ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十二話 強さの責任

「ううーん、今日もいい天気ね、ヒョウ」

 

 歩きながら大きく伸びをした後、爽やかな朝日も恥じ入る様な笑顔を輝かせ、ツウはヒョウを振り返り見上げる。

 

「うん、今日も最高の攻略日和だ」

 

 ヒョウは優しく笑みを返し、振り返りながら後ろ向きに歩くツウに肩を並べた。するとツウは上機嫌のニコニコ笑顔でヒョウの左腕に両手を絡ませ、ちょうどいい高さに有るヒョウの肩に頭を預けて歩き出す。そのままいちゃラブデートの様に暫く歩くと、二人の眼前に、眩い程の水面の光が輝きが見えてきた。他愛の無い話を交わしつつ、二人が歩を進めると、やがて視界に舳先にCraneと標された一艘のゴンドラ船が入ってきた。こじんまりとした船着き場には、他にゴンドラ船の姿は無かった。ツウはてきぱきと結(もやい)を解いて出航準備を行うヒョウの姿を、嬉しそうに眺めていた。

 

 前線近くに移動しようか悩んだけど、やっぱり此処にベースを構えて良かったわ。タケちゃん、イキイキしてる。

 

 攻略が進み、第一層のNPCシェアハウスでは何かと不便になった二人は、この際だから貯まったコルで家を買おうという事となり。そこでエギルに渡りをつけ、物件情報を睨んでいた二人だったが、前線近くの良物件は、軒並みギルドハウスとして抑えられており、残っていたのは誰も手が出せなかった超高額物件か、もしくは一人が住むのがやっとのワンルームマンションだけだった。

 ヒョウの心のケアを重要視するツウにとって、ワンルームマンションは論外である、出して出せない事は無いが、超高額物件の購入には二の足を踏む。ううーんと唸るツウに、エギルが取っておきの情報と言って提供したのが、二人が購入した物件だった。

 

「四層の小島が丸ごと買えるんだが、どうする? 」

 

 コイツはとあるトレジャーハンターを自称するプレイヤーが、四層の外れの街で探り当てたクエストで手に入れた島なんだが……、と切り出したエギルの話は、ざっとこんな内容だった。

 きっと島には宝が隠されているに違いない。そうそのトレジャーハンターは確信して、艱難辛苦の末にクエストを攻略したのは良いが、手に入れた島に勇躍上陸してくまなく調べたがお宝は存在せず、失意の上でもて余したあげく、せめて徒労感を癒す金額で売りに出した物件なのだそうだ。初めはクエストを解くのにかかった費用に、やや色をつけた価格で売られていたが、家も何も無い『ただの島』には誰も買い手がつかず、今ではタダ同然の値段で投げ売りされている……

 その情報にツウは飛び付いた。

 ヒョウを伴いエギルの案内で島の下見をしたツウは、二つ返事で購入を決め、ベータテスト時に発見した『憧れのスイートホーム』というクエスト、結婚したカップルプレイヤーで一定水準のレベルとコルを持っていなければ発生しない秘蔵のクエストを解き、島に家を建てて現在に至る。家が建つ過程で目覚めたヒョウが、DIYを重ねるうちに、日曜大工スキルを経て建築スキルをゲットしたのはツウにとって嬉しい誤算だった。風光明媚なこの場所で、戦闘スキル以外のスキルを得たのはヒョウにとって良い気分転換になる、この島を買って本当に良かったとツウは心の底からそう思っていた。

 

「さあ、ツウ、乗って。」

 

 出航準備が調い、ツウの手を引くヒョウの手は大きな抵抗を受け、ゴンドラ船への歩みを阻まれる。

 

「どうしたの、ツウ? 」

 

 足を進めようとしないツウに、ヒョウは振り返って聞くと、彼女は上目遣いにはにかみながらこう答えた。

 

「……抱っこ。」

 

 

 

 

 二人がSAO世界に囚われ四ヶ月余りが過ぎた今、攻略も順調に進み、二十層攻略へと手が掛かっていた。目に見えて攻略の加速がついたのは十三層以降である。ヒョウがナンバの秘密を開示し、こぞって攻略組のメンバー(主に少数派)が教えを受け、実践したのが理由である。ナンバの効果を体感した彼等は、劇的なその効果の為に秘匿すべきだ、いや、開示すべきだと軽い論争になり、攻略会議の議題になり紛糾する。しかし、そんな彼等の思惑を嘲笑うかの様にカタナスキル獲得の情報と、ナンバの情報がネズミ印のガイドブックに列記されてしまった。アインクラッドに激震が走る、特に中堅上位の攻略組を目指すプレイヤーの目の色が変わった。

 

 ナンバとは何ぞや!? それはどうすれば身に付けられる!? 大勢のプレイヤーがアルゴの許に迫り、その情報を求めたが、アルゴはその問いに対して

 

「サムライプレイヤーに声をかけてみナ」

 

 と答え、ニイッと笑って煙に巻く。押しても引いてもコルをどれだけ積んでも、それ以上はダンマリのアルゴに業を煮やしたプレイヤー達は、それからというものサムライプレイヤーの捜索に明け暮れた。

 

 サムライプレイヤーとは一体誰だ?

 

 カタナスキルを持つプレイヤーがまだ少ないこの頃、中堅プレイヤー達は情報は無くともその『サムライプレイヤー』の発見は容易であると思っていたが、これが意外な程に難航する。彼等は最前線の主街区に日参し、それらしい人物に声をかけるが、誰もが首を左右に振り「人違いだ」と言って立ち去った。この現状にナンバ修得を望む中堅プレイヤー達は、サムライプレイヤーはNPCである、いやいや、最前線の攻略フィールドの安全地帯にキャンプを張りながら日夜攻略に励んでいるのだと噂しあい、最前線は無理だから望み薄でも下の層に行ってそれらしいNPCを探そうと、肩を落とすのだった。

 

 彼等がヒョウに目を向けなかったのは、ヒョウがまだ年端のいかない少年だった事、そしてベースにしているのが、最前線に対して余りに低層だった事である。さらにヒョウ自ら演出した黒ずくめのスタイルで『ビーター疑惑』を醸し出していた事も加味し、声をかけるのが憚られたという事も有るが、最も大きな理由は中堅プレイヤー達が勝手に抱いた先入観だった。アルゴからサムライプレイヤーと聞いた彼等は、剣豪の様なゴツい男を連想し、結果として一見優男のヒョウは無視されたのだ。因みにクラインが同様に無視されたのはその容貌である、彼等はクラインを見るなり

 

 コイツはサムライプレイヤーではない、野武士だ

 

 と判断したのだ。

 

 お陰でヒョウは血眼で自分を探す中堅プレイヤーの目を逃れ、日々の平穏を享受しているのだった。そんなヒョウの日常は、生産職を極めようと邁進するツウの為に希少材料採集クエストに挑戦する事と、キリト達と攻略クエストに参加する事が大部分であった。そしてもう一つ、彼が一層攻略後から今日に至る迄、地道に続けている活動が、シンカー率いるMTDへの支援である。

 ヒョウがこれまで行って来た支援は、主だったもので狩場情報の提供、低レベルプレイヤーのレベリング護衛、資金援助と多岐に渡る。そして最も大きな貢献は、ギルド結成クエストに協力し、MTDを正式なギルドとして成立させた事だった。それまで参加者の自己申告を元に行っていた維持費の徴収が、正式ギルドとなった事で参加者から自動徴収される事となり、より安定した運営が可能になっていた。これらの多大な貢献に報いる為、シンカーとユリエールは、MTD幹部として自分達以上の待遇で招き入れようとしたが、ヒョウは首を左右に振ってそれを謝絶した。シンカー達の側近は、ヒョウのその態度に不遜だと陰で糾弾したが、それはお門違いというものだった。

 ヒョウが彼等を支援した目的は、ギルド内での栄達ではなく、ソードアートオンラインの早期攻略であった。一秒でも早くクリアされれば、それだけツウの意識がリアルに帰還できる。ただしそれは自分一人の力では成し得ない、多くの攻略プレイヤーの力が必要となる。故にヒョウは惜しげもなく、ナンバの秘密を開示して、彼等の実力の底上げを図ったのだった。MTDに協力するのも同じ理由で、ボトムプレイヤーの実力向上が、攻略プレイヤーの層を厚くし、それが切磋琢磨に繋がって実力を上げるという相乗効果を狙っての事だった。その結果が早期攻略につながり、このアインクラッドという名の強制収容所の扉を打ち破る事が可能である、そうヒョウは目論んでいたのだ。事実ヒョウの思惑通り、攻略は日を追う毎に加速度を増している。もっと正直にヒョウの内心を明かすと、本当の所彼は自身がボス戦に参加する事すらも、意味を見出だしていなかったのだ。攻略すら自分の手で行うのも忌避していた。彼は片時も離れずツウの側に立ち、彼女を守る事を望んでいたのだ。しかしながら現状はそれが不可能であり、仕方なく攻略を進めている、というのが本音であった。如何に厚待遇を約束されても、ギルドの規約に縛られ、ツウを守る事が出来なくなっては意味が無い、参加など以ての外なのだ。

 

「どうしょうもない利己主義だな……」

 

 櫂をこぎながらヒョウは、舳先に座り時折振り返り笑顔で見上げるツウの細いうなじを見つめながら、自嘲的に心の中でそう呟いた。主街区の船着き場にゴンドラ船をつけ、四層転移門前広場から転移門をくぐり抜け、二人の向った先は第一層のMTD本部だった。

 

「こんちわ」

「こんにちは」

 

 軽い挨拶をしながら扉をくぐると、二人はあっという間に子供のプレイヤーに囲まれる。

 

「あっ、ヒョウ兄ちゃんだ! 」

「わーい、ツウ姉ちゃんもいる! 」

 

 子供達は先を争って二人を取り囲むと、手を引いたり後ろから押したりして中に招き入れた。その様子を微笑みながら見つめ、シンカーとユリエールが二人を出迎える。

 

「やあ、待ってたよ、ヒョウ君、ツウさん 」

「二人ともモテモテね、羨ましいわ」

 

 子供達にもみくちゃにされる二人に、もう一人の男が声をかけた。

 

「取り込み中すまんが、私の方は準備が出来ている。早く出発したいのだが、構わないだろうか? 」

 

 赤地に白の装備が特徴的なその男は、年の頃は二十代後半から三十代前半といった所か。後ろで束ねたオールバックの長髪を、秀でた額に前髪を一房垂らし、知的な輝きを瞳にたたえた学者然とした男がヒョウに声をかけた。すると子供達はサッと隠れる様に、ヒョウとツウの後ろにまわった。

 

「やれやれ、どうにも私は嫌われている様だ」

 

 苦笑しながら歩み寄る男に、ヒョウは曖昧な笑顔を浮かべて答える。

 

「気にするなんて、柄じゃないだろ、ヒース」

「私だって傷つくんだが」

「そうかい? じゃあ行こうか」

「ああ、じゃあ今日も宜しく頼むよ」

 

 ヒョウがヒースと呼んだ男、ヒースクリフと連れ立って扉に向かうヒョウの腰に、子供達が抱きついて引き止めた。

 

「ヒョウ兄ちゃん、行かないでよ」

「今日は遊んでくれるんでしょう」

 

 見上げる子供達の肩に手を置き、ユリエールとツウが慰める。

 

「みんな、良い子だから聞き分けて」

「代わりにお姉ちゃんが、いっぱい遊んであげるから」

 

 ツウとユリエールを見上げる子供達の後ろ頭の上に、ヒョウが優しく手をのせて話しかける。

 

「ゴメンな、また今度」

「本当だね」

「約束だよ」

「ああ、約束だ」

 

 口々にせがむ子供達に、ヒョウは笑顔で答えた。ヒョウのその答えに、子供達の顔はみるみる明るくなる。ヒョウはそれを確認すると、優しい瞳でツウの瞳を見つめた。

 

「じゃあ、行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい。さあ、みんなもヒョウ兄ちゃんに行ってらっしゃいって」

「ヒョウ兄ちゃん、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい」

 

 ツウに促され、元気に送り出す子供達に「行ってきます」と答え、軽く手を振り建物の外に出るヒョウの後に続き、ヒースクリフが外に出る間際に子供達に振り返る。

 

「すまんね、みんな」

 

 そう言って出て行くヒースクリフの背中に、子供達の罵声が浴びせられる。

 

「イィーだ」

「あっかんべー」

「こら、あなた達」

「ダメよ、そんな事言っちゃ」

 

 子供達をたしなめ、宥めるユリエールとツウの姿を暫く微笑みの眼差しを向けたシンカーは、ユリエールに声をかける。

 

「じゃあ、我々も出発しようか」

「ええ、そうね。ツウさん、子供達をお願いね」

「はい、任せてください」

 

 ツウの返事を合図にしたかのように奥のドアが開き、二十数名のプレイヤーが装備に身を固めて現れる。彼等は皆、程度の差こそあれ一様に緊張の面持ちを浮かべている。彼等はフルダイブ環境に魅せられて、ナーヴギアとSAOを購入した、MMORPGとは今まで縁遠い生活を送ってきた人達である。彼等の様なプレイヤーを一人でも多く救うのが、シンカーとユリエールの望みであり、それを体現するために立ち上げたのがMTDであった。

 

「では皆さん、今から出発します。今日向かう五層の狩場は、今までより難易度が高い狩場ですが、昨日までの積み重ねを思い出し、落ち着いて対応すれば充分に攻略可能な狩場です。」

「パーティーの確認は大丈夫ですか? くどい様ですが、決してパニックに陥らない様に、些細な事でも声をかけ合い連携を密に、これが攻略の基本です、では行きましょう」

 

 シンカーとユリエールは、彼等素人プレイヤーに、しつこい程同じ注意を叩き込んでいた。何故ならこのSAOは、普通一般に出回っているMMORPGではないからだ。HPゲージが尽きた瞬間に脳を焼かれ、ゲーム世界のみならず現世からの退場を余儀なくされるデスゲームだからだ。二人の真摯な思いが、全員に伝わり一人一人の胸にしっかりと刻まれる。

 シンカー、ユリエールに続いて、彼等がギルド本部の外に出ようとすると、子供達が口々に彼等に叫ぶ様に声をかけた。

 

「お父さん、行ってらっしゃい! 」

「お母さん、頑張ってね、行ってらっしゃい!」

 

 そう、彼等は現実世界でも、本当の親子なのであった。メディアで公開されたフルダイブ環境に限り無い未来と魅力を感じた彼等は、親子揃ってナーヴギアを被りSAOへとログインしたのだった。ある者は子供の情操教育のため、ある者は安全な子供の遊び場を求め、またある者は純粋にIT実体教育と様々である。しかし、それはデスゲームへの片道切符だった、一般的なゲーム知識しか持たない彼等は、生き延びて子供を守り育てるためにMTDの門を叩いたのだ。そして今日は初心者レベルから卒業しつつある彼等の、初歩的応用の訓練のための、大規模な狩りが企画されていた。今日二人がMTD本部にやって来た理由は、ヒョウはヒースクリフのレベリング護衛、そしてツウは留守番の子供達の守役であった。見えなくなるまで親の背中を見送る子供達を、ツウは優しく見守るのであった。

 

 

「よし、ヒース、そっちに行ったぞ! 止め、任せた! 」

「任された、ヒョウ君! 」

 

 ヒョウとヒースクリフが選んだ狩場は、十五層迷宮区のダンジョンである。勢子を勤めたヒョウの合図で、ヒースクリフはスケルトンが苦し紛れに振り回す剣を、流れに逆らわずに盾でいなして体勢を崩し、身体が泳いでガラ空きになった腰骨に片手剣を撫でる様に振り下ろす。

 

 大したもんだ

 

 ヒョウはヒースクリフの卓越した戦闘センスに内心で舌を巻いた。

 

「是非、会って欲しい人がいる」

 

 そうシンカーからメールを受け取ったのが約一ヶ月前、時にして十三層攻略後間もない頃である。これまでMTDを絡めた仲介をする事があっても、個人的な紹介をした事が無いシンカーが是非にという相手、興味を持ったヒョウがMTDに行って会ったのがヒースクリフである。

 シンカーによると、子供プレイヤーのレベリングのため、自ら引率して三層の迷宮区で狩りを行っていた時、モンスターに襲われ満身創痍の所を発見し、保護したらしい。

 何故あんな所にいたのか? どうして無抵抗で襲われていたのか? 色々質問をしてみても、男は首を左右に振って、リアルの事を含めて分からないを繰り返すだけだった。辛うじてヒースクリフという名前が分かり、MTDで保護する事を決めたシンカーは、他の会員同様のカリキュラムを組み訓練を行った所、驚くべき事に一週間程で、全てのMTD員の実力を凌駕してしまった。

 目を見張る戦闘能力とVRMMOの知識の欠落というギャップ、そして記憶喪失症の疑いからシンカーはユリエールと協議し、自分達はヒースクリフにVRMMOの行動知識のみを教えるに止め、戦闘技術はヒョウに教授を求めた。シンカーはヒースクリフの戦闘センスに、ヒョウに対して抱いたのと同様の、ゲームクリアへの光を見出していたのだ。

 

 

 シンカーの、並々ならぬ紹介で、ヒョウはヒースクリフにマンツーマンで技術指導を行うと、彼は異常進化と言って差し支えない程の長足の進歩を遂げる事となる。ナンバの技術はもとより、祝心眼流古武術の入門体術で、船上での乱戦での立ち回りを目的とした小太刀格闘術の基本技術まで直ぐにマスターしたヒースクリフに、ヒョウは彼がもし大祝の家に生まれていたら、自分もコヅ姉もSAOに囚われる事など無かったろうなと、とりとめもなく考えていた。 それ程までの逸材ヒースクリフだが、ヒョウはヒースクリフを手放しで信用する気にはならなかった、ある種の違和感、胡散臭さに似た物を感じていたのである。それは何かと言うと……

 

「おおっと! 何だこれは!? 」

 

 スケルトンを倒したヒースクリフの足下が突然崩落し、ヒョウもろともに巻き込まれて落下する。崩落は大した高さではなく、せいぜい二メートル程度であり、ヒョウの能力であれば難なく着地出来る高さであった。

 

「痛たたた、面目無い」

 

 ヒョウには難なくでも、ヒースクリフにはパラメータ的に少し無理があった様で、受け身を少々しくじったらしい。

 

「大丈夫か、ヒース」

「ああ、大丈夫だ。まだまだヒョウ君の様にはいかんな、私も」

 

 差し伸べた手を謝辞しながら、立ち上がったヒースクリフの瞳の変化にヒョウは気づいた。ヒースクリフの表情は、まるで予期せぬ場所で長年探し求めていた古代遺跡を発見した考古学者の様なものだった。その表情と視線につられ、振り返って背後を見たヒョウは古びた、そして重厚な趣きのある石扉を視界に収め、こう思った。

 

 またか!?

 

 これで何度目だろう? ヒョウはヒースクリフとレベリングを行なうと、必ずと言っていいほど、この手のハプニングに遭遇していた。それは重要なスキル、アイテム取得の為の、未発見、未確認のクエストを、まるで何かに導かれる様に偶然遭遇してしまう事だ。そしてその偶然がヒースクリフの異常進化のもう一つの原因でもある。彼はこの偶然でエクストラスキル、統率力を始めとする様々なエクストラスキルと、現在存在するギルドを立ち上げた者達が等しく苦しんで取得したギルド結成イベントを行う事無く、ギルドを結成する権利を手に入れていた。偶然もここまで来ると、たとえ自分もその恩恵に預かっていても、ヒースクリフにある種の胡散臭さを感じてしまうのはヒョウとして当然であった。

 

「何の扉だろう、これは……」

 

 探究心旺盛な学者の様なヒースクリフだったが、何故かヒョウには白々しく感じられた。

 

 何か避けられない厄介事に誘導され、コヅ姉を守る事が出来なくなるのは御免だぜ……

 

 

 そう思ったヒョウは、とりあえずこの事は一端保留にして、他に誰か助っ人を呼んで準備を整えてから調査しよう、そうヒースクリフに提案しようとしたが、後の祭りだった。

 

「ちょっと待てヒース、準備を整えて出直した方が……」

「すまない、もう開けてしまったんだが……」

 

 ヒョウはその言葉に頭を抱える、あの理知的で思慮深いヒースクリフが、こういった事に遭遇すると、途端に天然な間抜けになってしまうのだ。言い方を変えると、繊細にして大胆とも言えるかも知れないが、毎度付き合うヒョウにしては、知っててやっているんじゃないかとつい疑ってしまう。

 

「で、今回はどんなクエストが始まったんだ? 」

「それが、特に始まった気配が無いんだが……、フェイクなのかな? 」

「そんな事は無いだろう……、なっ!? 」

 

 半信半疑で石扉にヒョウが触れると、クエスト開始のファンファーレが鳴り響いた。予想外の展開に目を剥くヒョウを、この事に関して以前から彼に突っ込まれていたのか、ヒースクリフがジト目で見る。

 

「今回は、私では無いからね」

「わーってらい! で、どんなクエストだ……」

 

 開かれた石扉の向こうに鎮座する石碑に刻まれた碑文によると、今回二人が遭遇したクエストは『選ばれし者達の試練』というクエストで、内容は次の通りになる。

 このダンジョンには圧政解放の為に立ち上がるも、志半ばで倒れた二人の勇者が、次代の勇者の為に託した聖なる武器が隠されている。チャレンジャーは次代の勇者たる資格がある事を示す為、ダンジョン内を徘徊するモンスターを倒しながら進み、最深部の奉納の間を守る二体のボスを倒さなければならない。見事、次代の勇者たる資質を示す事が叶えば、聖なる武器と新たなる力が与えられる、という内容だった。

 

「ほう、だから私一人では、クエストが開始されなかったのか。うむ、実に興味深い」

 

 文脈から察するに、クリアすればレア武器とレアスキルがゲット出来るクエストの様だが、またしてもヒースクリフと一緒の時である、これはもう偶然と片付けるには出来すぎている、彼には豪運というエクストラスキルでも持っているのだろうか?

 

「ヒョウ君、私はチャレンジしてみたいのだが」

 

 一度そこら辺の所を、正座させて問い詰めてやりたい衝動に駆られたヒョウであったが、偶然であろうと胡散臭さかろうと、自己強化のクエストである、やらない理由が無い。

 

「ま、それはそれこれはこれか。ああ、良いぜ」

 

 そうして開始したクエストだったが、十五層という階層のクエストにしては、ヒョウにとって噛みごたえの有るクエストだった。

 

「二十五層もこのレベルじゃねえな、三十層レベルか!? 」

 

 刀を振るい、看破スキルで徘徊するモンスターのレベルに目算をつけたヒョウの片頬が釣りあがる。彼は確かにツウを守る為に片時も彼女の側を離れたくはないという想いを最優先させてはいるが、しかしその一方、自身が修めた祝心眼流を縦横に振るい、自分自身の強さを確認したい、命懸けの闘いに身を委ねたいという狂おしいまでの願望があった。

 

 ヒョウの顔が喜悦に歪み、モンスターがポリゴンの欠片に爆ぜ、消えていく。

 

「せええええぃ! 」

 

 気合い一閃、奉納の間のボスを一体屠ったヒョウは、未だ手こずるヒースクリフを叱咤する。

 

「ヒース、盾は受け止めるものじゃ無い、受け流すものだ! 」

「いや、分かってはいるんだがね、実際この大きさの相手を前にすると、どうしても……」

「その大きさだから、ストリングスが全然違うんだ、盾の上からでも削られるぞ! 」

「承知した。受け流す受け流す」

 

 口を出すなら加勢しろ、そう言いたい所だが、このクエストのボスモンスターは、最初に剣をつけた相手のみがダメージを与えられる様に設定されている様で、ヒョウが斬りつけても全くダメージを与える事が出来なかった。ヒースクリフはヒョウのアドバイスを反芻しながら、ボスモンスターの攻撃を盾で受け流し、何度かの撃ち合いの中で上手く受け流す事に成功した。

 

「ほほう、こうすれば良いんだな、成程、理にかなっている。」

 

 ヒースクリフはそう言ってソードスキルを放つと、態勢を崩したボスモンスターはエフェクトの光を輝かせる片手剣の刃に吸い込まれる様に身体を泳がせ、ポリゴンの欠片に爆ぜて消えていった。

 

「やったよ、ヒョウ君。私も中々のものだろう」

 

 クエストクリアのファンファーレをバックに、ヒースクリフは得意気な笑みを浮かべながら、剣を鞘に納めた。

 

 

 クエストを終え、安全地帯でツウ特製の弁当を頬張りながら、二人は獲得したアイテムとスキルを確認していた。

 

「うん、流石にツウさんの弁当は格別だ。これを食べると、しばらく他の食べ物では物足りなくなるよ」

 

 感動の舌鼓を打ちながら、弁当を食べるヒースクリフが得た物で、主だった物は片手剣の納まった十字架状の盾『神聖剣』と、同名のエクストラスキル神聖剣である。片手剣と盾による攻防一体の剣技で、盾を防御だけでは無く、攻撃武器としても用いるのが特徴と言える。

 

「そうなのか? 俺はツウの手料理しか食った事が無いから、そういうのは分からないや」

 

 わかりやすい惚気で返すヒョウが得たのは『長柄黒耀騒速(ながつかこくようそはや)』『小刀白耀雷光(しょうとうびゃくようらいこう)』の大小一対の刀と、エクストラスキル『抜刀術』だ。

 二人が手に入れた剣は、どちらも今のアインクラッドでは魔剣と言って差し支えない程の業物であるが、剣の持つ破壊力以外にも特筆する能力があった。アインクラッド内に存在する全ての武器には、メンテの他にキャラクターの好みに応じて能力アップ出来る要素がある。能力は使用者のお好みに応じて、筋力要素や速度重視などのカスタマイズが出来る様になっている。能力アップした剣は、たとえばアニールブレードなら、一段階向上させるとアニールブレード+、二段階ならアニールブレード2+という風に表示される。二人の剣もご多分にもれず能力アップ出来る仕様になっているが、他の剣と大きく異なるのは、能力アップに回数という概念が無く、所有プレイヤーのレベルに応じて回数を解放するという、反則に近い仕様になっていた。さらにアップグレードをしてもプラス表示の追加も無いという、デュアルをすれば計り知れないアドバンテージがついていた。

 

「全く、羨ましい限りだね。君はその力も然ることながら、ツウさんといい、今回手に入れた刀とスキルといい、アインクラッドの幸せを独り占めしているんじゃないかと疑ってしまうよ」

 

 おいおい、どの口で言うんだ!? 目を剥いたヒョウに、ヒースクリフは大真面目の顔を向け、言葉を続ける。

 

「君はこのアインクラッドでは、おそらくは最強の力を持っている。その力をもっと役に立てたいとは思わないかね? 」

「最強ねぇ……。最強ならキリトもアスナもいるし、幸せ独り占めならヒース、お前さんだって……」

 

 茶化す様に話を混ぜっかえすヒョウに、ヒースクリフは莞爾とした笑を浮かべる。

 

「ああ、だから私は私の持つ力にふさわしい責任を背負う覚悟を決めたよ」

 

 ヒースクリフは立ち上がり、神聖剣を装備して引き抜くと、空に向かって掲げた。

 

「この神聖剣に誓おう、私は攻略ギルドを立ち上げ、全ての囚われのプレイヤー達を解放する事を」

 

 そこまで一気に言ってのけると、ヒースクリフは剣先をヒョウに向ける。

 

「そのギルドの名前は血盟騎士団という、君と私の血盟によって成るギルドだ」

 

 反論は許さない、という気を瞳と剣先に込め、ヒョウを見据えるヒースクリフだった。しかし肝心のヒョウは何の感動も示す事無く、向けられた剣先を箸でつまんで除ける。

 

「一人で盛り上がるなよ、俺はギルドに興味が無いんだ。悪いが参加も血盟も遠慮させて頂くよ」

 

 弁当を食べ終わったヒョウは、身体を伸ばして大きな欠伸を一つすると、そのままゴロリと寝転んで空を見上げた。

 

「何故君はギルドを忌避するのかね? 」

 

 剣を収めながら、怪訝な顔でヒースクリフが聞くがヒョウはそれには答えず、流れる雲を目で追いながら草笛を吹き始めた。

 

「やれやれ、まぁいいさ。でもヒョウ君、私は諦めないからね」

 

 ヒースクリフが呆れ顔でそう言った時、不意に視界に新着メール到着の点滅が始まった、それも緊急を知らせる赤い点滅である。

 

「何だ、こんな時に……」

 

 操作ウインドウを開き、差出人を確認すると、それはユリエールからの物だった。

 

 五層の狩場で、初心者プレイヤー達が場違いな高レベルのモンスターの群れに襲われ、大きな被害を被っている、至急救援を頼むという内容だった。

 

「なんだって!? 」

 

 同時にツウからの緊急メールを受け取ったヒョウが、うめき声を漏らす。

 

「君も五層の連絡かな? 」

「ああ、ヤバいらしい」

「みたいだね、急ごう」

 

 二人は窮地に陥った初心者プレイヤー達の救援に向かう為、最近出回り始めた貴重品『転移結晶』を頭上に掲げた。

 




次回、うそつき
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