ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
朝焼け残る空の下、緑萌える芝生の上、一人の少年が目を閉じて正座している。
のどかな朝の陽射しが、アインクラッドを照らす中、少年の居る空間だけが違う空気を醸し出していた。
荘厳
一言で表現すると、その言葉が最も適当であろう、しかし並みの少年、いや、大人ですら不可能であろうその空気を、正座の少年はポリゴンの情報体で発散していた。
少年は静かに腹式呼吸を行い、丹田に気を込める。静かに、静かにその動作を繰り返し、丹田に気を送り込み、練り上げていく。気の充実を確認した少年が、カッと目を見開いた、同時に空気が爆発した。
「ええーいっ!! 」
気合い一閃立ち上がり、腰に穿いた刀が抜刀され煌めき翻る、そして残身、納刀。
「ええーいっ!! 」
一歩踏み出し抜刀、電光石火の袈裟斬り、納刀。
「ええーいっ!! 」
振り返りつつ抜刀、大きく踏み出しながら横凪ぎの一閃、納刀して正座。
「Un……belivable……」
この光景を窓の外に見た浅黒い巨人は、目を見開いてそう一言呟くと、絶句してしまった。彼の目には、少年の刀の動きが全く見えなかった、かろうじて残身で抜いてそこに振り下ろしたと認識できただけで、実際はいつ抜刀したのか、どう刀を振り下ろしたのか、全く捉える事ができなかった。
無拍子という動作で行われた抜刀術は、時に高位の熟練者さえ、虚を衝かれ切り伏せられる事がある。心得の無いエギルに、ヒョウの太刀筋が見えるはずも無かった。そしてその事実がエギルを戦慄させた
あの動きを以てすれば、デュエルでは敵無しだろう、下手なソードスキルなど、発動前に切り伏せられてしまう。そしてヒョウの一撃の破壊力なら、初撃決着モードでも全てのHPを刈り取られてしまいかねない。何しろヒョウは、ユニークスキル
「……エギルさん、エギルさん」
窓の外のヒョウの稽古に、暫し心を奪われていたエギルは、咎める様に自分を呼ぶ声に我に返った。
「お……、おう、すまんすまん」
「駄目ですよ、余所見しちゃあ」
眉間に軽く皺を寄せ頬を膨らませて見上げる、着物姿のツウの美しさに不意を撃たれ、ドキリとしたエギルは、それを打ち消す様に大きな声で謝罪する。
「いや、すまん、ちょっとぼおっとしてた。本当にすまん」
彼にしては珍しく、締まらない愛想笑いを浮かべるエギルを胡乱げに見上げ、ツウは口を尖らせて咎めた。
「もう、ちゃんと気を入れてやらないと、身に付きませんよ。じゃあ、もう一回最初から、はい」
そう言ってツウは日本舞踊を舞い始めた、エギルはチラリと窓の外を見る、その視線の先ではヒョウが先程の剣技を、その動作を確かめる様にゆっくりと行っている。相手を想定して型を繰り返すヒョウの動作は、エギルの目にも何を意味する動きなのか、何を目的とした動きなのか、手に取るようにはっきりと理解できた。人を斬る為に突き詰められたシンプルな動き、人を殺す為だけに特化した合理的な動き、それがかくも美しいものなのか……
「エギルさん! 」
またしてもヒョウの剣技に心を奪われていたエギルに、ツウの厳しい叱責の声が飛ぶ。その声にエギルは慌ててツウの後について舞をを舞い始めた。どうしてこうなった? 胸に込み上げる理不尽な思いを噛み締めて。
十三層攻略後、ヒョウの言葉は攻略組を大きく二つの思想に分派した。一つは純粋に強さを求め、極限まで自分を磨こうとする者達。もう一つは現状維持、攻略の為のレベルアップは必要だが、無理して上げるより組織力を重視しようという者達。前者はキリト、アスナ、クライン、エギル、そして少数派の面々が主だった顔ぶれで、後者はキバオウやリンド達二大ギルドのメンバーが主な顔ぶれだった。
強さを求める者達には、共通の疑問が有った、ヒョウ、キリト、アスナの三人が、何故他の攻略組メンバーとは一線を画する強さを保持しているのか? いくらビーターのキリトが居ても、十層を過ぎアドバンテージは薄れた今、そろそろ背中は見えずとも、足跡くらいは見えて来そうな頃合いだが、一向に追い付ける気配が無い。それどころか、十三層のボス戦を見る限り、差は更に広がっているとしか思えない。三人に比べれば、確かに甘いのかも知れないが、それでも自分達も命を懸けるリスクを冒してレベリングをしているのだ、それなのにこの差は一体何故生まれるのか? その秘密を知りたがった。
「ナンバだよ」
キリトとアスナが顔を見合わせる中、ヒョウは意外なほどにあっさりとその秘密を明かした。驚くキリトとアスナを尻目に、ヒョウはたんたんとナンバの秘密を開示していく。
「教えてモノになる保証はしないけど、それでも構わないなら教えるよ」
その言葉に、狂喜した少数派攻略組メンバーは、足しげくヒョウの元に日参し、ナンバの技術を学んで行った。ヒョウの言葉通り、モノになるならないはいかんともし難く、約三分の一程がモノに出来なかった。これはヒョウにとって意外な事で、彼は一握り程度がモノに出来れば御の字だと考えていた。それを覆したのは、これまた意外な事にクラインの存在だった。クラインは風林火山のメンバーを引き連れ、ヒョウの元にやって来て、自ら土下座する勢いで、皆を鍛えてやってくれと頼み込んだ。そして年齢差もかなぐり捨て、真摯な態度で研鑽を重ね、驚くほどの速さでナンバの動きをモノにしていった。ヒョウが驚いたのは、ここからである。クラインは自分が学びとったナンバの動きを、実に分かりやすくギルドメンバーに解説していったのだ。確かにヒョウは祝心眼流古武術を深く修めていたが、だからといって指導者としても優れているとは言えなかった。丁寧に教えてはいるのだが、全くの素人に教えるにはヒョウは指導者としてレベルが高すぎたのだ。小学生に大学教育をするが如くのヒョウの指導をフォローして、クラインは見事にその乖離を埋めていったのだ。クラインの凄さはそれだけではない、風林火山のメンバーだけではなく、誰彼構わず、一緒に学ぶ者全てにそれを行っていた。流石にこれにはヒョウも恐れ入った、いつもちゃらけたクラインだが、やはり彼も一つのギルドの長なのだ、そしてそれにとどまらない器の大きさは『クライン』の名に恥じぬものだと、ヒョウは内心で彼に対する敬意を新たにしたのだった。
そんなクラインとは正反対に、エギルはナンバの習得に苦労をしていた。彼はリアルでも膂力に優れるため、どうしても動きが力任せになりがちで、結果雑になりナンバとはかけ離れてしまうのだ。流石のクラインも匙を投げかけたのだが、ヒョウがエギルの話を聞くと、頭では理解している事が確認できた。長年培ってきた動きの癖は、おいそれと抜けないらしい。ならばとヒョウは思案する、余計な力を抜く方向で、ナンバの動きを植え付ければ良い、その為の方法は……
ヒョウの結論は、武術としてのナンバではなく、別の形でナンバの動きを教える事だった。そんな訳でエギルは今、ツウの手解きを受け、日本舞踊を学んでいた。ツウは神楽舞のエキスパートなのに、何故神楽舞ではなく日本舞踊なのか? それはエギルの使う武器である。両手斧を使う彼に少しでも違和感を感じさせず、戦闘に通じるナンバの動きを覚えさせるには、両手にそれぞれ鈴や扇や小剣を持って舞う神楽舞よりは、演目によっては長物を持つ事の有る日本舞踊の方が適している、そうヒョウが判断したのだ。それに日本舞踊ならアスナも通じている、手分けして教える事が可能だ、攻略と商人スキルの二足のわらじを履き、時間に制約の有るエギルには、その方が都合がいいだろう。
その提案に一も二もなく飛び付いたエギルは、その稽古においてとんでもない地獄を味わう羽目に陥るとは、夢にも思っていなかった。ツウとアスナが相談して、教える事に決めた演目はなんと娘踊りの『藤娘』だった、目を剥いて理由を問い質したエギルに、二人は
「だって私達」
「娘踊りしか知らないもん」
「「ね~」」
と、あっけらかんとした笑顔で答えるのだった。頭を抱えたエギルの受難はこれに止まらない、よりにもよってツウはエギルの稽古用に、娘用の着物を製作したのだ。それも浴衣の様な簡単な物ではない、舞台に上げても恥ずかしくない程の絢爛豪華な着物である、ツウ入魂の力作だった。そんな事とは露知らず、受け取ったデーターをインストールして装備したエギルは全てを知って愕然とする。口角泡を飛ばして、激しく抗議するエギルに、涼しい顔でツウは答える。
「日本舞踊は、足さばきが大切です。普段着で稽古して変な癖がついたら、正しいナンバの動きは身に付きません」
取り付く島の無いツウに、それでも良いんですか~? と笑顔でがぶり寄られ、敢えなくエギルは無条件降伏。釈然としない気持ちに打ち震える己の艶姿を見て、坂東エギ三郎と笑い転げるキリトに向かい
「テメエ、キリト! 後で覚えてろよ!! 」
と、メンチを切って現在に至る。娘用の艶やかな着物と、それに似合わない巨大な両手斧を藤の枝替わりに肩に担ぎ、エギルは「ナンバの動きを身につけるまでの辛抱だ、雑念を捨てろ、無だ! 無の境地だ!! 」と自分に強く言い聞かせ、人目を忍び早朝の稽古に励むのだった。
エギルが理不尽な想いに支配され、どうしてこうなったと嘆いて舞い踊るその時、クラインもまた似たり寄ったりの状況に嘆く羽目に陥っていた。
「っくしょう! 厳しいクエストってのは聞いてたけどよ……、こいつはちっと反則じゃねえの……」
勢いよく斧を振り下ろし、何本目かの薪を割ったクラインは、両手を蝕む痛みに顔をしかめていた。斧から手を離し、息を吹き掛けるその手は、酷いあかぎれで血が滲んでいた。
ナンバの動きを身につけたクラインは、ある程度の人数の面倒を見終わった後、ヒョウからもたらされた情報でカタナスキル獲得イベントに挑戦していた。
イベント名は『落日の名門道場』といい、曲刀熟練度が五百を越えるとクエストフラグが発生する。フィールドダンジョン探索中に、江戸時代の峠道の様なインスタンスマップに迷い込むと、クエストの始りである。いかにも江戸時代な峠の茶店に腰を下ろして、団子を注文する。出された団子を食べ終えた頃、共に頭上に『? 』を乗せて曲刀使いの一群と一人の侍が、激しく斬り合いながらプレイヤーの前に現れる。プレイヤーがここで仲裁に入ると頭上の『? 』は『! 』に変化し、曲刀使いの一群のリーダーと侍が、それぞれの立場のプレイヤーに告げる。曲刀一派の言い分は、借金のカタに道場を頂く約束なのに、それを果たさないので談判に行ったら斬りかかられた、この様な無法は許せない、というものである。で、もう一方の侍の言い分は、その借金は、そもそも別の者からしたもので、道場の敷地を欲した曲刀一派が法外な高値で証文を買い上げ、元々の期日を大幅に繰り上げ、証文の買取り料金を上乗せして立ち退きを迫って来た、この様な無法は許せないというものだ。そして双方がご意見無用と言って斬り合いを始めるのだが、ここでプレイヤーがどちらかに加勢をするのかで、クエストの分岐先が決まる。曲刀一派に味方すると、侍に勝った時点でクエスト終了、褒美として魔剣『バルザイの偃月刀』が貰えるのだが、この場合侍は鬼強いので要注意である。そして、侍に味方すると、カタナスキル獲得イベントが始まる。
曲刀一派を退けた後、侍はプレイヤーに礼をしたいと言って、自分の道場に案内するのだ、そしてそこで道場の窮乏を愚痴り、我が流派も自分で終わりとは情けないと自嘲する。そこでプレイヤーの選択肢、再興に役立てて欲しいとコルを渡す、もしくは一緒に頑張って再興しようと弟子入りする、最後に大変ですね頑張ってと言って立ち去る、の三つが現れる。三つ目の立ち去るは、家宝の掛け軸を貰っておしまいだが、これは論外である。一つ目のコルを渡すは、曲刀スキルをフルコンプリートした時に、カタナスキルが派生するのだが、これだとスキルが手に入ったとしても、ゲームの半ば過ぎとなり、現実的ではない。そこで選択肢は当然二つ目の弟子入りになるのだが、修行が厳しい上に四段階の評価が有る。一番低いのが『切り紙』で、次に低いのが『目録』だ、この二つで終わると終了してもすぐにカタナスキルは手に入らない。切り紙だと曲刀習熟度が八百、目録だと曲刀習熟度が七百でカタナスキルが派生する事になる。だから狙うのは三つ目の『皆伝』と、一番上の『奥伝』である。皆伝でクリアすると、カタナスキルと無銘刀が獲得できる。そして奥伝では、カタナスキルと鬼斬り虎徹が獲得できる。ヒョウの場合一番乗り満点クリアだったので、エクストラボーナスとして鬼斬り虎徹真打ちを手に入れる事が出来たのだ。
肝心の修行の内容だが、ただ単に道場で剣術の稽古をするだけでは無い、早朝の薪割りに始まり、自主練の素振り、朝食の仕度と片付け、道場での形稽古、昼食の仕度と片付け、道場でぶつかり稽古、本日の稽古の総ざらいとしてモンスター退治、夕食の仕度と片付け、風呂の準備、道場の掃除、師匠へのマッサージ、就寝と一日の生活の全てを注ぎ込んで行われるのだ。厳しいのが道場の掃除と薪割り、師匠へのマッサージである。まずは掃除でプレイヤーの心は削られる。クエストは師走の時期と設定されており朝晩冷え込みが厳しく、かじかむ手のひらに息を吹きかけながら井戸で水を汲み、広大な道場を雑巾がけの作業である。これにより初日で『あかぎれ』が切れてしまい、手にダメージを負うのだ。このあかぎれの痛みに対し、ペインアブソーバーはキャンセルされてる、そして日々の薪割り、素振りに水仕事であかぎれは進行していき、痛みは日を追う毎に深刻化していく。
稽古はもとより、そういった作業をクエスト最終日まで真面目に消化して行くと、最後の総仕上げの奥義伝授という道場主《ラスボス》との一騎打ちでは、当然の如く手は木剣を握るのも困難になる程にあかぎれは深刻化していく。そのあかぎれの痛みを捩じ伏せて、道場主と対峙せねばならないのだが、実はあかぎれを最小限に留める裏技がある、それは掃除等の水仕事を、できうる限り手抜きすれば良いのだ。但しこれには大きな落とし穴がある、実はこのあかぎれの痛みこそ、このクエスト攻略度のバロメーターなのだ。あかぎれの進行度により、ラスボスの道場主の強さが決定され、進行度マックスの場合で辛うじて勝てる程度、進行度最低の場合は全く太刀打ちできないレベルへと変化するのだ。つまりこのあかぎれ度が、四段階評価の最も重要なポイントとなるのだ。サボった者は切り紙か目録で終了、真面目にこなした者は勝てずとも皆伝クリア、勝てば文句なく奥伝終了となる。ヒョウからその事を事前に聞かされていたクラインは、サボる事なく全てに取り組んでいた。道場の裏庭で、ようやく早朝の薪割りを終えたクラインは、首にかけた手拭いで汗を拭くと、傍らの庭木に立て掛けていた木剣を握る。冷えた木剣の柄が、クラインのあかぎれに染みる。
「つっくぅ~! 」
誰も見てないし、今日はもういいか。
刺し込む様な痛みに顔をしかめたクラインの頭に、不埒で甘美な誘惑が舞い降りる。
いやいやいやいや、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!! ヒョウだってちゃんと耐え抜いたんだ、年上の俺が負けてられるか!!
クラインはブンブンと頭を振って、誘惑を追い払うと、気合いを入れ直す為に顔を自らの拳で、ガシガシと殴りつける。
「いょっしゃあ~~~! 俺は負けねぇからなぁ~、ヒョウ~! 素振り千回~、とりゃあ~!! 」
今日もクラインは朝日に向かってそう吠えると、一心不乱に素振りを始めるのだった。
クラインが元気に吠えている頃、朝稽古を終え、朝食を済ませたヒョウ達は、キリト、アスナと合流し、レベリングを兼ねた攻略を行っていた。主目的はエギルのナンバ習熟確認と、ツウのレベリングである。ヒョウはここに自身のカタナソードスキルの確認も加え、狩りの目的としていた。ヒョウは口にこそ出していなかったが、カタナスキルを得てからずっと感じている違和感が有ったのだ。
「ヒョウ! 行ったぞ!! 」
勢子を務めたキリトが、カマキリ型のモンスターを追い立てる。
「オーライ、エギルさん、どうぞ! 」
ヒョウはモンスターの鎌の一撃をいなし、蹈鞴を踏ませたところに狙い澄ましてソードスキル『浮舟』を放った。モンスターは抵抗出来ずに浮き上がらされ、無防備な背面を晒し、エギルの前に飛ばされる。
「テンツク、テレツク、ツクツク、テン! 」
待ってましたとばかりに、エギルは学んだ日本舞踊の要領でソードスキルのプレモーションを行い、両手斧ソードスキル『スマッシュ』を放つ。吸い込まれる様に決まった『スマッシュ』は、見事にモンスターの細い腰部に炸裂し、HPの大部分を削り取って弾き飛ばす。今までにない会心の一撃に、エギルは驚いて目を見開いた。すると
「いやぁあああ! 来ないでぇ〜!! 」
まさか自分の方にモンスターが飛ばされて来るとは露ほども思っていなかったツウが、恐怖にひきつって悲鳴をあげる。彼女はしっかりと両目をつぶって顔を背けると、無我夢中でモンスターに向かって思い切り短剣を突き出した。
「キィエエエエエー」
モンスターの腹部に、パニクるツウがデタラメに突き出した短剣が深々と飲み込まれる。その一撃が止めとなり、モンスターは断末魔の叫び声をあげ、ポリゴンの欠片に爆ぜて虚空に消えていった。
「エギルさん、感じはどうですか? 」
ヒョウがナンバの動きの感じが掴めたのか、エギルに確かめる。
「いや、これ程の効果が有るとは……、ミラクルだぜ! Thank You ヒョウ」
愛嬌たっぷりのウインクをしながら、感謝のサムズアップを贈るエギルを突飛ばし、ツウが泣きながらヒョウにしがみつく。
「エーン、タケちゃ~ん、怖かったよぉ~! 」
「よしよし、コヅ姉偉い偉い」
頭を優しく撫でるヒョウに、ツウは涙目で訴える。
「虫嫌い! だいっ嫌い! 虫嫌! 絶対に嫌ァ!! 」
ゲシュタルト崩壊寸前のツウに、ヒョウは優しくあやす様に問いかける。
「じゃあ、次はどんなモンスターを狩ろうか? 」
「あのね、うんとね、ボアとかバッファローとか、コカトリス系が良いな、あとオオトカゲ。同じ怖い思いをするなら、食材ドロップする奴がいい」
上目遣いで答えるツウに、ヒョウはうーんと唸ってしまう。
「このフィールド、直立歩行のモンスターが多いからなぁ……」
ヒョウが辺りを見渡して、適当なモンスターを見繕う。ヒョウの視線の先、距離にして十メートル程離れた所に、こちらに無防備な背面を晒すミノタウロスの姿が有った。
「よし、とりあえずあれで良いか。コヅ姉、行くよ! 」
ヒョウはそう言うと、ツウの背後に周り、彼女の両手首を握ると、短剣ソードスキルのプレモーションを始めた。これに驚いたツウは、声を限りにその中止を訴える。
「ちょっと! タケちゃん! 何してるの!? 止めて! 止めて! 私まだ心の準備が!! 」
涙目で猛抗議するツウの頬に、ヒョウは涼やかな笑顔を浮かべ、背後から頬を寄せる。
「背後を取ってるから大丈夫、コヅ姉、落ち着いて。」
「でもね、タケちゃん! 私ね……」
「そーれ、インフィニット! 」
なおも言い募るツウを無視し、ヒョウは無慈悲にもプレモーションを終え、手を離す。
「嫌ァあああああ! 誰か止めて! お願いだから、誰か止めてぇ~!! 」
自分の意思など全くお構い無しに無理矢理流星にされたツウは、けたたましい悲鳴と共にミノタウロスの背中に向かい飛んでいく。
「嫌ァあああああ! タケちゃんの馬鹿! 意地悪ゥ~!! 」
見事にミノタウロスの背中に着弾したツウは、締まらない叫び声とは裏腹に、惚れ惚れする程見事な五連撃ソードスキル、インフィニットを全弾炸裂させた。
「フゴォオッ!! 」
先手、不意討ち、背後攻撃等の攻撃力増加要素を加えたツウの重攻撃ソードスキルは、ミノタウロスのHPを全て刈り取り、見事ポリゴンの欠片にして虚空に散らした。
「コヅ姉お見事、流石! 」
「流石じゃ無いよ、酷いよ、タケちゃん」
地面にへたりこみ、ウルウルと涙目で見上げるツウの傍らにしゃがみ、笑顔を浮かべるヒョウ。
「今のでレベルアップだね、おめでとう、コヅ姉。で、ドロップアイテムは出た? 」
「うん、ありがとう、タケちゃん。ミノタウロスのサーロインだって、A級食材よ! 」
それまでの泣き顔から打って変わって、満面の笑顔でドヤ顔を決めるツウの頭を撫でヒョウは微笑み、二人はそのままキャッキャウフフのラブコメモードに突入する。
そんなヒョウとツウを、やや離れた場所から半ば呆れ顔で眺めるエギルは、信じられないといった口調で口を開く。
「おいおい、熱々の割には、随分と乱暴なレベリングだなぁ」
誰に言うでもなく、そうこぼすエギルに、細剣を鞘に納めながら歩み寄るアスナが答える。
「私達も、初めてあれを見た時はびっくりしたわ。でも、あれがあの二人のやり方なのよね」
「でも、何か有ったら……」
納得が行かないエギルがに、今度はキリトがその疑念を払拭する。
「大丈夫さ、ヒョウもいるし。それにあんなんだけどツウさん、レベルとスペック的には、ヒョウとどっこいだって言ってたし」
「それ私も聞いたわ。モンスター恐怖症、戦闘恐怖症さえなければ、一緒にボス攻略が出来たかも知れないのに、残念」
「そうだな、ツウさんが攻略メンバーに入ってくれたら、俺達随分と楽になるだろうな」
キリトとアスナの話しを、そんなまさかと一笑に付そうとしたエギルだったが、ついさっきの出来事を思い出し、ハッとする。いくら攻撃力増加要素が有ったとしても、ミノタウロスのHPはカマキリよりも多い、それをツウはソードスキルの一撃で倒しきってしまった。それに引き換え、自分は攻撃力に勝る両手斧を以てしても、一撃でカマキリのHPを刈り取る事が出来なかった……
「いやはやなんとも、恐れ入ったぜ……」
エギルはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。タバコが欲しいな、そう思ったエギルの心に負けじ魂に火がついた。
面白ぇ、面白ぇぜ、ソードアートオンライン。見てろよ、こんな小僧共に負けてたまるかよ!
それから四人はレベリングの狩りを続け、それぞれの目標数値のレベルアップを遂げたのだった。食材アイテムを大量ゲットしてホクホク顔のツウとアスナ。陽が西に傾き、誰ともなく今日はもう帰ろうという空気になった時、キリトに一通のメールが届いた。メールの差出人はクラインである、その内容はサクラサク、カタナスキルゲットの符丁だった。
「やったな! あいつめ」
「今日はお祝いにしましょう、パーティーよ! 」
「おう、良いアイデアだな、賛成だ」
「そうと決まったら、早く帰って準備しなくちゃ。腕が鳴るわ、急ぎましょう」
皆が浮かれた空気に包まれたその時である。
「ブモォオオオオ!! 」
いきなりオークタイプのモンスターが三体ポップして、棍棒を高々と振り上げて襲いかかってきた。オークの内の一体は、他の二体に比べて巨体を誇る中ボスクラスのキングタイプだ。不意を突いてオークが放ったハウルに、キリト達の初動が一瞬遅れた。
「くっ!! 」
オーク達の奇襲は完璧に成功したかに見えた、しかし
「はぁああっ!! 」
掛け声と共に、ヒョウの腰から白刃が煌めき、オークキングの振り下ろす棍棒を斬り上げ弾く、そして目にも留まらぬ速さで袈裟斬りを浴びせた。よろめくオークキングに、ヒョウの追撃のソードスキル、鷲羽が炸裂する。
「!! 」
鷲羽を放ちながら、ヒョウはカタナスキルに感じていた違和感についての確信を得る。そしてオークキングは悲鳴をあげる暇も無く、ガラスの割れる様な音を響かせてポリゴンの欠片に弾ぜて消えた。
「せぇいっ! 」
「ふん! 」
二体のオークのタゲがヒョウに移った一瞬の隙を突き、キリトとエギルがソードスキル、バーチカル・スクエアとアルティメット・ブレイカーを叩き込んで仕止めた。
「助かったぜ、ヒョウ」
「ああ、命拾いしたぜ。グッジョブ、ヒョウ」
「ごめんなさい、ヒョウ君。油断してたわ」
「ありがとう、タケちゃん大好き」
心からの感謝の言葉を口にする四人に、ヒョウは笑顔で納刀しながら軽口を叩く。
「狩りは、帰って玄関に入るまでが狩り。さぁ、帰ろうぜ」
家路の途中、全周警戒をしながら、ヒョウはカタナスキルを得てから感じている違和感について、一つの結論を出していた。
カタナのソードスキルにヒョウが感じていた違和感、それは、これ以上無く『しっくり』馴染んでいる事であった、まるで物心ついた頃から修練を重ね研鑽してきたかのように……。
ソードスキルとは、他のMMORPGの魔法や必殺技に当たる物であり、このソードアートオンラインというゲームの肝である。フルダイブ仮想空間を十全に体感するために、発動コマンドはプレモーションという動作を正しく行う仕様になっており、発動すると勝手にアバターが動いてくれるのだ。ナーブギアがリアルの身体の感覚を遮断し、アバターを身体として脳に認識させるので、ソードスキル発動中は誰もが技に体が引っ張られる様な感覚を味わう事になる。ソードスキルの能力向上の裏技として有名なものに、ただ引っ張られるのではなく、自らも動きをトレースして動く、というのが有るが、これが言う程簡単な物では無い。タイミングや動きが少しでもズレてしまうと、ソードスキルはキャンセルされてしまい、技後硬直状態となり大ピンチに陥ってしまうからだ。ヒョウもこの事を熟知しており、曲刀をメインに使っていた時は、細心の注意をしていたのだが、カタナスキルを得てからは状況が一変した。カタナを使ったソードスキルを発動させた時、ヒョウはそれまでの引っ張られる感覚では無く、後押しされる感覚を感じたのだ。あれ? と思ったヒョウは、確認の為にもう一度曲刀を装備してソードスキルを放ってみると、やはり引っ張られる感覚を感じた。もしかしてカタナスキルは……?
ヒョウは頭の中で、先程放った鷲羽の動きを反芻する。
鷲羽、祝心眼流では『有明』という名前のその技は、ヒョウが修行を開始して、初めてぶち当たった壁である。技の動き自体の修得はさほど困難では無かったのだが、その動作の意味が今一つ理解出来なかったのだ。もやもやとした気持ちのまま、次の段階に進む事をよしとしないヒョウは、克服の為に師匠の巴から伝書を譲り受け貪り読んだ。初めはちんぷんかんぷんだったが、読書百篇意味自ずから通ずの言葉通り、音読黙読を重ねるうちに次第に理解出来る様になっていった。そして伝書で得た内容を確認する為、目を閉じて相手を想定し、何度も何度も型を繰り返す、その後また伝書を読み耽り、型の意味を頭の中に刻み込む。それを繰り返すうちに、いつしか有明=鷲羽はヒョウの最も得意とする技になった。先程のピンチで、無意識のうちに鷲羽を発動したヒョウは確信する。
ソードアートオンラインのカタナによるソードスキル、そのモーションの原形になっているのは俺の動きだ!
ヒョウはリアルで演武活動の一環として、動画ソフトへの出演も何度かした経験がある。それから解析したのか、あるいは……
記憶の糸を紐解くヒョウは、最も現実性の高い記憶を呼び覚ます。それはジャッキー事務所と提携して最初の仕事、運動生理学がなんとか、という実験に協力して欲しいという内容の、とある大学からの仕事依頼だった。ある種の胡散臭さを感じた事務所サイドは、演武とはいえ公演ではないから断っても良い旨と共に伝えてきたが、最初にミソをつけるのは縁起が悪いと判断したヒョウは、快諾して指定された大学に向かった。大学では神代某という女性の研究者が待っており、一通りの剣技をモーションキャプチャーで記録、解析させて欲しいと言ってきた。暫し黙考した後、今の時代に剣術の秘技も何も無いか、と判断して公演で披露している剣技の全てを提供した出来事がある、あれか……。
ならば、とヒョウは思考を進める、あの時俺が披露した剣技は、各武装が持つソードスキルの倍は有る。カタナだけに多彩なソードスキルを偏在させるのは、他の武装に対してバランスが悪い、ならば考えられる可能性は二つ。
一つは、編集して切り捨てられた、そしてもう一つは……
技を二つの系統に分類して、再編した。
もし、そうであれば!?
ヒョウは新たなスキルの存在を予感し、帰りの道すがらその獲得の方法について思案を始めたのだった。
次回 二十五層事件
……改め……
次回 強さの限界
……改め……
次回、強さの責任