この場面をラスロが見ていたら、自己嫌悪に陥って倒れふすこと間違いなし。
まぁ、空中戦はラスロの専門外なのでどうしようもないのですが。
ラビ達がレベル2を撃破した頃、リナリーはまだ戦っていた。
「はあぁぁぁぁっ!」
リナリーのイノセンスは『
それは空を駆け、風を放ちアクマを切り裂く鋼鉄の靴だ。
幾つかの能力もあり、水上戦闘までこなしてみせる。
そんなイノセンスを所持しながらも、相対するレベル3の優位は揺るがない。
「言ったはずだよ。もうお前は、速く動くことなんてできない!」
宙を蹴り向かってくるレベル3。
体を捻って回避するが、追撃を交わしきれずその細い身に受ける。多少は新しい団服が軽減してくれるとは言え殺人兵器の一撃。エクソシストと言えどキツイ一撃だった。
「くっ、ぅっ!」
体が重すぎて上手く動かすことができない。
好きなように遊ばれる事に、屈辱を感じながらも、強い意志の宿る瞳でレベル3を睨みつけるリナリー。
「イキがいい。でも限界だろう? ……エシの能力には逆らえない。仲間と共に沈むといい」
レベル3の能力。
それは『重力操作』と呼ばれるものだ。
とは言ったものの、レベル3こと、エシが攻撃を与えた分だけ重力が加算されるという一方通行のものだ。しかし、だからこそ強い。単一の能力は、複数の能力を扱うよりも単純で使いやすい。発動条件は、エシの近接型ボディに丁度いいこともありリナリーは苦戦せざるを得ない。
「こんな、ものっ」
その能力により発生した奇妙な鎖。
それが多ければ多いほど重力は加算される。それをリナリーは腕で押し広げて解こうとする。
「無駄だよ。逃れられはしない」
エシはその隙を逃さない。
通常のリナリーには敵わないものの、十分すぎるその機動力で距離を詰め防げないくらいに連続で拳を放つ。重さ、怪我で体の自由がきかないリナリーは、抵抗など碌にできず為すがまま。
「あっ……ぐう!?」
朦朧とする意識の中で、開いた手が伸ばされているのを視認する。
手はすぐに視界を多い、頭部を掴んだ。
そのままエシは握りつぶす――訳ではなく、そのまま海中へと叩きつける。
そしてその海中でエシは、
「題名――――――」
ただひたすらに、リナリーを殴打した。
海面が揺れ、その衝撃を伝えてくる。収まることなく海面は異常なほどに揺れ続け、やがて止まる。
そして、次に海面から出てきたのは、エシただ一人。
「――――――『闇に落ちた聖女』……完成だ。はは、アハハハ、ハハハハハハハ!!!」
落ちた聖女は、沈むだけ。
―――ホントの世界が救われようと、皆がいなくなれば自分は滅びる。
彼女にとって、教団こそが世界だった。
そこにいる誰もが家族で、大切な人たちだ。
自身の為に、室長という地位にまで上り詰めてくれた優しい兄。
そんな兄を支え続けてくれるリーバー班長。
そんな二人を尊敬し、目標としているジョニーたち。
グチグチと言いながらも、室長である兄を慕う科学班の皆。
毎日が宝だった。
仲間が一人死ぬたびに、自分の世界は欠けていく。
ラスロ・ディーユ、アレン・ウォーカー。二人の兄弟弟子。
彼らは今、いない。
ラスロはベルサイユで、アレンは中国で、各々生死不明とされる。
ラスロに限っては、行方すら分からない。
話を聞いた当初は、涙が溢れた。
しかし、今は不思議と悲しくなんてなかった。
生きている。
ラスロも、アレンもきっと生きている。きっとラスロなんてピンピンしている。
簡単に想像でき、信じることができる。
それは何故か。
思い描くのなら、ラスロの方が分かりやすい。
こんな時の思い出すなんて、と自嘲の笑みをこぼす。
まぁ4年以上前の出来事だ、忘れていても仕方がない。思い出す機会がなかったのだから。
ある日、偶々帰ってきていたラスロと、修練所で遭遇した。
彼はただいまの一言もなかったけれど。
「リナリーか、熱心だなぁ」
ひらひらと手を振ってくるその姿は、いつだってブレなかった。
ラスロはすぐに、自分の鍛錬へと戻る。基礎的な筋肉トレーニングから体力作り。
気づけば目で追っていた。なぜとも思ったが、理由はすぐに思い当たる。
「……珍しいね、ラスロが鍛錬なんて」
そう、彼にしては珍しい行動だったからだ。
普段の言動、行動から、こう言った基礎の鍛錬を、そもそも鍛錬なんてやらないと思っていた。
そうはっきりと伝えると、ラスロは苦笑していった。
「俺だって鍛えるさ。……死にたくないからな。体力はつけておいて損はしないだろ? ほら、師匠に追いかけられてる時とか。最近逃走時間新記録を叩き出したぜ?」
今思えば、その年から随分と達観していたように思える。
細かい年齢はわからないけれど、自分が十二、三の頃だからきっと十五、六のはずなのに。
「そ、そうなんだ……」
「ああ。それで、リナリーも鍛錬に来たんだろ? 俺は終わるから、広々と使うといい」
そう言って彼は汗をタオルで拭いて立ち去ろうとする。
ある意味、この教団内では有名な話。
ある一定のラインからは、踏み入ることはない。
徹底した線引き。
それでも、リナリーは屈せず話しかけ続けた。
会話の回数も、時間も、本当に少ないが、とても印象に、記憶に刻み込まれている。
忘れていたのは、そんな中でも印象が薄く埋もれてしまうような会話の内容だったからかもしれない。教団での生活は、どれも強烈に記憶に刻み込まれるものが多かったから。
「んじゃ、適度に頑張れよ。疲れ残して任務とか死んじゃうからな」
そんな彼を、引き止めていた。
「んお!? ど、どしたリナリー。そのタオル汚いから離したほうがいい。って、うお……コムイさんの殺気。リナリーセンサーの探知可能な範囲がどれほどあるんだよ。……リナリー、聞いてる?」
困惑顔のラスロは見てて面白い。
「少し、一緒に鍛錬しよう?」
気づけば口にしていた。
踏み入りすぎたと後悔する。
ラスロは一定の距離から踏み入ると、元に戻るまで距離を置く。
今までの関係性を全てリセットしようとする。
リナリーの知るところではないが、やはり彼も人の子。当時の彼では、中途半端にのらりくらりと躱すことは難しかったのだ。
「えっと、リナリー? 今、俺を誘った?」
思わず目をつぶる。
全部最初からというのは、辛い。
ただ、予想外にもラスロは戸惑い、慌ただしく手を振った。
「待て待て待て待て! 泣くなリナリー! よぉし、俺も頑張るぞー! ほれ、行こうぜ? ……コムイさんは見てなかろうな?」
泣きそうな顔に見えたのか動揺していた。
ここで初めて、ラスロが紳士の心を大事にしていることを知った。
「それはなに?」
「これ? 受身だけど。ほら、吹っ飛ばされた時にダメージを軽減できるんだ。痛みで次の動作が遅れるって怖いからな」
「じゃあこれは?」
「体幹を鍛えてる。足場が悪いところで戦ったりと、結構大事なんだぞ?」
一日、彼と共に鍛錬をしていた。
当時は考えてなかったが、彼は既に一度鍛錬を終えた身。その体で追加ときたものだから、次の日は部屋から出てこなかった。看病に行こうかとも思ったが、任務があったので教団を出た。
帰ってきてみれば、修練所にはラスロがいた。
てっきり、また行方不明になっていたかとおもったけれど。
そうしてこの日も、共に鍛錬を。
「ほれ、今日は終了。任務明けに鍛錬とか有り得ない。倒れる前に休め。じゃないとコムイさんがやってくる」
そう言って未使用のタオルとドリンクを渡される。
本当に紳士であろうとしているんだと、冗談ではなかったのだと理解した瞬間だった。
それからも、ちょくちょくと修練を共に積んだ。
「……ね、ねぇラスロ。それは何をしているの?」
何だか布団を丸めて手足を強引につけた人形の締め付けていた。
……修練場で。
「待て、リナリー。なんだその痛い人を見る目は、違う、違うぞ、これも立派な鍛錬というか人体破壊術だ」
詳しく話を聞いてみれば、どうやら関節技を練習していたらしい。
その理由を問えば、迷うことなく彼は言った。
「敵はアクマだけとは限らないぞ? 俺なんて、マフィアっぽい何かに追われたりするし。……え、ない? 俺だけ?」
周りで鍛錬していた人たちは首を横に振る。
無論、自分も。
落ち込むラスロを慰めるのは大変だった。
「一度や二度は体験してるかと思って……やっぱりウチの師匠は原作どおりか。いや、その原作通りなのがそもそもの間違いで……なんで、弟子になっちゃったのかなぁ」
原作とやらが何か分からなかったけれど、後に顔を青くしていたので追求はやめた。
それこそ、忘れなければいけないと思うほどに。
その後、その人形相手に練習をした。後に、実際の感覚をと思いラスロに頼んでみたが、
「俺が相手? 無理無理。俺、死にたくないもの」
失礼な、とも思ったが今ならわかる。はしたない。
ラスロが紳士で良かったと、今更ながら感謝した。
「ん? この鍛錬の理由? 俺以外がやっても意味はあるさ。どうせならアクマとかに使ってやればいい。さすがのアクマと言えど、関節は脆いだろうからな。関節を狙った技を練習すれば、関節が脆いと分かるし、使い道も浮かんでくる。効果的な瞬間だって分かるようになるさ。現に俺は、ソレで撃退してるし」
リナリーの知るところではないが、当時のラスロは未熟だった為、ナイフ程度しかイノセンス化出来なかった。
他の大きさのものだと、力が行き渡るのに時間がかかったのだ。
故に、短いナイフ。しかしそれでは心もとないと、弱点、脆い部分を狙ってネチネチやってたのが当時の彼である。
「それと、一撃で決める必要はないぞ? ばれない程度に関節に負担を与えつつ攻撃すればいい。もう関節技じゃなくなるけどな。まぁさっき言ったように関節技の練習は、どう攻撃すれば関節に負担がかかるかの研究になるからやってただけだから」
「そうなの?」
「そうなんです。まぁ、その他にも使えるものはなんでも使うよ。例え敵だろうと。っていうか、最近は本格的に対人まで覚えないと未来がない」
その後も少し鍛錬して部屋に戻った。
次の日は任務を受け、最近の習慣となっていた鍛錬ができないなぁと思いつつも出発。
帰ってくれば、ラスロがいると信じて。
しかし、ラスロはいなかった。
部屋にも、教団内にも。
コムイからラスロの伝言を受けた際、自分の失敗を悟った。
せめて、出発前に一言かけておくべきだった、と。
それからは退屈な日々が続く。
ほのかに、誰かが帰ってくるのを期待しながら。
数ヵ月後、帰ってきた。
急いで駆けつけてみれば、ちゃんといた。
それからはまたまた楽しい日々だった。
鍛錬しかしなかったけれど。
しかし、またその数週間後彼は姿を消した。
それからはずっと、帰ってこなかった。
それでも数年後、彼は帰ってきた。
身長も伸びていたし、何より男性であると感じた。
雰囲気は少し変わっていたものの、中身は変わっていないことに安心した。
そして今現在だってそれは変わらない。
そう、彼は必ず、帰ってくるのだ。
――――――絶対に。
何故か、無性に彼に会いたくなった。
四年という時間があったから、どう接すればいいか分からなくなりつつあったけど。
――――――今度は、ラスロを含めて皆で一緒に笑いたい。
あの時間を取り戻すかのように。
ドクン、と海面が揺れる。
エシは何もしていない。それはつまり、沈んでいるはずの彼女が起き上がったことを示す。
「ああ、ああ! もがくのか……? 素晴らしい、いいよ、凄くいい」
アクマのフェイスが、ニタリと歪む。
それは歪みに歪んだ歓喜の表情だった。
「おいで、もっと深く堕とし、全て沈めてあげるから。夢も、希望も、全て!」
その瞬間、海面は爆ぜ、荒れ狂う風と共に沈んだはずの少女が姿を現した。
イノセンスの最大開放。対極の存在であるダークマターを相殺するにはもってこいの方法だ。
しかしシンクロ率が100に達していないリナリーが使えば、どうなるか分からない。
それを迷うことなく使用した。単純に、生き残るために。
(世界が欠けるのはいや。でも何より、その世界から、消えたくない)
故に、立ち上がり破壊する。
偶然にも、走馬灯に近いもので得たヒントがある。
固くとも、脆いところは存在する。
それこそ機動性の高い人型であれば。
「よぉく来た!! さぁ、続きをしよう、大作を作り上げよう!!」
「あぁぁぁぁぁぁあああ!!」
限界に近い体を酷使し、接近戦を挑む。
一撃で決める必要はない。
脆いと思われる部位に、数回の攻撃を叩き込む。
駆動する肩、肘、足の付け根、膝のどれか。一番いいのは肩か肘。攻撃力の低下と、防御を不可能にできる。最も使用箇所が大きく、ダークマターの能力上大事な部位である。
「まだっ!!」
数回のカウンターを受けつつも、攻撃は止めない。
全体をランダムに攻撃しているように見せかけ。ただひたすら肘を狙う。
「もう限界だろ、限界なんだろう? いいよ、その表情!」
それでもやはり、強制的に開放したせいか、体が軋む。
ダークマターとは関係なく体が重い。
「ぐっ、あぐっ!! あぁぁぁあ!?」
ヒット数に差が出始める。
圧倒的に、エシからの攻撃が多い。
まるでリナリーの攻撃した分だけ、倍返しとでもいうように。
そして一発が音を立てて鳩尾にめり込む。
口の中に鉄臭さが広がった。拳がのめり込んでいた体が、重力に従って落ちていく。
――――――これで、いい。
全ての準備は整った。
蓄積されたダメージは十分。
しかし、エシは予想もしていないだろう。
自身が与えたと思っているダメージ程、傷ついていないことに。
予想通りに蓄積されているのは、ダークマターの重力付与のみ。
「えんぶ……霧風っ!」
水面近くで、自身の大技を放ち目をくらませる。
その瞬間、全力でエシの遥か上を目指す。
リナリーが上空にたどり着いた頃、エシは面白そうにリナリーを見ていた。
「失墜の踏技、鉄枷――」
それは今までに無い程の変化だった。
靴は両足を包み込み、リナリー以上の大きさとなり攻撃性を持つ。
これは踊り、叩き切るものではなく、落ち、貫くもの。
「哀れ、実に哀れだ。その程度ではエシを貫けない。近接型の、このエシは!!」
「知ってる。でも、貴方はここで破壊する」
リナリーは、完全に力尽きるその前にイノセンスの開放を抑える。
同時に絡みついてくる大量の鎖。その鎖が巻き付くと言うことはそれだけの重力が加算されるということ。
エシは気づかない。自身の肘、関節部分が緩みきっている事に。
先ほどの打撃を、自ら後ろに動くことで軽減していたリナリーの事に。
最終的に、大きく力が低下していたことに。
そして、彼女はエシの力さえ利用し生き残ろうとしていることに。
蓄えた力は、最後のために。
「ここで、終わり。でもそれは貴方、だけっ!」
そして聖女は堕ちていく。
隕石の如くプレッシャーを放ちながら。
空気摩擦は、余しておいた余力をもってして気休め程度に軽減させる。
それでもやはり、髪は燃える。
「こ、の、女がァァァァ!! このワタシが、このエシが! こんな、こんな事でッ! カカ、カカカ、カカカカカッ!?」
余裕であったエシの顔が、歓喜以外の表情で歪む。
受け止めはしたものの、早々に肘がダメになり受け止めることなんて出来やしなかった。
エシはあまりに呆気なく貫かれ、五芒星の光りを放ちながらチリへと変わる。
エシが絵師であった名残である、『題名』すら言い残せぬままに。
そしてリナリーもまた、海へと沈んだ。
アニタの母の形見である、髪留めを失って。
「…………無茶するっちょね」
海中で待機していたチョメ助は、呆れたように呟きながらリナリーを拾った。
それから数時間後になるが、ラスロがクロスに頼んだ『とあるモノ』も動き出す。
「さ、連れて帰るっちょ! ちょわー!」
こうしてチョメ助たちは会合する。
誤字その他修正。