ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
ひょんなことから十八層迷宮区で出会った二人、ツウとリズベットは互いの利害が一致したのはもとより、意気投合した事で即席のパーティーを組み、フィールドの奥へと足を進めた。二人は中堅突破を目論み、眦吊り上げて攻略するプレイヤー達の中で、明らかに目立つ存在として、本人達の意図に関わらず注目を浴びていた。
「そっち行ったわよ、ツウ!! 」
「いやぁ~! 来ないでぇ~!! 」
ロックバードの卵を抱え、全速力で走るリズベットは、ツウに警告を入れてから鋭角に方向転換する。すると、勢い付いたロックバードは曲がりきれず、リズベットを見失い、代わりにツウを視界に入れる。ロックバードは視界に入ったツウを卵泥棒と認識し直し、嘴を振りかざして襲いかかる。見ている他のプレイヤー達は、もうダメだと顔を背けた。ガラスが弾け、砕け散る様な音が響いた後、恐る恐る目を向け直すと、信じられない光景を目の当たりにし、あんぐりと口を開けるのだった。
「やったわね、さっすがぁ~」
目をしっかりと瞑り、へっぴり腰で出鱈目に短剣を振り回すツウに、リズベットがそう声をかけると、ツウは自分の振り回す腕の動きでバランスを崩し、きゃぁと小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。
「酷いよぉ~、リズぅ~」
泣きべそをかきながら見上げるツウの手を握り、リズベットは満面の笑みを浮かべてツウの苦情をスルーする。
「泣かない泣かない、これも愛するタケちゃんの為よ、マヨネーズ作って驚かせるんでしょう? 」
「……うん」
「なら頑張らないと、タケちゃんとマヨネーズの為に」
「……タケちゃんの為」
「そう、愛する旦那様、タケちゃんの為」
「イヤだぁ、リズったらぁ~、恥ずかしいじゃない」
この二人がパーティーを組んでロックバードを狩っているのは、互いの利害が一致していたからである。ツウはヒョウの食生活の充実の為に、マヨネーズを作る材料にロックバードの卵を必要としていた事。二十三層でのヒョウとの口論の原因は、実はアスナに先にマヨネーズを開発されていた事であった。そのリベンジを果たす為に現状で最も最上級の原料、ロックバードの卵の黄身で、もっと美味しいマヨネーズを作ろうと、ツウは目論んでいた。そしてリズベットは武器の強化素材としてロックバードの卵の殻を必要としていたのだ。その結果怒り狂ったロックバードを撃退する必要に迫られていた二人であるが、ちゃっかり者のリズベットは、上手い具合にツウを手のひらの上で転がしていた。とはいえリズベットは別に狡猾に立ち回った訳ではない、彼女のレベルでは到底ロックバードに敵し得なく、必然的にレベル的にロックバードなど問題にしないツウが相手をせざるを得ないのだ。釈然としないツウだったが、彼女にも全くメリットが無い訳でもなかった。
「ロックバードの胸肉、やった、A級食材ゲット! 」
「また拾ったの!? 」
「うふふ、今夜は鶏肉三昧ね、蒸し鶏、唐揚げ、南蛮、油淋鶏、タケちゃん鶏肉好きだから、きっと喜ぶわ」
「ハイハイご馳走さま。さて、素材も結構貯まった事だし、休憩がてらに安全地帯へ移動しない?」
「そうね、そうしましょう」
驚くやら呆れるやら、しかしその中に畏怖の念を抱いた表情で自分達、特にツウを見つめる周りのプレイヤー達の視線をあえて無視し、ツウとリズベットの二人はホクホク顔で迷宮区奥に有る安全地帯へと歩いていった。
「変ねぇ、此処ってこうだったかしら……?」
安全地帯に入ったリズベットが怪訝な表情で首をかしげる。
「前に来たときはもっとこう、賑やかだったのに、どうしちゃったのかしら?」
十八層の迷宮区奥に位置するこの安全地帯は、レベル上げの狩りを終えたプレイヤー達が休憩と回復をするのにもってこいの場所だった。強敵を倒しレベルを上げた喜びと、SAOで生き延びる力を得た事の安堵感、プレイヤー達の様々な感情から来る高揚感で溢れる場所だった。さらにここでは、そんなレベル上げプレイヤーを相手に、生産職や商人職を目指すプレイヤー達が簡易露天の店舗を開き、武器のメンテナンスや道具の販売を行っていて、ちょっとしたバザールの様な活気に溢れた場所だったのだ。リズベットもよくここで露店を開き、小遣い稼ぎ兼名前の売り込みを行っている。そんなリズベットの目には、閑散としたこの安全地帯の風景がとても奇異に見えていた。
「どうしたの? リズ」
リズベットは眉間に軽く皺を寄せ、警戒する様に辺りを伺いながらツウの問いかけに答える。
「何か雰囲気がおかしいのよ、前に来たときに比べて殺伐としている……。違うわね、柄が悪くなっている……? 隠れて!!」
警戒するリズベットは何かに気付き、急いでツウを物陰に押し込むと、自分も近くの植え込みの影に隠れる。
「いきなりどうしたのよ、酷いじゃない、リズ」
手荒く押し込まれたツウは思わず抗議の声を上げるが、リズベットは睨む様な鋭い視線でツウを一瞥して黙らせる。
「静かに! 声を出さないで!」
小声で鋭く一言そう言って、リズベットは隠れている植え込みから慎重に頭を出し、前方の一点を注視した。
「見て、あのカーソル、オレンジよ」
「本当だ……」
リズベットの視線の先を探り見ると、ツウもオレンジプレイヤーの姿を確認した。サーキーの凶行を思いだし、ツウは思わず身震いする。
「何をしてるのかしら……?」
リズベットが見つけたオレンジプレイヤーは、オレンジ二人とグリーン二人の四人パーティーだった。その構成に疑問を持ったツウは静かにそう呟くと、慎重にその様子を伺った。
「パーティーにしちゃ、何か変ね……」
リズベットの言う通り、四人の様子は明らかに変であった。柄の悪い男二人のオレンジプレイヤーに対し、グリーンの二人は男女のペアである。遠目にもこの四人は仲の良いパーティーには見えなかった、むしろ険悪と言って良いだろう。怯えながらも何かしらオレンジ二人に訴えかけるグリーンの女性、オレンジの男はそんな女性をあしらい、時折脅す様な動きが見てとれる。グリーンの男はオレンジから女性を守る様に間に入っている、どう見ても円満なパーティーとは思えなかった。
「ふぅ~ん、どうやら噂は本当みたいダナ」
いきなり間に湧いた人物に、ツウとリズベットは思わずギョッとして仰け反り目を剥いた。
「イョウ、お二人さん。珍しい組み合わせダナ」
「何だ、アルゴさんかぁ。もう、びっくりさせないで、心臓に悪い」
「そいつァ悪かったナ」
二人を見上げ、ニィッと笑うアルゴだったが、その目は笑っていなかった。アルゴはすぐに表情を引き締めて、オレンジプレイヤーのパーティーに目を向ける。
「ツー子、どこまで知ってるンダ?」
「知ってるって、何を?」
アルゴの問いに、頭上に『?』を浮かべ、ツウはきょとんとした表情で聞き返す。
「あたし達も、いきなり見かけたんで、用心に隠れて伺っていたんです」
「え~と、確かリズベットだったナ、じゃあ二人共何にも知らないんだナ」
「何か事件でも起こっているんですか?」
「ああ、とびきりのナ」
そうしてアルゴの口から語られたのは、ボス攻略とは全く違う意味でアインクラッドを震撼させる一大事だった。SAOに囚われてから数ヶ月が経ち、それぞれのプレイヤー達もSAO内での生活基盤が成立してきたこの時期であるが、やはりどう足掻いても適応出来ない者が一定数存在している。いや、もっと正確に言うと、自ら望んで適応しないプレイヤーと言うべきだろうか? 彼等はMMORPGやネット世界に一定数必ず存在する、自ら悪人を演じロールプレイを楽しむゲーマーである。そして彼等に共通する特徴として、ネット情報を頭から信じない傾向が多かれ少なかれ有るという事だ。彼等は自分がリアルでは絶対に有り得ない『悪人』を演じている為、ネットやMMORPGの世界はある程度欺瞞の世界、フェイクが含まれていると知っていた。だからこそ際限無く悪人を演じられる訳であり、そんな彼等は茅場晶彦のチュートリアルでの言葉「HPゲージがゼロになった時点で、そのプレイヤーは脳を焼かれ、現実世界からも退場する事になる」を懐疑的に捉えていた。そんなのは嘘に決まっている、それが本当なら大量殺人者として死刑じゃないか、そんな馬鹿な事をする奴なんかいるはずが無い。茅場の言葉はハッタリである。そう決めつけた彼等はダーティーヒーローを気取り、進んでオレンジプレイヤーとなり、傍若無人な行いに酔いしれていた。この世界で無理を押し通すには、他の一般プレイヤーよりも力、より高いレベルが必要である、その為彼らオレンジプレイヤー達はレベリングに余念がなかった。よってここ十八層は彼等にとっても重要なレベリングスポットとなる。そして主街区には入る事が出来ない彼等にとって、迷宮区に存在するこの『安全地帯』は、格好のキャンプ地になってしまったのだ。始めは少数のオレンジプレイヤーが隠れ住んでいたが、力を着けた仲間が集まるにつれ勢力を拡大し、遂には根城として利用するに至ってしまう。数が増える事で、隠れて行っていた犯罪行為もおおっぴらとなり、次第に一般プレイヤー達は足を向けなくなる。こうしてスラム化に拍車がかかり、今では人の寄り付かない犯罪の温床になっていた。毎日レベリングに来ているプレイヤーならともかく、たまにアイテム採集に来るツウとリズベットにとって、この事実は初耳であった。
拠点を築いたオレンジプレイヤー達は、装備を充実させる為、敢えてオレンジにならなかった仲間と連絡を取り合い、更に大がかりな犯罪に手を染めていく。臨時パーティーを組んだ相手を、仲間のオレンジプレイヤーに襲わせる追い剥ぎ行為が後を絶たない。プレイヤー達がその事に用心するよう呼び掛け合い対策をすると、彼等の犯罪行為はより進化して悪質化していく。狙われたのは、子連れプレイヤーである。親がフィールドに出て狩りをしている時、言葉巧みに留守番している子供に声をかけ、冒険心を巧みに煽り、パーティーを組んで誘拐し、身代金と最新の装備品を要求する事件が起こり始めていた。
この事件は、MTDのシンカーの頭を大いに悩ませる、被害者となるのはMTDの門を叩いた子連れプレイヤーが主である。会員に留まらず、全てのプレイヤーの安全を憂慮したシンカーは、事件の全容を知るべくアルゴに調査を依頼していたのだ。
アルゴの話を聞いて、リズベットは憤る。
「何よ! それ! そんな奴本当にいるの!? あたし、絶対に許せないわ!!」
顔を真っ赤にして怒りを露にするリズベットの隣で、ツウは怒りの他にもう一つの腑に落ちない疑問を口にする。
「そんな事になっているなら、どうしてシンカーさんもユリエールさんも、家に知らせてくれなかったのかしら? 私もタケちゃんも喜んで協力するのに……」
「大人なんダヨ、シンカーは。それに……」
アルゴの言うとおり、シンカーは今のSAO内で、数少ない『大人』と呼べる人間である。これはゲームであっても遊びではない、茅場晶彦の言葉通り、SAOはプレイヤーの命が懸かっており、遊びではない。しかし、SAOは紛れもなくゲームなのだ。ゲームは人を童心に還す、プレイヤーの中で、大人と呼べる年齢に達した者は、全体の七割弱を占める。彼等はリアルではきちんと大人として振る舞っているが、現実世界を離れSAO世界に囚われた今、大人としてのメンタリティーを保ち続けている者は僅かだった。そんなプレイヤー達の中で、常に大人であろうと己を律しているシンカーにとって、幾らレベルが自分よりも遥かに上であっても、子供のツウとヒョウにこの件を相談する事は有り得ない事だった。ましてや五層でオレンジプレイヤー、サーキーの引き起こしたMPK事件に巻き込んでしまった後悔もある、同じオレンジプレイヤーの絡むこの事件で二人を頼るのは論外だった。
アルゴの説明に不承不承納得したツウは、確認の為に答えの決まっているであろう質問をアルゴにぶつける。
「じゃあ、あの人達は?」
「ツー子の察した通りだろうナ、弱みを握られて呼び出された、って所カ」
「許せないわね、全く! あっ、あっちにいくわ!!」
答えを聞いて憤るリズベットが、件のパーティーが安全地帯の奥へと移動していくのを認めた。頷き合って後を追跡するツウとリズベットを見やり、呆れ顔で首を左右に振るアルゴだった。
三人がこっそりと尾行して行くと、件のパーティーは山小屋風の建物の前に到着した。
「かしらァ~、連れて来やしたぜェ~」
オレンジプレイヤーの一人が建物に向かい声をかけると、それに呼応して扉が開き、中から一人のオレンジプレイヤーが出て来た。
「遅かったなぁ、ええ。待ちくたびれたぜ」
そのプレイヤーの姿を物陰に隠れて窺い見てツウは息を飲んだ。
「で、約束のモンは持って来たんだろうな」
「ああ、持って来た!」
「子供に、子供に会わせて!!」
恐らくは夫婦と思われる二人のプレイヤーが懇願すると、オレンジプレイヤーはニヤついた顔で顎をしゃくる。その先を夫婦が目を向けると、オレンジはもとより少数のグリーンカーソルを含む複数のプレイヤーの人壁の向こうで、助けを求める子供のプレイヤーの姿が有った。
「お父さん、お母さん、助けて!」
「ああ、どうしてこんな」
「待ってろ、今助けるからな」
親子のやり取りを嘲る様な目付きで眺め、オレンジプレイヤーが凶相を歪める。
「よぉ、小僧、いい両親を持ったな、羨ましいぜ」
ニヤけ顔のオレンジプレイヤーに、歯ぎしりをしてツウが遂に切れた。ツウは物陰から立ち上がると、唖然として見上げるアルゴとリズベットに気を止める事なく、拳を握りしめてニヤついたオレンジプレイヤーにつかつかと歩み寄って行った。
「!?」
突然現れたツウの姿に、呆気に取られてポカンと見つめるプレイヤー達の間を通り抜け、ツウはニヤけ顔のオレンジプレイヤーの顔面を、グーで思い切り殴りつける。
「何をしているの! 榊君! いい加減にしなさい!」
カシラと呼ばれたオレンジプレイヤーは、リアルでもツウとヒョウと因縁を持つサーキーだった。ツウがヒョウに強制的に身に付けさせられたスキル、体術のためサーキーのHPバーは約半分持っていかれ、自身のカーソル同様オレンジに変色していく。この光景を目の当たりにして、目を剥くアルゴと頭を抱えるリズベット。そんな二人の気も知らず、ツウは殴られて床を転がるオレンジプレイヤー、サーキーを叱りつけると人壁になっているオレンジプレイヤーを払いのけ、人質になっていた子供を助け出す。
「もう大丈夫よ、怖かったでしょう」
「お姉ちゃん、ありがとう」
片膝を着いて子供を抱き締めると、ツウは手を引いて小屋から出ようとするが、仲間に助け起こされながらサーキーは指示を出す。
「何やってるテメエ等! 囲め! 逃がすんじゃねえぞ!」
すると、物陰に潜んでいたオレンジプレイヤー達がゾロゾロと姿を現し、威嚇するようにヘラヘラと笑いながら小屋に近づいていく。それを見たリズベットは反射的に立ち上がる。
「いけない! ツウ!」
「おい、待て! 全く、しゃーねーナ」
我を忘れてツウの元に駆け出すリズベットを追い、一言愚痴をこぼすとアルゴもそれに続いて駆け出した。二人はツウとサーキーの間に割って入ると、それぞれメイスと短剣を構えオレンジプレイヤー達を威嚇し、建物の一室に立て籠る。
「ちょっとツウ! 何考えてんのよ、無謀にも程があるわ!」
「だってぇ」
「だってじゃない! まぁ、でも嬉しかったわ、senbaoriのツウがそんな人で」
「えへへ」
笑顔を浮かべて顔を見合わせる二人に、アルゴの叱責が飛ぶ。
「オイ、二人共ほっこりしてる場合ジャ無いゾ! そこの二人もダ!」
ツウとリズベット、そしてサーキー達の隙を突いて引っ張り込んだ夫婦のプレイヤーに鋭く一喝したアルゴは、顔を向ける暇さえ惜しみ、部屋中に有る物を利用してドアの前にバリケードを築いている。その姿にハッとして、四人はアルゴに習いバリケードを築いていった。
「オラァ~! テメエ等囲まれてんだからヨォ~! 無駄な抵抗は止めて出て来いやぁ!!」
「今ならコルと装備品全部置いていったら許してやるぜ! 勿論、服も下着も全部なぁ~」
「ぎゃーっはっはっは、ソイツはいいぜ! 可哀想になぁ、可愛い姉ちゃん達、素っ裸でフィールドに出たら、あっという間にモンスターに殺られて御陀仏だ!!」
「その前に楽しませてくれよ、なんなら結婚してやるぜ、なぁ、黒髪の子!」
「俺は赤毛の方が良いな」
ドアの向こうから聞こえる、オレンジプレイヤー達の下卑た恫喝を、眉間に皺を寄せながら聞いていたリズベットが怒鳴り返す。
「うるさいわねぇ! あんた達こそどっか行きなさいよ! この変態!!」
リズベットの怒りの口撃は、オレンジプレイヤー達を怯ませるどころか、更なる嗜虐心をそそるだけだった。彼らは更なる嘲笑と供に、卑猥な欲望を口にして威嚇する。
「強がっちゃって、可愛いねぇ。どっちの子だぁ? 赤毛ちゃんかぁ?」
「俺達、そういうの嫌いじゃ無いぜ。毎晩可愛がってやるからよ、出ておいでぇ~」
「順繰りでなぁ~、ぎゃっはっはっは」
「ひっ!!」
剥き出しの下卑た欲望を自分に向けられたリズベットは、思わず小さな悲鳴をあげてドアの前から飛びすさる。気丈に振る舞っていても、彼女はリアルでは中学三年生の子供である。そしてSAOでも生産職を選び、戦いの修羅場を知らない彼女の神経は、気丈な態度とは裏腹に、急速に消耗しつつあった。
「おい、リズベット、まともに構うナ、時間の無駄ダ」
アルゴがそう声をかけると、リズベットは車座に座る彼女達の輪に飛び込む様に入っていった。
「サテ、問題はどう切り抜けるカ、ダナ」
思案を始めるアルゴに向かい、夫婦のプレイヤーが頭を床に擦り付ける。
「どうも申し訳ありません、うちの子のせいでこんな危険に巻き込んでしまって……」
「それは後にしてクレ、今はどうやってこの窮地を切り抜けるかが先決ダ」
「アルゴさん……」
ベソをかく子供の頭を撫でながら、ツウがその展望を聞こうと声をかける。
「今シンカーにメールを送ッタ」
アルゴがそうボソリと言うと、リズベットが身を乗り出す。
「で!?」
「助けに来るとは言っていタガ、直ぐには無理だナ」
「どうして!?」
首を左右に振るアルゴの両肩に手をかけ、リズベットは問い質す。
「所詮MTDは互助会みたいな物ダ、攻略ギルドでも自警団でもない。連中の中にこの十八層の奥まで来れる奴なんて居やしない、まぁ伝を頼ると言っていたガ、直ぐには当てには出来なイナ」
「そんな!?」
アルゴに手を払いのけられたリズベットは、次にツウの顔を覗き込む。
「ねぇ、ツウ! あんたのダンナは攻略組なんでしょう!? 強いんでしょう!? 助けに来てって呼べないの!?」
「ごめんなさい、タケちゃん、今、ボス攻略だから、迷惑、かけられない……」
すまなそうに視線を逸らすツウに、リズベットはがっくりと肩を落とす。そんな二人にアルゴが声をかける。
「悪い、ツー子」
ツウが顔を上げると、アルゴは真剣な眼差しで言葉を続ける。
「ヒー君にメールを出させてもらっタ」
「どうして!?」
抗議の目を向けるツウに、アルゴはニィッと笑って答える。
「ヒー君に、恨まれたくないカラナ」
ツウは攻略に向かったヒョウに、要らぬ心配をかけて他のレイドメンバーに迷惑をかけまいと、助けを呼ぶメールを出すことはしないだろう。そうアルゴは読んでいた。しかし、アルゴはヒョウの想いを目の当たりにしている、ヒョウはツウを守る事を第一にしている、この場面でもしツウの身に何か有ればただでは済まされないだろう。ここはボス攻略だろうがなんだろうが、ヒョウに窮地を知らせるメールをすべきである、そうアルゴは判断したのだ。しかし予断は許されない、既にボス攻略が始まっていたならば、幾ら無敵のヒョウとはいえ、直ぐに駆けつけるのは無理だろう。安堵する空気が広がるなか、ここからが正念場だと気を引き締めた。
「済まない、ちょっと待ってくれ」
ボス部屋の前で、作戦の最終チェックを主導するアスナを、ヒョウが手をあげて制止する。
「何かしら、ヒョウ君?」
「アルゴさんから緊急メールだ、攻略に関係有るかもしれない」
すわボスの新情報かと期待する攻略メンバーの前でメールを開き、確認するヒョウの顔がみるみる険しいものになる。
「何かあったのか? おい」
心配そうに声をかけるクラインを押し退けると、ヒョウは鬼のような形相でアスナを見据える。ヒョウのただならぬ変貌に、周囲のプレイヤー達が後ずさる中、アスナはその真相を確かめるため、臆する事なく声をかけた。
「どうしたの、ヒョウ君?」
「悪い、アスナ、俺は今回は抜ける」
ヒョウの言葉に、主要な攻略メンバーは目を剥いた、彼らの心を代弁するかのように、キリトが口を開く。
「おい、ヒョウ、一体何が有った!? 今のメールに、何が書いてあった!?」
ヒョウはそれに対し、一言で答えた。
「コヅ姉が、危ない」
その言葉にキリト、アスナ、エギル、クラインの間に動揺が走る。
「ヤベェのか?」
「十八層の奥で、オレンジプレイヤーに囲まれているらしい、今回は俺抜きでやってくれ」
エギルの問いに答えながら、転移結晶を出そうとするヒョウに、ヒースクリフが毅然として声をかける。
「そんな我儘、通用すると思っているのかい、ヒョウ君……」
その言葉が言い終わらないうちに、ヒースクリフは慄然として冷や汗を流す。ヒースクリフの首筋には、いつ抜いたか解らない無拍子の動作で抜かれた、ヒョウの刀が突きつけられていた。
「殺すぞ、ヒース」
ヒョウの冷たい眼差しに、ヒースクリフは両手をあげて一歩下がる。
「やれやれ、仕方ない、今回だけは認めよう」
苦笑してヒースクリフが身を引くと、キリトがヒョウに歩み寄る。
「俺も行く、ヒョウ」
「良いのか? キリト」
「ああ、ツウさんには、俺も世話になってるからな」
「恩に着る」
二人が転移結晶を掲げると、クラインがそれに遅れまいと転移結晶を片手に声をかける。
「待てよ、手は多い方が良いだろう、俺も行くぜ」
クラインの申し出に、キリトとヒョウが首を左右に振った。
「いや、お前はダメだ、クライン」
「何でぇキリト、お前ェ……」
「俺達はソロだけど、クラインさんはギルドを背負っている、軽々しい行動はギルドの信用を傷つけます。だから、エギルさんも」
「……ああ、分かった……」
ヒョウに機先を制されて、エギルは苦い表情を浮かべて転移結晶をしまい込む。しかし……
「待って、なら私も行くわ!」
「アスナ」
「私はツウの親友だもん。団長、お願いします」
ヒースクリフに向かい、深々と頭を下げるアスナに対し、かけられた言葉は非情だった。
「駄目だ、君が行く事は許されない、アスナ君」
「どうしてですか!? 団長!」
信じられないと聞き返すアスナに、ヒースクリフは淡々と理由を説明する。
「アスナ君、今回の攻略リーダーは他の誰でもない、君だ、その責任を投げ出すのかね?」
「なら団長、延期を……」
「延期も駄目だ、戦いには機というものがある。冷たい様だがこんな事は、この先何度も起こりうる事だ、だからその数を少しでも減らすため、我々攻略組は一刻も早く百層攻略しなくてはならない。ツウさんの救出は二人に任せ、君は君の役目を果たすんだ、アスナ君」
「分かりました、団長……」
アスナは断腸の思いで唇を噛みしめ、ヒースクリフの言葉に従った。
「何だ、あれは」
「はっ、速え」
十八層のフィールドに、二筋の黒い流星が地を駆ける。ヒョウとキリトがツウの元に急ぐ姿は、その場にいたプレイヤー達の目にはそう見えていた。ヒョウは眼前にロックバードを狩り損ね、逃げ惑うパーティーの姿を認めた、しかし走る速度を落とす事なく、小刀白耀雷光を腰背に回す。
「変移抜刀!!」
ヒョウがそう叫ぶと、小刀白耀雷光の鞘が、うっすらとソードスキルの輝きを放つ。
「!?」
真後ろでヒョウを追うキリトは、ヒョウの放つソードスキルに息を飲んだ。ヒョウは走る勢いを落とさずにサイドステップを織り交ぜ、あたかも分身しているかのように見えていた。そうして逃げ惑うプレイヤー達の間をすり抜けロックバードに肉薄し、すれ違い様に抜刀して斬り倒す。仕損じた場合を想定し、キリトは剣を抜いて速度を落としていたが、それは杞憂だった。ヒョウのソードスキルはロックバードのHPを全て刈り取り、ポリゴン片にして爆ぜ散らした。何が起こったのか理解できず、取り残されたプレイヤーは、頭を守る様に抱えてポツリと呟く。
「……俺、攻略組目指すの……、辞めた……」
「……ああ、俺も……」
フィールドモンスターだけに止まらず、この光景を目にしたプレイヤー達のモチベーションも纏めて粉砕して進むヒョウにキリトが並びかける。
「ヒョウ、今のは?」
「ああ、抜刀術」
「それって、もしかして……」
「そう、ユニークスキルだ」
「ユニークスキルか……、フッ」
「どうした、キリト?」
「いや、何でも。急ごうぜ! ヒョウ」
「あ、ああ」
キリトがヒョウのユニークスキルをその目で見て、真っ先に感じたのはやっかみでも劣等感でもなかった。「ようし、俺だって!」という、探求心と向上心だった。ツウの事を思えば不謹慎ではあるが、キリトはこの時、SAO世界に広がる無限の可能性に心が躍っていた。
「キバオウさん、建て直しが遅い」
「わーってるわい、そないな事!」
リンドの苦情にキバオウが怒号を返す、ヒョウとキリトの抜けた穴は地味な所からその姿を顕在化した。
最初に立てられた作戦の布陣、アスナ、ヒースクリフのコンビとヒョウ、キリト、クラインのトリオという二つの特火点から、アスナ、ヒースクリフ、クラインのトリオに変更されたそれは、派手さは無くとも慎重に確実にボスのHPを削っていった。しかし、目に見えない小さな皺が、レイド全体に広がっていた。それは、合流前からキバオウ、リンドに有った考え方の違いによる物だった。キバオウは戦力の平均化を計り装備品を分配していたが、リンドはレベル上位のプレイヤーに優先して良い装備品を分配していた。これは面を重視するか、点を重視するかでどちらも正解、不正解と言い難い物なのだが、今回の攻略でその明暗がくっきりと別れていた。リンドのチームに比べ、キバオウのチームが身に付けている装備品はランク下の物であり、戦闘力防御力において、僅かではあるが見劣りする物だった。この僅かの差が命取りになるのがボス戦である。遊撃部隊の足並みが揃わず、皮肉な事に良い装備品に身を固めているリンドチームが負担を背負い、劣勢に陥る結果になっていた。いつものボス戦では、そこの所のフォローをキリトやヒョウが行って、顕在化を防いでいたのだが、今日はその二人が居ない。
「あんじょう気張れや!」
キバオウが声を張り上げ鼓舞しても、二人の穴は塞がる事なく、寄った皴は拡大していく。この事態にリンドチームのプレイヤー達の間で疑念が生じていくこととなる。キバオウは手を抜いているのでは? と。
リンドチームのプレイヤーに、不満の色が浮かんでいくのを確認したヒースクリフは人知れずほくそ笑む。
さぁ、伝説の始まりだ!!
HPバーが半分を切ったボスモンスターが、怖気をふるわす雄叫びをあげた。
「ヒョウ、あそこだ!」
キリトが指差す先に、何人かのオレンジプレイヤーが見張りに立つ山小屋が建っていた。ヒョウは無言で頷くと、オレンジプレイヤー達を蹴散らして山小屋の中に突入する。
「祝屋ァ」
「またお前か、榊」
目尻を痙攣させて睨め上げるサーキー達オレンジプレイヤーと、彼らが取り囲む一室の扉の間に割って入るヒョウ。
「相手は一人だ! お前達、やっちまえ!!」
襲いかかるオレンジプレイヤー達をいなして、ヒョウは彼らを小屋の外へと誘導していく。
「馬鹿が! 自分から不利な場所に出てくるか!? 普通。おい、囲んでやっちまえ!!」
「ソイツはどうかな?」
小屋の入り口で、口角泡を飛ばして指示を出すサーキーの背後に、いつの間にかキリトが立っていた。キリトが不気味に呟くと、サーキーを小屋の外へと蹴り出した。
「ヒィッ」
無様なうめき声をあげて、地面に転がるサーキーが見たものは、四方八方から無抵抗にめったやたらと斬りつけられるヒョウの姿だった。一瞬その光景に喜色を浮かべたサーキーであったが、ヒョウには全くダメージを与えていない事に気がつき、愕然とする。
「バトルヒーリングにバトルブーストか……。お前達とは格が違うんだよ、ヒョウは!」
「畜生! 舐めやがって!」
起き上がり様にキリトにソードスキルで斬りかかるサーキー、意地になってヒョウに斬りつけるオレンジプレイヤー達、しかし……
「はぁああああああ」
「せぇえええええぃ」
キリトとヒョウの、迎撃のソードスキルの共演が、サーキー達の凶刃を迎え撃つ。キリトはサーキーのソードスキルに合わせ、単発の切り上げソードスキル、ソニックリープで受けると、手入れの行き届いていないサーキーの片手剣は木っ端微塵に砕け散った。ヒョウはオレンジプレイヤー達が武器を握り振り下ろす手首に狙いをつけて、ソードスキル『快刀乱麻』を炸裂させた。すると、かつて動画で見せた十基の巻き藁の如く、オレンジプレイヤー達の手首が斬り落とされ、武器が地面に落下する。
「さぁ、どうする」
「まだやるか」
キリトとヒョウが静かにそう言うと、一瞬の出来事で自分達がどうなったのか気づかなかった彼らは、事態を把握して、斬られていない方の手で武器を拾い上げ、蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。サーキーを除いては。
「祝屋ァー!」
いつの間にか装備した短剣を両手で握りしめ、腰だめに構えたサーキーは、身体ごとヒョウへとぶつかっていく。しかしそんなサーキーの悪足掻きも虚しく、ヒョウはバックステップでかわすと、バランスを崩してたたらを踏むサーキーに刀を一閃する。
「!?」
サーキーは一瞬のうちに四肢を斬り落とされ、地面に転がった。
「祝屋ァ! 祝屋ァー!!」
「榊……」
「テメエ殺す! 絶対ぇ殺す! 覚えてろ! 絶対ぇ殺してやる!!」
「お前も次は無いと思え、榊。今度コヅ姉に手を出したら……、殺す」
地面に転がり喚き散らすサーキーに、納刀の鍔鳴りの音を残し、ヒョウとキリトは山小屋へと再び足を向け行った。
「ぐわぁあああっ」
「リンドさん!!」
「リンド!」
「リンド!」
ボスモンスターが雄叫びをあげ、広範囲ソードスキルを放つと、大部分の攻略プレイヤーが巻き込まれ、弾き飛ばされて行く。中には直撃を受けてHPバー全てを失い、ポリゴンの欠片となり消えていった者もいた。その中でも、最も影響力が大きかったのは、アインクラッド解放軍のギルドマスター、リンドの死であった。
「狼狽えるな! 私が持たせる。皆下がって回復を」
鋭く指示を出してヒースクリフは、単身ボスモンスターに挑みかかる。
これで今から私の伝説が生まれる、これで血盟騎士団は最強ギルドとして誰もが認める様になる。私の武、そしてアスナ君のカリスマが攻略組の全てを導く事になる。そして百層では……
本当はこの場にキリト君、そしてヒョウ君にも居て欲しかったのだが。傷ついたヒョウ君の前で私達が活躍すれば、ヒョウ君の十三層の伝説を超えられたかもしれないのに……。いや、やはり彼は居なくて正解だったのだ、彼の太刀筋は、システムに守られている筈の私でさえ、全く反応出来なかったのだ。もし彼がここにいれば、私の思惑を超えて全く違う結果になっていた可能性が高い。贅沢は禁物だ、せめてHPバーの残量で、彼に差をつけるとしよう。些か不本意ではあるが……
「アスナ君、スイッチだ!!」
「はい、団長。せぇえええええぃ」
アスナの放った渾身のソードスキルが、ボスモンスターの眉間を穿つ。ボスモンスターは一瞬痙攣すると、断末魔の咆哮をあげ、急速にHPバーを消失していき、最期にポリゴンの欠片となり虚空に消えていった。
ガツン! ガツン!!
急に外が静かになったと思ったら、今度はいきなりドアを蹴破ろうとする衝撃音が鳴り響く。その衝撃でバリケードは揺れ、掛金状の鍵の耐久値が落ちていく。その光景を、五人は部屋の片隅で、震える手で武器を構え、見つめていた。そして!
「このヤロー!!」
蹴破られたドアから見えた男の姿めがけ、意を決したリズベットがメイスを振り下ろす。しかしリズベットの一撃は、悲壮な決意も虚しく男に交わされ空を切る。奇襲に失敗したリズベットは、女としての危険と生命の危険を自覚して、恐怖のあまり腰を抜かしてへたり込んでしまった。殺気だった鋭い男の目が室内を見回す、逃げなきゃと考えるが、全身の力が抜けて動けないリズベット。一瞬の出来事が、恐怖で永遠の長さに感じているリズベットの耳に、男の声が飛び込んできた。
「コヅ姉! 無事か!?」
コヅ姉? コヅ姉って誰よ? ははは、参っちゃうな、怖すぎて私、変になっちゃったみたい……
そうとりとめもなく考えていたリズベットの視界の片隅に、男に向かってツウが駆け出すのが見えた。
ダメよツウ、逃げて、逃げなさい……
朧気な意識の中、ツウを案じるリズベットの耳に、ツウの声が飛び込んできた。
「あーん、タケちゃん、タケちゃん、怖かったよぉ~!」
なーんだ、アイツがタケちゃんか……、アイツが……タケ……ちゃん……
安心して緊張の糸がプツリと切れたリズベットは、安堵感に抱かれて意識を失った。
ボス攻略を終えた攻略プレイヤー達は、皆一様に虚無感を抱えていた。第一層以来の攻略プレイヤーの死亡、それも複数のプレイヤーの死亡は、攻略以来初めての出来事だった。その虚無感から目を逸らす為か最大勢力、アインクラッド解放軍のメンバーが、真っ二つに別れて論争を繰り広げている。
「どうして、どうしてリンドさんを見殺しにしたんだ!?」
この糾弾をキバオウは一身に受けている。攻略中のキバオウチームの動きの鈍さが、リンドチームの目には手抜きに見えていたのだ。無論キバオウ達は手抜きなどしていなかった、恐らくリンドチームの人間も、数名はその事を理解しているのだろうが、彼らは悲しみと怒りの捌け口を必要としていた。
そんな心理を知ってか知らずか、これを奇貨としてキバオウ一派を追放してギルドの主導権を握ろうと画策したのが、かつてヒョウに盟主として参加を要請し、けんもほろろに断られた分離派の面々である。リンドがリタイアした今、残る邪魔者はキバオウである、彼が失脚すれば、リンド派を吸収して最大派閥として攻略をリードできる状態で、ギルドを支配する事ができる。彼らはそのために、声を荒らげてキバオウを糾弾していた。皮肉にも、それは第一層でキバオウが攻略の主導権を握る為、英雄視されつつあったキリトを蹴落とす為に使った手法である。まさに因果応報と言える状況であった。この後アインクラッド解放軍はキバオウ一派を除く大多数のメンバーが脱退、新たにギルド『青龍連合』を結成し、攻略の影響力を失ったキバオウは、再起を期して第一層へと落ち延びる事となる。
彼らの身勝手かつ不毛な言い争いをBGMに、アスナは自分の装備スロットを、忸怩たる想いを抱きながら操作していた。装備品をスクロールすると、初めて見る文字が並んでいる、それを目にしたアスナの胸が締め付けられる。
『ヴァイサーコメート』白い彗星という意味を持つ細剣は、今回アスナがラストアタックボーナスとして得たアイテムだった。アスナは今回初めてラストアタックボーナスを得たのだが、全く喜びを感じてはいなかった。むしろ、後悔に近い、苦い想いしか感じていなかった。それは、親友の窮地に駆けつける事が出来なかった後悔。こんな想いをするなら、ソロのままでいた方が良かった、ギルドになんか参加しなければ良かったという想いが、アスナの胸に込み上げる。攻略終了後、ヒョウからツウを無事救出したとのメールが届き、アスナの心は後ろめたさに支配されてしまった。ギルドを脱退しようか? アスナの頭に、そんな思いが浮かんだが、首を左右に振ってその考えを頭の中から追い出した。そうだ、私は親友を裏切ったのだ、そんな事をしても償いにはならない。そんな事をしても、私はツウにまみえる事は出来ない。
だったら
私は裏切り者の汚名を胸に、この道を進もう。昨日までの甘ったれた自分に決別して、この道を歩もう。
アスナの右手に、純白の光輝く細剣が装備された。
私は、攻略の鬼になる!!
アスナは剣を高く掲げ、その想いを胸に刻み込む。その姿はその場にいる者全てを圧倒し、その瞬間、アスナはキリトが予測した通り名実ともに、攻略を導く光となった。
次回 第十八話 PK