「木原所長、目標を捕捉しました」
『よぉーし、なら速やかに目標を確保しろ。邪魔する奴は殺して構わん。
「了解、行動を開始します」
木山達が乗るバスを追走する三台のトラック。それに乗った
「隊長、公道の封鎖が完了しました」
「よし…お前ら、今回の目標はバスに乗る被験者の子供達だ。
これを無傷で確保。抵抗するものは、射殺して構わん」
「「「了解」」」
「行くぞ!」
作戦目標を再確認した隊員達は、本格的に行動を開始する。
二台のトラックがバスの前方に、もう一台は退路を塞ぐようにして停車した。
道を塞がれたバスは、やむ無く停車する。
そしてバスが動きを止めた所で急かさず、停車したトラックのコンテナが開き、乗車していた隊員達がバスを包囲した。
10人の駆動鎧に武装した隊員達は、閉じられたバスの扉を抉じ開ける。
「木山春生だな?」
「お前達は、あの女の部下だな……!」
扉を開けた先には、運転していた木山が忌々しそうに彼等を睨み付けていた。
部隊長は、木山が本人だと確認すると大人しく子供達を引き渡すように命令する。
「大人しく、その子供達を此方に引き渡せ。そうすれば、危害は加えん」
冷淡にそう告げられた木山は、何とかしてこの状況を打破できないかと思考を巡らすが、良い策は思い付かない。
だが、そうだとしても大人しく子供達を引き渡すなどという選択は、彼女には出来なかった。
「断る。これ以上、この子達を苦しめさせはしない!」
そう啖呵を切った木山は、懐から拳銃を取りだし部隊長に突きつける。
しかし、拳銃程度では駆動鎧の装甲を貫通できる筈もなく、部隊長は冷やかな目線を彼女に向けた。
「……仕方ない、殺せ」
「な、何だお前は……!?」
抵抗の意を示す木山に対して、部下に殺すように命令しようとした時、もう一台のバスの方から部下の叫び声が聞こえた。
「何だ?」
想定外の事態が起きたのだと察した部隊長は、そちらに視線を向けるとバスの中から異様としか言い表せない男が姿を見せていた。
「で、デカい……!」
誰が言ったのか、そんな呟きが隊員達の心中を埋め尽くした。
出てきた男の身長は、2mを優に越え、3mもあろう巨体だった。
その威圧感のある威容は、駆動鎧を着る者達を見下ろし萎縮させ、嫌が応にも畏怖の念を抱かせる。
そして男の出で立ちも、それに拍車を掛けた。キッチリとした黄色のスーツにサングラスにパンチパーマと時代遅れのヤクザにしか見えない風貌。
後退りするように男から距離を取る隊員達は、姿を見せただけの者に完全に怯えてしまっていた。
「……何者だ、貴様……?」
皆が怯む中、意を決した部隊長が勇気を振り絞り男に問い掛ける。
そうだ、何を怯える事がある。男が丸腰なのに対し、此方は銃を持ち武装しているのだ。
大人の能力者がいる筈もなく、この男に何ができるのだと、己を鼓舞する。
そして問い掛けられた男は、彼等の予想に反して威圧的な口調とは程遠い、非常に間延びした口調で喋りだした。
「お~こりゃ失敬~。わっしは、海軍大将の黄猿ってもんでして~」
「か、海軍だと?」
「ん~……?お~そうだった。ここは別の世界なんだから、わっしの世界の話をしても、意味なんてなかったねぇ~」
言ってる意味を理解できないMARの隊員達を他所に、一人勝手に納得する男は、自らを黄猿と名乗った。
その明らかな偽名と、ふざけた喋り方に怯えていた事が馬鹿らしく思えてきた隊員達は、打って変わり強気な態度を見せる。
「黄猿だと?ふざけるなよ、貴様!」
「別にふざけた訳じゃないんだがねぇ~。本当にそう呼ばれてる訳で……こりゃ参ったねぇ~」
困ったように頭を掻くその仕草は、敵に包囲されているというのに全く緊張感が無かった。
苛立ちを覚えた隊員の一人が銃を突き付けて、黄猿に子供達を明け渡すように脅す。
「おいコラおっさん!テメェの能書きはどうでも良いんだ。大人しくガキ共を渡せ。そうすりゃ命だけは助けてやる」
「そいつぁできない相談だ」
「何だと?」
眼前に銃を突き付けられて尚、自然体で振る舞う黄猿は、即座にその命令を拒否した。
「わっしは、この子達を安全に護送しろって命令されててねぇ~。どこぞのヒヨッ子の言うことに従うのは少々癪だが、従わん訳にはッ……!?」
━━━━ダン!
黄猿が疲れたように話す中、それを遮るように一発の銃弾が彼の眉間に撃ち込まれた。
黄猿は、ドサリと後ろに仰向けで倒れ込む。
「おい」
「いやだって隊長、あのおっさんの話し方イライラするでしょ?」
「ッたく……まぁいい。さっさと回収するぞ」
「了解」
苛立ちを抑えきれなかった隊員の一人が、黄猿を射殺した。そのいきなりの発砲に苦言を呈する部隊長だが、特に問題は無いと判断する。むしろ、さっさと子供達を回収することができるとさえ思っていた。
気を取り直した隊員達は、本来の目的を達成するべくバスに向かもしかしそれは、思いもよらぬ人物の声が聞こえた事で、中断された。
「酷いねぇ~」
「な、何……!?」
それは、殺された筈の黄猿の声だった。
驚愕する隊員達は一斉に黄猿から距離を取り、油断なく銃を構える。
「忠告されたとは言え、本当に撃ってくるとはねぇ~」
黄猿は、平然と立ち上がり隊員達に向き直る。
その時、額を撃たれた時にできた筈の傷跡に謎の光が集まると、跡形もなく消え去った。
「き、貴様、能力者だったのか!?」
「そうだねぇ~、概ねその認識で間違いはないよぉ~」
「クッ、う…撃てぇ!」
バスに当たらない位置から黄猿を囲むようにして放たれた銃弾は、彼の体を文字通り蜂の巣にする。
しかし、弾丸の雨に晒されている黄猿は、先程と全く同様の態度で、その雨が止むのを静かに待つ。
カチンカチン、と弾切れの音がする頃には辺りに硝煙の臭いが立ち込めていた。
「バカな……」
そう、部隊長が呟く。
あれだけの銃弾を受けても、黄猿は全くの無傷だった。
未知の能力に恐怖する隊員達を追い詰めるように、遂に黄猿が自ら一歩前に踏み出す。
「もう、終わりかい?なら、今度は此方の番でよろしいかなぁ」
「ヒッ……!」
薄らと笑みを携える黄猿は、先程一番最初に自分を撃った、粗暴な隊員の前に立った。
黄猿は見下ろし、粗暴な隊員は、これから自分がどんな目に会うのか想像し、目尻に涙が浮かべ足が震えた。
今の黄猿からは、さっきまでのふざけた様子が微塵も感じらず、最初に見た威圧感のある容姿に相応しいだけの覇気を放っているのだ。
「君らのようなクズってのは、何処の世界にもいるもんだねぇ……いやぁ~参ったねぇ~」
「な、何だよ……?何をする気だ……」
「いやなぁに、役職も関係無い世界でまで、職務に忠実で無くてもいいと思ってたんだがねぇ……ここまでされちゃあ、黙ってる訳にもいかんでしょうよ。
……お~そうだ。一つ質問をいいかい?」
完全に怯えて動けない粗暴な隊員を他所に、黄猿は一人で喋り続ける。
「世界が違えば価値観も変わる。わっしの世界では、そうそうあることじゃないだがねぇ~。こっちではどうか気になってねぇ~」
黄猿の右足が、銃痕を消した時と同様に光が集まり、眩いばかりの輝きを発し始める。
「速度は重さ……」
直視することすら困難な光に、周囲の隊員が目を細める。
触れる物全てを呑み込まんばかりに発光する右足で蹴りの体勢をとった黄猿は、こう言った……
――――
その一撃は、文字通りの光速だった。
一切の物理法則を無視したその光速の蹴りは、粗暴な隊員を跡形もなく消し飛ばした。
だが、光速で打ち出された蹴りの威力がその程度で収まる筈もなく、進行上にあったガードレールを突き破り、高層ビルの上階を二つ粉砕し、
「………」
絶句。思わず言葉を失う光景を目にして、他の隊員達は言葉を失い、思考が停止した。
その彼等の目を覚ますように、今では悪魔としか思えない声が耳を打った。
「……こりゃ……ちょっとやりすぎたねぇ~……」
「うわあぁぁぁぁ!逃げろぉぉ!!」
正気に戻った隊員達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
しかし、今回ばかりは相手が悪い。何せ彼は、光速で移動できるのだから。
「逃がすわけないだろぅ~」
短く、そして端的に、彼等の死刑宣告は告げられた。
∞
無線機から入った情報から完全に優位に立った、テレスティーナさんは、右目を細め左目を限界まで見開いて、嘲笑うように話し出す。
「ハハッ、どうしたぁ。そんなにあのガキ共が心配なのかよ?」
「………」
いや、貴方の人の変わり具合に驚いてるだけです。
なんちゅー顔芸だよ、遊戯王ですか?
完全に騙されたな、もう二度と木原って名前の人を信用するのは止めよう。
「私を殺しても、もう止まらねぇぞ。部下には、私との連絡が途切れたらガキ共を殺すように言ってあるからな。手も足も出ねぇだろ?」
まぁ確かに、それは困ったな。まさか、バレてるとは思わなかった。こんな事なら運転手に組長先生を付けるだけじゃなくて、ピカチュウも呼んどくんだったな~……。
「もう本当に、止めるつもりは無いんだね?」
「しつけーぞ爺!何度言われようが、私は絶対に能力体結晶を完成させて見せる」
「……そうか、残念だよ……」
最後の忠告と言わんばかりに、テレスティーナさんに思い止まるよう言うカエル顔の医者に、俺自身も少しクドイんじゃないかと思った。
だってあの顔見て、改心するようなキャラにはとてもじゃないが見えない。言うだけ無駄というやつだ。
でもこれはこれで良かったのかも……これで木山さんが死んでくれれば真相は闇の中だ。俺の心労も少しは減る……ってバスにはインデックスちゃんも乗ってるんだった!?
最悪だ、もしあの子まで死んじゃったら俺の苦労が!?
致命的な失態に気づいて頭を抱えていると、遠くの方から特大の爆発音が聞こえてきた。
「あのバカ共……無傷で確保しろつったのに……こりゃ死体も残ってねぇーかもなぁ」
……あぁ、終わった。
テレスティーナさんの無情な言葉に俺の心はズタズタに傷つけられた。
もう、暫く立ち直れそうにない。
そうこうしていると、テレスティーナさんの無線機に通信があった。
これ見よがしに無線機を見せびらかすと、漸く応答する。
そしてこの体のハイスペックな聴覚が、常人なら聞こえる筈の無い電話の内容を聞き取った。
「よぉ、目標は確保したk」
『もしも~し、もしも~し』
「………」
え……今の声って……え?
硬直したテレスティーナさんの反応を見るに、恐らく部下の誰でも無いのだろう
無線機から聞こえてきたのは、とても特徴的な喋り方をする男の声だった。
『もしも~し、此方~ボルサリーノ~、もしも~し。
あれおっかしいねぇ~。木山君、これで使い方はあってるのかい?』
『ええ、間違い無い筈です』
『そうかい?おっかしいねぇ~』
「……誰だ、お前……!?」
『お~何だ聞こえてたのか』
硬直からとけたテレスティーナさんが、震える声で誰なのか聞いた。
てか、ボルサリーノってことは……やっべ、やらかした。
寝不足とは言え、組長先生と間違えてとんでもない人を呼んでしまったぞ。
『なぁに、お宅の兵隊は全部わっしが片付けたと、報告しとこうと思ってねぇ~』
「は?」
『それと、そこにいる生意気にもわっしを呼び出したヒヨッ子に伝言を頼みたくて』
『ケイガン!ケイガン!大丈夫、怪我してない?』
『インデックス君、話してる途中だから邪魔しないでくれるかい』
『あ、ごめんなさい』
なんか、思ったよりインデックスちゃんと上手くやってるな。
電話越しに聞こえる会話から、随分と打ち解けあってる様子だ。
しかし、その会話を聞いてるテレスティーナさんの手がプルプルと震えてるんだけど、何かヤバそう。
『それで伝言の内容なんだがねぇ、そちらの要望通りに送り届けたからさっさと戻してくれ、と伝えてもらえるかい…………お~い、もしも~し。聞こえt』グシャ
「クソったれがぁ!!」
怒り心頭のテレスティーナさんは、会話の途中だというのに無線機を握り潰して地面に残骸を叩きつけた。
「あの役立たず共がぁ……!命令の一つもまともにこなせねぇのかぁ!」
「き、木原所長、落ち着いて」
「黙れゴミが、テメェ誰に意見してんだ身の程を弁えろ!」
「す、すみません……」
あまりの苛立ちに部下にまで当たり散らすテレスティーナさんは、怨みの籠った視線で俺達を睨み付ける。
もうそれだけで人を殺せそうな眼力で、吐き捨てるよう言い放った。
「仕方ねぇ、今回は引いてやる。だが、次は絶対にッ……!?」
━━━━貴様に次など無い。テレスティーナ・木原・ライフライン。
「誰だ!?一体何処から……」
テレスティーナさんが非常に三下臭い台詞を言い終わる前に、何処からともなく年若い女の子の声が辺りに響く。
その声の発生源にテレスティーナさん達は気づいてないようだが、彼等の周囲の空間が微妙に歪んでいることに俺は気づいた。
アレは、光学迷彩?
「我々は学園都市統括理事会に認可を得た民事解決用干渉部隊である、これより特別介入を開始する!」
そう宣言すると同時に、今まで光学迷彩で透明になっていた謎の部隊がその姿を表した。
それは、海生生物のような形をした謎の機械だった。
テレスティーナさん達を取り囲むように展開していた部隊は、円盤状の物体を射出していく。
この状況に嫌な予感がした俺は、横で佇んでいるカエル顔の医者の腕を掴んで、近くのマンションの屋上に転移した。
「……これは?」
上から状況を把握してみると、突如現れた謎の部隊に翻弄されて、テレスティーナさん達はまともに対処できていなかった。
暫くすると、円盤を射出し終えた謎の部隊は一台を除いて後ろに下がる。
そして残った最後の一台が、射出された円盤に向かってワイヤーを伸ばした。
そのワイヤーが刺さった瞬間、全ての円盤が爆発してテレスティーナさん達を吹き飛ばす。
あれ死んじまったんじゃねぇか?
爆風が晴れると、そこにはボロボロになったテレスティーナさん達が倒れていた。
あっ、痙攣してるし何とか生きてんのかな?
「やれやれ、これは随分と患者が増えそうだね」
「……助けるのか?」
「当たり前だろう。助けられる命を助けるのが、医者の仕事だからね」
この人、顔に似合わず言うことカッコいいな。
「それじゃあ僕は行くよ。今回は、ありがとう上乃君。助かったよ。じゃあね」
そう言って、カエル顔の医者は、屋上から階段を使って降りていった。
まぁ何はともあれ、これで無事解決って事で良いのかな?ならさっさとインデックスちゃんの所に行って黄猿さんを戻さないと。
はぁ、気が重いなぁ……。
一つ問題が解決できたというのに、また別の問題が浮上した事になんとも胃が痛い思いである。
寝不足で回らない頭で、教えられていた閉鎖病棟の位置を思い浮かべて転移しようとすると、テレスティーナさん達を蹂躙した謎の機械が俺のいるマンションの屋上に着地した。
「……何だ?」
内心、心臓が飛びるほど驚いているが、冷静に体が対処する。
すると謎の機械の上部が開き、そこからピチピチのボディスーツに身を包んだ少女が現れた。
と言うよりも、この子……何処かで見覚えがあるような?
「顔を隠していても分かる。上乃慧巌だな?」
「………」コクリ
「フッ、相変わらず無口な様だな。貴様と会うのも三年ぶりか……懐かしいな」
三年……あっ!もしかしてアウラちゃん!?小学校の時の?
そういや引っ越しする時、学園都市に行くとか言ってたような?……駄目だな思い出せん。
にしても、何か雰囲気変わったね
「上乃、こうして学園都市に来たと言うことは、私との約束を覚えていたのだな」
「……?」
「それでは、これより私達は恋人同士だ」
え……何だって?
「私はまだ仕事があるため、今日はここまでだ。
また後日、私の方から連絡する。浮気などせず、一途に待っていろよダーリン!」
「………」
………
久々にあったアウラちゃんは、事務的にそう言い残し去っていった。
……うん、俺も帰ろう。
∞
やっと……やっと帰ってこれた……!
心身共に疲弊しきった体を引きずって、何とかインデックスちゃんを連れて帰ってこれた俺は、ソファーに倒れこんだ。
時刻は朝の6時、完全に夜が開けてしまっていた。
まさか本当に一睡もすることなく三徹することになろうとは……俺死んじゃうよ?
「はぁ…はぁ…ケイ…ガ…ン……」
ん~、どうしたのインデックスちゃん。そんな虚ろな顔してッてえ!?
ソファーに寝そべる俺の上にインデックスちゃんが被さるように倒れてくる。
青ざめた顔で荒い息づかいを繰り返す様子から、見るからに大丈夫で無さそうだ。
「うぅ……ケイ…ガン…」
「……はぁ」
もう頼むから、俺を寝かしてくれよぉ……。
やるかどうかすら分からない劇場版の話の伏線をやっちゃった。
無事回収できると良いなぁ~。