ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
サーキーによる、忌まわしいMPK事件が過ぎた後も、ヒョウとツウの想いとは関係なしにアインクラッドの日常は過ぎて行く。如何に二人があの出来事を、目覚めたら消える悪い夢であって欲しいと望んでも、目覚めて見回す窓の外の光景の変化に、やるせない現実を受け入れる他は無かった。
ヒョウにとって幸いだったのは、ツウが子供達の中の一人から「うそつき! 」と言って泣かれた事の精神的ダメージが、表面上は無かった事である。そう言われた時、崩れ落ちる様に膝を着き、ごめんなさいと泣きながらその子を抱き締めるツウの姿を目の当たりにしたヒョウは、己の無力さに唇を噛みながらもツウの心があの時に、茅場晶彦によりSAOがデスゲームと知らされたあの時に戻るのではと危惧していた。
自分は狩りやボス戦で暴れるだけ暴れ、うさを晴らす事が出来るが、戦闘恐怖症のツウにはそれが出来ない。ツウが心に立ち直れない程のダメージを負った場合、どうやって彼女を守れば良いのかヒョウには見当がつかなかった。
答えを見出す事の出来ないヒョウの心は、自分の無力さに荒れ狂う。その結果ヒョウは二十層ボス戦にて、キリトやアスナを含むレイドメンバー達から、思い切り引かれる程の『殺気』を放ち、作戦無視の大立ち回りを演じる事となる。ヒョウは仲間たちの制止の声にも耳を貸さず、ツウの心を守れなかった自分の不甲斐なさに、憤怒の感情を刀に込めて、ボスに向かって奮っていた。その姿はソードアーティストとは程遠い、黒い羅刹と言って良い程の姿だった。
MVPもラストアタックボーナスも虚しいだけだった。当然である、そんな行いは本当の意味での解決には繋がらない。自分のレベル、パラメータの数値が如何に他と隔絶した数値を誇っていても、肝心のツウを守れなければ意味が無い。それが分かっていてなお、ヒョウはやるせない怒りの想いを刃に乗せて戦うしか術を持たなかった。
荒れるヒョウの心を救ったのは、自分が危惧していたはずのツウだった。ツウは眠れないヒョウのベッドに忍び込むと、自らの身体を与え、今まで私の為に頑張ってくれてありがとうと言い、ささくれ立ったヒョウの心を癒しを与え救ったのだ。
「私は大丈夫だよ、タケちゃんがいるから。だから、タケちゃんも私を頼って良いのよ。私もタケちゃんを支えたい、守りたいの。だから苦しい時は、沢山私に甘えて」
その夜、二人はお互いを求め合い、甘え合い、与え合って深い眠りについたのだった。
「ねえ、タケちゃん、私、保育園を始めたいの。それから、今回の件で親を失った子供達の面倒を見てあげたいの」
翌朝自分の胸に顔を埋め、囁く様にそう言ったツウの瞳の中に、並々ならぬ決意を感じたヒョウは、二つ返事でそれに賛成する。救われたヒョウの心は、コヅ姉を守るからコヅ姉の想いを、守りたい物を守るに変化していた。
ツウの想いを実現するため、ヒョウは決意を新たにアインクラッドへの戦いを始める。まずは手始めに、ツウの望む保育園兼孤児院の開設に向けての、自宅改築工事を始めた。
憑き物が落ちた表情で、上機嫌の鼻歌を歌いながら鋸を引き、ハンマーを振るうヒョウの姿に、先日のボス戦での異変を心配して訪ねてきたキリト達は安堵のため息をつくのであった。
「なになに、レストランでも始めるの? 」
大規模な増改築工事の様子を見て、キラキラと瞳を輝かせるアスナに、ツウはここ数日で起こった出来事と、それによって生まれた自分の想いについて語り始めた。
子連れプレイヤーがアインクラッドでの生活に対応する為の弱点は、まさに子連れである事の一点に尽きる。彼等は子供を危険な圏外に連れて出歩く事が出来ず、そのためレベリングもコル稼ぎもままならず、他の初心者プレイヤー達にも遅れを取る事になっているのが現状だ。そうして子連れプレイヤー達は生活苦に晒され、MTDとしても早くそれを解消するために短期集中の無理の有るコル稼ぎとーレベリングを強いられる事になった。今回のMPKは、そこを装備やコルを奪うのが目的のオレンジプレイヤー、サーキーに狙われてしまったが為に起きた悲劇である。だから毎日安心して子供達を預ける事の出来る保育園の様な施設が有れば、子連れプレイヤー達も他のプレイヤー同様にコルを稼ぎレベリングが可能となり、安定した生活を維持出来るに違いない。
「だから私達がそれをするの」
そう言って真っ直ぐに自分を見つめるツウの瞳に、アスナは胸を打たれ深く共感した。彼女はツウ以上の情熱でエギルとアルゴを巻き込んで宣伝を打ち、ヒョウとキリトとクラインの三人に発破をかけ、通いの園児達の送迎船として必要な大型ゴンドラ船製作の為のクエストに挑戦させたのだった。
そうして設備が整い、開園したのはいいが、予想を越える応募者に二人は嬉しい悲鳴をあげる。そしてそれは資金難という現実をツウとヒョウに突きつけるのだった。二人が保育園を始めた理由は、前述の通りVRMMO初心者の子連れプレイヤー達の為の支援である。よって保育費はリーズナブルな価格に設定しており、不足分はヒョウの戦闘による稼ぎで賄う予定が根本から崩れてしまった。
さて、どうしようと悩むヒョウとツウを、エギルとアルゴが顔を見合わせ、やれやれと呆れ顔を二人に向けた。
「おまーらなー、それ本気で言ってんのカ?」
「自分達の事を知らんにも程が有るぞ」
狐につままれた顔で見返すヒョウとツウに、アルゴとエギルが懇切丁寧に解決策の説明を始めた。
「アーちゃんが言ってたレストランは、子供達の面倒が有るから無理だケド……」
と、始めたアルゴの説明を掻い摘んで説明すると、以下の様になる。
現時点で料理スキルをぶっちぎりで極めているツウの料理は、レストランでなくとも弁当にして売れば、かなりの儲けが見込めるし、同様に極めた服飾スキルも稼ぎになる。高いデザイン性と込められたエンチャントで、市場に出せば注目を集め、高い評価を得て話題になる事受け合いである。特に女性プレイヤーに向けて下着を作って売り出せば、NPCメイドの野暮ったく着心地もいまいちな下着を駆逐して、市場の独占も夢では無い。仮に要クエストの稀少な材料が必要になったとしても、そのためのクエストには、それこそ無敵のヒョウがいる。二人に集められない素材は、アインクラッド内には皆無と言って良いだろう。そしてヒョウの力を以てすれば、たとえ誰とパーティーを組んでもモンスターに負ける事などはまず有り得ない。ヒョウのエクストラスキル、バトルブーストとバトルヒーリングの効果は習熟度が進んだ今、レベル的に15は上のモンスターを余裕を持って相手にする事が出来る。現時点で攻略組トップクラスのレベルを誇るヒョウをどうこう出来るフィールドモンスターは、攻略された階層には存在しないのだ。加えて卓越した剣技が生み出す異常状態『四肢損壊』は、ラスを譲れば譲られた側のレベルのジャンプアップが可能である。実際パートナーのツウのレベルが攻略組に勝るのも、戦闘職ではないアルゴが、自分の足で最前線の情報を安全に集める事が可能なレベルにあるのも、そして商人としての活動をしながらも、エギルが攻略組でい続けられるのも、ヒョウと行うレベリングが理由なのだ。低レベルプレイヤーのレベリング護衛、職人商人プレイヤーの素材収集クエスト護衛を行えば、引く手あまたである。それを副業にすれば、運転資金の足しには充分なるだろう。
口角泡を飛ばす勢いでアドバイスする二人の勢いに飲まれる格好で、ツウは服飾アクセサリーブランド『
五人編成のそのクライアントは、ギルド結成クエストをクリアしたてのパーティーだった。ギルドの名は月夜の黒猫団といい、同じ高校のパソコン研究会のメンバーとの事である。ギルマスはリアルでもパソ研会長のケイタという男で、人の良い笑顔で自己紹介をし右手を差し出した。出された彼の手を握ったヒョウは、僅か三日で埋め難い溝が出来、喧嘩別れに近い状態で契約破棄の憂き目に会うとはこの時想像も出来なかった。
最前線の攻略組メンバーから直接指導を受ける事で、自分達は何が足りないのか、飛躍するには何が必要なのかそれを知りたい。ケイタはそう言って一週間の契約を希望してきた。単純なパワーレベリングを嫌うヒョウは、ならばと思いまず五人全員にナンバの技術を教える事にした。この頃になると、ヒョウはクラインの教え方を盗み、指導方法も以前より旨くなっていたのだが、今回については弟子の方が悪過ぎた。
「おい、みんな、もっと真面目にやれ! 」
ケイタの叱責がメンバーに飛ぶが、単純な反復練習に早くも飽きた短剣使いのダッカーが不機嫌そうにケイタに耳打ちする。
「なぁケイタ、本当にこんな事でレベル上がんのかよ」
「ナンバについては、攻略本にも載ってたろう」
「でもよぅ、アイツ、何か胡散臭くないか」
「胡散臭いって、何が? 」
自分の肩越しに、ヒョウに疑惑の目を向けるダッカーに、ケイタは軽い詰問口調で促すと一言吐き捨てる様に発した。
「ビーター」
その言葉にケイタはハッとした表情を浮かべると、ダッカーは不満気な態度を上乗せして畳み掛ける様に吐き捨てる。
「黒ずくめで、いい女を連れた若い片手剣使い」
腐るダッカーに、ケイタは目を剥いた。
「まさか、そんな筈は無い! 情報屋だって、彼は信用できる人物だって言ってただろう! 」
「その情報屋だって、あまり良い噂は聞かないぜ」
ヒョウの耳に入らない様に、静かに声を荒らげて迫るケイタに、ダッカーがさらに吐き捨てる様にそう言うと、メイス使いのテツオもその後に続けて疑念を口にする。
「そう言えば、あのエギルって男も、ビーターの後見人だって噂を聞いた事があるぞ……」
「ほら見ろ! 騙されてるんだよ! ケイタは」
返答に窮したケイタの背中にヒョウの叱責の言葉が飛ぶ。
「そこ、何をやってる! 」
武術家の鋭い叱責に射抜かれたケイタは、反射的に反り返る様に背筋を伸ばした。
「は、はいっ! お前達、この話は後だ、真面目にやるぞ! 」
ケイタは二人に目配せすると、何も無かった様にヒョウから教わった型を反復し始めた。
初日にみっちりナンバの稽古を施したヒョウは、その翌日のカリキュラムにレベリングを兼ねてナンバの効果を体感させようと考えていた。そんな彼が五人を連れてやって来たのは十三層の迷宮区である、彼等のレベル的にはやや難しい所だが、深入りしなければ大丈夫だろうと判断しての事だった。
ヒョウは徘徊しているモンスターの中に無造作に歩み入り、体術スキルで小突いて回り、五匹のモンスターのタゲを取る。余りにも無謀なヒョウの行動に目を剥いた五人だったが、次の瞬間彼等は息を飲んだ。
「ふん! 」
軽く気合いを入れたヒョウはいつの間にか装備していた刀を、抜く手も見せぬ早業で抜き放ち、五人には視認出来ない速さで五匹のモンスターを四肢損壊状態に斬り倒した。
「!! 」
刀を鞘に納める鍔鳴りの音で我に帰った五人に向かい、ヒョウは涼しい顔で声をかける。
「じゃあ、昨日練習したナンバの動きを意識して、ソードスキルを出して見ようか」
度肝を抜かれた五人に向かい、パンパンと手を叩いて促すと、それぞれ驚愕覚めやらぬ表情を浮かべながら、ギクシャクした動きでソードスキルのプレモーションを開始した。
「……嘘、信じられない…… 」
槍使いのサチという少女が、自分の両手を見て震えている。彼女はソードスキルの起動の速さ、破壊力の増大、技後硬直時間の短縮、その全てが今までとは段違いというナンバの効果を劇的に体感し、腰を抜かしてへたり込んでいた。
「ゲッ! サチに先を越されるなんて~」
「うっわぁ~、マジかよ~」
ヒョウからすれば、一番真面目に取り組んでいたサチがその効果を最も体感出来たのは別に不思議な事では無かったが、この黒猫団の仲間内では意外な事だったらしい。口を尖らせて顔を顰めるダッカーとテツオに軽い嫌悪感を抱いたヒョウの手がいきなりサチに取られた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、私、ドンくさくて、不器用で……、それなのにこんな凄い技が使える様になるなんて……、本当にありがとうございます」
「いや、一番素直に聞いて、一番真面目に取り組んでいたんだ、この結果は当然だよ」
サチにそう言って、ヒョウは他の四人に向き直る。
「彼女が証明した通り、ナンバを身につけるだけで、同じレベルでもかなりのアドバンテージを得る事が出来る。兎に角俺は教えたから、後は自分達次第だ」
淡々とそう語ったヒョウに、ケイタとサチは真剣な表情で頷いたが、不真面目だった自分に含む所有りと深読みしたダッカーは不服そうに反駁した。
「あ~、俺パスパス。俺はあんなちまちましたヤツは無理。それよかさぁ、さっきのスパーンて手足ぶっ飛ばすの教えてくれよ! 」
「俺も、あの素早い攻撃、あれエフェクトかかってないから、ソードスキルじゃ無いんだろう? メイスと刀の違いは有るけど、同じゲームの中なんだし、通じる物は有るよね? 」
テツオがそう続くと、黒猫団の瞳がそれにつられるように、期待に輝く。その瞳にヒョウは内心げんなりし始めた。
「あれ? 」
「「「「「あれ! 」」」」」
ヒョウが聞き返すと、五人は身を乗り出して頷いた。ヒョウは内心のがっかり感を出さぬ様に注意して首を左右に振った。
「さっきのあれは、古武術の無拍子って言う動きなんだ。あの動きの元になっているのはナンバだから、地道にちまちま努力するしかないよ」
「ゲッ! マジかよ」
「残念でした、ズルはできませ~ん」
「ちぇ~っ」
ヒョウが答えると、ダッカーが口を尖らせるが、そこにサチが絶妙なタイミングと口調で、嗜めとも茶々とも取れる言葉を口にすると、黒猫団メンバーはどっと笑い出す。その光景を見てヒョウの心も少し和む。ヒョウは最初にサチの自信なさげな態度と、メンバー全員にいじられ、振り回されている様子を見て、リアルの縁が元で嫌々付き合わされているのではと危惧していたが、この様子ではその心配は無いのかも知れない。
「所でヒョウさん、俺達の編成って……、どう思います? 」
「どうって? 」
ケイタの唐突な質問に、ヒョウは理解が出来ず、真意を聞き返す。
「いえ、ウチのギルド、前衛を出来るのがメイスのテツオだけで、戦術を組み立てるのに苦労していて……」
ケイタによると、月夜の黒猫団のパーティー編成は盾持ちメイスが一人、短剣使いが一人、槍使いが二人にロッドが一人でタンク役が不在、前衛役も一人で長期戦に不向きであるとの事。一度不利な状況に陥ると、挽回するのが難しく、お陰でギルド結成クエストでは大苦戦を強いられたとの事だ。
「別に、どうって事は無いと思うけど……」
ヒョウは個人がそれぞれの武器の特性を理解し、習熟度を上げていけば大した問題では無いと考えていたのでその通りに答えた。しかしケイタは納得が行かない様子で、難しい顔をしてさらに自分の構想を打ち明ける。
「はっきり言って、槍使いは二人要らないと思うんですよ。で、習熟度があまり進んでいないサチに、今のうちに盾持ち片手剣に転向させようと思っているんです」
その言葉に驚いたサチとヒョウが同時に声をあげた。
「えーっ! 私そんなの聞いてないよ! 」
「無茶だ!馬鹿げている! 」
ソードアート・オンラインに閉じ込められ、よーいドンで同じ冒険を始めて、武器の習熟度に差が出るのは全体としては仕方ないが、同じグループの中で差が生じるのはまず有り得ない。もしそれが有ると言うならば、そのプレイヤーは戦闘に消極的、もしくは戦闘に不向きである事になる。そんなプレイヤーに別の武器を押し付けた所で無意味であるし、戦闘に不向きな者に前衛役を押し付けるのはナンセンスを通り越して無謀だ、ヒョウははケイタの思考回路を疑った。
「何故、馬鹿げていると言えるんです!? 」
頭からヒョウに否定されたケイタは、語気を強めて反駁し、黒猫団の目標を訴える。
「今は弱小ギルドだけど、俺達もいずれはトップギルドの仲間入りをして、ボスの攻略に参加したいんです! 」
ケイタの言葉に、テツオをはじめとする男子メンバーは顔を紅潮させて頷いた、誰もが皆夢見がちな瞳で拳を握りしめている。
「俺達とトップギルドの違いは何か、俺達なりに考えて見たんです、そして出た結論は意思の力、その違いなんだという事になりました! 」
熱弁をふるうケイタに、ヒョウはこりゃまた大きな勘違いをしたもんだと内心で頭を抱えた。
「アインクラッドに囚われた皆を救いたい、その気持ちは俺達にだってあります! だからいつまでも守られているだけじゃダメなんだ、変わらなくちゃいけないんだと考えて、貴方の門を叩いたんです! 」
「それが、君達の意思の力だと? 」
なんとケイタに言ってやれば良いのか、ヒョウは頭を悩ませた。ケイタの熱弁は続く。
「サチの転向もそうです、前衛役が二枚になれば、戦術の幅もぐんと広がって、レベリングも楽に進められます。これは俺達月夜の黒猫団がトップギルドになる為の意思なんです! 」
そう熱弁を締めくくったケイタの背後で、野望に燃えるケイタの瞳とは対照的な、諦めとも絶望とも取れる暗い瞳を浮かべるサチを見逃すヒョウではなかった。
さて、この夢見がちで地に足が着いていないわからんちんには、正面切って正論を吐いたとしても、意固地になるだけで耳を貸さないだろう……
「まぁ、意気込みは理解した。でも、サチさんを盾持ち片手剣に転向する事は無いと思うぜ」
身を乗り出して、更に言い募ろうとするケイタを制し、ヒョウはフィールドを見回した。
「アレで良いか」
そう言うと、懐から小柄を取り出し投擲する。投げた小柄は狙いを外さず、離れた場所に徘徊する棍棒持ちの獣人モンスターに命中してそのタゲを取る。
「借りるよ」
ヒョウはサチから槍を借り受けると、突進して来る獣人モンスターの進路に悠然と立ち塞がった。
「槍はリーチが長いから、遠間でチクチク嫌がらせ攻撃をして、敵のソードスキルを未然に防ぐだけの後衛支援武器、君達の認識はそれで間違い無いね?」
突進して来た獣人モンスターに言った通りの攻撃を行いながら、ヒョウはケイタの目を見て確認を取る。ケイタは自分達では手こずる事請け合いの獣人モンスターを余裕であしらい話しかけるヒョウの技術に驚愕し、ゴクリと唾を飲み込んで頷いた。
「そう見えて槍っていうのは、実に便利な武器なんだ、例えば」
ヒョウは遠間に釘付けにしていた獣人モンスターに誘いの隙を見せ、懐に入れた。するとモンスターはこれ幸いとヒョウの胴回り程の太さの有る兇悪巨大な棍棒を高々と振り上げる。ヒョウはそんな獣人モンスターに背を向け、青ざめる黒猫団メンバーに莞爾とした笑を浮かべて言葉を続ける。
「たとえこうして懐に入られても」
ヒョウは槍を持ち替え、頭上にかかげると、そこに獣人モンスター渾身の棍棒の一撃がヒットする。
「こうすれば、盾替わりに攻撃を受け止める事が出来るし」
渾身の一撃を受け止められ怒り心頭の獣人モンスターは、目にも止まらぬ速さで上下左右から棍棒の波状攻撃でヒョウに襲いかかる、しかし
「こうしていなし、捌く事で相手の隙を作れば、ほら」
ヒョウは槍の柄の部分を器用に使い、獣人モンスターの棍棒攻撃を柳に風と受け流す、そして隙の出来た足元を掬い、転倒させた。その動きの無駄の無さに、黒猫団メンバーは息をするのも忘れ、食い入るように見入っていた。
「ほら立て、もう一本だ。今みたいに倒して、後は全員でタコ殴りにするも良し、又はこんな風に! 」
猛る獣人モンスターの棍棒の一撃を槍の柄の中央部で受け流すと、バランスを崩して下がった下顎に、ヒョウは狙い澄ました様に石突き部分で強烈なかち上げをカウンターで喰らわす。
「劣勢から逃れる時は、このまま距離をとって仕切り直しても良いし、攻勢ならこうして畳み掛けるのも良し」
そう言ってヒョウは槍の柄の中央部を起点にして、穂先部分と石突き部分で交互に攻撃を繰り出し、HPを削っていき、最後はド派手なソードスキルを決めて、獣人モンスターをポリゴン片に変えて爆ぜさせた。
「ありがとう」
ヒョウはサチに礼を言って槍を返すと、サチは「これ本当に私の槍?」と言いながら、受け取った槍を丹念に確認する。
「槍は実に便利な武器で、後衛で支援攻撃だけじゃなく、タンク役もこなせダメージディーラーとしても優秀な、立派な前衛武器でもあるんだ。俺も曲刀スキルから刀スキルが派生しなけりゃ、槍を主武装にするつもりだったんだ」
サチを中心に、惚けた瞳を向ける黒猫団メンバーに、ヒョウは締める。
「前衛役は武器じゃ無い、要は度胸なんだ、だからサチさんを無理に転向させる必要は無い。今まで見てて気づいたんだけど、彼女は怖がりなんだろう? 」
恥じ入るように俯くサチに、ヒョウは静かに言葉続ける。
「怖がりという事は恥じゃあ無いんだ、ウチの連れのツウも怖がりで、戦闘なんてからっきし駄目なんだ。だから役割分担で戦闘は俺が引き受けている」
救われた表情を浮かべるサチに微笑んでから、ヒョウは他の黒猫団メンバーに眼差しを向ける。
「どうしても前衛役がもう一人いるのなら、同じ槍使いのササマル君か、ダッカー君がやればいい。自分達が向かないと言うならばケイタ君」
ヒョウは言葉を一旦区切り、ケイタを見据える。
「新たにギルドメンバーを募集した方が良いと思う。そうして陣容を固め、ゆくゆくはサチさんを攻略から外した方が良い」
ヒョウはそう言って話しを締めくくると、ダッカーがヒョウの言を自分に都合良く曲解し、二人の話しに割って入る。
「分かった、つまりアンタは俺達月夜の黒猫団の一員になりたい! そう言う訳だな! 」
いったい何処をどう解釈すると、そういう結論に至るのか?
ヒョウはあまりにも能天気なダッカーに一瞬呆気に取られたが、何故か黒猫団のメンバーは全員その言葉に同調して盛り上がる。
「いやいや、皆まで言うなっての、サチに気があるんだろ。分かるぜぇ、ツウさんだっけ、彼女は綺麗過ぎるもんなぁ、いつも一緒だと息が詰まるのも頷けるってもんよ。で、外にいる間だけのギルド妻ってのが欲しくなったんだなぁ。お目が高いぜぇ、旦那ァ、確かにサチはあの人程の美人じゃあねえけど、息抜きするには丁度いい相手……あ痛てぇ! 」
調子に乗って囃し立てるダッカーの頭上に拳骨を落とし、赤面気味のサチがヒョウに頭を下げ、上目遣いに見上げながらモジモジと歓迎の意を表す。
「バカ! なに失礼な事を言ってるの!? ごめんなさい、ヒョウさん。でも、ヒョウさんみたいに頼れる人が傍にいてくれると嬉しいな、歓迎します! 」
「ああ、そうだな! 大歓迎ですよ、ヒョウさん!」
キラキラのした瞳を輝かせ、歓迎の意を表す黒猫団を代表し、ケイタが右手を差し出した。
「いや、ちょっと待ってくれ」
困惑した瞳で差し出された右手を見ながら、ヒョウは半歩下がって頭を振る。
「俺はギルドに興味は無いんだ、入るつもりも作るつもりも無い。これからもずっと……最後までソロでやっていくつもりなんだ」
ヒョウのソロ発言に、信じられないと目を剥く黒猫団メンバー。
「……いくら何でも、それは無茶だ 」
呻く様にそう一言絞り出したケイタに、ヒョウは莞爾として微笑む。
「無茶でも、そう決めたんだ」
逡巡するケイタを押しのけ、またダッカーが口を挟む。
「いくら強いっても、そいつァちょっと自惚れすぎじゃあねえか! レベルが幾つあるか知らねぇけどよ!」
「40だ」
「せっかく俺達が誘って……よ、40!?」
「……私達の……、倍以上……」
「それからエクストラスキルのバトルヒーリングとバトルブーストの恩恵で、更にレベル15程度の上乗せが有る」
「実質……レベル55……」
「ちょっと待て、こないだ更新された攻略本じゃ、今現在確認されているモンスターの最高レベルは、二十一層のエクストラクエストのボスモンスターの、レベル48が最高だって事だろ」
これ以上この話で時間を費やすつもりの無いヒョウは、ギルドへ誘う気が失せたであろう一同に向かい、ダメを押す様に次のレッスンカリキュラムを告げる。
「はい、もうこの話は終わり。じゃあ十四層にいい狩場が有るから、そこに移ってレベリングをしよう。ナンバの動きを意識して狩れば、今日中に最低でもレベル5は上げられる」
そう言って主街区へ歩を進めようとしたヒョウに、ダッカーが擦り寄る様に近づいて、おもねる様な口調で自らの希望を口にする。
「ちょっと待ってくれよ、旦那ァ。旦那の腕があれば最前線もソロで大丈夫なんだろう、だったらさぁ、十四層なんてケチな事を言わずに、最前線でパーっと俺達のレベルを上げてくんねえかな」
ダッカーのパワーレベリング要求に眉間に皺を寄せたヒョウは、それは全員の本意かどうか確かめる為、ケイタを始め黒猫団メンバーの顔を見回す。ダッカーの失礼な物言いに、明らかに眉をひそめるサチ。ナイスアイデアと乗り気のテツオと、どっちつかずでケイタの顔色を伺うササマル。彼等を前に逡巡するケイタに、ヒョウは早くもこのパーティーに見切りをつけた。彼等は何も分かっていない、もう高校の仲良しグループのままでは、生きていけないという事を。
「パワーレベリングは勧められない、いや、絶対に忌避すべきだ」
ヒョウがそう口を開くと、ダッカーが目を剥いて食ってかかる。
「なんでだよ! プレイヤー全体のレベルが高くなれば、それだけ早くクリア出来て全員を解放出来るだろう! そんなに手柄を独り占めしたいのかよ! このビーター野郎! 」
「おい、止めないか」
「なんでだよケイタ! 俺達クライアントだぜ! なんでクライアントが下手にでなくちゃなんねえんだよ! 客の言う事を聞いて従うのが契約だろう!」
ケイタがダッカーを宥めて制止しようとするが、かえって火に油を注ぐ結果となり、その矛先はケイタにも向った。どうにも収拾がつかないなと判断したヒョウは、やれやれといった態度でため息をついた。
「二人共、いい加減になさい! 」
サチがたまらず二人叱りつけると、不承不承ダッカーは「ふん」と鼻を鳴らして引き下がった。ダッカーがかろうじて収まったのを見て、ヒョウはため息をついた後再び口を開いた。
「君達は階層を上がる度に何か感じた事、気づいた事は無かったのか? 」
ヒョウの問いかけに、温度差が有るも黒猫団メンバーは頭を捻る。
「フィールドモンスターが徐々に強くなる事以外、私には余裕が無くてわからなかった……、ごめんなさい」
サチがそう答えて頭を下げようとすると、ヒョウはそれを制して他のメンバーに振って確認する。
「それならそれで仕方ない事だから、別に謝らなくて大丈夫。他の皆は? 」
「んな事いちいち気にするかっての」
「いや、特に……、サチじゃないけど、俺達もレベル上げやれら生活を維持する事に追われ、気にする余裕が無かった。何か有るんですか? 」
悪態をつく様に答えるダッカーをひと睨みして、ケイタはそう答えると、ヒョウは頷いて正解を示す。
「実は階層毎に特殊効果に傾向があって、それを熟知する事が攻略、もしくはアインクラッドの安全な歩き方を学ぶ事につながるんだ。各階層毎にモンスターが手強くなるのは、ただレベルが上がっているからだけじゃない。デバフやトラップ、フィールド特性による様々なバッドステータス、その他にも色々な特殊状況がモンスターを強化して攻略、レベリングを難しいものにしている。だけど、逆に言えば、それらに対するセンサーを磨いておけば、突発的な事態にも落ち着いて対応出来るし、対処方法を学ぶ事が出来る。その場やその後の対応を容易にできるかできないかは、自分次第なんだ。そしてこれらの特殊効果の発生傾向は細かく細分すると五層で一回転、大まかに分けると……、二十五層で一段落するんじゃないかと俺達は予測している。だから強い仲間が出来たからと言って、安易に階層を飛ばしてパワーレベリングをすると、飛ばした階層の特殊効果の対処方法を知る事が出来ずに、上の階層に行って似たような効果に出くわした時に輪をかけて苦しむ結果になる。それが原因で攻略組から外れていった者もいるし、最悪命を落とした者もいるんだ。悪いことは言わない、先を急ぐならばこそ、地道な攻略とレベリングをすべきだと俺は思う」
自らの経験を語って聞かせたヒョウの言葉の重みと、一般プレイヤー達とは全く違う攻略プレイヤー達の着眼点に、ケイタは思わず後ずさり呻く。
「そんな見方が有ったなんて……、どうして攻略組の人達は……」
教えてくれないのか? そう言おうとしたケイタに先回りしてヒョウが答える。
「その程度の事くらい、自分で気が付けよ、って事さ」
「な……」
絶句するケイタに、ヒョウは現実を伝える。
「そのくらい自分で気付けない奴に、攻略組に来て欲しくないって事だな」
「……そ、そんな……。じゃあヒョウさんも」
「ああ、悪いが俺も同意見だ、攻略組だからね。俺達攻略組は排他的なんだ、どうしてだか分かるかい? 」
「……」
絶句して首を左右に振るケイタに、ヒョウは攻略組の現実を語る。
「この程度の事を気付けない人間に、甘い考えでノコノコやって来られるのは迷惑なんだ、命が懸かっているからね」
ヒョウは一層と十三層での出来事を思い出し、顔を顰めた。十三層の茶番はさておき、彼はキバオウやリンド達、多くの攻略組プレイヤーが英雄視するディアベルをそれほど高く評価してはいなかった。確かに一番乗りで迷宮区を突破してボス部屋を発見した手腕、ボス攻略戦をリードしてレイドをまとめ上げ、指揮した能力には目を見張るものが有る。しかし、ただそれだけなのだ。彼は最後で詰めを誤った、ボスの動きを最後まで見極める事をせずに、無謀なラストアタックを敢行した。迷いの全く無いその動きは、まるでもう大丈夫なのだと知っているかの様な動きだった。恐らくディアベルは元ベータテスターだったのだろう。だが、彼の確信は見事外れ、その結果自分の命を落とす事となった。彼の死は自分自身だけの問題にとどまらず、レイドを崩壊の危機に晒してしまったのだ。その罪は万死に値する。あの時あの場所にキリトとアスナがいなければ確実にレイドは崩壊し、攻略もここまで進んではいなかっただろう。ボス攻略は、一つ間違えると、取り返しのつかない大惨事となる。フィールド攻略で命が失われるのも痛ましい出来事だが、ボス攻略が失敗し、あまつさえ命が失われる結果は、一般プレイヤー達に与える負の影響は計り知れないものがある。ヒョウの目にはケイタがディアベルの劣化再生産版見えて仕方なかった。この際口が悪くとも、命が失われるよりはましである。
「君達はビーターを蔑んだよね、俺にはその感覚が分からない」
この言葉で、サチを除く黒猫団メンバーが目を剥いた、しかしヒョウはそんな事は意に介さず言葉を続ける。
「SAOがデスゲームと知れて、まず一番に大事な事は自分自身、もしくは自分と仲間の生存だろう? 彼はそれを忠実に行っただけだ、誰に非難される筋合いは無い」
「でも噂じゃビーター野郎はボス戦で、知ってる情報を黙っていて、レイドリーダーを見殺しにしたって言うじゃねーか!」
納得のいかないダッカーが叫ぶ、しかしヒョウは彼の言葉を鼻で嗤う。
「誰に聞いたのか知らないけど、そんな
「戯言だって!? 」
気色ばんで詰め寄るダッカーに、ヒョウはもう後戻り出来ない、どうせ嫌われるならとことん嫌われてやれと腹を括る。
「俺もあの場所にいたんだよ! お前の言うビーター野郎はレイドじゃ味噌っ滓扱いで、ボスの取り巻きの小物の相手しかさせて貰えなかったんだ! そんな扱いでも奴は腐らずに自分の役目を果たし、他の奴等が自分の事で手一杯の中、ボスのHPがラスト一本になったのを見て無謀に突っ込んで行ったディアベルに、奴はボスの武器変更とモーションチェンジから危険を察知して警告を飛ばしたんだ。それだけでも大したもんだ! だがソードスキルの入りっぱなに、ボスのソードスキルの連撃を食らってディアベルは死んだ、誰のせいでもない、ディアベル自身の自業自得だ。ディアベルの死はディアベル個人の問題じゃあ無い、そのせいで士気が崩壊してレイドは全滅しかかったんだ、迷惑な話さ。そしてその全滅しかかったレイドを救ったのもお前の蔑むビーター野郎さ」
ヒョウは一旦言葉を区切り、威圧的な視線でダッカーの目を射抜く。ヒョウの視線に射竦められた様に、ダッカーはよろよろと後ずさる。
「お前の言うビーター野郎は、あの時あの場所で自分にしか出来ない事を出来る限りやったんだ! だから俺は今こうして生きている、ビーター野郎がいなければ、攻略はここまで進んではいないだろう! アイツはSAOがクリア出来るんだと、俺達に希望をもたらしてくれたんだ! 自分の思い通りにならなきゃ、不平不満を漏らして喚き散らす何処かのバカ者とは、覚悟が違うんだよ! 覚悟が! それなのにベータテストに漏れたやっかみと、活躍してヒーローになるつもりのアテの外れた馬鹿野郎が、妬んで貶めやがった! 」
ヒョウは一層ボス攻略後のキバオウの振る舞いと、それに便乗した無責任なプレイヤー達の言動が脳裏をよぎり、唇を歪め奥歯を噛み締める。幽鬼の様なその姿に、ダッカーは黒猫団メンバーの中央で尻餅をついてしまった。
「あの連中はまだいい、曲がりなりにもあの場所にいたんだから。やっかみや妬み、俺にしたって聖人君子じゃ無い、人間なんだからそんな感情だって理解できなくもないさ、でもな」
ヒョウはそういうとダッカーに向かい、刀の鯉口を切る。
「でもな、何も知らない奴が、愚にもつかない与太話を確かめもせず、頭から信じて決めつけて、アイツを貶めるのだけは許さねぇ!」
蒼白となる黒猫団メンバーには目もくれず、ヒョウはダッカーに向かって抜き打ちの一閃を放つ。
「ひぃええぃ」
頭を抱え、間抜けな悲鳴を上げてうずくまるダッカーの頭上を、ヒョウの剣閃が煌めく
「ブモォオオオオオ。」
鞘走り放たれた刃は、黒猫団メンバーの背後で狙っていたサラマンダー系のモンスターを瞬時に斬り裂いた。納刀の鍔鳴りの音と共に我に帰ったダッカーは、さっきまでモンスターだったポリゴン片のシャワーの中を這いずって、ケイタの足元に縋り付く。
「その様子じゃ、今日はもうレベリングは無理だな。今日はこれでお開きにする、明日はもう少しナンバの動きを突き詰めて見ようか。それじゃ、気をつけて」
そう言い残すとヒョウは踵を返し、ツウの待つ四層の家へと向かうのだった。
明日彼等は来るだろうか?
そんな想いを胸に秘めて。
翌日待ち合わせ場所にやって来たのは、ケイタとサチの二人だけだった。ケイタは慇懃ではあるが、やや影を含んだ感で、そしてサチは心から済まなそうに三人の欠席を詫びた。そんな二人に、まあ、良いさと片手を上げ、ヒョウはフィールドではなく、四層の自宅の島へ二人を連れて来た。
昨日の今日で、二人も身が入らないだろう。今日はケイタが言っていた、攻略組プレイヤーから見て黒猫団には何が足りないのか、飛躍する為には何をすべきか、について感じた事をじっくりと話そう。そう言って彼は自宅の居間ではなく、保育園に設えた子供達の遊び場へと二人を誘った。
「あっ!ヒョウ兄ちゃんだ! 」
入室してきた三人に気づいた一人の子供が声をあげると、子供達は一斉に笑顔を向けて駆け寄った。
「ヒョウ兄ちゃん、今日はお仕事無いの? 」
「本当! じゃあ一緒に遊ぼうよ! サッカーやろう! 」
「えー、ドッジボールにしようぜ! 」
「男の子ばっかり狡ーい、ねえヒョウ兄ちゃん、私達とゴム飛びしましょう。」
「おおい、みんな待ってくれ、いっぺんには無理だよ」
子供達に取り囲まれ、もみくちゃにされるヒョウの許に、救いの女神が降臨する。
「ほらほらみんな、お客さんの前でお行儀が悪いぞ。お行儀の悪い子は、今日のおやつは抜きにしちゃうぞ~」
ツウが悪戯っぽくたしなめると、子供達は口々にケイタとサチに「いらっしゃい」と来客への挨拶を始めた。その様子を目を細めて見守るヒョウとツウ。
「ようこそ、夕鶴保育園へ、歓迎するわ。ゆっくりして行って下さいね」
ツウがケイタとサチに歓迎の挨拶をすると、二人は「いえ、どうも」「お邪魔します」と恐縮して頭を下げた。
「お兄ちゃん、お客さんと大事なお仕事のお話しをするんだ、終わったら遊んであげるから、今はツウ姉ちゃんの言う事を聞いて、いい子で遊んでいてくれよ」
「みんな、良かったわね、ヒョウ兄ちゃん、後で遊んでくれるって。それまで我慢してみんなで遊んでね」
ヒョウとツウが子供達に向かってそう声をかけると、子供達は口々に「はーい」「絶対だよ」と言ってから、蜘蛛の子を散らすように駆け出した、しかし
「どうしたの? 」
一人の女の子がサチの手を握って見上げ、動こうとしない。サチは笑顔でしゃがみこみ、女の子の目を覗き込む。
「お姉ちゃん、誰? 」
「私? 私はね、サチっていうんだよ、あなたはだあれ? 」
「あたし茉莉子……じゃなかった、ジャスミンよ」
思わず本当の名前を口に出し、慌ててプレイヤーネームに言い直した女の子に、サチの胸の内にSAOに囚われて以来、忘れていた感情がこみ上げる。
サチはジャスミンに、慈愛のこもった笑顔を向ける。
「はじめまして、ジャスミン。よかったら、お姉ちゃんと一緒に遊ぼうか? みんなの仲間に入れてくれる? 」
「うん、いいよ」
「良かったね、ジャスミン。ありがとうサチさん、助かるわ」
暖かい
自分に嬉しそうな笑顔を向けるジャスミンとツウに、サチの胸は潰れそうなくらい、暖かい気持ちに満たされていく。どうしようもなく矛盾した気持ちに涙が溢れそうになったサチは、涙を堪えるために殊更明るい口調で振り返らずにケイタに告げた。
「私、行ってくるね。いいでしょう、ケイタ」
「ああ、それがいい」
ケイタは快諾し、ヒョウと二人でその背中を見送る。
「あの子達は……? 」
ケイタは何故沢山の子供達がヒョウの自宅にいるのか、その疑問を口にする。
「親と一緒にSAOにログインした子供達さ」
ヒョウがその疑問に答えるが、ケイタにとって満足のいく回答では無かったのか、それとも新たに湧いた疑問なのか、更に疑念を口にする。
「どうして」
ヒョウはケイタの疑問に敢えて直接答えず、はぐらかす様に遠回りに答えを伸ばす。
「いくら何でも子連れでフィールドに出る訳にはいかないだろう」
ケイタは子供達の遊ぶ姿を、自分達には向けてくれなかった優しい表情で見守るヒョウの横顔を見た。
「フィールドに出ないとコルも稼げないし、レベルも上がらない、でも子連れじゃそれもままならない。子連れプレイヤー達はそんな矛盾を抱えたまま、解決策が無く貧困に喘いでいたんだ」
「そんな……」
ヒョウの惚ける様な回答に、些か焦れていたケイタだったが、その内容が予想を越えてハードな内容であったために絶句する。
「でもこれが現実なんだ、彼等はそんな現実を打破する為に、MTDと協力して定期的にコル稼ぎとレベリングをしているんだけど、効果は思わしくないらしい、先日はそれで犠牲者が出た、ジャスミンの母親もその一人さ」
ヒョウは現実という言葉を殊更強調して答えると、ケイタは実にやりきれないといった表情で俯いて首を振る
「そんな……酷い」
「ああ、酷い話さ。でもそれがこのSAOの現実なんだ。だからツウはその現実に戦いを挑んだのさ」
「戦いを? 」
「ああ、ツウは言ったんだ。きっと茅場晶彦は、全プレイヤーが血眼になって攻略に挑むに違いない、そう思っているのよ。だから私はこのアインクラッドの中で、現実世界とおんなじ日常を作ってやるんだ! って」
そう言って、ヒョウは軽く思い出し笑いを浮かべた。ヒョウの真意を掴めずに、ケイタは首を傾げながら話の続きを聞く。
「そうして、このアインクラッドの中で、のほほんと暮らせる環境を作ってやるんだ! 全プレイヤーが攻略なんてそっちのけで、現実世界と変わらない日常を送りながら、外からの救出を待つ様になれば、茅場のアテが外れて私達の勝ちよ。その手始めに、子連れプレイヤー達が安心してフィールドに通勤出来るよう、保育園を作るんだ! そう宣言して始めたのがここ。ジャスミンの様に、親を喪った子供達も引き取って育てているんだけど、孤児院としないのは暗くなるから。現実世界に帰還した時、万に一つでも親御さんの生存を願っての事なんだ」
「立派な考えだと思います」
ヒョウは感動した面持ちでそう口にしたケイタに椅子を勧め、自分も深く腰掛けた。ヒョウはこれから話すべき事の核心へとケイタを誘導出来たと手応えを感じ、彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「立派かどうかはさて置いて、最前線でボスと戦うだけが、SAOでの戦いじゃ無いって事さ」
「それは……どういう」
ヒョウの真意に気づいたケイタは、抗議の視線をヒョウに返す。ヒョウその視線にこもった抗議に対し、ゆっくりとした口調で丁寧に答えていく。
「それぞれが、その実力と覚悟の中で、地に足をつけて生き抜く事が戦いなんだ。そうして生きてナーヴギアを自分の手で外す事が、このゲームをクリアして勝つ事なのさ」
「つまり、それは、僕達には前線で戦う実力も覚悟も無い、そういう事ですか! 」
思わず声を荒らげて立ち上がったケイタに、子供達の怯えた視線が集中する。その視線に気づいたケイタは、バツの悪そうな表情を浮かべ、腰掛け直す。
「確かに僕達は、今は弱小ギルドだけど、これからレベルを上げていけば……」
「ボス攻略はレベルだけがファクターじゃ無いんだ。フロアボスは、フィールドモンスターとは根本的に違う」
早口でまくし立てる様に抗議するケイタの言葉を遮るヒョウの一言は、経験した者にしか語れない重みが有った。その重みを感じたケイタは、屈する様に頭を抱え、椅子に沈み込む。
「そんな、僕達だって、いつかは守られる側から、守る側になるんだって、そう思ってやってきたのに」
「その守る守られるという考えは捨てた方がいい、だいたい攻略組には守っているという感覚が無い」
「何が……僕達には何が足りないんですか」
絞り出す様にそう呻くケイタに、ヒョウは前日までの二日で感じた事を全て話す。一見考えている様で、実は安直過ぎるサチの武装転向計画。我儘を言い散らかすだけで、建設的な意見を持たないダッカー達。月夜の黒猫団は、仲良しグループとしては理想的ではあっても、攻略ギルドとしては最悪の環境である事。何故なら他のメンバー達は、今後の明確なビジョンを持てないからケイタの考えに乗っているだけであり、ケイタにしてもリーダーが出来ているのは、優れたリーダーシップが有るからでは無く、他の誰もがその地位を望んでいない事と、彼等にとってケイタがただ我儘を言い易い人間だからである。
全否定と言えるヒョウの言葉を、ケイタは肩を震わせながら聞いていた。そんなケイタに、ヒョウはそれでも攻略組に参加したいのならと、ある提案をした。
「陣容を増やしたいと考えている中堅の攻略ギルドと合流する事だ。勿論ケイタはギルマスのままとはいかないし、全員が最前線に立てる筈は無いけど、攻略の現実を知るにはむしろその方がいい」
「!! 」
ヒョウのその提案に、ケイタは頭をハンマーで殴られた様な衝撃を受けた。
「俺のツテでいい所が有る、風林火山というギルドで、攻略組の中では今一番勢いの有るギルドだ。リーダーはクラインといって一見気のいいあんちゃんだけど、面倒見の良いしっかりした大人だ。そういう大人の下で、地に足を着けて……」
「もういい!! 」
ケイタは両手を目の前のテーブルに叩きつけ、ヒョウの言葉を遮った。ケイタはヒョウとツウ、そして子供達の驚きの視線に構う事無く立ち上がると、戸惑うサチに大股で歩み寄り、彼女の手首を乱暴に掴む。
「帰るぞ、サチ! 俺達はここに来るべきでは無かった」
「えっ!? ちょっと待って、ケイタ!」
サチの抗議の声に耳を貸す事無く、ケイタは彼女を引きずる様に引っ張って出口へと向かう。
「ヒョウさん、あなたの言葉は今まで最前線で戦ってきた人間の重みが有る、恐らくそれで正しいんでしょう。でも! 」
ケイタは出口のドアノブを握ると、怒りに耐える口調でそこまで言うと、一旦言葉を区切ってヒョウに挑む様な視線を向ける。
「でも、俺達にも意地が有るんです。あなたの言葉を、はいそうですかと聞き入れる訳にはいかない」
そう言い残し、ケイタはサチを連れてヒョウの目の前から去って行った。道すがらケイタの心は、ヒョウ一人に出来た事が俺達に出来ない筈が無い、そう敵愾心に燃えていた。
ケイタも分かっていたのである、自分の言葉が青臭い理想論である事を。であるが故に、彼が欲しかったのは、たった一つでもいいから、賛同と共感で有った。しかしそれを求めるには、ヒョウは攻略慣れし過ぎており、リアリストであった。そして、若かった。若いが故の全否定であり、それをした根底にあるものは、先日のサーキーによるMPK事件である。ヒョウはこの先誰にも死んで欲しくない、残された者の悲しみを誰にも味あわせたくないとの思いからの全否定だった。不幸なタイミングで出会った二人は、実に不幸な形で別れる結果になってしまった。
後味の悪い一夜が明け、それでもヒョウは眩しい朝日で強引に気分転換をすると、子供達を迎えにゴンドラを漕ぐ。そして着いた船着き場で、信じられない人間に声をかけられた。
「ヒョウさん」
驚いて目を見張るヒョウに、えへへと笑ってその人物はゴンドラに乗り込んで来た。
「来ちゃった」
「サチさん……」
「他のギルドの友達と出かけるって、ケイタ達にウソついて来たの。見つかったらマズいから、早く出してね」
「あ、ああ……」
悪戯っぽく舌を出してサチがそう言うと、ヒョウは我に帰ってゴンドラを漕ぎ出した。保育園への水路、サチは昨日のケイタの態度と、契約は一週間だったのにたった三日で破棄してしまった事について謝罪した。ヒョウは自分達の今後の事を思って、厳しい意見をしてくれたのに、みんなの心は未だに部室でパソコンのディスプレイの前にいた時のままなのだと、サチは愚痴る様にこぼした。
「でも、本当はみんな悪い人間じゃないの、だから許してやって下さい。契約破棄の穴埋めにはならないかも知れないけど、せめてもの罪滅ぼしに後四日、私に保育園の手伝いをさせて下さい」
そんなサチの言葉を最後まで聞いたヒョウは、契約破棄の旨は、締結時にちゃんと破棄する場合の条件を考え、提示していなかった自分も甘いので不問にする事と、保育園の手伝いは大歓迎するとサチに伝えた。
サチはヒョウの気遣いに感謝の笑顔を向け、その後一瞬だけ寂しげな瞳を水面に向けた。
「あら、サチさん、来てくれたの、嬉しいわ」
ゴンドラ船が島に到着し、子供達に続いて一番最後に降りたサチを見つけ、ツウは笑顔で歓迎する。そして
「サチお姉ちゃん」
ジャスミンが大きな声でサチを呼び、駆け寄って来た。
「ジャスミン」
「サチお姉ちゃん、どうして昨日は途中で帰ったの? 今日は途中で帰っちゃ嫌だよ」
「ごめんなさい、ええ、最後まで一緒にいるわ。だから、また一緒に遊んでくれる?」
「うん」
そうしてサチは約束通り四日間毎日保育園にやって来て、ツウの手伝いをして子供達の世話をした。彼女はこの四日間で、料理スキルを始めとする、生活スキルを多数ゲットしていき、ツウや子供達と喜びを分かち合っていた。この四日間はサチにとってSAOに囚われて以来、初めて訪れた心から安らげる日々であった。しかし、楽しい日々にも、別れを告げる時がやって来た。四日目の夕方、寂しそうな笑顔で別れを告げるサチに、ヒョウとツウが声をかける。
「彼等の事は気にせずに、ずっと居てくれると有難いんだが……」
「ありがとう、またいつでも来てね」
サチはヒョウの言葉には首を左右に振り、ツウの申し出には笑顔で頷いた。
「本当にありがとう、機会があったら是非また」
サチはそう言って頭を下げると、チャーターしたNPCのゴンドラ船に乗り込んで去って行った。
「いい人だったわね」
「ああ、無事にゲームクリアして欲しいな」
ゴンドラ船を見送りながら、しみじみとそう語るヒョウの脇腹を、ツウが肘で小突く。
「それはタケちゃん次第よ、想いを背負ったんだから、頑張って攻略してね」
「分かってるって、コヅ姉……、あれ? 」
ヒョウはツウの脇腹攻撃を避けながら身をよじると同時に、新規スキルゲットを知らせる点滅が視界に発生した。
何のスキルだろう?
メニューウインドウを開いたヒョウは、意外なそのスキル名に素っ頓狂な声をあげる。
「なんだこりゃ!? 保父スキルだって!? 」
「あら、タケちゃんもゲットしたんだ。私も有るのよ、保母スキル」
「なんか……、別の意味で侮れないな……、ソードアート・オンライン」
「さて、晩御飯の仕度しなくちゃ、今日はカレーよ」
「カレーか、やった! 」
腕を絡め合い、手を繋ぐ二人が自宅へと向かい、踊るようなステップで足を進めた時、ゴンドラ船上ではサチが寂しそうな笑顔でメニューウインドウを見つめていた。彼女はここ四日間の出来事を、一つ一つ胸の内で反芻していた。彼女は保育園に来る度に、ヒョウとツウから四日間とは言わず、ずっといてほしいと誘われていたのだ。それは二人からだけではない、子供達からもサチはもう保育園の一員なんだと認識され、それが無言の誘いとなってサチの心を激しく揺さぶっていた、しかし……
「でも、私の居場所は……、あそこだから……」
ヒョウさん、ツウさん、ジャスミン、みんなから貰った温かさ、私は絶対に忘れない……
ありがとう。
ごめんなさい。
サチは涙を浮かべ、メニューウインドウを操作した。
保母スキルをGETしました
装備しますか?
yes
no <
次回、第十五話 二十五層事件