ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十五話 二十五層事件①

 物事には節目という物が有る。

 

 学校ならば学期、暦ならば元旦、季節という様に、一つの大きな塊を細分し、細分した物をある大きさに一括りして統括する。そうしてその一括り毎に目標を立て、その時節事にやる事を変える、そういう文化を我々人間社会は持っている。

 日本ではこの節の分かれ目には、子供の成長や新年を祝い、お節料理を食べながら前節の疲れを癒し、新しい節に向かって新たな目標を立て英気を養い、心機一転する風習が有る。

 とはいえこうして楽しい一時を過ごす前には、必ず大きな厄介事がイベントとして用意されているのも諸行無常浮世の常である。それは軽いものは年末大掃除、厳しい物になると学生さんお馴染みの期末テストや、会社になると決算という物を退治しなければ、ゆるゆるダラダラ節の分かれ目を過ごす事はできない。つまり人によって違いは有るが、節を分ける直前には、必ずと言って良いほど頭の痛い問題が待ち受けているものだ。

 

 さて、ここアインクラッドでも、現在その大きな節目と呼べる時期に差し掛かっていた。百層から成るアインクラッドは、大まかに分けると十層単位で分ける事が出来るが、もう一つ二十五という単位で四つに分ける事も可能である。そんな訳で二十五層の攻略には相当の困難が予想されていた。

 その困難に立ち向かう、攻略組と呼ばれる様になりつつあるトッププレイヤー達の間では、激震と言って差し支えない、寝耳に水の再編劇が起こっていた。

 

 アインクラッド解放隊と、ドラゴンナイツの合併である。

 

 時には犬猿の仲、時には利害一致で馴れ合う微妙な距離感にあるこの二つのギルドは、同じ父親から生まれ双子の兄弟と言える存在である。

 

 父親の名前はディアベル。

 

 彼等はその爽やかな容姿と弁舌で、記念すべき第一層のボス攻略戦をリードし、殉じたディアベルを英雄視し、我こそはその遺志を継がんと立ち上がった組織である。さらに彼等はボス攻略戦終盤で、英雄ディアベルを見殺しにしたキリトに対し(実際は違うのだが)反ビーターという態度を貫いていた。

 

 そんなに発足理由と思想的な立ち位置が同じなら、何で別組織として成立してしまったのかというと、それはそれぞれのリーダーの人間性であろう。

 

 ドラゴンナイツのリーダーリンドは、古くからディアベルのパーティー仲間であり、盟友であった。そんな彼を中心に、ディアベルの旧仲間達が彼の遺志を継ぎ、正統継承者としてギルドを旗揚げするのは自然な流れであろう。

 そしてもう一方のアインクラッド解放隊は、キバオウを中心に旗揚げされたギルドである。彼等は第一層ボス攻略会議にてディアベルの人柄に触れ、彼の同志としてアインクラッド解放を誓った者達であった。特にボス攻略戦前夜の壮行会において、キバオウは義兄弟の契りを交わしたと自覚しており、自分自身がディアベルの継承者として相応しい、リンドごときの下につけるか! と、鼻息荒く残りの第一層攻略メンバーを糾合して結成された経緯を持つ。

 そんな訳で、結成以来この二つのギルドは、攻略の主導権を巡り、分かりやすい近親憎悪の暗闘を繰り広げ、勢力拡大に勤しんでいたのだが、ギルドの規模に反し、輝かしい戦果という物をついぞあげた事が無かった。流石に人海戦術で迷宮区を突破し、ボス部屋に至る道程を発見する率はダントツなのだが、肝心のボス攻略での戦果はキバオウ、リンド共に歯軋りする結果となっていた。ボス戦MVP、ラストアタック、共に二大ギルド構成者からは、一人として獲得者はいなかった。まずMVPはヒョウ、キリト、アスナの三人がほぼ独占しており、ラストアタックに至っては、キリトとヒョウ以外のプレイヤーが取った事は一度も無かった。

 この結果に業を煮やしたキバオウとリンドは、大ギルドのメンツにかけて、今回は必ずMVPもしくはラストアタックを取る様にと、ボス戦前には毎回ギルドメンバーに発破をかけていた。しかしそんなキバオウとリンドを嘲笑うかの様に、あの憎き三人組がMVPもラストアタックも掠めとって行った。

 臍を噛む二人に、二十層を過ぎた辺りから、更に看過出来ない事態が発生する。小規模ギルドと侮っていた、クライン率いる風林火山が迷宮区を突破し、初めてボス攻略会議の音頭を取ったのである。加えて二十一層からボス攻略レイドに参加し始めた新人、ヒースクリフが三人組に迫る活躍を見せ、三人以外では初となるMVPを獲得したのだ。キバオウとリンドは目の色を変え、この新人を自分のギルドに引き込むための工作を開始するも

 

「残念だが僕はもうギルドを作る準備をしているんだ、済まないね」

 

 と、けんもほろろに袖にされ、挙句次の二十二層でヒースクリフはギルド『血盟騎士団』を率い迷宮区を突破、ボス攻略レイドをリードして二大ギルドの存在感は益々薄いものとなっていった。

 

 事ここに及び、後の無くなった二大ギルドのリーダーは、今後の攻略の主導権を維持する為に、過去の恩讐を乗り越えて手を握る事を決めたのであった。

 こうして最大ギルド『アインクラッド解放軍』が結成されたのだが、だからと言って、はいそうですかと全てが丸く収まる筈など、あの二人の間で有り得る話ではなかった。

 合流交渉において、ギルド名をどうするかで揉めに揉め、名は体を表すとキバオウが『アインクラッド解放軍』を押し切り、吸収合併では無いと内外に表明する為に初代ギルドマスターはリンドとなり表面上は一枚岩の様相を呈していたが、そこはそれこの二人である。

 水面下での主導権の争いが激烈を極め、ギルド合流前から既にキバオウ派リンド派で争い合う始末。空中分解必至のスタートに、内心忸怩たる想いに憤懣やるかたないメンバーも存在していた。彼等は共にディアベルを知らない世代で、必死にレベリングを進めてトップランナーとなり、トップギルドたる二大ギルドの門をくぐった者達である。ゲームをクリアする為に必死で研鑽を重ね、念願のトップギルド加入を果たしたものの、外から見るのと内から見るのは大違いだという事を彼等は直ぐに思い知る。憧れを持って見ていたトップギルド、その幹部構成員及びギルドマスターが、あまりにも『俗物』だったのだ。彼等はトップギルドとして攻略の先頭に立っている事で高慢になり、権威主義に陥っていたのだ。一般プレイヤー達を見下し、末端構成員を奴隷の様に顎でこき使い、時には手柄を奪い取ってさえ行く。それを恥じるどころか当然であるとする彼等の行動は、新規構成員を失望させるに充分過ぎる物であった。

 そんな彼等を更なる失望の淵に追いやったのが、この野合とも言える合併劇である。彼等は内部闘争に明け暮れるキバオウ派リンド派の目を盗み、分離独立の機を伺っていた。彼等が盟主に担ぎ上げたのは、結成の理念を忘れ、権威化していく仲間達に失望した古参の平構成員だった。彼は堕落していく仲間を諌めるうちに疎とんぜられ、幹部連から外され冷や飯食いを強いられていた男である。

 男は自分を担ぎ上げた面々に対し、自分は同志になるのは吝かではないが、盟主の器では無いので辞退する、そう宣言して代わりに他の人物を推したのだった。

 彼が推した人物は外部の人間で、現在アインクラッドで最強の呼び声高い三人の内の一人、そのうちのビーター色の最も薄いヒョウであった……

 

 

「だからさぁ、俺はギルドは入るつもりも、作るつもりも無いんだけどさぁ、何回言ったら分かってくれるのかなぁ」

 

 二十層を過ぎ、またぞろ加熱化したギルド加入要請に辟易として、ヒョウは投げ遣りな口調でそっぽを向く。彼はこの日、血盟騎士団、風林火山を始めとする多数の攻略ギルドからの熱烈な勧誘を受け、締めにアインクラッド解放軍内部分裂派の内密かつ水面下勧誘交渉団を相手にしていた。前述の二つのギルドは「来ない? 」「ゴメン」「気が向いたら来てね、いつでも歓迎するよ」「悪いね、無駄足踏ませて」「こっちこそ、時間取らせて悪かったね。じゃあ次のボス戦で」「うん、次のボス戦で」と、乗ってくれたら儲けものというスタンスで、と言うか本音はツウのメシが主目的といった感じの訪問だったが、内部分裂派は違った。

 彼等は如何にも『密会』という感じで酒場の一室にヒョウを呼び出し、ギルドマスターの座を用意して交渉に臨んでいたが、巨大ギルドのリーダーの座などヒョウにとって傍迷惑なだけであり、全く魅力的な条件では無かった。

 

「ギルド内の地位なんて興味ないから、何を積まれようと誠意を見せれられようと嫌。無理なものは無理、ダメなものはダメ。これ以上の交渉はお互いに時間の無駄、はい、お開き! 」

 

 執拗に食い下がり、粘る内部分裂派にヒョウはそう言って強引に話を終わらせ、逃げる様に立ち去っていった。その背中を、内部分裂派の一同は憎々しげな瞳で見送るのだった。

 

「ガキの分際で、我等が下手に出ているのをいい事に生意気な! 」

「ああ、あんな小僧、こっちから願い下げだ! 」

 

 ヒョウの都合もお構い無しに、押し掛け連れ出し三顧の礼を断られ、解放軍内部分裂派は筋違いに憤る

 

「まぁ、あの三人が生意気なのは今に始まった事じゃない」

 

 提示した条件をことごとく跳ね除けられ、目尻を痙攣させながら、一人の男が自らを落ち着かせる様に静かに言った。

 

「だが、このままでは俺たちのメンツが」

「だから、ここで何を言っても始まらない」

「と、言うと?」

「次のボス攻略、目に物見せてやる」

 

 含み笑いをしながら、意趣返しをする事を決意していた。

 

 

 各人それぞれ水面下に隠した思惑はどうあれ、節目のクオーターラウンド、第二十五層の攻略は各陣営気合いを入れ、時には協力し時には出し抜き、ヒースクリフ率いる血盟騎士団が迷宮区を突破し、ボス部屋へと至った。その原動力となったのが……

 

 二十五層ボス攻略会議に選ばれた場所は、迷宮区に面した街の大規模な教会だった。この回の攻略会議は、迷宮区を突破した血盟騎士団の主導で行われ、登壇したヒースクリフ率いる血盟騎士団幹部のメンバーを見た攻略組メンバーは、度肝を抜かれた。ある者は腰を抜かし、ある者は嘆き悲しみ、悲哀こもごもの表情を浮かべ、その幹部の凛とした顔を見つめていた。

 

「御来場の皆さん、今回は我が血盟騎士団の呼びかけに応え、お集まりいただいた事に深く感謝します。では、これより第二十五層攻略会議を開催致します。アスナ君」

「はい、団長。では、ここから先は私、血盟騎士団副団長、アスナが務めさせて頂きます……」

 

 そう言って壇上から会議を仕切り始めたアスナを、キリト、クライン、エギルの三人は、ポカンと口を開けて見つめていた。そしてその隣では、予めこの事を知っていたヒョウが、知らん顔の半兵衛を決め込んで口笛を吹いていた。

 

 

 

 

 

「ちょっとヒョウ君、ツウ、聞いてよ! キリト君ったらひどいのよ!! 」

 

 そう言ってアスナが二人の元に駆け込んで来るのは、この四人が知り合った時から少なくとも週に一度のお約束イベントだった。攻略やクエストの戦闘にかけては無類の強さを誇り、安心して背中を任せられる程に頼り甲斐のあるキリトだったが、ことそれ以外の事に関してはマイペースが度が過ぎ、アスナの逆鱗に触れる事がしばしあった。

 ヒョウとツウが保育園を経営し始めてから、その頻度は右肩上がりに伸びている。とはいえアスナにしても、本当にキリトに愛想をつかせ始めているのではない。殺伐とした攻略のストレスをキリトほど上手に解消できない彼女は、保育園の子供達とヒョウとツウの家庭的な雰囲気に無意識のうちに癒しを求め、訪問する理由を体良くでっち上げていたのである。そうして心ゆくまで子供達と遊び、ツウ一緒に、時にはアルゴも交えてガールズトークや主街区でショッピングや食べ歩きを堪能し、溜まったストレスを発散して帰って行くのがパターンだった。そんなアスナがヒースクリフと直接の知己を得たのは、二十二層を突破して二十三層をアクティベートした時である。

 ヒョウ、キリト、アスナ、そしてヒースクリフで二十三層のアクティベートに向かったのだが、このアクティベート自体が罠という手の込んだ……、とう言うか悪趣味な、アスナ曰く製作者の神経を疑う仕様となっていた。なんとか切り抜けてアクティベートを済ました後、ヒースクリフがキリトとアスナを絶賛したのが交流を持つ事になったきっかけである。

 

 始めはヒョウの知己の『近寄り難い人』というのが、アスナのヒースクリフ評だった。しかしその後ヒョウを交えて何度かクエストや攻略を繰り返すうち、近寄り難い人というイメージは消えていった。アスナはヒースクリフの持つ天然の『可笑しみ』を発見し、彼の内面に現実世界の兄の面影を感じたのである。

 テストで満点を取っても、発表会で金賞を得ても、それが当然当たり前、この程度満足する様では先が見えていると取り付く島もない母親から陰日向にアスナを守り、凄い凄いと褒めてくれた兄。成績優秀で完璧超人に見える一方、どこかしら大きく抜けた所があり、放っておけないお茶目な兄。本来ならば、自分ではなくナーヴギアを被っていたであろう兄。いつしかアスナは、現実世界の兄に重ねてヒースクリフを見る様になっていた。

 しかしながら、それはそれこれはこれで、アスナも新しい知己ができたとはいえ、決して古くからの付き合いを疎かにする事なく、これまで通り基本キリトのパートナーとして活動していた。

 そんな相関関係にズレが生じたのは二十三層のボス攻略直面の出来事である。迷宮区の踏破を目指し活動するキリトとアスナのペアは、ボス情報に関わる重大クエストを発見し、安全マージン確保の為にヒョウを助っ人に呼び寄せた。クエストはつつがなく終了し、ボス情報を得た上に、レベルも上昇した三人は、そのままヒョウの家に直行し、晩餐を開く事となった。

 ツウとアスナは暗黙の内に『料理スキル対決ダービー』を始め、気合いの入った料理の数々に舌鼓を打った後、食後のお茶と語らいの中で、ヒョウとツウの間でちょっとした事から口論が始まった。内容は他愛の無い、第三者の目には「ご馳走様」的なじゃれ合いの様な物だったが、次第にツウはエスカレートしていく。笑いながらツウを宥めるアスナとキリトを尻目に、プンスカむくれたツウはヒョウに可愛い捨て台詞を残して寝室にこもってしまった。この時発したツウの捨て台詞は、キリトとアスナの心に核爆弾級の衝撃をもたらした。その内容は……

 

「もう! タケちゃんなんて大嫌い! もう御飯も作ってあげない!エッチな事もしてあげない! させてあげない! 」

 

 この言葉を聞いて、思春期真っ盛りのキリトとアスナは激しく動揺する。

 

「ちょっとツウの様子を見てくるわね! 」

 

 林檎の様に顔を赤らめて、アスナが逃げる様にツウの後を追う、居間に取り残され、気まずい雰囲気の中、キリトがヒョウに探る様に聞く。

 

「お前ら……、やっぱり……、その……? 」

「まぁ、人並みには……」

「……人並みね、はは……、人並みか……」

「……で、そっちは? 」

「……そっちって……? ええっ!! 」

「あれ? 結婚するんじゃないの? 」

「けっ……結婚!! 」

 

 寝室にツウを追って入ったアスナも、ドギマギしながらもツウに質問すると、始めは気恥しさでおずおずと、次第に嬉し恥ずかしで異様なハイテンションとなり、ルンルンキャッキャで答えるツウ。

 

「……でね、でね、タケちゃんったら、可愛いのよ!! 夕べもね……。ちょっと、アスナ、聞いてる!? 」

「はいはい、聞いてます……」

 

 つい先程の不機嫌顔もどこ吹く風で惚気けまくるツウの話半分に

 

 そういえば二人はこのベッドを使ってるのよね……

 

 ふとそう思って再び赤面するアスナに、ツウが屈託の無い瞳で聞く。

 

「……で、そっちはどうなの? もう結婚するんでしょう!? 」

「はいいぃぃぃぃ!? 」

 

 こうして図らずも自分達が周りからどのような目で見られているか知ったキリトとアスナは、急速にお互いを異性として過剰に意識し始め、ギクシャクしていく。この事は攻略においても悪影響を及ぼす事となる。阿吽の呼吸で紡がれたコンビネーションがすっかり影を潜め、初心者レベルの連係も取れなくなっていったのだ。そうしてお互いがお互いに気を遣い、次第に疎遠になってしまい、自然消滅の様にコンビを解消してしまった。

 ただ、決してお互いを嫌いになった訳ではなく、ツウ、ヒョウを通じて互いの安否を気遣い合い、ボス攻略の席でも普通に挨拶を交わし合う(少なくとも本人達はそう思っている)関係を保っていた。しかし、ヒョウとツウを介在する事が互いを異性として過剰な意識を持つ事を加速させていく、それを自覚した二人は次第にヒョウ達とも疎遠になっていく事になる。結果すれ違う二人の心は溝こそ出来なかったが、間に性別という大きな壁が立ちはだかる事になってしまった。

 かくしてキリトはソロプレイヤーに戻り、ヒョウも保育園経営資金の為の護衛業に忙しくなり、三人は攻略会議の席でしか顔を合わせなくなっていった。三人の中で一番孤独感に苛まされていたのはアスナである、彼女をSAOの絶望から救ったのはキリトである事は紛れもない事実だった。アスナは無意識のうちに戦闘スキルの取捨選択を、キリトがどう動くかを念頭において構築しており、離れて更めて思い知ったのだ、キリトは紛れもなく自分の半身に等しい存在だったのだと。

 キリトと出会い、ヒョウやツウと知り合って後、百層クリアするまでこんな日常が続くと漫然とこれまで思っていたアスナは、耐え難い喪失感を深く味わっていた。

 そんな孤独感を紛らわす為、アスナが求めたのは、現実世界の兄を思わせるヒースクリフだった。どうしようもない不安に襲われた彼女が、父性に近いものを求めるのは無理からぬ事だった。ヒースクリフと攻略を続けるうち、彼の思想に傾倒していくのも仕方ない事である。

 

「誰か信用できる人を見つけたら、ギルドに入るのが君の為だ」

 

 キリトからそう聞かされていたアスナが、血盟騎士団に加入するのは当然の流れであった。

 

 ギルド加入の前に、ひょっこり保育園にやって来たアスナから、その報告を聞いたツウは彼女の門出を祝う為、腕によりをかけてアスナの為の制服を縫ってプレゼントしていた。彼女は今その制服に身を包み、凛とした表情で壇上に立っている、その姿をキリトは眩しげに見上げていた。

 

「そう、君はそれで良いんだ……」

 

 心の中でそう呟いたキリトの横顔は、どこか寂しそうでもあった。

 

 キリトの心情を置き去りにして攻略会議は進んでいく、決定したレイドの陣形はいつもの通りの特火点を中央にした鶴翼陣である。

 

 特火点を形成するのは、ヒョウ、キリト、アスナに加え、ヒースクリフとクラインの五名である。ただしアスナとヒースクリフのペアと、ヒョウ、キリト、クラインのトリオに内分けされており、状況に応じて有機的に連携する事となっている。その背後で特火点の支援をするエギル率いるタンクチームが配備される、彼等は特火点チームが技後硬直等の不利な状況に陥った場合、速やかに前進してボスの攻撃を受け止め、守る事が役目である。右翼にはキバオウ率いる、左翼にはリンド率いるそれぞれ遊撃隊が、ヘイトが特火点チームに集中しない様に遊撃戦闘を展開する手はずになっていた。

 陣容決定の後に、偵察戦とボス情報クエストで明らかになったボスの特性から戦術の検討が行われると、ここでキバオウとリンドが一歩進み出て口を開いた。

 

 特火点チームの内容を、ヒョウのワントップとして、アスナとヒースクリフのペアとキリトとクラインのペアでサポートしてはどうか? 層を上がる度に神がかっていくヒョウの剣技と破壊力を十全に生かすには、彼をソロにしてフリーハンドを与え、自由に戦って貰った方が良いのではないか? と、若干の歯切れの悪さを伴いながら提案してきたのだ。

 

「却下します! あなた達、ヒョウ君に死ねと言うのですか!? 」

 

 アスナは柳眉を吊り上げてその提案を退けた、確かに攻撃だけならそれも有りかもしれないと彼女も思う。何故ならレベル的にはアスナもキリトもヒョウに比肩する力を持っているが、ヒョウとの決定的な違いが有るからだ。それはヒョウがリアルでは『祝心眼流剣術』という古武術を深く修めている事である。そのためソードスキル以外の剣技において、ヒョウは他とは比べ物にならない抽斗を持っていた。実際ヒョウの剣技に頭がついていかないアスナとキリトは、ソードスキルのスイッチ以外で連係を切らせてしまう事は何度も有り、戦闘後のレクチャーで目からウロコという事は日常茶飯事だった。そんなヒョウをして、一撃で屠る事が叶わないのがボスモンスターである。フィールドモンスターに比べ、反則と言える程のスペックとAIのアルゴリズムを持つボスモンスター相手では、いかなヒョウとはいえ、いや、ヒョウだからこそレイド内といってもソロ戦闘は危険であった。現時点で最強と言えるヒョウの全開戦闘に追随できるプレイヤーなど、このアインクラッドには存在しない。それはつまりヒョウが攻撃最終点を迎えた時に、ボスモンスターの反撃から彼を守れるプレイヤーも存在しないという事を意味する。アスナにとって、彼等の提案は論外以前の問題だった。

 

「……せ、せやな……、ワシもそう思ってたんや」

「や、やっぱり……、そうだよな……、ハハ」

 

 頭を掻きながら席に戻るキバオウとリンドは、一部のメンバーと何やら小声で揉めているようだ。

 提案した時の歯切れの悪さ、締まらない引き下がり方、いつものこの二人とは違う態度に違和感を覚えながら、全ての議題をクリアしたと断じたアスナは小さく咳払いをして揉めている解放軍メンバーを黙らせ、攻略会議を締めくくる。

 

「ではこれにて攻略会議を終了します。団長」

 

 アスナに振られたヒースクリフは小さく頷くと、壇上中央に進み出て参加メンバーを見回した。

 

「では諸君、出発は明後日朝八時、それまでに攻略に備え各自装備のチェックを怠らぬ様に……、いや、これは攻略の先輩方である諸君には余計な一言であったな、失礼。では諸君、攻略に備えて充分に英気を養ってくれ給え。解散! 」

 

 ヒースクリフの号令で解散した攻略メンバーはそれぞれ一旦帰路につき、集合時間に遅れる事無く集合場所に集まっていた。

 

「何だ、あいつら何揉めてんだ? 」

「さあ? 何だろうな」

 

 一緒に集合場所にやって来たクラインとキリトの視線の先には、ヒースクリフ、アスナと揉めるアインクラッド解放軍の姿があった。

 

「これは攻略会議で決定した事です、今更覆す事は出来ません」

「そないな事分かってまんがな、せやけどそこをなんとか」

「無理な事は充分承知している、しかし……」

「それはあなた達のギルドの問題です、攻略とはなんの関係もありません。どうしてあなた達は会議前に、しっかりとギルドの意見調整をしなかったのですか!? それに直前になって言うなんて、良識を弁えているのですか!? 」

「おい、どうしたんだ? 」

 

 ざわつく攻略メンバーをかき分け、キリトとクラインが傍らにやって来ると、三人は地獄に仏といった表情で同時に訴える。

 

「いい所に来たわ、キリト君からも何か言ってやって」

「キリトさん、無理を承知でお願いする、君からもせめて検討する様にアスナさんを説得してくれないか」

「キリトはん、頼んますわ、彼氏なんやろ」

「彼氏じゃありません! 」

「おいおい、待ってくれ! 今来たばかりで何の話かわからないんだ! 説明くらいしてくれ」

 

 左右から三人に詰め寄られ訴えられたキリトは、思わず声を荒らげると、やれやれといった面持ちでヒースクリフが事情を説明した。

 

「いや、解放軍の面々がね、今になってヒョウ君を攻略メンバーから外してくれと言ってきたんだ」

「何だって! そんなの無理に決まってんだろ! 」

 

 ヒースクリフの言葉にクラインが目を剥くと、キバオウが苛立たしげに反駁する。

 

「ンな事分かっとるわい! せやかてなぁ」

「ヒョウ君が参加するなら、ウチのメンバーの大半が出ないと急に言い出して……」

 

 呆気に取られる二人に、ヒースクリフが補足説明をつける。

 

「どうにも、能力が突出しすぎる彼は、かえって連携の邪魔で攻略の妨げになるという事らしい」

「何だァ!? そんな言い掛かりが通るかよ! 馬鹿か!? てめぇ等! 」

 

 ヒースクリフの話を聞いたクラインが、キバオウとリンドに詰め寄る。

 

「ヒョウっち一人でお前ら何人分の働きをしてる! そもそもお前ら、ボス戦でヒョウっちに命を助けられたヤツが何人居る!? 十三層を忘れたとは言わさねぇぞ! 」

 

 クラインの言葉で、何人かの解放軍メンバーが俯き、視線をそらす。

 

「やめろよ、クライン」

「でもよォ、キリト……」

 

 今にも拳骨を喰らわす勢いのクラインをキリトが制止し、キバオウとリンドに向き直る。

 

「出ないと言ってる奴はどいつだ」

 

 静かに言葉を発したキリトだったが、その静かな迫力に気圧され、キバオウとリンドが後ずさる。

 

「出たくなければ出なければ良い、俺達は構わない。その代わり……」

 

 キリトはここでいったん言葉を区切り、ヒョウに顔を向けると、彼は投げやりな表情で首をすくめ、両手を広げて小さく左右に首を振るだけだった。キリトはその動きに何か察した様子で、ふぅと息を吐き出した、そして……

 

「今後二度とボス攻略に出る事を俺達は認めない、実力が伴わないクセに大ギルドという事だけで傍若無人に振る舞う身勝手な連中に預ける背中を、俺は持っていないからな」

「おう、俺もそうだかんな! 覚えてろ、畜生め! 」

 

 キリトが静かに切った啖呵にクラインが続く。すると解放軍メンバーは後ろめたい表情を浮かべて彼等の前から下がり、隊列に戻って行った。彼等の中に、明らかに屈辱に近い不満の表情を浮かべている者が少数ながらいる事を、キリトは見逃さなかった。

 

「それではこれよりボス部屋に向かって出発します。皆さん、行きましょう!」

 

 解放軍の直前の横車が治まり、アスナの号令の下、攻略レイドは迷宮区の奥、ボス部屋に向かって行軍を始めるのだった。波乱を含んだ第二十五層攻略の幕は、こうして切って落とされた。

 

 




長くなるので、いったん切ります。


次回、二十五層事件②
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