ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
第三十二層攻略会議は大荒れに荒れていた。
三十二層では、二十五層以来初めて血盟騎士団以外の攻略ギルドが最初に迷宮区を突破し、ボス部屋を発見していた。そのギルドはこれまでのボス戦での慣例に従い、攻略会議のホストとなり攻略レイドのリーダーを務める事となる。そして彼等は主導する攻略会議において、他のギルドのプレイヤーが耳を疑う様な発言を、開口一番極めて大真面目に述べていた。これが攻略会議が大荒れになった理由である、その内容とは……
「今回の攻略では、ヒョウの参加を認めない」
というものだった。発言の主は青龍連合である。彼等は二十五層攻略でのヒョウの行動、ボス部屋前でのドタキャンを問題化して、信用出来ない者を参加させる訳にはいかないと強硬に主張していた。青龍連合以外の攻略メンバーは、ざわつくも、全員がそれに反対する。意外にもこの時最も激しくそれに反対したのは、その時二十五層ボス部屋前で、ヒョウに首筋に刀を突き付けられた血盟騎士団団長、ヒースクリフその人だった。彼は二十五層において、ヒョウが欠けたからこそあの被害だった、彼がいればあそこまでの被害は出なかっただろうと主張してヒョウを擁護する。
ならば、あの時のボス戦で、我等の精神的主導者、リンドが死んだのはヒョウの責任であるとし、リンドの仇などとは尚更レイドを組めないと論点をすり替え、居直りだした。それに対してヒースクリフは、それは彼がいなくとも攻略は可能と、中止しなかった我々血盟騎士団にも落ち度がある、ならば今回以降は青龍連合がボス戦を主導する時は、我々血盟騎士団も参加を自粛しよう、と、発言。会議は荒れに荒れた。
「ボス部屋前のドタキャンを問題にするなら、何で俺はOKなんだ……?」
紛糾する攻略会議で、キリトはそうボソリと呟くというには些か大きすぎる声で発言した。その目には生気が無く、投げ遣りな口調だったが、根底には何かに対する大きな怒りが感じられ、その場の全ての人間を黙らせた。
「俺もドタキャンしたんだぜ、リンドが死んだ責任は俺にだってあるだろう……、何でヒョウだけが責任を追及されるんだ?」
キリトの言葉に、青龍連合はこう答えた、キリトの行動は義憤によるもので、いわば巻き込まれただけだ、責任は無い、と。
「ふん」
青龍連合はキリトの実力をよく知っている、ヒョウを弾劾する以上、ボス戦を少しでも安全に戦いたいならば、キリトの力は欠かせない。そして血盟騎士団にアスナを取られた今、青龍連合はなんとしてもキリトを取り込んで、戦力の均衡化を図ろうともしていた。そのキリトにそう言われ、彼等は苦しすぎる言い訳をするが、キリトは鼻で嗤うだけだった。
話が意図した方向とは別の方に向かいつつ有るのを感じ、青龍連合のメンバー、特に幹部連の中に動揺が走る。
彼等の本音は二十五層の攻略にかこつけて、かつてヒョウに袖にされた事に対する意趣返しをする、これに尽きた。同様にヒースクリフも、ヒョウ抜きの二十五層伝説では物足りなさを感じており、同じ土俵で彼との差を万人に見せつけ、ギルドを越えた指導者の立場を確立しようと考えていた。全くをもって、不毛かつ不健全な議論であった。
そんな勝手な思惑を、キリトが思いもよらない力業で叩き潰す。
「良いよ、お前達全員そこで見ていろよ、今回のボス戦は俺達二人でやるから」
キリトはキリトで月夜の黒猫団を、サチを死なせてしまった事で、自分自身に対する怒りを持て余し、やり場の無い鬱憤を向けただけで、決して褒められた精神からの発言では無いが、この言葉にその場の全員が凍りついた。
「行こうぜ、ヒョウ」
「ああ、そうするか」
腰を上げて、会議場から立ち去ろうとする二人を、鋭く呼び止める声が有った。
「駄目よ、二人共待ちなさい」
二人が振り返った先には、腰に両手を当てて、柳眉を吊り上げるアスナがいた。二人がこの時見たアスナは、血盟騎士団の攻略の鬼、氷の副団長アスナではなく、パーティーを組んでいた時、暴走気味の二人を制止する、お小言アスナその人だった。その姿に、ヒョウは心の中で苦笑する。
「あの時の攻略リーダーは私です。ならば、二人のドタキャンを認めた私にも責任が、いえ、最も責任があります」
「アスナ……」
意を決してアスナが次の言葉を続けようとした時、これ以上議論を続けると、この場の空気だけではなく、今後の攻略に大きな影を落とす、そう判断した男が口を挟む。
「ちょっと発言いいか?」
会議場にバリトンの美声を響かせ、挙手をしたのは禿頭の巨人エギルだった。
「ごちゃごちゃ話してても平行線なんだ、なら」
エギルは愛嬌のある目付きでギョロりと全員を見回すと、茶目っ気たっぷりの笑顔で提案する。
「四の五の言ってねぇで、デュエルで決着つけねえか?」
この発言に、少数派攻略メンバーは歓声を上げる。特に同じような危惧をしていた野武士顔の男、クラインは口笛を吹いて賛成した。
「そうだそうだ、やれやれ! デュエルだデュエルだ!」
突然降って湧いた喧騒に、この場の険悪なムードが、お祭り騒ぎに書き換えられる。
「ようし、そうと決まればチャッチャとやっちまおうぜ。こっちはヒョウっちで良いんだな」
「当事者だからな」
「よーし、よーし。おーい、青龍連合さんよ、そっちは誰がやるんだ?」
「俺がやる」
取り仕切るクラインに応じたのは、がっちりした体格の長身の両手剣使いだった。何でもリアルでは有名な空手家だったらしい。空手には手刀という技が有り、また、武器を使う流派も有る、彼はそれがアドバンテージとなり、ドラゴンナイツ時代から、ギルドの指南役に就いていた男である。
彼は日頃からキリト、アスナ、ヒョウの三大ダメージディーラー何するものぞと公言しており、事実今までの攻略では三人に次ぐ功績をあげていた。この人選からも、この時の青龍連合は、いかにヒョウに対して悪感情を抱いていたか理解ができる。
「良いな、デュエルは初撃決着モード、どっちが勝っても恨みっこなしで、この話はこれでおしまい、文句無いな」
「ああ」
「当然だ」
最終確認するクラインに、ヒョウと指南役は頷いた。闘志を露に見下ろす指南役に、ヒョウは先日のクエスト『小人妖精の願い』で得たユニークスキルを試してみようと考えた。
二人が距離を取って向かい合うと、カウントダウンのエフェクトが点滅を始める。向かい合う二人の姿勢は対照的だった、指南役はすぐにソードスキルを発動出来る様に剣を構えるが、ヒョウは刀を腰に差したまま、悠然と立っている。この姿に攻略プレイヤーがざわめき出す、特に刀使いのプレイヤーがなにやらヒソヒソと話を始めた。刀以外の武器を使うプレイヤーには、このヒョウの態度は傲岸不遜、又は今までの実績から頼もし気に捉えていたが、刀使い達は違った。刀使い達はヒョウの戦う様を見て、自分達の戦い方とは違う何かを感じていたのだ。彼等はヒョウが時折繰り出す、自分達の知らないソードスキルに疑問を持ち始めていた。始めはカタナスキルの習熟度によるものと考えていたが、ヒョウに次ぐ習熟度を持つと思われるクラインが、同じソードスキルを使う気配が無い。勿論ヒョウもユニークスキル『抜刀術』はツウとキリト以外には秘密にしており、何も知らない彼等は、カタナスキルには派生スキルが有るのではと疑い始めていた。このデュエルからヒョウの秘密を暴こうと、刀使い達が目を皿にして見守る中、カウントダウンが終了する。
DUEL!!の文字がGo!!に切り替わり弾けて消える。その刹那、ソードスキルを放とうとした指南役だったが、ヒョウと目が合うと、一瞬身体が硬直してしまった。その一瞬のうちにヒョウは縮地で距離を詰め懐に飛び込むと、目にも止まらぬ抜き打ちで指南役の両手首を斬り落とす。茫然自失の指南役が呻く様にリザインと一言発して、デュエルの決着は着いた。
初撃決着モードだからといって、初撃で決着がつく事は稀である。普通はその初撃を入れるのに何合か打ち合い、その後相手のHPの過半を奪わなければ決着はつかない。技の組み立て、タクティカルに勝る者は、時に下剋上を果たす事もあるこのモードで、呆気なく勝ったヒョウの力量に全員舌を巻いていた。そしてこのデュエルでソードスキルを一切使わなかったヒョウに対し、攻略メンバーは畏怖の念を新たにするのだった。
ヒョウがこの時人知れず使ったユニークスキルは、『心の一方』という。これは目玉モンスターがよく使う、バインド系の異常状態をプレイヤースキルにしたもので、前述の通り『小人妖精の願い』でこのスキルを得ていたのだ。そのスキルがこのデュエルで高レベルプレイヤーに通用したことで自信を深めたヒョウは、翌日のボス戦では要所でこのスキルを効果的に使い、レイドは誰一人欠ける事無く、安全にクリアしたのだった。
「ただいま、コヅ姉」
「タケちゃん、おかえりなさい」
三十三層のアクティベーションを人に任せ、攻略戦が終わるとすぐにヒョウは自宅へと帰って来た。ボス戦の時は、いつも気が気ではないツウは、ヒョウがゴンドラ船から降りると、彼の温もりを確かめる様に抱きしめ、胸に顔を埋める。顔を上げたツウにキスをすると、ヒョウは彼女と手を繋いで母屋へと向かって行った。
「留守中、変わった事は?」
「うーん」
ヒョウが留守中の安否を確認すると、ツウは俯いて顔を曇らせる。ツウのその表情を見て、ヒョウはやっぱりなと思いながら母屋の扉を開けると、そこには子供達の世話をしながら、軽くこちらを睨むリズベットがいた。
「もう、子供の教育に悪いわよ、二人共」
「何言ってんだ、夫婦仲良く家庭円満、子供達の情操教育にこれ以上の物はないだろう、リズ」
「ハイハイ御馳走様」
したり顔で答えるヒョウに悔しそうに一言返したリズベットは、視線を逸らすと「付け入る隙も無いんだから」と、誰にも聞き取れない様な小声で呟いた。ため息と一緒に小さな嫉妬を追い出すと、リズベットは表情を改めて向き直る。
「それよりヒョウ、アイツ等また来たわよ」
「やっぱりな、キバオウの奴にも困ったもんだ」
メニュー操作をして装備を解除し、ラフな着流しスタイルに変えて、椅子に腰を落ち着けたヒョウは、げんなりとした表情を浮かべた。キバオウは二十五層攻略の後、始まりの街に落ち延びてから間もなく、この島を譲れと話を持ち掛け、ヒョウとツウを困らせている。
「アイツ等、アンタがボス戦に出てる時を見計らって押し掛けて来るのよ、女子供しか居ない時を狙って来るなんて、卑怯にも程があるわ」
憤慨するリズベットを横目に、そろそろ何とかしなければと考えるヒョウだが、先日のデュエルの様な効果的な手立てを思い付けずにいた。渋面を浮かべるヒョウにお茶を出し、ツウはことさら明るい顔と口調で声をかける。
「大丈夫よ、タケちゃん、私がしっかり留守を守るから、タケちゃんは安心して攻略に行ってきて」
「うーん……」
長年の付き合いで、それが作り笑顔である事を見抜いているヒョウは、笑顔を返した後、出されたお茶を一口啜ると、一言唸って黙り込む。
これはもう、俺が乗り込んで直談判するしか無いな。でもキバオウ相手に、どこまで理屈が通じる事やら……
それでもツウの笑顔を守るため、何とかするしか無いと覚悟を決め、ヒョウはツウの淹れた甘露で、苦々しい思いを嚥下するのであった。
後日キバオウの指定した日、始まりの街の転移門を抜けたヒョウは、すっかり寂れてしまった街並みに気が重くなり、ため息をついてしまう。道行く人はパッと見二種類に大別される、軍支給の制服を着ている者が圧倒的に多く、それ以外の服装の者は道路の隅や路地裏で暗い表情を浮かべるか、肩身の狭い思いで俯き歩いている。
日に日に酷くなっていく有り様に、ヒョウはこれから行うキバオウとの談判に不安を抱き始めていた。
シンカーさんに夕べ、繋ぎのメール入れておいて良かったな、俺が一人ならキバオウの奴、後で幾らでもひっくり返しかねない。
そんな事を思いながら、旧MTD本部、現アインクラッド解放軍総司令部へと一歩踏み出したヒョウだったが、軍のメンバーに取り囲まれて、足を止める事を余儀なくされた。始めはシンカーからの迎えの使いかと思ったヒョウだが、取り囲んだメンバーの顔を見てその考えを改める。気の弱い者が見たら、ある種の恐怖感を惹起するであろう、親愛感の欠片も感じない笑顔を浮かべ、威圧するように肩を揺すりながら取り囲む軍のメンバーを見て、ヒョウは心の中で盛大なため息をついた。
「おい、見ねぇ顔だな」
「だろうな、俺もアンタは初めて見るよ。そんな事よりどいてくれないか、通れないじゃないか」
ヒョウを知らない軍のメンバーは、二十五層攻略以降に入団した新規メンバーなのだろう。彼等は年端もいかない少年のヒョウを完全に侮っていた、少し脅せば怯えて言いなりになると考えて絡んだのだが、意外にも反抗的な態度を取ったので、些か鼻白んだ。そして仲間内で顔を見合わせると、ゲラゲラと笑いだし、まるで面白い物を見る様な目でヒョウの顔をじろじろと舐め回す様に覗き込む。
「俺様達を知らねぇって、とんだ……」
「知ってるよ、解放軍の連中だろう。いいからとっととどいてくれないか」
もったいつけた口調で話し始めた軍のメンバーの言葉を遮り、ヒョウは少し苛立った口調でそう言うと、相手は激昂してヒョウの肩を掴んだ。
「てめぇ、このガキ、俺達を軍のメンバーと知って舐めた口叩くとは、良い度胸じゃあねえか」
「大人しくしていれば怖い目に合わずに済んだのに、バカな奴だ。キサマは罰として、割り増し徴税だ!」
軍のメンバーの言葉に目を剥くヒョウ。
「徴税だと? 何の?」
「そんなのは決まっている、転移門使用税だ」
驚くヒョウに、軍のメンバーは勝ち誇った顔でそう言った。
「そんなバカな話があるか! シンカーさんがそんな事を認める筈は無いだろう!」
ヒョウが一人の軍メンバーの胸ぐらを掴んで問い質す。すると、他の仲間が背後からヒョウを羽交い締めにして引き剥がす。
「シンカーだと、あんな名目リーダーなんか関係ねーよ」
「俺達はキバオウさん直属の徴税部隊さ、俺達を舐めるのはキバオウさんを舐めたってー事だからな」
「徴税だと!? 何でキバオウがそんな事をする!? そもそも誰がお前達の統治権を認めた!?」
「生意気なんだよ!!」
声を荒らげ振りほどこうともがくヒョウの鳩尾に、胸ぐらを捕まれていた軍メンバーが拳をめり込ませた。
「認めるも認めないもねえんだよ! ここでは力が正義なんだ」
「そうそう、てめえ知らねーだろう。俺達の尊敬するキバオウさんはな、攻略の最前線で命をはるスゲーお人なんだぜ」
軍メンバー達はそう言ってヒョウの頭を小突き回した。
「そうか、力が正義なのか……、なら文句は無いな!」
くつくつと笑いながら軍メンバーの言質を取ったヒョウは、羽交い締めにする軍メンバーを投げ飛ばし、地面に叩きつけた。
「てめえっ! 何をする!」
血相を変えた軍メンバーが、ヒョウに向かってそう声を荒らげたつもりだったが、肝心のヒョウは彼等の視線の先には居なかった。
「何っ!? アイツ何処へ行った!?」
「糞! 逃げ足の速い奴め!」
血走った目で辺りを見回す軍メンバー、その中の一人が不意にトントンと肩を叩かれ、反射的に振り向くが頬に棒状の物が当たり、その動きは中断させられる。
「ここに居るよ」
その声に虚を突かれた軍メンバーが慌てて振り返ると、一人の軍メンバーの肩の上に手をおいて、人差し指を伸ばしているヒョウの姿を発見した。
「キサマ! ふざけやがって!! もう許さねぇ!!」
ヒョウに頬を突かれた軍メンバーが、そう叫んで大型の両手剣を構える。怒りに顔を歪める軍メンバーに向かって、ヒョウは刀の鯉口に手をかけるながら、からかう様な口調で受け答える。
「どう許さないんだ? デュエルか?」
相手になってやる。そう言葉を繋げようとしたヒョウだったが、軍メンバーの続く言葉に思わず拍子抜けしてしまった。
「そんな面倒臭ェ事するかよ、ちっとばかり稽古に付き合って貰うだけさ」
下卑た表情でニヤつくと、他のメンバーに目配せする。すると、全員が待ってましたとばかりに、各々の手に武器を装備する。
「久しぶりにやるか? 教育的指導」
「圏内戦闘の恐ろしさを、骨の髄まで叩き込んでやる」
「泣いて謝るまで何分持つかな」
ヘラヘラ笑いながら、武器を構える軍メンバーに、ヒョウは心の中でため息をつきながらそっと同情した。コイツら、今の出来事でアジリティ、レベルの違いが理解出来ないのか? 心の中でシュミレートして、彼等の首を斬り落とした回数を数えながら、ヒョウはある事に考えが至る。
そうか、コイツらこうして始まりの街に引きこもるプレイヤーを脅して、徴税という名目の恐喝をしていたのか? なら……
虎の威を借る狐、いや、狐の威を借るドブネズミたるコイツらを徹底的に教育するのは、むしろシンカーさんの意に沿う行動だろう。こりゃ遠慮も手加減も要らないな。
ヒョウは一瞬俯いて、自分の顔に浮かび上がった狂暴な笑みを隠すと、顔を上げて挑発的な視線で軍メンバーを睥睨し、その視線に劣らない挑発的な口調で問い質す。
「だから、どうやって俺を教育するんだい」
「こうするんだよ! みんな、かかれ!!」
「おう!」
ヒョウの挑発に乗った軍メンバー達は、一斉にソードスキルで斬りかかる。しかし……
「!?」
彼等全員の放った、渾身のソードスキルはヒョウの身体に触れる事無く、虚しく空を切って地面に叩きつけられた。
「何がしたいんだ? お前達。餅つきか?」
軍メンバー達のソードスキルを見切ったヒョウは、余裕綽々の動きで一歩下がってそれを交わし、侮蔑の言葉を吐きつける。その人を食った態度に軍メンバー達はなお一層に腹を立て、頭に血を昇らせて手にした得物を振り回す。だが、彼等がどんなにムキになって武器を振り回し、ソードスキルをブッ放そうと、その刃はヒョウを捉える事は無かった。
「スロー過ぎて欠伸が出るぜ」
「くるくるくるくるとまぁ、扇風機か? お前ら」
軍メンバー達の攻撃を大あくびをしながら最小限の動きで交わし、ヒョウは様々な悪態をついて挑発する。軍メンバー達はその態度にいきり立ち、通りかかる他の軍メンバーに声をかけて応援を要請した。声をかけられた者達は次々と加勢してヒョウを攻撃するが、何人増えても結果は同じである。散々ヒョウにあしらわれ、ついには疲れはてて攻撃の手を止めてしまった。
「なぁ、真面目にやってんの?」
ヒョウの茶化す様な言葉に、攻め疲れて息の上がった軍メンバー達はぐうの音も出せず、悔しげに睨め上げるだけだった。やれやれといった面持ちでヒョウは首を左右に振って、独りごちる。
「お前達、鍛え方が足りねぇぞ。キバオウの奴、やる気有るのかな?」
ため息をついて一人一人軍メンバー達の顔を見回すヒョウの瞳に、次第に嗜虐の色が浮かんでいく。そうしてくつくつと笑いながらヒョウは、腰の刀の鯉口に手をかけた。
「まぁいいや。さて諸君、そろそろペイバックタイムにしたいのだが、覚悟は良いかな?」
くつくつと笑いながらそう言うと、ヒョウは刀の鯉口を切り右足を斜め前に半歩踏み出す、そして力をためる様に低い体勢で左腰を後ろに身体を捻り、いつでも刀を抜ける様に右手を柄にかける。すると、鯉口を切った刀の鞘から、ソードスキルのエフェクト光が迸り、辺りを照らした。
「快刀乱麻!!」
目にも止まらぬ横凪ぎの一閃が、軍メンバー達を襲う。彼等は何が起こったのかもわからずに、息を詰まらせ身体をくの字に折って膝をつき崩れ落ちる。ソードスキル『快刀乱麻』は、リアルでヒョウこと祝屋猛を世に知らしめ、女性アスリートの心をギュッと掴んだ、あの動画の中で紹介された技である。一対一、多対一、攻撃、迎撃と使い勝手の良いこのソードスキルは、リアル同様にSAOの中でも得意としていた。動画の中で、一撃で十基の太巻き藁を同時に斬り倒した破壊力は、SAOの中でも忠実に再現されており、単発の範囲技の中では両手斧のソードスキルをも軽く凌駕する最強のソードスキルで、ボス戦で攻略組に畏怖される技だ。圏内戦闘は基本的にプレイヤーにダメージを負わせ、HPゲージを削る事はない。しかし、それでも強力な攻撃、ソードスキルを食らうと、軽いノックバックを起こしたり、スタンをしたりする。それを良い事に、ヒョウが全力全開で快刀乱麻をぶちかましたのだ、やられた方は堪ったものではない。
「なぁ、お前、俺を教育するんじゃ無かったのか?」
抜き身を肩に担ぎ、ヒョウは最初に言い掛かりをつけてきた軍メンバーにゆっくりと歩み寄る。ヒョウと彼の間にいた他の軍メンバーは、ヒョウの瞳に宿る光を見て怖じ気づき、左右に後退り道を開けた。一歩一歩ゆっくりと確実に近づいてくるヒョウに、その男は恐慌し、言葉にならない悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが、そうは問屋が卸さない。
「させるかよ」
ぼそりと一言吐き出すと、ヒョウはカッと目を見開き、ユニークスキル心の一方を発動する。ヒョウに射すくめられた軍メンバーは、最初の威勢は何処へやら、恐怖に顔をひきつらせ、震える事すら出来ずに目を白黒させていた。そんな男の姿を見下ろして、ヒョウは刀を横凪ぎに一閃させる。
「良かったな、ここが圏外なら、お前の首は飛んでいるぞ」
「おっ、お助け……」
許しを乞う男の言葉を無視し、ヒョウはソードスキル浮舟で彼の身体を高く浮かせると、落下地点に先回りしてソードスキル辻風を発動、着地前に斬りつけ地に叩きつける。
「ひ、ひいっ!!」
頭を抱えて首をすくめてうずくまる男の襟首をムンズと掴み、無理矢理立たせてヒョウは迫る。
「さぁ、早く教育してくれよ」
圏内戦闘はプレイヤーにダメージを与えない。どんなに攻撃をしても、受けた側のHPバーは一ドットも削られる事はない。その為、レベルの近い者同士、戦闘訓練によく利用されるが、レベルが隔絶しているとそうはいかない。絶対に敵わない相手の放つ刃の軌跡は、一閃一閃が恐怖となって蓄積し、確実に心を削り、折っていく。軍メンバー達はこうして第一層に引きこもるプレイヤー達の心を折り、徴税と称する恐喝を堂々と悪びれる事無く行っていたのだ。少なからず言葉を交わし、それを知ったヒョウは、感情の赴くままに男に刀を奮っていた。充分過ぎるほどの殺意をのせ、自分を斬り刻むヒョウの刀に、軍の男は完全に心を粉砕されていた。しかし、ヒョウの怒りの刃は男が倒れるのを許さず、勢いを増して振るわれている。それを周りの軍メンバー達は、恐怖に震えて見つめる事しか出来なかった。
「君達、何を騒いでいる!? 今すぐ止めなさい!」
永遠とも思われる恐怖の時間から、軍メンバー達を救う声が転移門前広場に響き渡った。軍メンバー達は一斉に、自分達を救う声の方に歓喜の目をむけると、顔を強ばらせて絶句した。彼等の救い主は、日頃から侮蔑の念を隠そうともせずに、お飾りのギルドマスターと馬鹿にしてきたシンカーだったからだ。
「やぁ、シンカーさん」
「ヒョウ君、これは一体どうした事だい?」
刀を鞘に納めると、ヒョウはいつもの穏やかな表情に改め、今までの経緯を話す。
「なんて事を……。君達、徴税については正式な決定事項ではないから、早まった行動は慎む様にと通達しただろう」
忌々しげに俯いて、シンカーの言葉を聞いている軍メンバー達に、ヒョウは逆境にあってもぶれない彼の態度に安堵し、敬意を新たにする。
「しかしまぁ、アインクラッド最強のサムライプレイヤーに喧嘩を売るなんて……。一人位顔を知っている人間は居なかったのかな、コーバッツ大尉? でなくとも君は止める立場の人間だろう」
悔しそうにこめかみをひくつかせ、コーバッツ大尉と呼ばれた男はシンカーから視線を反らす。その様子を見てシンカーは、ため息をついてヒョウに向き直る。
「済まなかったね、ヒョウ君。まあ、彼らには良い薬だったよ」
「いえ、いいんです。それよりシンカーさん、キバオウは?」
小さく首を左右に振ると、ヒョウは今日の目的について切り出すと、シンカーは表情を曇らせ、心の底から済まなそうに口を開いた。
「済まない、ヒョウ君。今、彼はここにはいない……」
「なっ、どうして!?」
今日を指定したのはキバオウじゃないか!?
「今朝がた早く、狩場の偵察に出掛けた攻略部隊から救援要請が有って、予備部隊を率いて出撃したよ」
「はぁああああ」
何処まで本当やら……
苦い表情で天を仰いだヒョウは、ここ数回の攻略会議を思い出す。二十五層以降も数回は、一定数の人数を率いて参加していたキバオウだったが、規模は増えても攻略ギルドとしては実質的に弱体化した解放軍の実力では、どう足掻いてもかつての様に会議をリードする事は叶う筈も無く、終始不機嫌面を浮かべていた。それが原因かは本人にしか分からないが、ここ数回は連絡員と称する人間を一人寄越すだけで、本人が足を運ぶ事は無くなっている。
よくも悪くも攻略をリードしていたキバオウの心は、既に折れてしまったのだと、ヒョウはこの時理解した。
「分かりました、シンカーさん」
寂しそうな瞳で踵を返し、ヒョウは転移門へと歩き出した。その背中にシンカーがすがる様に声をかける。
「ヒョウ君、島の件は私が何とかする……」
シンカーの言葉に、ヒョウは無理だなと即断する。二十五層迄とはいえ、キバオウは攻略の主導権を握る為、丁々発止の腹の探り合いをしてきたのだ、善人過ぎるシンカーではキバオウは荷が重すぎる。いたずらにキバオウと内部抗争をさせ、シンカーの立場を危うくさせるよりは、立場を守って軍内部の良心を維持させる方が賢明だろう。
「いえ、その件はもう大丈夫です」
そうだ、戦う事を諦めたキバオウに、俺達の島を奪う事は絶対に出来ない、何故ならコヅ姉は戦っているからだ。確かにコヅ姉は戦闘は苦手だ、でも戦う方法はそれだけではないのだ、彼女は茅場晶彦の思惑に対して真っ向勝負で戦っているのだ。そんなコヅ姉を相手に心の折れたキバオウなど敵う筈がない、そして俺がそのコヅ姉を守っているのだから。
「キバオウに伝言をお願いします、腑抜けたお前に俺達の家は奪えないと」
「!?」
絶句するシンカー。
ヒョウは転移門の前で振り返ると、いまだに腰を抜かしたままの軍メンバー達を、まるで汚物を見るような目で睥睨する。
「こんなヘタレの猿山の大将で満足しているお前なんかに、俺達が屈する訳が無いと、そうお伝え下さい。じゃあ、これで」
そう言い残すと、ヒョウは転移門をくぐって消えて行った。この時ヒョウは解放軍のキバオウ派から明確に敵として認知され、その空気を感じ取ったシンカーは、無力感に胸を焦がしながら、いつまでもヒョウの去った転移門を見つめていた。
この日からヒョウは、ボス戦への参加を控える事となる。憎きサムライプレイヤーから島を徴発する為、姑息な手段で戦いを挑むキバオウ一派の奸計から、愛する者の全てを守る為に……
次回 第二十話 赤鼻の馴鹿