どうやら神様は俺の事が嫌いらしい   作:なし崩し

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第三十一話

 

 

 

 

 

 傍目に見て、神田もラビもクロウリーも依然押されたままなのが分かる。 

 皆が傷を負っていき倒れていく中で駆けつけられないのが心を抉る。

 人とアクマを救済する力。

 それを求めて得たはずだったのに、まるで守れていない。

 

「どうした少年、よそ見なんて……!」

 

 ティキの手刀が視界に入る。

 アレンはとっさに『神の道化』の鎧で身を包み防ぐ。

 もう何度となるのだろうか、この攻防は。

 

「このままじゃ、皆が……!」

 

 何より、兄弟子に人を殺させてしまう。

 どちらも許容できるものではなく、かといって今の現状では防ぎようのない未来だ。

 どうすればいいのか、焦りが積もる。

 そんなアレンを見てティキは溜息をつき、次にラスロを見る。

 

「……無様だな、狸君」

 

「ッ!」

 

 誰が――と口にしようとしたところでアレンは言葉を飲み込む。

 アレンに目にはどこか残念そうにラスロを見ているティキが写っていた。

 飄々としていて、人間らしさを持ったティキはラスロと因縁があるのだと言っていた。

 その怨敵が墜ちたというのに、その瞳には寂しさが宿っているように見える。

 

「ティキ・ミック、貴方は…………」

 

「ああ、悪い。よそ見してたのはコッチか。まぁ、ああなっちゃったのは仕方ないよな。敵がやばかったし、環境も悪かった」

 

 ちょっとつまらないけど、そう言ってティキは瞳に獰猛さを宿す。

 

「少年はああなるなよ? じゃないと面白くないからさ」

 

 そしてティキは走り出す。

 その先には当然アレンがおり、アレンもまた左腕を構え迎撃に写る。

 しかし――――

 

「――――さっきと同じじゃつまらないだろ? だから教えてやるよ、ノアの力」

 

 瞬間、アレンの背筋に悪感が走る。

 どうもティキの手に宿る力が、先程の物とは質が違う。

 先程までのはティキ個人の能力であったが、今のティキが纏う力は恐らく――

 

(――イノセンス破壊の力!? 不味い、これを防げば――――!?)

 

 しかし何度も同じ攻防(・・・・・・・)を繰り返したせいか、『神の道化』は既に防御態勢に移っている。

 まさかとティキを見れば、苦笑いしながらも速度を落とさず突っ込んでくる。

 

「兄弟子が使った策に嵌るのはどんな気分だ、少年」

 

 やっぱりかー、と思いながらも冷汗が止まらない。

 恐らくは防げはするもののイノセンスにダメージを与えてくるだろう。

 アレンのイノセンスは寄生型、つまり体と深くつながったタイプのイノセンスだ。装備型と違いイノセンスが体の一部となっている以上、イノセンスが受けたダメージは自分の体にもダメージを伝えてしまう。

 

「ぐ、ぁ…………!?」

 

 そして案の定、完全には防ぎきれなかったダメージが体へと流れてくる。

 おまけとばかりに放たれたティキの蹴りの追撃を受け、アレンの体は吹き飛ばされ偶然ながらもリナリーの結界へと叩きつけられた。

 ごぽりと、口から血が溢れ出る。

 

「……え、アレンくん!?」

 

 驚いたようなリナリーの声が聞こえるが、それどころではなかった。

 ティキ・ミックはいまだに獰猛な笑みを浮かべながら歩いてくる。

 

「流石に頑丈だな、そのイノセンス。あと何回攻撃したら、前みたいに壊れると思う少年?」

 

 体から力が抜け、冷えていく感覚が思い返される。

 その感覚が皮肉にもアレンを落ち着かせ、考える時間を与える。

 あの時は何もできず、ただ抗う意思を示すことしかできなかった。

 でも、今は違う。

 イノセンスに救われ、自分の在り方を得て、今度こそアレンはエクソシストとなった。

 繋がりが薄かったあの時とは違い、今のアレンとイノセンスならば、

 

「僕の心が、肉体が滅びない限り……!」

 

「おいおい、マジかよ少年……」

 

 ティキの瞳に驚愕が浮かび上がる。

 それも当然だろう、今まで壊してきたはずのイノセンスが――再生を始めたのだから。

 

「それも寄生型の恩恵か?」

 

 しかしティキの記憶上、寄生型のイノセンスを破壊したところでこのような現象を見たことは無い。

 つまりこのイノセンスとエクソシストは、

 

「なるほど、やっぱ少年は面白いわ。だからオレも本気で行くぜ?」

 

 特別ということだ。

 そして特別に分類される『狸』の弟弟子。

 なんの偶然かこれは。

 

 故にティキは、今まで元帥にすら使用したことのない大技を選択する。

 ティキの能力は『拒絶』

 イノセンスなどの聖遺物以外、つまり万物において誰よりも高位な選択権がある。

 そしてそれはこの世界を包み込む『空気』ですら対象なのだ。

 拒絶、拒絶、拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶!!!

 光すら失った球体の中、真空となった空間でアレンは何とか意識を留めるので精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

(また、負けるのか僕は…………)

 

 こうなってはイノセンスを再生できたところで意味は無い。

 肉体が軋みあげ薄れゆく意識と同様にイノセンスの発動が解けかかる。

 しかし何故か懐かしい感覚。

 

(……あぁ、師匠の銃弾爆撃にさらされた時と同じ感覚ですね)

 

 まるで走馬灯のようによぎるのは、師匠の放つ大量の弾丸に四方八方囲まれフルボッコにされた時の光景。その後ろではラスロが地面に頭から突き刺さった状態でピクリとも動かない。ただいつの間にかラスロの懐が膨らんでいて紙束が見える。

 

(その後、僕も同じように借金つけられたんでしたっけ)

 

 今思い出しても腹立たしい。

 しかし不思議と笑みが浮かんでいた。

 ラスロには何度も救われた。

 初めての実戦でも、エクソシストとなる前の捻くれていた時期も。

 

『おおぅ、また立派な世界地図。よろしい、ならば洗濯だ』

 

『ほら食べろ。安心していい、師匠のより圧倒的に上手いはずだ――いや、別に師匠を馬鹿にはしてないですよ? ただ急にいなくなったと思ったら子供拾ってきた挙句知らないおばさんの家に転がり込んで子供に子供の世話を任せる師匠スゲーとか思ってないですよ?』

 

 思い返すと、昔は今ほど自嘲がなかったんだなと思う。

 きっと楽しい日々だったのだと思う。

 そこには、ラスロの人間らしさがあふれていた。

 

(人とアクマを、救済する……人って、誰だろう)

 

 分かってはいた。

 人とはエクソシストのことであり、ノアのことでもあると。

 しかしそれ以上に『ラスロ』という人間を『人』として見たことが何度あっただろうか。

 彼ならば大丈夫、彼ならば負けはしない。

 自然と自分の掲げる『救済』の対象から外してはいなかったか。

 人である以上、万能とはありえないのに。

 

(イノセンス、僕は…………ようやく分かった気がする)

 

 人とは、この世界の全てだ。

 アクマとは、人の魂の悲しい成れの果てだ。

 エクソシストとはイノセンスに魅入られた人間だ。

 ノアとは悲しい争いの記憶を持った人間だ。

 どちらも大切で、だから応える。

 

「人とアクマを、救済せよ」

 

 その瞬間、真空の空間は二つに弾け飛んだ。

 

 

 

 

 狭い塔の頂上をとてつもない気配が覆い尽くした。

 その場にいた者たちは誰もが動きを止めその気配が放たれる方向へと視線を向けている。

 それは自我を失っているラスロでさえ例外ではなかった。

 

「まさか、アレ……千年公……?」

 

 ロードの声がやけに響く。

 今のアレンは異常なまでの力を纏い、左腕のイノセンスは肩の付け根から消失し代わりに右手に十字架の入った巨大な大剣が握られている。

 そしてその剣が、力の発生源であった。

 ティキもまた自身の能力が破られたこと、そしてアレンの持つ剣に見覚えがあり息をのむ。

 

「確かにあれは千年公の……? はは、ホントにクロス師弟は謎が多い」

 

 軽口を叩いてはいるものの、先程までの余裕はない。

 ティキは千年伯爵の剣の力を知っていて、それに酷似した剣がそこにあるのだから。

 アレンとティキが対峙する。

 それを見たロードは自身の直感に従いラスロをアレンへと差し向けようとする。

 

「……させっかよ!」

 

 しかしそれを神田が防ぐ。

 無論その一撃は軽々とかわされ追撃の一撃が放たれるが、追随したクロウリーの一撃がそれを邪魔する。

 結果からして戦闘の構図は変わらない。

 変わらないが、優位差だけは逆転していた。

 アレンよりティキから、ティキよりアレンへと。

 

「オォォォォォ――――!」

 

 ティキの渾身の一撃は、アレンの剣に引き裂かれる。

 ティーズを纏っての攻撃も、ノアの力を使っての攻撃もことごとくが無効化されていく。

 その様子に流石のロードも動揺を隠せずに、二人の戦いから目を離せなかった。

 

(応援に行きたいけど……ラスロだからねぇ。ヘタに手を抜いちゃうと復活しちゃいそうだし……見てることしかできないなぁ)

 

 そしてその攻防はあっけなく終わりを告げる。

 ティキの防御を、アレンの一撃が破り胴をないだ。

 博愛を説くアレンの、人に対する迷いのない一撃に誰もが驚愕する。

 しかしその理由はすぐに分かる。

 

「ぐ、お、ォォォォォァァァ!?」

 

 誰がどう見ても、ティキの体には傷一つついてはいなかった。

 しかし当の本人であるティキは苦しみに悶えている。

 それはつまり、

 

「てぃっきーの『ノア』だけを斬った……?」

 

 アレンが悟った自分の在り方。

 それは人とアクマの救済。

 左手はアクマの為に、右手は人の為に。

 そして『ノア』すらも救うと彼は決めた。

 アレンのイノセンスの真骨頂、それは究極の『退魔の剣』だ。

 

「この剣は、人を生かし悪のみを斬る……!」

 

 ティキは痛みを堪えながらも、突きつけられた剣をみて笑う。

 それを見たロードはティキの元へ走ろうとするが、それを止めたのは他ならぬティキだった。

 彼はこれでいい、そう言いながらも笑う。

 まるでその結末を受け入れているようで、望んでいるようでもあった。

 その真意こそ分からないが、ロードはもう間に合わないことを悟ってしまった。

 

「ティ――――――――!!」

 

 そして最後、笑いながらティキはアレンの剣に貫かれた。

 十字架が彼の体に刻まれ、額に浮かんでいた十字架は逆に消えていく。

 そして黒かった肌も元に戻っていき、彼の体はゆっくりと地面へと横たわった。

 

「………………ティッキー」

 

 ロードはラスロの事を忘れ、ふわりとティキの元へと降り立つ。

 そして大事なものを扱うかのように抱き上げると額にあった十字架の後を撫でる。

 ティキの中のノアが斬られた、それはノアとしてのティキが死んだということだ。

 それはロードにとって、『家族』を殺されたことに他ならない。

 ロードの中に狂気が渦巻いていく。

 家族を奪ったアレンに、エクソシストに。

 

 

 ――――同じ気持ちを、味あわせてやる。

 

 

 おあつらえ向きの人形がある。

 大事ではあるけれど、意趣返しには丁度いい。

 しかし壊れてしまうかもしれない。

 でもラスロだし。そんな思いがロードの心残りを消し去った。

 一度壊しても、また直せばいい。

 目の前で壊して絶望を与え、直して希望を与え、もう一度壊してノア側にすることでもう一度絶望を味あわせてやればいい。

 

「……そうだよねぇ、千年公」

 

 その瞬間、ロードの狂気がラスロを襲った。

 本人に意識があったのならきっと、

 

 ――――えっ、何で俺。有り得ない。

 

 そう叫んでいたことだろう。

 そんな光景を思浮かべながら、ロードは口元に弧を描いた。

 

 

 




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