ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語   作:場流丹星児

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コロコロと
変わる章題
忸怩たる
想いの内に
また変えにけり

……


第二十五話 オレンジクエスト

「やったわ! 天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の金槌と金床、ゲットよー」

 

 無事クエストを終了し、念願のユニークアイテムをゲットしたリズベットは、シリカの手を取り踊りだす。基本的にギリシャ、ローマ神話や北欧神話がアイテムベースとなっているこのSAOで、日本神話が由来するこのアイテムは、相当に珍しい物と推測される。リズベットの喜びはひとしおであった。

 目を白黒させるシリカを振り回して踊るリズベットに、アスナが呆れ顔でたしなめる。

 

「リズ、嬉しいのは分かったから、いつまでもシリカちゃんを振り回して踊らないの」

「帰るぞ、リズ。シリカもお疲れ」

「分かったわよ、二人共。本当にありがとうね、シリカ。さぁ、帰りましょう、ツウのご馳走が待ってるわ」

「エヘヘヘへ……」

 

 達成感とともに、シリカは胸の奥に、チクッと棘が刺さった様な痛みを感じていた。それはこのクエストの為、集まった四層の島から感じていた、時折見せる二人の仕草、モンスター戦での、まるでお互いがそれぞれの半身であるかの様な、一心同体の連携……。

 

 寄り添う様に立つキリトとアスナの姿に、シリカは否応もなく、自分の初恋の終焉を噛み締めていた。

 

「クルルッ、キュア」

「大丈夫だよ、ピナ。私は大丈夫」

 

 慰める様に鳴くピナを胸に抱き、シリカは頬擦りしながら自分に言い聞かせる様に呟く。そう、それを知ってなおキリトとアスナはシリカにとって、かけがえのない『憧れ』なのだ、二人の様に強くなりたい、この冒険を通してシリカの想いは強まっていった。

 

 そんな幼く淡い乙女心の隣では、良い大人による些かしょーもない会話が、ヒョウを中心に交わされていた。

 

「所でヒョウ君」

「何だ? ヒース」

 

 人目を憚る様に声をかけられ、ヒョウが目を向けると、所在なさげな表情でヒースクリフが言葉を続ける。

 

「聞いた話しによると……、ツウさんがラーメンの開発に成功したらしいね」

「ああ、子供達も大喜びさ」

「ほう!」

 

 瞠目して声を上げたヒースクリフは、小さく咳払いをして表情を取り繕う。そして更に声をひそめて質問を続けた。

 

「で、何が出来るのだね?」

「何って?」

「味だよ、何味が出来るんだ? 醤油かね、味噌かね?」

「ああ、醤油、味噌、塩、豚骨、醤油豚骨塩豚骨、一通り全部。後、変わり味に、柚子塩と、イタリアンなトマトスープが有ったな」

 

 食い入る様に答えを急かすヒースクリフに、淡々とヒョウが答える。するとヒースクリフは両手を強く握りしめ、感動の面持ちで何度も頷いていた。これから口にするであろうラーメンに想いを寄せるヒースクリフに、エギルとクラインがそっと耳打ちする。

 

「ちなみに、味は絶品だぜ」

「おうよ、リアルの名店なんか目じゃねえぜ」

 

 その言葉に一人の世界から引き戻されたヒースクリフは、なんともいえない顔で目を剥き、漆黒の巨人とバンダナの野武士面を交互に凝視した。先に食べられた敗北感がありありと浮かぶヒースクリフの瞳には、先に食べた勝利の優越感をありありと浮かべるエギルとクラインの勝ち誇った顔が映っていた。

 謹厳実直で知られるヒースクリフがこんな顔をするのを目の当たりにし、一同は呆気にとられて見つめていると、それに気づいたヒースクリフは誤魔化す様に咳払いをする。

 

「オホン、それでは諸君、帰るとしよう」

 

 何事も無かった様に、取り澄ました顔で出口に向かうヒースクリフ、その後を失笑を噛み殺してついて行く一同。彼等を覆っていた、クエスト終了後の和やかな空気は、インスタンスマップを出て、通常マップに移行した瞬間に雲散霧消してしまった。

 

「おいおい、何だよ、コイツら……」

 

 通常マップに出た途端、突然立ち止まったヒースクリフの後頭部に鼻をぶつけたクラインが顔を上げると、入った時とは違う光景に愕然とした。それは続いて出て来たエギルも同様だった。

 

「どうしたんだ、クライン、いきなり立ち止まったら危ねぇだろう……。って……おい……」

 

 彼等が目にした光景は、自分達を厳重に取り囲む、レイド程の規模を持つオレンジプレイヤーの群れである。三人が後続するヒョウ達に注意を喚起する間もなく、クリアパーティーの退出を感知したアルゴリズムが、インスタンスマップを解除して、パーティー全員を通常マップへと復帰させた。オレンジプレイヤー達は武器を手にしながら、見る者全てが警戒心を抱くであろう、ある種の笑みを浮かべ取り囲んでいる。パーティーはシリカとリズベットを庇う様に輪形陣を取り、武器を構えた。

 

「さて、諸君らは一体、何を目的に我々を取り囲んでいるのかね」

 

 ヒースクリフが誰何するが、オレンジプレイヤー達は不気味に嗤うだけで、誰も答えようとはしなかった。業を煮やしたクラインが、吼える。

 

「そんなお上品に聞いたって、コイツら答えやしねぇぜ、ヒースクリフの旦那。おうおうテメェ等、一体全体何のつもりだぁ!? 答えによっちゃあ、タダじゃ置かねぇぞ! トンチキめぇ!!」

 

 しかし、オレンジプレイヤー達は何も答えない。砂を噛む様な思いの中、オレンジプレイヤー達の中を、一人のプレイヤーが進んで来るのを視認する。そのオレンジプレイヤーは、この中で最有力者の様だ、オレンジプレイヤー達は、壁を割る様に道を開けていた。そのプレイヤーを認めたヒョウは、一瞬奥歯を噛み締めると、吸い寄せられる様に歩み寄る。

 

「何のつもりだ、榊」

「ああん? テメェにゃ用はねえよ、祝屋」

 

 ヘラヘラと答えるサーキーが、凶相をヒクつかせてヒョウを睨め上げ、嫌悪感を含むヒョウの視線との間に見えない火花がほとばしる。

 

「なら通して貰うぞ、道を開けさせろ」

「行きたいなら勝手に行けや、一人でな。俺達に用があるのは、そこのチビガキと赤毛の女だからよ」

「何だと」

 

 なめ回す様なサーキーの視線に、シリカは思わず竦み上がる。キリトとアスナはシリカを庇って、前に立つ。

 

「どういう事だ! サーキー」

「どういう事だァ? クエストに決まってんだろ」

 

 以下はサーキーにより語られたエストの概要だ。

 オレンジプレイヤーは安全な圏内に入る事が出来ない、入る為にはカルマ解消クエストをクリアする必要がある。しかし、カルマ解消クエストは過酷なクエストであり、失敗すると黒鉄宮の牢獄エリアに一直線というリスクが有った。自業自得とは言うが、望んでオレンジプレイヤーになった者など一人も居らず、全員にカルマ解消クエストを課するのは酷という物である。そこで、カルマ解消クエスト以外のオレンジプレイヤー救済クエスト、通称オレンジクエストが存在し、現在までに幾つか行われてきた。そして今回のクエストの内容と言うのが……

 

「フェザーリドラの羽毛を、特殊鍛治アイテムで加工したアクセサリーを手に入れれば、俺達は安全な圏内に入れるのさ。しかし、生憎の事、テイムされたせいで、フェザーリドラは特殊個体になって、めったにお目にかからなくなった、そこのチビガキのフェザーリドラ以外はな。そして、そこの赤毛はたった今タイムクエストを終了して、特殊アイテムを手に入れた。つまり、俺達のクエスト条件が今整ったという事だ」

「嘘だな」

 

 サーキーの言葉を、ヒョウがその一言で斬って捨てる。それはヒョウ達のパーティーメンバー全てが、サーキーの説明を聞いて直感した事であり、全員が頷いていた。特にヒョウとヒースクリフは、今のサーキーの言葉は嘘であると確信している。ヒョウはリアルでサーキー達がこうしてイジメの対象者に同調圧力をかけ、利益を奪い取るのを知っている、そしてヒースクリフはこのゲームの開発者として、その様な仕様は存在などしない事を知悉していた。だがヒースクリフはそれを言えない、もし言ったとしたら……

 

 

「テメェ祝屋! 嘘ってどういう事だ! ゴルァア!! グリーンのテメェが、オレンジの事どんだけ知ってんだよ! 言ってみろや! アアン!!」

 

 また始まった、ヒョウは嘆息する。リアルでも止めに入ると、こうして声を荒らげて恫喝する。その対象は自分ではない、背後のイジメ対象者を恫喝しているのだ。後で見てろよ、居ない所でキッチリと落とし前を着けてやるからな、と。

 

「確かに俺はオレンジの事は知らない、だがな……」

「だったらスッ込んでろ、ボケ! 人を貶めるのもいい加減にしろや! カス!!」

 

 ヒョウの言葉を強引に遮ると、サーキーはシリカに向き直る。そしてなぶる様な目付きと、口調だけ改めた下卑た態度で、依頼という形の強要、強奪を開始した。

 

「そこのチビガキ……、ああ、いや、そこのおチビ様、どうか憐れな俺達に、フェザーリドラの羽毛を譲っては頂けないでしょうかね?」

 

 ニイッと浮かべるサーキーの笑みに、生理的な嫌悪感を感じ、シリカは一歩後ずさる。怯えるシリカの両肩を、しっかり掴む様に抱き抱え、リズベットが「気持ちで負けたらダメよ、シリカ」と、耳元で囁いた。リズベットから力を貰ったシリカは勇気を奮い起こし、ピナを抱き締める両手と、踏みとどまる両足に力を込め、睨む様にサーキーの目を見据える。濁っている、アバターという情報体なのに、このサーキーというプレイヤー、いや、人間の目は濁りきっている、感覚的にそう理解したシリカが口を開いた。

 

「どれだけ……羽毛はどれだけ必要なんですか」

 

 シリカの言葉に、サーキーの凶相は更に笑み崩れる。

 

「流石、話しの分かる奴は良いねぇ、最高だぜ。テメェも見習えや、アアン、祝屋」

「どれだけ必要なんですか!!」

 

 勝ち誇ってヒョウに因縁をつけるサーキーに、シリカが語気を強めて叩きつける様に再度確認する。

 

「どれだけ……か?」

 

 シリカに向き直り、試案する様に首をかしげたサーキーは、嗜虐に満ちた目で答えを出した。

 

「じゃあおチビ様、そのフェザーリドラを、そこの赤毛に渡すんだ」

「私に渡してどうすんのよ!」

 

 いきなり振られたリズベットが声を荒らげる。サーキーは下卑た含み笑いを浮かべた。

 

「そのまんま、鍛治アイテムでぶっ叩くんだよ!」

 

 サーキーの答えに、シリカとリズベットは絶句する。

 

「どうせこれだけの人数だ、羽毛毟っているうちにHPは尽きるだろうよ、だったらチマチマ毟るより、ぶっ叩いた方が手っ取り早いだろう。いやぁ、いくらオレンジプレイヤーとはいえ、人間様の方がバケモンよりは大事だからなぁ、お二人は分かってらっしゃる」

「バカじゃないの! アンタ!! このアタシがそんな事する訳無いでしょう!! 舐めないでよね!!」

「そんな事……、ピナにそんな事出来ません!!」

 

 饒舌にまくし立てるサーキーに、リズベットとシリカが同時に拒絶の意志を叩きつけた。本来の目的を達成する為のお膳立てを全て整えたサーキーは、喜色満面で仲間のオレンジプレイヤー達に声をかける。

 

「おい、聞いたか、みんな! コイツら人間様より、バケモンの方が大事なんだとよ! どう考えたって、人間様の方が大事だよなぁ!」

「おおっ!!」

 

 サーキーの問いかけに、オレンジプレイヤー達が応え、足を踏み鳴らす。

 

「このバカ共に教育してやろうぜ! 人間様の方が大事だってなぁ! 殺れ! 殺っちまえ!!」

「おおっ!!」

 

 オレンジプレイヤー達が津波の様に押し寄せる、ヒョウはメンバー達に手短に指示を出す。

 

「切り抜ける、みんなは俺の後に続いてくれ、無理に戦わなくて良い、身を守る事だけ考えてくれ」

 

 全員が一斉に頷くと、ヒョウは続ける。

 

「抜けたら俺が殿に回る、先頭はヒース、行き先は任せる。やり過ごせる場所を探してくれ」

「任された」

「よし、行くぞ!!」

 

 ヒョウの掛け声の下、パーティーは一丸になって駆け出した。囲みの薄い部分を狙い、鋭い錐の様に穿ち、進んで行く。進んで行く先は、まだまだマッピングの進んでいない、迷宮区の奥だった。本来なら出口に向かうべきなのだが、当然の如くそこの囲みは厚かった。シリカとリズベットの負担を考えると、些か無謀に見えても、ヒョウとしては囲みの薄い奥へと向かうしか選択肢は無かった。それに、それでもヒョウには勝算が有った。

 

「囲みを抜けた、ヒース!!」

「承った!!」

 

 ヒョウが殿へと進む途中、シリカとアイコンタクトをする。「頼む、シリカちゃん」「分かりました、ヒョウさん」そう確認し合い、二人はすれ違う。

 

 この戦いにおいて、ヒョウが戦闘の矢面に立ち続けたのには理由が有る、なぜなら近いレベルのオレンジプレイヤーとグリーンプレイヤーが圏外で戦った場合、いかなトッププレイヤーとはいえ、グリーンプレイヤーが確実に負けるからだ。いくら相手がオレンジプレイヤーだからといって、殺人に強い忌避感を持つグリーンプレイヤーが、箍の外れたオレンジプレイヤーに勝てる道理が無い。唯一と言って良い例外がヒョウである。彼はツウのレベリングで安全を確保する為、常にモンスターに四肢損壊という異常状態を引き起こすべく、刀を振るっていた。その結果、今では狙って四肢損壊を出せる程になっており、システム外ユニークスキルと言って差し支えない腕前に達していた。加えてリアルで深く修めた『祝心眼流古武術』がある、人の形をしている存在に負ける筈も無く、オレンジプレイヤーを殺さずに制圧できるのは、アインクラッドに彼一人しか居ないのだ。とはいえヒョウとて超人ではない、ポーションを使って次々と回復する追手に手を焼いていたのは事実である、その為に打った布石が、迷宮区奥に進むに連れて発揮していった。

 

「ヒースクリフさん、そっちに罠が有ります! 右へ!!」

「承知した」

「前方に落とし穴、誘導して敵の数を減らします、私のタイミングで飛んで下さい。いち、にい、さん、今!!」

 

 前日のクエストで、マスターシーフ、罠看破という二つのユニークスキルを身につけたシリカは、水を得た魚の様に活躍する、やがて……

 

「あそこにダンジョンの入り口のような物が有る、いったんあそこで立て直そう」

「ダメ、待って下さ……」

 

 漠然とした違和感を感じたシリカが咄嗟に口にするが、勢いのついたヒースクリフが見つけた洞窟の中に駆け込んで行く、続いて他のメンバー達も次々と洞窟内に入って行った。最後に走る勢いを殺したシリカを抱え、ヒョウが洞窟内に転げ込む。

 

「みんな、無事か?」

 

 ヒョウの問いかけと同時に、入り口左右から隠されていた石扉が現れ、大音響をあげ勢い良くぶつかり合って閉じてしまった。閉じ込められたヒョウ達の周りの壁に、次々とトーチが灯されていく。

 

「おいおい、こりゃぁ……」

「まさかだろう、おい……」

 

 灯っていくトーチを目で追い、クラインとエギルが呻く、この光景は二人にとって見慣れた景色である。それはヒースクリフ、ゴドフリーは言うに及ばず、ヒョウ、キリト、アスナの三人も同様だった。

 

「ねぇアスナ、キリト……、ちょっとどうしちゃったのよ、みんな」

 

 先程のオレンジプレイヤーからの逃避行の時とはまた違う、見たこともない緊張感と殺気を放つ七人に言い知れぬ不安を抱いたリズベットが問いかけるが、皆それぞれの武器をかまえつつ、トーチの灯りが未だ届かず、ほの暗い部屋の奥を凝視していた。誰かがゴクリと唾を飲む音が、リズベットの耳朶を打つ、彼女の脳裏に、言い知れぬ不安がよぎる。リズベットと同様にシリカも不安と緊張に揉まれていた、彼女は自らの持つ看破スキルで、ここが何なのかおおよその見当がついていた。

 

 やがて部屋の中のトーチが全て灯り、内部の全容を明らかにする。部屋中央の空間が揺らぎ、モンスターがポップする前兆が始まった。

 

「リズ、シリカちゃん、落ち着いて聞いてくれ」

 

 静かに語るヒョウの言葉が、心に突き刺さる様に二人の耳に入って来る。リズベットとシリカは顔を見合せ頷き合うと、深く深呼吸をしてからヒョウに向き直り、次の言葉を待った。ヒョウは真剣な面持ちの二人の目をしっかりと見据えると、認めたくない現実を淡々とした口調で告げるのだった。

 

「ここは……、ボス部屋だ」

 

 ヒョウの言葉が終わるや否や、ポップを終えたモンスターの咆哮が、部屋の空気を激しく震わせた。

 

 

 




第二十六話 ヒョウ、無双

…………今度こそ
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