ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十三話 うそつき

 ヒョウとヒースクリフを見送った後、子連れというハンデを抱えるが為に低レベル、貧困を強いられてきたプレイヤー達を引率し、シンカーとユリエールをはじめとするMTDのメンバーが第五層の狩場にやって来た。シンカーが狩場に選んだフィールドは、主街区を出て次の街に行く途中にある沼沢地だった。ここをレベリングに選んだ理由はフィールド内に小さいながらも安全地帯が設けられている事、それと沼沢地だという点にあった。これまで平原地帯で基本的な狩りを学んできた彼等に、足場の悪い場所でのモンスターとの戦闘を経験させる事で、次のステップに繋げようとの考えだった。それともう一つ、この沼沢地には低レベルの毒沼が存在し、毒状態になった場合の対処方法も経験できるメリットがあった。いつもと違う初めてづくしの狩場で、レクチャーを受ける子連れプレイヤー達も緊張から消耗も早く激しくなると思われるが、規模が小さい故に圏外であっても、モンスターの侵入出来ない安全地帯がそれを最小限に留めてくれる。初歩を抜け出し独り立ちする為の狩場としては、まさにうってつけの場所であった。

 

 シンカーは到着後、出発前にセッティングした子連れプレイヤーのパーティーを再確認し、そこにMTDのインストラクターを二人づつ配して一レイドとするグループを四つ作り、訓練を開始した。

 訓練は概ね順調に進み、不慣れな狩場故の偶発的なトラブルも数度起こったが、子連れプレイヤー達はそれをも知識という、数値化できない経験値として確実に積み重ねていった。唯一シンカーが心配していた事は、初心者プレイヤーが陥りがちな、引き際の見切りである。特に彼等は子連れであり、ここがアインクラッドとはいえ育児に時間が取られる事から、こういった纏まった稼ぎを得られる機会に恵まれなかった為に

 

「もう少し、もう少し! 」

 

 と、引き際を見失う傾向にあった。それは自分を過信したMMO慣れしたプレイヤーにも見られる事で、アインクラッドでの死因のナンバーワンでもあった。

 この様に誰でも陥る陥穽ではあるが、子連れプレイヤーは子供にひもじい思いをさせたくないと、フィールドに出るとより顕著に見られる傾向にあった。シンカーはそれを熟知しており、MTDの門を叩いた子連れプレイヤー達に「自分の命を持ち帰る、それこそが子供への一番の土産なのです」しつこい程にそう繰り返してきた。どうやらその成果が現れている様子で、今回引率して来た皆は声掛けを密にし、お互いの連携、フォローを大事に行動し、決して無理な深追いは行わず、確実にモンスターを倒していた。

 

「この分なら、今日は大成功だね」

「ええ、きっと子供達に良いお土産が出来るわ」

「違いない。さぁ、私達も気を抜かずに、しっかりフォローしよう」

 

 射撃前の後方確認、勝って兜の緒を締めよ

 

 それこそが、このアインクラッドで必須の心得である。日頃から公言しているシンカーは、成功しつつ進行する状況だからこそ、いま一度気を引き締めた。そんなシンカーの元に、インストラクターを務める一人のMTD員が、血相を変えてやって来た。

 

「おおい、シンカー、大変だ!! 」

「どうした、血相を変えて」

 

 駆け込んだMTD員は、息を切らしがらもシンカーの両肩を万力の様な力で握り締め、叫ぶ様に緊急事態発生の報告をする。

 

「スッ、スライムが!! 」

「スライムがどうした!? 」

 

 泡を食うMTD員をなだめ、シンカーは次の言葉を促す。

 

「訳の分からないスライムが大量発生して、レイドが危機的状況に!! 」

「なんだって!? 」

 

 スライムは、MMORPGにおいては、雑魚キャラの代名詞である。たまに例外のプレミアムモンスターの場合も有るが、大概はどの階層でもレベルの肥やしにすらならない、まさに刀のサビと言って差し支えないモンスターである、そんなモンスターに初心者といえど蹂躙されるなど、シンカーにはすぐに信じられなかった。例外が現れたのか!? いや、この階層でスライムの発見報告は無い、アルゴのガイドブックにも記載されていなかった。

 

「ユリエール! 」

「ええ、シンカー、急ぎましょう! 」

 

 二人は危機に直面したレイドに向かって、一目散に駆け出した。

 

 

 

 そのスライムは、初心者レイドの前に突然現れた。ポップしたのではなく、とあるプレイヤーと共に、光の玉の中から現れたのだ。その光景を呆気に取られて見つめる初心者プレイヤー達を前に、スライムと共に現れたプレイヤーはニィッと凶悪な笑みを浮かべると、古びた片手剣で傍らのスライムを斬りつけた。

 

「!? 」

 

 初心者プレイヤー達はその後の出来事に驚愕した、斬りつけられたスライムが、二体に分裂したのである。スライムの傍らに立つプレイヤーは、スライムの背中を蹴りつけて初心者プレイヤー達にけしかけると、凶相に下卑た含み笑いを浮かべ、光の玉に包まれて消えていった。

 予期せぬ出来事に初心者プレイヤー達は一瞬怯むが、たかがスライムと思い直した引率のMTD員が、隊列を組み直して迎撃する様に指示を出した。

 

 たかがスライム

 

 MMORPGの常識が、命を分ける痛恨のミスを誘発してしまった。スライムのバイタリティはこの階層では有り得ない程高く、どれだけ斬ってもHPバーが減る事は無かった、そして……

 

「おい、コイツ、増えるぞ! 」

 

 斬ればその斬り口から分裂して増殖するスライムに、初心者プレイヤー達はパニックになる。

 

「どうしたらいいんだ!? わぁっ!!」

 

 スライムの異常さはバイタリティだけではなかった、スライムの突き出した触手に突き飛ばされたプレイヤーのHPバーが、一撃で危険域まで削り取られた。

 

 異様な強さを誇るスライムの登場に、インストラクターを務めるMTD員が初心者プレイヤー達を押し退け、最前列に立つ。

 

「皆は下がって、俺達で支えるぞ! 」

 

 MTD員達は急造のタンク隊となり、戦線を支えようと試みたが、彼等のレベルではこのスライムに僅かに敵しえず、さらに多勢に無勢とあってあっという間に初心者レイドは窮地に陥った。危機的状況をシンカーに伝えるべく、その場の指揮官となったMTD員は、防御力が減るのも顧みず部下の一人を伝令に立て、シンカーの元へと走らせたのだ。

 

「皆、無事ですか!? 」

 

 押取り刀で駆けつけたシンカーは、全員のポジションを基準にレイドを再編し、増殖したスライム軍団に対抗する。

 

「ユリエール! 至急ヒョウ君とヒースクリフに救援を! 」

「分かったわ」

 

 ユリエールはシンカーの指示に従い、急ぎ緊急メールを飛ばすが、ここで後に痛恨事となる過ちを犯してしまう。ユリエールは結婚しているツウに配慮して、ヒョウとは連絡先の交換をしていなかったのだ。そのためユリエールは、ツウを経由してヒョウにメールを送ってしまった。

 

「あら、ユリエールさん、何かしら? 定時連絡はさっき来たばかりなのに……」

 

 ツウがこのメールを受け取った場所は、MTDの厨房だった。子供達のためにお昼の準備をしている時、ふいに視界の中に点滅したメール受信の光は、緊急連絡を示す赤い点滅だった、胸騒ぎにツウの眉間に浅くしわが寄る。

 

「ツウお姉ちゃん、どうしたの?」

「ううん、なんでもないの」

 

 手伝いをしていた女の子が異変に気付き、心配そうな目で見上げると、ツウは取ってつけた様な笑顔を貼り付け、彼女から死角になる様にウィンドウを操作してメールを開く。

 

「!! 」

 

 余りの内容に絶句したツウの背中に、大質量の衝撃を受ける。

 

「ツウ姉ちゃん、お昼まだ!? えっ!? 」

 

 待ちきれなくなった男の子が一人、勢いよくツウの背中に飛びついた拍子に、メールの内容を目にしてしまう。子供とはいえ使用年齢制限があるナーヴギアである、皆リアルでは小学校四年生以上の生徒であり、ある程度の漢字は理解でき、メールの内容を理解してしまった。

 

「おおい、みんな、大変だ! 」

 

 男の子は脱兎のごとく厨房から駆け出して、事態はここにいる子供達全員の間に知れ渡ってしまった。親の危機を知った子供達は、皆不安そうな顔をして厨房に駆け込み、あっという間にツウを取り囲む。どの子の顔も、親の安否を心配して、縋るような瞳でツウを見上げていた。気の弱い子は既にベソをかいている。

 

「ツウお姉ちゃん……」

 

 ベソをかいて見上げる女の子を抱き締めて、ツウはあやす様に、それでいて力強く宣言をした。

 

「大丈夫よ、今ヒョウお兄ちゃんに、助けてってお願いしたから」

「ほんとう? 」

「ええ、本当よ。みんな知っているでしょう、ヒョウお兄ちゃんはアインクラッドで一番強いの。きっとすぐに駆けつけて、みんなのお父さんお母さんを助けてくれるわ、だから安心して。大丈夫、絶対大丈夫……」

 

 ツウは自分に言い聞かせる様に、子供達に向かって大丈夫と言い続けた。

 

 

 

 ツウとヒースクリフにメールを送ったユリエールは、剣を抜いて戦線に加わりスライムに一太刀浴びせて青ざめる。

 

「何なの! これ!! 」

「分からない! 下手に攻撃すると分裂する、ヒョウ君達が来るまで、防御に徹しながら、安全地帯まで撤退するしかない」

 

 シンカーの言葉に、ユリエールは頷いた。

 

「分かったわ。みんな、今聞いた通りよ! 陣形を組んで連携しながら安全地帯に向かいます。MTD員は先導と護衛をお願い」

「今、頼れる救援がこちらに向かっています、彼等が来れば安心です、それまで我々が持ちこたえますから、落ち着いて行動して下さい」

 

 自ら殿軍を務めるユリエールとシンカーの激励に、やや落ち着きを取り戻した初心者プレイヤー達は、不安を押し殺して先導するMTD員の後について撤退を始めた。

 

「頑張れ、門が見えてきたぞ! あと一息だ! 」

 

 安全地帯の門を視認した先導役のMTD員が励ますと、初心者プレイヤー達の顔が明るくなる。そして数名の初心者プレイヤーが、我先にと安全地帯の門に駆け向かった、だが……

 

「!! 」

 

 走る速度を早めた初心者プレイヤーを阻む様に、先程スライムが現れた時と同じ光の玉が現れた。

 

「ひっ! 」

 

 光の玉の中から現れた黒い塊に衝突した初心者プレイヤーが、弾き飛ばされて尻餅をつく。そしてぶつかった物を見上げ、それが何であるかを理解すると彼の顔が恐怖に歪み、悲鳴をあげる間もなくポリゴンの欠片となって消えていった。

 

「いかん! みんなを守るんだ! 」

 

 駆け出して初心者プレイヤーとの間に割って入ったMTD員も、成す術もなくポリゴン片に爆ぜていった。怯える初心者プレイヤーを威嚇する様に、黒い塊が咆号するとレイド全体が恐慌状態となりパニックに陥る。

 

「サイクロプス! こんな低層にどうして!? 」

 

 己にかけられたデバフに必死に抗い、責任を果たそうとするシンカーが見たものは、五層にいるはずのない巨大なサイクロプスだった。

 

「よう、久しぶりだな、シンカーさん」

「君は! 」

 

 サイクロプスの影からゆらりと現れた人物に、シンカーは驚きの色を隠せなかった。見間違えるはずがない、その男はギルドになる前のMTDに席を置いていた人物だった。

 

「君の仕業か、サーキー」

 

 恐慌状態に震える声に、なんとか力を込めて問い詰めるシンカーに、サーキーはおどけて馬鹿にした口調ではぐらかす。

 

「さ~て、ボクちゃん何の事だか分かんなぁ〜い。ボクちゃん、ただ親切な人から無理矢理貰った転移結晶で遊んでただけだも~ん」

「ふざけないで! こんな事をして、何の意味が有るの!? 」

 

 ユリエールはサーキーの頭上に禍々しく輝くオレンジ色のカーソルを睨み詰問する、しかしサーキーは意にも介さずふざけた態度を取り続ける。

 

「だからボクちゃん知らないって、コイツらはボクちゃんが転移結晶で遊んでたら、勝手について来ただけだよ~ん」

「どうやって……」

 

 呻く様に疑問を口にするシンカーに、サーキーはふざけた態度のまま自慢気にタネ明かしを始めた。

 

「いやぁ、実はボクちゃん、カーソルがオレンジになったら急に人気者になってさァ、追っかけの連中から逃げてたら、ハイドスキルがバカみたく上がってさァ。今じゃフィールドモンスターも敵対しなけりゃ、視界に入らない限り気が付かないんだ」

 

 異常に高まったハイドスキルでモンスターに近づき、その身体や着衣に触れて転移結晶を使い低層に移動する、それがサーキーの使った手だった。自慢気に手口をほのめかしたサーキーは、ここで今気づいた風をわざとらしく装い、目を丸くして辺りを見回す。

 

「おや、そういえばさっきから皆さんお困りの様子で、ボクちゃんも前にはMTDにお世話いただいた身、もし良かったら、お助けして差し上げましょうか? 今なら格安でお引き受けしますよ」

「くっ」

 

 マッチポンプを隠そうともせず、レベル差という弱味につけこんでコルを要求するサーキーに、シンカーは怒りと屈辱で唇を噛む。

 

「断る、そこを通してくれ」

「悪いですねぇ、ここは通行止めなんですよ。どうしても通りたいなら、通行税として……一人頭百万で手を打とうかな? 」

「何を馬鹿な」

 

 凶悪な瞳で睥睨しながら、舌舐めずりをして無茶な要求をするサーキーに、思わずシンカーが声を荒らげる。しかしサーキーは柳に風で、ニヤつきながら初心者プレイヤー達を脅しにかかる。

 

「あっそう、モンスターに囲まれて、命懸かってるのはそっちだし。いつまでも強気でいたら死んじゃうよ」

 

 薄ら笑いを浮かべてそう言うサーキーに、初心者プレイヤー達は激しく動揺する。

 

「つべこべ言ってねぇで、死にたくなかったらコル出せや! ボケ! 頭悪いんか! タコ! 」

 

 さっきまでのニヤついた態度を一変させ、凶相を歪めて恫喝するサーキーと、取り囲むモンスターの恐怖に負けた初心者プレイヤーの女性がサーキーに縋りつく。

 

「お願いします、助けて下さい! お金ならあげます、だから……」

「いけない! 」

 

 シンカーの制止の声も虚しく、サーキーはトレードウインドウを開いた女性プレイヤーの手を切り落とし、彼女を人質に取って、首筋に短剣を突きつける。

 

「何だ、コレっぽっちしか持ってねえのか、シケてんなぁ」

 

 サーキーは女性プレイヤーの手首を握り、彼女の人差し指代わりに自分の人差し指でメニューウインドウを操作すると、嫐る様な口調で囁きながら装備品を奪い、自分のストレージに入れていく。女性プレイヤーは抵抗する事も出来ず、メニューウインドウに赤く点滅するハラスメントコード作動のスイッチを、絶望の瞳で見つめる事しか出来なかった。首筋に突きつけられた短剣がゆっくりと、そして確実にHPバーを削っていく。

 

「ああ、やめて、お願い、助けて」

「ほら、この女を助けたけりゃ、さっさとコル出せや、ええ」

 

 女性プレイヤーの哀願の声がサーキーの嗜虐の快楽を助長する、その快楽に酔ったサーキーは、凶相を歪めながらシンカーに詰め寄ったその時。

 

「!? 」

 

 シンカー達のやや後方、ひしめき合うスライム達が爆発した様に飛び散り、数匹がポリゴンの破片を撒き散らして消えていった。

 舞い上がる土煙が晴れ、ポリゴン片のシャワーの向こうにシンカー達が見た者は、その到着を待ちわびた救世主二人だった。

 

「ヒョウ君、このスライムは何だね? 」

「十八層の迷宮区の入り口付近にたむろしている、ジャッジメントスライムさ」

「ジャッジメント? 何を審判するんだね? 」

「プレイヤーの強さ。一撃で倒せないと、この先苦労するよ、って」

「なるほど、で、一撃で倒せなかったらどうなるのかね? 」

「目の前に有る通りだよ、無限に分裂して増殖する」

「それはまた……。で、何故十八層のモンスターが五層にいるのかね? 」

「こっちが知りたいよ。シンカーさん、大丈夫ですか? 」

 

 自分達が手も足も出なかったスライムを一太刀で斬り倒しながら、まるで無人の野を歩くが如くやって来たヒョウとヒースクリフに、シンカー達は安堵の表情を浮かべる。そしてシンカーとは対照的に、予期せず闖入した天敵の姿に頬を痙攣させるサーキー。

 

「ヒョウ君、実は……」

「いえ、大体分かりました……」

 

 状況の説明をしようとするシンカーを制して、ヒョウは凶相を憎悪に歪めて自分を睨み付けるサーキーを見据えた。

 

「祝屋ァ」

「……榊」

 

 対峙する二人の間に緊張が走る。憎しみのこもった目で、サーキーはヒョウの装備品を値踏みをした。そして今の自分が合法的には絶対に手にする事が出来ない、ヒョウの身をつつむレアクラス以上のアイテムの数々に目尻が痙攣する。

 

 俺はこんなにも惨めな思いをしているのに、何でアイツだけが! 許せねェ……

 

 サーキーは身を焦がす憎しみで身体を震わせ、奥歯を噛み締める。だが、ふと頭に胸をすく妙案が浮かび、破顔した。

 

「くっくっく、ふふふふ、あはははは、ぎゃーっはっはっは」

 

 サーキーは突然狂った様に笑い出した。逆恨みに濁った目が、舐めるようにヒョウを見回す。

 

 このいけ好かねぇスカした野郎に、これから目にものを見せてやる! そうだ、今度は俺がコイツを這いつくばらせ、あの高そうな装備もコルも全部奪い取って、吠え面かかせてやる!

 

「いよう、会いたかったゼェ、祝屋ァ。久しぶりだなァ、えぇ」

「ああ、十三層ぶりだな。で、お前は今何をやってる、榊」

 

 天敵である祝屋猛を前に、感情の赴くまま外道の地金を剥き出しに挑発するサーキーと、それを憐れみを秘めた無感動な態度で受け止めるヒョウ、二人の立ち位置はどこまでも交わらない平行線だった。

 

「何やってるって? 見てわっかんねえかなぁ? 弱っちい癖に、身の程知らずに強いモンスターに立ち向かって崩壊寸前のパーティーを助けている所さ」

「とてもそうは見えんがな」

「俺が折角助けてやるって言ってんのによ、そこの頭の固いバカが謝礼金を渋るもんでよ、世の中の厳しさってヤツを教育してるんだよ。分かるだろう、えぇ」

 

 身勝手なサーキーの言い分に、苦虫を噛み潰しながら静かな口調でヒョウは問う。

 

「このジャッジメントスライムもそのサイクロプスもお前の仕業か? 榊」

「あーん、知らねぇよ、ンな事。俺はただ転移結晶で遊んでただけだぜ、そしたらコイツらが勝手について来ただけさ。言いががりつけてんじゃねえよ」

「つまり君は、転移結晶を使い、上層のモンスターをここに連れてきて、シンカー氏達にけしかけて、助けて欲しくばコルを払えとこういう訳だ。それは脅迫ではないのかね? 」

 

 ヒースクリフが淡々と状況確認をすると、サーキーは狂った様に噛みついた。

 

「うるせぇ! 俺は祝屋と話してるんだ! 関係無ぇ奴は引っ込んでろよ! ウザってぇ! 」

「この状況ではもう関係無いとは言えないんだが……」

「うるせぇって言ってんだよ! アタマ付いてねぇんか、テメェ! 」

 

 狂犬の様に吠えかかるサーキーに、これは話にならない相手だという事を悟ったヒースクリフは、軽いため息をつくとヤレヤレといった面持ちで口をつぐんだ。

 

 

「それよりさぁ、お前からもこのバカに言ってやってくれよ」

「何を? 」

「強情はってねえでコル払えや、ってよォ。友達だろォ。なんならお前が肩代わりしても良いんだぜ、なんせ俺はお前のせいで安全な圏内に入れなくなったんだからよォ、責任取ってくれよォ」

 

 厚顔無恥にさも当然の権利と言わんばかりに恐喝をするサーキーに、思わずヒョウは刀に手をかけ鯉口を切る。

 

「おーっと待ったァ、こっちにゃ人質がいるんだぜ、ヒースロー空港の英雄さん」

 

 サーキーはニヤつきながら、抱きすくめて人質に取る女性プレイヤーの首筋に短剣を突きつける。グリグリと突き立てられた首筋から、ポリゴンの欠片が光る砂の様にこぼれ落ちる。

 

「言っとくけど、俺はあんな間抜けなテロリストとは違うからな、妙な気起こしたらこの女をブスリだぜ」

「そこまで堕ちたか、榊……」

 

 ようやく怒りを露わにしたヒョウを、サーキーは楽しそうに眺めていた。

 

「良いツラだぜ、祝屋ァ。俺はお前のそのツラが見たかったんだ、胸がすぅっとするぜ。で、どうするんだよ、肩代わりすんのか、しねえんか!? 」

 

 唇を噛み締め、肩を震わせるヒョウに、サーキーは新たな怒りを注ぐ。

 

「ヒッ」

 

 女性プレイヤーの短い悲鳴がヒョウの耳朶を打つ、それは死への恐怖に新たな恐怖が加わった悲鳴だった。サーキーは抱きすくめる手の方で、女性プレイヤーの胸を揉みしだき辱め始めたのだ。

 

「ええ、祝屋ァ、どっちなんだよ」

「やめて……助けて……、子供がいるの……、お願い……」

 

 身を縮めて捩りながら、女性プレイヤーは涙を流し哀願するが、それは絶頂感に酔うサーキーにさらなる快楽のうねりを生み出して彼女を襲う。

 

「子供がいるんか!? その割には良い乳してんじゃねえか。なぁ、俺と結婚しねぇか、毎晩いい思いさせてやるぜぇ」

「嫌ぁ! やめて! お願い! 離して! 」

 

 下卑た笑みを浮かべながら、サーキーは女性プレイヤーのメニューウインドウを強制的に操作し始めると、彼女は大声で泣き叫び抵抗を始めた。サーキーは腕の中で抵抗する女性プレイヤーの感触を楽しみながら、彼女の耳元に死刑宣告にも等しい言葉を囁く。

 

「さてと、これでyesをクリックしたら、結婚成立だ。全部アイツが悪いんだぜ、さっさと返事をしないアイツがよォ」

 

 くつくつと笑うサーキーの肩をかすめ、ヒョウの刀が振り下ろされる。怒りに任せて振り下ろされた刀の破壊力は、女性プレイヤーを辱める事に夢中になっていたサーキーに、音もなく忍び寄っていたジャッジメントスライムをポリゴン片に爆発させた後、炸裂音を響かせて大地に大きな亀裂を刻んでいた。

 

「いくら欲しい」

 

 刀を鞘に納めながら、絞り出すように応えたヒョウに、一瞬恐怖に身をすくめたサーキーは歓喜の笑みを浮かべた。

 

「んなモン有るだけ全部に決まってるだろ! それから良い刀持ってんじゃねえか、そいつも寄越しな! 」

「……分かった」

 

 ヒョウの背後で状況の推移を見守っていたヒースクリフは、それが自分にとって好ましからざる方向に転がって行くのを快く思ってはいなかった。

 

 ネットコミニュケーションの世界では、往々にして自ら進んで悪人を演じる者がいるのは知っている。或いは閉鎖空間のストレスでこうなってしまったのか、観察対象としてこのサーキーというプレイヤーは興味深いものがある。しかし、それよりも私はヒョウ君がこのアインクラッドの中で、その強大な力をどの様に振るうのか、そっちの方により関心がある。ここは今までの付き合いに免じて、彼のために一肌脱ぐとするか……

 

 ヒョウとサーキーがトレードウインドウを操作して、後はyesをクリックするだけとなった時、突然アインクラッド上空から鐘の音が鳴り響いた。

 

 

 ソードアート・オンライン運営部から、全プレイヤーにお知らせします。サーバーに異常な負荷の発生が認められたため、只今より調査、復旧の為の緊急のメンテナンスを実施致します。なお、緊急メンテナンスに伴い、只今から二十四時間の間、プレイヤー間におけるコル、アイテムのトレード、フレンド申請、受諾、結婚等、一切の交渉が行えなくなります、予めご了承ください。繰り返します、ソードアート・オンライン運営部から、全プレイヤーにお知らせします……

 

「チッ!! 」

 

 この放送を耳にして、サーキーは顔を歪めて舌打ちを打つ。

 

「で、どうするんだ、榊」

 

 サーキーは忌々しげにヒョウを睨め上げ、次善の策を練り上げる。

 

 こうなったら、刀だけでも頂いてやる。

 

「下に置け」

「何? 」

 

 何故そうさせるのか分からずに聞き返したヒョウに、サーキーは苛立たし気な表情で喚き散らす。

 

「刀を下に置けって言ってんだよ! 置けったら置け!! 」

「ああ、分かった」

 

 最悪のタイミングで発生したメンテナンスに、激しく怒りを燃やすサーキーをこれ以上刺激せぬ様に、ヒョウはゆっくりとした動作で刀を鞘ごと帯から抜いて地面に置いた。

 

 サーキーが狙ったのは、人為的に『武器奪われ状態』を作り出す事だった。武器奪われ状態になると、三千六百秒経過するか、或いは次の武器が同じ手に装備されると装備者情報がクリアされ、そこから三百秒経過して奪った者のストレージに入ると所有権が移動する。新たに何も装備せず『所有アイテム完全オブジェクト化』という操作を行えば回避できるが、それは安全な部屋の中で行うべき事で、危険な圏外のフィールドで行う事ではない。そして安全な部屋は圏内、つまり主街区をはじめとする街にしか存在しない。一番近い街でも徒歩で一時間程かかる場所にあり、ここはヒョウにとって低層とはいえ危険なフィールドであり、自分が連れてきたジャッジメントスライムとサイクロプスというハイレベルのモンスターに囲まれている、丸腰では絶対に歩けない場所になっていた。最悪でも一時間、上手くいけば五分でこのすげえ刀は俺のモノになる。そこまで皮算用を終えたサーキーは、一つだけ一時間以内に『所有アイテム完全オブジェクト化』を行える可能性が有る事に気づき、声を荒らげた。

 

「転移結晶だ! 転移結晶も置いていけ! 全部だぞ! 全部!! 」

 

 祝屋がシンカー達を危険なモンスターの中に置いて、自分だけ転移結晶を使いそれをするとは思えないが、念には念を入れるべきだろう。そう結論を出したサーキーは、ヒョウに持っている転移結晶を全て地面に置く事を命じた。

 

「全部置いたぞ、榊」

 

 ヒョウがサーキーの言葉に従い、刀と転移結晶を地面に置くと、サーキーは勝ち誇った瞳でニヤリと笑い、次の指示を出す。

 

「よし、下がれ、俺が良いと言うまでゆっくり下がれ、良いな!ゆっくりだぞ! 少しでも変な動きをしたら、女を殺すからな! 」

 

 ヒョウはその指示に従い、ゆっくりと後ろに下がって行った、全能感に酔い痴れるサーキーは必ずボロを出すだろう、その時がチャンスだと、自分に言い聞かせて。

 

 恐らく榊は絶対に良いとは言わないだろう、転移結晶を使う余裕ができるまで下がらせて、黙って転移して逃げるだろう。きっとその時、一緒に転移すれば後々足でまといになる人質の女性プレイヤーを離すに違いない、その瞬間にバックハンドブローを叩き込む!

 

 そう考えたヒョウは、サーキーが起こすであろうその予兆を見逃すまいと、彼の動きを凝視する。サーキーはヒョウが下がって行くのに合わせ、女性プレイヤーを盾にしながらゆっくりと地面に置かれた刀と転移結晶に近づいて行った。シンカーもユリエールも、焦燥感と無力感に苛まされながら、その様子を見ている事しか出来なかった。やがて、サーキーが刀の場所にたどり着くと、ヒョウはそれに合わせて後退を止める。

 

「何勝手に止まってるんだ! クソ野郎! もっと下がれ! 下がれバカ野郎!! 」

 

 動きを止めたヒョウに向け、サーキーは罵声を浴びせ後退を命じると、ヒョウは汚い物を見る様な目でサーキーを一瞥し、後退を始める。そのヒョウの姿を見たサーキーの心は歓喜に震える、現実世界でどんな嫌がらせをしても、ヒョウはいつも柳に風か憐れみを向けてくるだけだった、十三層でもそうだった。しかし、今この瞬間、ヒョウは自分に向けて明確な敵意を向けている、あの祝屋猛がこの俺に! 初対面の時に抱き、時が経つにつれて歪んでいった憧れに似た感情で、手の届かない相手と頭で理解しても、心がそれを拒絶し、対抗し続けた相手が、ようやく振り向いてくれた瞬間であった。それは恋愛にも似た感情、自分にとって高嶺の花を振り向かせようと手を尽くすが、相手にはそれが全く通じず、いつしか想いは歪んでしまい、その他大勢で終わり忘れ去られる位なら、明確な敵としてでも特別な存在になって永遠に相手の記憶に残りたい、そんな願望が成就した瞬間であった。

 

「下がれ下がれ、そうだ、もっと下がれ……、イィーッヒッヒッヒィー、アーッハッハッハ」

 

 身悶えするほどの快感が脳天の貫き、哄笑の高笑いを続けるサーキーが不意に覚めた冷酷な目に代わり、高笑いを止める。

 

「じゃぁな、アバヨ」

 

 十分に距離を置いたと判断したサーキーは、女性プレイヤーから手を話し、刀と転移結晶を拾おうと身をかがめた。それを確認したヒョウの五感がスパークする。さぁ、ペイバックタイムの始まりだ!

 

 ヒョウはサーキーが女性プレイヤーを手放す時、自分の縮地による突進を妨害するため、彼女を自分に向けて突き飛ばして来るだろうと予測していた。それに対して彼はサーキーに向かって真っ直ぐに踏み込むのではなく、一度小さく斜めに移動して女性プレイヤーを躱し、サーキーの視界の僅か外に移動して動揺を誘い、三角飛びの要領で距離を詰めて捕縛する作戦を立てていた。しかし、サーキーの悪知恵はヒョウの予測を上回っていた。

 

「何っ!? 」

 

 サーキーはヒョウの思惑を大きく外し、女性プレイヤーをあらぬ方向へと突き飛ばした。彼女の顔が恐怖に歪み悲鳴すらあげることが出来なかった。彼女の瞳が捉えたものは、急速に迫るサイクロプスとその手に握られ振り抜かれようとする大槌だった。

 

「くっ! 」

 

 ヒョウは軌道修正して女性プレイヤーに向かって飛び込み、必死の思いで腕を伸ばす。しかしその思いも虚しく、思惑が外れ一瞬動揺した事で僅かに縮地の発動が遅れた事と、最初の作戦よりもはるかに距離が離れていた事で、ヒョウの伸ばした手は僅かに女性プレイヤーに届かなかった。

 

「茉莉子……」

 

 サイクロプスが振り下ろす大槌に、吸い込まれる様に撃ち抜かれ、急速にHPバーを消耗した女性プレイヤーが、ポリゴンの欠片になって消えゆく直前、彼女の子供であろう名前を呼ぶ声耳にして、ヒョウの怒髪が天を突いた。

 

「うぉおおおおお! 榊ィ!! 」

 

 ヒョウはクイックチェンジで武装変更を行うと、腰に大小二本の刀が実体化して装備された。

 

「海燕! 」

 

 ヒョウが小刀に手をかけると、切った鯉口からソードスキルのエフェクト光が迸る。

 

「!! 」

 

 見る者全てが言葉を失い、息を呑む中ヒョウの手により投擲された小刀は、狙いを寸分も違わずにサイクロプスの一つ目を貫いて、一撃でHPを刈り取った。

 サーキーの奸智がヒョウの上を行ったのと同様に、ヒョウの能力もまたサーキーの遥かに上を行っていた。サーキーはサーキーで、もしもヒョウが下がった距離が足りなかった時の保険として女性プレイヤーをサイクロプスに向けて突き飛ばし、ヒョウが彼女を救っている時間に乗じて刀を奪い、転移して逃げる手はずを弄していた。当然その為の武器は、目の前にある刀よりも数段劣る物であり、充分に時間が稼げるはずだった。しかしそんな思いとは裏腹に、ヒョウが装備したのは、目の前に置かれた刀が『オモチャ』に見える程の業物だった。

 

「くっ……何っ!? 」

 

 それでも無いよりはマシと、刀を拾おうと手をかけた瞬間、サーキーを第二の誤算が襲う。ヒョウが地面に置いた刀、鬼切虎徹真打ちは、彼の好みに合わせて極限まで強化されていた、それは正確さと速度、そして強度だった。強度を高めると筋力要求が高くなる。つまり……

 

「重っ!! 」

 

 さっきまでヒョウが軽々と振るっていたたその刀は、サーキーの視覚判断をあっさりと裏切る重量を持っていた。そのために持ち上げる時にバランスを崩して片膝の着き、転移結晶を拾うのが遅れてしまう。その間にあっさりとサイクロプスを倒したヒョウは咆号しながら急速に距離を詰めて来た。大刀の鯉口を切るヒョウの姿を認めてなお、それでもサーキーには逃げ切る自信が有った、何故なら……

 

「バカめ、間合いが遠いぜ! 」

 

 サーキーは今まで追っ手から逃げたり、プレイヤーを襲って装備やコルを奪う事で対人戦闘の経験を積み、敵の装備武器の間合いを瞬時に見極める眼力を得ていた。それは抜き身を見てから判断するのではなく、鞘に納まった状態でも、鞘の丈から大まかに見切る事が出来た。その眼力でヒョウの大刀の鞘を見て、大丈夫逃げ切れると判断したのだが、ここでもヒョウの能力がサーキーの眼力を上回る。

 

 ヒョウが今装備しているのは、ついさっきクエストをクリアして手に入れたレア武器の『長柄黒耀騒速』『小刀白耀雷光』である。この刀、特に大刀の長柄黒耀騒速には、抜刀術に即した大きな特徴を持っていた。

 

 ここで抜刀術について、ひとつ説明をしておきたいと思う。剣豪小説やアニメで抜刀術に対して、何か普通の剣術とは違うワンランク上のメチャすげえ剣術、そう幻想を抱いている方々、申し訳無いが、筆者の右手がその幻想を打ち砕きます。何故ならヒョウが作中で使う『抜刀術』はエクストラソードスキルではありますが、その根底にあり普段使いしている抜刀術は、現実の抜刀術と全く同じ思想で使う技術だからである。

 話は少々本筋からそれるが、長い物語の中でも大切なファクターとなるので、お付き合い願います。

 さて、抜刀術の起こりとはなんぞや? これは家や招かれた屋敷の中で、座った状態でいる時に、賊に後から斬りかかられた時にどう対応するか? どのようにして死地から脱して生を得るか? その答えを得るために発生した剣術の中の一つの技術であり、古流各流派にも習得すべく技術として存在する。

 ざっくりと簡単に、そして格好良く抜刀術を一言で言い表すと、究極の後の先を取る技術、という事になる。

 この抜刀術に革命を起こしたのが戦国時代に生を受けた剣豪、田宮流抜刀術の開祖、田宮平兵衛重正成政である。

 彼は神明無想東流を学んだ後、林崎甚助重信に居合い抜刀を学び、田宮流を創始した。彼が起こした革命とは、長柄の教えである。江戸時代中期の書物「本朝武芸小伝」は、彼をこの様に記している。

 

 長柄刀さしはじめ田宮平兵衛成政といふ者是を伝ふる、成政長柄刀をさし諸国兵法修行し、柄に八寸の徳、身腰にさんぢうの利、其外神妙秘伝を伝へしより以後、長柄刀を皆人さし給へり、然に成政が兵法第一の神妙奥義と云は、手に叶ひばいかほども長きを用ひべし、勝事一寸ましと伝たり

 

 諸説解釈色々な、難解な言葉だが、筆者はこう解釈する。

 

 間合いを制する者が、斬り合いにおいて勝利を掴む、その為の長柄なのだと

 

 前述の通り、抜刀術とは不利を覆す技術である。様々な剣豪小説、映画、アニメ等で語られる、納刀状態で刀の間合いを測らせず、有利な間合いに引き込んでから抜刀して斬る、なんてのはこの際だからはっきり言っておく、あれは嘘、嘘っぱちの嘘八百である。何故なら刀でもって人を斬ろう、それも確実に斬り殺してやろうと狙う人間が日常的に存在する中で、抜刀状態でなければ相手の間合いを測れないなんて間抜けな奴がいたら、真っ先に斬り殺されているからである。鞘を見て判断出来ない奴は、田畑耕して暮らすのがお似合いなのだ。

 納刀状態で座り、後から斬られるという事は、武器を使えず間合いも押さえられた上の襲撃であり、絶体絶命の死地にいる状態にあるのだ。それを覆す為の技術が抜刀術であり、技術を生かす為の長柄である。柄が長い事は、握る部分が長いという事である。つまり、咄嗟に手をかけた時、手にかかる部分が長ければ、それだけ早く刀を抜く事ができ、素早い反撃が可能な事と、抜いた後も柄の握り方一つで間合いを変化させ、襲撃者の思惑を外す事が可能になると云うことだ。しかし長柄刀は誰にでも使えるものではない、手に合えば使うべきで、それでもちょっとましな程度なのだ。ヒョウが作中で使う抜刀術とは、それを理解した上での抜刀術である。

 では話を本筋に戻そう。

 

 逃げ切れるとそう判断したサーキーは、一瞬後にそれが甘かった事を思い知る。ヒョウの抜いた刀は予測を越えて長く伸び、刀を拾ったサーキーの左手を手首から斬り落とした。ヒョウの新しい刀、長柄黒耀騒速は、その銘にある通り、通常の刀に比べて柄の部分が三寸程度長く、柄を握る位置を変えれば、間合いは千変万化して相手を幻惑する事ができ、ヒョウはその技術を持っていた。ヒョウは斬り下ろした剣先を水平に薙ぎ払うが、それよりも一瞬早くサーキーが転移結晶を掲げる。

 

「転移!! 」

 

 サーキーは光の玉に包まれると、片足を残し消えていった。目尻の痙攣させ、ヒョウはサーキーの残していった片足を、爆ぜて消えるまで見つめていた。そしてサイクロプスを倒すのに使った小刀白耀雷光を拾って鞘に納めた後、大小二本をストレージにしまい、取り返した鬼切虎徹真打ちを腰に差す。胸の中いっぱいに広がる苦味と痛みを、ヒョウは現実に対処する事で無理矢理押し流した。

 

「シンカーさん、スライムは俺が抑えるから、早く避難して」

「済まない、ヒョウ君」

 

 それからMTD員達が、残りの初心者プレイヤー達を無事に安全地帯に誘導するまで、ヒョウは機械の様に淡々と刀を振るい、ジャッジメントスライムを全滅させた。

 

 出発前はあんなに明るく、希望に満ち溢れていたパーティーが、引き揚げる時はどの顔も暗く、落ち込んでいた。被害者三名、内二名はMTDを頼りその門を叩いた初心者プレイヤー、そして子連れである。

 シンカーは自分が思い描いていた理想が、サーキーの奸計で脆くも破壊されてしまった事に、大きなショックを受けていた。帰りの道中、ユリエールはこの現実を、どう子供たちに伝えるべきか、その事に胸を痛めていた。

 

 ヒョウとヒースクリフを加えた、シンカー率いる初心者プレイヤーのパーティーが、一層のMTD本部にたどり着いたのは、西の空が赤くなるやや前、まだまだ予定では到着する時間では無かった。シンカーが重い足取りで扉を開けると、中には心配そうな顔で見上げる子供たちの姿が有った。シンカーの後についで、初心者プレイヤー達が中に入って行くと、子供たちは口々にお父さん、お母さんと叫びながら、自分の親を見つけると飛びついて抱き締めた、親達も胸に飛び込んできた我が子を抱き締め、生の喜びを噛み締めていた。

 

「どうしてみんな知っているの……? 」

 

 この光景に、狼狽えた様に疑問を口にしたユリエールに、ツウはメールを覗かれ知られてしまった事を伝え、迂闊でしたと頭を下げた。ツウのその言葉に、ユリエールも己の迂闊さを呪った、子供たちに好かれ、囲まれているツウを思えば、ヒョウへの連絡はヒースクリフに出したメールに「ヒョウ君にも伝えて」と、一文書き添えれば良かったのだ。後悔に奥歯を噛み締めるユリエールとツウの元に、親子の抱擁からあぶれた二人の子供がやって来た。

 

「ねぇ、お父さんどこ……」

「私のお母さん……、いないの……」

 

 目に涙を溜めて問いかける二人の子供を、ユリエールは思い切り抱き締めて、謝罪の言葉を叫ぶように口にする。

 

「ごめんなさい、あなた達のお父さん、お母さんはもう帰って来ないの! ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 嗚咽するユリエールの後を継ぎ、シンカーが悲しみをこらえ、一言一言ゆっくりと事の顛末を話して聞かせ、最後に「申し訳なかった、済まない」と言って、深々と頭を下げた。

 二人の子供の子供のうち、男の子の方は、リアルでは小学校の六年生であり、子供とはいえ精神的成長もあってか、シンカーの言葉をしっかりと受け止め、理解出来たようだが、もう一人の女の子の方は違った。

 

「嘘……、どうして、どうしてお母さん帰って来ないの」

 

 彼女はまだリアルでは小学校四年生の早生まれの子供であり、まだまだ幼い部分を心に残しており、残酷すぎる現実を受け止められずにいた。

 

「だってツウお姉ちゃん言ってたもん、ヒョウお兄ちゃんが必ず助けてくれるって。ねぇ、ヒョウお兄ちゃんはアインクラッドで一番強いんだよね? お母さんを助けてくれたんだよね? 」

 

 女の子の発する一言一言が、この場の大人達の胸をえぐる。ヒョウは縋り付いて見上げる女の子の前に膝を着いて、震える声で謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんね、お兄ちゃん、茉莉子ちゃんのお母さん……、助けられなかった……」

 

 やっとの思いで絞り出したヒョウの言葉を聞いて、ようやく現実を理解した女の子は大声で泣き始めた。泣きながら叫ぶ女の子の一言がツウの胸を刺し貫いた。

 

「うぇーん、絶対助けてくれるって言ったのに、ツウお姉ちゃんのうそつき! 」

 

 ツウお姉ちゃんのうそつき、女の子の言葉に、ツウは身体じゅうの感覚を喪失し、崩れ落ちる。

 

「ごめんなさい……、ごめんなさい……」

 

 泣き崩れて、血を吐くように謝罪の言葉を吐き出すツウの姿に、ヒョウは己の無力さを感じずにはいられなかった。悔しさに天を仰ぎ唇を噛み締めるヒョウと、泣き崩れ謝罪を続けるツウに、シンカーは慰めの言葉を発する。

 

「二人は悪くない、悪いのは……」

 

 そう言ったきり、シンカーは口を閉ざし、目をつぶって俯き肩を震わせた。ユリエールが女の子を落ち着かせ、同時に傷ついたツウから引き離そうと、別室へといざなって出ていった。

 

「コヅ姉、帰ろう……」

 

 沈痛な長い沈黙を静かに打ち消し、ヒョウは泣き崩れるツウの耳にそっと囁くと、ツウは涙でくしゃくしゃになった顔をあげ、コクリと頷いた。

 よろけるツウを支えて、外へ出ようとドアノブに手をかけたヒョウの背中に、ヒースクリフが声をかけた。

 

「ヒョウ君、これが個人の強さの限界だ。こんな悲劇を繰り返さないために、我々は一刻も早くこのデスゲームをクリアしなくてはならない。君は私とギルドを……」

「うるせぇ……」

 

 ヒョウは振り返る事無く、ヒースクリフの言葉を最後まで聞くこともなく、力なく一言そう呟いてMTD本部を後にした。

 

 

 

 




注釈
長柄刀 ながつかとう と読みます。本文にもある通り、居合刀の一種ですが、ややこしい事に同じ長柄刀と書いて『ながえとう』という薙刀に似た武器も存在します。
両方知っている方には言うに及びませんが、片一方しか知らない方、特に『ながえとう』しか知らない方、そういう事ですので、ご理解頂けると幸いです。



次回、第十四話 黒猫達
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