どうやら神様は俺の事が嫌いらしい   作:なし崩し

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第三話

 

 

 

 

 

 ランスロット・デュ・ラック。

 これはノアにとって頭の隅に入れておかなければいけないエクソシストの名。クロス・マリアン同様、圧倒的な力を持つノアが警戒しなければいけない厄介な敵であった。言ってしまえば、元帥並みという認識。実際はそんなにシンクロ率も高くなく、元帥となれるほどの力は有していない。

 しかし、問題はシンクロ率より彼の持つイノセンスの方だった。

 どういう原理かは分からないが、彼は奇しくも円卓の騎士と同じような伝承の力を扱う。イノセンスでしか破壊できないAKUMAを、普通の変哲もない武器で破壊する。イノセンス(武器)を使わず、意味の無い物(楡の枝)でくぐり抜ける。例え何であれ使い、AKUMAを破壊してきた。

 これは前提を覆す、最悪逆転の手口になりかねない問題である。何故ノア側が悠々と仲間を増やせるか。それは人の心に漬け込むだけでなく、AKUMAそのものを破壊されないからだ。AKUMA完成の途中反抗されようが、唯の人間は抗えない。ダークマターで出来たAKUMAには通常兵器は意味をなさないからだ。だが、それが破られればどうなるか。そんな可能性を持つのが、ランスロットとそのイノセンスの力だった。

 そして先日、新たな問題が発覚した。

 イノセンスの奪取に動いていたノア、ロードがランスロットと遭遇し戦闘となった。その後数回攻防を繰り返した後、ロード側の攻撃によって視界が遮られ戦闘が中断される。視界が晴れればそこにランスロットはおらず、先を越されるかとイノセンスがあろう場所で待ち伏せをしたのだが――彼は現れなかった。

 しかし、現れなかったにも関わらず、街で起きていた奇怪な現象が治まりイノセンスも消えた。これが意味することは、多くのAKUMAにノアすらも欺いてイノセンスを回収する異常な隠密能力を彼は有するということになる。

 流石にこれには当の本人、ロードも驚いた。確かにコソコソするのが上手いとは思っていたがよもやここまでとはと、より一層彼に対する興味が深まった事を、ランスロット本人は知らない。同時に、彼を『狸』と称した某伯爵は言った。

 

『あァの狸、遂に尻尾を出しましたカ?』

 

 現在、ノアで彼に興味を持つ者が後をたたない。

 その事実を知ったとき、彼の胃がどうなるか神のみぞ知る。

 

 

 

 では、彼個人としてはどうなのか。

 イノセンスや厄介事を除けば、普通に紳士であると言える。これはノア、教団のどちらもがそう思っている。……少しエセ神父に染まってるとは、教団の仲間は誰一人として口にしない。また、クロス・マリアンを知る者からすれば弟子に当たる彼がどういう生活をしてきたか想像が容易に出来てしまい同情の視線を送ることがしばしば。

 同時にクロス・マリアンの傍に長く居たものとして彼の居場所を探る切り札にしようと画策巻き毛もいる。特にもう一人の弟子、アレン・ウォーカーが来た時などガッツポーズを取るほど。かの元帥がどれだけ教団を冷や冷やさせているかが知れる。

 しかしそれは案外ランスロットにも言えることだった。何せその行方不明者と一緒にいた事でどうすればバレることなく密入国出来るかなど知ってはいけないことを知っているのだから。故に、クロス・マリアンからの手紙とアレン・ウォーカーが来なければ今もなお教団内に軟禁されていたかもしれない。

 ちなみに任務の成功率は非常に高く、どうするか迷ったという経緯もある。

 

 続いて男性視点からの彼の印象。

 それはラビとよく似ている。馴染みやすく、軽口を叩ける。基本は温和だし友人と接しているものは多い。

 しかし、ある部分から一線引いているところまで同じである。そこにさえ触れなければ関わっていても楽な人間なので悪い印象は抱かれていない。

 女性から見た彼は、枯れている、だった。

 言い方が悪いので訂正すれば、達観している。何処か諦めにも似たような雰囲気を漂わせうことがあり、無理だと悟れば呆気なく諦める事が多い。原因は恐らくクロス・マリアンとの生活が原因だと思われているが真実の程は知られていない。それも重なり、ミステリアスという言葉が付くこともしばしばあったりする。

 先の達観の真実に加え、団員にも知らされていないイノセンスの能力に、ホームと呼ばれる教団本部に帰ってきても『ただいま』と口にしない事も助長しているのだろう。『いってらっしゃい』は聞いた団員が何人かいるが、それもまたレアである。

 纏めてしまえば、温和で社交性が高いのだが何処か一線引いたミステリアスな一面を持つ男。

 それがランスロット・デュ・ラックだった。

 

 最後にノア。

 現時点でだが、これは実に様々だった。

 まず最初に千年伯爵。彼から見たランスロットの印象は『狸』であった。これにはちょっとしたエピソードがあったりするが今は置いておく。兎に角、師弟揃って伯爵に嫌われるという仲良しぶりを発揮している。

 続いてティキ・ミック。正直彼はあまり面識が無いので特に思うことはないのだが、先のロードの報告から興味を持ち始めた。今後は彼が接触することも増えるだろう。その際、命の取り合いか賭博かによって今後の印象が決まると予想される。

 次はスキン・ボリック。甘くないので興味なし。

 ルル=ベル。主たる千年伯爵からの印象が悪いので出会い次第抹殺する気満々。

 最後にロード・キャメロット。彼女はノア側で最もランスロットと接している時間が多い。最初は彼の持つイノセンスに興味を持ったが、何度が遊びに行き回数が重なる事彼の態度が変わっていき、自然と興味は本人へと移っていった。名前、戦い方、しかし騎士道なんて持ち合わせていない円卓とは無縁そうな性格。出会った当初は憮然としていてつまらなかったのだが、数日連続して遭遇したある時プツンとキレた彼が本音というか本性をさらけ出した。

 その時、ロードがからかう事に楽しさを感じてしまったのが運のつき、ランスロットは完全に目をつけられていた。

 

 

 

 総じて、統合されない印象。

 それはある意味、この世界に馴染んでいないと言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしょんッ! ぬ、風邪引いたか? ……ないな」

 

 自分で口にした言葉だが、すぐに否定する。

 こんな普通の生活で風邪なんてひいてたら、師匠と共に旅していた時に死んでる。あの旅の途中で風邪なんてひいても師匠は遠慮などしてくれる訳がないのだ。きっと借金取りに捕まって売り飛ばされるに違いない。

 

「取り敢えず噂ってことにしとこ。それより報告書出さないとな」

 

 数日前のイノセンス回収任務の報告書。一度出したのだがどうやら不備があったらしく返されたのでこうして修正してから科学班の所にいるであろうコムイ室長の所へと向かっている。どうやら、もう直ぐアレンも帰ってくるらしい。マテールの人形、だったか? なんだかとても悲しい結末が待っていた気がするが、アレンは大丈夫だろうか。確か神田も一緒だったはず……喝入れられてるか。

 

「っと失礼しまーす。報告書を修正して提出にきましたーって、なんです、コレ」

 

 俺の目の前には巨大な鉄の体に、六本もの巨大な手足の様なものを装備したロボ。頭はシャープで、チャームポイントは室長とお揃いの帽子。……なんぞこれ。というか、無駄にでかい。見れば、他の科学班の人も驚いている。

 

「おや、ラスロくん! いいところにきたね。これは我が科学班の救世主こと「コムリンⅡ」でーす!!」

 

 正面にやってきたコムリンⅡは、足をたたんで低姿勢で停止した。何だろうか、ボディの真ん中にある扉の様なものは。非常に開けてみたいが、開けると取り返しのつかないことになりそうな気がしてならない。それに、このロボの名前何処かで聞いたことのあるような気がする。はて、何だったか。

 

「室長ぉ……何スかそのムダにごっついロボは……」

 

「だからコムリンだってば! たった今、やっと完成したんだよ――」

 

 皆の気持ちを代弁したリーバー班長。返答したコムイ室長は変な踊りを踊りながらクルクルとコムリンⅡの周りを回っている。

 

「コムリンⅡは、ボクの頭脳と人格を完全コピーしたイノセンス開発専用の万能ロボットさ♪ あらゆる資料の解析はもちろん、対アクマ武器の修理に適合者のケアサポートも行うんだ。そう、まさにもう一人のボク!! これで仕事がラクになるぞ――!!」

 

 それを聞いた科学班のメンバーは嬉し涙を流しながら室長へと抱きついた。

 

「室長ぉ~マジですかっ!!」

 

「救世主だ」

 

「一生ついていきますっ」

 

「うんうん、ボクってすごいよね。はっはっは! うやまいなさい褒め称えなさい」

 

 その光景を傍目に、コーヒーを持ってきてくれたリナリーと会話をする。

 

「なぁリナリー、一つ聞いてもいいか?」

 

「どうしたの? 何か気になったことでもあるの?」

 

 差し出されたコーヒーを受取りながら、コムリンと言うロボについて記憶を漁る。既に大事な所以外は摩耗しかけている記憶であるから思い出せないのは仕方ないのだが、一歩間違えると大変ですよ? と俺の中で警戒心が高まりつつある。

 

「あのコムリンってロボ、室長曰く二号機ってことだよな? じゃあその前、一号機はどうなったのかなって」

 

「えーと、確か一号機は……って、あ、それ兄さんのコーヒー……」

 

「……………………」

 

「……………………」 

 

 本来室長の為に用意されたコーヒー。それは第二の室長たるコムリンⅡに持っていかれた。二人して顔を見合わせる。

 嫌な予感しかしない。例えるなら、朝起きたら師匠がおはようと声をかけてきた時の様な……。

 

「兄さん兄さん」

 

「何だいボクのリナリー!!」

 

「ねぇ兄さん。コムリンてコーヒー飲めるの?」

 

 すると室長は両手を肩まで上げて、笑いながら言った。

 

「なにを言ってるんだいリナリー。いくらボクにそっくりなコムリンでも、結局はロボットだよ? コーヒーは……」

 

「えっと、兄さん?」

 

「な、なぁリナリー。あの体勢で固まった室長の心配もいいけど、何かぴくりとも動いてないぞあのコムリン」

 

 皆固まった。

 ギギギと錆びたような音をたてながら此方を向いた室長は、冷や汗を垂らしながら問うてきた。

 

「……飲んだの?」

 

 その瞬間、俺たちが頷くよりも早くコムリンの頭部からドンッ! と嫌な音が聞こえてきた。次の瞬間、コムリンの体内から無数のマジックハンドが謎の注射器を持って現れ襲いかかってくる。事前に、嫌な予感でいっぱいだった俺は何とか回避に成功するのだがリナリーはブスリと刺されフラリと倒れてしまう。

 

「キャ――――――リナリー!!」

 

 シスコンである室長は全力でリナリーの元へ駆けつけるが意識はないようだった。

 

《私……は、コム……リン。エクソシスト強く、する……この女……、そこの男……は、エクソシスト。麻酔により行動、不能、成功したのは、女のみ……優先順位設……定。まず、この女をマッチョに改良手術すべし!!》

 

「「「な、なにぃ――――――!?」」」

 

 そして輝き出すコムリンアイ。

 対して、マッチョなリナリーを想像して絶叫する科学班に俺。コムリンアイから放たれた光線は呆気なく俺たちに命中し、その大半を吹き飛ばしたのだった。

 

 

 

 

「くっそ!! 巻き毛室長め余計な事をッ!」

 

「ラスロ、いいから走れ! この状況でリナリーを守れるのはお前だけだ!」

 

「リーバー班長、それは体よく行った時であって、ハッキリ言えば囮でしょうがっ!」

 

「仕方ないだろ! 俺たちにはどうすることもできねぇ! 今日に限って他のエクソシストはいないんだよ!」

 

《発見、発見。改造すべし、改造すべしッ!!》

 

「き、来たぞっ! ラスロ、お前は右に、俺とリナリーは左だ」

 

「あ、ちょ早!? 俺も逃げ――」

 

《エクソシスト、一名ロスト。ターゲットを切り替えます》

 

「……………………」

 

《……………………》

 

 コムリンの目は、俺を捉えていた。

 

《手・術・だ!》

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

 

 六本の足が駆動し、まるで虫の様な機動で迫り来るコムリン。コムリンが通ったところは半壊し、このままでは教団が崩れ落ちるんじゃないかと嫌な想像をしてしまう。

 

「来んなポンコツぅぅぅぅぅ!!」

 

《ニゲルナ狸ィィィィ!!》

 

 俺には突っ込む余裕もない。

 くそ、覚えてろよ科学班。俺を囮にした罪は重いぞ。

 

「しかし、囮が染み付いてる俺って一体……んぉ?」

 

 逃亡していると、当然明かりも破壊されるわけで。

 そんな中、背後から光りを感じた。ああ、コレあれだわ、と思ったときにはまたもや遅く放たれた光線は俺の足元を破壊尽くした。

 

「おぉぉぉぉぉ!?」

 

 瓦礫と共に落ちる。

 だが、俺だってエクソシストである。瓦礫を蹴って無事に着地くらいしてみせる。ただ、下が水だったのが不味かった。御陰で水しぶきを浴びてコートがびしょ濡れだ。こうなると動きを阻害するので脱いで水を絞ってしまった方がいい。

 脱いだコートは少し絞ってから再び纏う。それから、逃げ切ったことからくる安堵のため息をついて、落ちてきたその穴に目を向けると……いた。

 目を光らせ、跳躍したヤツがいた。

 

「ま、じか……」

 

 再び走り出す俺だった。

 前方にアレンの姿が見えたとき、擦り付けようと思った俺は悪くない。

 

 

 

 

 


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