ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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第二十三話 タイムクエスト

「はーい、じゃあもう一回、始めからおさらいしますよ。はい、いち、にい、さん、し、いち、にい、さん、し……」

 

 ツウの掛け声と、お手本動作に倣って、女の子達が短剣を片手に神楽舞を舞っている。この神楽舞は、ヒョウとツウがSAOで考案した、短剣ソードスキルの準備動作を取り入れた神楽舞で、武術としてのナンバの動きを体感的に理解できない人間が、効果的にナンバの動きを習得するためのメソッドだった。そしてその女の子達に混じって、シリカも一心不乱に神楽を舞っている。

 

 夕食後の打ち合わせで、ナンバについてヒョウから聞かされるも、正直なところ半信半疑なシリカだったが、すぐにそれは払拭される事となる。早朝目を覚ましたシリカは、窓の外に信じられない物を見て、我が目を疑った。

 

「はい、ちんとんしゃん、ちんとんしゃん……」

 

 ツウの手本について、大斧を肩に担ぎ、藤娘を踊る禿頭の巨人、エギルの姿を目撃したシリカは、思わず目を擦って見直し、確認する。

 

「はい、テレツクテン、テレツクテン……」

 

 違和感丸出しではあるが、繊細かつ堂に入ったエギルの舞い姿は、相当の稽古を積んだのだと容易に理解できる、シリカは朝食を呼ばれた時、同席したエギルにその事を聞いてみた。

 

「なぁんだ、見られていたか、内緒だぜ、嬢ちゃん」

 

 恥ずかしそうに頭を掻いて、エギルはシリカの疑問に答える。

 

「俺ぁよ、商人もやってるから、効率良くやってるつもりでも、どうにも攻略クエストの方がな……。特に今回は大口の取引がかさんじまって、なおさらなんだ。だから今回のボス戦に備えて、毎朝ツウさんに見てもらって、ナンバの動きをおさらいしてるのさ」

「どうして、日本舞踊なんですか?」

「うーん、どうにも俺は、何でもかんでも力任せになるもんで、動きが雑になってなぁ。力の抜き加減を学ぶのに丁度良いらしい」

「雑に……、ですか」

 

 遠くをみる様に述懐するエギルを、シリカはまじまじと見上げた。その視線に気がついたエギルは、慌てて笑顔を張り付けて、話しを続ける。

 

「まぁ、嬢ちゃんも、騙されたと思って、真面目にやってみると良い、直ぐに効果を体感できるぜ」

「……はい」

 

 この時のシリカはまだ、そんなものなのかな? という思いであったが、朝食後にレッスンが始まってその疑いは霧散する。

 

「じゃあシリカちゃん、始めようか」

「はい」

 

 保育園のグランドで、ヒョウのレクチャーが始まった。

 

「夕べナンバについては話したよね、多分、本音は半信半疑だと思う」

 

 その言葉に、シリカは首をすくめて顔を赤らめる。そんなシリカの内心をおもんばかる様にヒョウは言葉を続けた。

 

「いや、気にしなくて良いんだ。実際素直に受け入れたのは、キリトや攻略組の一部なんだから、無理もない」

 

 キリトという言葉に、ハッとして顔を上げるシリカ。

 

「だから、実際に身に付けた人と一緒に、同じソードスキルを放ってみて、その違いを体感すると良い。ジャスミン」

 

 ヒョウはジャスミンを呼んで、シリカの隣に立たせた。

 

「ジャスミン、今からシリカお姉ちゃんと一緒に、あの的に向かってラピッド・バイトをやって欲しいんだ。いいかな?」

「うん、いいよ」

「ありがとう、ジャスミン」

 

 ヒョウはジャスミンの頭を撫でると、シリカに向き直る。

 

「じゃあやってみようか。僕の合図で一緒にラピッド・バイトを発動するんだ」

 

 シリカとジャスミンが頷いたのを確認して、ヒョウは右手を高く上げ、スタートの号令をかけた。

 

「レディー、ゴー!」

 

 ヒョウの右手が振り下ろされると、二人は同時に準備動作に入った。そしてシリカはジャスミンの動きに驚愕する。

 

「!?」

 

 同時に準備動作に入った筈なのに、ジャスミンの発動はシリカのそれに比べて一呼吸速かった、そして発動後の技後硬直からの復帰も一呼吸以上の速さを持っていた。ソードスキルの完成度は、フィールドで生死を分ける事に繋がり、特に発動及び硬直復帰のスピードで一呼吸の違いは、段違いのアドバンテージが有ると言っても過言ではない。年齢もレベルも習熟度も自分より下のジャスミンが、ナンバの技術を用いて自分以上のソードスキルを放った、それもヒョウからキリトの名前を聞かされた直後である。その事実を前にして、シリカの心には最早、疑心暗鬼も半信半疑も存在しなかった。

 

 最初ヒョウは祝心眼流小太刀の型を伝授しようとしたのだが、キリトの名前に気負い過ぎたシリカにとって、それは逆効果だった。そこでヒョウは、シリカをツウに預けて、神楽舞を通じてナンバの動きを身に付けさせる事に決めたのだ。

 

「いち、にい、さん、しぃ、いち、にい、さん、しぃ……」

 

 キリトさんも身に付けた技術、その事実がシリカのヤル気に火をつけ、ヒョウも驚く程にめきめきと上達していき、ピナとのコンビネーションも相まって、五十層迷宮区をソロで踏破できる実力をつけるに至っていた。

 

 ヒョウとのレベリングを開始してから三日を出ずして、シリカは準攻略組と言って良いレベルに到達し、四日目からは、シーフとして必須スキルを身に付ける為のクエストにチャレンジしていた。もしも今後、キリトさんとパーティーを組むチャンスが有ったら、その時は必ずキリトさんの役に立ちたい、その一念でシリカは貪欲に、鋭意を持ってクエストに挑戦する。そんなシリカの姿にヒョウも指導の熱が入り、五日目のカリキュラムに入れたクエストで、つい勇み足をしてしまった。

 

「これはしくじったかな……」

 

 クエストフラグを立てたものの、内容を失念していたヒョウは、それに気づいて頭を掻いた。

 

 七つの守護鍵というそのクエストは、五十層迷宮区の隠しダンジョンの扉を開く所から始まる。

 ダンジョン内には七つの中ボス部屋が有り、中ボスが守る宝箱の中にある鍵を七つ集めると大ボス部屋が出現し、大ボスを倒して終了というクエストである。一見すると、なんの変哲もないレベリングクエストであり、事実五十層を攻略する時に、攻略組メンバーがこぞって利用したクエストだった。しかし、それはこのクエストにとって、表向きの一面に過ぎない。普通こういったクエストでは、ボスを倒して宝箱を開け、鍵を得るのが一般的であり、攻略組メンバーもそうして鍵を得ていた。しかし、或るパーティーが、何を思ったのか、中ボスを倒す前に宝箱を開ける事にチャレンジする。彼等が宝箱に触れた瞬間、隠し扉が開きガードモンスターが現れ苦戦するも、なんとかクエストを終了させる事に成功した。その時そのパーティーのシーフ役を務めていたプレイヤーに、ユニークスキル『トラップ看破』『マスターシーフ』が与えられ、話題となって現在に至る。攻略を確実に進めるには、地味ながらも優秀なシーフは必要不可欠だ。攻略組メンバーは改めてクエストに挑戦するも、軒並み失敗してしまう。正確に言うと、クエスト自体は成功しているのだが、スキルの獲得に失敗していたのだ。ワンオフスキルか? と誰もが頭を抱えた時、ヒョウ、キリト、アルゴの三人が挑戦し、それを確認した。結果は見事にクリア、アルゴが『トラップ看破』『マスターシーフ』のスキル獲得に成功する。これにより、このクエストはワンオフではなく、初回挑戦限定クエストである事が判明した。以降攻略組各ギルドは、このクエストをレベリングとシーフ育成に有効活用している。

 ヒョウはシリカの頑張りを見て、ユニークスキルを授けるべく、このクエストをチョイスしたのだが、クエストクリアに必須なメンバー、宝箱を開けるシーフ、中ボスを引き受ける遊撃役、シーフを守るタンク役、この三役の内、シーフ以外の一枚が欠けていた事にフラグを立てた後に気がついた。無理すればツウとクリアした時の様に、二人でクリアする事も可能ではあるが、シリカは大事な顧客なのでより安全を期したい。そう考えたヒョウは伝を頼り、助っ人依頼のメールを出したのだが、芳しい返事は得られなかった。ゴドフリー、エギル、クライン達は、誰もが示し合わせた様に「明後日なら……」と返事を返して来て、これがダメなら明後日だなと、ダメ元で最後の伝にメールを出すと、これが嬉しい誤算となる。

 

「ああ、良いぜ、丁度暇だったんだ、付き合うぜ。その代わり、ツウさん新開発のラーメンよろしく!」

 

 と、メールを返して来たのが……

 

 

「キリトさん! 宝箱、開きました」

 

 背中を守るキリトにシリカが報告すると、キリトは首だけ振り返りそれに応える。

 

「ようし、偉いぞ、シリカ! ハァアアアアッ!」

「私だって! ヤァアアアアアッ!」

「クルッ! キュアアアアアア!」

 

 キリトが守勢から攻勢に転じて片手剣を振るうと、シリカとピナもそれに続いて攻撃する。キリトのサプライズ加入にテンションマックスとなったシリカは、驚くほど呆気なくクエストをクリアし、見事ユニークスキルをゲットしたのだった。二人が知り合いだった事に驚くヒョウに、キリトは残りの二日間も「乗りかかった船」だと言って付き合う事を提案する。そうしてシリカにとって夢の様なレッスン六日目が終わり、保育園にてキリトと共にツウの夕食に舌鼓を打っていた時である。

 

「ヒョウ! 居る!?」

 

 血相を変えて転がり込んできた人物に、保育園に居た全員が箸を止めた。

 

「どうしたの、リズ? はい、落ち着いて」

 

 ツウが差し出したコップを奪い取る様に受け取り、一気に飲み干すと「プハァ~」と些か品の無い息を漏らし、リズベットは室内を見回す。

 

「あーっ! キリト! キリトも良いトコに!! お願い、二人共手伝ってぇ~」

 

 ヒョウとキリトの手を取ると、涙目で哀願するリズベットの話しの内容はこうだ。明日マスターメイサー限定のタイムクエストが有り、それにどうしても欲しいアイテムがドロップするらしく、何が何でもクリアしたいとの事。ヒョウはキリトと顔を見合わせた後、シリカのレベリング護衛を請け負っているから、悪いけど今回は……、と口にする。その言葉を聞いて、この世の終わりが来た様な顔をして崩れ落ちるリズベット。魂を口から吐き出した様に放心してへたり込むリズベットに、見かねたシリカが思いきって提案した。

 

「あの、リズベットさん。そのクエスト、私も参加して良いですか?」

 

 思わず顔を上げるリズベットの手を取りながら、シリカは言葉を続ける。

 

「そうすれば、私のレベリングを請け負いながら、リズベットさんのクエスト護衛も出来るじゃないですか? ねぇ、ヒョウさん?」

「まぁ、シリカちゃんがそれで良いなら……」

「ありがとう! 恩に着るわ!!」

 

 ヒョウの言葉が終わらないうちに、リズベットはシリカの手を取って叫ぶ様に礼を言う。その姿に苦笑しあいながらも、ヒョウとキリトは手伝う事を決めるのだった。

 

「で、そのクエストの場所は何処なんだ、リズ?」

 

 クエストの概要を聞こうと質問したキリトだったが、リズベットがあっけらかんと答えた回答に、ヒョウ共々目を見開いた。

 

「六十七層の迷宮区よ」

「何だって!?」

「最前線じゃないか!!」

 

 驚愕するヒョウとキリトに、リズベットは笑いながら楽観論を口にする。

 

「大丈夫よ、二人共強いんだし。それに、アスナも呼んだから」

「馬鹿! 焼け石に水だ!!」

 

 ヒョウやキリト、そしてアスナの力が有れば、ソロで最前線を歩く事は可能である。この三人が揃えば、最前線の迷宮区の踏破も容易いだろう。しかし、同程度ならば兎も角、レベル的に数段以上劣る者を庇いながらとなると、話は別になってくる。特に、数の暴力を前に弱者を守りながらの戦闘となった場合、いくら一人だけ突出して強くとも、それは無意味である。キリトはかつて、それを購いきれない代償を支払って経験していた。

 ヒョウとキリトはアイコンタクトをすると、同時に伝にメールを送り、クエストを無事成功させる為に助っ人を依頼した。幸いにも前日ヒョウが確認していたため、エギル、クライン及び風林火山のメンバー等が、二つ返事で参加を快諾してくれた。しかし、中には一悶着有った末に、参加を決めた者も居る

 

「では団長、行って参ります」

「ああ、今日はヒョウ君の案件だったな。彼を我がギルドに引き入れる為の重要な任務だ、よろしく頼むよ、ゴドフリー君」

「心得ています、団長。お任せ下さい」

 

 そう言ってゴドフリーはヒースクリフに敬礼をすると、足取り軽やかに小言で「ラーメン、ラーメン」と、歌うように呟きながら退出しようとした。

 

「待ちたまえ、ゴドフリー君」

「何ですか? 団長」

 

 その呟きを耳にしたヒースクリフは、眼光鋭くゴドフリーを呼び止める。何を隠そうヒースクリフは重度のラーメンフリークである、そのために耳聡くゴドフリーの呟きに反応したのだ。ヒースクリフの態度とは対照的な、ゴドフリーはのほほんとした返事で振り返る。

 

「今、ラーメンと言った様に聞こえたのだが、間違い無いかね、ゴドフリー君」

「ええ、そうですが団長、何か問題でも?」

 

 のほほんと答えるゴドフリーを前に、ヒースクリフは瞼を閉じて、首を左右に振りながら諭す様に声をかける。

 

「噂で聞いたのだろうが、悪い事は言わない、あそこは止めたまえ、ゴドフリー君」

「は?」

 

 きょとんとした表情で見返すゴドフリーに、ヒースクリフは思い出すのも御免だと、うんざりとした表情で言葉を続ける。

 

「アルゲートの店に寄るのだろう、私も一度行ったのだが、あれはラーメンに対する冒涜だ、行かない方が良い」

「アルゲートの店……? いえ、違いますよ団長」

「違う? では、何処だね?」

 

 軽く驚いた表情で目を見開き、興味を示すヒースクリフに、ゴドフリーは屈託の無い笑顔でこう答えた。

 

「ヒョウ君の所ですよ。今日の依頼が完了したら、そのお礼にツウさんお手製のラーメンをご馳走してくれる事になってまして。しかし羨ましいですな、美人な上に料理スキルカンストだなんて、ヒョウ君も良いお嫁さんを……」

 

 ツウさんお手製のラーメンだと!? ヒースクリフの目の色が変わり、眉間に深い皺が刻まれた。

 

「ゴドフリー君」

 

 ヒースクリフはゴドフリーの話しをやや鋭い口調で遮ると、執務机に両手を着いてゆっくりと椅子から立ち上がる、そして呆気にとられるゴドフリーに歩み寄り、彼の肩に手を置くと、異存を許さない口調で言葉を続ける。

 

「君はこの頃働き過ぎの様だ、今日はもう帰って休みたまえ。なに、ヒョウ君からの依頼は私が代わりに受けておく、心配は無用だ」

 

 その言葉にゴドフリーは、何を馬鹿なと目を剥いた、何を隠そう彼もヒースクリフに負けず劣らずラーメンフリークなのだ。こうして良い大人が二人、血盟騎士団団長執務室において、絶対に譲る事の出来ない『実にしょうもない』問答を繰り広げる事となった。

 

「何を言いますか団長、私が受けた以上、責任を持って私が」

「いやいや、私が行くから安心したまえ」

 

 問答は次第にエスカレートしていき、互いに相手を執務室に押し止め、自分だけ出て行こうと揉み合いになった所で、二人の耳の中に咳払いの響きが落とし込まれた。我に帰った二人が、揉み合った姿勢のまま、咳払いのした方向に顔を向けると、そこには呆れ顔で柳眉をしかめるアスナの姿が有った。

 

「一体何をしているんですか? 二人共」

 

 訝しげに尋ねるアスナに、二人は決してラーメンが原因ではない事を強調しながら、今までの経緯を説明した。するとアスナは脱力してため息をつくと、二人に救いの言葉を投げ掛ける。

 

「そんなの、二人で行けば良いでしょう、私としても、信頼できる手が増えるのは歓迎です。良い大人がみっともない」

 

 アスナの言葉を聞いて二人は、憑き物の落ちた表情で顔を見合わせると、その手が有ったと肩を叩き合い、破顏して執務室を出ていった。

 

「何よ、アレ……」

 

 アスナは二人が今のノリでツウに迷惑をかけないか不安になりながらも、その背中を追って歩いていくのだった。

 

 こうしてヒョウの自宅兼保育園に、クエストメンバーが集まり、目的地に向かって出発して行った。

 

 

 

 訓練工房の窓から、含み笑いを浮かべながら、粘っこい視線に見送られた事を、彼等は知らない……

 

 




ヒースクリフがラーメンフリークである事の根拠は、原作8巻の圏内事件による物です。ゴドフリーについては、話しを盛り上げる為の独自解釈です。

次回 第二十四話 フェザーリドラ③

改め

第二十四話 最強の五人
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