ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
この日のアインクラッドの天気は最悪だった。厚く垂れ込めた雲と頻繁に鳴り響く雷の音、吹き荒れる風に土砂降りの雨、こんな日は一日攻略を休み、ゆっくりと骨休めするべきである。
大多数のプレイヤーが、雨風を避け、建物の中で臨時の余暇を持て余している時、三十二層の攻略フィールドの河川敷で、目を開けるのも困難な横殴りの豪雨と強風の中、泰然自若としてモンスターと対峙しているソロプレイヤーがいた。黒い羽織に脚絆を巻いた黒い袴、帯に二本差しのスタイルは、防具に身を固め、出来うる限り防御力を上げて攻略に臨む一般的なプレイヤーとは対極の装備である。防御力など度外視した、紙装甲といって差し支えないこの装備では、例えフルパーティーを組んでいても、最前線に近いこのフィールドでは自殺行為なのだが、このソロプレイヤー、ヒョウは違っていた。
「!!」
宙に浮く巨大な目玉型のモンスターの発した光線を見切り紙一重でかわすと、ヒョウは腰の刀に手をかける。勝利を確信したのかその口元に不敵な笑みが浮かんでいた。目玉モンスターは三十層を越えたあたりから出始めた、デバフを多用するモンスターだ。巨大な目玉から発せられる光線は、破壊力こそ微々たる物だが、麻痺や毒などの厄介な状態異常を引き起こし、これに当たる時はパーティーを組み、異常解除のポーションを多めに持っていくようにと、ネズミ印の攻略本に赤線引きで記されていた。そんな厄介なモンスターを相手取り、黒い武芸者風の装備に身を包んだヒョウは、ソロにも関わらず有利に戦いをリードしていた。デバフの光線を交わされたモンスターは、懐に飛び込もうと踏み込むヒョウに対し、そうはさせじと触手による連続攻撃を繰り出した。
触手による攻撃は、槍、棍棒、鞭の複合型の武器と言ってよく、プレイヤーにはないモンスター固有の武器スキルで、捌くのが難しい攻撃なのだが、ヒョウはことごとくそれを交わしてモンスターの懐へと肉薄していく。もしこの光景を見る者がいれば、あの装備でよくそんな立ち回りが出来る、と彼の剛胆さに舌を巻くだろう。彼にそれが可能なのは、見切り、後の先というエクストラスキルによるものだ。この二つのスキルは、カタナスキル所有者に発現するスキルで、彼の他にもちらほらと取得した者が居るのだが、これほどまでに高いレベルで使いこなすプレイヤーはまず存在しないだろう。
「水車!」
モンスターの触手攻撃を交わしきり、懐に飛び込んだヒョウは、ソードスキルを発動する。このソードスキルはカタナスキルではない、ヒョウの持つ唯一無二のユニークスキル、抜刀術のソードスキルだ。目にも止まらぬ突進力をそのままに、一回転しながら抜刀し、遠心力を加えて放たれた刃は眩いエフェクト光を迸らせ、モンスターの巨大な目玉を一刀両断に斬り裂いた。そのまますれ違い、ヒョウは刀を鞘に納める。彼の納刀から一拍遅れたタイミングでモンスターは振り返り、彼の背中に狙いをつけて触手を振り上げた。攻勢転じて絶体絶命のピンチに陥ったヒョウは、そんな危険に気づかない様子で、一仕事終えた様に首をコキコキと鳴らし、右肩をぐるぐると前後に回している。充分過ぎる殺意を乗せて、触手を振り下ろしたモンスターだったが、その目的を果たす事は出来なかった、何故なら……
「グギャアァアアア!!」
モンスターの触手がヒョウに炸裂する一瞬前、モンスターは断末魔の叫びを轟かせ、ポリゴンの欠片に爆ぜ、豪雨の中に散っていった。
豪雨でずぶ濡れになった顔を袂で拭うと、ヒョウはフリックしてメニューを開き、覗き込む。
「おっしゃ、ユニークスキルゲット!」
彼の倒したモンスターの名前は、オクールステンプリスターティス。小人妖精の願い事というクエストのラスボスである。内容はモンスターの起こす暴風雨で、毎年住処を破壊され、困り果てた小人妖精が、森で出会った勇敢な冒険者にモンスターの退治を要請する、というものだ。報酬はレアアイテムと、モンスターからドロップするユニークスキルである。
このクエストの困難さは、ボスがフィールドでは現在最強クラスのモンスターである事もさることながら、そのボスがアインクラッドで一番の暴風雨の日にしか出現しないという点に有った。故にヒョウは暴風雨の日なると、他のプレイヤー達が攻略を休む中、今日か今日かとフィールドに出掛けていたのである。
本当はこんな日位、自分もツウの元で休んでいたいのに……
限りあるリソースの一つを得る事は、このアインクラッドで生き抜く為には計り知れない恩恵をプレイヤーにもたらす、自己強化の情報を知ったからには手を抜く事は心情に反する。ヒョウはそう自分を鼓舞して、荒天の中クエストに臨んでいたが、流石の彼もクリアしてみると喜びよりも疲労感が勝っていた。
さっさと妖精の所に行って終了報告しよう、そして今日はコヅ姉の膝枕でゆるゆるだらだら過ごすんだ。
ヒョウはそんな事を思いながら、豪雨のフィールドを駆け足で進んでいった。
「親方ァ~、お使い終わりましたぁ~」
「ぷふぁ~、キツかったぁ~」
二人のプレイヤーが、宿屋の一室に転がり込む、どうやらこの暴風雨の中で外出していた酔狂な者は、ヒョウ一人ではなかった様だ。
「おう、お前ら、ご苦労だったな、今日はもう休んでいいぞ」
ソファーにくつろぐ浅黒い禿頭の巨人、エギルが、二人のプレイヤーに愛嬌のある笑顔を向けた。
「親方、こんな雨の日に配達だなんて……」
「いくらなんでも殺生ですよ……」
弱音を吐く二人に、エギルは正論で以て答えるが、些か意地の悪い笑顔を浮かべて言った為に、いくら正論でもその言葉は甚だ説得力に欠けるものだった。
「おいおい、若いモンがだらしないぞ、全く。商人は信用第一だって言ってるだろう。こんな酷い天気の日でも、注文通りに品物を納める事が、商人としての信用に繋がるんだ」
「そりゃ、そうですけど……、なぁ」
「延期のメールを飛ばして、了解を得るって手も……」
探るような目で見上げ、恐る恐る反論をする二人に、エギルは拳骨を食らわせ外の暴風雨に負けない位の雷を落とす。
「バカヤロー! そんな甘ったれた根性で、商人スキルを身に付け……、いや、このデスゲームを乗りきれると思うな! 全く、折角今日の駄賃は色をつけようと思っていたのに、止めだ止めだ!!」
このエギルの叱責の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「そんな、親方ぁ~」
「勘弁して下さいよぉ~」
懇願する二人のプレイヤーを無視する様に、エギルは目を閉じてコーヒーを啜る。そんなエギルに翻意を願う二人のプレイヤーの名前はエビチャンとクマという。
二人は十三層の攻略で身の程を知り、リアルから続けていたヒョウに対するアンチも、自分の幼稚さだった事を思い知る。そしてオレンジプレイヤーに堕ちたサーキーとは袂を分かち、アインクラッド解放隊を辞めてMTDに戻り、シンカーに頭を下げて筋を通してしばらくは彼の元で手伝いをして、アインクラッドでの処世術を学んでいた。今はそのシンカーとヒョウの口添えでエギルに弟子入りし、丁稚奉公宜しくコキ使われている。
まぁ、些かに依存心は残してはいるが、駄々をこねて他人に働きかけるよりも、自分で腰をあげ手を伸ばした方が早く、理想に近いものが手に入る事に気づいたのは、この二人も成長したと言って良いだろう。それよりも……
前言撤回を求めるエビチャンとクマをあしらいながら、エギルは他の親しい二人に思いを馳せる。
「あの二人……、一体全体どうしちまったんだ、本当に……」
あの二人、今はヒョウの所にも顔を出していないそうだし、本当に何が有ったんだ?
エギルの言うあの二人というのは、キリトとアスナの事である。
キリトとアスナのコンビが、アスナの血盟騎士団加入で解消するという事件は、攻略組の間でちょっとしたゴシップになっていた。当初はキリトも血盟騎士団入りして、コンビは続くと思われていたが、その予想は裏切られ、彼はソロプレイヤーを貫いている。
アスナは二十五層の攻略から、まるで人が変わった様に攻略に厳しく取り組む様になっていた。それは若くして副団長に任命され、攻略部隊のリーダーを任されている事からくる重圧だけが理由とは思えない冷徹さが有った。
一方のキリトもいつからか様子がおかしくなっている、明るさが無くなり、あからさまに人を避ける態度に、口かさの無い攻略プレイヤーは、アスナに捨てられたショックと陰口を叩いているが、あのキリトにそれは無いだろう。そんな程度でへこむタマなら、ここのところの攻略での活躍は説明出来ない。
しかし気になるのは、プレイスタイルの変化である。表面的には変わらない風に見えている、より尖鋭化していると受け止められるが、普段の生気を失った目と戦闘時の鬼気迫る目の違いに、エギルは危うさを感じていた。
コイツ、まさか死に場所を探しているんじゃあるまいな?
そう危惧したエギルは、二人に事の真相を質そうとしたが、アスナは血盟騎士団のメンバーに守られ近寄る事も出来ず、かと言ってキリトの幽鬼の様な目を見ると気後れしてしまい、それを聞く事は憚られていた。
最後の手段として、二人と仲の良かったヒョウに事情を聞いてみたが、彼の回答も芳しいものではなかった。二十五層攻略から、週一で来訪していたアスナの足がぷっつりと途絶えた事、気づけばフレンド登録も解消されていた事実。キリトの情緒的変化が始まったのは、二十八層攻略後辺りである。キリトの足が遠退いたのもその辺りであり、アスナとの関係が原因とは考えにくい。それがヒョウの回答であった。
マジで一体何が有ったんだ?
渋面を浮かべるエギルの胸の中は、これから先の攻略を考えると、窓越しに見上げる荒天の様な不安が渦巻いていた。
「ただいま~」
「お帰り、ヒョウ兄ちゃん」
「ヒョウお兄ちゃん、お帰りなさい」
ヒョウが帰宅すると、大勢の子供達に取り囲まれ、もみくちゃにされる。
「ヒョウ兄ちゃん、お土産無いの?」
「ヒョウお兄ちゃん見て見て、これ私作ったの」
「おっ、凄いなぁ、どれどれ」
「えへへ」
「あーっ、ずるい、僕のも見て」
「私のも」
嫌な顔一つせず子供達に答えるヒョウを微笑んで出迎え、ツウはタオルを渡す。
「お帰りなさい、タケちゃん。どうだった?」
「上々。スキルもアイテムも無事ゲット」
受け取ったタオルで顔を拭いながら、ヒョウはツウと子供達と連れだって、食堂に入っていった。
「ほーんと、毎日熱々ねぇ。羨ましすぎて胃にもたれるわ」
食堂で煎餅をつまみながら、ヒョウ達を待ち受けていたのは、十八層奥でツウと共にオレンジプレイヤーから救い出したリズベットだった。
「ああ、来てたんだ、リズベット」
「リズで良いって言ってるでしょ。人をお邪魔虫みたいな目で見ないでよ」
「そんな目してないだろ。いらっしゃい、リズ」
リズベットはキリトやアスナと入れ替わる様なタイミングで、二人の許を足しげく訪れる様になっていた。理由は本人曰く
ジャンルは違えど、生産職を目指す者として、リスペクトするsenbaoriのツウから学べる物を吸収して、自分の成長に繋げたい。
との事である。なんだかんだ言って、本音はアインクラッドに幽閉されて以来遠ざかって、忘れかけていた『家庭的な雰囲気』を求めてである。
ほぼ毎日、手を替え品を替えして理由を作りやって来るリズベットの言い訳が尽きた頃、ヒョウは島の一角に鍛治師用の簡易訓練工房を建設し、ツウを守ってくれた事の礼を示し、歓迎していた。
簡易の訓練工房とはいえ、リズベットがこれまで使っていた道具に比べ、格段に上の設備が整った施設となっていて、彼女を狂喜乱舞させて現在に至る。リズベットはヒョウとツウに、この施設を自分の鍛治師仲間にも使わせて欲しいと頼み込み、以来リズベットを始めとする鍛治職人が長足の成長を遂げ、攻略組を支える事となる。そして、それはヒョウの思惑通りの事だった。ヒョウはこのデスゲームから一刻も早くツウを救うため、攻略の戦力を上げる為に『ナンバ』の動きを開示して、希望者に伝授していた。今回のリズベットの申し出も、生産職の技術向上も攻略に欠かせないファクターであると考えていたヒョウにとって、実は渡りに舟だった。ヒョウはリズベット以外のプレイヤーからは、使用料を取る事を条件として、これを認め解放する。使用料を取った理由は、意欲の確認と保育園の維持費獲得のためである。これが後に、ヒョウにとって痛恨の出来事を生む結果になるとは、誰にも予測出来なかった……
「刀、見せてよ」
「ああ、頼む」
ヒョウは腰に差した二本の刀をリズベットに渡す、刀を受け取ったリズベットは静かに鞘から抜くと、刀身に歪みが無いかを丹念に調べると、呆れ顔でヒョウを見る。
「長柄黒耀騒速、いつ見ても信じられないわね、これ本当に十五層で見つけたの?」
「ああ」
「ああって……」
きょとんとして答えるヒョウに、リズベットは肩を落として盛大なため息をつく。
「魔剣とか妖刀とか言う言葉が陳腐になるくらいぶっ飛んでるわよ、この刀。もうオーパーツよ、オーパーツ。こんな凄い刀がそんな低層でドロップするなんて信じられないわ」
ヒョウはサーキーのMPK事件後、落ち着いてからキリトとアスナに例のクエスト、選ばれし者達の試練、を教えたのだが、二人にはクエストは起こらなかった。二人用のクエストだから大丈夫だと思い、情報を教えたヒョウはその事実に驚いたが、キリトは淡々としたものだった。
「恐らく早い者勝ちの、エクストラクエストだったんだろう。この手のゲームにはよくある事さ」
信じられないというリズベットの言葉に、苦笑いしながらレクチャーしてくれたキリトの言葉を思い出したヒョウは、やはりヒースクリフには何かあるのだろうかとの思いを新たにする。
「刀もそうだけどヒョウ、あんたの腕も大したもんよ。全っ然歪みが無いじゃない、本当に使っているの? この刀」
「使わなきゃ、モンスターを倒せないだろう」
ヒョウの軽口を聞き流すと、リズベットは刀身を和紙で拭い、打ち粉を打ちながら言葉を続ける。
「前に紹介してくれた刀使い、クラインだっけ? あの人の刀なんて酷い物よ。メンテに来る度にガッタガタに歪んでるんだもん」
「へぇ」
相槌を入れるヒョウ。
「初めはどんなに下手くそなのよと思ってたんだけど、私が刀のメンテが出来るのが知れてからお客も増えて、他の客の刀をメンテをしたらびっくりよ」
「何で?」
「みんなクラインより酷いんだもん。ヒョウと比べるのが間違ってるって、その時気づいたわ。はい、出来たわ」
長柄黒耀騒速を鞘に納め、ヒョウに渡すとリズベットは、小刀白耀雷光のメンテを始める。
「だけど、ヒョウが刀使いで本当にラッキーだったわ。あんたと知り合ってなかったら、私、刀のメンテなんてまだ出来なかったわ」
刀のメンテは他の武器とは手順が違い、そしてそれを知る者が少なく、刀使いがボチボチ増えてきた今、それは彼等にとって頭の痛い問題だった。そんな中、ヒョウの刀を診る事で、先んじてそれを知ったリズベットは、刀使いの間では貴重な存在となっている。そしてそのお陰で鍛治スキルの中のエクストラスキル、刀匠を獲得し、マスターメイサーへの大きな第一歩を踏み出していた。
「でも、本当に自信無くすわね、こんな刀を見てると。とてもじゃないけど、今の私になんか打てやしないわ、こんな業物……」
「諦めるのかい?」
ため息をつくリズベットにそうヒョウが聞くと、彼女はキッと挑戦的な眼差しをヒョウに向ける。
「ちょっとヒョウ、あんた何聞いてんの、私が無くしたのは自信、ヤル気じゃないわ」
その言葉を聞いて、ほう、という目を向けるヒョウに、リズベットは高らかに宣言する。
「山や壁は、高くて厚い方が燃えるのよ! 見てらっしゃい、いつかきっと、その刀を超える刀を打ってやるんだから!」
胸を叩くリズベットの姿を見て、ヒョウとツウは頼もしげに頷いていた。
こうして攻略階層が進むにつれ、一人一人の目的、レベルに応じて人間関係が変化していくのは、一般社会もアインクラッドも変わりはない。それは直接攻略をする攻略組、生き残る事を目的とするボリュームゾーン以下のプレイヤーに関わる事なく起きる事で、当然の如く第一層始まりの街を拠点とするグループにも、大きな人間関係の変化が見られていた。
「せやから甘いっちゅーねん、シンカーはんは、いくら高い目標掲げても先立つもんがあらへんと、所詮は絵に書いた餅なんや、意味はあらへん」
「それには同意するがキバオウさん、だからといってギルドの構成員以外から、徴税と称してコルを巻き上げるなんて無法な事は断じて認められない」
旧MTD本部で激しく議論を戦わせているのは、ギルマスのシンカーとキバオウである。旧MTD本部としたのは、MTDにも大きな人間関係の変化があり、その結果陣容も大きく変わり、名称の変更も余儀なくされていたからだ。人間関係の変化とは、MTDとアインクラッド解放軍の合流である。この二つの組織が合併した理由はどちらの組織にも、今後このSAOを乗り切る為に、背に腹を変えられない切実な理由が有ったからだ。その理由とは、MTDはオレンジプレイヤーの暗躍で、会員やプレイヤー達の安全を守る必要性が生じてきた事である。十八層奥で起きた事件は、その事実を否応なくシンカーに突きつけていた。しかし彼等にそれを早期解決する手立てがなかった、何故ならMTDの成立理念は、MMORPG初心者のプレイヤー達に、この世界での基本的な立ち回り方法を伝授する事と、それでも始まりの街から出られないプレイヤー達の支援を行う事である。当然彼等の行動範囲は低層に限られており、であるが故にレベルもある程度の所で頭打ちとなっている。それが原因となり、シンカーは十八層奥でのツウ達の危機に対応が出来なかったのだ。これはMTDの存在意義を揺るがす由々しき問題である。しかし、だからといってシンカー達が急に高レベルプレイヤーに自己強化を出来る筈もなく、緊急案件にも関わらず早期解決が出来ないという深刻なジレンマに陥っていた。
もう一方のアインクラッド解放軍の理由は、より打算的な問題だった。二十五層攻略後、大量離脱者が発生したアインクラッド解放軍は、深刻な財政難に陥ってしまう。そのため、それまで利用していたギルドホームの維持が不可能となり、断腸の思いで手放す事になってしまった。後にそのギルドホームが、自分を裏切って発足した青龍連合の物になった事を知り、怒り心頭のキバオウだったが、現時点で取り戻す手立てもない。それよりも、自分を慕ってついてきてくれた連中の為に、一刻も早くホームを探さなくてはならない。キバオウは青龍連合に対し、いつか目に物見せてやると復讐を誓いつつ、ホーム探しに奔走した。しかしキバオウの意気込みを嘲笑う様に、彼の必要とする施設は見つからなかった。キバオウはこれまでの経緯を思いだし、遂に適当な施設のある場所にあたりをつけた。それは第一層の始まりの街である。このゲームのスタート地点である始まりの街は、持ちコルの少ないプレイヤーも無理なく生活出来るよう、宿泊施設の価格設定は格安になっており、さらに教会等の大きな建物は無料で宿泊に利用できる物もある。それに気づいたキバオウは、勇躍始まりの街へとやって来たが、ここで自分自身の誤算に直面する事となる。その誤算は簡単な事である、彼が目論んでいた無料利用施設は、全て他の団体に押さえられており、ゲームが始まって数ヶ月経った現在、今さらノコノコやって来た所でめぼしい物件が残っている筈もなかった。ギルドメンバーの手前、引っ込みのつかなくなったキバオウは、「全てのプレイヤーを、アインクラッドという牢獄から解き放つ為に戦うアインクラッド解放軍の為に施設を明け渡すのは、一般プレイヤーの義務である」と宣言し、先住団体に立ち退きを要求し始めた。
キバオウの強引かつ勝手な主張に、先住者達は辟易となり、始まりの街の顔役的な立場に収まっていたシンカーに相談し、解決を求めた。ここでシンカーとキバオウは出会う事となる。二人が折衝する過程で、お互いがそれぞれ求めている物を持っている事に気がついた。シンカーの求めている『力』と、キバオウの求めている『本拠地』、それぞれ可及的速やかに必要としている物が相手の手の中にあるのだ。ならば、となるのは時間の問題だった。しかし、この合併交渉は、善人のシンカーにとって、攻略のイニシアティブを握る為、海千山千の交渉をこなしてきたキバオウが相手では荷が重かった。キバオウは下手に出る様な素振りで交渉を開始すると、赤子の手を捻るようにシンカーから交渉の主導権を奪い取る。そうして思いのままに新ギルドの形を決めていった。ギルド名はMTDからアインクラッド解放軍に変わった、攻略が四分の一以上進んだ今、MTDも積極的に攻略を目指して活動すべきだと、キバオウは強く主張してシンカーに認めさせた。陣容を攻略、治安維持、民政の三つの実動部隊と、その上に立ち統括する総務の四部門に分けギルドを運営し、ギルドマスターが監督する事が決められた。攻略部門のリーダーをキバオウ、ギルドマスターにシンカーが就任してギルドは新しい一歩を踏み出した。
シンカーがキバオウの奸計に気がついたのは、合併後第一回目の定例会議の席であった。この会議を終始キバオウはリードして、存在感を示したのに対し、シンカーは全くといっていいほど、存在感を示す事が出来なかった。理由は交渉時に決めた、ギルドマスターの権限の制限であった。ギルドマスターはギルド全体の方針を示し、監督する権限を持つが、定例会議の決定に従わなければならない、という条文をキバオウは捩じ込んでいた。これは一見民主的な制度ではある、しかし制度というものは、所詮人間が使う物である。運用する者に、利己的な思いが有れば、いかようにも穴を開ける事が出来る。キバオウは攻略、治安維持、総務の三つの部門のリーダーを、攻略ギルドとして経験豊富という理由で、旧解放軍メンバーをリーダーに捩じ込んだ、これに対して旧MTDからは民政部門のリーダーを輩出するに留まった、それもキバオウの「それについては、経験が無いさけ」と言う言葉に譲られた形で、さらにキバオウの推薦でというオマケ迄ついての就任である。こうして開催された第一回定例会議で、シンカーは方針を示すも、キバオウは表面上それに沿った内容で、あからさまに面従腹背の利己的な内容の決議を次々とシンカーに飲ませていった、それはこの会議において、ギルドの実質的支配者は自分である、と宣言したに等しい。
散々に煮え湯を飲まされてシンカーは、キバオウの真意を理解するも、後の祭りだった。今さらギルドを割る事は出来ず、根気よくキバオウを説得し、ギルドがおかしな方向に行かない様に、注意するしか無いと自分に言い聞かせるしか術を持たなかった。
こうしてギルド規約を換骨奪胎し、責任の軽い立場でギルド全体を掌握する事に成功したキバオウは、その力を思うがままに振るう様になり、遂に第一層住民全員に対し、人頭税を徴収する暴挙に出ようとしていた。
「だからさっきから説明してるやんけ、ワイらが治安を守っとるさけ、他のプレイヤー達も安全に生活できるんや。みんなの安全を守るには、こ狡いオレンジの連中に遅れを取るわけにはいかんのや。せやけど軍の収入だけで揃う装備なんて、たかが知れてますやろ」
「しかし」
「それともなんや、シンカーはん、あんさんワイらに死ね言うんですかい」
「そんな事は……」
「わかってまんがな、シンカーはんは優しい人やからな。ではこうしまひょ、軍に参加したら、税は免除する言うて、先に宣伝しまひょ。したらギルドもでかなって、攻略やら治安維持やら隅々まで手が届く様になりますやろ。ギルメンからの上納も増えるさけ、一石二鳥やおまへんか。そうしましょうそうしましょう」
「……」
人頭税の制定だけは、なんとしても阻止しなければならない。そう決意して数少ないギルドマスターの権限、方針を示し監督するを最大限利用してキバオウに面談し、翻意を促していたが、奸知に長けたキバオウが利用する正論の前に、シンカーは黙らざるを得なかった。
こうして我が世の春を謳歌するキバオウは、攻略最前線復帰を目指し、次の段階にステップを進めようと悪知恵を働かせる。事有るごとに、監督と称する戯言を吐きに来るシンカーを疎ましく思い始めたキバオウは、始まりの街以外の全線基地を欲していた。
キバオウが目をつけたのは、第四層に有る個人所有の島である。なんとしてもそこを徴発しなければならない。キバオウの目算は、その島を攻略部門の宿営地にすれば、一層から四層の支配権を軍が確立する事となり、人頭税を徴収すれば、収入も単純に四倍になる事。その上攻略部門リーダーの責任として自分が宿営すれば、小うるさい負け犬のお小言を聞かずに済む事、その二点に有った。
自分勝手な胸算用を抱きほくそ笑むキバオウは今、攻略組にいた時には味わう事の出来なかった全能感に酔いしれていた。全てを思い通りに出来る立場に立つ、これこそがキバオウが攻略組の中で欲していた事である。
これからや、これからみんな、ワイの思い通りに進んでいくんや。ワイをコケにした攻略組の奴らめ、今に見ていろ、必ず吠え面かかせてやるさけな
暗い情念を燃やすキバオウだったが、彼はまだ気づいていない、自分が堕落し始めている事を。キバオウは座り心地の良い椅子に座ってしまったが為に、その椅子を守る為に攻略よりも自己保身を優先し、権威的な姿勢を取る様になっていく。そして軍内部での権力闘争に腐心する彼は、この時以降攻略の最前線『ボス戦』に参加する事は無くなった。
人間関係の変化がもたらす物は、当事者同士の環境の変化にのみとどまる物ではない。時には全く無関係と思われる人物に、大きすぎる影響を与え、翻弄する事があり得る。ある一人のプレイヤーの人間関係の変化が、かつて袂を分かった二人のプレイヤーの人生を、今大きく翻弄しようとしていた。
「本当にここで良いのかな……?」
「メールに書いて有ったし、良いんじゃないか?」
最前線近くのとある階層の主街区、それも一等地に立つ高級酒場の前で、二人のプレイヤーが俊巡していた。彼等が尻込みするのも当然である、まずこの二人は最前線近くをテリトリーにするほどのプレイヤーではなく、当然収入的にもこの酒場は場違いの店である事が一つ。もう一つはリアルではまだ中学生である彼等に、いくらNPCとはいえホステスが客に同席して接待するこの店は、精神的にかなり敷居が高かった事。そして最後にメールの差出人が、圏内に立ち入る事が不可能な事、これらの理由で二人は店の入り口前で二の足を踏んでいた。
二人は届いたメールが気になって、ここまで来はしたものの、どちらも同様にそのプレイヤーと手を切った事に対する後ろめたさがあり、やはりこのまま帰ろうと踵を返した瞬間、店の扉が開いて聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よう、久しぶり。早く入って来いよ、エビチャン、クマ」
人懐っこくかけられた声に、信じられないと思わず振り返った二人が呻く様に、そのプレイヤーの名前を口にする。
「「サ……、サーキー……」」
二人が驚きの目で見つめる視線の先には、憑き物の落ちた様な爽やかな笑顔で自分達を見るサーキーの姿が有った。
足取りの重いエビチャンとクマを、半ば強引に店内に連れ込んだサーキーは、チャージしていた店の奥の、角のボックス席に二人を座らせると、上機嫌で酒を勧める。二人は戸惑いながらも一口つけると、目下のところの最大の疑問を口にした。
「なぁサーキー、お前どうやって……」
主街区に入れたんだ? それが二人の疑問だった、通常ならオレンジプレイヤーは安全な圏内には入れない、それがSAOで犯罪を犯した者に対する懲罰なのだ。もし入ろうとすると、捕吏NPCに捕らえられ、黒鉄宮の監獄エリアに連行され、ゲームが終了するまで収監の身となるのだ。十三層で別れた時、サーキーはヒョウに斬りかかり、自らのカーソルをオレンジに変えたのだが、今、目の前にいるサーキーのカーソルはグリーンだった。どうして……
「カルマ解消クエストだよ。それよかさ、俺、ギルドに入ったんだ。すっげーいいギルドだからさ、お前達にも声かけようって思ってさ……」
サーキー曰く、オレンジプレイヤーになって、最初は自暴自棄になって、憂さ晴らしに好き放題やったけど、どうしようも無くなって途方にくれていた時、親切な三人パーティーのプレイヤーと出会い、諭されたとのこと。そのプレイヤー達はオレンジプレイヤーに堕ちた自分の為に、一緒にカルマ解消クエストを受けてくれるほど親切な人達で、その縁で今は彼等の経営するギルドに参加させてもらっているとのこと。それらの事を、上機嫌で一気に話すと、グラスをあおる。
「ぷはーっ、うめぇー。流石高級店だな、いい酒揃えてるぜ。ほら、お前達も飲めよ、再会を祝して乾杯しようぜ。俺の奢りだからよ、遠慮するなって」
「う……、うん」
「ああ……」
サーキーに勧められるまま、ぎこちなくグラスを手に取りエビチャンとクマは口をつけたが、二人には味が分かる余裕がなかった。二人はサーキーの態度に言い知れぬ不安を感じていた、何故なら二人はリアルからの付き合いがある。二人は同じ中学でつるんでいた時から、サーキーは敵対者に容赦が無いことを知っていた。敵対者に対し、時には二人が引くくらいのえげつない嫌がらせやいじめを平気で行うサーキーが、十三層で見捨てた俺達を許すはずがないとエビチャンとクマは思っていた。しかし、目の前のサーキーは二人の疑念とは裏腹に、終始上機嫌で接してくる。この態度に言い知れぬ不気味さを感じたエビチャンとクマは、早めにこの場を立ち去るべく、あたふたと言い訳を口にする。
「そうか、サーキーも苦労したんだな。実は俺達もさ……」
「あの後エギルさんの世話になって、商人の修行中なんだ」
「今日もこれから仕入れの狩りに行く予定なんだ、悪いけど俺達はこれで」
「またメールくれよ、じゃあな」
そそくさと席を立った二人だったが、サーキーは二人の背後に回り、肩を組む様に両腕をかける。
「そっか、よし、じゃあ俺も手伝うよ。何層なんだ?」
人の良い笑顔でそう告げるサーキーにとって、二人の手伝いをするのはもう確定事項の様だ、エビチャンとクマは心の中で渋面を浮かべ、顔を見合わせた。
そうして三人が連れ立ってやって来たのは、十五層の攻略フィールドにある果樹林だった。そこで蜂型のモンスターを大量に狩っていた、目的は二つあり、いずれもドロップアイテム狙いである。一つは細剣の強化アイテムになる蜂の針で、もう一つは食材アイテムの蜂蜜だ。どちらも納入先は四層の島にある保育園兼孤児院経営者のツウである。ツウは二人の更正を喜び、エギルを通じて日常の消耗品を発注していたのだ。二人も元々はリアルで憧れを抱いた相手である、確かにリアルでしでかした事の負い目も有ったが、頼られて悪い気はしない。リアルでの事をおくびにも出さないツウの気遣いにほだされ、二人は人に頼られる喜びを知り、いつしかひねくれていた心と決別するまでになっていた。夢中で狩りをするうちに、エビチャンとクマはサーキーに対する警戒心を徐々にといていく。
「ほらエビチャン、スイッチだ、ラス頼む」
「サンキュー、サーキー。やぁっ!」
以前一緒に行動していた時は、初撃とラストアタックにこだわり、面倒な中間戦闘を忌避して二人に押し付けていたサーキーが、積極的に中間戦闘を買って出て、ラストアタックを二人に譲る姿に、エビチャンとクマはすっかり気を許していた。
「よし、次はクマな、スイッチ」
「よぉし、そりゃあ!」
モンスターを次々と倒していくエビチャンとクマは、サーキーの立ち回りに内心舌を巻いていた。サーキーはモンスターとの相性に応じ、実に器用に武器を使い分け、有利に戦闘を進めている。これは十三層以後、何度かパーティーを組んだヒョウと同等の安心感のある戦闘だった。ヒョウとパーティーを組んだ時は、ヒョウの圧倒的強さに、驚くだけだったが、今目の前にいるサーキーは、自分達の強さを引き出してくれる、そんな立ち回りだった。
この違いはヒョウとサーキーが、SAOで今まで過ごしてきた環境の違いによるものだ。ヒョウはリアルで身につけた祝心眼流剣術を十全に活かす為に、武器を選びパラメーターを上げてきたが、途中オレンジプレイヤーになったサーキーは違った。彼はオレンジプレイヤーになったが為に、武器を選ぶ事は出来なかった。他のプレイヤーから奪い、モンスタードロップを拾いして、様々な武器を手にするうちに、全ての武器を高いレベルで使いこなせる様になっていた。そして、使う武器を絞れなかった事で、アジリティにやや重点を置くも、全てのパラメーターをまんべんなく上げたオールラウンダーとして成長させていた。
そんなサーキーの能力は、攻略組と比べると器用貧乏なレベルだが、ボリュームゾーンのプレイヤーからすれば、脅威の能力である。何よりヒョウほど隔絶したレベル差の無いサーキーは、手を伸ばせば届きそうな身近さで、親しみの持てるリーダー格の強さだった。三人の時はは狩りを進めるうちに、SAOに囚われる以前の、リアルの中学校での、バカをやって楽しんでいる楽しかったあの時間に戻っていた。
「なぁ、どうよ、さっきのギルドの話。ヘッドにはもう話つけてるからよ、入ろうぜ、絶対損しねえから、また三人で……」
果樹林の奥へ分け入って、獲物を探しながらサーキーは、酒場で二人に誘ったギルドの話を蒸し返す。しかし……
「折角誘ってくれて嬉しいんだけど、サーキー……」
「俺達、もうエギルさんの商業ギルドに入ってて、悪い……」
すまなそうにそう切り出した二人に、サーキーは唇を歪める。
「それよかさ、サーキー、ヒョウに謝った方が良いよ」
「俺達、話通しておくからさ、謝ろうぜ、な」
エビチャンもクマも、十三層でもう夢見る頃を過ぎていた。二人はこのデスゲームを乗り切る為に、もう地に足を着けていた。今どれだけ楽しい時を共有したとしても、二人はもう現実から目を逸らす事はなかった。
「そうか、二人とも、俺がこんなに誘ってもダメなんか?」
凶相を歪ませるサーキーに、エビチャンもクマも必死で頭を下げて、理解を得ようとした。
「頼むよ、サーキー、わかってくれよ」
「そうか、なら、仕方ないな。無理に誘って悪かった」
意外にも、明るい返答をしたサーキーに、二人はホッとして顔を上げると、信じられない光景を目にして息を飲む。二人が目にしたものは、口調とは裏腹に、凶悪な笑みを浮かべ、片手剣を手にしたサーキーだった。そしてその片手剣は、エビチャンの胸に深々と突き刺さっていた。
「!?」
視界が真っ赤に変化して、急速に失われる自分のHPバーを見ながら、エビチャンはサーキーに力無く手を伸ばした。
「サ、サーキー……」
目の前でポリゴンの欠片と消えたエビチャンを見て、クマは肝を潰して腰を抜かした。そしてエビチャンを殺めた片手剣を一舐めし、狂気の炎を灯して見下ろすサーキーの瞳を見て、震えながら後ずさる。怯えるクマを、サーキーはくつくつと笑いながら、なぶる様な口調で話しながらゆっくりと追い詰めていく。
「あ~あ、折角誘ってやったのによ、バカな奴」
「や、止めろ、止めてくれ!」
怯えきったクマの瞳を見ながら、サーキーは十八層奥での屈辱と、その後の出会いの事を思い出していた。
へへっ、力が湧き上がってくるぜ、ヘッドの言う事は本当だった。
サーキーが運命の出会いを果たしたのは、あの十八層奥での事件の直ぐ後だった。
「……殺す、殺してやる、祝屋……」
四肢を斬り飛ばされ、十八層奥の安全地帯を芋虫の様に這いずるサーキーを、たまたま見止めた三人組がいた。三人は皆同じようなボロボロのポンチョを身に纏い、目深に被ったフードの下に、仮面を着けた顔を隠していた。
「ヘッドォ~、こんな所に芋虫がいるぜぇ~」
一人がそう言って、這いずるサーキーを面白そうに足でいたぶる。
「ねぇヘッド、俺、実験したいんだけど良いかなぁ~」
「どんな実験だ?」
メンヘラ口調でサーキーをいたぶる男に、ヘッドと呼ばれた男が落ち着いた口調で答える。すると、メンヘラ男はゲラゲラ笑いながらこう答えた。
「この芋虫さぁ、どこまで刻んだらくたばるかなぁ~? ひょっとして、首だけになっても生きてたりして」
この言葉にヘッドと呼ばれた男も、もう一人の男も顔をしかめる。ねぇ~、いいだろうとせがむメンヘラ男が、足でなぶるサーキーの目を見たヘッドと呼ばれた男は興味深い物を感じ、懐から異常状態解除のポーションを取り出した。
「もうその位にしておけ、こいつは俺が預かる」
え~、こんな奴殺しちゃおうぜ~、ヘッドォ~。と、食い下がるメンヘラ男を無視して、ヘッドと呼ばれた男はサーキーにポーションを咥えさせる。
「おい、そんなにその男が憎いか? なら良い事を教えてやる」
ヘッドはサーキーの耳に口を寄せ、囁く様にそう言った。そして続けられた言葉は、サーキーにとって天啓の様な言葉だった。
「お前はソイツよりもずっと強くなれる、お前をこんな目に合わせた奴は確かに強いかも知れないがヘタレだ。何故ならお前を殺せたのに、殺してないじゃないか、何故だ?」
「!?」
サーキーは食い入る様にヘッドの目を覗き込む、ヘッドはそのサーキーの目を「良い目だ」と褒めると、言葉を続ける。
「人を殺すのが怖いのさ、でもお前は違うだろう。お前をこんな目に合わせた奴を本気で殺そうと思っている。殺しても構わないと思っている、ならお前はソイツよりも強くなれる」
「祝屋よりも……、強く……」
呻く様にそう言ったサーキーに、ヘッドは大きく頷く。
「そうだ、お前は殺せるからだ、殺せばお前はソイツよりも強くなれる」
「人を……、殺せば……」
「そうだ、ソイツは人を殺せないヘタレだ、お前は殺せる漢だ。殺せ、殺せ、お前を馬鹿にした奴を殺せ、お前を裏切った奴を殺せ、殺して、殺して、殺すんだ」
「殺す……、殺せば良いのか?」
「そうだ、殺せば殺す程お前は強くなる、そして最後に、ソイツを……」
「祝屋を……殺す。俺が……祝屋を……殺す」
含み笑いを浮かべるヘッドの言葉に、サーキーの精神は、ほの暗い闇に沈んで行った。どこまでも、どこまでも……
「ぎゃはははは、ぎゃーっはっはっは」
狂気の高笑いをしながら、自らの手でクマをポリゴンの欠片にして逝かせたサーキーは、人の命を左右できる全能感と絶対強者になった満足感に酔いしれる。そして憎い男の顔を思い浮かべると、目尻を痙攣させながら凶相を歪ませた。
これで俺は強くなった、もっともっと強くなってやる、そして最後に……
「殺してやるぜぇ、祝屋ァ」
人気の無い果樹林に、狂気の高笑いが木霊した。
次回、第十九話 サムライプレイヤー