ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第二十話 赤鼻の馴鹿

 二千二十三年十二月二十日 アインクラッド 第四層 希望の小島 夕鶴保育園

 

 

 ♪真っ赤なお鼻の トナカイさんは

  いつもみんなの 笑い者

  だけどその年の クリスマスの日

  サンタのおじさんは 言いました……

 

 ツウとヒョウの経営する保育園では、只今クリスマスに向けての準備に余念が無い。クリスマスソングを歌いながら、子供達と一緒にツリーの飾り付けをするツウを、ゴンドラ船に電飾を施しながらヒョウは微笑んで見つめていた。

 

「必ず守るからね、コヅ姉」

 

 ヒョウはそう一言呟くと、メニューウィンドウを操作して、フレンドリスト開く。そしてスクロールをすると、他のフレンド達とは異なり、文字の表示がグレーで表記されている人物名が有った。

 

 Sachi

 

 ヒョウはその文字を苦い思いで、暫し見つめていた。

 

「タケちゃーん」

 

 笑顔で手を振るツウの声に現実に戻ったヒョウは、手早くメニューウィンドウを仕舞うと、表情を笑顔に改めて手を振り返す。

 

「タケちゃーん、お昼にしましょーう」

 

 手をメガホンにして叫ぶツウの姿に、ヒョウは誓いを新たにする。

 

 コヅ姉だけは絶対に守り抜く、俺はもうこれ以上、コヅ姉を傷つけたり悲しませたりはしない……

 

 

 

 

 二千二十二年十一月六日に、このSAO世界に一万名の人間が囚われてから一年余りが過ぎ、もうすぐ二度目のクリスマスがやって来る。

 

 一度目のクリスマスは、この仮想世界に囚われてから間もない時期で、プレイヤー達はとても浮かれ気分でこの日を過ごす事は出来なかった。しかし、人間というものは逞しい生き物で、生存中のプレイヤーの殆どがこの仮想世界という現実を受け入れ、一年余りでそこでの日常を謳歌するまでになっていた。

 彼等の中には、決してリアルでは体験出来なかった冒険を、心行くまで楽しんでいる豪の者さえいる。彼等はリアルではモニター越しのゲームプレイに隔下掻痒の思いを抱いていた、所謂ネットゲーム廃人という人物である。

 しかし、ナーヴギアのもたらす仮想空間に魅せられた者は、彼等廃人ゲーマーだけではない、そこに無限の可能性を見いだし、虜になったユーザーも多数存在する。彼等の人種構成はまさしく雑多であり、生活の中で普通にゲーム機に接触し、話題作の販売時にのみ休日徹夜をする程度の、そこそこハマった人間から、コンピューターゲームには全く興味の無い人間までピンからキリまで存在する、人工比率からも分母の大きい彼等の方が、むしろ廃人プレイヤーよりも多いのは自明の理であろう。

 

 そんな廃人ゲーマー以外の人達が、このSAO世界でリアルと変わらない日常を送れるまでに精神の余裕を取り戻した要素は、時間以外にも三つの要素が有る。

 

 一つは攻略の進行だ。ゲーム開始当時は、第一層を突破するのに一ヶ月という時間を費やし、二千人の命を必要とした、その事実にプレイヤーのほぼ全員は希望よりも先に戦慄を抱いてしまった。このペースで攻略が進むのならば百層クリア迄に百ヶ月、つまり八年以上の時間と二十万人の命が必要となる、とてもではないが不可能だ、と。一層クリアという華やかな希望の裏に、実はそういった絶望も存在していたが、それを払拭したのはその十日後の事である。

 

 二層攻略成功

 

 そのニュースはアインクラッド全体に大きな福音となって駆け抜けた、そして三層攻略に費やした時間は一週間。これ以降のフロアボス攻略に要する時間は最短で一週間以内、最長でも二十日未満と、第一層攻略に費やした時間から大幅に短縮化して安定していった。プレイから一年過ぎた今、攻略の折り返し地点の五十層目前の四十九層に到達している。

 

 このままのペースで攻略が進めば、あと一年余りでゲームはクリアされ、現実世界への帰還は成る

 

 攻略組と呼ばれるトッププレイヤーの、文字通り命を張った攻略は、そのままボリュームゾーンプレイヤーの希望となっていた。

 

 もう一つは、シンカーの様な識者が、MMORPGに馴染みの浅いプレイヤー達を導き、このアインクラッドでの生活基盤を築く基礎知識を伝授したのも大きな要因である。シンカーは戸惑うプレイヤー達に手を差しのべ、自らの知識を惜しげもなく公開し、MMORPGでの立ち回り方を伝授していった。彼の伝えた概念で、SAOで初めてMMORPGに触れる初心者プレイヤー達に大きな福音となったのは、生産職、商業職といった概念である。

 MMORPG初心者の多くは、従来の家庭用ゲーム機に数多く存在するRPGを連想し、プレイヤーは皆危険を冒してモンスターと戦わなければならないと悲観していたが、シンカーのもたらした職業という概念でそれはある程度払拭された。モンスターとの戦闘は、無理せず身の丈に合った相手と戦えば良い、危険を冒す必要は無いのだという概念は、アインクラッドに囚われた大多数の一般人プレイヤー達の心を救っていたのだ。これは地味ではあるが、大金星と讃えられて良い功績である。

 

 そしてもう一つ、プレイ開始当初のアインクラッドには、フィールドに出て稼いだり経験値を上げたくとも、それが出来ないプレイヤーが存在し、彼等を安心してフィールドに送り出す環境をツウが作り出した事だ。フィールドに出てモンスターを倒し、経験値もコルも稼ぐ事が出来ないプレイヤー、それは家族でSAOのプレイを開始した子連れのプレイヤーである。両親が揃ってプレイしている者はともかく、片親と供にプレイを始めた親子の生活は悲惨を極めた。何故なら親達は子供を連れて危険なフィールドに出る訳にもいかず、さりとて託児所などこのアインクラッドの中に有る筈も無い。そんな理由で片親の子連れプレイヤー達は、ゲーム開始当初は極貧生活を強いられていた。そんな彼等は数少ないフィールドで稼ぐチャンスを手にすると、子供の為に無理な狩りをして命を落とし、アインクラッドの中に孤児を生み出す原因となっていた。その現実に直に触れたツウは彼等子連れプレイヤー達が安心してフィールドに通勤し、リアルと同様の日常生活を送る為の施設、保育園を開園して彼等の支援を開始した。

 茅場晶彦はきっと、アインクラッドに閉じ込められた全プレイヤーは皆、命懸けで眦吊り上げて攻略に勤しむと考えているのだろう。そう判断したツウは、全プレイヤーが攻略を放り投げ、外部からの救出を待ちながらリアル同様の日常生活を送るようになれば、我々の勝ちであると、筋が通っているようないない様な理屈で保育園兼孤児院を開設。この彼女の行動も、間違い無くプレイヤー達の心の安定に繋がっていった。

 

 こうした事実の積み重ねが、アインクラッドに住むプレイヤー達の心の余裕を取り戻し、今年のクリスマスを楽しむ迄に精神状態を回復していた。

 

 ボリュームゾーンのプレイヤー達が、クリスマスムードに浮かれるアインクラッドに、攻略組のトッププレイヤー達には激震と言っても良い程の衝撃的な情報が駆け抜けていた。それはとある噂話に端を発するものだった、しかし発信源と内容が、それを他愛ない噂と切り捨てる事を拒んでいた。

 内容はクリスマスイヴの二十四時、とある樅の巨木の下に、背教者ニコラスが現れる、彼を倒せば背負った袋の中に有る大量のアイテムを手に入れられる、というものだ。そしてその噂を伝えたのはNPCである、NPCは様々なクエストフラグにもなっている、その彼等が一斉に各層で口にし始めたのだ、これ以上の信憑性は無い。

 噂の流れ始めた頃は、ヒョウはこのクエストには余り関心が無かった。クエストの内容から、中規模以上の攻略ギルド向けのクエストだろうと判断していたからだ。ソロの自分には関係が無い。それならば、折角のクリスマスである、愛するツウと子供達と一緒に過ごす方が、よっぽど有意義である。そう判断しての行動だったが、NPCの口からアイテムの内訳の一部が知らされてから、ヒョウの考えは百八十度の転換を見せた。

 

 何でもそのアイテムの中には、死んだプレイヤーを一人だけ、蘇生するアイテムも有るらしい……

 

 その情報を手に入れたヒョウの心は色めき立つ。

 

 ヒョウには一人、出来うる事なら是が非でも蘇生したいプレイヤーがいる。その人物の名前はサチである、彼女は自分が萬護衛請負業を開始した時の最初の客の一人であり、そして短い間ではあったが、保育園の業務をサポートしてくれた恩人でもある。あの一週間を過ぎた後も、時々ツウはサチに連絡を取っており、スケジュールが合えば保育園の助っ人に来てもらったりと交流をしていたのだが、それは長くは続かなかった。ある日の宵の口、メールを出そうとフレンドリストを開いたツウが絶句してしまった、力無く座り込み小刻みに震えるツウに駆け寄り、介抱しようと肩を抱いたヒョウは同じように絶句して膝をついた。その時ヒョウの目の中にに入ったのは、グレーの文字でSachiと記されたツウのメニューウィンドウだった。

 

 あの時もっと強く引き留めておけば良かった。もっと強引にでも、保母としてここに残るよう勧誘するべきだった……

 

 そんな後悔を胸に、その夜ヒョウは泣き濡れるツウをずっと抱き締めていた。翌朝、気丈に気持ちを切り替え、いつもと変わらない笑顔で子供達と接するツウの姿に、ヒョウはやりきれない思いを抱くのだった。

 

 アインクラッドに囚われて以降、サチの死はヒョウにとって直接の責任では無いが、大き過ぎる痛恨の出来事である。時折悲しそうな表情を浮かべるツウを見ると、ヒョウはいたたまれない気持ちに支配されていた。しかし……

 

 この蘇生アイテムがあれば、あるいは!?

 

 しかし、焦る心とは裏腹に、ヒョウはこのクエストの情報集めに苦戦していた。蘇生アイテムは、どのギルドにとっても垂涎のアイテムであり、この情報集めは大規模ギルドが先行するのはやむを得ない事だった。さらにこの頃のヒョウは、軍キバオウ派から島を守る為、ボス戦に参加する事やフィールドでレベリングする事を控えていた。彼の目的はツウを守り抜いて現実世界に帰る事である、その為には、どんな事が有っても、そしてどんな相手からも負けないレベルを維持する必要が有る。ボス戦はともかく、自分自身のレベリングが出来ない事は、ヒョウ本来の目的からすると大きなジレンマである、加えて今回の蘇生アイテムの情報、それを得る為の行動が縛られる現実がヒョウのジレンマを拡大していた。そのヒョウをジレンマから解放したのが、ツウが見つけて来たクエストである。

 

『トナカイ解放戦線との和平交渉』

 

 という、仰々しい題名のクエストの内容はこうだ。サンタクロースのせいで毎年のクリスマスを家族団欒で過ごせない、元中東反政府ゲリラ傭兵部隊のトナカイ達が、今年こそはと反乱を決起。トナカイ達は自らを『トナカイ解放戦線』と名乗り、俺達にも家族と一緒のクリスマスを過ごす権利が有るとの声明を発し、サンタクロースに反旗を翻すと、一層に有る秘密のダンジョンに立て籠った。プレイヤーは彼等に対し、サンタクロースの橇を引かせるべく説得をする、というものだった。

 

 一瞬「なんじゃこりゃ?」と眉をひそめたヒョウだったが、重要なのは内容よりも、そのクエストの報酬である。それはサンタクロースからお礼に大量のコルとアイテムをプレゼントされ、そのプレゼントの中にはトナカイ達を唆した、背教者ニコラスが現れる樅の木の手がかりが含まれているらしい。その上自分が一層を闊歩する事は、キバオウ一派への牽制にもなる、そう考えてヒョウはクエストに挑むが、進捗は意気込みに比べ、芳しくなかった。

 

 一層のダンジョンと言えば、一つしか無い。攻略組を始め、始まりの街を飛び出したプレイヤー達が、一度はお世話になったあのダンジョンだ。

 

 そう考えたヒョウは、その日からダンジョンに通い、見落としや新たな隠し部屋を探したが一向に見つからない。行き詰まったヒョウを救ったのは、またしてもパートナーのツウである。彼女はそもそもクエストの文言が「秘密のダンジョン」となっている事に着目し、ヒョウのダンジョンの中に出来た異変場所説を否定すると、ベータ版で体験した疑問点の一つを口にした。

 

「そういえば……、黒鉄宮の中に、鍵のかかった扉が有ったわね……。秘密のダンジョンって、多分あそこじゃないかしら?」

 

 ツウはご存知の通り、ベータテストの時には『死に戻り』の二つ名を戴く程のプレイヤーである。誰よりも多く死に戻った彼女は、当然誰よりも多く黒鉄宮から戻った訳であり、それすなわち誰よりも黒鉄宮の内部に詳しいという事である。そのツウが言う事である、大いに有り得るとヒョウは黒鉄宮に入ると、彼女の示した場所に、目立たない扉を発見した。

 

「コヅ姉が言っていたのはここだな……」

 

 ゴクリと唾を飲んで、ヒョウはその扉をくぐり抜け中へと足を進めて行くと、ツウの予想通り、そこは新たなダンジョンだった。それも難易度的に一層ではあり得ない程高い、ハイレベルのダンジョンである。何しろ普通にポップして徘徊しているのが、第一層ボス戦に出て来た『ルインコボルト・センチネル』なのだから、このダンジョンの難易度が推して知れるというものだ。

 

 恐らくは上層攻略に応じて解放されるダンジョンなのだろう、だからこそこの難易度なのだ。

 

 そう当たりを着けたヒョウは片頬を上げる。

 

 このダンジョンはキバオウ一派を牽制しつつ、島を守りながら短時間でレベリングが可能な立地条件と難易度を持っている。今ヒョウが抱えるジレンマを一気に解消できる、理想の狩場の出現にヒョウの刀捌きは軽やかに冴え渡るのだった。そうしてヒョウが件のトナカイ達が立て籠るバリケードを発見したのは、十二月二十四日二十三時十五分である。殺気立つトナカイ達に、家族団欒で過ごしたい奴らが、何でこんな所に立て籠っているんだ? と心の中でツッコミを入れると、さて始めるかとヒョウは説得を開始した。説得といっても、そこはそれクエストである、当然言葉ではなく物理による説得であり、ソロで挑んだヒョウはトナカイ達が快く説得を受け入れる迄に、四十五分程の時間を費やした。間に合うか!? と急ぎ獲得アイテムをチェックするヒョウの目に、背教者ニコラスに至る転移結晶というアイテム名が飛び込む。即座にそれを実体化したヒョウは高く掲げ、オーブの中に消えて行った。

 

「……クッ」

 

 転移した先でヒョウが見た物は、半分程HPバーを削られた背教者ニコラスと、その足下で剣を取り落とし膝をついたキリトの姿だった。

 

「どうした! キリト! だらしないぞ!!」

 

 ニコラスがキリトの首めがけて振り下ろした斧を刀で受け止め、一喝するヒョウを生気の無い目で見上げたキリトは、剣を拾うとよろよろと緩慢な動きで立ち上げる。

 

「余計な事を……」

 

 力無くそう呟いたキリトは、幽鬼のようなその表情とは裏腹の、鬼気迫る勢いの攻撃を開始したのだった。

 

 

 

 ヒョウとキリトのHPバーがレッドゾーンに入ったのは、十三層ぶりの出来事だった。しかし二人はそんな事もお構い無しに、メニューウィンドウを開いて獲得アイテムをチェックしていた。

 

「チッ」

 

 ヒョウは目的のアイテムを見つけるも、説明文を読んで舌打ちすした。そしてそのアイテムを実体化すると、彼の目的もそれだろうとキリトに向かって投げ渡す。受け取ったキリトは、そのアイテムをクリックしてウィンドウを呼び出し、そこに書かれた内容に目を通すとガックリと膝を着いた。

 

「蘇生させたかったな……、サチさん……」

「!?」

 

 そうこぼしたヒョウの言葉を、キリトは聞き逃さなかった。雪の積もる地面に目を向けたまま、キリトはヒョウに抑揚の無い口調で問い質す。

 

「どうして……、お前がサチを知っている……」

 

 やや震える口調でそう聞いてきたキリトに、ヒョウは月夜の黒猫団との経緯を話し始めた。話しが進むうちに、キリトの肩がワナワナと震えていく。

 もっと強引にでも、サチさんを引き留めておけば良かったと、言葉を結んだ時、ヒョウは左の頬に衝撃を受けた。

 

「キサマが……、キサマがサチを! サチを!!」

 

 怒りに顔を歪め、キリトはヒョウを殴り倒すと、馬乗りになって拳を振るう。

 

「ヒョウ! キサマがサチを止めていたら、サチはあんなトラップで死んだりしなかったんだ! キサマが! キサマが!」

 

 ヒョウはキリトの拳を受けながら、サチとキリトの関係と彼女の最期に何があったのか、おおよその察しを着けた。

 

「そう言うキリトだって、側に居て守りきれなかったんだろう!? サチさんを!!」

 

 ヒョウは体を入れ替え、キリトに拳を振り下ろす。そして二人は激しく罵り合いながら、互いに激しく殴り合う。二人はサチの事を危惧しながらも、彼女を守れなかった自分自身を、今までずっと許せなかった。鬱屈するその想いが爆発し、相手の拳に自分自身の怒りを託し、自分自身に対して罰を与えていた。激しく、激しく……

 

 やがて朦朧となった二人の拳は的を外し、腕を絡める様に交差させると、縺れ合って倒れ込んだ。疲労困憊で大きく肩で息をしながら、大の字になって雪を降らせる空を見上げる。

 やがて先に息の整ったヒョウが立ち上がる。サチが、ジャスミンの母親が、守りたい救いたいと思った者は、喪われると二度とは還って来ないのだとの認識を改めて胸に刻み付けると、今最も守りたい者達の待つ場所へと意識を向けた。

 

 そうだ、明日は保育園でクリスマスイベントを開くんだ、コヅ姉も張り切っていたし、早く帰らなきゃ。こんな時、アバターは有り難いな、コヅ姉に喧嘩した事がバレない……

 

「待てよ、まだ終わってねぇよ」

 

 立ち去ろうとするヒョウの背中に向け、苦しげに上体を起こしたキリトが呻く、しかし……

 

「勝手な想いだけどさぁ、キリト」

 

 さっき迄罵り合い、激しく殴り合っていたとは思えない、いつもの気の置けない気安い友達口調でヒョウは言葉を返す。

 

「第一層の攻略から、ビーターを名乗った時から、俺はキリトをこう想っていたんだ、キリトは赤鼻のトナカイみたいだって」

「トナカイ……だと」

「ああ、サンタクロースだけじゃなく、アインクラッドに囚われた全プレイヤーの行く道を、そのピカピカの鼻で照らして導く赤鼻のトナカイさ」

 

 邪気の無い真っ直ぐな、憧れの視線をヒョウに向けられたキリトは、いたたまれない気持ちになり視線を反らす。

 

「勝手に言いやがって……、俺はそんな」

 

 人間じゃ無い。そう言おうとしたキリトの言葉をヒョウが遮る。

 

「サチさんだってきっとそうさ」

 

 その言葉に、キリトの頭に短い間だったが、濃密に刻み込まれた儚げなサチの面影がフラッシュバックする。困った顔、むくれた顔、不安げな顔、そして笑顔、その全てがキリトに対する全幅の信頼、希望に満たされていた。その面影が罪悪感を貫き、両手で顔を覆って膝を着くキリト。そんな彼にヒョウは追い討ちをするかの様な一言を投げかけた。

 

「なのにキリト、お前は何をやっている?」

 

 その一言を聞いたキリトは、拳を地面に打ち付けて咆哮する。

 

「うあああ……あああああああ!!」

 

 獣の様な叫び声をあげるキリトに背を向け、ヒョウは四層の島、ツウの待つ自宅へと足を進めて行った。

 

 

 翌日、何をどうしたら察知できるのか、ツウによって昨夜の出来事を感づかれ、洗いざらいを白状させられた上に大目玉を喰らったヒョウは、少し釈然としない思いを抱きながら、通いの子供達を迎えに主街区の船着き場にゴンドラを漕いでやって来た。

 船着き場には、既に何組かの親子連れがヒョウを待っていて、気持ちを切り替えたヒョウは笑顔で子供達を引き取り、親達にお気をつけてと会話を交わしていた。すると、一人の男の子が街路樹に向かって指を指して叫ぶ。

 

「あっ! キリト兄ちゃんだ!!」

 

 驚いてヒョウはその方向に目をやると、罰の悪そうな表情で佇むキリトの姿を認める。一緒にキリトの姿を認めた子供達は、我先にと駆け出してキリトを取り囲むと、口々に「キリト兄ちゃんも、一緒に遊ぼうよ」と言いながら、手を引き腰を押ししてヒョウのいる場所へと連れてきた。

 

「……よ、よう」

 

 罰の悪さに加えて気恥ずかしさの混じった複雑な表情を隠そうと、わざとらしくソッポを向きながらもキリトは横目で窺いながら、ヒョウに何とも言えない挨拶をする。

 

「ああ、おはよう」

 

 クスリと笑って挨拶を返すヒョウは、キリトのはにかんだ、そして憑き物の落ちた様な瞳に確信した。

 

「良い天気だな」

「絶好のクリスマス日和だね」

 

 キリトは帰って来たんだと。前よりも、もっともっと強くなって。

 

「で、だな、手伝って欲しいクエストが有るんだけど……」

「ああ、良いぜ。でも、見返りはたんまり貰うからな」

 

 探る様に聞いてきたキリトに、ヒョウは二つ返事で答える。

 

「ウッ……。せ、精神的なもので良いかな……」

「却下、キッチリ戴くぜ」

「イッ! なぁヒョウ、頼むよ……」

 

 うろたえるキリトに提示された見返りは、彼にとって願ったり叶ったりの内容だった。

 

「今日は一日園のクリスマスイベントの手伝いをする事、それからコヅ姉の手料理をちゃんと食べて帰る事、それでチャラ」

「なんだ、脅かすなよヒョウ。そう言うことなら御安い御用だ! よし、行こうぜ、ヒョウ!」

「ああ、頼りにしてるよ、キリト」

 

 ヒョウは腕をまくる仕草をしながらゴンドラ船に乗り込むキリトの背中に、心の中で声をかけた。

 

 

 

 

 お帰り、キリト




次回 第二十一話 包丁スキル
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