ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
ダメだな、コレは
第一層、トールバーナの噴水広場で行われている集会に参加していた少年、ヒョウは壇上に乱入したサボテン頭のダミ声演説にそう結論を出した。
今回のボス攻略は確実に失敗する。あのサボテン男は兵法を全く理解していない、ボスの能力が不明な以上、参加者全員が力を合わせなければならない時に、徒に対立を煽っている、これでは攻略など覚束無い。一般購入プレイヤーだのベータテスターだの言っている場合ではないのだ。
それに、サボテンは亡くなったプレイヤーを持ち出して自分の発言を正当化してはいるが、つまるところベータテスターが妬ましいだけなのだ。察するにサボの奴はベータ版の抽選から外れたのだろう、その恨みを晴らそうとしているだけなのだ。よくいる自分が欲しい恩恵を他人にせがむ為に、みんなのためと称して誤魔化し正当化する小物、そうヒョウは切り捨てた。馬鹿過ぎる、誰か悪い奴をでっち上げ、断罪すればこのゲームはクリア出来るのか? お前さんは無料配布のガイドブックを見た事が無いのか?
だいたいベータテスターが皆、そんなに要領よく立ち回っているなら、二千人も死ぬ前に攻略が進んでいるだろう。ベータテスターだろうと一般購入者だろうと、一刻も早くログアウトしたいのだから。
サボテン男の発想は、引きこもりニートの発想だ。それに、ベータテスターの中にだって、どうしようもなくゲーム下手の人間だっているんだから。
ヒョウは始まりの街で、自分を待ち侘びる一つ年上の幼馴染の少女の顔を思い浮かべる。彼女は今サボテン男が槍玉にあげているベータテスターというヤツだ。幸か不幸かベータテスターとなった彼女は、初めてのフルダイブ体験とSAO世界の素晴らしさを説いて、一緒にやろうよと無邪気に僕を誘った。ベータテスター時、対モンスター戦において全戦全敗のワースト記録を樹立した彼女。このゲームが実はログアウト出来ないデスゲームだったという現実を知ると、大泣きしながら何度も何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けた彼女。自分がこのフロアボス攻略に参加したのは、塞ぎがちになった彼女を、第一層のフロアボスを倒す事で、今自分達が放り込まれた状況は、非常識だが大した問題では無い事を証明し、元気づける事が目的なのだ。決しておバカなレイドに参加して、命を散らすリスクを取りに来たのではない。ヒョウはそう考えて、腰を上げようとした。今ここで席を立ったら、ベータテスターと勘違いされる事受け合いだ、あのサボテン男の短絡思考ならば、きっとそう決めつけて僕を糾弾するだろう、もしかしたら露骨な嫌がらせをするかも知れない。だが、それが何だというのか、自分はそれでも構わない、その時はその時だ、充分にレベルを上げて対抗すればいい。知り合った情報屋の言葉が正しければ、限られたリソースを奪い合うこの世界では、プレイヤーレベルが何よりも雄弁に物を言う。それに、一つでもレベルが高ければ、その分だけでもツウ『コヅ姉』をゲームクリアまで守り抜ける確率が増える。あの桂小五郎も、逃げの小五郎を貫いて維新を成し遂げたんだ、ここはその故事に倣うとしよう。それに、生きて帰らなければ、隣の婆ちゃんの弟子は名乗れない。僕、祝屋 猛(はふりや たけし)は、ヒョウとしてこのSAOを生き抜いて、ツウことコヅ姉 大祝 小鶴(おおほうり こづる)を現実世界に必ず連れて帰るんだ!
少年は覚悟を決めた。
瀬戸内海のとある神社に、紺糸裾素懸威胴丸(こんいとすそすがけおどしどうまる)という胴丸が奉納されている。この胴丸は室町時代より伝わる大変歴史的価値の高い胴丸で、国の文化財にも指定されている逸品である。この胴丸はただ単に古いから価値が有る、という訳では無い。では何故価値が有るのかと言うと、その形が現存する他の同時代の胴丸とは、些か違う特徴を持っているからである。通常の胴丸と比べ、小ぶりな大きさで、ウェスト部分がくびれており、そして胸部が大きく膨らみを持っているのである。以上の特徴からこの胴丸は現存する唯一の『女性用の胴丸』と呼ばれている、確かにそれを否定する説も有るが、この物語では女性用胴丸説を元に話を進めて行きたい。
紺糸裾素懸威胴丸の所有者は誰だったのか?
伝承では地元の女水軍大将、大祝 鶴(おおほうり つる)が所有したとされている。
大祝家とは神職を務める傍ら、一度有事が起こると水軍部隊を派遣してこれに当たる家であった。戦国時代に生を受けた大祝 鶴は、娘にしては大柄で幼い頃より武芸を良くし兵法にも理解を示していた、これに気を良くした父親が彼女に武芸と兵法を仕込み、立派な姫武者に育て上げた。鶴こと鶴姫の初陣は十六歳の時であった、戦死した兄の代わりに水軍大将として出陣し、侵略して来た敵水軍を撃退したと伝えられる。彼女はその後も出陣を重ね、幾度と無く侵略軍を撃退する、彼女の最後の戦いでは、苦戦に苦戦を重ねるも、最後には彼女の機略と武者働きで鮮やかな逆転勝利を修め、侵略軍を撃退した。しかし、この戦いで鶴姫は最愛の恋人を喪い、人の世に虚しさを覚え、凱旋して祭神に戦勝の報告を済ませた夜、沖合いに人知れず小舟を漕ぎ、そこで愛しい恋人に会いに行くために入水したのだった。
我が恋は 三島の浦のうつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらう
という辞世の句を残し、大祝 鶴は十八歳の生涯を終えた。
この伝承に胸をときめかせたのが、大祝家の末裔である大祝 巴である。彼女は父親が宮司を務める神社に奉納されている紺糸裾素懸威胴丸と鶴姫の伝承に夢中になり、そして自分の中に憧れの鶴姫の血が流れている事を誇りに思っていた。私こそ、現代の大祝 鶴とならん! そう誓った巴は幼少より剣道を始め、それには飽き足らず薙刀、柔術を習い、その伝で古武術を修める道を歩み始めた。彼女はいつしか地元の有名人となり、美しい容貌と相まって『大祝さん家の巫女武者』と呼ばれるようになっていった。しかしながら、彼女の思いとは裏腹に、巴という名前がいけなかったのか、彼女は鶴姫ではなく『巴御前』に喩えられたのは御愛嬌である。
そんな彼女に転機が訪れたのは、奇しくも鶴姫の晩年の年と同じ十八歳の冬である。神職を継ぐ事を決めていた巴は、特に都会に憧れる事も無く、地元の女子大に早々に推薦入学を決めていた。進路が決まった巴は朝から晩まで古武術の研鑽に明け暮れていたが、年の瀬を目の前にすると遊んでもいられなくなる。初詣の準備に大わらわの中、猫の手も借りたい父親に命じられ、ブー垂れながら祭祀に使う道具を探しに入った蔵で、巴は運命的な出会いを果たす事となる。何処に有るのよと探している途中、誤ってぶつかって棚から落とした古書の雪崩れの下敷きになった彼女は、手伝いを命じた父親に悪態をつきながら
「どうすんのよ、これ。」
と、何気無く取った古書の表紙を見て目を見開く。
祝心眼流伝書(はふりしんがんりゅうでんしょ)
そう記されていた古書のページを開いた彼女は、表題から家伝の武芸、兵法書と直感する。
「家は鶴姫様に連なる家系、この手の本が遺っていても不思議ではない。それを私が見つけたということは、きっと鶴姫様のお導き、そうよ絶対そうに違いない!! 今私がそう決めた!!!
」
と、実に自分に都合の良い解釈した彼女は、強固な意思の力で父の手伝いを自らの手で忘却の彼方に放り投げると、文字通り時が経つのも忘れて貪り読んだのだっだ。
巴は年明け早々に、弟子入りしている古武術の師匠の元にこの古書を持ち込み、祝心眼流の復元の協力を依頼する。そして彼女の大学四年間は、祝心眼流古武術の復活に費やされる事となった。そして時は経ち巴は神職を継ぎ、神社の一角に念願の『祝心眼流古武術道場』を開き、門弟を取り始めたのだが、この時も喩えられたのは鶴姫ではなく、江戸の女道場主『佐々木 留伊』であった。
更に時は移ろい巴が老境にさしかかった頃、胸の奥に漫然とした焦りが有るのに気がついた。焦りの正体は、自分が一代で復元した『祝心眼流』を、どうしても後世に残したいという願望だった。悶々とする巴に、初孫が産まれた時の喜び様は凄まじい物があった。産院の控え室で産声が聞こえると、矢のように分娩室に飛び込むや、看護師から孫を奪い取ると、自ら産湯に浸けるはしゃぎぶりだった。
初孫は女の子だった。この子は鶴姫の生まれ変わりである、そう信じて疑わない巴は、孫娘に『小鶴』と勝手に命名し、代理と偽って役所に出生手続きをするというはっちゃけぶりを示し、息子夫婦を呆れさせた。
巴は小鶴を目の中に入れても痛くない程に可愛がり、当然の如く小鶴もお婆ちゃん子に育っていった。そうして小鶴六歳の誕生日に、小鶴が大好きな日曜日朝に放送しているアニメの変身セットをプレゼントしながら、巴は含みを隠した笑顔でこう言ったのだった。
「小鶴ちゃん、プリキュアになりたくないかい? 」
大好きなお婆ちゃんの問いかけに、小鶴は何の疑いも持たずに
「うん、なりたい! 」
と答えた。その答えに、細工は粒々とほくそ笑む巴の腹案はこうだった、孫娘が真剣に見ているアニメは、元は弱い女の子が、古武術の妖精に出会い、毎週苦しい修行を積んで悪者を倒すという内容である、これを使わない手は無い、自分が剣道を始めたのも六歳だった、決して早い訳ではない。誕生日が来たら大好きな『ミラクル★古武術♡プリキュア』の中でも一番贔屓にしている、『キュア抜刀』の変身セットをプレゼントして丸め込めばイチコロだ、この子は鶴姫様の生まれ変わりだ、きっと名のある武道家に育つだろう、ふっふっふ……
ふっふっふ……、と、捕らぬ狸の皮算用を決め込んだ巴の目算は、小鶴の道場デビュー当日に脆くも、そして木っ端微塵に砕け散る結果と相成った。
「うわぁあああん、お婆ちゃん、怖いよぉ~」
初めて目の当たりにした、道場での祖母の厳しい姿に怯えた小鶴は、あっという間に道場から逃げ出し、その日から巴に寄り付かなくなってしまったのだ。頭を抱えた巴は絶望的となった小鶴との関係修復を計る一方、次なるターゲットの選定を開始する。そして白羽の矢が立てられたのは、隣家の三男坊の『祝屋 猛(はふりや たけし)』であった。
祝屋家は大祝家から室町時代に分家した遠い親戚であり、大祝水軍を経済的に支えた古い商家である、現在はその伝統に則り、地域経済を支える商事会社を経営していた。神社の境内の一角で、ままごと遊びに興じる二人の幼児を見守りながら、またしても巴は狸の皮の試算を始めていた。
おや、今日も二人は仲良しで結構結構。幸い猛は三男だけに家業を継ぐ義務も無い、この子に祝心眼流を教え込み、将来は小鶴の婿に迎えればOKだ。猛は小鶴よりも一つ年下だけど、姉さん女房は金のわらじを履いて探せというし、こんなに仲良しなんだから文句は無かろう。これで祝心眼流は安泰だ、神社の跡取りも出来て一石二鳥、私って天才じゃ無いかしら? 問題は猛をどうやってその気にさせるかよね。そうそう、猛は日曜日は小鶴と一緒に仮面ライダーを見ていたわね、私も見てみましょう。あらあら、近頃の仮面ライダーは武器も使うのね、何々……『仮面ライダー古武道』!! 良いわ、良いわよこれ!!
こうして懲りない巴は、腰にたんたんと手を当てて、猛の六歳の誕生日を待つのだった。そうしてやって来た猛六歳の誕生日、懲りない巴は性懲りもなく猛に贔屓の『仮面ライダー野武士』の変身セットをプレゼントし、含みを隠した笑顔でこう言ったのだった。
「猛君、仮面ライダーになりたくないかい? 」
トラウマを刺激されてひきつる小鶴の目の前で、何も知らない猛は屈託の無い笑顔で
「うん、なりたい! 」
と答えた。一年前から虎視眈々と狙っていた獲物を捕らえた巴は、小鶴の経験を生かし、今回は逃がすまじと慎重に教えるつもりだったが、それは杞憂であった。結論から言うと、猛は天才だった。道場デビューから僅か四年で剣術については教える事が全く無くなったのだ、高学年になって教え始めた柔術も天禀を示している、これで祝心眼流は後世に残る、巴は毎日が充実していた。
猛は剣術を良くし、特に抜刀術を得意とした。抜刀術は巴はまだ早いと教えていなかったのだが、猛が巴が蔵の中で見つけた古書を読み、独学で抜刀術を身に付けてメキメキと腕を上げていったのだ。猛に欲しいとねだられた時、読めないにしろ、絵本代わりになれば良いかと与えたのだが、どうやら本当に読めているらしい、理解出来なければ長柄の抜刀術など絶対に身に付く筈が無いのだ。
こうして幼い頃から古武術漬けに育った猛の身辺が慌ただしく変化していくのは、十一歳の夏、小学五年生の夏休みであった、それは彼の全く預かり知らない所から始まった。
きっかけはごくありふれた町の書店での出来事であった、ジョギング愛好家の女子大生が、お目当てのジョギング雑誌を買う為に、行きつけの書店に行った時の事である。自動ドアをくぐってスポーツ雑誌コーナーに行った彼女が、目当てのジョギング雑誌を探して書架を見回すと、一冊の雑誌の表紙に吸い寄せられるように目を止めた。普段なら絶対に手に取ることの無いだろうその雑誌に手を伸ばし、ペラペラとめくった彼女はまるで何かにとり憑かれた表情でレジで会計を済ませて、足早に自宅に戻り貪るようにその雑誌を読み耽るのだった。そんな事が日本全国の書店で起こる、その雑誌の購入者は、先の女子大生の他に、サイクリング愛好家の女子高生や、ヨガ愛好家の主婦にフィットネス愛好家のOLと多岐に渡る。年齢層の幅は広いが、共通する点は何らかのスポーツを愛好する女性である。彼女達が購入したその雑誌は、数有るスポーツ雑誌の中で最もマイナーな古武術の雑誌だった。その古武術誌の特集は、その年の古武術の祭典であった、天才少年現る! と熱く記されたその号の表紙を飾ったのは、その祭典で彗星の如く現れた超新星の姿である。あどけない少年が凛々しく真剣を八艘に構えるその姿は、世の女性の心を鷲掴みにしたのだった。彼女達は雑誌の中に記された、無料動画配信サイトにアクセスすると、心の中は彼一色となる。そこに映し出されていたのは、変声前のやや甲高くも、充分に迫力の有る気合いの掛け声と共に、一心不乱に真剣を振るう祝屋 猛の姿だった。中でも彼女達を魅了したのは二本の動画である、まず一つは抜刀三連『紅』と題された動画で、正座した猛が気合いと共に立ち上がりながら抜刀して上段受けからの斬り下ろし、納刀して一歩踏み出し抜刀、気合いを込めての袈裟斬り、納刀した後に振り返り、大きく踏み出して抜刀しつつの光速の横凪ぎの一閃を放ち納刀、正座して終わる祝心眼流抜刀術の基本形である。もう一つは抜刀絶技『快刀乱麻』と題された動画で、目の前に扇状に固定された人間の胴体程の太さの十基の巻き藁を、一度の抜刀で猛が全て叩き斬って終わる、という内容の動画だった。無拍子という古武術独特の動作で行われた抜刀は、見た者全てが認識出来ず、『いつ刀を抜いたのか見えなかった。』という書き込みに、閲覧数に匹敵するイイねが付けられていた。
年端もいかない少年が見せた妙技絶技に、世の中は騒然となる。猛を紹介した古武術雑誌は創刊以来初の完売となり、異例の重版が発行され、無料配信動画は世界中を駆け巡った。猛の動画は直ぐにテレビでも紹介され、道場に取材の申し込みが世界中から殺到した。この光景に小鶴は驚きながらも、弟みたいに可愛がっている隣のタケちゃんが注目されるのを誇らしく思い、その事を本人に告げると、猛は照れくさそうに笑うだけだった。そのはにかんだ笑顔を見る度に、タケちゃんの剣技を世界中の人は知っているが、この可愛らしい笑顔を知っているのは私だけなのだと優越感に浸るのだった。にわかに渦中の人となった猛の名声を不動にする大事件が、その年のクリスマスに起こった。動画とテレビを見たヨーロッパ剣道連盟が、猛に演武をお願いしたいと依頼してきたのである。巴は猛の意思を確かめた後、冬休みの間ならばとその依頼を受けたのだった。
ヨーロッパでの第一公演地、ロンドンでの演武を終え、フランスに向かう為、ヒースロー国際空港で荷物を預けている時に事件は起こった。ゴルフバッグを担いだ二人組の男が空港の女性職員と揉めたいた。
「急いでいるんだ、先に済ませてくれないか!? 」
「はい、お客様。しかしながら他の皆様も急がれております、どうか列に並んで順番をお待ち下さい。」
「だから急いでいると言っているだろう! 」
「左様でございますか。しかしお客様、どんなに急がれておいででも、飛行機の離陸時間までは、まだまだ充分余裕がございます。どうか列にお並び下さい。」
真摯に対応する女性職員を、まるで汚い物を見る様な目つきで睨んだ二人組は、悪態を吐きながらゴルフバッグのファスナーを乱暴に開けはじた。
「これだからキリスト教の女は!! 」
「アラーの元で悔い改めろ!! 」
空港職員は青ざめた、二人組がゴルフバッグから取り出した物は、ゴルフクラブではなく、二丁のAK-47だった。それを認識した空港職員は恐怖に悲鳴をあげ……なかった。職務に誇りを持つ彼女は、利用客に忠実な空港職員たらんとし、悲鳴の代わりにこう叫んだのだ。
「皆さん! 伏せて下さい! テロです!! 」
その叫びを遮る様に、テロリストの一人が職員を突き飛ばす。もう一人のテロリストが大股で歩きながら、威嚇の為に天井に向けて引き金を引いた。
突然の凶事に遭遇した利用客は恐れおののき悲鳴を上げた、そんな利用客に向かって職員は倒れ込みながらも、必死に声を張り上げる。
「皆様、落ち着いて! 床に伏せて下さい!! 」
気丈にも冷静に振る舞う職員を忌々しそうに睨みつけ、足蹴にしたテロリストはAK-47の凶口を職員に向けた。
テロ事件の一報が入り、空港に詰めていたロンドン警視庁テロ対策指令部に所属するクルーゾー警部は、部下のチャールズにSASに協力を要請する様に指示を出し、実働部隊に出動命令を下した。自らの装備を確認しながら、部下達の統制の取れた練度の高い動きに満足する。俺の所にテロりに来た事を、心の底から後悔させてやる。出動準備が整ったのは通報より僅か五分弱、さあ出動だと号令をかけようとした時、第二報が詰所にもたらされた。
「待って下さい、警部。」
「馬鹿野郎、待ってなんていられるか! 今すぐ行くから安心しろと伝えろ。話はそっちで聞く。」
怪訝な顔でそう吐き捨てるクルーゾー警部に、第二報を受け取ったチャールズは済まなそうな、罰の悪そうな複雑な表情を浮かべて報告を続ける。
「いえ、警部、テロは既に鎮圧されたそうです。そして、テロリスト二人の身柄を確保しているので、引き取りに来て欲しいそうです。」
「なんだって!? どうやってテロを鎮圧したんだ? デルタフォースでも居合わせたのか? 」
「いえ、デルタフォースも、ついでながらSASも……」
「じゃあ、誰が鎮圧したんだ、プロレスラーの団体でも居合わせたのか? 」
「いえ、プロレスラーでもありません。日本人の……子供だそうです。」
「日本人の……、子供だとぉ!? 」
何を馬鹿なと目を剥くクルーゾー警部に、チャールズは早口で説明する。
「現場では、日本人の子供が、バットージュツという技でテロリストを無力化したと言っています。」
「バットージュツ……、何だそれは? 」
「さぁ? 自分には分かりません。」
「兎に角、行けば分かるだろう。おい、行くぞ。」
「分かりました。」
鎮圧されたといっても、俄に信じられないクルーゾー警部は部下のチャールズを急き立て、完全武装の実働部隊を率いて現場に向かった。バットージュツ、何だそれは? クリケットはアメリカでベースボールになったが、日本には武術になったのか? 現場に向かう道すがら、クルーゾー警部はそんな事を考えていた。
「おお、神よ……」
AK-47の凶口を力無く見つめた職員は、全てを諦めて目を閉じた。一瞬後、彼女が受けたのは、全てを終わらせる衝撃では無く、細長い重量物が、自分の胸の上に落ちてきた感覚だった。そして驚いて目を開いた彼女は、神の子の姿を見る。
テロリストの凶行に遭遇した猛は、預ける予定のケースの蓋を開いて中の刀を取り出し、空港職員に銃を向けているテロリストに迷わず飛び込んだ。
「えええーいっ!! 」
猛が気合い一閃白刃を振るうとテロリストのAK-47は、バナナ型弾倉とトリガーの間で真っ二つとなり、弾倉から先には火を吹く事なく女性職員の胸の上に落ちる。
「えええーいっ!! 」
再びの気合いと共に峰打ちで斬り上げた刀は、テロリストの顎を打ち上げ昏倒させた。倒れたテロリストの頭を蹴り、気を失っている事を確認した猛は、もう一人のテロリストを見据える、約十メートルだろうか? ぱっと見の目測で得た間合いを、伏せている人達の身体のサイズを加味して修正を入れる。
行ける! そう判断した猛は鋭い気合いと共に、二人目のテロリストを倒す為に踏み出した。いきなり現れて、仲間を打ち倒した『悪魔の子』に肝を潰したテロリストは、奇声をあげて目の前に迫る子供に向かい、AK-47のトリガーを絞った。
セミオートで放たれた凶弾の一発目は、慌てたテロリストがマズルジャンプを抑えられずに明後日の方向に飛び、二発目は弾道を見切った猛の刀に斬り落とされる。そして三発目が放たれると同時に猛はテロリストの構えるAK‐47の下に潜り込み、逆袈裟に刀を切り上げた。AK‐47を真っ二つにした刀はテロリストの鼻先をかすめ、猛の気合いと共に峰打ちで斬り下ろされる。横目でその軌跡を視認したテロリストは、自分の首が斬り落とされたと錯覚をしながら意識を手離した。その場にいた誰もが、この一瞬に起こった事を理解する事が出来なかった。
カチーン
猛の納刀の鍔鳴りの音が鳴り響くと、ようやく人々は自分が助かったと自覚して床を踏み鳴らし喝采をあげた、しかし……
「アッラーフ・アクバル!! 」
最初に倒したテロリストが意識を取り戻し、上着を脱いで立ち上がった。その姿を見て再び息を飲む職員と利用客。テロリストはプラスチック爆弾をくくりつけたベストを着ていた、そして勝ち誇った瞳で右手を掲げる。その手には、レバー式のスイッチのついた四角い小箱が握られていた、小箱から電線が伸び、プラスチック爆弾へと続いていた。テロリストの親指がレバーにかかり、今度こそおしまいだと誰もがそう思った時、再び少年が奇跡を起こした。猛は縮地という超人的な運足法で一瞬のうちにテロリストとの間を詰めると、動画を見た誰もが見えないと称した無拍子の動きで抜刀し、正確にスイッチレバーを根元から斬り飛ばした。下手に電線を斬ると、それが起爆に繋がっていたかも知れない。しかし、レバーを根元から斬り飛ばされれば、スイッチを入れる事が困難になる、猛はその隙を突いて、今度こそはと念入りに峰打ちで昏倒させた。最初にテロリストが発砲してからここまで僅か四分弱、居合わせた者達にとって、永遠にも思える一瞬であった。
この様子を監視カメラの録画映像で確認したクルーゾー警部は、ぬうと唸ると隣室へと繋がるドアノブを乱暴に回して、ソファーに座る少年に声をかけた。
「おい、小僧!? 」
その余りにも乱暴な物言いに、通訳はおろか全ての者が非難の視線を警部に浴びせる。その視線にたじろいだ警部は、咳払いをしてから、自分なりに柔らかい口調で猛に声をかけ直した。
「なぁ坊主、おじさんにちょっと聞かせてくれないか? 」
「はい、なんですか? 」
通訳を介さずとも、猛の丁寧な返事と分かる対応を受け、警部は面食らって内心恥じ入った。
「坊主は今幾つだ? 」
「はい、十一歳です。」
俺のガキより年下だよ、よっぽどしっかりしてるじゃねえか。
「坊主はすげぇ勇気の持ち主だな、おじさん驚いちまったぜ。でもよ、アイツら、銃を持ってたんだぜ、怖くなかったのか? 」
「はい、怖かったけど、この距離じゃあ槍みたいな物です、落ち着いて捌けば大丈夫だと思いました。」
「はぁ、槍ね、槍か……、分かった、ありがとよ、坊主、じゃあな。」
初速七百三十メートル毎秒の弾丸を槍呼ばわりするなんて……。感心すべきか呆れるべきか判断に苦しんだ警部は部下達に向かって一言、強く念を押した。
「いいか、お前等、あの小僧の言った事に、絶対感化されんじゃねえぞ。命が幾つ有っても足りねえかんな。」
このニュースは世界中を席巻し、監視カメラの映像が公開されると、猛は一躍時の人となる。その後の日程も大盛況に終わり、猛の剣技を目の当たりにした外国人記者はこう評した。
彼は自らの醸し出す荘厳な空気の中に、技という作品を描いて人の心に感動を呼び起こす『剣の芸術家(ソードアーティスト)』である。
それ以来、猛は学校に、稽古に、そして国内外から招聘される演武活動に大忙しとなる。この騒動にも天狗にならず、いつもの可愛いタケちゃんで居続ける猛に、小鶴はきっと無理をしているんだと案じ、何か良い息抜きは無いものかと思案に暮れる様になった。そうこうしているうちに猛は中学生となり、演武活動の管理も道場だけではこなせなくなった巴は、大手男性アイドルマネジメント会社、ジャッキー事務所からの申し出を渡りに船とばかりに受ける事にする。そのおかげで周りからアイドル扱いまでされるようになり、ますます息抜きする間も無くなった猛を案じた小鶴が、巴を横目で睨みながら巡りあったツールが、ナーブギアとソードアートオンラインである。商店街の福引きで、ベータテスター応募券付きのナーブギアを引き当てた小鶴は、その強運の余勢を駆って見事にベータ版を手中に修めた。そうして小鶴は初めて体験するフルダイブバーチャルリアリティーの世界に魅了される、この世界ならば、アバターを使えばタケちゃんだとバレる事は無い、きっと息抜きになるに違いない!!
「アバター名どうしようか?」
「コヅ姉がツウなら、俺はヨヒョウにしようかな。」
「ダメよ、もっとカッコいい名前にしようよ。」
「良いよ、どうでも。」
「そうだ、ドイツの新聞に載ってたわ、タケちゃんの事。優しい猫が、刀を抜くと獰猛な豹に変身するって。ねえ、ヒョウにしましょうよ。」
「コヅ姉、ドイツの新聞なんてよく手に入ったね。」
「ふふん、凄いでしょう、じゃあヒョウで決まりね。」
二人はナーブギアを被ってマットの上に寝転がる、そしてしっかり手を繋いで見つめ合う。
「じゃあ一緒ダイブしよう、せーので行くわよ。せーの「リンク・スタート!」」
良かれと信じて誘ったのがこんな事態になるとは、小鶴は夢にも思ってはいなかった。
「ごめんね、タケちゃん、私のせいで、ごめんね……」
泣き崩れて詫び続ける小鶴を抱きしめ、猛は耳元で囁いた。
「俺、一緒に来て良かったよ。じゃないと、コヅ姉を守れなかったから。ナーブギアを被って眠っているコヅ姉を見てるだけなんて、何も出来ないなんて、俺、気が狂っちゃうよ。」
涙目で見上げる小鶴に、猛は優しく笑顔を向けた。そして二人はヒョウとして、ツウとして、このアインクラッドで生き抜いて、現実世界に二人で帰ると覚悟を決めた。
コヅ姉のため、俺は生きなければならない、このレイドには縁がなかった。ヒョウが立ち上がり、踵を返そうとした時、バリトンの良い声が響き渡った。
「ちょっと良いか? 」
浅黒い巨漢の言葉に、ヒョウは我が意を得たりと膝を叩く。何だ、このレイドも満更捨てた物でも無いな。
そう思い直したヒョウは、腰を落ち着け直し、ボス攻略に参加する事を決めた。が、一人でノコノコやって来たヒョウには、パーティを組む相手がいなかった。
さてどこかに入れてもらう。二人組のパーティーが有るな……、いや、あそこは最後の手段にしよう、俺はそんなに野暮じゃない。その前にあのエギルと名乗った巨漢を当たってみよう。
思惑通り、エギルのパーティーに入れて貰ったヒョウは、タンクチームにいながらも、要所要所で効果的なソードスキルを放ち、ボスを仰け反らせて地味だが堅実な働きを見せ、曲刀使いのヒョウの名前をエギルの記憶に植え付ける事に成功した。しかし、なんと言っても今回のボス攻略は、あの二人のものだろう。パーティメンバーが二名と少なく、半ば味噌っ粕扱いだったのだが、前評判を見事に覆す仕事ぶりだった。圧巻だったのは後半、ボスのHPゲージが最後の一本になった時だ、攻略が目前となり、逸るレイドメンバーの中、冷静にボスのウェポンチェンジからの攻撃パターン変化を予測し、警告を発して全員の注意を喚起した事。発起人ディアベル喪失で浮き足立つレイドメンバーを潰走崩壊から救った、目の覚めるような連携攻撃、この姿に勇気づけられてレイドは息を吹き返し、今回のボス攻略は最小限の犠牲で成功したと言えよう。
しかし……、またしてもそれはあのサボテン頭にぶち壊されてしまった。
「何でや!? 知っとったんなら、何でディアベルはんを見殺しにしたんや? 」
あいつは何を言っている、あの状況で何が出来ると言うのだ、咄嗟の警告だって普通は出せるものではない。それをやってのけただけでも、称賛される事はあれ非難されるいわれはない。仮に奴が元ベータテスターだったとしても、システムを凌駕する不公平な力が与えられている訳ではない。元ベータテスターは何でも出来るスーパーマンではない、少し先行した知識を持っているだけの、ただのプレイヤーなんだ。少なくとも俺の知っている元ベータテスターは、ここに居る誰よりも弱いプレイヤーだろう。
「ちょっと待てよ! 」
そうヒョウが言おうとした時、非難の槍玉に上げられた少年が、取り囲む無責任な糾弾者達に冷笑を浴びせかける。
「元ベータテスターだって、俺をあんな素人連中と一緒にしないで貰いたいな。」
彼が衝撃的なカミングアウトをすると、冷や水をかけられた様に、糾弾者達は狼狽える。それは絶対強者への恐れ、嫉妬、逆恨み、正面切って勝負を挑めない者達の、負け犬の遠吠えにも似た醜いざわめき。そして、振り上げた拳の落とし所を失った者達は、自らを納得させる為に、彼を『汚い元ベータテスター』の象徴に貶める事で、精神の平衡を保とうとした。
誰からともなく、チート、チーター、ベータテスターのチーター、ビーターと声があがっていく。彼等の発したビーターという蔑称を、ふてぶてしく少年は、ラスを取って得たと思われる漆黒のコートを羽織りながら苛烈に宣言をした。
「ビーター、いい響きだな、それ。そうだ、俺はビーターだ、これからは元テスター如きと一緒にしないでくれ。」
静まり返ったレイドメンバーを後に、少年は第二層をアクティベートするために去って行った。
あいつの本心を理解した人間は、ここに何人いるだろうか?
ヒョウは彼の後ろ姿を見送りながら考えていた、パートナーの女性プレイヤーとエギルさん、その他にいるだろうか? あの冷笑を浴びせる前の葛藤の表情、寂しそうな目を見た人間が何人いるだろうか?
今はっきり分かった。アインクラッドには、モンスター以外にもコヅ姉の敵となる存在が居る。その悪意の戈から彼女を守る為に、あいつには済まないが、その決意を利用させて貰おう。
ヒョウはエギルにだけ挨拶を済ませると、人知れずそっとその場を後にした。守るべき、愛しい人の待つ場所に。
註釈
大祝 鶴の生家の末裔という方は、別の名字で実在されます。神社も別の名前で存在します。ですが、本作は二次のフィクションなので、敢えて大祝 鶴ゆかりの地域からぼかして書いています。ご了承下さいませ。
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