ソードアート・オンライン・クロニクル もう一人の黒の剣士の物語 作:場流丹星児
「リズ、シリカちゃん、落ち着いて聞いてくれ。ここは……ボス部屋だ」
ヒョウの言葉に息を飲む二人、狼の集団から逃げおおせたと思ったら、そこは虎の巣だったという状況に、リズベットはパニックを起こしかけた。
その反応は当然である、なぜならボス戦はフルレイド揃っていても、一つ間違えば全滅の危険が常に有るのだという事を、リズベットはアスナに聞かされた事があるからだ。お気楽に、もうボス戦なんて楽勝でしょうと尋ねた時、そんな事ないわよと答えたアスナのやるせない表情に、リズベットは軽率な質問をしたと後悔した経験があった。
勝算は有るのか? 自分達はどうなるのか? 不安に駆られたリズベットが詰問しようと口を開きかけた時である。
「私のせいです、すみません、ヒョウさん」
そう言って深く頭を下げるシリカの姿に、リズベットの心はギリギリ平常ライン内に踏みとどまる。
「シリカ……」
「私がもっと上手にマスターシーフのスキルを使えればこんな事には……」
こんな年下の小さな女の子だって、自分の役割に責任を感じている、そもそも大元の原因は皆をタイムクエストに巻き込んだ自分に有るのだ、シリカに責任を負わせる事は出来ない。ならば私も自分の役割を果たさなくてはならない、私の役割とは何だろう、リズベットは自問自答する。
「バッカねぇ、誰もアンタのせいなんて思ってないわよ、シリカ」
「リズベット……さん」
明るく笑い飛ばすリズベットに、シリカは思わず顔を上げた。ウインクするリズベットが出した答え、それはムードメーカーである。自分はムードメーカーに徹し、皆を盛り上げるのが役目である、それがリズベットの出した回答だった。
「だぁ~かぁ~らぁ~『リズ』って呼びなさいよ、『リ・ズ』。それよりシリカ、昨日の今日でスキルが使いこなせる訳無いでしょう、ましてやユニークスキルなんだから、ねぇ、ヒョウ」
「ああ、リズの言うとおり、シリカちゃんが謝る理由は無い、気にしないで」
「ほら、言ったでしょう。で、私達はどうすれば良いの?」
「ゴドフリーさんを護衛に付ける、俺達が悪足掻きしてる間に、二人はこの石扉を開ける方法を見つけて欲しい」
真剣な眼差しを向けるリズベットに、ヒョウはそう答えた。その言葉を受け、「頼みます、ゴドフリー」とアスナが指示を出し、ゴドフリーが「任せて下さい、副団長」と、胸を叩いてそれを受けた。ここで、ある危惧を抱いていたキリトが「ちょっと待ってくれ、ヒョウ」と声をかける。振り向いた一同に、キリトは言葉を続ける。
「恐らく、このボス部屋は『初見殺し』だ、ボスを倒さない限り、扉は開かないだろう」
MMORPG熟練者であるキリトはそう直感していた、初見殺しとは、初めてそこに入った者を叩き潰す、RPGゲームによく有るトラップである。今までに無いパターンの扉から、キリトはそう断定していた。初見殺しはいわば出オチの様な物で、何度か経験してそのパターンさえ覚えてしまえば楽勝なのだが、SAOではそれが出来ない。SAOは一度HPを全損してしまえば、二度と復活の叶わないデスゲームなのだ、扉がこの状態ならば二度目のチャレンジは有り得ない。顔色を変える一同に、キリトは更に言葉を続けた。
「だから二人は、ボスの動きをしっかり見ていてくれ、どんな些細な事でも、気が付いた事が有ったら知らせてくれ、頼んだよ、シリカ、リズ」
「はい、分かりました、キリトさん」
「アンタも頑張んなさいよ、キリト。負けたら承知しないんだから」
「二人共良い返事だ。じゃ、行こうぜ、ヒョウ」
「ああ」
ボスに向かって歩いていく三人の背中を、シリカとリズベットは頼もしげに見送っていた。
ヒョウ、キリト、アスナ、ヒースクリフ、クライン、エギルが対峙したのは、『コロニー・ゴブリン・ワンマンアーミー・キングダム』という、ゴブリンと言うには余りにも巨大なモンスターだった。咆哮を上げるボスモンスターに対し、六人の戦士が武器を構える。自身を恐れない闖入者を、まるで虫けらを叩き潰す様に手にした棍棒を振り下ろし、地面に叩きつけるボスモンスター。その動作を合図に、六人は戦闘行動に入る。
「快刀乱麻!!」
極限までに鍛え上げた見切りスキルで、ボスの棍棒を紙一重の動きでかわすと、そのまま懐に飛び込んだヒョウは、ユニークスキル『抜刀術』で最大破壊力を誇るソードスキル、快刀乱麻を炸裂させた。それを攻撃開始の合図とする様に、キリトとアスナが左右から挟み込む様に、ソードスキルを叩き込む。同時に見えて、僅かにタイムラグを入れてボスの体勢を崩して隙を作り、破壊力増大効果を生み出すのは、流石キリト&アスナのコンビネーションである。
「「ヒョウ『君』、スイッチ!!」」
「せぇえええええいっ!!」
キリト&アスナからのスイッチを受け、ヒョウはカタナソードスキルの『鷲羽』を放ち、畳み掛けた後、追撃の『浮舟』でボスモンスターの体勢を崩してキリトにスイッチをする。キリトとアスナのソードスキルを受けきったボスモンスターは、小癪な小人に怒りの棍棒を振り下ろす。棍棒の先に居るのは、最もヘイト値が高く、技後硬直で動けないヒョウだった。しかしヒョウは慌てない、何故なら
「ウォラアアアッ!!」
ボスモンスターの棍棒の一撃を、エギルの大斧が受け止め、相殺する。そして
「オラオラオラオラ! コンニャロウ!!」
「三人は今のうちに体勢を整えたまえ」
背後に回ったクラインとヒースクリフが、三人に溜まったヘイトを拡散する為の遊撃を開始する。人数規模がどうあれ、対ボス戦闘を何度となくこなしている彼等は、自分の役割というものを熟知している。初めてボス戦闘を目の当たりにしたシリカとリズベットは、固唾を飲んでこの光景を見つめていた。
少人数でのボス戦闘ではあるが、流石トッププレイヤーの最上位と目される六人である。通常のボス戦に比べると倍程度の時間をかけてはいるが、確実にダメージを与え、HPバーの一本目を削り取る事に成功した。その時、ボスモンスターに異変が起こる。
「!?」
突然咆哮を上げ、発光するボスモンスターに、すわ大威力範囲攻撃かと距離を取り、防御体勢で身構える。眩い光を放ち、ボスモンスターはバラバラと崩れていく。
「だからコロニーで、ゴブリンで、ワンマンで、アーミーで、キングダムなのね」
「どういう事だ?」
崩れたボスモンスターのピースを見て、アスナがげんなりとした口調で呟いた。その言葉にキリトが素直な疑問を口にする。
「コロニーって、スペースコロニーみたいに、居留地とか植民地って意味の他に、群体って意味が有るの」
「群体……?」
「ええ、詳しい説明は省くけど、ざっくり言うと、同種の個体が多数くっついて、一つの個体の様な状態になっている生物の事を指して言うの、サンゴなんかがそうよ」
アスナは襲いかかるボスモンスターのピース、自分の腰位の身長の無数の青い小鬼達を捌きながら、説明を続ける。
「ここのボスはこのゴブリンの群体で、状況に応じてバラけて軍隊になるのよ」
「軍隊という事は、指揮官がいるって事か。でもそれならキングダムは余計じゃないか?」
同じく小鬼達を捌きながら、キリトがそう疑問を呟くと、ヒョウがその解答を推察した。
「国民皆兵なんだろう、見たとこ生産職はいないみたいだし」
「私もそう思う」
アスナが賛意を示すと、三人は無数の小鬼達の中央にいる、他の小鬼よりも首一つ分背の高く、そして身体の色が赤い個体を見据える。
「という事は」
「アイツを倒せば弱体化する」
「多分」
頷き合う三人の話しを聞いたクラインが、猛烈な勢いで刀を振り回し、赤い個体へと突進する。
「よっしゃあああああああ! 俺に任せろぉおおおお!!」
青い小鬼達を蹴散らしたクラインが、勢いに任せて赤い小鬼に一太刀つけると、青い小鬼達が一斉に発光して変化していく。
「おいおい、何だってんだ、コイツぁ!?」
発光が収まると、小鬼達の姿が片手剣剣士の姿に変わっていた。その片手剣剣士が一斉に剣を振るうと、クラインを始め、キリト達の顔色が変わる。
「これって……、まさか……」
「キ……、キリトの動きじゃねえか……」
小鬼達はキリトそのものといった動きで、狼狽え虚を突かれた一同を後退させると、再び合体して巨大な細剣使いの女性の姿を取る。
「おいおいおいおい、今度はアスナか!?」
巨大な細剣の精緻な攻撃を掻い潜りながら、クラインが悲鳴を上げる。次にバラけた時はヒョウ、合体した時はヒースクリフと変化して攻撃してきた。この事から皆、クラインの攻撃が引き金となり、ボスモンスターは今までのボス戦でMVPかラストアタックボーナスを得たプレイヤーをコピーして攻撃をしているのだろうと、推測している。そしてボスモンスターはバラけた時のダメージに応じて、再合体した身体のサイズは小さくなるものの、動きはその分シャープになっていくのを体感していた。
この状況の中、内心で嗤っている人物が二人いた。一人はヒースクリフである。彼は今、血盟騎士団団長ヒースクリフとしてではなく、SAOゲームマスター茅場晶彦として嗤っていた。
結論から言うと、このボス戦はクリア出来るのだ。しかし、大苦戦をした後、犠牲者を出しての苦渋の勝利となる。三大特火点が満身創痍になり、あわやという所まで追い詰められ、血盟騎士団団長ヒースクリフの獅子奮迅の活躍でボスモンスターが倒され、このボス戦は終了する。そんな青図を茅場晶彦は描いていた。
茅場晶彦がこの計画を立てたのは、このタイムクエストへの往路である。彼はいまだに十三層のヒョウ伝説を信奉する者が、攻略組の中に一定数存在する状況を看過する事が出来なかった。何故なら茅場晶彦はヒースクリフとして攻略を導き、ラスボスとして絶望を与える事を望んでいるからだ、それがヒョウを信奉する者達の存在で完全に導いているとは言えない状況が続いている。故にこのタイムクエストを奇貨として、ボス攻略戦に雪崩れ込み、ヒョウの最強伝説に終止符を打って、ヒースクリフが名実ともに攻略を導く者として君臨する事を画策したのだ。途中サーキーに絡まれたのは、茅場晶彦/ヒースクリフにとって実に好都合のハプニングであった。
さて、誰に犠牲者になって貰おうか? それが今のヒースクリフにとって問題である。
このタイムクエストに同行する二人の少女は語り部になって、一般プレイヤー達への意識誘導をして貰うから除外する。ツウさんからラーメンをご馳走になる為には、ヒョウ君の生存は不可欠。悲劇性を強調するならアスナ君が効果的だが、彼女は自分の右腕でもありツウさんの親友でもある、彼女に与える影響を考えるとこれも除外するしかない。キリト君はどうもアスナ君に大層好かれている様子だ、彼が死ぬとアスナ君がその後使い物にならなくなる公算が大だ。クライン氏、エギル氏もツウさんと昵懇の様だし、ゴドフリー君も同様だ、下手に犠牲者にすると、ツウさんのラーメンが……。クラディール辺りを連れて来るべきだったな……
そうヒースクリフが逡巡している時、内心で嗤っていたもう一人の者、ヒョウが猛威を振るっていた。ボスモンスターがキリト→アスナ→ヒョウ→ヒースクリフの順番を繰り返し、他の者達が手こずっているにも関わらず、順調にボスモンスターにダメージを与えていた。
楽しい! 楽しい! 楽しい!
キリト達が悲壮感にまみれて戦っているのに対し、ヒョウは人知れずこのボス戦を始めから楽しんでいた。それは彼の心の奥底に有る救いがたい願望、自分が今までに身につけた祝心眼流古武術を、思う存分振るってみたい、という願望による物だ。ボスモンスターの第一形態の時は、それなりに皆と同様の悲壮感も共に抱いていたが、第二形態以降は純粋に楽しんでいた。対人戦闘、それも高次元での剣技のせめぎ合い、それがヒョウの求める物であり、それがモンスターのコピーであれ、キリト、アスナ、ヒースクリフ、そして自分自身との戦いは、ヒョウの心を喜悦に満たすに充分過ぎる物だった。歓喜に震えるヒョウの刀は、次第に鋭さを増し、ボスモンスターを蹴散らしていく。そう、人の形、人の動きをする者が相手なら、ヒョウに負ける道理は全く無いのだから。
そうして何度か苦労して、指揮官と目算する赤い小鬼にダメージを与えていく、一定のダメージを負う毎に、全体の攻撃力が上がっていくが、これもRPGゲームのセオリーである。あと一息、この赤い小鬼さえ倒しきれば、指揮官が居なくなり後は楽になる。その思いで歯を食い縛り戦い続けてきた彼等に終焉が見えてきた、強力化していくとはいえ、青い小鬼が数を減らすに連れて、赤い小鬼の防御は薄くなっていく。あと一撃で倒しきる、渾身の力で刀を振り下ろしたヒョウに、突然閃いたシリカが叫ぶ。
「ダメです! ヒョウさん!! 罠です! それを倒したら大変な事に!!」
シリカの声を聞いたヒョウは、咄嗟にソードスキルを中断する。技後硬直で動けなくなり、無防備状態になったヒョウを担ぎ上げ、エギルが安全地帯へと飛び下がる。パーティーメンバーが一斉にシリカに注目した。
「赤い小鬼は一番最後に倒して下さい。先に倒すと、強力化したまま、今までのダメージはリセットされて、始めからやり直しになります!」
あからさまに周りとは違う特殊個体を用意し、指揮官という弱点を見せて攻撃させる、ダメージを与えれば周りが強力化していき、特殊個体を守ろうとする。その行動を見てプレイヤー達は、それが弱点で正しいのだと思考誘導されていく、そんな上級者向け攻略法をちらつかせ罠にかける。流石のキリトも、不利な状況でのボス戦に視野狭窄になっていて、そのパターンを見落としていた。そんな初見殺しのトラップをシリカが見破れたのは、戦闘が始まる前のキリトの言葉である。
「どんな些細な事でも、気付いた事が有ったら知らせてくれ」
その言葉に忠実に従っていたシリカは、一つも見逃すまいと、目を皿にして戦いを見つめていたのだ。その行いが奇跡を呼ぶ。武術、武道の世界には、見とり稽古という言葉がある。上位者の動きを見とる事で、自身の実力向上に繋げるものである、今のシリカも同じ事をしていたのだ。上位者の戦闘を見極め様とする事で、マスターシーフ、罠看破スキルが急速に磨かれていき、看破するに至ったのだ。
「ようしみんな、聞いた通りだ」
キリトが声を上げると、パーティーメンバーは一斉に頷く。
「分かったわ、赤い小鬼は後回しね、キリト君」
「ドジって倒すなよ、クライン」
「ひっでえなぁ、そんな事しねぇって、エギルの旦那」
全員の顔に笑顔が戻る、気持ちがリフレッシュされて、悲壮感から来る固さも取れ、心身共にベストな状態を取り戻した。
やっぱり君は、赤鼻のトナカイだね、キリト
ヒョウも気持ちを入れ替えて、刀を存分に振るうのだった、そして……
最後の一体になった赤い小鬼がガラス片の様に弾け散り、攻略成功の花火とファンファーレが鳴り響く、達成感よりも安堵が先に来たパーティーメンバーは、歓声を上げるよりも先に、力尽きて腰を床に着けていた、たった一人を除いては。
「あの……、あの……、私……、私……」
アワアワと立ち尽くすシリカに、立ち上がったキリトが歩み寄り、頭を撫でて労をねぎらう。
「お疲れ、シリカ。大殊勲だったな」
「本当に助かったわ、シリカちゃん。おめでとう」
続いて肩に手を置き、ねぎらいの言葉をかけるアスナ。上気して二人を見上げるシリカに、リズベットが飛びついてもみくちゃにする。
「シーリーカー! アンタすっごいじゃないの! コノコノコノ」
「いやぁ、リズさん、きゃん」
リズベットの手荒い祝福にたじたじとなり、逃げ腰になったシリカにヒョウが歩み寄る。
「有り難うシリカちゃん、君は命の恩人だよ、本当に有り難う」
「そんな! ヒョウさんの指導を受けていなければ、私なんて全然ダメダメで……」
最後の一体となった赤い小鬼は、メンバーを凌駕する程の動きを見せて、圧倒していた。皆が防戦一方となる中、辛うじて対応できていたヒョウが、なんとかダメージを蓄積させていく、HPバーがイエローゾーンに削られたヒョウに、赤い小鬼は光速の三連撃で勝負を決めに来た。それをソードスキル、抜刀三連撃『紅』で相殺した後、快刀乱麻で追撃した。ヒョウの攻撃で赤い小鬼は首を斬り飛ばされ、誰もが勝利を確信した、しかし……
「!?」
技後硬直で動けないヒョウの目に、そして全員の目に信じられない光景が映し出されていた。それは僅かに数ドット残したHPバーの首なし小鬼が、ヒョウに向かい剣を振り上げている姿である。小鬼の手にした剣には、ソードスキルの輝きが不気味に煌めいていた。
ここまで来て!!
技後硬直で動けない身体を必死に動かそうと、誰もが唇を噛んでいた時
「やぁああああああっ!!」
「キュアアアアアアア!!」
無我夢中でシリカが放ったソードスキル、ラピッド・バイトが首なし小鬼に炸裂し、ポリゴン片に粉砕してヒョウの窮地を救ったのだった。
「あそこで動けたのは、君が本当に強い証拠だよ、シリカちゃん」
「……そんな……、えへへ」
照れ笑いをしながらキリト、アスナ、ヒョウの顔を見上げるシリカの顔には、彼等に少し近づけた達成感に、控え目ながらも誇らしげな表情が浮かんでいた。
「じゃあみんなはアクティベートを頼む」
一息つきながらポーションを口にして、HPバーが全快したのを確認したヒョウは、上層への階段に背を向け、入り口へと向かって足を進める。
「ヒョウ、お前どうするつもりだ」
「榊に……、ケジメをつけに行く」
「ヒョウ君……」
キリトの問いかけに、ヒョウは一言そう答えた。アスナはヒョウの背中に何か言おうとしたが、キリトに止められて口をつぐむ。ヒョウとサーキー、祝屋猛と榊賢斗、この二人のリアルから続く因縁の決着に、他人が口を挟む余地は無かった。
ヒョウが手をかけると、あんなに固かった石扉は、呆気なく開いた。その向こうに居たのは、サーキー率いるオレンジプレイヤー達である。
「榊……、サーキーはどこだ?」
静かに問いかけるヒョウに、一瞬虚を突かれたオレンジプレイヤー達は一歩後ずさる。その一歩に合わせて前に出たヒョウはもう一度、今度はやや殺気を込めて問い質す。
「サーキーはどこだ!?」
「舐めんなぁ! ガキぃ!!」
気圧された自分の心を鼓舞するため、悪態を叫びながら大剣を振り下ろすオレンジプレイヤー、しかし……
「!? ヒェエエエエッ!!」
抜く手を見せない動きで、ヒョウはそのオレンジプレイヤーの両足を付け根から斬り飛ばす。訳のわからないうちに、致命的なダメージと状態異常に陥ったオレンジプレイヤーが悲鳴を上げて、芋虫のように身体をくねらせる。それが合図となった様に、ヒョウはオレンジプレイヤーの群れに斬り込んで行った。ヒョウの一刀一刀は分厚い壁の様なオレンジプレイヤー達を斬り崩して行く、ヒョウの通った跡には、HPバーをレッドゾーン迄に削られた上に、四肢のうちのどれかを損壊させられたオレンジプレイヤーの山が残った。
鬼神の表情で刀を奮うヒョウの姿に、大分部のオレンジプレイヤーは戦意を喪失して、我先にと壊走して行く。その壊走するオレンジプレイヤーの中に、ヒョウは遂に因縁の相手を見つけ出す。
「榊ィ!!」
「祝屋ァ!!」
因縁の二人が刃を交わし、斬り結ぶ。サーキーもレイド規模のオレンジプレイヤーを従えるだけの実力を身につけていたが、無敵のヒョウの敵ではなかった。コヅ姉の大事な人を傷つけようと画策し、蠢動するサーキーに、ヒョウは以前宣言した通り、殺意を持って刀を奮う。鬼神と化したヒョウに押され、サーキーは追い詰められて行く。
「ヒィッ!!」
サーキーは遂にヒョウの刃を受け、右腕を斬り飛ばされて毒沼に転がされる。自らが毒状態になる事も厭わずに、ヒョウはサーキーのHPバーを刈り尽くすべく、追撃の刃を振り下ろす。しかし……
鈍い金属音が響き渡り、 ヒョウの刀は遮られる。馬に乗って駆け込み、間に入ったPoHのミートチョッパーに阻まれたからだ。
「悪いな、コイツはまだ殺させねぇ」
PoHがヒョウの刀を弾いた隙に、二頭の馬が更に割って入り、馬上の男がサーキーを引き上げると、三頭の馬はそのまま駆け抜けて行った。
「チィッ!!」
みるみる遠ざかり、小さくなっていく馬上の背中を、ヒョウは無念の舌打ちをして見送るしか術は無かった。
次回 第二十七話 毒手