ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
第一話 オフ会
本日貸切
東京台東区某所に有るその店の扉には、そう書かれたプレートが下げられていた。
店の名前は『ダイシーカフェ』という。浅黒い巨漢が取り仕切るその店の中は、只今祝賀パーティーの真っ最中である。パーティーの参加者は多様な年齢構成で、下は中学生と思しき少女から上は三十代程度の大人までと、雑多な年齢構成となっていた。
男女比は圧倒的に男が多く、一見すると共通点が見いだせないこの集まりだが、実は彼等には大きな共通点が存在した。
SAOサバイバー
かつて世界を震撼させた、VRMMOゲームによる集団精神拉致監禁及び致死事件、通称『SAO事件』、彼等はその生存者であった。
このパーティーは、言わば彼等のオフ会であり、一人の少年の慰労会である。
少年の名前は桐ヶ谷 和人、一般社会においては無名の一学生ではある。しかし、SAOサバイバーの間で、特に攻略組と呼ばれるトッププレイヤーや、生産職を極めた者達の間では、知らぬ者無き有名人である。
ゲーム開始時にはビーターと蔑まされたソロプレイヤー、そして終盤では黒の剣士と畏怖された孤高の攻略組トッププレイヤーだ。
黒の剣士『英雄キリト』
彼はSAOから虜囚となったプレイヤーを解き放った事に留まらず、その余韻が収まらぬ内、人知れず進行していたALO事件を白日の下に暴き出し、解決に導いた立役者でもある。
キリトは激闘の末に、最愛のパートナーであるアスナを取り戻し、忌まわしい事件に終止符を打ったのだ。今この店に集う者達は、そんなキリトを中心に、SAOで友誼を結んだ者達だった。
彼等はキリトの労をねぎらい、改めて自らのデスゲームからの生還を喜んでいた。
「マスター、バーボン、ロックで。」
女性陣の思わせ振りな恋の鞘当てと、あからさまな冷やかしにタジタジとなったキリトは、堪らずカウンター席に退避した。そして削り取られた心のHPを回復するポーションを注文する。
「……」
彼の心を癒すべく、口をつけた甘露は当然の如く本物のバーボンの訳がない。タンブラーの中の烏龍茶に、してやったりのエギルを見上げ、この野郎と軽く睨むキリトだった。そこへ「俺には本物をくれ」と痩身の男、クラインがやって来る。二三の軽口を挟んだ後、シンカーを交えて今後のVRMMOの行く末についての話が始まった。
そんな兄の姿を、他の女性陣に姦しましく囲まれながらも、半ば心ここにあらずといった面持ちで直葉『リーファ』は見つめていた。彼女はSAOに囚われた兄との心の距離を埋める為、自らもVRMMOの世界、『ALO』に飛び込んだのだった。そうして同じ冒険を経て、やっと兄との心の距離が縮まったと感じていたのだが、この光景を見せつけられると、やはり兄はまだまだ遠い存在なんだと思い知らされる。
「私、本当にここにいて良いのかしら……? 」
店の片隅でグラスを握り、直葉はそんな事をとりとめもなく考えていた。
やがて盛り上がっていた宴も徐々に熱が醒め、皆の心は二次会へと移り始め、その算段が始まりだした。二次会会場は勿論ALOである、遠くから来ている者は、そろそろ腰をあげなければ、待ち合わせの時間に遅れてしまう。
そんな訳でお開きムードが高まった店内で、カウンター席に座るクラインが、にわかに所在なさげに店の玄関口をチラ見し始めた。
「おいクライン、何を急にそわそわしてる、お前もそろそろ残業しに会社に戻った方が良いんじゃないか? 」
「あ、ああ、そりゃそうなんだけどよ、ちょっとな。」
「会社に戻るのが遅れて、残業片付かなくて二次会遅刻、なんて事は勘弁しろよ。」
「わーってらい! そんな事!! 」
微妙な態度のクラインに、キリトとエギルは互いに『?』を頭上に乗せて顔を見合せた。
「ははーん、分かったわよ、クライン。」
リズベットが意味深な含み笑いを浮かべ、クラインをズビシィと指差す。
「ズバリ、女ね!! 」
「「女!? 」」
リズベットの指摘にポカンとするクラインだったが、キリトとエギルは驚愕の表情でクラインの肩を掴んで激しく揺さぶる。
「それは本当か、クライン!? 」
「お前に女がいたなんて、それもSAOの中で既にいたなんて!? 」
「いいか、絶対に手放すんじゃないぞ! 」
「そうだぞ、クライン、もしその人と喧嘩になったらお前が全部悪い!!」
「土下座してもすがり付いても別れるんじゃねえぞ!! 」
「ああ、その人を逃したら、この先お前に一生女なんて……」
「だぁっ! 喧しい!! 」
突然降って湧いた女性疑惑に、ワイドショーの記者よろしく揉みくちゃにして迫るキリトとエギルを振りほどき、疑惑を打ち消すべくクラインは吠える。
「違げーよ!! さっきあっちで相手を見つけておけばって言ったばかりだろ! おい、リズ、お前ぇいい加減なデマを流すんじゃねえ! 」
「へっへっへ~、べぇー。」
「こんのぉ~、リズ、てめぇ!! 」
猛るクラインに、あかんべーをするリズベットを、シリカが「リズさんリズさん」と制止する。そんな光景を優しく微笑んで見つめるアスナ。
「で、誰なんだ、お前さんの待ってる奴は? 」
「勿体つけないで教えろよ、クライン。」
エギルとキリトが改めて聞くと、クラインはあっさりと白状し始めた。
「わーったよ。折角サプライズにしようと思ったのによ……。お前等ノブとシゲは知ってるよな? 」
「……ああ、確か……」
「風林火山の見習い……、だった……、っけ? 」
クラインの言葉に、エギルとキリトは記憶の糸を手繰り寄せる。クラインが口にしたこの二人は、知らずに高レベルパーティーがレベリングに使う狩場に迷い込み、モンスターの群れに囲まれている所を、偶然通りがかったクラインと風林火山のメンバーに救い出され、その縁で見習いメンバーに加わった経緯を持つ。小肥りノブにひょろ長いシゲのデコボココンビは、レベルこそそこそこ高かったが、要領の悪さが足を引っ張り、クラインは最後まで攻略組に加える事は無かった。二人の要領の悪さは折り紙付きで、アインクラッド崩壊後、須郷の手によりALOのラボに捕らわれ、アスナ同様つい一ヶ月程前にナーブギアから解放されていた。そんな二人の顔と名前が辛うじてキリトとエギルの脳内で一致をした頃合いに、クラインは小さく咳払いをしてから話を再開する。
「でよ、そのノブとシゲに頼んでよ、ヒョウとおツウさんを此処に呼んであるんだよ。」
「なんだって! それは本当か! クライン!! 」
「ああ、大手柄だぞ、クライン! 俺達リアルのアドレス交換出来なかったからなぁ。」
ヒョウとツウ、その名前がクラインの口から出た瞬間、参加メンバーの更に一部、攻略組プレイヤーの顔に喜色が溢れ、歓声が上がった。
「あんたもやれば出来るじゃない、グッジョブよ、クライン。」
「私も早く会いたいです、クラインさん。」
「へっへへぇ~、だろう。」
再び盛り上がるSAOサバイバー達に大きな隔たりを感じつつも、その名前を聞いてキリトがこうまで喜色を表すその二人に興味を持った直葉が恐る恐るアスナに問いかける。
「あの、どんな人なんですか? その、ヒョウさんとおツウさんって……」
直葉の問いに、アスナも喜色満面で答える。
「ヒョウ君はとっても強い剣士だったの、キリト君みたいにソロだったんだけど、中盤まで攻略組の中核戦力だったのよ。キリト君みたいに黒ずくめで。」
「ああ、でもアイツは侍みたいな格好だったろ。」
アスナの後を受け、キリトが二人の会話に加わる、するとエギルとクラインもその輪に加わった。
「確か、最初にカタナスキルを手に入れたのもヒョウだったな。」
「おう、でもって俺様に教えてくれたのがヒョウの字よ。」
「十三層だったかしら、キリト君の連続ラストアタックボーナス記録を止めたのは。あの時のキリト君の顔……」
「確かに悔しかったけど、そんなに顔に出てたか? 」
「物凄い表情だったわ。」
楽しそうにツッコミをいれるアスナに、眉を寄せたキリトだったが、すぐにある事を閃いて反撃をする。
「物凄い表情なら、アスナもしていたじゃないか。」
「え〜、私が〜、いつ、いつよ? キリト君。」
「六十層解放慰安パーティーの時だよ、忘れたのか? 」
「六十層解放慰安パーティー……、何だったかしら。」
小首を傾げるアスナに、キリトが意味あり気な笑顔で話す。
「料理スキル、おツウさんに先にカンストされていたって、悔しがっていたじゃないか。」
「えーっ、私悔しがってないよ。凄いなぁーって思ってただけだからね。」
「本当かぁ? それにしちゃあ、随分と眉間にシワが寄ってた様な気がするが。」
「もう、キリト君の意地悪!! もうあっちでお料理作ってあげない! 」
「わわっ、アスナ、そりゃ勘弁!! 」
慌てるキリトに、リズベットが茶々を入れる。
「ちょっと~、だらしないわよ~キリト~。まぁ、アスナが相手じゃ無理無いか。」
「違いない!! 」
リズベットの茶々にクラインが合いの手を入れると、店内が爆笑に包まれる。同じ様に笑顔を浮かべながら、やや遠巻きに皆を眺める直葉の心の中に、また一つ疎外感が募っていく。直葉が天井のサーキュレーターを見上げ、心の中で大きなため息をついた時、店の扉のカウベルが来客の到来を知らせた。
「おっ、来たな。」
クラインの言葉が呼び水となり、皆が一斉に開いた扉に目を向けると、そこには気の弱そうな小肥りの男と痩身の男が、気まずそうな目付きで立っていた。
「おう、遅かったな、そんな所に突っ立ってねえで、早く中に入ってこいよ。」
クラインに急き立てられ、二人は足取りも重く店内に入ると、クラインの前に行き深々と頭を下げた。
「大将、お久し振りです。」
「今日は、ありがとうございます。」
「おう、良いってことよ、俺達風林火山の絆は血よりも濃いんだ、見習いだからって、それは変わり無いんだぜ。」
頭を下げる二人の肩を叩くクラインの笑顔は、紛れもなく部下の命を預かったリーダーの顔だった。
「で、アイツ等は何処だ、一緒じゃなかったのか? 」
単刀直入に本題を切り出したクラインの言葉に、二人は頭を下げたまま固まり小刻みに震えはじめた。そうとは気付かないクラインは渋面を浮かべ、頭を掻きながら独りごちはじめる。
「てぇと、まだ駅かなぁ、此処は分かりにくいからなぁ……」
「大将! すんません! 」
クラインの独りごちを遮り、小肥りの男ノブが顔を上げ叫ぶ様に詫びの言葉を言った。痩身のシゲが涙目で続ける。
「ヒョウは来ません、来れません、ヒョウは……、ヒョウは……」
「ヒョウがどうした!? 」
二人のただならぬ雰囲気に、表情を改めてクラインが短く問う。
「ヒョウは……、死にました……」
店内にグラスの割れる音が鳴り響く、衝撃の言葉にシリカがショックを受け、手にしていたグラスを落としてしまったのだ。
「シリカ! 」
「シリカ! 大丈夫!? 」
気を失いかけたシリカを、慌ててキリトとリズベットが支える。大丈夫です、ごめんなさいと言うシリカを椅子に座らせたキリトは、ノブとシゲに向き直り静かに問い質す。
「ヒョウが死んだって? 」
兄の殺気を目の当たりにした直葉は思わず息を飲む、ここまで怒りを露にした兄の姿を見るのは初めての経験だった。
「何かの間違いだろ!? アイツが! ヒョウが死ぬなんて有り得ないだろう!! 」
「キリト君。」
掴みかからん勢いでノブとシゲに迫るキリトを押し止め、アスナは優しくキリトを抱き締める。キリトの剣幕に腰を抜かしたノブとシゲは、土下座に近い姿勢で、ヒョウの死の顛末を話はじめた。
ヒョウはパートナーのツウと二人で四層の島で保育園兼孤児院を営んでいた、島の規模もそこそこ大きくゴンドラ船さえ有れば交通の便も良いそこは、シンカーの抑えの効かなくなった軍の一派が自らの宿営地とする為に度々立ち退きを求めてちょっかいを出していた。彼等から島を守る為、ヒョウは次第に最前線から遠ざかり、中盤以降はボス攻略にも姿を見せなくなっていった。しかし、彼の伝説的な強さは、ここ一番の節目の攻略には欠かせない物が有り、助っ人参戦を請われる事も暫し有った。そんな時にヒョウが安心して島を空けられる様に、付き合いの有ったクラインは気を利かせ、見習いのノブとシゲを派遣していた。見習いとはいえノブとシゲも高レベルプレイヤーだ、船着き場を抑えていれば数を頼みに低層で屯するだけの軍の連中に遅れを取る事は無い、それにヒョウを熱心にスカウトしていたヒースクリフ直々の指示で、血盟騎士団からも護衛が派遣されており、ヒョウは後顧の憂い無く助っ人参戦する事が出来た。しかし、遅々として進まない攻略に彼等は二年余りアインクラッドという鳥籠の中に閉じ込められ、一部のトッププレイヤー以外は否応なしに生業を持つ事を強いられていた。当然大所帯の所帯主たるヒョウも例外に漏れず、採集から高難度クエストやレベリング等をサポートする『萬護衛請負業』をエギルとアルゴを窓口に営んでいた、因みにシリカとリズベットは彼のお得意様である。それに加え、ヒョウ自身のレベリングも有り、島を長期離れる事を余儀なくされた彼の原状を鑑み、クラインはノブとシゲを正式に留守居役の剣術見習いとしてヒョウの下に派遣していた。
そんなある日の事である、シンカーを罠にかけて遁走したキバオウ率いる『はぐれ軍』の連中が、ヒョウ不在の隙を突き、自らの常駐地とする為に島を奪わんとやって来た。彼等は奸計を用い院の子供達を数名拐って人質とし、ヒョウ達の立ち退きを迫るつもりであった。しかしアルゴからの緊急情報で知ったヒョウはそれを阻止すべく、単身で子供達を守る為にはぐれ軍に戦いを挑んだ。アルゴからの知らせを受け、おっ取り刀で駆け付けたノブとシゲ、そしてツウのが見たものは、ラフィンコフィンの残党を名乗るはぐれ軍の一員と、子供を庇って刺し違えたヒョウのアバターが輝くポリゴン片にはぜる瞬間であった、あるアナウンスを聞きながら……
はぐれ軍、その言葉を聞いて崩れ落ちる様に椅子に座り込むシンカー、そして彼の背中を抱くユリエール。
一瞬にして深い悲しみに包まれる店内に、不意に乾いた打撃音が響き渡る。
「ラフィンコフィン!! ラフィンコフィン!! 」
直葉が目を向けると、怒りと悔しさを拳に込めてテーブルを打ちつけるキリトの姿が有った。そして堪えきれずにすすり泣くシリカの嗚咽が、店内の全ての者の心情を代弁する。
「……そんな……、酷い、十一月七日なんて……、十四時五十五分だなんて、そんなの酷すぎます……、どうして……どうして……」
泣き崩れるシリカを宥める様に抱き締めるリズベット。
「で? 」
皆が悲しみに暮れる中、むっつりとした表情と口調でクラインがノブとシゲに次の言葉を促す。しかし、何を促されているのか分からない二人が答えあぐねていると、クラインは焦れったそうに声を荒らげた。
「だからよ! アイツは、ヒョウはどんな顔で逝ったんだよ!? 」
その問いに顔を見合わせた二人は、遂に号泣して床に伏せた。
「ヒョウは、笑っていました。」
「ごめんって言いながら、笑って、笑って……」
「すんません、大将、すんません……」
「俺達、俺達、ヒョウを守れませんでした……」
号泣する二人の話を聞き終えたクラインは、静かに口を開いた。
「おいエギル、もう一杯くれ。」
「クライン。」
「いいから!! 」
一度は制止したエギルだったが、やれやれといった表情でグラスにバーボンを注ぎ、カウンターを滑らせる。
「そうか、アイツは笑って逝っちまったのか……」
目の前に滑って来たグラスをキャッチしたクラインは、一口舐めて口を湿らせると、店の雰囲気を吹き飛ばす様に陽気な口調で言葉を続ける。
「笑って逝ったのか、カッコいいじゃねえか! ごめんって言いながらか。へへっ、笑って逝くなんてよ、アイツらしじゃねぇか。 」
皆がクラインに注目をする、クラインは皆に人好きのする笑顔を浮かべ、グラスを掲げて言葉を続ける。
「なぁ、みんな、アイツが笑って逝ったってぇなら、俺達も笑って送ってやろうぜ! 」
クラインはグラスを片手にキリトに歩み寄り、背中をバシバシと叩く。
「ほらキリト、そんな辛気臭い顔してたらヒョウの字にドヤされるぜ。ほら、笑えよ! 」
キリトに明るく話しかけるクラインの顔を見て、直葉は驚き顔色を失った。
「うるせぇ、だったら何でテメェは泣いている!? 」
「俺は泣いてなんていねぇ、泣くわけねぇだろ! 馬鹿野郎……、俺が……、泣くわけ……」
クラインの強がりもそこまでだった、グラスを一気にあおったクラインは、人目もはばからずに号泣し始めた。
「馬鹿野郎! 畜生! 子供を守ってだって! アイツだって子供じゃねえか! 糞っ! こんちくしょう!!」
「……クラインさん……」
慟哭するクラインに直葉がそっと声をかけると、クラインは涙を隠すためか直葉に背を向けてこう言った。
「すまねえ、リーファっち。二次会までにはちゃんと立ち直るからよ、今、今だけはこのままでいさせてくれや。」
「……」
直葉の肩に優しく手がかけられた、振り返るとそこには兄の顔があった。目を閉じて首を左右に振る彼の双眸からも、とめどなく涙が流れていた。彼の胸に顔を埋めて、アスナが肩を震わせていた。
SAOサバイバー
彼等の深い絆を目の当たりにした直葉は、この時はっきりと自覚した。
彼等の世界は私には遠過ぎる、私にはそこまで行けない
と。
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