あっという間にAKUMA達を飲み込み、チリへと帰した。
『テ、メ、エクソシスト、め……』
声のする方を見れば、ペラペラ喋っていたレベル2がしぶとく生き残っていた。俺は近づくことなく、スコーピオンをAKUMAに向け引き金を引く。
ダンッ! という音と共に、AKUMAは崩れ落ちた。
その後も、生き残っていないか調べたが、全て破壊した事を確認してスコーピオンを確認する。見れば、有り得ない程に熱を持ちイノセンス化を解いた瞬間ボロボロになって崩れ落ちた。
「やっぱり、擬似とは言え持たないか」
剣もまた、無骨で無銘な物を使う理由がこれである。
本来、装備型はイノセンスから作り出されるもの。普通に作られた唯の武器じゃイノセンスの力を受け止めきれず破損してしまう。一つの武器につき三十分が限界な事が多い。または荒く使ったりすればスコーピオンの様にすぐに壊れてしまう。
故に俺は常に複数武器を持ち歩く。その場で調達できればいいが、意外と見つからない事が多い。何より、俺がそれを武器だと明確に思えない。あの平和な国で、電信柱とか看板とかを武器に思えるわけも無く、コッチでも同じだ。ガラスの破片とかは案外擬似イノセンス化できるけれど。
「やっぱ安物の拳銃でいいな。いちいち科学班に頑張ってもらう訳にはいかないし」
まさか二日で作ってくれた科学班には感謝している。しかし、同時に目の下に隈が出てたのにも気づいた。これはもしもの時だけにしておこうと心に決めた。
「これでイノセンスも回収したし、AKUMAも破壊したし任務終了だな」
しかし、ちょっとやりすぎたかもしれない。
教会の入口とかポッカリ穴空いちゃって大変なことになってるし、講堂内もまた、スコーピオンによる弾痕が酷い。……教団に報告して直してもらおう。
俺はイノセンスの感触を確かめながら、そそくさと教団本部へと帰っていった。
修正しました。