ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第十六話 二十五層事件②

 ヒョウ達攻略部隊が、不協和音を内包しながらボス部屋に向かい出発したのと時を同じくして、十八層の転移門前広場に一人のプレイヤーが転移して現れた。そのプレイヤーはミニスカート風のアレンジを施した緋袴をはいた巫女装束の女性で、アインクラッドに居る女性プレイヤーには珍しい黒髪の少女である。

 周りを和ませるゆるふわな空気を纏う、癒し系の美少女の登場に、辺りは騒然となった。

 

「おい、誰だ、彼女……」

「知らない、見ない顔だな。お前、知ってるか? 」

「いや、俺も知らない」

 

 ざわつく転移門前広場を、ニコニコ笑顔で鼻歌を歌いながら、スキップを踏んで通る女性プレイヤーは、明らかにこの場の雰囲気から浮いていた。それもそのはず、現在この十八層は、攻略プレイヤーを目指す中堅上位のプレイヤーのレベリング場所になっていた。アバターの見かけでプレイヤーの強弱が一概に判断出来ないとはいえ、ゆるふわな空気を醸し出す彼女が来るには余りにも場違いであり、周りのプレイヤー達もそう感じていた。であるが故に、彼女は一層周りのプレイヤー達の目を引く事となる。

 

「お前、声をかけてみろよ」

「いや、お前がかけろよ」

 

 癒し系ではあるが、余りに美少女過ぎるその女性プレイヤーに、遠巻きに眺めるプレイヤー達が声をかけたいのだが気遅れして譲り合うさなか、一人の勇者が現れた。

 

「ねぇ君、ちょっといいかな? 」

 

 やや痩身で背の高い、盾持ち片手剣のプレイヤーが女性プレイヤーに声をかけた。だが彼は女性プレイヤーの後ろから声をかけた為、彼女はそれに気がつかず、上機嫌のスキップで彼を置き去りにずんずん進んで行く。

 

「ちょっと待って、君、ちょっと……」

 

 盾持ち片手剣のプレイヤーは慌てて彼女の前に回り込み、正面から再び声をかけ、改めて彼女の美しさに驚き息を呑む。

 

「え、私……ですか? 」

 

 きょとんとして見上げる女性プレイヤーが聞き返すが、固まった盾持ち片手剣は彼女に見とれて言葉を失っていた。

 

「あの、何か御用ですか? 」

 

 少し声を強めてもう一度聞き直した女性プレイヤーに、ハッと我に返った盾持ち片手剣は軽く咳払いをして誤魔化すと、まず謝罪の言葉を発してから自己紹介をする。

 

「ああ、いきなり声をかけてすまない、僕はリュートってんだ。よろしく」

「はぁ……、リュートさんですか……」

 

 盾持ち片手剣プレイヤー、リュートは女性プレイヤーに警戒感を抱かせぬ様に自己紹介したのだが、彼女には逆効果だった様だ。女性プレイヤーは首を傾げて訝る様な眼差しでリュートを見上げる。確かに訝しげではあるが、吸い込まれる様なその眼差しにドキリとしたリュートは、照れた様な早口で用件をまくし立てた。

 

「い、いや、見たところ君はソロみたいだし、ここでソロはキツいんじゃないかと思ってね」

 

 にこやかにそう言ったリュートだったが、目の前の女性プレイヤーは不思議な物を見る様に見上げてきた。

 

「はぁ? そうなんですか? 」

「ええ、なんと言っても十八層ですから。ほら、みんなパーティーを組んでいるじゃないですか」

 

 リュートが周りを指し示すと、女性プレイヤーは少し釈然としない表情で見回した。

 

「ここではソロは危険です、もし良かったら……」

 

 僕達とパーティーを組みませんか? そう言葉を繋げようとしたが、その望みは叶わなかった。なぜなら彼女はその言葉に被せニッコリ笑いながら、周囲のプレイヤー達の度肝を抜く言葉をサラリと口にしたからだ。

 

「ああ、でも十八層ですし。私、狩りに来たんじゃなくて、採集に来ただけですから、大丈夫ですよ」

 

 でも十八層ですし

 

 その言葉にリュートは動揺する。

 

「ええ、十八層ですから……」

「はい、十八層ですから」

 

 女性プレイヤーとリュートを始め周囲のプレイヤー達の間では、十八層という階層の持つ意味合いが、どうにも全く違うようだった。前述の通り、彼等にとって十八層とは中堅突破の壁であり、己を鍛え上げる修練場であり、命の危険を身近に感じる危険な階層である。ボリュームゾーンを構成するプレイヤー達には、それこそ主街区観光以外の目的で足を踏み入れるのは憚られる、そんな階層だった。

 その十八層を「でも」呼ばわりするこの女性プレイヤーは、もしかしたら自分の予想に反し、トッププレイヤーに近い存在なのかもしれない、あるいは……

 

 そう思案したリュートは、判断材料を求めて女性プレイヤーに質問をした。

 

「十八層で採集って言ってたけど、何を採集しに来たんですか? 良かったら力になりますよ」

 

 すると女性プレイヤーは屈託の無い笑顔でこう答えた。

 

「ロックバードの卵と、ビネガルの実を幾つか……」

「ロックバードの卵だって!? 」

 

 女性プレイヤーの言葉に、リュートを含めた周囲の者が絶句した。ロックバードとは十八層迷宮区の奥地、瓦礫の荒野にポップする最強クラスのモンスターである。

 

 この階層でレベリングする者の目標は三つ有る。

 一つは迷宮区入口付近にたむろする、ジャッジメントスライムを『一撃』で倒しきる事。

 次にロックバードを単独で倒す事。

 最後に卵を奪った上で、ロックバードを単独で倒す事である。

 

 卵を奪ったロックバードは通常のそれより格段に強化され、それを一人で倒す事ができればボス戦でも充分に活躍できると、個人の実力を示す目安となっていた。

 単独で倒すのが目標であっても、ソロで立ち向かうと不測の事態に対応出来ない、戦うのが一人でもパーティーを組んでそれに備えるのは当たり前の常識である。そして当然未だに十八層をレベリングの地に選んでいる者は、リュートを含めそれを成し遂げていない者が圧倒的に多い。そんな彼等の常識に則ると、この女性プレイヤーの発言は論外である。何故ならばそれを成し遂げたプレイヤーは、今のところ百人に満たないのだ。

 

「知っていますか? ビネガルの実から搾った汁と、ロックバードの卵で、マヨネーズが出来るんですよ! そこからタルタルソースも出来るんです! ウチの人の今日の御褒美に、どうしても作ってあげたくて……」

 

 嬉々として話し続ける女性プレイヤーに、リュートは結論を下した。

 

 この人は、このアインクラッドに未だに少数存在する、自分の実力を顧ない、夢見がちなプレイヤーに違いない。

 

「駄目だ! 危険過ぎる!」

 

 最悪ハラスメントコードが発動する事も覚悟して、力ずくでもこの無謀な行動を諫めようと、女性プレイヤーの腕を掴もうと手を伸ばしたリュートが再び絶句した。何故なら彼が伸ばした手は決意も虚しく空を切ってしまったからだ。女性プレイヤーはリュートのアジリティ能力を軽く振り切り、何事も無かった様に居たはずの場所から二メートル程離れた場所で、彼に笑顔で会釈をしていた。

 

「お気遣いありがとうございます。では、ごきげんよう」

 

 あと一息で、目標を全てクリア出来る、そうなれば自分も晴れて攻略組だ。そう自負していたリュートは、自信の全てを打ち砕かれる思いで、女性プレイヤーの背中を見送っていた。

 

 

 そのリュートの自信を、自分が木っ端微塵にした自覚など、露ほども思わない女性プレイヤー、ツウはその酬いを受けたのか、迷宮区の手前でモンスターの集団に追いかけ回されていた。

 

「嫌ぁああああ! 来ないでぇ~! 」

 

 彼女のハイドスキルと、装備品のエンチャント効果を以てすれば、十八層辺りのモンスターの目など余裕で誤魔化す事が出来るはずなのだが、それに失敗したのは主街区でのリュートとのやり取りの中に有った。

 

「いや~ん、知らない人にタケちゃんの事、ウチの人って言っちゃった、恥ずかしい~」

 

 浮かれて照れ隠しに立木と思って叩いたのが、トレントタイプのモンスターだったのだ。こうしてツウはその意に反し、逃げ惑う間に多数のモンスターのタゲを取ってしまい、十八層の攻略フィールドを走り回るハメになっていた。

 

 どうしてこうなった!? ツウがフィールドを逃げ回っている時、どうした偶然か同じ思いに苛まされるプレイヤーが存在した。そのプレイヤーはソバカスがチャームポイントの赤毛の少女である。彼女は迷宮区入口付近で、ジャッジメントスライムに渾身のソードスキルを叩きつける。メイス使いという事で、筋力数値を上げている彼女は、辛うじてジャッジメントスライムを一撃で粉砕した。

 

「このままじゃジリ貧ね、アイツら、帰って来るかしら」

 

 少女は唇を噛み締め、周りを取り囲むジャッジメントスライムを睨み、メイスを握り直した。この赤毛の少女プレイヤーが十八層にやって来たのは、鍛冶師スキルを極める為の素材集めである。一応生産職仲間でギルドに参加しているが、めぼしい戦闘職プレイヤーとは縁遠かった彼女は、十八層主街区で協力者を募っていたのだが、ここでババを引いてしまった。彼女の募集に手を上げたのは、彼女の募集基準に満たない二人の男性プレイヤーだった。彼等はやや幼い顔立ちの美少女の知己を得ようと、実力が及ばないにも関わらず、応募したのだった。

 

「俺達にかかれば楽勝よ」

 

 そう言って臨時パーティーを組んでフィールドに分け入ったのだが、メッキはやがて剥がれる事となる。彼等は言葉巧みに赤毛の少女を楽しませて攻略を切り上げさせ、主街区でデートを洒落込むつもりでいた。しかし赤毛の少女はそれには応じず、二人の思惑は外れジャッジメントスライムと相対する事となる。

 

「せぇーいっ! 」

 

 気合い一閃、ジャッジメントスライムを一撃で粉砕した赤毛の少女が二人に鋭く指示を出す。

 

「何ぼやっとしてるの!? 楽勝なんでしょ! 」

 

 ここで謝れば被害が少なくて済んだのだが、見栄っ張りのお調子者は、往々にして引き際を見誤り、取り返しのつかない事態を招く傾向にある。

 

 小柄な幼い赤毛の少女に出来たんだから、俺達にも出来んじゃね?

 

 止せばいいのに武器を振り下ろしたのが運の尽きだった。一撃で倒しきれなければ、武器を振るった回数分に分裂するジャッジメントスライム、二人は「あれ、おかしいな」「いつもはこうじゃないんだけど」と言いながら、ジャッジメントスライムを分裂、量産していった。

 

「今日は調子が悪い」

 

 と、ぬけぬけと言ってのけた二人をどやしつけ、赤毛の少女は救援を呼びに走らせたのだ。

 

 いくら現地募集のリスクを覚悟していたとはいえ、流石にこれは無いだろう。なんとか隙を見つけ、離脱しないと……

 

 そう勘案していた赤毛の少女の耳朶を、けたたましい悲鳴が貫いた。

 

「嫌ぁああああ! どいてどいてどいてぇえええええ!!! 」

 

 思わず悲鳴に振り向いた赤毛の少女の目が点になり、表情が消える。彼女の視線の先には、大量のモンスターを引き連れて逃げ惑う、巫女装束の女性プレイヤーが一目散に駆け向かって来る姿があった。

 

「何なのよ? あれ……」

 

 突発的に理解の処理能力を超えた危機に直面すると、人は一瞬痴呆状態になると言うが、正に今の赤毛の少女はその状態に陥っていた。決して望んでいたわけではないが、一瞬の呆我状態の中なし崩し的に巫女少女と合流してしまった赤毛の少女が我に返ったのは、巫女少女がその手に短剣を装備した時である。彼女の短剣がジャッジメントスライムに向かって伸びた時、赤毛の少女の脳内に特大のアラームが鳴り響いた。

 

「ちょっと! そいつを攻撃しちゃダメ! 」

 

 思わず叫んだ赤毛の少女は、次の瞬間信じられない光景を目にしたのだった。

 

「来ないでって言ったでしょう! 来ないでって言ったでしょう! 」

 

 そう叫びながら、巫女少女が出鱈目に短剣を振り回すと、その刃に触れたモンスター達は皆一撃でポリゴン片となって爆ぜ消えていく。もちろんあのジャッジメントスライムもである。全てのモンスターが爆ぜ消えたのは、まさに一瞬の出来事だった。赤毛の少女が再び我に返ったのは、涙目を潤ませながら、巫女少女がしがみついて来た時である。

 

「うぇ~ん、怖かったよぉ~! 」

「あんたの方が怖いわ!! 」

 

 しがみつく巫女少女を引き剥がし、ポカリと拳骨を食らわす赤毛の少女。

 

「ごめんなさぁい」

 

 女の子座りで涙目で見上げる巫女少女の姿に毒気を抜かれた赤毛の少女は、やや苦笑のエッセンスを含んだ笑顔で右手を差し出した。

 

「まぁ、良いわ、二人共無事だったんだし。私、リズベット。リズって呼んで」

「ありがとう、私はツウよ。よろしくね、リズ」

 

 差し出した右手を握り返し、自己紹介を返した巫女少女の名前を聞いたリズベットは、彼女から三度目の正直として三度目の衝撃を受けた。

 

「!! ツウですって!? あなた、本物!? 」

「え? 」

 

 その疑問に理解の追いつかないツウが聞き返すと、リズは血走った目でツウの両肩をがっしり掴み、勢いよく揺さぶった。

 

「あんた、本当にsenbaoriのツウなの!? ねぇ!? ねぇ!? 」

「あうあうあう、確かにsenbaoriは私が、あうあうあう、作って卸してます、あうあうあう……」

 

 激しく揺さぶられ、答えと一緒に魂を口から吐き出すツウに、リズベットは感極まった面持ちでしがみつく。

 

「やったぁ! 本物のツウだぁ、本人だぁ! 見て見て! ほら」

 

 突然の出来事に理解の追いついていないツウに、リズベットは自分の右手の中指に嵌っているリングを見せた。

 

「あら、これ私が作ったリング……」

「そう、筋力増加のエンチャントが入ったリング。これしてなかったら、私さっきはヤバい所だったわ! ありがとう!! 」

 

 そう言って再び抱きついてくるリズベットに、今度はツウが苦笑混じりの笑みを浮かべる番となる。

 ツウにその自覚は無いのだが、クォリティーが半端なく高い彼女のプレイヤーブランド senbaori は、今現在生産職を目指す全てのプレイヤーの憧れであり目標であった。リズベットも目指す職の違いはあれど、当然の如くツウの作品に深い感銘と影響を受けている。自らがリスペクトする人物に図らずも出会えたリズベットは、その喜びに興奮してはしゃいでいた。二人はお互いフレンド登録をしてパーティーを組み、一緒に迷宮区へと足を進める。初対面ではあるが、方やリスペクトする人物、方や同じ生産職を志す仲間とくれば、気安い同世代の女の子同士という事もあり、二人は急速に仲を深めていった。

 

「全く、災難だったわ、あんな男達に引っかかるなんて。ツウの方がよっぽど頼りになるわ。ダメね、男って」

 

 リズベットがジャッジメントスライムに囲まれるハメになった経緯を道すがら話すと、ツウはコロコロと笑いながら相槌を打つ。

 

「そうねぇ、でも、人それぞれだから」

「確かにそうなんだけど、男運悪過ぎ。あ~あ、ここじゃ男なんてよりどりみどりだと思ったんだけど、いい男って居ないわね」

「そ、そうかなぁ〜」

「そうよ、アンタ可愛いんだから、言い寄る男も多いでしょう。気をつけなきゃダメよ」

「私は大丈夫、結婚してるから」

 

 ツウの結婚発言に、リズベットは目を剥いた。

 

「け、結婚!? 」

「うん、ほら」

 

 はにかみながらツウが左手を見せると、その薬指には結婚指輪が輝いていた。その指輪をしげしげと眺めるリズベットは、重大な事に気が付きツウを問い質す。

 

「ちょっとツウ! 結婚してるんだったら、何でこんな危険な場所に一人で来たの!? 旦那はどこにいるの!? まさかアンタ、悪い男に騙されてるんじゃないでしょうね!? 」

「えーっ、そんな事無いよ。だってタケちゃんだもん」

「いーや騙されてる! そいつはきっと、ツウにばっかり働かせて、遊んで暮らす腹積もりなんだわ! 」

 

 昭和の貧乏長屋の呑んだくれオヤジに足蹴にされながら、内職に勤しむツウの姿を想像したリズベットが声を荒らげる、そんな彼女にツウは口を尖らせて反駁した。

 

「酷ーい、タケちゃんそんな悪い人じゃないもん! 」

「じゃあ今何処に居るのよ? そのタケちゃんとやらは」

「二十五層のボス部屋に向かってる」

「それ見なさい、ろくな奴じゃないのよ、そんな奴……ってちょっと!? あんたの旦那って、攻略組なの!? 」

 

 雲の上の存在と思っていた攻略組、その知己を得るには自分も強くなるか鍛冶師(スミス)としての腕を上げるかのどちらかしか無い。そう思っていたリズベットは、意外なコネが出来た事に驚きつつも内心ほくそ笑む。鍛冶師の腕を上げるには、数多くの武器を打ったりメンテするのは当然だが、良い武器を見て鑑定眼を磨く事も重要なファクターになる。最先端を行く攻略組の装備武器を見る、その事で得られるメリットに計り知れない魅力を感じたリズベットは、ツウとの出会いというチャンスを絶対にモノにしようと決意した。




次回、第十七話、二十五層事件③
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